説明

保護コーティング、保護コーティングを有するコーティング部材、並びに保護コーティングを製造するための方法

本発明は、化学組成CSiMe(Meは、Al、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、W、Y、Sc、La、Ce、Nd、Pm、Sm、Pr、Mg、Ni、Co、Fe、Mnからなる群の少なくとも1つの金属であり、a+b+d+e+g+l+m=1である)を有する保護コーティングに関する。本発明によれば、0.45≦a≦0.98、0.01≦b≦0.40、0.01≦d≦0.30、0≦e≦0.35、0≦g≦0.20、0≦l≦0.35、0≦m≦0.20の条件が満たされる。本発明は、また、保護コーティングを有するコーティング部材、並びに部材のための保護コーティング、特に多層膜を製造するための方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐摩耗性及び十分な耐高温酸化性を有することが必要とされる部材上に硬質膜を形成することによって製造される、摺動特性に優れ、耐熱性が向上した部材のための保護コーティング、切削工具、鋳型、成形工具、エンジン部品及びガスタービン等の、保護コーティングを有するコーティング部材、並びに部材のための保護コーティング、特に多層膜を製造するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
摺動部材は、CrN又はTiNなどの窒化物コーティングでコーティングされることが多いが、ダイヤモンド状炭素(DLC)もますます多く使用されている。それは、滑らかな表面を容易に提供し、摩擦特性に優れるため、摺動部材をコーティングするのに有用である。例えば、特許文献1には、a−C:H型のDLC膜を金属基板上に形成する技術が開示されている。特許文献2には、異なる金属を組み込むことによるa−C:Hコーティングの改良が記載されている。コーティングは、a−C:H:Meコーティングと呼ばれる。特許文献3では、膜における水素含有量を約5%の低量に限定することによって、DLC膜の耐熱性の向上及び硬度の増強が達成された。特許文献4及び特許文献5には、炭素膜にSiを含むDLC膜が開示されている。
【0003】
特許文献6には、珪素又はホウ素を組み込むことによるa−C:Hコーティングの光学特性の改良が示されている。
【0004】
しかし、特許文献1から6に記載されているコーティングは、水素及び/又は金属、或いは珪素又はホウ素のようないくつかの合金元素を有する炭素に基づくため、その耐熱性の向上は、相安定性においては約350〜400℃に、空気中の酸化に関しては約400〜500℃に限定される。
【0005】
これと対照的に、本発明の出願人は、その耐熱性を向上させ、その硬度をさらに増強するために、特許文献7のようなSi(BCNO)に基づく膜を提案した。したがって、切削工具及び耐摩耗性部材に使用するための膜の耐摩耗性及び耐熱性が劇的に向上した。特許文献7と比較して、本発明は、膜の耐摩耗性及び耐熱性だけでなく、摺動特性も向上させることになる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】東独国特許第258341号明細書
【特許文献2】西独国特許出願公開第3246361号明細書
【特許文献3】欧州特許出願公開第1266879号明細書
【特許文献4】欧州特許出願公開第1783349号明細書
【特許文献5】国際公開第97/12075号
【特許文献6】国際公開第00/56127号
【特許文献7】欧州特許出願公開第1783245号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
自動車用途では、CO排出量を減少させなければならない。これを達成するための1つの方法は、エンジン及びトランスミッションにおける摩擦損失を低減することである。これは、タペット、噴射系部品及びピストンリング又はライナのような部品をコーティングすることによって実現され得る。
【0008】
しかし、従来のDLCコーティングは、耐熱性に限界がある。
【0009】
伝統的なDLCコーティングの特性を向上させる必要性についての別の例は、切削技術の分野にある。最近の傾向は、製造時間を短縮するために、高効率加工条件下での短時間運転に向けられている。したがって、従来よりも高度な高効率運転に向けて、切削速度が加速され、投入量が増加される。例えば、切削速度の加速化は、加工熱を増加させ、工具は、熱によってより大きく損傷され得る。その一方で、投入量が増加すると、工具と加工されている対象との間の界面圧力が上昇するため、上昇した界面圧力下で初期摩耗が引き起こされる。これに加えて、潤滑剤の量を減少させることも近代的な製造における重要な目標である。したがって、特に削屑輸送の領域における摩擦を小さくしなければならない。
【0010】
いずれの場合もいくつかの差異があり得るが、加工熱の影響は、従来の加工条件下より大きいため、工具、及び工具表面をコーティングする膜の耐熱性及び耐酸化性を向上させることが必要不可欠である。加えて、高界面圧力下で生じる摩耗を抑制するために高硬度及び高潤滑性の物理特性も必要とされる。したがって、本発明の目的は、また、従来のDLCと類似のレベルの潤滑特性を有し、十分な高硬度及び十分な高耐熱性を有する硬質膜でコーティングされた多層膜コーティング部材を提供するとともに、それを製造するための方法を提供することでもある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、炭素、珪素及びホウ素を主成分として含む硬質膜でコーティングされたコーティング部材に関する。
【0012】
したがって、化学組成CSiMe(Meは、Al、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、W、Y、Sc、La、Ce、Nd、Pm、Sm、Pr、Mg、Ni、Co、Fe、Mnからなる群の少なくとも1つの金属であり、a+b+d+e+g+l+m=1である)を有する保護コーティングが提供される。本発明によれば、0.45≦a≦0.98、0.01≦b≦0.40、0.01≦d≦0.30、0≦e≦0.35、0≦g≦0.20、0≦l≦0.35、0≦m≦0.20の条件が満たされる。
【0013】
前記式によって明示されているように、窒素及び酸素などの追加的な修飾元素が膜に含まれていてもよい。本発明の本明細書に後に開示されるように、特に、膜堆積のための十分な高品質のターゲットを製造するのに必要であれば、いくつかの金属元素が含められることもある。堆積方法に起因して、たいていはいくらかの水素がコーティングに組み込まれる。ターゲットの製造による他の不純物(例えばIn)が組み込まれることもある。コーティングプロセスにスパッタリング法が使用される場合は、残留スパッタリングガス(例えばAr)が含まれることもある。
【0014】
膜は、珪素及びホウ素を含むため、珪素のみ若しくはホウ素のみ、又は金属のみをそれぞれ有する炭素含有コーティングより耐熱性が安定する。即ち、その耐熱性は、劇的に向上され、膜は、より過酷な使用環境でも十分な耐熱性を発揮することができる。加えて、膜は、適度に非晶質炭素を含むため、その潤滑特性が優れる。
【0015】
コーティングにおける遊離非晶質炭素の存在は重要であり、それは、珪素又はホウ素と化学的に結合しない炭素の存在を指す。炭素原子は、互いに結合して、膜中に独自の相を形成する。これを特性評価するために、ラマン分光法が、好適な方法であることが証明されている。ラマン分光法において1300cm−1と1600cm−1の間に検出されるピークは、非晶質炭素に由来するピークである。コーティングにおける炭素含有量を増加させるための簡単な方法は、少なくとも珪素及びホウ素を含有するターゲットのスパッタリングである。成膜中に特定の炭化水素系ガスを使用して形成膜のC含有量を調整することができ、それによって十分な高炭素含有量が達成される場合には、C元素が互いに結合して、(水素を除く)他の元素と結合せず、特に、ある程度の量の炭素が珪素及びホウ素と結合しないことで、C−C結合を形成する。これは、C−C結合が検出されるラマン分光法のデータから確認される。
【0016】
部材は、基板と硬質膜の間に存在する場合は、Al、Ti、Cr、Nb、W、V、Zr、Hf、Ta、Mg、Mo、Y、Sc、La及びCe、Pr、Nd、Pm、Smのようなランタニドから選択される少なくとも2つの金属成分、並びにN、C、O、Si、B及びSから選択される少なくとも1つの非金属成分を含むさらなる硬質膜を有し、さらなる硬質膜は、上記硬質膜Aとともに多層構造を形成する。したがって、基板に対する硬質膜Aの接着性が向上され、硬質膜Aは、その特性を十分に発揮することができる。
【0017】
また、硬質膜Aを堆積する前に、金属中間層(例えばCr又はTiSi)を基板表面に堆積することによって、コーティングの接着性を調整することができる。
【0018】
硬質膜でコーティングされた本発明の多層膜コーティング部材において、膜は、潤滑性及び耐熱性が著しく向上している。本発明は、機能性表面における唯一のコーティングとしての硬質膜Aだけでなく、硬質膜Aでコーティングされた多層膜コーティング部材、及びそれを製造するための方法も提供する。
【0019】
本発明によるコーティングの特別な実施形態を図1a及び図2に示す。図1において、硬質膜A及び硬質膜Bは、いずれも単層であり、コーティング部材は、二層構造を有する。硬質膜Aは、部材の最外面側に位置する。図2において、硬質膜A及び硬質膜Bは、いずれも多層構造を有する。硬質膜Aは、部材の最外面側に位置する。
【0020】
本発明の多層膜コーティング部材を製造するための方法は、上記特性を有する膜で部材をコーティングするのに好適な方法である。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】図1は、単層構造を有する本発明の典型的な実施形態を示す。
【図1a】図1aは、二層構造体の膜コーティング部材の典型的な層構造を示す。
【図2】図2は、多層構造の膜コーティング部材の典型的な層構造を示す。
【図3】図3は、本発明の膜コーティング部材のための成膜に使用される装置の1つの例を示す。
【図4】図4は、本発明の実施例1における熱処理後のコーティング部材の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図5】図5は、技術水準から既知の従来例38の熱処理後のコーティング部材の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図6】図6は、本発明の実施例1のラマン分光法のデータを示す。
【発明を実施するための形態】
【0022】
図1は、単層がCSiBNOHMe層である単層構造を有する本発明の典型的な実施形態である。特別な実施形態において、図1によるコーティングは、C0.65Si0.200.080.050.02の組成を有していてもよい。600nmの厚さのコーティングは、例えば、2100+/−100のナノ硬度を有する。コーティングは、例えばコーティング材料からの屈折ピークが検出されなかったように、X線非晶質であった。基板(超硬合金(cemented carbide))の折曲げ方法によって測定された応力は、約1.2GPaであった。
【0023】
以下に、遊離炭素含有量を示すための測定についてより詳細な説明を行う。例えばラマンスペクトルに関して、Ixは、非晶質炭素に起因するピークを示す。ピーク強度は、膜厚に応じて異なることが知られており、そのため、膜における非晶質炭素の存在絶対量をピーク強度から特定することは不可能である。その中に存在する非晶質炭素の量が同じであるが、厚さが異なる膜に関しては、厚い膜ほど強いピーク強度を示す傾向がある。したがって、ピーク強度の厚さ依存性をなくすことを試みる方法を使用しなければならない。このために、分光法におけるバックグラウンドの最大強度Iyが使用され、非晶質炭素の存在量が、Ixにおける非晶質炭素のピーク強度とバックグラウンドの最大強度Iyとの強度比に対して相対的に特定される。Iyは、バックグラウンドの最大強度であり、Ixと同様に、その強度は、膜厚に応じて異なる。厚い膜ほど、強いIx及びIyを示し、Ix/Iy比は、非晶質炭素の存在量をそれに対して相対的に特定すると考えられる。
【0024】
記載の方法の範囲内で、以下の所見が導かれた。少なくとも、3.2≦Ix/Iyを満たすと、膜は、潤滑特性の効果を有する。Ix/Iy<3.2であれば、膜における非晶質炭素の相対的存在量が小さいため、膜は、より低い潤滑効果を有し得ない。Ix/Iy>8.0であれば、膜における非晶質炭素の相対的存在量が大きいため、膜の耐熱性が低くなって、膜の使用がより制限されるが、潤滑特性及び耐熱性は、従来のDLC膜と比べて向上する。実施例の堆積については、炭化水素系ガスが成膜に使用されるため、膜においてC−H結合も検出されることが確認された。図6は、ラマン分光法のデータの例を示す。
【0025】
ラマン分光法では、セキテクノトロン株式会社によるマイクロレーザーラマン分光計を使用した。試験条件は、以下の通りである。
(試験条件)
励起用固体レーザー波長:532nm。
ディテクタ:冷却CCD多重チャネル。
分光計:Chromexの250−isイメージング分光写真器(spectrograph)。
実行時間:60秒。
サンプル条件:室温、空気中。
【0026】
酸素を含む硬質膜Aの実施形態において、膜における酸素濃度は、好ましくは、摩耗環境下での膜の潤滑性及び耐酸化性の観点で、最外面層から膜厚方向で最大500nmの範囲の表面層付近の領域で最も高くなるように制御される。好ましくは、酸素は、珪素又はホウ素の酸化物として膜に存在する。酸素がその固溶体として膜に存在する場合は、それは、例えば、摩耗性結合部の接触域により高い温度をもたらし得る動作中に、酸化珪素及び酸化ホウ素を形成し得る。そのような場合は、摩擦相手側の部材を構成する成分が膜の内部に拡散することによって、融着を引き起こすことが多く、膜の機械特性を悪化させ得る。したがって、酸素は、その中の酸化物の形で膜に存在することが望ましい。
【0027】
珪素及びホウ素含有ターゲット(例えばSiC/BN混合物)からスパッタリングを行う場合は、Ix/Iyの比を制御するために、炭化水素系ガス(例えばC)である反応ガスの流量Fyと、成膜における処理ガスのアルゴンの流量Fxとの比Fy/Fxが、例えば0.007≦Fy/Fx≦0.50に制御される。好ましくは、その段階における成膜圧力は、約0.01Paから3.0Paの範囲内になるように制御される。Fy/Fx<0.007であれば、炭化水素系ガスの流量が小さいため、Ix/Iy<3.2になる。その結果、膜における非晶質炭素の存在量が減少し、膜は、十分な潤滑特性を有することができない。その一方で、Fy/Fx>0.50であれば、Ix/Iy>8.0になるため、膜の使用がより低い温度での使用に制限されるが、それでも耐熱性の向上を示す。したがって、Fy/Fx比は、優先的に0.007≦Fy/Fx≦0.50に制御される。
【0028】
炭化水素系ガスとして、ここではメタンアセチレン、ベンゼン又はメチルベンゼンが使用可能であり、アセチレンが好適である。
【0029】
二層構造の本発明の硬質膜Bの主な役割は、硬質膜Aの特性と硬質膜Bの特性とを組み合わせることである。硬質膜A及び硬質膜Bは、それぞれ図2に示される多層構造を有していてもよい。例えば、硬質膜Aは、CSiBであり、C含有量がその表面層付近の部分で大きくなる多層構造を有することができる。硬質膜Bも多層、例えば(TiAl)N/(TiSi)Nの構造を有することができる。この構造において、(TiSi)Nを硬質膜Aと(AlTi)Nの間に加えることによって、多層膜の耐摩耗性及び接着性を向上させる。硬質膜Aは、多層膜の残留圧縮応力を増大し得るため、場合によっては多層膜全体に対する硬質膜Aの割合は増加し得ない。そしてそのような場合は、硬質膜Bが厚くなる。硬質膜Aと硬質膜Bとの比に関しては、硬質膜Aが、100%と捉えられる多層膜全体に対して、好ましくは2%から50%である。その特性を十分に発揮する硬質膜Aを作製するために、硬質膜Bは、基板の表面に対する優れた接着強度を有さなければならない。
【0030】
本発明において、硬質膜Aを、RFを用いたスパッタリング法によって形成することができる。この場合、好ましくは、炭化珪素及び窒化ホウ素の複合ターゲットが使用される。しかし、炭化珪素及び窒化ホウ素を異なるコーティング源に配置することができ、それら2つの物質を同時にスパッタリングして、硬質膜Aを形成することができる。
【0031】
それ以外に、以下のPVD法のみに限定されることなく、マグネトロンスパッタリング法、例えば、SiC、BC、で構成されたインサートを含む炭素ターゲットなどの複合ターゲット及び窒素を含む反応ガスからの強力パルスマグネトロンスパッタリングを含むDCスパッタリング又はパルススパッタリングが使用可能である。
【0032】
炭素陰極をSi及びホウ素と合金にし、且つ/又はホウ素若しくは珪素を含む適切な反応ガスを使用することにより、本発明によるコーティングを堆積する、アーク蒸発法も可能である。
【0033】
当該コーティングを堆積するための別の簡単な方法は、少なくとも炭素、珪素及びホウ素を含む適切な前駆体を使用することによる純粋CVD及びPE−CVD法である。
【0034】
多層膜を形成する1つの好適な方法において、硬質膜Aは、スパッタリング法によって形成され、硬質膜Bは、アークイオンプレーティング法(ATP法)及び/又はスパッタリング法によって形成される。例えば、図1aにおいて、硬質膜Bの膜3は、基板2に対する接着強度が向上していることが重要であるため、AIP法は、基板2と膜3との間の界面部分に対して好適である。形成膜の摩耗特性をさらに向上させるために、界面部分以外の部分をスパッタリング法によって形成することができる。その方法をAIP法と組み合わせてもよい。膜4の硬質膜Aは、スパッタリング法によってコーティングされる。コーティング膜形成におけるコーティング源、並びにスパッタリング法のバイアス電源及びAIP法のバイアス電源に関しては、高周波電源又は直流電源を適用することができるが、コーティングプロセスにおける安定性の観点から、スパッタリング電源には高周波電源を使用する。バイアス電源としては、硬質膜の電気伝導性及び硬質膜の機械特性を考慮すると、高周波バイアス電源がより好適である。
【0035】
図3は、本発明の基板コーティングのためのコーティング装置13の構造を示す図である。コーティング装置13は、真空チャンバ10;4つのコーティング源5、6、7及び8;並びにそれらのシャッタ14、15、16及び17を含む。この装置において、5及び7は、それぞれRFコーティング源であり、6及び8は、それぞれアーク源である。各コーティング源は、コーティング源を個別に閉鎖するそのシャッタを有する。シャッタは、互いに独立して駆動されるため、それぞれのコーティング源を個別に閉鎖することが可能である。したがって、コーティングプロセスを通じて、コーティング源を一時的に停止する必要がない。アルゴンの処理ガス及びN、O又はCの反応ガスが、スイッチ開閉機構を備えた蒸気導入口12をそれゆえに有する真空チャンバ10に供給される。回転機構を備えた基板ホルダ11が、直流(DC)バイアス電源又は高周波(RF)バイアス電源9と接続される。膜によるコーティング方法に関しては、コーティング装置13の移動機構及びコーティングプロセスの1つの好適な実施形態を以下に記載する。
【0036】
(1)洗浄:
基板2を、基板ホルダ11によって保持した後、250℃から800℃で加熱する。この間、すべての供給源のシャッターを閉鎖した状態に維持する。パルスバイアス電圧をバイアス電源9から基板に印加することによってイオンで基板を洗浄する。
【0037】
(2)硬質膜Bのコーティング:
基板をそのようにして洗浄した後、アーク源6及び8のためのシャッタ15及び17を開放し、基板を硬質膜Bでコーティングする。硬質膜BをDCスパッタリング法又はDC−AIP法によって形成することができる。成膜のために与えられるDCバイアス電圧は、好ましくは、約10Vから400Vである。場合に応じて、両極性パルスバイアス電圧を採用することもできる。この段階における周波数は、好ましくは、0.1kHzから300kHzの範囲内であり、正バイアス電圧は、好ましくは、3Vから100Vの範囲内である。パルス/休止比は、0.1から0.95の範囲内であってもよい。硬質膜Bの形成時に、RFコーティング源5及び7を駆動させながら、シャッタ14及び16を閉鎖状態に維持する。これは、酸化物などの不純物をターゲット表面から除去するためである。硬質膜Bの形成後、シャッタ14及び16を開放し、RFコーティング源5及び7を同時に駆動させて、次の成膜を開始する。
【0038】
(3)硬質膜Aのコーティング
少なくともCSiBからなる硬質膜AをRFマグネトロン源5及び7から形成する。具体的には、RFマグネトロン源5及び7は、好ましくは、炭化珪素及び窒化珪素の複合ターゲット材料である。硬質膜Aの表面側は、アセチレン等の処理ガスを、蒸気導入口12を介して真空チャンバ10に供給することによってより大量の炭素を含んでいてもよい。好ましくは、硬質膜Aにおける炭素含有量は、膜の摺動特性の向上に寄与するように、表面側に近い部分の方が大きい。
【0039】
コーティングは、1500から3500の典型的な硬度、及び超硬合金に対する折曲げ試験によって測定された−0.5から−3.5GPa(約1.5umのコーティング厚さ)の固有マクロ的応力(Intrinsic macroscopic stress)を示す。
【0040】
すべてのコーティングは、X線非晶質である。
【0041】
単層膜Aを基板に直接コーティングする場合は、膜Bの堆積を除いた類似のコーティング手順を実施する。別の例は、その代わりに、膜Aを堆積する前に窒化物コーティング金属中間層を堆積することである。
【0042】
膜Bと膜Bの中間の堆積によって、2つを超える層を有する多層を堆積することもできる。AlTiNのような従来の硬質コーティングのための供給源、例えば、AIP及び
膜Aのための供給源、例えばスパッタリング源がその時点で動作しており、次いで、基板を膜Bのための供給源型から膜Aのための供給源型に移動することによってナノ多層を生成する。
【0043】
本発明を以下の実施例を参照しながら説明する。
【0044】
(実施例1)
本発明の硬質膜Aの物理特性を評価するために、以下に記載するコーティング方法により、3重量%以上で12重量%未満の含有量のCoを含む硬質金属を使用して基板を硬質膜でコーティングした。その検討のたいていの場合においては、膜Bを最初に堆積した。(硬質膜Bと比較して)基板を保護する当該膜Aの影響を直接示すために、これを実施した。
【0045】
コーティング方法は、工具を500℃で加熱する第1の工程と、200Vの負電圧、30Vの正電圧、20kHzの周波数及びパルス/休止比4を有するパルスバイアス電圧を工具に印加することによって約30分間にわたって工具をイオン洗浄する第2の工程と、アーク源からの(AlTi)Nで工具をコーティングする第3の工程と、シャッタを閉鎖し、アーク源からの(AlTi)Nで工具をコーティングしながら、スパッタリングターゲットを放出することによってターゲット表面を洗浄する第4の工程と、1/3の混合モル比のBN/SiCのターゲットを使用して、RFマグネトロン源からRFスパッタリングコーティングによって硬質膜Aのコーティングを行う第5の工程と、それに対するRFバイアスに加えて、50Vの負電圧を有するDCバイアスをサンプルに印加することによって、RF+DCで硬質膜Aのコーティングを行う第6の工程とを含む。上記第1から第6の工程のプロセスに従って工具をコーティングした。第6の工程において、反応ガスとしてのアセチレンを、処理ガスArとともに、Ar+Cの混合ガスとしてチャンバに導入し、比をFy/Fx=0.05になるように制御した。最終的に、その積層構造体は、その順に積層された(AlTi)N及び硬質膜Aを含んでおり、膜厚は約3μmであった。第1のコーティング法によってコーティングされたサンプルは、本発明の実施例1である。実施例1における硬質膜2の組成を様々に変更することによって、本発明の実施例2から実施例36のサンプルを製造した。チャンバに導入されるAr+Cの混合ガスの比(Fy/Fx)を様々に変更することによって、本発明の実施例2から実施例7及び実施35から実施36のサンプルを製造した。
【0046】
それらの実施例の詳細を表1に示す。
【表1−1】


【表1−2】


【表1−3】

【0047】
表2により、表1に示される実施例のそれぞれの摩擦係数及び酸化厚さを示す。
【表2−1】


【表2−2】


【表2−3】

【0048】
表1に示される本発明の特別な実施形態に加えて、本発明による様々なコーティング膜の単一コーティング特性を調査した。それらの結果を実施形態IからVにより表3に示す。
【表3】

【0049】
硬質膜Aの本発明の実施例1から実施例7において、Fy/Fxを制御することで、非晶質炭素の含有量を変化させた結果、Ix/Iyが変化した。その一方で、実施例35及び実施例36において、高炭素含有量を得るようにFy/Fxを選択した結果、高いIx/Iy値が得られた。比較例39から41では、成膜に炭化水素系ガスを使用しなかった。低炭素含有量は、混合ターゲット(SiC/BN)のスパッタリングに直接起因する。
【0050】
本発明の膜Aの摺動特性を評価するために、ボールオンディスク型摩擦試験を用いて、本発明の実施例及び比較例におけるコーティング部材を摩擦係数について試験した。摩擦係数の値に関しては、摺動の開始からその終了までのデータを平均して、その試験サンプルの摩擦係数とした。
【0051】
試験では、SUJ2のφ6−ボール材料、及びK10に対応するISOモデル第SNMN120408号の超硬合金インサートをコーティングすることによって調製されたディスクを使用し、本発明の膜Aを主として膜Bに堆積した。膜Aは、摩擦試験を通じて完全に摩耗することがないため、摩擦挙動は膜Aによって決定づけられることに留意されたい。
【0052】
(試験条件)
摺動速度:100mm/秒。
摺動半径:3.0mm
荷重:2N。
摺動距離:50m
試験温度:室温、300℃、500℃。
試験雰囲気:空気中、潤滑なし。
【0053】
サンプルの試験結果を表2に示す。
【0054】
表2及び表3に見いだされる摩擦係数のデータにより、膜A、及びそれに起因して、本発明の多層膜コーティング部材サンプルも、すべてが室温、300℃及び500℃においてμ<0.3の摩擦係数を有していたため、摩擦特性が優れていたことが確認される。これは、それらのサンプルにおける硬質膜Aの潤滑特性の効果によるものである。それらの結果から、本発明の膜コーティング部材は、室温から500℃の温度範囲内でμ≦0.3の摩擦係数を有することが理解される。その一方で、比較例では、すべてのサンプルの摩擦係数がμ≦0.3になり得なかった。例えば、比較例38において、高温範囲内における摩擦係数はμ<0.3であったが、室温における摩擦係数は、μ=0.7であり、高かった。これは、高温環境においては添加元素のホウ素が潤滑効果を発揮したが、室温範囲では、その元素が効果を発揮しなかったためである。比較例42及び43において、摩擦係数は、室温付近でμ<0.1であり、極めて低かったが、高温範囲では、摩擦係数は、膜の黒鉛化及び酸化に対して不安定であった。より高温(500℃)では変動が大きいため、一定の摩擦値を得ることが困難であった。
【0055】
炭素が最も多いサンプル35及び36は、500℃において標準的なDLCコーティングと同様の摩擦値を示した。
【0056】
しかし、このコーティングは、後に示すように、標準的なDLCコーティングと比較していくつかの長所を示す。
【0057】
本発明の実施例及び比較例のサンプルを熱処理し、それらの耐酸化性について試験した。その試験における基板として、Co含有量が8重量%の超微粒子超硬合金のインサートを使用した。1000℃及び湿度58%の条件下の空気中に、サンプルを2時間保持し、次いで低温空気流で冷却した。熱処理後、硬質膜の断面を走査型電子顕微鏡(以降SEMと称する)で解析することによって、酸化層の厚さを測定した。酸化層の厚さを表2及び表3に示す。ホウ素及び珪素を含まない硬質炭素コーティングとしての比較例42及び43は、高い酸化温度に耐えることができなかったことに言及する必要がある。高炭素含有量の実施例35及び36は、酸化に対してなおも良好な安定性を示した。
【0058】
膜Aの優れた耐熱性を証明するために、SEM(走査型電子顕微鏡)画像を示す。
【0059】
図4及び図5は、熱処理後のサンプルのSEM(走査型電子顕微鏡)画像である。図4は、本発明の実施例1のサンプルのSEM画像であり、図5は、比較例38のサンプルのSEM画像である。上部にTiSiNコーティングを有する硬質コーティングとしての比較例38のサンプルは、従来の硬質コーティングのグループの中でも、高温環境において優れた耐酸化性を有する。図4及び図5の両方において、膜のみが酸化され、基板は酸化されていなかった。図4における本発明の実施例1のサンプルでは、膜Aの表面層のみが酸化され、酸化物層の厚さが100nmであった。即ち、酸化物層は、極めて薄かった。その一方で、図5における本発明の比較例38のサンプルでは、酸化物層の厚さが900nmであった。
【0060】
それらの結果により、本発明の膜は、高温環境において優れた耐酸化性を有することが確認される。
【産業上の利用可能性】
【0061】
概して、本発明は、耐酸化性及び潤滑特性に優れた硬質保護コーティング内の解決策を提供するため、切削工具、鋳型、成形工具、エンジン部品及びガスタービン等の、良好な耐摩耗性及び良好な高温耐酸化性を必要とする部材、並びに自動車エンジン部品等の、良好な摺動特性を必要とする部材に適用可能である。
【0062】
少なくとも元素CSiBからなる単層膜、及び従来の硬質コーティングに加えて、少なくとも元素CSiBからなる膜からなる二層多層膜の他に、それぞれ1つの単層よりも多い各タイプの層を有する多層も堆積され得る。各単層の厚さは、少なくとも元素CSiBからなる膜及び従来の硬質コーティング(例えば、AlTiN又はAlCrMgSiN)の両方について、ナノメートルの範囲であり得る。
【符号の説明】
【0063】
1 多層膜コーティング部材
2 基板
3 硬質膜B
4 硬質膜A
5 RFコーティング源
6 アーク源
7 RFコーティング源
8 アーク源
9 DCバイアス電源又は高周波(RF)バイアス電源
10 真空チャンバ
11 基板ホルダ
12 蒸気導入口又は蒸気排出口
13 コーティング装置
14 シャッタ
15 シャッタ
16 シャッタ
17 シャッタ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成CSiMe(Meは、Al、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、W、Y、Sc、La、Ce、Nd、Pm、Sm、Pr、Mg、Co、Ni、Fe、Mnからなる群の少なくとも1つの金属であり、a+b+d+e+g+l+m=1である)を有する保護コーティングであって、
0.45≦a≦0.98であり、
0.01≦b≦0.40であり、
0.01≦d≦0.30であり、
0≦e≦0.35であり、
0≦g≦0.20であり、
0≦l≦0.35であり、
0≦m≦0.20であることを特徴とする上記保護コーティング。
【請求項2】
不純物を除いて、e=0及びg=0及びl=0及びm=0である、請求項1に記載の保護コーティング。
【請求項3】
0.56≦a≦0.81である、請求項1又は2に記載の保護コーティング。
【請求項4】
0.12≦b≦0.26である、請求項1から3までのいずれか一項に記載の保護コーティング。
【請求項5】
0.02≦d≦0.10である、請求項1から4までのいずれか一項に記載の保護コーティング。
【請求項6】
0.03≦e≦0.08である、請求項1から5までのいずれか一項に記載の保護コーティング。
【請求項7】
0.01≦g≦0.06である、請求項1から6までのいずれか一項に記載の保護コーティング。
【請求項8】
0.03≦l≦0.10である、請求項1から7までのいずれか一項に記載の保護コーティング。
【請求項9】
0.05≦m≦0.10である、請求項1から8までのいずれか一項に記載の保護コーティング。
【請求項10】
遊離炭素C−C結合が、硬質コーティングに存在する、請求項1から9までのいずれか一項に記載の保護コーティング。
【請求項11】
C−H結合が、硬質コーティングに存在する、請求項1から10までのいずれか一項に記載の保護コーティング。
【請求項12】
硬質コーティングが、少なくとも1000Hvから4000Hvの硬度を有する、請求項1から11までのいずれか一項に記載の保護コーティング。
【請求項13】
硬質コーティングが、少なくとも1500から3500の硬度を有する、請求項1から12までのいずれか一項に記載の保護コーティング。
【請求項14】
硬質コーティングの残留応力が−0.5から−3.5GPaである、請求項1から13までのいずれか一項に記載の保護コーティング。
【請求項15】
従来の硬質コーティングの少なくとも1つの単層と交互になる、元素CSiMeを有する少なくとも2つの単層を含む、請求項1から14までのいずれか一項に記載の保護コーティング。
【請求項16】
請求項1から15までのいずれか一項に記載の保護コーティングを有するコーティング部材。
【請求項17】
多層膜が前記部材の表面に設けられ、該多層膜が異なる組成の少なくとも硬質膜(A)及び硬質膜(B)を含み、該硬質膜(A)が、該コーティング部材の該多層膜の最外層として設けられる請求項1から14までのいずれか一項に記載の低摩擦炭素含有硬質コーティングである、請求項16に記載のコーティング部材。
【請求項18】
その組成が、a+b+d+e+g=1、0.10≦b≦0.35、0.01≦d≦0.25、0.45≦a≦0.85、0.03≦e≦0.30及び0<g≦0.20を満たすSiによって表される追加的な層が設けられ、前記硬質膜Aの下の基部層の前記硬質膜Bが、Al、Ti、Cr、Nb、W、Si、V、Zr及びMo、Mg、Co、Ni、Ce、Y、La、Sc、Prから選択される少なくとも2つの金属成分、並びにN、B、C、O及びSから選択される少なくとも1つの非金属成分を含む、請求項16又は17に記載のコーティング部材。
【請求項19】
前記コーティング部材が、切削工具、鋳型、成形工具、エンジン部品、内燃機関の部品又はガスタービンの部品である、請求項16から18までのいずれか一項に記載のコーティング部材。
【請求項20】
請求項1から15までに記載の保護コーティング、又は請求項16から19までに記載のコーティング部材を製造するための方法。
【請求項21】
前記方法がPVD法である、請求項20に記載の方法。
【請求項22】
前記方法がRFマグネトロンスパッタリング法である、請求項20又は21のいずれか一項に記載の方法。
【請求項23】
前記方法がdcスパッタリング又はパルスDCスパッタリング法である、請求項20から22までのいずれか一項に記載の方法。
【請求項24】
前記方法が高出力パルスマグネトロンスパッタリング法である、請求項20から23までのいずれか一項に記載の方法。
【請求項25】
RFスパッタリングに複合ターゲット、例えばSiC/BN混合物が使用される、請求項20から24までのいずれか一項に記載の方法。
【請求項26】
SiC、BCで構成されたインサートを有する炭素含有ターゲットが使用される、請求項20から25までのいずれか一項に記載の方法。
【請求項27】
窒素を含む反応性ガスが使用される、請求項20から26までのいずれか一項に記載の方法。
【請求項28】
炭素含有ガスを含む反応性ガスが使用される、請求項20から27までのいずれか一項に記載の方法。
【請求項29】
炭素含有ガス及び窒素を含む反応性ガスが使用される、請求項20から28までのいずれか一項に記載の方法。
【請求項30】
アーク蒸発法が使用される、請求項20から29までのいずれか一項に記載の方法。
【請求項31】
Si及びホウ素と合金にされた炭素陰極が使用される、請求項20から30までのいずれか一項に記載の方法。
【請求項32】
反応性ガスが使用される、請求項20から31までのいずれか一項に記載の方法。
【請求項33】
CVD法が使用される、請求項20から32までのいずれか一項に記載の方法。
【請求項34】
少なくとも炭素、珪素及びホウ素を含む前駆体を使用することによってPE−CVD法が適用される、請求項20から33までのいずれか一項に記載の方法。

【図1】
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【図1a】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公表番号】特表2012−530188(P2012−530188A)
【公表日】平成24年11月29日(2012.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−515361(P2012−515361)
【出願日】平成21年6月18日(2009.6.18)
【国際出願番号】PCT/EP2009/057619
【国際公開番号】WO2010/145704
【国際公開日】平成22年12月23日(2010.12.23)
【出願人】(508190746)スルザー メタプラス ゲーエムベーハー (8)
【Fターム(参考)】