説明

光学多層膜付きガラス部材とその製造方法

【課題】光学多層膜付きガラス部材において、スパッタリング法等による圧縮応力を有する光学多層膜の切断時等における膜クラックや膜剥がれの発生を抑制する。
【解決手段】光学多層膜付きガラス部材1は、ガラス基板2と、ガラス基板2の主表面2aに付着力強化層3を介して形成され、圧縮応力を有する光学多層膜4とを具備する。付着力強化層3は膜厚が50nm以上で、かつ圧縮応力を有する酸化珪素膜からなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は光学多層膜付きガラス部材とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
デジタルスチルカメラやビデオカメラに利用されているCCDやCMOS等の固体撮像素子においては、視感度補正等の色調補正、赤外線のカット、光量減衰や迷光抑制のための反射防止等を目的として、各種の光学多層膜が使用されている。光学多層膜としては、酸化チタン、酸化タンタル、酸化ニオブ等からなる高屈折率膜と酸化珪素等からなる低屈折率膜とをガラス基板上に交互に積層したものが知られている。光学多層膜は高屈折率膜や低屈折率層の厚さ、層数等に基づいて光を選択的に透過もしくは遮断するものである。
【0003】
ガラス基板上への光学多層膜の形成には一般的に蒸着法が用いられている。蒸着法を適用して光学多層膜を形成した場合、成膜時の基板温度等に基づいて光学多層膜に引張応力が生じ、これにより光学多層膜にクラックが発生したり、さらには膜破壊が生じるおそれがある。このような点に対し、ガラス基板と光学多層膜との間に圧縮応力を有する酸化珪素膜を介在させ、光学多層膜の引張応力を酸化珪素膜の圧縮応力で弱めることによって、光学多層膜のクラックや破壊を抑制することが提案されている(特許文献1,2参照)。
【0004】
蒸着法で形成した光学多層膜は、経時的な膜応力変化や分光変化等の特性変化が大きく、また硬度が低くて傷が付きやすいといった問題を有している。これに対し、スパッタリング法を適用して形成した光学多層膜は、高温高湿下における分光特性変化が非常に小さく、実質的に分光変化がないノンシフト膜の実現が可能であるという利点を有する。スパッタリング法による光学多層膜は硬度が高いために傷が付きにくく、部品組込み工程等における取扱い性にも優れ、さらに膜応力変化が小さくて機械強度特性が安定している。
【特許文献1】特開昭60−6905号公報
【特許文献2】特開2003−114327号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
スパッタリング法で形成した光学多層膜は、圧縮の内部応力(真応力)を有し、また膜質が硬いことから、光学特性や機械特性等が安定しており、また取扱い性に優れる等の利点を有する反面、光学多層膜付きの光学部品の作製工程、特に切断工程で膜クラックや膜剥がれが発生しやすいという問題を有している。切断工程等における膜クラックや膜剥がれの発生は光学部品の特性や品質を低下させる要因となる。
【0006】
例えば、スパッタリング法で形成した光学多層膜を有するガラス基板を切断しようとすると、光学多層膜(スパッタ膜)の膜質が緻密で硬いことから、切断面に生じる微細なクラックが伸長し、これが起点となって膜剥がれが発生するおそれがある。さらに、光学多層膜(スパッタ膜)は膜応力が高いために、この応力がクラックの伸長から膜剥がれまでの現象を助長し、さらには膜応力自体がガラス基板と光学多層膜との間に剥がれを発生させる力として働くおそれもある。このように、光学多層膜(スパッタ膜)の膜応力や膜質は特性の向上に寄与する反面、切断時には逆に膜クラックや膜剥がれの発生原因となる。
【0007】
本発明の目的は、スパッタリング法等による圧縮応力を有する光学多層膜の切断時等における膜クラックや膜剥がれの発生を抑制し、特性、品質、信頼性等を向上させることを可能にした光学多層膜付きガラス部材とその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の態様に係る光学多層膜付きガラス部材は、ガラス基板と、前記ガラス基板の主表面に付着力強化層を介して形成され、圧縮応力を有する光学多層膜とを具備する光学多層膜付きガラス部材であって、前記付着力強化層は膜厚が50nm以上でかつ圧縮応力を有する酸化珪素膜からなることを特徴としている。
【0009】
本発明の態様に係る光学多層膜付きガラス部材の製造方法は、ガラス基板の主表面に膜厚が50nm以上でかつ圧縮応力を有する酸化珪素膜からなる付着力強化層を、成膜開始時の前記ガラス基板の温度を80℃未満とした状態で形成する工程と、前記付着力強化層上に圧縮応力を有する光学多層膜を形成する工程とを具備することを特徴としている。
【発明の効果】
【0010】
本発明の態様に係る光学多層膜付きガラス部材およびその製造方法によれば、光学多層膜の膜クラックや膜剥がれ等を抑制することができる。従って、特性、品質、信頼性等に優れる光学多層膜付きガラス部材を再現性よく提供することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明を実施するための形態について、図面を参照して説明する。図1は本発明の実施形態による光学多層膜付きガラス部材の構成を示す断面図である。図1に示す光学多層膜付きガラス部材1は、ガラス基板2と、ガラス基板2の主表面2aに付着力強化層3を介して形成された光学多層膜4とを具備している。このような光学多層膜付きガラス部材1において、付着力強化層3はガラス基板2と光学多層膜4との密着性を向上させ、膜クラックや膜剥がれの発生を抑制するものである。
【0012】
光学多層膜4は用途に応じて適宜に選択されるものであり、例えば反射防止機能を有する反射防止膜(AR膜:Anti Reflection膜)、赤外線カット膜(紫外線波長域にもカット機能を有する紫外線−赤外線カット膜を含む)、赤外線透過膜、ダイクロイック膜等が挙げられる。このような機能を有する光学多層膜4には、例えば低屈折率膜と高屈折率膜とを交互に配置した積層膜が用いられる。低屈折率膜としては酸化珪素膜等が用いられる。高屈折率膜としては酸化ニオブ、酸化チタンおよび酸化タンタルから選ばれる少なくとも1種からなる金属酸化膜等が用いられる。低屈折率膜および高屈折率膜の膜厚や積層数は要求される光学特性に応じて適宜に設定される。
【0013】
光学多層膜4は内部応力(真応力)として圧縮応力を有している。圧縮応力を有する光学多層膜4は緻密質であり、かつ分光特性の変化を大幅に抑制することができる。さらには、実質的に分光変化がないノンシフト膜とすることも可能である。これらによって、光学多層膜4の耐候性、信頼性、耐久性等を向上させることができる。また、緻密質な光学多層膜4は膜硬度が高く、取扱い時における傷の発生等を抑制することができる。この点からも、光学多層膜4の信頼性や耐久性等を高めることが可能となる。
【0014】
圧縮応力を有する光学多層膜4は、例えば低屈折率膜や高屈折率膜をスパッタリング法で成膜することにより得ることができる。スパッタリング法によれば、成膜した膜(スパッタ膜)が緻密化することで、膜内部に圧縮応力が生じる。光学多層膜4は、特に反応性スパッタリングにおける遷移状態を利用して成膜することが好ましい。反応性スパッタリングにおける遷移状態を利用した成膜方法については後に詳述する。なお、圧縮応力を有する光学多層膜4の成膜方法はスパッタリング法に限られるものではなく、スパッタ成膜と同様に緻密膜の成膜が可能なイオンアシストを用いた蒸着成膜等を適用することも可能である。このような成膜方法によっても、圧縮応力を有する光学多層膜4が得られる。
【0015】
光学多層膜4を形成するガラス基板2は5〜100×10-7/℃(0〜300℃)の範囲の熱膨張係数を有することが好ましい。さらに、ガラス基板2は付着力強化層3の熱膨張係数より大きい熱膨張係数を有することが望ましい。このような熱膨張係数を有するガラス基板2を用いることによって、後に詳述するように付着力強化層3による膜クラックや膜剥がれの抑制効果をより有効に得ることが可能となる。ガラス基板2の熱膨張係数を5〜100×10-7/℃の範囲とする上で、ガラス基板2は珪酸塩ガラスや燐酸塩ガラスで構成することが好ましい。
【0016】
ガラス基板2の主面2aに圧縮応力を有する光学多層膜4を直接形成した場合、光学部品の作製工程で膜クラックや膜剥がれ等が発生しやすい。特に、切断工程で切断面に生じた微細なクラックが伸長し、これが起点となって膜剥がれが発生するおそれが高い。そこで、この実施形態ではガラス基板2と光学多層膜4との間に、膜厚が50nm以上でかつ圧縮応力を有する酸化珪素膜からなる付着力強化層3を介在させている。酸化珪素膜はガラスネットワークを形成し得る珪素(Si)の酸化物からなるため、ガラス基板2に対する親和性が高く、良好な密着性や付着力を示す。さらに、酸化珪素膜は透明であり、光学特性に対する影響も少ないため、光学多層膜4の付着力強化層3として有効である。
【0017】
この実施形態では圧縮応力を有する酸化珪素膜を付着力強化層3として使用している。圧縮応力を有する付着力強化層3は光学多層膜4のノンシフト膜等としての特性に悪影響を及ぼすことがないため、光学多層膜4の膜クラックや膜剥がれ等の発生を抑制した上で、圧縮応力を有する光学多層膜4の優れた特性を維持することが可能となる。付着力強化層3が引張応力を有する場合には、ガラス基板2と付着力強化層3との間で膜剥がれが起きやすくなる等、付着力強化層3の本来の機能が損なわれる。
【0018】
付着力強化層3の形成方法としては、例えばスパッタリング法が用いられる。上述したように、スパッタリング法によれば圧縮応力を有する膜が得られる。付着力強化層3は、特に反応性スパッタリングにおける遷移状態を利用して成膜することが好ましい。反応性スパッタリングとは、スパッタガス(アルゴンガス等)中のイオン(Ar+イオン等)を化合物膜の原料となる金属製ターゲットに衝突させ、この衝突エネルギーに基づいて金属製ターゲットから弾き出された材料原子(スパッタ粒子)を反応性ガス(酸素ガス等)と反応させて、化合物膜(酸化物膜等)として被成膜基板上に付着させる方法である。
【0019】
反応性スパッタリングはスパッタ粒子のエネルギーが高く、また化合物膜が活性度の高い状態で被成膜基板上に堆積される。従って、付着力強化層3として反応性スパッタリングで酸化珪素膜を成膜することによって、ガラス基板2との密着性に優れる付着力強化層3を得ることができる。さらに、反応性スパッタリングにおいては成膜速度や膜質の異なるいくつかの状態が存在する。一般的には、金属状態、遷移状態、化合物状態と呼ばれる三態である。酸化珪素膜からなる付着力強化層3は、特に反応性スパッタリングにおける遷移状態を利用して形成することが望ましい。
【0020】
図2に反応性スパッタリングにおける反応性ガスの導入量と成膜速度との関係を模式的に示す。これら各状態の概略を説明する。金属状態は反応性ガスが比較的少ない場合に存在し、状態としては安定である。成膜速度が非常に高いため、金属ターゲット表面が反応性ガスに汚染されない。形成される膜は不完全な化合物膜となり、金属的な性質を示す。化合物状態は反応性ガスが比較的多い場合に存在し、状態としては安定である。この状態では反応性ガスが多いため、金属ターゲットの表面が反応性ガスと反応して化合物膜で覆われた状態、すなわち金属酸化物ターゲットを用いた場合と同様になる。そのため、成膜速度は非常に小さいが、形成される膜は完全に化合物化された状態となる。
【0021】
遷移状態は反応性ガスが金属状態と化合物状態との中間程度であり、状態としては非常に不安定である。成膜速度は比較的早く、十分に化合された膜から不十分に化合された膜まで、条件により得られる膜質は異なる。なお、これらの現象に関しては、Berg等によるモデル的な考察(S.Berg,H−O.Blom,T.Larsson,C.Nender:J.Vac,Sci.Technol.A,5,(1987),202)や小林春洋著「スパッタ薄膜」(日刊工業新聞社)等で説明されている。
【0022】
反応性スパッタリングにおける遷移状態について詳細に述べる。図2に示すように、金属状態から酸素導入量を段階的に増加していくと、屈曲点付近で急激に成膜速度が低下し(下向き矢印で示す)、酸化のヒステリシス(履歴現象)が生じる。これは、化合物状態から酸素導入量を段階的に減少させた場合でも、同様に屈曲点付近で上向き矢印の方向に急激に成膜速度が増加する。しかし、酸素導入量を精密に制御することによって、急激な状態変化を起こさずに、特性曲線に示すような遷移状態を得ることが可能となる。
【0023】
遷移状態について特性曲線を用いて説明すると、酸素導入量に対して状態が大きく変化する領域である。具体的には、成膜速度−酸素導入量やプラズマ発光強度−酸素導入量の特性曲線における化合物状態側の屈曲点(化合物状態と遷移状態との境界)と金属状態側の屈曲点(金属状態と遷移状態との境界)との間の領域をいう。なお、スパッタリング装置やターゲット材によっては、プラズマ発光強度−酸素ガス導入量の特性曲線において、屈曲点が明確でない場合もある。この場合は、スパッタ電圧−酸素ガス導入量の特性曲線等に表れる屈曲点において、同様に遷移状態であるということができる。
【0024】
反応性スパッタリングで酸化珪素膜からなる付着力強化層3を形成する際に、酸素導入量等に基づいて成膜状態を遷移状態に制御することによって、十分に化合された膜と不十分に化合された膜とが混在した状態が得られる。このように、付着力強化層3の形成時の状態を遷移状態に制御し、付着力強化層3を構成する酸化珪素に化学量論的な偏りを生じさせることで、より活性な状態で酸化珪素をガラス基板1に堆積させることができる。従って、付着力強化層3とガラス基板2との密着性をより一層高めることが可能となる。
【0025】
反応性スパッタリングにおける遷移状態は不安定であり、図2においては逆S字カーブの屈曲点部分から遷移状態に移行できずに、化合物状態から金属状態もしくは金属状態から化合物状態(矢印で示す方向)へ瞬時に推移し、結果として反応性スパッタリングおいてはヒステリシスが構成される。このような不安定な遷移状態を安定的に制御するため、反応性スパッタリングのプラズマにおける特定波長のプラズマ発光強度をモニタリングし、そのプラズマ発光強度が一定の値となるように導入する酸素ガス量を制御する、いわゆるプラズマ・エミッション・モニタリング等の遷移制御技術を用いることが好ましい。
【0026】
反応性スパッタリング装置において、プラズマ・エミッション・モニタリングを用いた場合の装置構成の概要を図3に示す。反応性スパッタリング装置10は、チャンバ11内に対向して配置されたターゲット(Siターゲット)12と被成膜基板(ガラス基板)13とを備えている。図3において、Pはプラズマシースである。反応性スパッタリング装置10において、プラズマPの発光は光ファイバ14で受光されてチャンバ11外に導かれ、特定波長を選択するためのバンドパスフィルタ(BPF)15を経由してフォトマル16で受光される。フォトマル16で受光した光強度は電気信号に変換され、そのデータは光量積分器17で積分されて適正な形で平均化される。このデータがパソコン等の演算処理装置18に送られて反応性ガスの導入量が決定される。
【0027】
そして、決定された反応性ガスの導入量データに基づいてマスフローコントローラ19を駆動し、チャンバ11内に導入される反応性ガス量が制御される。これらの装置を用いることで、状態として非常に不安定な遷移状態を、より安定的に制御することが可能となる。そして、遷移状態で付着力強化層3を形成することによって、ガラス基板2と付着力強化層3との密着性を向上させることができる。反応性スパッタリングのプラズマ・エミッション・モニタリングを用いて、SiをターゲットとしてSiの酸化物膜を形成する場合、付着力強化層3の形成時におけるプラズマ発光強度を酸化状態のプラズマ発光強度(100%)に対して5〜40%の範囲に制御することが好ましい。
【0028】
酸化珪素膜からなる付着力強化層3は圧縮応力を有することに加えて、膜厚が50nm以上であることが重要となる。酸化珪素膜からなる付着力強化層3が圧縮応力と50nm以上の膜厚を有することによって、圧縮応力を有する光学多層膜4の切断時等における膜クラックや膜剥がれを抑制することが可能となる。付着力強化層3の膜厚が50nm未満の場合には、以下に述べる圧縮応力の緩和や応力集中点の界面近傍からの移動に基づく膜剥がれ等の抑制効果を十分に得ることができない。圧縮応力と50nm以上の膜厚を有する付着力強化層3の膜剥がれ抑制作用について以下に詳述する。
【0029】
上述したように、反応性スパッタリング法、特に反応性スパッタリングにおける遷移状態を利用して成膜した酸化珪素膜(付着力強化層3)は、ガラス基板2に対して良好な密着性を示す。ただし、本発明者らが多くの検討、試験を重ねた結果、そのようなスパッタリング法を適用した場合においても膜剥がれが発生する場合があることが判明した。この現象は珪酸塩ガラス、燐酸ガラス、弗燐酸ガラス等の各種のガラス基板で生じることが明らかとなった。このような各種のガラス基板で膜剥がれが発生する条件としては、ガラス基板の表面自体が何らかの原因で脆弱化したことが考えられる。
【0030】
本発明者らの検討、試験によると、特にアルカリ洗浄剤を使用した洗浄工程を経たガラス基板で多く見られることが分かった。ここで言うアルカリ洗浄剤とは、洗浄剤中にNaOHやKOH等のアルカリ性成分を含む洗浄剤であり、これを用いた洗浄液がpHで8以上、一般的には10以上となるような洗浄剤である。このようなアルカリ洗浄剤を用いた洗浄工程は、ガラス基板に対して優れた洗浄能力を示すことが多く、特に外観、光学特性を重視する撮像関係の基板洗浄に一般的に使用されている。
【0031】
本発明者らの試験によれば、アルカリ洗浄はアルカリ金属成分を含むガラス基板や燐酸系のガラス基板の表面状態を組成レベルで変質させ、おそらくはこれが原因となって極端に膜剥がれが発生しやすい状態になると考えられる。なお、ガラス基板表面の組成レベルにおける変質現象は、ガラス構成成分が洗浄液に溶出することが直接の原因であると考えられることから、使用するガラス基板の性質によってはアルカリ洗浄工程以外においても同様の現象が生ずる可能性がある。つまり、本質的にはガラス基板の表面状態の変質や脆弱化が問題なのであって、アルカリ洗浄工程以外の原因であってもガラス基板の表面が変質したり、また脆弱化する場合には同様な現象が起こると考えられる。
【0032】
ガラス基板表面の変質や脆弱化に対しては、表面層(脆弱層)を物理的なエッチング処理(逆スパッタ等)によって除去することが考えられる。しかし、物理的なエッチング処理は装置的に複雑になるだけでなく、カルーセル型スパッタ装置等では導入が難しく、また場合によってはその処理自体が異物の発生源となるおそれもある。このため、汎用的に使用するためには解決しなければならない問題を有する。つまり、ガラス基板表面の汚れや外観異物を嫌う用途、すなわち撮像関係の用途等では、ガラス基板の洗浄工程等に基づく膜剥がれを汎用的な手法で抑制することが求められる。
【0033】
このような点に対して、付着力強化層3としての酸化珪素膜をガラス基板2上に所定以上の物理的膜厚で成膜することによって、優れた耐膜剥がれ性を得ることが可能となる。このことは本発明者らの試験結果から明らかではあるが、その理論的考察は必ずしも十分であるとは言えない。しかし、各種の試験結果から以下に示すような作用に基づいて付着力強化層3、ひいては光学多層膜4の膜剥がれが抑制されるものと考えられる。
【0034】
この実施形態の光学多層膜付きガラス部材1の最大の特徴は、付着力強化層3である酸化珪素膜を所定以上の膜厚とすることにある。一般的に、スパッタ成膜による緻密膜では圧縮応力が生じる。ガラス基板上に形成する膜厚が厚ければ厚いほど、圧縮応力は積算される。従って、単に膜厚を厚くする手法は、本来であれば膜剥がれを促進させやすいと考えられる。また、ガラス基板上に屈折率が近似する膜を50nm以上というように厚く形成することは、光学設計的にもほとんど意味がない。つまり、従来の考え方からは全く異なった機構が耐膜剥がれ性の向上に寄与していると考えられる。この機構を考える上で、本発明者らが行った試験結果のうち興味深い現象として以下の三点が挙げられる。
【0035】
(1)付着力強化層が極端に厚い(50nm以上、さらに100nm以上、またさらには200nm以上)場合に耐膜剥がれ性が向上する。これは一般的な光学膜の膜厚が1層あたり数nmから30nm程度であることを考えても、数倍から十倍程度の膜厚である。
(2)付着力強化層を200nmの膜厚で形成した後に厚さ5μmの光学多層膜を作製した場合と、付着力強化層を10nmの膜厚で形成した後に厚さ5μmの光学多層膜を作製した場合とを比較すると、前者の方がガラス基板の反り量が小さい。
(3)付着力強化層の成膜から光学多層膜の成膜までの工程において、初期基板温度を80℃未満にした場合に比べて、初期基板温度を80℃以上にして付着力強化層の成膜を行った場合(成膜温度変化が小さい)には、耐膜剥がれ性の向上効果が限定的となる。
【0036】
これらの試験結果から圧縮応力と50nm以上の膜厚を有する付着力強化層3に基づく膜剥がれ等の抑制機構は以下のように考えられる。膜剥がれが基板−膜間で生じる場合(実際に本発明者らの試験ではこの場合がほとんどであった)、少なくとも膜剥がれを促進する応力集中が基板−膜間の界面近傍に存在しており、これが膜剥がれの原因の大きな部分を占めると考えられる。このため、応力集中を基板−膜界面からずらせばよいことになる。これは、先に述べたガラス基板表面の脆弱層の発生とそれによる膜剥がれとを関連づけて考える場合、この界面近傍を考えることは非常に重要である。また、スパッタ成膜等による緻密膜には圧縮応力が生じるため、この圧縮応力の低減が重要になる。
【0037】
そこで、上記した三点の現象から常温近くで付着力強化層3を形成し、この状態から成膜温度の上昇と共に光学多層膜4を形成する場合には、図4に模式的に示すような挙動を示すものと考えられる。スパッタ成膜による酸化珪素膜の熱膨張係数αは5.5×10-7/℃付近である。使用するガラス基板2の熱膨張係数が酸化珪素膜のそれより大きい場合、図4(a)に示すように常温程度のガラス基板2に付着力強化層3が形成されたものは、成膜の進行に伴う温度上昇(基板温度の上昇)によって、図4(b)に示すように付着力強化層3に対してガラス基板2の方が大きく膨張し、いわゆる熱応力による引張応力効果が付着力強化層3に生じ始める。
【0038】
成膜温度はさらに光学多層膜4の積層が進行するにつれて上昇するため、図4(c)に示すように光学多層膜4は徐々に高温状態で積層が進むことになる。スパッタリング法による緻密な光学多層膜4の内部応力は圧縮応力であり、熱応力はその成膜時点では発生しないことになるが、この場合にも成膜が進むと共に熱応力的には引張応力効果が発生し始める。そして、成膜温度の上昇と共に基板近傍ほど引張応力の影響が大きくなっていく。
【0039】
このようにして形成された光学多層膜付きガラス部材1をスパッタリング装置のチャンバから取り出して常温に戻した場合、図4(d)に示すように付着力強化層3は常温付近で形成されているため、この間は付着力強化層3の内部応力(圧縮応力)のみが作用する。これに対し、高温状態で成膜された膜部分(光学多層膜4の後半部分)には、今度は基板−膜間の熱膨張係数の差異から圧縮方向の熱応力が発生する。
【0040】
圧縮方向の熱応力の程度は、基板に近い膜ほど成膜温度が低いことから小さくなる。また、成膜中に発生した引張応力的な効果は、基板からより遠い側の緻密膜による保持効果で残存すると考えることができる。このように考えると、付着力強化層3を厚くすればするほど、さらにはガラス基板2の熱膨張係数が大きい(付着力強化層3との熱膨張差が大きい)ほど、熱応力的な引張応力効果が大きくなる。
【0041】
成膜時の熱応力に基づいて基板近傍に生じる引張応力効果は、光学多層膜4や付着力強化層3の圧縮応力(内部応力)を相殺するほど大きくはないものの、付着力強化層3が本来有する圧縮応力を低減する方向に働く。このような圧縮応力の低減効果は、常温に戻った状態でも残存し、付着力強化層3の応力は総合的には圧縮応力のままだとしても、その程度を低減することができる。従って、基板−膜界面近傍における圧縮応力集中を緩和し、さらに応力集中点を付着力強化層3の内部にずらすことになる。これらによって、ガラス基板2と付着力強化層3との界面からの膜剥がれを抑制することが可能となる。
【0042】
図4ではガラス基板2等を平らに表現しているが、実際には応力の向きや大きさに応じて凸形状となる。図4(a)では付着力強化層3の圧縮応力により凸形状となる。図4(b)では温度上昇によるガラス基板2の膨張によって、全体では凸形状の程度が緩和される。図4(c)では光学多層膜4の圧縮応力が作用するものの、ガラス基板2の膨張もあるため、全体としては凸形状の程度が多少増加する。図4(d)では、ガラス基板2の収縮により熱応力による圧縮応力が作用するため、全体として凸形状が大きくなるものの、付着力強化層3の膜厚が厚いほど凸形状の程度は小さくなる。
【0043】
このように、付着力強化層3の物理的膜厚が膜剥がれの抑制に対して重要な要素となる。すなわち、付着力強化層3の膜厚を50nm以上と厚くした場合に、ガラス基板2の近傍に生じる引張応力効果が大きくなるため、ガラス基板2と付着力強化層3との界面近傍における圧縮応力集中の緩和効果、および応力集中点の移動効果を得ることが可能となる。従って、膜厚が50nm以上と厚い付着力強化層3を適用することによって、ガラス基板2と付着力強化層3との界面からの膜剥がれを抑制することが可能となる。
【0044】
上述した圧縮応力の緩和効果や応力集中点の移動効果をより有効に得る上で、付着力強化層3の膜厚は100nm以上とすることが好ましく、さらには200nm以上とすることがより好ましい。ただし、付着力強化層3の膜厚が厚くなりすぎると成膜温度の上昇が大きくなるため、上述した効果が不十分となる。このため、付着力強化層3の膜厚は1μm以下とすることが好ましい。また、本質的に圧縮応力を有する付着力強化層3と光学多層膜4を適用することによって、上述した圧縮応力の緩和および応力集中点の移動に基づく膜剥れの抑制効果を得ることが可能となる。
【0045】
なお、付着力強化層3として酸化珪素膜を使用した理由は、前述したようにガラス基板2との親和性等による密着性や付着力に加えて、熱膨張係数が5.5×10-7/℃付近と低いことによる。実際に、付着力強化層3を熱膨張係数が58×10-7/℃付近である酸化ニオブ膜、熱膨張係数が75×10-7/℃付近である酸化チタン膜等で構成した場合には、上述したガラス基板2との熱膨張差に基づく圧縮応力の緩和および応力集中点の移動による膜剥がれの抑制効果は認められない。
【0046】
さらに、ガラス基板2は付着力強化層3との熱膨張差に基づく効果を得る上で、付着力強化層3より大きい熱膨張係数を有することが好ましい。ただし、ガラス基板2の熱膨張係数が著しく大きいと、ガラス基板2の近傍付近に発生する熱応力による引張応力効果が大きくなりすぎる。熱応力による引張応力自体が著しく大きくなる場合には、逆に膜破壊が生じやすくなる。従って、ガラス基板2の熱膨張係数は付着力強化層3のそれより大きく、かつ100×10-7/℃以下であることが好ましい。
【0047】
熱膨張係数が5.5×10-7/℃未満のガラス基板2では、上記した熱応力による圧縮応力の緩和効果は期待できないものの、ガラス基板2と付着力強化層3の熱膨張係数が近いため、そのような付着力強化層3の厚さを厚くすることで、ガラス基板2との界面から大きな熱膨張係数を持つ酸化ニオブ膜や酸化チタン膜等の高屈折率膜を離すことができる。ただし、ガラス基板2の熱膨張係数が小さすぎるとそのような効果も不十分となるため、ガラス基板2の熱膨張係数は5×10-7/℃以上であることが好ましい。さらに、熱膨張係数が低いガラス基板2は洗浄による表面の脆弱化が起こりにくい、つまり耐候性が高いことから、付着力強化層3の付着力向上効果のみでも耐膜剥がれ性が向上する。
【0048】
付着力強化層3と光学多層膜4の形成は連続して実施することが好ましい。付着力強化層3を反応性スパッタリングにおける遷移状態を利用して成膜する場合、成膜の連続性を考慮して光学多層膜4も同様な反応性スパッタリングを適用して成膜することが好ましい。その際の成膜時の条件に関しては、上述したように成膜開始時のガラス基板2の温度を80℃未満とすることが好ましい。成膜開始温度が80℃を超えると、成膜の進行に伴って成膜温度が上昇することによる効果を十分に得ることができない。付着力強化層3の成膜開始温度は40℃以下であることがより好ましい。なお、付着力強化層3と光学多層膜4の形成は別工程で実施しても同様な効果を発現する。
【0049】
なお、光学多層膜4の成膜で反応性スパッタリングにおける酸化状態の成膜をガラス基板2の近傍で多用すると、上述した効果が限定的となるか、もしくは消失する。この現象に関しては、おそらく成膜レートが低く、かつ熱源となる酸素プラズマの発生量が多いことから、成膜中の温度上昇が基板近傍で著しくなるため、熱膨張係数が極端に大きいガラス基板2を用いた同様になるものと考えられる。つまり、応力集中点が基板−膜界面の近傍に集中することを避けようとする作用から著しくずれる一例ではないかと考えられる。
【0050】
上述した付着力強化層3および光学多層膜4の成膜過程における圧縮応力の緩和効果や応力集中点の基板界面からの離間効果は、反応性スパッタリングにおける遷移状態を利用した成膜に限られるものではなく、通常の反応性スパッタリング法等においても得ることができる。さらに、付着力強化層3および光学多層膜4が共に圧縮応力を有する場合に上記した効果が得られることを考慮すると、スパッタリング法以外の圧縮応力を有する膜が得られる成膜方法を適用することも可能である。例えば、スパッタ成膜と同様の緻密膜の成膜が可能であるイオンアシストを用いた蒸着成膜等に対しても適用可能である。
【0051】
なお、付着力強化層3に基づく膜剥がれの抑制機構は、必ずしも十分に解明されているわけではないが、圧縮応力と50nm以上の膜厚を有する酸化珪素膜を付着力強化層3に用いた場合と膜厚が50nm未満の酸化珪素膜を付着力強化層3に用いた場合とを比較した場合に、光学多層膜4の膜剥がれの評価結果から前者が後者に比べて膜剥がれの抑制効果に優れることが明らかであり、これらは現象論的にではあるが確認されている。従って、この実施形態の光学多層膜付きガラス部材1の構成が有効であることに変りはない。
【実施例】
【0052】
次に、本発明の具体的な実施例およびその評価結果について述べる。なお、以下の説明は本発明を限定するものではく、本発明の趣旨に沿った形での改変は可能である。
【0053】
以下の例においては、バッチ式のカルーセル型反応性スパッタリング装置を使用した。スパッタリング装置は反応性スパッタリングにおける遷移状態を維持するための機能を有するものである。また、アルカリ洗浄を含む洗浄工程とは特に記載がない限り、表面活性剤および水酸化ナトリウム水溶液を含有するアルカリ浄剤を用いた洗浄工程を適用し、その他に水洗浄やイソプロピルアルコールによる洗浄工程等を併用したものである。さらに強い基板洗浄が必要な場合には、日本表面科学社製の強アルカリ洗浄剤・CS−718(KOHを30質量%含有)による浸漬洗浄を、上記した通常のアルカリ洗浄工程の直前に実施した。強アルカリ洗浄に関してはその都度記載する。
【0054】
また、ガラス基板上に形成した光学多層膜の耐膜剥がれ性の評価は以下のようにして実施した。まず、ガラス基板上に形成された光学多層膜の膜面に一般的なガラス切り等を用いて、間隔約2mm、長さ10mm程度のガラス基板に到達する傷を線状に数本つけ、これを格子状になるように形成する。さらに、JIS Z1522で規定された粘着テープ(幅12〜19mm)を格子状の傷上に貼り付け、この粘着テープを光学多層膜の膜面に対して垂直方向に素早く引張り、光学多層膜の膜剥がれの発生の様子を確認した。
【0055】
評価基準としては、膜剥がれが全くないものを◎、格子状の傷の一部を起点とした線状の剥がれがわずかに発生した物を○、格子状の傷の一部を起点とした面状の膜剥がれが部分的に発生した物を△、面状の膜剥がれがテープ面の大部分に発生した物を×、面状の膜剥がれがテープの面の多くに発生するが、部分的には膜剥がれしない部分が残っており、上記△や×の中間状態と判断できるものを△×とした。
【0056】
(実施例1)
まず、ガラス基板としてショット社製の硼珪酸ガラス・D263T(熱膨張係数:72×10-7/℃)を用意し、これを95×95×0.3mmの形状に切断した。このようなガラス基板を上記した強アルカリ洗浄剤に30分間浸漬洗浄した後、上記した通常のアルカリ洗浄を含む洗浄工程を実施した。次に、アルカリ洗浄後のガラス基板上に反応性スパッタリングにおける遷移状態を利用して厚さ200nmの酸化珪素膜からなる付着力強化層を形成し、その上に酸化ニオブ/酸化珪素の交互積層膜からなるIRカット膜を形成した。IRカット膜の膜厚は約5μmとした。
【0057】
成膜開始時点の基板温度は室温(25〜30℃)同等程度であった。成膜温度を実測した結果、成膜終了時点での基板温度は約160℃であった。酸化珪素膜からなる付着力強化層および酸化ニオブ/酸化珪素の交互積層膜からなるIRカット膜はいずれも圧縮応力を有することを確認した。このようにして作製した光学多層膜付きガラス部材を平坦な測定台上に膜面を上にして静置し、工場顕微鏡を用いて中央部の反り量(凸形状を有する)を測定した。その結果、反り量は1.042mmであった。さらに、光学多層膜付きガラス部材の耐膜剥がれ性を上述した方法にしたがって評価したところ、耐膜剥がれ性の評価結果は◎であった。
【0058】
(実施例2)
AGCテクノグラス社製の硼珪酸ガラス・FP−1(熱膨張係数:52×10-7/℃)を95×95×0.3mmの形状に成形し、表面を研磨したガラス基板を、上記した強アルカリ洗浄剤に30分間浸漬洗浄した後、上記した通常のアルカリ洗浄を含む洗浄工程を実施した。このようなガラス基板上に実施例1と同様な方法で厚さ200nmの酸化珪素膜からなる付着力強化層と膜厚が約5μmのIRカット膜とを形成した。このようにして得た光学多層膜付きガラス部材の耐膜剥がれ性を上述した方法にしたがって評価したところ、耐膜剥がれ性の評価結果は◎であった。
【0059】
(実施例3)
AGCテクノグラス社製の燐酸塩ガラス・C−52B(熱膨張係数:81×10-7/℃)を50×50×0.5mmの形状に成形し、表面を研磨したガラス基板に、上記した通常のアルカリ洗浄を含む洗浄工程を実施した。このようなガラス基板上に実施例1と同様な方法で厚さ200nmの酸化珪素膜からなる付着力強化層と膜厚が約5μmのIRカット膜とを形成した。このようにして得た光学多層膜付きガラス部材の耐膜剥がれ性を上述した方法にしたがって評価したところ、耐膜剥がれ性の評価結果は◎であった。
【0060】
(実施例4)
ガラス基板としてショット社製の硼珪酸ガラス・D263T(熱膨張係数:72×10-7/℃)を用意し、これを95×95×0.3mmの形状に切断した。このようなガラス基板を上記した強アルカリ洗浄剤に30分間浸漬洗浄した後、上記した通常のアルカリ洗浄を含む洗浄工程を実施した。このガラス基板上に実施例1と同様な方法を適用して、厚さ50nmの酸化珪素膜からなる付着力強化層と膜厚が約5μmのIRカット膜とを形成した。このようにして得た光学多層膜付きガラス部材の耐膜剥がれ性を上述した方法にしたがって評価したところ、耐膜剥がれ性の評価結果は○であった。
【0061】
(実施例5)
上述した実施例4において、酸化珪素膜からなる付着力強化層の膜厚を70nmとする以外は、実施例4と同様にして光学多層膜付きガラス部材を作製した。この光学多層膜付きガラス部材の耐膜剥がれ性を上述した方法にしたがって評価したところ、耐膜剥がれ性の評価結果は○であった。
【0062】
(実施例6〜8)
実施例6のガラス基板としてコーニング社製の硼珪酸ガラス・Eagle2000(熱膨張係数:32×10-7/℃)、実施例7のガラス基板としてショット社製の珪酸ソーダガラス・B270(熱膨張係数:94×10-7/℃)、実施例8のガラス基板として村上開明堂社製の石英ガラス(熱膨張係数:5×10-7/℃)を用意した。これらガラス基板を95×95×0.3mmの形状に切断した後、上記した通常のアルカリ洗浄を含む洗浄工程を実施した。なお、実施例6のガラス基板は、上記した強アルカリ洗浄剤に30分間浸漬洗浄した後、上記した通常のアルカリ洗浄を含む洗浄工程を実施した。
【0063】
これらガラス基板上に実施例1と同様な方法を適用して、厚さ200nmの酸化珪素膜からなる付着力強化層と膜厚が約5μmのIRカット膜とをそれぞれ形成した。このようにして得た光学多層膜付きガラス部材の耐膜剥がれ性を上述した方法にしたがって評価したところ、実施例6の耐膜剥がれ性の評価結果は◎、実施例7の耐膜剥がれ性の評価結果は◎、実施例8の耐膜剥がれ性の評価結果は◎であった。
【0064】
(比較例1)
上述した実施例1において、酸化珪素膜からなる付着力強化層の膜厚を20nmとする以外は、実施例1と同様にして光学多層膜付きガラス部材を作製した。この光学多層膜付きガラス部材の中央部の反り量を実施例1と同様にして測定した。その結果、反り量は1.161mmであった。さらに、光学多層膜付きガラス部材の耐膜剥がれ性を上述した方法にしたがって評価したところ、耐膜剥がれ性の評価結果は△であった。
【0065】
(比較例2)
上述した実施例2において、酸化珪素膜からなる付着力強化層の膜厚を20nmとする以外は、実施例2と同様にして光学多層膜付きガラス部材を作製した。この光学多層膜付きガラス部材の耐膜剥がれ性を上述した方法にしたがって評価したところ、耐膜剥がれ性の評価結果は×であった。
【0066】
(比較例3〜5)
上述した実施例6〜8と同様なガラス基板(比較例3〜5)を用いて、膜厚が20nmの酸化珪素膜からなる付着力強化層と膜厚が約5μmのIRカット膜とをそれぞれ形成した。このようにして得た光学多層膜付きガラス部材の耐膜剥がれ性を上述した方法にしたがって評価したところ、比較例3の耐膜剥がれ性の評価結果は×、比較例4の耐膜剥がれ性の評価結果は△、比較例5の耐膜剥がれ性の評価結果は×であった。
【0067】
(比較例6)
AGCテクノグラス社製の弗燐酸ガラス・NF−50(熱膨張係数:129×10-7/℃)からなるガラス基板に、上記した通常のアルカリ洗浄を含む洗浄工程を実施した。このようなガラス基板上に実施例1と同様な方法を適用して、厚さ200nmの酸化珪素膜からなる付着力強化層と膜厚が約5μmのIRカット膜とをそれぞれ形成した。このようにして得た光学多層膜付きガラス部材の耐膜剥がれ性を上述した方法にしたがって評価したところ、耐膜剥がれ性の評価結果は×であった。
【0068】
(参考例1)
ガラス基板としてショット社製の硼珪酸ガラス・D263T(熱膨張係数:72×10-7/℃)を用意し、これを95×95×0.3mmの形状に切断した。このようなガラス基板を上記した強アルカリ洗浄剤に30分間浸漬洗浄した後、上記した通常のアルカリ洗浄を含む洗浄工程を実施した。次に、ガラス基板上に実施例1と同様な反応性スパッタリングによって、厚さ200nmの酸化珪素膜からなる付着力強化層と膜厚が約5μmのIRカット膜を形成した。ただし、ここでは基板加熱を行って付着力強化層とIRカット膜とを成膜した。基板加熱は成膜開始時点の基板温度が160℃となるようにした。このようにして得た光学多層膜付きガラス部材の耐膜剥がれ性を上述した方法にしたがって評価したところ、耐膜剥がれ性の評価結果は△であった。
【0069】
(参考例2)
上述した参考例1において、付着力強化層の成膜開始時点の基板温度が80℃となるように基板加熱を行う以外は、参考例1と同様にして光学多層膜付きガラス部材を作製した。この光学多層膜付きガラス部材の耐膜剥がれ性を上述した方法にしたがって評価したところ、耐膜剥がれ性の評価結果は△であった。
【0070】
上述した実施例、比較例および参考例による光学多層膜付きガラス部材の構成と評価結果を表1および表2にまとめて示す。表1および表2にから明らかなように、付着力強化層として膜厚が50nm以上とした酸化珪素膜を適用することによって、光学多層膜の耐膜剥がれを高めることが可能となる。また、付着力強化層の成膜開始時の基板温度は、成膜過程による温度変化が十分に得られるように、80℃未満(より好ましくは40℃以下)とすることにより光学多層膜の耐膜剥がれ性が向上することが分かる。
【0071】
【表1】

【0072】
【表2】

【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】本発明の光学多層膜付きガラス部材の構成を示す模式図である。
【図2】反応性スパッタリングにおける三態およびヒステリシスを説明するための模式図である。
【図3】反応性スパッタリング装置におけるプラズマ・エミッション・モニタリングシステムの構成を示す模式図である。
【図4】付着力強化層および光学多層膜の成膜時における各構成要素の挙動を模式的に示す図である。
【符号の説明】
【0074】
1…光学多層膜付きガラス部材、2…ガラス基板、3…付着力強化層、4…光学多層膜、10…反応性スパッタリング装置。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガラス基板と、前記ガラス基板の主表面に付着力強化層を介して形成され、圧縮応力を有する光学多層膜とを具備する光学多層膜付きガラス部材であって、
前記付着力強化層は、膜厚が50nm以上で、かつ圧縮応力を有する酸化珪素膜からなることを特徴とする光学多層膜付きガラス部材。
【請求項2】
前記光学多層膜および前記付着力強化層は共にスパッタ膜であることを特徴とする請求項1記載の光学多層膜付きガラス部材。
【請求項3】
前記付着力強化層は反応性スパッタリングにおける遷移状態で成膜されたスパッタ膜であることを特徴とする請求項2記載の光学多層膜付きガラス部材。
【請求項4】
前記ガラス基板は5〜100×10-7/℃の範囲の熱膨張係数を有することを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか1項記載の光学多層膜付きガラス部材。
【請求項5】
前記ガラス基板は前記付着力強化層の熱膨張係数より大きい熱膨張係数を有することを特徴とする請求項4項記載の光学多層膜付きガラス部材。
【請求項6】
前記ガラス基板は珪酸塩ガラスまたは燐酸塩ガラスからなることを特徴とする請求項1ないし請求項5のいずれか1項記載の光学多層膜付きガラス部材。
【請求項7】
前記付着力強化層は、アルカリ洗浄剤による洗浄が施された前記ガラス基板の表面に形成されることを特徴とする請求項1ないし請求項6のいずれか1項記載の光学多層膜付きガラス部材。
【請求項8】
前記光学多層膜は、酸化珪素からなる低屈折率膜と、酸化ニオブ、酸化チタンおよび酸化タンタルから選ばれる少なくとも1種からなる高屈折率膜とが交互に配置された積層膜を備えることを特徴とする請求項1ないし請求項7のいずれか1項記載の光学多層膜付きガラス部材。
【請求項9】
ガラス基板の主表面に、膜厚が50nm以上でかつ圧縮応力を有する酸化珪素膜からなる付着力強化層を、成膜開始時の前記ガラス基板の温度を80℃未満とした状態で形成する工程と、
前記付着力強化層上に圧縮応力を有する光学多層膜を形成する工程と
を具備することを特徴とする光学多層膜付きガラス部材の製造方法。
【請求項10】
前記光学多層膜および前記付着力強化層を共にスパッタリング法で形成することを特徴とする請求項9記載の光学多層膜付きガラス部材の製造方法。
【請求項11】
前記付着力強化層を反応性スパッタリングにおける遷移状態で成膜することを特徴とする請求項10記載の光学多層膜付きガラス部材の製造方法。
【請求項12】
さらに、前記ガラス基板の表面をアルカリ洗浄剤で洗浄する工程を具備し、前記付着力強化層を前記ガラス基板の前記洗浄された表面に形成することを特徴とする請求項9ないし請求項11のいずれか1項記載の光学多層膜付きガラス部材の製造方法。
【請求項13】
前記ガラス基板は5〜100×10-7/℃の範囲の熱膨張係数を有することを特徴とする請求項9ないし請求項12のいずれか1項記載の光学多層膜付きガラス部材の製造方法。
【請求項14】
前記付着力強化層の形成工程と前記光学多層膜の形成工程とを連続的に実施することを特徴とする請求項9ないし請求項13のいずれか1項記載の光学多層膜付きガラス部材の製造方法。
【請求項15】
前記光学多層膜の形成工程は、酸化珪素からなる低屈折率膜と、酸化ニオブ、酸化チタンおよび酸化タンタルから選ばれる少なくとも1種からなる高屈折率膜とを交互に成膜する工程を備えることを特徴とする請求項9ないし請求項14のいずれか1項記載の光学多層膜付きガラス部材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−192919(P2009−192919A)
【公開日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−34678(P2008−34678)
【出願日】平成20年2月15日(2008.2.15)
【出願人】(000158208)AGCテクノグラス株式会社 (81)
【Fターム(参考)】