説明

光電子顕微鏡用試料装置

【課題】 光電子顕微鏡内の10-5Pa以下という超高真空下において確実にガス吸着を実現でき、かつ、この超高真空を安定して維持できる試料装置を提供する。
【解決手段】 光電子顕微鏡内において試料表面のガス吸着反応を観察するための試料装置において、試料ステージ上に保持した試料の表面に反応ガスを吹き付ける噴霧ノズルを該試料ステージと一体に設置し、該噴霧ノズルによる反応ガス吹き付け角度を該試料表面に対して5〜30度、該試料表面から該噴霧ノズルの先端までの高さを1〜5mmとしたことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光電子顕微鏡内でガス吸着反応を観察するための試料装置に関する。
【背景技術】
【0002】
光電子顕微鏡は、試料表面でのガス吸着反応を高解像度でリアルタイムに可視化できる装置であるが、高解像度を確保するためには超高真空を維持する必要がある。その際、超高真空下であるため、真空チャンバ内に導入した観察対象のガスが試料表面に吸着し難いという問題があった。特に、2種類以上の反応ガスを同時に導入する場合、一方が拡散し易いガスであると、試料表面での反応が起きない。また、導入したガスのために真空チャンバ内の真空度が低下してしまい、超高真空を維持できなくなって、試料からの光電子が検出部に十分到達せず、反応を正確に捉えることができないという問題もあった。
【0003】
特許文献1には、X、Y、Z方向の移動機構に繋がる移動台の上のホルダに試料に向かってノズルを介して反応ガスを噴射するようにして、試料のガス反応の状態を走査電子顕微鏡観察する試料装置が開示されている。
【0004】
しかし、走査電子顕微鏡で必要とする真空度は、同文献マイクロフィルム記録9頁2行にも記載されているように「1×10-4Torr以下」すなわち略1×10-2Pa以下であればよく、本発明の光電子顕微鏡で必要とする1×10-5Pa以下という超高真空での上記問題点については何ら示唆されていない。
【0005】
【特許文献1】実開平4−43850号公報(実願平2−86916号のマイクロフィルム)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、光電子顕微鏡内の10-5Pa以下という超高真空下において確実にガス吸着を実現でき、かつ、この超高真空を安定して維持できる試料装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の目的を達成するために、本発明によれば、光電子顕微鏡内において試料表面のガス吸着反応を観察するための試料装置において、
試料ステージ上に保持した試料の表面に反応ガスを吹き付ける噴霧ノズルを該試料ステージと一体に設置し、該噴霧ノズルによる反応ガス吹き付け角度を該試料表面に対して5〜30度、該試料表面から該噴霧ノズルの先端までの高さを1〜5mmとしたことを特徴とする光電子顕微鏡用試料装置が提供される。
【発明の効果】
【0008】
本発明は、吹き付け角度および先端高さを上記範囲に限定した噴霧ノズルから反応ガスを試料表面に吹き付けることにより、観察対象とする微小領域にのみ極限して反応ガスを確実に導入できるので、試料表面でのガス吸着を確実に実現でき、かつ、真空チャンバ全体は1×10-5Pa以下という超高真空に安定に維持確保して試料表面上でのガス吸着反応を100nm以下の高分解能でリアルタイム観察できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
〔実施形態1〕
図1を参照して、本発明の試料装置を組み込んだ光電子顕微鏡の基本構造を説明する。
【0010】
図示した光電子顕微鏡100は、真空チャンバ110内に、光源ユニット120、試料操作ユニット130、光電子検出器140とが配置されて成る。真空チャンバ110は図示しない排気装置により超高真空(1×10-5Pa以下)に減圧される。光源ユニット120は、必要に応じて紫外光、X線等の種々の光Lを試料Sの表面に照射する。試料操作ユニット130は、試料ホルダ132、試料ステージ134、XYZステージコントローラー136とから成る。光電子検出器140は、光Lを照射された試料Sの表面から放出される光電子Pを検出し、試料Sの表面の観察対象領域における光電子Pのエネルギー値の分布を画像化する。試料表面にガスが吸着すると、光照射によって励起される光電子のエネルギー値が変化し、これを画像のコントラストとして表示する(表示装置は図示していない)。
【0011】
更に、本発明の特徴として、反応ガス導入ユニット150を備えている。反応ガス導入ユニット150と上記の試料操作ユニット130とが一体として組み合わさって、本発明の試料装置が構成される。
【0012】
反応ガス導入ユニット150は、反応ガスの噴霧ノズル152、フレキシブルパイプ154、ニードルバルブを備えたガス量調整器156、ガス供給管158を含む。観察対象である反応ガスGは、ガス供給管158の端部から供給され、ガス量調整器156で流量を調整され、フレキシブルパイプ154を介して、噴霧ノズル152から試料Sの表面に吹き付けられる。
【0013】
噴霧ノズル152は、試料操作ユニット130の試料ステージ134に固定されていて、ステージ134と一体として作動する。ガス量調整器156と噴霧ノズル152との間はフレキシブルパイプ154で中継されているので、反応ガスGの供給を維持しつつステージ134の作動ができる。
【0014】
図2に、試料ステージ134と噴霧ノズル152の近傍を拡大して示す。試料ステージ134の上に試料ホルダー132に保持して試料Sを配置し、試料ステージ134に固定されている噴霧ノズル152から試料Sの表面への反応ガスの吹き付ける。
【0015】
噴霧ノズル152は、反応ガスの吹き付け方向Bと試料Sの表面との角度θ1が5〜30度の範囲内になるように、かつ、試料Sの表面からの噴霧ノズル152の先端の高さdが1〜5mmの範囲内になるように設置されている。このように吹き付け角度θ1と先端高さdを限定したことにより、観察対象とする微小領域にのみ極限して反応ガスを確実に導入できるので、試料表面でのガス吸着を確実に実現でき、かつ、真空チャンバ全体は1×10-5Pa以下という超高真空に安定に維持確保できるため、試料表面上でのガス吸着反応を100nm以下の高分解能でリアルタイム観察できる。
【0016】
試料ステージ134と噴霧ノズル152が一体として作動するので、試料ホルダー132を試料ステージ134に取り付けたとき、試料Sの表面と噴霧ノズル152との位置関係が常に一定になる。試料ステージ134は、観察時の位置決めや、フォーカス合わせのために、X方向、Y方向、Z方向にそれぞれ移動させる必要がある。その際、試料ステージ134と噴霧ノズル152が一体化しているため、試料ステージ134を移動させても、試料Sの表面と噴霧ノズル152との位置関係は変わらない。そのため、噴霧ノズル152の位置合わせの手間がかからず、効率的な観察ができる。
【0017】
〔実施形態2〕
図3に、2種類の反応ガスを用いるために2基の噴霧ノズル152Aと152Bを設けた実施形態の平面図を示す。各噴霧ノズル152A、152Bはそれぞれ図2の噴霧ノズル152と同様に吹き付け角度θ1およびノズル先端高さdを設定してある。両噴霧ノズル152A、152Bによる吹き付け方向(図の扇形吹き付け流の中心軸)間の角度θ2は20〜60度とする。これにより2種類の反応ガスが干渉し、試料Sの表面に吸着しながら混合されるため、反応が促進される。同様にして、3基以上の噴霧ノズルを設置して3種類以上の反応ガスを用いることができる。
【0018】
〔実施形態3〕
図4に、ノズル噴孔の形状と噴出ガスの形態との関係を示す。
【0019】
図4(1)の実施形態においては、図4(1A)に示したように、噴霧ノズル152の先端にある噴孔T1は代表的には円形である。このように噴孔形状が円形であると、図4(1B)に示したように、噴出ガスG1はかなりの厚みを持つガス流となり、ガス流の下縁部のガス分子は試料Sの表面に吸着され易いが、それより上部のガス分子は試料Sには吸着し難く、真空チャンバの空間へ放散してしまう。その結果、ガス吸着反応が少なく、真空度の低下は大きくなる虞が大きい。
【0020】
これに対処するために、図4(2)の実施形態においては、図4(2A1)に示したように、噴霧ノズル152の先端にある噴孔TA1はスリット形状である。スリットTA1は長辺が試料Sの表面に沿って延在する向きとする。このように噴孔形状をスリット形状とすることにより、図4(2B)に示したように、噴出ガスG2は厚みが薄いガス流となり、ガス噴出量を最小限に極限できると同時に、噴出したガス分子の多くが試料Sの表面に吸着するので、真空チャンバ内の真空度を高く維持でき、かつ、ガス吸着反応を確実に起こさせることができる。その結果、更に高い分解能でリアルタイムの観察ができる。
【0021】
噴霧ノズル152の噴孔形状は、上記のスリット形状TA1以外に、図4(2A2)に示したようにスリット厚さ程度の直径の小孔を列状に並べた小孔列TA2であっても、同様の効果が得られる。
【実施例1】
【0022】
〔装置〕
図1に示すように、アルバックファイ社製の光電子顕微鏡Peem Spector(商品名)に、本発明の反応ガス導入ユニット150を組み込んだ。反応ガス導入ユニット150は試料操作ユニット130と組み合わせて、本発明による試料装置を構成する。
【0023】
反応ガス導入ユニット150は、図3に示したように、2基の噴霧ノズル152A、152Bを備えており、それぞれの吹き付け方向Bと試料Sの表面との角度θ1を本発明の範囲5〜30度、ノズル先端高さdを本発明の範囲1〜5mm、両ノズル152A/152B間の角度θ2を本発明の範囲20〜60度で、それぞれ種々に設定した。ノズルの噴孔形状は図4(1)に示した円形であり、直径を0.5〜1mmφの範囲で種々に設定した。
【0024】
〔実験〕
試料SとしてPt単結晶(表面:(110)面)、10mmφ、厚さ1mmを用いた。
【0025】
真空チャンバ内を1×10-5Paの超高真空に維持した状態で、試料Sを150〜180℃に加熱保持し、酸素ガス(O2)と一酸化炭素(CO)をそれぞれ初期流量0.05ml/minで導入を開始し、徐々に流量を減少させてゆき、反応像が最も鮮明に観察される条件を調べた。また、そのときの真空チャンバ内の真空度を調べた。
【0026】
図5に、観察された反応像の一例のスケッチを示す。図中、中央の円内が観察視野であり、黒色部がO2ガスの吸着部分、淡色部がCOガスの吸着部分であり、渦巻き状に運動しながら吸着反応していることが分かる。
【0027】
上記実験で得られた結果を図6に示す。実施例1においては、真空チャンバ内の真空度は10-5Paレベルの超高真空が保たれ、約100nmの分解能が得られた。これは、反応速度などの解析に十分な分解能である。また、観察位置を変えたり、観察倍率を変えるために、試料ステージをXYZ方向に移動させた場合にも、反応像を鮮明に観察することができた。
【0028】
図6に示す従来例は、本発明の反応ガス導入ユニット150は用いずに、従来のように真空チャンバに開けたガス供給口から反応ガスを導入した例であり、真空チャンバ内の真空度は10-4Paレベルに低下し、分解能は約500nmに低下した。この分解能では、反応速度などの解析には不十分である。
【実施例2】
【0029】
〔装置〕
実施例1と同じ装置構成であるが、噴霧ノズル152の噴孔形状を図4(2A1)のスリット形状とした点のみが異なる。スリット寸法は、厚さ0.2〜1.0mm、長さ1.0〜2.0mmの範囲で種々に設定した。
【0030】
〔実験〕
実施例1と同様な実験を行なった結果、図6に示すように、さらにガス流量が少ない条件で分解能が約50nmに向上し、実施例1よりも更に鮮明な反応像を得ることができた。ノズル噴孔をスリット形状とすることで、余分なガスの導入が更に低減された状態で反応が起きたものと考えられる。そのため、真空チャンバ内の真空度は10-5Pa代で更に低下し10-6Paに近ずいていた。
【0031】
以上の各実施例ではPt単結晶を用いたが、ロジウム(Rh)、パラジウム(Pd)などの単結晶を用いた場合でも、同様にガスの吸着反応を鮮明にリアルタイム観察することができる。
【0032】
また、2種類の反応ガスとして、上記実施例では〔酸素+一酸化炭素〕を用いたが、この組合せ以外にも、〔水素+酸素〕、〔一酸化窒素+一酸化炭素〕などの反応についても、同様に観察画像の鮮明化効果が得られる。また、3種類以上の反応ガスを用いた場合にも観察画像の鮮明化効果が期待できる。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明によれば、光電子顕微鏡内の10-5Pa以下という超高真空下において確実にガス吸着を実現でき、かつ、この超高真空を安定して維持できる試料装置が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明の試料装置を組み込んだ光電子顕微鏡の断面図である。
【図2】本発明の試料装置の部分を示す拡大断面図である。
【図3】噴霧ノズルを2基備えた本発明の試料装置の例を示す平面図である。
【図4】噴霧ノズルの噴孔形状と噴出ガス流の形態とを示す模式図である。
【図5】試料表面での吸着反応像の一例を示すスケッチである。
【図6】反応ガスの導入量と真空度および分解能との関係を、本発明の実施例と従来例を比較して示すグラフである。
【符号の説明】
【0035】
100 光電子顕微鏡
110 真空チャンバ
120 光源
130 試料操作ユニット
132 試料ホルダ
134 試料ステージ
136 XYZステージコントローラ
140 光電子検出器
150 反応ガス導入ユニット
152 噴霧ノズル
154 フレキシブルパイプ
156 ガス量調整器
158 ガス供給管
S 試料
B 反応ガス吹き付け方向
θ1 反応ガス吹き付け方向と試料Sの表面との角度
d 試料Sの表面からのノズル先端の高さ
θ2 2基の噴霧ノズル間の角度

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光電子顕微鏡内において試料表面のガス吸着反応を観察するための試料装置おいて、
試料ステージ上に保持した試料の表面に反応ガスを吹き付ける噴霧ノズルを該試料ステージと一体に設置し、該噴霧ノズルによる反応ガス吹き付け角度を該試料表面に対して5〜30度、該試料表面から該噴霧ノズルの先端までの高さを1〜5mmとしたことを特徴とする光電子顕微鏡用試料装置。
【請求項2】
請求項1において、それぞれ異種の反応ガスを該試料表面に吹き付ける複数の上記噴霧ノズルを備え、隣り合う該噴霧ノズルの反応ガス吹き付け方向間の角度が20〜60度であることを特徴とする光電子顕微鏡用試料装置。
【請求項3】
請求項1または2において、上記噴霧ノズルの噴孔が試料表面に沿って延在するスリットまたは小孔列であることを特徴とする光電子顕微鏡用試料装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図6】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−170705(P2006−170705A)
【公開日】平成18年6月29日(2006.6.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−361496(P2004−361496)
【出願日】平成16年12月14日(2004.12.14)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】