説明

光学活性ヒドロキシメチル化化合物の製法

【課題】 不斉ヒドロキシメチル化反応が高い不斉選択性で進行する触媒、及びその触媒を用いた光学活性ヒドロキシメチル化化合物の製法を提供する。
【解決手段】 キラル配位子(例えば、化4)
【化4】


とスカンジウムトリフラート等とを混合させてなる触媒を用いることにより、ケイ素エノラートとホルムアルデヒドとの反応において光学活性ヒドロキシメチル化化合物が高い不斉選択性で得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、不斉ヒドロキシメチル化反応に関し、より詳細には、光学活性ヒドロキシメチル化化合物の製法及びそのための触媒に関する。
【背景技術】
【0002】
Lewis酸存在下でのケイ素エノラートとホルムアルデヒドとの反応は、α-ヒドロキシメチルカルボニル化合物を合成するための有用な手法である。しかし、触媒的不斉反応の実現は極めて困難であり、高選択性を示す例は報告されていなかった(非特許文献1-5)。
【0003】
【非特許文献1】Manabe, K.; Ishikawa, S.; Hamada, T.; Kobayashi, S. Tetrahedron 2003, 59, 10439.
【非特許文献2】Ozasa, N.; Wadamoto, M.; Ishihara, K.; Yamamoto, H. Synlett 2003, 2219.
【非特許文献3】Kuwano, R. et. al., Chem. Commun. 1998, 71.
【非特許文献4】Casas, J. et. al., Tetrahedron Lett. 2004, 45, 6117.
【非特許文献5】Bolm, C.; Ewald, M.; Felder, M.; Schlingloff, G. Chem. Ber. 1992, 125, 1169.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
不斉ヒドロキシメチル化反応を高い不斉選択性で進行させる触媒、及びその触媒を用いた光学活性ヒドロキシメチル化化合物の製法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、キラル配位子(非特許文献3)とスカンジウムトリフラートとの組み合わせを用いることにより、触媒的不斉ヒドロキシメチル化反応が高い立体選択性で進行することを見出し、本発明を完成させた。この反応では、市販のホルムアルデヒド水溶液(ホルマリン)を直接反応に用いることができる。
本触媒系は、光学活性体合成の有用な手法となり得るだけでなく、水系溶媒中での触媒的不斉反応の発展に重要な指針を与えるものである。
【0006】
即ち、本発明は、水溶液中又は水と有機溶媒との混合溶媒中で下式(化1)
【化1】

(式中、R及びRは、それぞれ同じであっても異なってもよく、水素原子、アルキル基又はアリール基を表し、但し、R及びRの少なくとも一方は炭素数が3以上であり、R及びRは、それぞれ同じであっても異なってもよく、水素原子又は炭素数1〜4のアルキル基若しくはアルコキシ基を表し、X及びXは、それぞれ同じであっても異なってもよく、−OR、−SR10、又は−NHR11(式中、R〜R11は水素原子又はアルキル基を表す。)を表す。)で表される配位子又はその対称体とMYで表されるルイス酸(式中、MはCu、Zn、Fe、Sc、又はランタノイド元素を表し、Yはハロゲン原子、OAc、OCOCF、ClO、SbF、PF又はOSOCFを表し、nは2又は3の整数を表す。)とを混合させて得られる触媒の存在下で、下式(式2)
【化2】

(式中、R〜Rは水素原子、脂肪族炭化水素基、単環又は多環の脂環式炭化水素基、単環又は多環の芳香族炭化水素基、又は複素環基を表し、但し、Rは水素原子ではなく、R及びRは同一ではなく、またR及びRは共に環を形成してもよく、Rは、それぞれ同じであっても異なってもよく、炭化水素基を表す。)で表されるケイ素エノラートとホルムアルデヒドとを反応させることから成る光学活性ヒドロキシメチル化化合物の製法である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明で用いる触媒は下記構造
【化1】

の配位子とMYで表されるルイス酸とを混合させて得られる。
【0008】
及びRは、水素原子、アルキル基又はアリール基、好ましくはアルキル基又はアリール基を表す。これらはそれぞれ同じであっても異なってもよいが、好ましくは同一である。R及びRの少なくとも一方は嵩高いこと、具体的には炭素数が3以上であることを要する。
及びRは水素原子又は炭素数1〜4のアルキル基若しくはアルコキシ基、好ましくは水素原子を表す。これらはそれぞれ同じであっても異なってもよいが、好ましくは同一である。
【0009】
及びXは−OR、−SR10、又は−NHR11(R〜R11は水素原子又はアルキル基、好ましくは水素原子を表し、アルキル基の炭素数は好ましくは1〜3である。)を表し、好ましくは−OH又は−OMeを表す。
MはCu(2価)、Zn(2価)、Fe(2又は3価)、Sc(3価)又はランタノイド元素(57La〜71Lu)(3価)、好ましくはScを表す。
nはMの原子価に相当する整数であり、2又は3を表す。
Yはハロゲン原子、OAc、OCOCF、ClO、SbF、PF又はOSOCF(OTf)、好ましくはOTfを表す。
【0010】
この配位子とMYで表されるルイス酸とを溶媒中で混合すると、Mが配位子に配位し、触媒を形成する。この溶媒としてH2O-DME、H2O-CH3CN、H2O-THF、H2O-1,4-ジオキサン、H2O-EtOH、H2O-MeOH、H2O-i-PrOH、水等が挙げられる。溶媒中の各濃度は0.01〜0.1mol/l程度が好ましい。
【0011】
本発明においては、この触媒を下記のホルムアルデヒドとケイ素エノラートとの不斉ヒドロキシメチル化反応に用いる。
【化3】

〜Rは水素原子、脂肪族炭化水素基、単環又は多環の脂環式炭化水素基、単環又は多環の芳香族炭化水素基、又は複素環基を表す。但し、Rは水素原子ではなく、R及びRは同一ではない。また、R及びRは共に環を形成してもよく、これらは置換基を有していてもよい。この炭化水素基あるいは複素環基としては、たとえば、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル等のアルキル基、シクロヘキシル基、フェニル基、ベンジル基、フェニルエチル基、フェニルビニル基、ナフチル基、フリル基、チエニル基、シリルオキシ基等が例示される。またこれらの有してもよい置換基としては、ハロゲン原子、アルコキシ基、チオエーテル基、炭化水素基等の各種のものであってよい。
〜Rは好ましくは以下のとおりである。
は水素原子又はアルキル基を表し、Rはアルキル基、アルキルアリール基、アリール基又はスルフィドを表し、但し、RとRは共に環を形成してもよく、環は任意にヘテロ原子または芳香環の一部を含んでいてもよく、好ましくは炭化水素からなる5〜7員環である。Rは水素原子、アルキル基、アルキルアリール基、アリール基、又はトリアルキルシリルオキシ基を表す。
【0012】
は炭化水素基を表す。これらはそれぞれ同じであっても異なってもよいが、好ましくは同一である。Rは好ましくはアルキル基、より好ましくは炭素数が1〜3のアルキル基、最も好ましくはメチル基である。
【0013】
この反応は、水溶液中又は水と有機溶媒との混合溶媒中において行われる。この際、水との混合溶媒として用いられる有機溶媒としては、水と容易に混ざり合う、ジメトキシエタン(DME)、テトラヒドロフラン(THF)、アセトニトリル、ジオキサン、炭素数が4以下のアルコール類等が挙げられるが、好ましくはDME、THF、アセトニトリル、ジオキサンが例示される。有機溶媒と水との混合比については特に限定はないが、一般的には水を1重量%以上、より好ましくは5重量%以上含む。
【0014】
水溶液又は混合溶媒の使用量は、適宜に考慮されるものであるが、通常は、原料物質並びに触媒の溶解に必要とされる量として、たとえばこれらの2〜50重量倍の割合での使用が考慮される。
【0015】
反応液中のHCHO/ケイ素エノラートのモル比は0.1〜10、より好ましくは0.5〜2程度である。また触媒は、反応系のモル%として1〜50モル%、より好ましくは5〜20モル%使用する。
反応温度は通常−40℃〜常温、より好ましくは−20〜0℃である。
反応時間は、適宜定めればよく、例えば、0.5〜60時間である。
【0016】
この反応により、光学活性ヒドロキシメチル化化合物が生成し、高い収率と選択性で合成される。
【0017】
以下、実施例にて本発明を例証するが本発明を限定することを意図するものではない。
製造例1
下式の構造を有する配位子(以下「配位子1」という。)を非特許文献6に記載の方法により作成した。合成経路を図1に示す。
【化4】

2,6-ジブロムピリジン(1)をエーテル中でn-ブチルリチウムで処理した後、ピバロニトリルによりアシル化して化合物(2)を得た。化合物(2)のカルボニル基を(-)-DIP-クロリドにより立体選択的に還元して(R)-体のアルコール(3)を ee > 99 % で得た。アルコール3を0価のニッケルを用いたホモカップリング反応を行うことにより、C2対称の2,2'-ビピリジン体(4)(R,R)(化4)を得た。
【0018】
製造例2
下式の構造を有する配位子(以下「配位子2」という。)を作成した。合成経路を図2に示す。
【化5】

2,4,6-トリブロムピリジン(5)を還流メタノール中でナトリウムメトキシド(1.2 eq.)と反応させて、2,6-ジブロム-4-メトキシピリジン(6)を収率80%で得た。化合物(6)をn-ブチルリチウム(1.2 eq.)で処理した後、ピバロニトリル(1.2 eq.)を−78℃で150分間反応させ、続いて2規定硫酸中で2時間還流してケトン体(7)を収率86%で得た。化合物(7)から不斉ルテニウム触媒(RuCl[(S,S)-Tsdpen](p-クメン), 0.01 eq.)を触媒とした、ギ酸(4.3 eq.)とトリエチルアミン(2.5 eq.)による水素移動型不斉還元により光学活性アルコール(8)を収率93%、光学純度90%eeで得た。化合物(8)を酸塩化物を用いて樟脳エステルに誘導後、再結晶による光学分割を行い(収率75%、ジアステレオマー比= > 99 / , < 1)、再びケン化することで光学的にほぼ純粋なアルコール(7, quant.)とした。化合物(7)をパラジウム触媒(PdCl2(PhCN)2-TDAE)を用いたホモカップリングにより、ビピリジン体(9)(化5)を収率36%(ジアステレオマー比= > 99.5 / < 0.5)で得た。
【実施例1】
【0019】
真空下200℃で1時間乾燥したSc(OTf)3 (9.8 mg, 0.020 mmol) にDME (0.50 mL) を加える。この溶液に製造例1で合成した配位子1(7.9 mg, 0.024 mmol) を加え、透明になるまで室温で撹拌する。−20℃まで降温した後にHCHO水溶液 (85.8 mg, 35% w/w, 1.0 mmol)と表1に示す構造のプロピオフェノン由来のケイ素エノラート(41 mg, 0.200 mmol)を加える。24時間撹拌した後に飽和重曹水を加え、水層からCH2Cl2で3回抽出する。有機層をNa2SO4で乾燥した後、溶媒を減圧下留去し、残渣をシリカゲル薄層クロマトグラフィー(hexane:AcOEt = 2:1)で精製する。
1H NMR (CDCl3) δ 1.24 (d, 3H, J = 7.1 Hz), 2.35 (brs), 3.68 (ddq, 1H, J = 4.3, 7.0, 7.1), 3.80 (dd, 1H, J = 4.3, 11.1 Hz), 3.94 (dd, 1H, J = 7.0, 11.1 Hz), 7.48 (dd, 2H, J = 7.3, 8.5), 7.58 (t, 1H, J = 7.3), 7.97 (d, 2H, J = 8.5); 13C NMR (CDCl3) δ 14.5, 42.9, 64.5, 128.4, 128.7, 133.3, 136.1, 204.4 ; IR (neat) 3415, 2936, 1681, 1448, 974, 704 cm−1; MS m/z 164 (M+); Anal. Calcd for C10H12O2: C, 73.15; H, 7.37. Found: C, 72.87; H, 7.40; HPLC (Daicel Chiralpak AD-H, hexane/i-PrOH = 19/1, flow rate = 1.0 mL/min) R isomer: tR = 20.0 min, S isomer: tR = 17.2 min.
【実施例2】
【0020】
製造例1で合成した配位子1に代えて製造例2で合成した配位子2を用いて実施例1と同様の反応を行った。
【0021】
実施例3〜14
表1に示すケイ素エノラートを同表記載の反応時間で実施例1と同様に反応を行った。但し、実施例13では反応温度は−40℃、実施例14では反応温度は−10℃で行った。
【0022】
実施例1〜14において生成した光学活性ヒドロキシメチル化化合物の収率及び光学純度を表1に示す。高収率で光学活性ヒドロキシメチル化化合物が生成していることが分かる。
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0023】
本発明の方法により生成する光学活性ヒドロキシメチル化化合物は各種化学品の合成中間体等として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】配位子1の合成経路を示す図である。
【図2】配位子2の合成経路を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水溶液中又は水と有機溶媒との混合溶媒中で下式(化1)
【化1】

(式中、R及びRは、それぞれ同じであっても異なってもよく、水素原子、アルキル基又はアリール基を表し、但し、R及びRの少なくとも一方は炭素数が3以上であり、R及びRは、それぞれ同じであっても異なってもよく、水素原子又は炭素数1〜4のアルキル基若しくはアルコキシ基を表し、X及びXは、それぞれ同じであっても異なってもよく、−OR、−SR10、又は−NHR11(式中、R〜R11は水素原子又はアルキル基を表す。)を表す。)で表される配位子又はその対称体とMYで表されるルイス酸(式中、MはCu、Zn、Fe、Sc、又はランタノイド元素を表し、Yはハロゲン原子、OAc、OCOCF、ClO、SbF、PF又はOSOCFを表し、nは2又は3の整数を表す。)とを混合させて得られる触媒の存在下で、下式(式2)
【化2】

(式中、R〜Rは水素原子、脂肪族炭化水素基、単環又は多環の脂環式炭化水素基、単環又は多環の芳香族炭化水素基、又は複素環基を表し、但し、Rは水素原子ではなく、R及びRは同一ではなく、またR及びRは共に環を形成してもよく、Rは、それぞれ同じであっても異なってもよく、炭化水素基を表す。)で表されるケイ素エノラートとホルムアルデヒドとを反応させることから成る光学活性ヒドロキシメチル化化合物の製法。
【請求項2】
が水素原子又はアルキル基を表し、Rがアルキル基、アルキルアリール基、アリール基又はスルフィドを表し、但し、RとRは共にその一部が芳香族環を形成していてもよい炭素及び任意にヘテロ原子から成る5〜6員環を形成してもよく、Rが水素原子、アルキル基、アルキルアリール基、又はアリール基を表し、Rが、それぞれ同じであっても異なってもよく、アルキル基を表す請求項1に記載の製法。
【請求項3】
下式(化1)
【化1】

(式中、R及びRは、それぞれ同じであっても異なってもよく、水素原子、アルキル基又はアリール基を表し、但し、R及びRの少なくとも一方は炭素数が3以上であり、R及びRは、それぞれ同じであっても異なってもよく、水素原子又は炭素数1〜4のアルキル基若しくはアルコキシ基を表し、X及びXは、それぞれ同じであっても異なってもよく、−OR、−SR10、又は−NHR11(式中、R〜R11は水素原子又はアルキル基を表す。)を表す。)で表される配位子又はその対称体とMYで表されるルイス酸(式中、MはCu、Zn、Fe、Sc、又はランタノイド元素を表し、Yはハロゲン原子、OAc、OCOCF、ClO、SbF、PF又はOSOCFを表し、nは2又は3の整数を表す。)とを混合させて得られる触媒。

【図1】
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【図2】
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【国際公開番号】WO2005/073156
【国際公開日】平成17年8月11日(2005.8.11)
【発行日】平成19年9月6日(2007.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−517481(P2005−517481)
【国際出願番号】PCT/JP2005/001086
【国際出願日】平成17年1月27日(2005.1.27)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】