制動制御装置及び制動方法
【課題】ピークμが平坦な特性を持つ路面であっても、走行路面に応じて、制動性能とヨー安定性とを両立可能な領域のスリップ率に、車輪のスリップ率を制御可能とする。
【解決手段】同じスリップ率における、スリップ率が増加している場合の制動摩擦係数とスリップ率が減少している場合の制動摩擦係数との差が、制動摩擦係数及び横滑り摩擦係数を共に確保可能なスリップ率の領域となる所定範囲に収束するように、上記目標スリップ率を補正する。
【解決手段】同じスリップ率における、スリップ率が増加している場合の制動摩擦係数とスリップ率が減少している場合の制動摩擦係数との差が、制動摩擦係数及び横滑り摩擦係数を共に確保可能なスリップ率の領域となる所定範囲に収束するように、上記目標スリップ率を補正する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ABS制御など、車輪のスリップ率を目標スリップ率となるように車輪への制動を制御する制動制御に関する。
【背景技術】
【0002】
制動制御装置としては、例えば特許文献1に記載の装置がある。この制動制御装置では、車輪速度の時系列データに対しハイパスフィルタ処理を行う。また、忘却係数の値を、推定したトルク勾配の増減に応じて設定する。そして、上記忘却係数を用いたオンラインのシステム同定手法を適用することで、制動トルクの勾配を推定する。この推定の際に、ハイパスフィルタ処理後の車輪速度の時系列データ、車輪の運動モデル、及び制動トルクのスリップ速度に対する勾配として一次関数的に変化する勾配モデルを使用する。
【0003】
そして、上記推定した制動トルクの勾配が基準値を含む所定範囲の値となるように、車輪に作用するブレーキ力を制御する。これによってアンチロックブレーキ制御を行う。
ここで、上記制動トルクの勾配とは、制動トルクのスリップ速度に対する勾配である。
【特許文献1】特開2002−321605号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
スリップ率が増加しているときと減少しているときとで、路面摩擦係数の値が異なる。したがって、スリップ率が増加しているときに算出した目標スリップ率に基づいて制動力の制御をスリップ率が減少しているときに制動力の制御を行うと車両挙動が安定しないという課題がある。
本発明は、上記のような点に鑑みてなされたもので、スリップ率が変動しているときにおいても目標スリップ率の値を適切に算出することができ適切な挙動安定制御を行うことが可能な制動制御装置及び制動方法を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するために、本発明は、検出したスリップ率と、検出したスリップ率に基づいて演算した制動摩擦係数とに基づいて目標スリップ率を算出し、その目標スリップ率となるように車輪への制動力を制御する。そして、上記スリップ率が増加している場合の制動摩擦係数と、上記スリップ率が減少している場合の制動摩擦係数との偏差が所定値以上の場合、上記目標スリップ率を減少補正する。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、スリップ率が増加している場合の制動摩擦係数と、スリップ率が減少している場合の制動摩擦係数との偏差が所定以上の場合、目標スリップ率の値をスリップ率が増加しているときの目標スリップ率の値よりも減少補正する。
このため、スリップ率が増減の変動をしているときにおいても、適切な目標スリップ率が得られ、制動力制御を挙動を乱すことなく行うことが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
(第1実施形態)
次に、本発明の実施形態について図面を参照しつつ説明する。
図1は、本実施形態に係る車両の概要構成図である。図1は、車輪の制動制御のための作動液圧回路を示す模式図である。
(構成)
本実施形態は、一般的な4輪自動車に適用した場合の例である。
各車輪1に、それぞれ制動ユニット20を装備する。本実施形態の制動ユニット20は、ブレーキディスク2、ブレーキキャリパ3、ブレーキシュー4を有する。ブレーキディスク2は車輪1側に固定する。そして、ブレーキキャリパ3に設けたホイールシリンダ12の液圧に応じて、ブレーキシュー4をブレーキディスク2に押し付けて、所要の制動力が発生する。
【0008】
なお、制動ユニット20は、上述のようなディスクブレーキに限定しない。ドラムブレーキであっても良い。また、本実施形態では、作動液圧回路9を使用した制動装置を例に挙げて説明する。しかしこれに限定しない。電動ブレーキユニットであっても良い。要は、車輪に付与する制動力を調整可能な構成となっていればよい。また、4輪全てに制動ユニット20を装備した場合を例示しているが、制動ユニット20を2輪にだけ装備しても良い。
【0009】
ここで、図1では、作動液圧配管5は実線で示し、また、電気信号線は破線で示している。
図1中の符号7は、運転者が操作するブレーキペダルである。ブレーキペダル7は、マスターシリンダ8に連結する。マスターシリンダ8は、ブレーキペダル7の踏力を倍増する。そのマスターシリンダ8は、作動液圧配管5を介して、各制動ユニット20のホイールシリンダ12に接続する。
そして、作動液圧回路9が、上記作動液圧配管5の途中に介装する。
【0010】
次に、作動液圧回路9の構成を、図2を参照して説明する。各輪に対応する作動液圧回路9の構成は同じである。このため、図2では、1輪分のみを示してある。
作動液圧配管5は、作動液圧回路9内では第1配管5aと第2配管5bとからなる。その第1配管5aと第2配管5bとは並列に配置する。
第1配管5aは、マスターシリンダ8とホイールシリンダ12との間を接続する。インレット弁13は、その第1配管5aの途中に介挿する。インレット弁13は、マスターシリンダ8と各輪のホイールシリンダ12との間の第1配管5aからなる第1作動液圧経路における、連通状態と非連通状態とを切り替える弁である。インレット弁13は、例えば、電磁弁であって、コントローラ11からの指令によって作動する。
【0011】
第2配管5bは、マスターシリンダ8とホイールシリンダ12との間を接続する。アウトレット弁14は、その第2配管5bの途中に介挿する。アウトレット弁14は、マスターシリンダ8と各輪のホイールシリンダ12との間の第2配管5bからなる第2作動液圧経路における、連通状態と非連通状態とを切り替える弁である。アウトレット弁14は、例えば、電磁弁であって、コントローラ11からの指令によって作動する。
【0012】
ドレインタンク15が、アウトレット弁14よりもマスターシリンダ8側位置で、第2配管5bに連結する。ドレインタンク15は、アウトレット弁14を通じて供給されるブレーキ作動液を一時的に蓄えておく役割を有する。
また、ポンプ17が、ドレインタンク15よりもマスターシリンダ8側位置で、第2配管5bに連結する。モータ16は、ポンプ17を駆動し、ドレインタンク15に溜まったブレーキ作動液をマスターシリンダ8側に戻す。モータ16は、コントローラ11からの指令によって作動する。
【0013】
ここで、インレット弁13、及びアウトレット弁14は、バネを内蔵している。このバネによって、非制御状態(無電通)では、インレット弁13は連通状態に、アウトレット弁14は非連通状態となる。これによって、システムが失陥した場合はハード的にノーマル配管の状態となる。
ここで、制動制御が作動していない場合、つまりノーマル配管の状態における、作動液圧系の作動は次の通りである。この場合には、インレット弁13は開となっている。そして、運転者がブレーキペダル7を踏むと、その作動液圧はマスターシリンダ8により倍増されて作動液圧回路9に供給される。その圧力は非制御で4輪に配分され、作動液圧配管5を経由してホイールシリンダ12に伝わる。ホイールシリンダ12は、ブレーキシュー4をブレーキディスク2に押し付けることにより、摩擦トルクが発生し、制動力が発生する。
【0014】
また、ブレーキ制御が作動している状態は、3つのモード状態に分類する。すなわち、減圧モード、保持モード、及び増圧モード(ノーマル)である。ここでは、減圧モードとは、運転者がブレーキペダル7を踏み込むことにより発生するマスターシリンダ8圧よりも、ホイールシリンダ圧を下げる状態を表す。保持モードとは、ホイールシリンダ12をそれに接続する作動液圧配管5から切り離し、ホイールシリンダ圧を一定に保つ状態を表す。増圧モード(ノーマルモード)は、減圧もしくは保持モードからノーマル状態に戻す状態を表す。
【0015】
以下、図を参照して、各モードを説明する。
図3に減圧モードを示す。減圧モードでは、インレット弁13を非連通状態、アウトレット弁14を連通状態に制御する。これによって、ホイールシリンダ12の作動液はアウトレット弁14を経由し、ドレインタンク15に入る。また、ポンプ17を駆動することで、ドレインタンク15内の作動液はマスターシリンダ8側に戻る。なお、この戻しが存在しないと、減圧を繰り返すたびに、ドレインタンク15に作動液が溜まっていく。この結果、ブレーキペダル7が底までストロークしてしまう。
【0016】
図4に保持モードを示す。保持モードでは、インレット弁13、アウトレット弁14ともに非連通状態とする。
図5に増圧モード(ノーマル)を示す。増圧モードでは、インレット弁13を連通状態、アウトレット弁14を非連通状態とする。配管5の接続状態は、増圧モードとノーマル状態とは同じ状態である。
ここで、作動液圧回路9の構成は、これに限定しない。例えば、ポンプ17が、マスターシリンダ8から作動液を吸引して、ホイールシリンダ12側に作動液を圧送して増圧可能な回路9構成でも良い。要は、制動制御時に増圧、保持、減圧の制御が可能であればよい。
【0017】
また、車輪速センサ6及び作動液圧センサ10を備える。車輪速センサ6は、検出した車輪速信号をコントローラ11に出力する。作動液圧センサは、各車輪1の作動液圧及びマスターシリンダ8の作動液圧を計測し、その計測信号をコントローラ11に出力する。
次に、コントローラ11の処理について、図6を参照して説明する。ここで、説明を分かりやすくするために、1輪に着目して説明する。実際にはこの制御処理が4輪分あり、4輪分を処理する。処理内容は、同じ処理である。
【0018】
コントローラ11は、所定のサンプリング周期毎に作動する。
まずステップS10にて、制動摩擦係数μを取得する。ここでは、制動摩擦係数μを推定もしくは検出する。制動摩擦係数μの推定もしくは検出は、公知の手法を採用して演算すればよい。
以下に、ホイールシリンダ圧と車輪速に基づく、制動摩擦係数の推定法を説明する。
車輪1の運動方程式は、下記(1)式で表すことが出来る。“′”は微分を表す。またこの(1)式は車輪1輪分を表している。
I・ω′=R・fx −t ・・・(1)
ここで、
I:車輪慣性モーメント
ω:車輪角速度
R:車輪半径
fx:制動力
t:ブレーキトルク
を示す。
【0019】
上記ブレーキトルクtは、ブレーキディスク2とブレーキパッドの摩擦で発生するトルクである。また、制動力fxは、車輪1と路面の間に発生する力である。
また、車輪半径Rと制動力fxを乗じた「R×fx」は、トルクの単位を持つ。
上記(1)式を変形すると、制動力fxは、下記(2)式で表すことが出来る。
fx =(1/R)(I・ω′+t)
=(1/R)(I・ω′+Rb・Sb・μb・Pwhl )
・・・(2)
ここで、
Rb:ホイール中心からブレーキシュー4の中心点までの距離
Sb:ホイールシリンダ12がブレーキシュー4を押す部分の受圧面積
μb:ブレーキシュー4とブレーキディスク2の間のパッド摩擦係数
Pwhl:ホイールシリンダ圧
である。
【0020】
上記R、I、Rb、Sb、μbは、設計値を用いて予め取得可能な値である。したがって、上記(2)式を適用することで、制動力fxは、ホイールシリンダ圧Pwhlと車輪角速度ωとに基づいて推定できる。
そして、制動摩擦係数μは、下記(3)式のように、制動力fxを輪加重fvで除すことで得ることができる。
μ =fx/fv ・・・(3)
ここで、輪加重fvとしては、静的な輪加重配分に基づいて設定した、一定値で近似しても良い。ただし、前後加速度により正確な値を推定して使用しても良い。
【0021】
次に、ステップS20では、スリップ率λを取得する。
すなわち、スリップ率λを、下記(4)式によって算出する。
λ = (V −R・ω)/V ・・・(4)
ここで、Vは、車体速である。車体速Vは、光学式のセンサで直接計測した値でも良い。また、車体速Vは、下記(5)式のように、非制駆動時の車輪速ω0とそれ以降の前後加速度gxの積分で推定したものでも良い。ここで、非制駆動時の車輪速ω0と車輪半径Rとの積は、車体速に略一致する。
【0022】
【数1】
【0023】
次に、ステップS30では、同じスリップ率における、スリップ率が増加している場合の制動摩擦係数と、スリップ率が減少している場合の制動摩擦係数とを取得して保存する。
ステップS30の具体的処理は、後述する。なお、実施形態において、単にスリップ率と表記した場合には、実スリップ率を表す。
上記「同じスリップ率」には、例えば目標スリップ率λ*やその近傍のスリップ率を採用すればよい。
ここで、実スリップ率は目標スリップ率λ*に追従するように制御される。この制御は一般に、目標値と実際値の偏差を入力とするフィードバック制御系で構成する。このとき、アクチュエータの応答遅れや路面外乱等によって、目標スリップ率λ*を中心として、実スリップ率は増加減少を繰り返す。すなわち、実スリップ率は、目標スリップ率λ*を挟んで増減するように変動する。
【0024】
そして、そのスリップ率の変動中における、スリップ率が増加している時、及びスリップ率が減少している時の制動摩擦係数を別々に取得して保存する。
ここで、ここで、コントローラ11の処理フローは、所定サンプリング周期毎に繰り返し実行するので、増加減少を同時に保存するのではなく、繰り返し処理の間に別々に保存することになる。
【0025】
次に、ステップS40では、目標スリップ率λ*の補正を行う。
ステップS30の処理で、同一スリップ率に対して増加時及び減少時の制動摩擦係数を取得したと判定すると、目標スリップ率λ*の補正を行う。
このステップS40の目標スリップ率λ*の補正処理については、後述する。
次に、ステップS50では、目標スリップ率λ*とするための目標ブレーキ液圧Pwhl*を算出する。すなわち、実スリップ率λを目標スリップ率λ*に追従させるための、目標ブレーキ液圧Pwhl*を演算する。
【0026】
ここでは、補正後の目標スリップ率λ*と実スリップ率λとに基づき、下記(6)式によって、PID制御するための目標ブレーキ液圧Pwhl*を演算する。
Pwhl* =Pwhl0 +Kp(λ* −λ)
+Kd・{d/dt(λ* −λ)}
+Ki・(1/S)(λ* −λ)
・・・(6)
ここで、Pwhl0は、ブレーキ圧の定常項である。このPwhl0は、過去のブレーキ圧の値にローパスフィルタを施すことで得ることが出来る。Kp、Kd、Kiは、PIDゲインである。sは、ラプラス演算子を現し、その逆数は積分を表す。
【0027】
次に、ステップS60では、作動液圧制御を行う。
すなわち、作動液圧Pwhlが目標ブレーキ液圧Pwhl*に追従するように、各輪の弁に開閉信号を送る。
まず目標ブレーキ液圧Pwhl*の変化量で増圧か減圧かを判定する。
次に、下記(7)式によって、開閉信号Δtを求める。開閉信号Δtはデューティ比である。
【0028】
【数2】
【0029】
ここで、X1、X2は、作動液圧回路9等のハードにより決まる定数である。pcicは、増圧時にはマスターシリンダ8圧とし、減圧時は零を設定する。
上記開閉信号Δtで開く弁の制御を行う。
なお、
Δt >0 は増圧モード
Δt =0 保持モード
Δt <0 減圧モード
となる。
【0030】
次に、上述のステップS30の処理について、図7を参照して説明する。すなわち、同じスリップ率における、スリップ率が増加している場合の制動摩擦係数と、スリップ率が減少している場合の制動摩擦係数とを取得して保存する処理について説明する。
まずステップS110にて、実スリップが目標スリップ率λ*近傍となったか判定する。すなわち、実スリップ率λと目標スリップ率λ*との偏差が所定値以下か否かを判断し、所定値以下であれば保存処理を行うためステップS120に移行する。一方、偏差が所定位置を越える場合に、そのまま処理を終了して復帰する。
【0031】
ここで、目標スリップ率λ*は増加時でも減少時でも必ず通過する値であり、保存する条件として好適なスリップ率位置である。増加時、減少時に必ず通過するスリップ率位置であれば、その値でのスリップ率を取得して保存しても良い。
ステップS120では、スリップ率が増加中であるか否かを判定する。増加中の場合には、ステップS130に移行する。一方。増加中でない場合、つまり減少中である場合には、ステップS140に移行する。
ステップS130では、下記式のようにスリップ増加時制動摩擦係数に現在の制動摩擦係数を保存する。
μup = μ
一方、ステップS140では、下記式のようにスリップ減少時制動摩擦係数に現在の制動摩擦係数を保存する。
μdown = μ
【0032】
次に、上述のステップS40の処理を、図8を参照して説明する。すなわち、目標スリップ率λ*の補正処理について説明する。
なお、スリップ増加時制動摩擦係数μupとスリップ減少時制動摩擦係数μdownの両方の取得中である場合には、そのまま補正せずに復帰する。例えば、スリップ増加時制動摩擦係数μupとスリップ減少時制動摩擦係数μdownを初期クリアとして「0」を設定しておき、両変数が「0」以外の値か否かで判定し、本ステップS40のステップS220以降の処理をした後に、上記変数を「0」クリアする。
【0033】
まずステップS210にて、スリップ増加時制動摩擦係数μupとスリップ減少時制動摩擦係数μdownとの偏差Δμを求める
Δμ = μup −μdown
次に、ステップS220にて、偏差Δμが所定値c1より大きいか否かを判断する。所定値c1よりも大きい場合にはステップS220に移行する。所定値c1以下の場合にはステップS240に移行する。
【0034】
ここで、図9にμ−λ特性曲線の模式図を示す(ピークμがフラットな場合)。μ−λ特性曲線は、スリップ率に対する制動摩擦係数の特性を示す。また、破線は、スリップ率に対する横滑り摩擦係数の特性を表す。このμ−λ特性曲線において、ピークμの左側を安定領域、右側を不安定領域と呼ばれている。
そして、上記所定値c1は、想定出来る全ての路面の不安定領域において計算したΔμよりも小さくなるように設定する。設定は、あらかじめ実験、シミュレーション等によるデータに基づいてオフラインで行う。
【0035】
ステップS230では、下記式のように、目標スリップ率λ*を減少させる補正を行う。その後、復帰する。δλは1制御サイクルでの単位増減量を示す。
λ* ← λ* −δλ
ステップS240では、偏差Δμが所定値c2より小さいか否かを判定する。所定値c2よりも小さい場合にはステップS250に移行する。一方、所定値c2以上の場合には、そのまま復帰する。
ここで、上記所定値c2は、想定する全ての路面の安定領域において計算したΔμより大きくなるように設定する。所定値c1と同様、あらかじめ実験、シミュレーション等によるデータに基づいてオフラインで設定しておく。所定値c2は、所定値c1よりも小さい値とする。
【0036】
ステップS250では、下記式のように、目標スリップ率λ*を増加させる補正を行う。その後、復帰する。δλは1制御サイクルでの単位増減量を示す。
λ* ← λ* +δλ
ここで、上記目標スリップ率λ*の初期値には、例えば、路面での最適スリップ率(たとえば乾燥アスファルトで最適スリップ率例:約0.08)等を設定しておく。また、制動摩擦係数の値から代表的な路面を選択し、その路面の最適スリップ率を、目標スリップ率λ*の初期値としても良い。また、最悪のケースを避けるため、確率的に最適と思われるスリップ率を初期値にしても良い。
また、この制御がVDC等の制御の下位制御として、本実施形態の制御が作動する場合には、目標スリップ率λ*の初期値はVDC等の制御の指令スリップ率となる。いずれにしても、本ロジックにより、走行している路面に最適なスリップ率に補正されることになる。
【0037】
(作用・動作)
上述したように、μ−λ特性曲線において、ピークμの左側を安定領域、右側を不安定領域と呼ばれている(図9参照)。また、安定領域内でμ−λ特性曲線がほぼ直線に近似可能な領域を線形領域と呼ぶことにする。その線形領域以外の領域を非線形領域と呼ぶことにする。
図9から分かるように、ピークμ(制動摩擦係数が最大)となるスリップ率λ1では横滑り摩擦係数がかなり低下している。車輪1の横滑り摩擦係数が小さいとは、横力が発生しないか又は低いことを意味している。この場合、特に後輪での横力低下はヨー安定性を大きく損なう。このように、ピークμの左側の安定領域の定義は、車輪1のスリップ率制御を行ううえでの定義であり、ヨー安定性からの観点からの分類ではない。
【0038】
一方、上記線形領域の右端(先端)の動作点は、線形領域内では最大の制動摩擦係数を発揮する。また、この動作点では、横滑り摩擦係数もあまり低下していない。すなわち、この動作点及びこの近傍の領域では、制動性能、及びヨー安定性の両立の観点から、もっとも望ましい領域と言える。本実施形態は、この領域に収束するように、目標スリップ率λ*を補正する。この領域が、制動摩擦係数及び横滑り摩擦係数を共に確保可能な領域となる。
【0039】
次に、目標スリップ率λ*の補正処理の作用を説明する。
図10及び図11にスリップ率の変化に伴う制動摩擦係数の変化を示す。
ここで、一般に、μ−λ特性曲線は、スリップ率の増加する場合の値をプロットしたものを表示している。図10、図11中の右矢印がそれに対応する。
また、制動摩擦係数は、同じスリップ率であっても、スリップ率が増加する場合と、スリップ率が減少する場合とで異なる。上記図10及び図11には、スリップ率が減少する時の制動摩擦係数も重ねてプロットしている。スリップ率が減少する時の制動摩擦係数の大きさは、スリップ率が増加する制動摩擦係数よりも小さい。また、図10は不安定領域の制動摩擦係数の挙動を模式的に示し、図11は安定領域の制動摩擦係数の挙動を模式的に示したものである。
この図10及び図11に示すように、不安定領域での偏差Δμは、安定領域での偏差Δμよりも大きい。したがって、偏差Δμが所定値よりも小さいのであれば、安定領域、所定値よりも大きいのであれば不安定領域に現在のスリップ率が存在していることを知ることができる。
【0040】
「現在のスリップ率λが不安定領域の場合の補正(図12参照)」
図12を参照しつつ、不安定領域での動作を説明する。
現在のスリップ率をλbとする。そのスリップ率λbが不安定領域内に存在する場合、Δμは所定値c1よりも大きくなる。この場合には、ステップS230にて、目標スリップ率λ*を減少方向に補正する。この結果、スリップ率は、不安定領域の左端、さらには安定領域側に移動する。これによって、制動性能とヨー安定性を両立可能となる。
特に、ピークμがフラットなμ−λ特性曲線の路面であっても、スリップ率は、不安定領域の左端、さらには安定領域側に移動する。つまり、目標スリップ率λ*は減少補正され、制動性能とヨー安定性を両立可能となる。
【0041】
「現在のスリップ率λが安定領域の場合の補正(図13参照)」
図13を参照しつつ、安定領域での動作を説明する。
現在のスリップ率をλcとする。その現在のスリップ率λcが安定領域内に存在する場合、Δμは所定値c2よりも小さくなる。この場合には、ステップS250にて、目標スリップ率λ*を増加補正する。その結果、スリップ率を安定領域の右側位置に収束させることができ、制動性能とヨー安定性を両立可能となる。
特に、ピーク低μ等の接線傾きが小さい路面でも、接線傾きを用いないで目標スリップ率λ*を補正することで、目標スリップ率λ*を適正な値に補正することが出来る。
【0042】
ここで、所定値c1と所定値c2とを異なる値とし、所定値c1>所定値c2と設定することで、目標スリップ率λ*の補正に対し不感帯を設定する。これによって、目標スリップ率補正が適正位置近傍で頻繁に補正することを防止する。
ここで、ステップS10は、制動摩擦係数取得手段を構成する。ステップS40は、目標スリップ率補正手段を構成する。所定値c1が第1の所定値、所定値c2が第2の所定値である。
【0043】
(第1実施形態の効果)
(1)制動摩擦係数取得手段が、車輪と路面との間の制動摩擦係数を求める。そして、目標スリップ率補正手段は、同じスリップ率、例えば目標スリップ率λ*における、スリップ率が増加している場合の制動摩擦係数と、スリップ率が減少している場合の制動摩擦係数との差が所定範囲に収まるように、上記目標スリップ率λ*を補正する。
すなわち、スリップ率に対する制動摩擦係数の特性曲線の接線勾配では無い、同じスリップ率での増加時と減少時の制動摩擦係数の差Δμを使用して目標スリップ率λ*を補正する。
このため、ピークμが平坦な特性を持つ路面であっても、走行路面に応じて、制動性能とヨー安定性とを両立可能な領域のスリップ率に制御することが可能となる。
【0044】
(2)目標スリップ率補正手段は、同じスリップ率、例えば目標スリップ率λ*における、スリップ率が増加している場合の制動摩擦係数とスリップ率が減少している場合の制動摩擦係数との差Δμが第1の所定値c1以上の場合に、上記目標スリップ率λ*を減少させる。
上記差Δμが、μ−λ特性曲線における不安定領域では大きくなることを利用して目標スリップ率λ*を補正する。このため、例えばピークμがフラットな路面の不安定状態でも確実に目標スリップ率λ*を安定領域の右端側に収束させることができる。
その結果、制動性能とヨー安定性を高度の次元で両立できる。
【0045】
(3)目標スリップ率補正手段は、同じスリップ率、例えば目標スリップ率λ*における、スリップ率が増加している場合の制動摩擦係数とスリップ率が減少している場合の制動摩擦係数との差Δμが第2の所定値c2以下の場合に、上記目標スリップ率λ*を増加させる。
上記差Δμが、μ−λ特性曲線における安定領域では小さくなることを利用して目標スリップ率λ*を補正する。このため、例えば低μ路面等でμ−λ特性曲線の接線傾きが小さい安定状態でも、確実に目標スリップ率λ*を安定領域の右端に収束させることができる。
その結果、制動性能とヨー安定性を高度の次元で両立できる。
【0046】
(4)目標スリップ率補正手段は、同じスリップ率、例えば目標スリップ率λ*における、上記スリップ率が増加している場合の制動摩擦係数とスリップ率が減少している場合の制動摩擦係数との差が第1の所定値c1以上の場合に、上記目標スリップ率λ*を減少させる。また、上記差が第2の所定値c2以下の場合には上記目標スリップ率λ*を増加させる。このとき、上記第1の所定値c1を第2の所定値c2よりも大きな値に設定する。
上記第1の所定値c1と第2の所定値c2について、c1>c2を満たすように設定する。これによって、目標スリップ率λ*を補正しない不感帯が生じ、目標スリップ率λ*のチャタリング、つまり適正なスリップ率における頻繁な補正発生を防止することができる。
【0047】
(変形例)
(1)ステップS230及びステップS250の減少補正及び増加補正は、単独でも機能するものである。例えば、不安定領域での目標スリップ率補正はステップS230の処理を適用し、安定領域では別手法を用いても良い。逆に、安定領域での目標スリップ率補正はステップS250の処理を適用し、不安定領域では別手法を用いても良い。第2実施形態でも同様である。
(2)上記所定値c1と所定値c2とは同一の値であっても良い。
【0048】
(第2実施形態)
次に、本発明に係る第2実施形態を、図面を参照しつつ説明する。なお、上記第1実施形態と同様な装置などについては同一の符号を付して説明する。
(構成)
本実施形態の基本構成は、上記第1実施形態と同様である。
図14に本実施形態のコントローラ11の処理を示す。第1実施形態と異なる処理は、ステップS25の処理を追加した点と、ステップS40の処理が異なる。その他は、上記第1実施形態と同様である。
次に、ステップS25及びステップS40の処理について説明する。
ステップS25では、スリップ率の変化率に対する制動摩擦係数の変化率との比である接線傾き(∂μ/∂λup)を求めて保存する。
【0049】
そのステップS25の処理を、図15を参照して説明する。
まずステップS410で、現在のスリップ率が目標スリップ率λ*近傍にあるか否かを判定する。具体的には、現在のスリップ率λと目標スリップ率λ*との差が、所定値Δよりも小さいか否かで判定する。現在のスリップ率が目標スリップ率λ*近傍の場合には、ステップS420に移行する。現在のスリップ率が目標スリップ率λ*近傍の出ない場合には、そのまま復帰する。
【0050】
ここで、後述のステップS430の処理における推定回数が多いほど信頼性が向上するため、所定値Δを小さくし過ぎないようにして設定する必要がある。
ステップS420では、スリップ率が増加中か否かを判定する。スリップ率が増加中の場合にはステップS430に移行する。増加中で無い場合には、そのまま復帰する。
スリップ率が増加中と判定してステップS430に移行すると、接線傾きである(∂μ/∂λup)を推定する。推定後、処理を終了し復帰する。
【0051】
その(∂μ/∂λup)の推定について説明する。図16に接線傾きである(∂μ/∂λup)の状態を示す。
ここでは、推定手法として固定トレース法を説明する。
このコントローラ11の処理は、所定サンプリング周期毎に繰り返し実行される。この固定トレース法もその繰り返しの中で推定値を更新していく。
次に、固定トレース法の推定手法で使用する式を、下記に示す。
【0052】
【数3】
【0053】
この固定トレース法はy=θ×φの関係においてyとφが与えれている場合に、θを求める問題を解くことと解釈できる。近似式を下記(11)式に示す。この式から分かるように、本ケースではyは(dμ/dtup)、φは(dλ/dtup)、θは(∂μ/∂λup)となる。
【0054】
【数4】
【0055】
ここでγは定数であり、これが固定トレースの名前の由来になっている。またkはサンプリング時間を表す。なお、微分は離散時間の差分で近似できる。
固定トレース法は、最小2乗法と同様に、現在の計測値と過去の推定値を元に推定を繰り返すものである。但し、固定トレース法は、最小2乗法に比べて収束性にすぐれたものである。
接線傾き(∂μ/∂λup)の推定手法は、例えば、特開2002−321605号公報に記載のトルク勾配推定手法を採用しても良い。
この場合について、次に補足説明する。
下記(12)式における、変数kをトルク勾配を定義している。
R・fx ≒k・{(V/R)−ω} +T ・・・(12)
ただし、Tは近似の際のy切片である。
【0056】
ここで、(12)式中の括弧内をスリップ速度と呼んでいる。そして、制動力をスリップ速度の1次関数で近似した際の傾きを、トルク勾配と呼んでいる。
上記トルク勾配kの意味を理解するために、上記(12)式を変形すると、(13)式となる。
R・fx ≒k・{(V/R)−ω} +T
=k・(V/R){(V−R・ω)/V}+T
=k・(V/R)・λ +T ・・・(13)
ここでλはスリップ率である。(13)式の両辺をR×fvで除すると、下記(14)式を得る。
(R・fx)/(R・fv)=μ={V/(R2・fv)}・k・λ +T
・・・(14)
【0057】
この(14)式をスリップ率λで偏微分すると、下記(15)式を得る。
∂μ/∂λ ≒ {V/(R2・fv)}・k ・・・(15)
ここでスリップ率λの変化に対する車体速Vの変化は小さいと近似している。すると、(15)式の右辺のトルク勾配kの係数である、{V/(R2・fv)}は、略一定であることから明らかである。したがって、トルク勾配kは、制動摩擦係数μをスリップ率λで偏微分した値(∂μ/∂λup)と等価である。
したがって、トルク勾配kを推定手法によって、スリップ率の変化率に対する制動摩擦係数の変化率の比である接線傾き(∂μ/∂λup)を推定可能である。
【0058】
次に、ステップS40の処理について、目標スリップ率λ*の補正処理を、図17を参照して説明する。
まずステップS510にて、スリップ増加時制動摩擦係数とスリップ減少時制動摩擦係数との偏差Δμを求める
Δμ = μup −μdown
次に、ステップS520にて、偏差Δμが所定値c1より大きいか否か、若しくは、(∂μ/∂λup)が所定値c3より小さいか否かのいずれかを満足するか否かを判定する。
【0059】
条件を満足している場合にはステップS530に移行する。一方、条件を満足していない場合にはステップS540に移行する。
c3は、想定されるすべての路面の不安定領域の傾きの値よりも大きいように設定する。
ステップS530では、下記式のように、目標スリップ率λ*を減少させる補正を行う。その後、復帰する。δλは1制御サイクルでの単位増減量を示す。
λ* ← λ* −δλ
【0060】
ステップS540では、偏差Δμが所定値c2より小さいか否か、又は(∂μ/∂λ)が所定値c3より大きいか否かのいずれかを満足するか否かを判定する。
条件を満足している場合にはステップS550に移行する。一方、条件を満足していない場合には、そのまま復帰する。
c4は想定する全ての路面の安定領域の傾きの値よりも小さいように設定する。
ステップS550では、下記式のように、目標スリップ率λ*を増加させる補正を行う。その後、復帰する。δλは1制御サイクルでの単位増減量を示す。
λ* ← λ* +δλ
【0061】
(作用・動作)
「現在のスリップ率λが不安定領域の場合の補正(図18参照)」
図18を参照しつつ、安定領域での動作を説明する。
現在のスリップ率をλbとする。その現在のスリップ率λbでは、ステップS520の条件を満足するため、目標スリップ率λ*を減少方向へ補正する。そして、ステップS520の条件を満足しないλa(安定領域の右端側)までスリップ率は減少する。
ここで、所定値c3を微小な正数とすれば、例えば図18のようなフラットなピークμを有する路面でも確実にλaまで減少させることができる。この結果、目標スリップ率を制動性能とヨー安定性を両立する値に補正することができる。
【0062】
このとき、上記第1実施形態と比較して、目標スリップ率λ*を減少させるための条件をより適切に設定できる。その理由を説明する。
ステップS520をΔμ>c1の条件だけで実現しようとすると、所定値c1はあらゆる路面に対し、不安定領域でのΔμより小さく設定する必要があるため、余裕をもって設定する必要がある。すなわち、過度に小さく設定すると、目標スリップ率λ*を過度に減少させることになり注意が必要である。また、ステップS520を(∂μ/∂λup)の条件だけで実現しようとすると、所定値c3はあらゆる路面に対し、不安定領域の(∂μ/∂λup)よりも大きく設定する必要がある。過度に大きく設定すると目標スリップ率λ*を過度に減少させることになり注意が必要である。
【0063】
これに対し、本実施形態では、上記2つの条件のOR条件で判定しているため、上記所定値c1、c3を、より緩い方向に、つまり単独では取りこぼしのある路面が存在する方向に設定できるようになる。すなわちロバスト性が向上する。
この結果、目標スリップ率λ*の過度の減少補正を避けることができ、且つ、制動性能とヨー安定性を両立する値に目標スリップ率λ*を補正することができる。
【0064】
「現在のスリップ率λが安定領域の場合の補正(図19参照)」
図19を参照しつつ、安定領域での動作を説明する。
現在のスリップ率をλcとする。スリップ率λcではステップS540の条件が満足するため、目標スリップ率λ*が増加方向へ補正される。その結果、ステップS540の条件が満足しないλa(安定領域の右端)までスリップ率は増加する。この結果、目標スリップ率λ*を制動性能とヨー安定性を両立する値に補正することができる。
ここで、第1実施形態と比較して、目標スリップ率λ*を増加させるための条件をより適切に設定できる。その理由について説明する。
【0065】
ステップS540をΔμの条件だけで実現しようとすると、所定値c2はあらゆる路面に対し、安定領域でのΔμより大きく設定する必要がある。過度に大きく設定すると目標スリップ率λ*を過度に増加させることになり注意が必要である。また、ステップS540を(∂μ/∂λup)の条件だけで実現しようとすると、所定値c4はあらゆる路面に対し、安定領域の(∂μ/∂λup)よりも小さく設定する必要がある。また、過度に小さく設定すると目標スリップ率λ*を過度に増加させることになり注意が必要である。
【0066】
これに対し、本実施形態では、上記2つの条件のOR条件で判定しているため、上記所定値c2、c4を、より緩い方向に、つまり単独では取りこぼしのある路面が存在する方向に設定できるようになる。すなわちロバスト性が向上する。
その結果、目標スリップ率λ*の過度の増加補正を避けることができ、且つ制動性能とヨー安定性を両立する値に目標スリップ率λ*を補正することができる。
【0067】
(第2実施形態の効果)
(1)目標スリップ率補正手段は、同じスリップ率、例えば目標スリップ率λ*における、次の2つの条件のうちの一方を満足する場合に、上記目標スリップ率λ*を減少させる補正を行う。
1)スリップ率が増加している場合の制動摩擦係数とスリップ率が減少している場合の制動摩擦係数との差Δμが第1の所定値c1以上の場合
2)スリップ率が増加している場合のスリップ率の変化率に対する制動摩擦係数の変化率との比である、μ−λ特性曲線の接線傾き(∂μ/∂λup)が所定値以下の場合
差Δμは、不安定領域では大きくなる。また、接線傾き(∂μ/∂λup)が所定値c3よりも小さくなる。
これを利用して、2つの条件の一方を満足する場合に、目標スリップ率λ*を減少補正している。
これによって、第1実施形態に比べて、所定値c1をより適正に設定可能となり、過度にスリップ率を減少させることを防ぐことができる。
【0068】
(2)目標スリップ率補正手段は、同じスリップ率、例えば目標スリップ率λ*における、次の2つの条件のうちの一方を満足する場合に、上記目標スリップ率λ*を増加させる補正を行う。
1)スリップ率が増加している場合の制動摩擦係数とスリップ率が減少している場合の制動摩擦係数との差Δμが第2の所定値c2以下の場合
2)スリップ率が増加している場合のスリップ率の変化率に対する制動摩擦係数の変化率との比である、μ−λ特性曲線の接線傾き(∂μ/∂λup)が所定値c4以上の場合
差Δμは、安定領域では小さくなる。また、接線傾き(∂μ/∂λup)が所定値c4よりも大きくなる。
これを利用して、2つの条件の一方を満足する場合に、目標スリップ率λ*を増加補正している。
これによって、第1実施形態に比べて、所定値c2をより適正に設定可能となり、過度にスリップ率を増加させることを防ぐことができる。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】本発明に基づく実施形態に係る車両の概要構成図である。
【図2】本発明に基づく実施形態に係る作動液圧回路を説明する図である。
【図3】減圧時のブレーキ作動液の流れ、及びバルブの駆動の様子を示す図である。
【図4】ブレーキ圧を一定に保つ(保持)場合のバルブの駆動の様子を示す図である。
【図5】ブレーキ圧を増加させる場合の作動液の流れ、及びバルブの駆動の様子を示す図である。
【図6】本発明に基づく第1実施形態に係るコントローラの処理を説明する図である。
【図7】本発明に基づく第1実施形態に係る増減時における制動摩擦係数の保存処理を説明する図である。
【図8】本発明に基づく第1実施形態に係る目標スリップ率補正処理を説明する図である。
【図9】μ−λ特性曲線を示す図である。
【図10】不安定領域では増減時における制動摩擦係数の差が大きいことを示す図である。
【図11】安定領域では増減時における制動摩擦係数の差が大きいことを示す図である。
【図12】不安定領域では目標スリップ率λ*が減少することを説明する図である。
【図13】安定領域では目標スリップ率λ*が増加することを説明する図である。
【図14】本発明に基づく第2実施形態に係るコントローラ11の処理を説明する図である。
【図15】接線傾きを推定する処理を説明する図である。
【図16】接線傾きを説明する図である。
【図17】本発明に基づく第2実施形態に係る目標スリップ率補正処理を説明する図である。
【図18】本発明に基づく第2実施形態に係る不安定領域における目標スリップ率が減少補正されることを説明する図である。
【図19】本発明に基づく第2実施形態に係る安定領域における確実に目標スリップ率が増加補正されることを説明する図である。
【符号の説明】
【0070】
1 車輪
9 作動液圧回路
11 コントローラ
20 制動ユニット
c1 所定値
c2 所定値
c3 所定値
c4 所定値
Δμ 差
λ スリップ率
λ* 目標スリップ率
μ 制動摩擦係数
μdown スリップ減少時制動摩擦係数
μup スリップ増加時制動摩擦係数
【技術分野】
【0001】
本発明は、ABS制御など、車輪のスリップ率を目標スリップ率となるように車輪への制動を制御する制動制御に関する。
【背景技術】
【0002】
制動制御装置としては、例えば特許文献1に記載の装置がある。この制動制御装置では、車輪速度の時系列データに対しハイパスフィルタ処理を行う。また、忘却係数の値を、推定したトルク勾配の増減に応じて設定する。そして、上記忘却係数を用いたオンラインのシステム同定手法を適用することで、制動トルクの勾配を推定する。この推定の際に、ハイパスフィルタ処理後の車輪速度の時系列データ、車輪の運動モデル、及び制動トルクのスリップ速度に対する勾配として一次関数的に変化する勾配モデルを使用する。
【0003】
そして、上記推定した制動トルクの勾配が基準値を含む所定範囲の値となるように、車輪に作用するブレーキ力を制御する。これによってアンチロックブレーキ制御を行う。
ここで、上記制動トルクの勾配とは、制動トルクのスリップ速度に対する勾配である。
【特許文献1】特開2002−321605号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
スリップ率が増加しているときと減少しているときとで、路面摩擦係数の値が異なる。したがって、スリップ率が増加しているときに算出した目標スリップ率に基づいて制動力の制御をスリップ率が減少しているときに制動力の制御を行うと車両挙動が安定しないという課題がある。
本発明は、上記のような点に鑑みてなされたもので、スリップ率が変動しているときにおいても目標スリップ率の値を適切に算出することができ適切な挙動安定制御を行うことが可能な制動制御装置及び制動方法を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するために、本発明は、検出したスリップ率と、検出したスリップ率に基づいて演算した制動摩擦係数とに基づいて目標スリップ率を算出し、その目標スリップ率となるように車輪への制動力を制御する。そして、上記スリップ率が増加している場合の制動摩擦係数と、上記スリップ率が減少している場合の制動摩擦係数との偏差が所定値以上の場合、上記目標スリップ率を減少補正する。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、スリップ率が増加している場合の制動摩擦係数と、スリップ率が減少している場合の制動摩擦係数との偏差が所定以上の場合、目標スリップ率の値をスリップ率が増加しているときの目標スリップ率の値よりも減少補正する。
このため、スリップ率が増減の変動をしているときにおいても、適切な目標スリップ率が得られ、制動力制御を挙動を乱すことなく行うことが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
(第1実施形態)
次に、本発明の実施形態について図面を参照しつつ説明する。
図1は、本実施形態に係る車両の概要構成図である。図1は、車輪の制動制御のための作動液圧回路を示す模式図である。
(構成)
本実施形態は、一般的な4輪自動車に適用した場合の例である。
各車輪1に、それぞれ制動ユニット20を装備する。本実施形態の制動ユニット20は、ブレーキディスク2、ブレーキキャリパ3、ブレーキシュー4を有する。ブレーキディスク2は車輪1側に固定する。そして、ブレーキキャリパ3に設けたホイールシリンダ12の液圧に応じて、ブレーキシュー4をブレーキディスク2に押し付けて、所要の制動力が発生する。
【0008】
なお、制動ユニット20は、上述のようなディスクブレーキに限定しない。ドラムブレーキであっても良い。また、本実施形態では、作動液圧回路9を使用した制動装置を例に挙げて説明する。しかしこれに限定しない。電動ブレーキユニットであっても良い。要は、車輪に付与する制動力を調整可能な構成となっていればよい。また、4輪全てに制動ユニット20を装備した場合を例示しているが、制動ユニット20を2輪にだけ装備しても良い。
【0009】
ここで、図1では、作動液圧配管5は実線で示し、また、電気信号線は破線で示している。
図1中の符号7は、運転者が操作するブレーキペダルである。ブレーキペダル7は、マスターシリンダ8に連結する。マスターシリンダ8は、ブレーキペダル7の踏力を倍増する。そのマスターシリンダ8は、作動液圧配管5を介して、各制動ユニット20のホイールシリンダ12に接続する。
そして、作動液圧回路9が、上記作動液圧配管5の途中に介装する。
【0010】
次に、作動液圧回路9の構成を、図2を参照して説明する。各輪に対応する作動液圧回路9の構成は同じである。このため、図2では、1輪分のみを示してある。
作動液圧配管5は、作動液圧回路9内では第1配管5aと第2配管5bとからなる。その第1配管5aと第2配管5bとは並列に配置する。
第1配管5aは、マスターシリンダ8とホイールシリンダ12との間を接続する。インレット弁13は、その第1配管5aの途中に介挿する。インレット弁13は、マスターシリンダ8と各輪のホイールシリンダ12との間の第1配管5aからなる第1作動液圧経路における、連通状態と非連通状態とを切り替える弁である。インレット弁13は、例えば、電磁弁であって、コントローラ11からの指令によって作動する。
【0011】
第2配管5bは、マスターシリンダ8とホイールシリンダ12との間を接続する。アウトレット弁14は、その第2配管5bの途中に介挿する。アウトレット弁14は、マスターシリンダ8と各輪のホイールシリンダ12との間の第2配管5bからなる第2作動液圧経路における、連通状態と非連通状態とを切り替える弁である。アウトレット弁14は、例えば、電磁弁であって、コントローラ11からの指令によって作動する。
【0012】
ドレインタンク15が、アウトレット弁14よりもマスターシリンダ8側位置で、第2配管5bに連結する。ドレインタンク15は、アウトレット弁14を通じて供給されるブレーキ作動液を一時的に蓄えておく役割を有する。
また、ポンプ17が、ドレインタンク15よりもマスターシリンダ8側位置で、第2配管5bに連結する。モータ16は、ポンプ17を駆動し、ドレインタンク15に溜まったブレーキ作動液をマスターシリンダ8側に戻す。モータ16は、コントローラ11からの指令によって作動する。
【0013】
ここで、インレット弁13、及びアウトレット弁14は、バネを内蔵している。このバネによって、非制御状態(無電通)では、インレット弁13は連通状態に、アウトレット弁14は非連通状態となる。これによって、システムが失陥した場合はハード的にノーマル配管の状態となる。
ここで、制動制御が作動していない場合、つまりノーマル配管の状態における、作動液圧系の作動は次の通りである。この場合には、インレット弁13は開となっている。そして、運転者がブレーキペダル7を踏むと、その作動液圧はマスターシリンダ8により倍増されて作動液圧回路9に供給される。その圧力は非制御で4輪に配分され、作動液圧配管5を経由してホイールシリンダ12に伝わる。ホイールシリンダ12は、ブレーキシュー4をブレーキディスク2に押し付けることにより、摩擦トルクが発生し、制動力が発生する。
【0014】
また、ブレーキ制御が作動している状態は、3つのモード状態に分類する。すなわち、減圧モード、保持モード、及び増圧モード(ノーマル)である。ここでは、減圧モードとは、運転者がブレーキペダル7を踏み込むことにより発生するマスターシリンダ8圧よりも、ホイールシリンダ圧を下げる状態を表す。保持モードとは、ホイールシリンダ12をそれに接続する作動液圧配管5から切り離し、ホイールシリンダ圧を一定に保つ状態を表す。増圧モード(ノーマルモード)は、減圧もしくは保持モードからノーマル状態に戻す状態を表す。
【0015】
以下、図を参照して、各モードを説明する。
図3に減圧モードを示す。減圧モードでは、インレット弁13を非連通状態、アウトレット弁14を連通状態に制御する。これによって、ホイールシリンダ12の作動液はアウトレット弁14を経由し、ドレインタンク15に入る。また、ポンプ17を駆動することで、ドレインタンク15内の作動液はマスターシリンダ8側に戻る。なお、この戻しが存在しないと、減圧を繰り返すたびに、ドレインタンク15に作動液が溜まっていく。この結果、ブレーキペダル7が底までストロークしてしまう。
【0016】
図4に保持モードを示す。保持モードでは、インレット弁13、アウトレット弁14ともに非連通状態とする。
図5に増圧モード(ノーマル)を示す。増圧モードでは、インレット弁13を連通状態、アウトレット弁14を非連通状態とする。配管5の接続状態は、増圧モードとノーマル状態とは同じ状態である。
ここで、作動液圧回路9の構成は、これに限定しない。例えば、ポンプ17が、マスターシリンダ8から作動液を吸引して、ホイールシリンダ12側に作動液を圧送して増圧可能な回路9構成でも良い。要は、制動制御時に増圧、保持、減圧の制御が可能であればよい。
【0017】
また、車輪速センサ6及び作動液圧センサ10を備える。車輪速センサ6は、検出した車輪速信号をコントローラ11に出力する。作動液圧センサは、各車輪1の作動液圧及びマスターシリンダ8の作動液圧を計測し、その計測信号をコントローラ11に出力する。
次に、コントローラ11の処理について、図6を参照して説明する。ここで、説明を分かりやすくするために、1輪に着目して説明する。実際にはこの制御処理が4輪分あり、4輪分を処理する。処理内容は、同じ処理である。
【0018】
コントローラ11は、所定のサンプリング周期毎に作動する。
まずステップS10にて、制動摩擦係数μを取得する。ここでは、制動摩擦係数μを推定もしくは検出する。制動摩擦係数μの推定もしくは検出は、公知の手法を採用して演算すればよい。
以下に、ホイールシリンダ圧と車輪速に基づく、制動摩擦係数の推定法を説明する。
車輪1の運動方程式は、下記(1)式で表すことが出来る。“′”は微分を表す。またこの(1)式は車輪1輪分を表している。
I・ω′=R・fx −t ・・・(1)
ここで、
I:車輪慣性モーメント
ω:車輪角速度
R:車輪半径
fx:制動力
t:ブレーキトルク
を示す。
【0019】
上記ブレーキトルクtは、ブレーキディスク2とブレーキパッドの摩擦で発生するトルクである。また、制動力fxは、車輪1と路面の間に発生する力である。
また、車輪半径Rと制動力fxを乗じた「R×fx」は、トルクの単位を持つ。
上記(1)式を変形すると、制動力fxは、下記(2)式で表すことが出来る。
fx =(1/R)(I・ω′+t)
=(1/R)(I・ω′+Rb・Sb・μb・Pwhl )
・・・(2)
ここで、
Rb:ホイール中心からブレーキシュー4の中心点までの距離
Sb:ホイールシリンダ12がブレーキシュー4を押す部分の受圧面積
μb:ブレーキシュー4とブレーキディスク2の間のパッド摩擦係数
Pwhl:ホイールシリンダ圧
である。
【0020】
上記R、I、Rb、Sb、μbは、設計値を用いて予め取得可能な値である。したがって、上記(2)式を適用することで、制動力fxは、ホイールシリンダ圧Pwhlと車輪角速度ωとに基づいて推定できる。
そして、制動摩擦係数μは、下記(3)式のように、制動力fxを輪加重fvで除すことで得ることができる。
μ =fx/fv ・・・(3)
ここで、輪加重fvとしては、静的な輪加重配分に基づいて設定した、一定値で近似しても良い。ただし、前後加速度により正確な値を推定して使用しても良い。
【0021】
次に、ステップS20では、スリップ率λを取得する。
すなわち、スリップ率λを、下記(4)式によって算出する。
λ = (V −R・ω)/V ・・・(4)
ここで、Vは、車体速である。車体速Vは、光学式のセンサで直接計測した値でも良い。また、車体速Vは、下記(5)式のように、非制駆動時の車輪速ω0とそれ以降の前後加速度gxの積分で推定したものでも良い。ここで、非制駆動時の車輪速ω0と車輪半径Rとの積は、車体速に略一致する。
【0022】
【数1】
【0023】
次に、ステップS30では、同じスリップ率における、スリップ率が増加している場合の制動摩擦係数と、スリップ率が減少している場合の制動摩擦係数とを取得して保存する。
ステップS30の具体的処理は、後述する。なお、実施形態において、単にスリップ率と表記した場合には、実スリップ率を表す。
上記「同じスリップ率」には、例えば目標スリップ率λ*やその近傍のスリップ率を採用すればよい。
ここで、実スリップ率は目標スリップ率λ*に追従するように制御される。この制御は一般に、目標値と実際値の偏差を入力とするフィードバック制御系で構成する。このとき、アクチュエータの応答遅れや路面外乱等によって、目標スリップ率λ*を中心として、実スリップ率は増加減少を繰り返す。すなわち、実スリップ率は、目標スリップ率λ*を挟んで増減するように変動する。
【0024】
そして、そのスリップ率の変動中における、スリップ率が増加している時、及びスリップ率が減少している時の制動摩擦係数を別々に取得して保存する。
ここで、ここで、コントローラ11の処理フローは、所定サンプリング周期毎に繰り返し実行するので、増加減少を同時に保存するのではなく、繰り返し処理の間に別々に保存することになる。
【0025】
次に、ステップS40では、目標スリップ率λ*の補正を行う。
ステップS30の処理で、同一スリップ率に対して増加時及び減少時の制動摩擦係数を取得したと判定すると、目標スリップ率λ*の補正を行う。
このステップS40の目標スリップ率λ*の補正処理については、後述する。
次に、ステップS50では、目標スリップ率λ*とするための目標ブレーキ液圧Pwhl*を算出する。すなわち、実スリップ率λを目標スリップ率λ*に追従させるための、目標ブレーキ液圧Pwhl*を演算する。
【0026】
ここでは、補正後の目標スリップ率λ*と実スリップ率λとに基づき、下記(6)式によって、PID制御するための目標ブレーキ液圧Pwhl*を演算する。
Pwhl* =Pwhl0 +Kp(λ* −λ)
+Kd・{d/dt(λ* −λ)}
+Ki・(1/S)(λ* −λ)
・・・(6)
ここで、Pwhl0は、ブレーキ圧の定常項である。このPwhl0は、過去のブレーキ圧の値にローパスフィルタを施すことで得ることが出来る。Kp、Kd、Kiは、PIDゲインである。sは、ラプラス演算子を現し、その逆数は積分を表す。
【0027】
次に、ステップS60では、作動液圧制御を行う。
すなわち、作動液圧Pwhlが目標ブレーキ液圧Pwhl*に追従するように、各輪の弁に開閉信号を送る。
まず目標ブレーキ液圧Pwhl*の変化量で増圧か減圧かを判定する。
次に、下記(7)式によって、開閉信号Δtを求める。開閉信号Δtはデューティ比である。
【0028】
【数2】
【0029】
ここで、X1、X2は、作動液圧回路9等のハードにより決まる定数である。pcicは、増圧時にはマスターシリンダ8圧とし、減圧時は零を設定する。
上記開閉信号Δtで開く弁の制御を行う。
なお、
Δt >0 は増圧モード
Δt =0 保持モード
Δt <0 減圧モード
となる。
【0030】
次に、上述のステップS30の処理について、図7を参照して説明する。すなわち、同じスリップ率における、スリップ率が増加している場合の制動摩擦係数と、スリップ率が減少している場合の制動摩擦係数とを取得して保存する処理について説明する。
まずステップS110にて、実スリップが目標スリップ率λ*近傍となったか判定する。すなわち、実スリップ率λと目標スリップ率λ*との偏差が所定値以下か否かを判断し、所定値以下であれば保存処理を行うためステップS120に移行する。一方、偏差が所定位置を越える場合に、そのまま処理を終了して復帰する。
【0031】
ここで、目標スリップ率λ*は増加時でも減少時でも必ず通過する値であり、保存する条件として好適なスリップ率位置である。増加時、減少時に必ず通過するスリップ率位置であれば、その値でのスリップ率を取得して保存しても良い。
ステップS120では、スリップ率が増加中であるか否かを判定する。増加中の場合には、ステップS130に移行する。一方。増加中でない場合、つまり減少中である場合には、ステップS140に移行する。
ステップS130では、下記式のようにスリップ増加時制動摩擦係数に現在の制動摩擦係数を保存する。
μup = μ
一方、ステップS140では、下記式のようにスリップ減少時制動摩擦係数に現在の制動摩擦係数を保存する。
μdown = μ
【0032】
次に、上述のステップS40の処理を、図8を参照して説明する。すなわち、目標スリップ率λ*の補正処理について説明する。
なお、スリップ増加時制動摩擦係数μupとスリップ減少時制動摩擦係数μdownの両方の取得中である場合には、そのまま補正せずに復帰する。例えば、スリップ増加時制動摩擦係数μupとスリップ減少時制動摩擦係数μdownを初期クリアとして「0」を設定しておき、両変数が「0」以外の値か否かで判定し、本ステップS40のステップS220以降の処理をした後に、上記変数を「0」クリアする。
【0033】
まずステップS210にて、スリップ増加時制動摩擦係数μupとスリップ減少時制動摩擦係数μdownとの偏差Δμを求める
Δμ = μup −μdown
次に、ステップS220にて、偏差Δμが所定値c1より大きいか否かを判断する。所定値c1よりも大きい場合にはステップS220に移行する。所定値c1以下の場合にはステップS240に移行する。
【0034】
ここで、図9にμ−λ特性曲線の模式図を示す(ピークμがフラットな場合)。μ−λ特性曲線は、スリップ率に対する制動摩擦係数の特性を示す。また、破線は、スリップ率に対する横滑り摩擦係数の特性を表す。このμ−λ特性曲線において、ピークμの左側を安定領域、右側を不安定領域と呼ばれている。
そして、上記所定値c1は、想定出来る全ての路面の不安定領域において計算したΔμよりも小さくなるように設定する。設定は、あらかじめ実験、シミュレーション等によるデータに基づいてオフラインで行う。
【0035】
ステップS230では、下記式のように、目標スリップ率λ*を減少させる補正を行う。その後、復帰する。δλは1制御サイクルでの単位増減量を示す。
λ* ← λ* −δλ
ステップS240では、偏差Δμが所定値c2より小さいか否かを判定する。所定値c2よりも小さい場合にはステップS250に移行する。一方、所定値c2以上の場合には、そのまま復帰する。
ここで、上記所定値c2は、想定する全ての路面の安定領域において計算したΔμより大きくなるように設定する。所定値c1と同様、あらかじめ実験、シミュレーション等によるデータに基づいてオフラインで設定しておく。所定値c2は、所定値c1よりも小さい値とする。
【0036】
ステップS250では、下記式のように、目標スリップ率λ*を増加させる補正を行う。その後、復帰する。δλは1制御サイクルでの単位増減量を示す。
λ* ← λ* +δλ
ここで、上記目標スリップ率λ*の初期値には、例えば、路面での最適スリップ率(たとえば乾燥アスファルトで最適スリップ率例:約0.08)等を設定しておく。また、制動摩擦係数の値から代表的な路面を選択し、その路面の最適スリップ率を、目標スリップ率λ*の初期値としても良い。また、最悪のケースを避けるため、確率的に最適と思われるスリップ率を初期値にしても良い。
また、この制御がVDC等の制御の下位制御として、本実施形態の制御が作動する場合には、目標スリップ率λ*の初期値はVDC等の制御の指令スリップ率となる。いずれにしても、本ロジックにより、走行している路面に最適なスリップ率に補正されることになる。
【0037】
(作用・動作)
上述したように、μ−λ特性曲線において、ピークμの左側を安定領域、右側を不安定領域と呼ばれている(図9参照)。また、安定領域内でμ−λ特性曲線がほぼ直線に近似可能な領域を線形領域と呼ぶことにする。その線形領域以外の領域を非線形領域と呼ぶことにする。
図9から分かるように、ピークμ(制動摩擦係数が最大)となるスリップ率λ1では横滑り摩擦係数がかなり低下している。車輪1の横滑り摩擦係数が小さいとは、横力が発生しないか又は低いことを意味している。この場合、特に後輪での横力低下はヨー安定性を大きく損なう。このように、ピークμの左側の安定領域の定義は、車輪1のスリップ率制御を行ううえでの定義であり、ヨー安定性からの観点からの分類ではない。
【0038】
一方、上記線形領域の右端(先端)の動作点は、線形領域内では最大の制動摩擦係数を発揮する。また、この動作点では、横滑り摩擦係数もあまり低下していない。すなわち、この動作点及びこの近傍の領域では、制動性能、及びヨー安定性の両立の観点から、もっとも望ましい領域と言える。本実施形態は、この領域に収束するように、目標スリップ率λ*を補正する。この領域が、制動摩擦係数及び横滑り摩擦係数を共に確保可能な領域となる。
【0039】
次に、目標スリップ率λ*の補正処理の作用を説明する。
図10及び図11にスリップ率の変化に伴う制動摩擦係数の変化を示す。
ここで、一般に、μ−λ特性曲線は、スリップ率の増加する場合の値をプロットしたものを表示している。図10、図11中の右矢印がそれに対応する。
また、制動摩擦係数は、同じスリップ率であっても、スリップ率が増加する場合と、スリップ率が減少する場合とで異なる。上記図10及び図11には、スリップ率が減少する時の制動摩擦係数も重ねてプロットしている。スリップ率が減少する時の制動摩擦係数の大きさは、スリップ率が増加する制動摩擦係数よりも小さい。また、図10は不安定領域の制動摩擦係数の挙動を模式的に示し、図11は安定領域の制動摩擦係数の挙動を模式的に示したものである。
この図10及び図11に示すように、不安定領域での偏差Δμは、安定領域での偏差Δμよりも大きい。したがって、偏差Δμが所定値よりも小さいのであれば、安定領域、所定値よりも大きいのであれば不安定領域に現在のスリップ率が存在していることを知ることができる。
【0040】
「現在のスリップ率λが不安定領域の場合の補正(図12参照)」
図12を参照しつつ、不安定領域での動作を説明する。
現在のスリップ率をλbとする。そのスリップ率λbが不安定領域内に存在する場合、Δμは所定値c1よりも大きくなる。この場合には、ステップS230にて、目標スリップ率λ*を減少方向に補正する。この結果、スリップ率は、不安定領域の左端、さらには安定領域側に移動する。これによって、制動性能とヨー安定性を両立可能となる。
特に、ピークμがフラットなμ−λ特性曲線の路面であっても、スリップ率は、不安定領域の左端、さらには安定領域側に移動する。つまり、目標スリップ率λ*は減少補正され、制動性能とヨー安定性を両立可能となる。
【0041】
「現在のスリップ率λが安定領域の場合の補正(図13参照)」
図13を参照しつつ、安定領域での動作を説明する。
現在のスリップ率をλcとする。その現在のスリップ率λcが安定領域内に存在する場合、Δμは所定値c2よりも小さくなる。この場合には、ステップS250にて、目標スリップ率λ*を増加補正する。その結果、スリップ率を安定領域の右側位置に収束させることができ、制動性能とヨー安定性を両立可能となる。
特に、ピーク低μ等の接線傾きが小さい路面でも、接線傾きを用いないで目標スリップ率λ*を補正することで、目標スリップ率λ*を適正な値に補正することが出来る。
【0042】
ここで、所定値c1と所定値c2とを異なる値とし、所定値c1>所定値c2と設定することで、目標スリップ率λ*の補正に対し不感帯を設定する。これによって、目標スリップ率補正が適正位置近傍で頻繁に補正することを防止する。
ここで、ステップS10は、制動摩擦係数取得手段を構成する。ステップS40は、目標スリップ率補正手段を構成する。所定値c1が第1の所定値、所定値c2が第2の所定値である。
【0043】
(第1実施形態の効果)
(1)制動摩擦係数取得手段が、車輪と路面との間の制動摩擦係数を求める。そして、目標スリップ率補正手段は、同じスリップ率、例えば目標スリップ率λ*における、スリップ率が増加している場合の制動摩擦係数と、スリップ率が減少している場合の制動摩擦係数との差が所定範囲に収まるように、上記目標スリップ率λ*を補正する。
すなわち、スリップ率に対する制動摩擦係数の特性曲線の接線勾配では無い、同じスリップ率での増加時と減少時の制動摩擦係数の差Δμを使用して目標スリップ率λ*を補正する。
このため、ピークμが平坦な特性を持つ路面であっても、走行路面に応じて、制動性能とヨー安定性とを両立可能な領域のスリップ率に制御することが可能となる。
【0044】
(2)目標スリップ率補正手段は、同じスリップ率、例えば目標スリップ率λ*における、スリップ率が増加している場合の制動摩擦係数とスリップ率が減少している場合の制動摩擦係数との差Δμが第1の所定値c1以上の場合に、上記目標スリップ率λ*を減少させる。
上記差Δμが、μ−λ特性曲線における不安定領域では大きくなることを利用して目標スリップ率λ*を補正する。このため、例えばピークμがフラットな路面の不安定状態でも確実に目標スリップ率λ*を安定領域の右端側に収束させることができる。
その結果、制動性能とヨー安定性を高度の次元で両立できる。
【0045】
(3)目標スリップ率補正手段は、同じスリップ率、例えば目標スリップ率λ*における、スリップ率が増加している場合の制動摩擦係数とスリップ率が減少している場合の制動摩擦係数との差Δμが第2の所定値c2以下の場合に、上記目標スリップ率λ*を増加させる。
上記差Δμが、μ−λ特性曲線における安定領域では小さくなることを利用して目標スリップ率λ*を補正する。このため、例えば低μ路面等でμ−λ特性曲線の接線傾きが小さい安定状態でも、確実に目標スリップ率λ*を安定領域の右端に収束させることができる。
その結果、制動性能とヨー安定性を高度の次元で両立できる。
【0046】
(4)目標スリップ率補正手段は、同じスリップ率、例えば目標スリップ率λ*における、上記スリップ率が増加している場合の制動摩擦係数とスリップ率が減少している場合の制動摩擦係数との差が第1の所定値c1以上の場合に、上記目標スリップ率λ*を減少させる。また、上記差が第2の所定値c2以下の場合には上記目標スリップ率λ*を増加させる。このとき、上記第1の所定値c1を第2の所定値c2よりも大きな値に設定する。
上記第1の所定値c1と第2の所定値c2について、c1>c2を満たすように設定する。これによって、目標スリップ率λ*を補正しない不感帯が生じ、目標スリップ率λ*のチャタリング、つまり適正なスリップ率における頻繁な補正発生を防止することができる。
【0047】
(変形例)
(1)ステップS230及びステップS250の減少補正及び増加補正は、単独でも機能するものである。例えば、不安定領域での目標スリップ率補正はステップS230の処理を適用し、安定領域では別手法を用いても良い。逆に、安定領域での目標スリップ率補正はステップS250の処理を適用し、不安定領域では別手法を用いても良い。第2実施形態でも同様である。
(2)上記所定値c1と所定値c2とは同一の値であっても良い。
【0048】
(第2実施形態)
次に、本発明に係る第2実施形態を、図面を参照しつつ説明する。なお、上記第1実施形態と同様な装置などについては同一の符号を付して説明する。
(構成)
本実施形態の基本構成は、上記第1実施形態と同様である。
図14に本実施形態のコントローラ11の処理を示す。第1実施形態と異なる処理は、ステップS25の処理を追加した点と、ステップS40の処理が異なる。その他は、上記第1実施形態と同様である。
次に、ステップS25及びステップS40の処理について説明する。
ステップS25では、スリップ率の変化率に対する制動摩擦係数の変化率との比である接線傾き(∂μ/∂λup)を求めて保存する。
【0049】
そのステップS25の処理を、図15を参照して説明する。
まずステップS410で、現在のスリップ率が目標スリップ率λ*近傍にあるか否かを判定する。具体的には、現在のスリップ率λと目標スリップ率λ*との差が、所定値Δよりも小さいか否かで判定する。現在のスリップ率が目標スリップ率λ*近傍の場合には、ステップS420に移行する。現在のスリップ率が目標スリップ率λ*近傍の出ない場合には、そのまま復帰する。
【0050】
ここで、後述のステップS430の処理における推定回数が多いほど信頼性が向上するため、所定値Δを小さくし過ぎないようにして設定する必要がある。
ステップS420では、スリップ率が増加中か否かを判定する。スリップ率が増加中の場合にはステップS430に移行する。増加中で無い場合には、そのまま復帰する。
スリップ率が増加中と判定してステップS430に移行すると、接線傾きである(∂μ/∂λup)を推定する。推定後、処理を終了し復帰する。
【0051】
その(∂μ/∂λup)の推定について説明する。図16に接線傾きである(∂μ/∂λup)の状態を示す。
ここでは、推定手法として固定トレース法を説明する。
このコントローラ11の処理は、所定サンプリング周期毎に繰り返し実行される。この固定トレース法もその繰り返しの中で推定値を更新していく。
次に、固定トレース法の推定手法で使用する式を、下記に示す。
【0052】
【数3】
【0053】
この固定トレース法はy=θ×φの関係においてyとφが与えれている場合に、θを求める問題を解くことと解釈できる。近似式を下記(11)式に示す。この式から分かるように、本ケースではyは(dμ/dtup)、φは(dλ/dtup)、θは(∂μ/∂λup)となる。
【0054】
【数4】
【0055】
ここでγは定数であり、これが固定トレースの名前の由来になっている。またkはサンプリング時間を表す。なお、微分は離散時間の差分で近似できる。
固定トレース法は、最小2乗法と同様に、現在の計測値と過去の推定値を元に推定を繰り返すものである。但し、固定トレース法は、最小2乗法に比べて収束性にすぐれたものである。
接線傾き(∂μ/∂λup)の推定手法は、例えば、特開2002−321605号公報に記載のトルク勾配推定手法を採用しても良い。
この場合について、次に補足説明する。
下記(12)式における、変数kをトルク勾配を定義している。
R・fx ≒k・{(V/R)−ω} +T ・・・(12)
ただし、Tは近似の際のy切片である。
【0056】
ここで、(12)式中の括弧内をスリップ速度と呼んでいる。そして、制動力をスリップ速度の1次関数で近似した際の傾きを、トルク勾配と呼んでいる。
上記トルク勾配kの意味を理解するために、上記(12)式を変形すると、(13)式となる。
R・fx ≒k・{(V/R)−ω} +T
=k・(V/R){(V−R・ω)/V}+T
=k・(V/R)・λ +T ・・・(13)
ここでλはスリップ率である。(13)式の両辺をR×fvで除すると、下記(14)式を得る。
(R・fx)/(R・fv)=μ={V/(R2・fv)}・k・λ +T
・・・(14)
【0057】
この(14)式をスリップ率λで偏微分すると、下記(15)式を得る。
∂μ/∂λ ≒ {V/(R2・fv)}・k ・・・(15)
ここでスリップ率λの変化に対する車体速Vの変化は小さいと近似している。すると、(15)式の右辺のトルク勾配kの係数である、{V/(R2・fv)}は、略一定であることから明らかである。したがって、トルク勾配kは、制動摩擦係数μをスリップ率λで偏微分した値(∂μ/∂λup)と等価である。
したがって、トルク勾配kを推定手法によって、スリップ率の変化率に対する制動摩擦係数の変化率の比である接線傾き(∂μ/∂λup)を推定可能である。
【0058】
次に、ステップS40の処理について、目標スリップ率λ*の補正処理を、図17を参照して説明する。
まずステップS510にて、スリップ増加時制動摩擦係数とスリップ減少時制動摩擦係数との偏差Δμを求める
Δμ = μup −μdown
次に、ステップS520にて、偏差Δμが所定値c1より大きいか否か、若しくは、(∂μ/∂λup)が所定値c3より小さいか否かのいずれかを満足するか否かを判定する。
【0059】
条件を満足している場合にはステップS530に移行する。一方、条件を満足していない場合にはステップS540に移行する。
c3は、想定されるすべての路面の不安定領域の傾きの値よりも大きいように設定する。
ステップS530では、下記式のように、目標スリップ率λ*を減少させる補正を行う。その後、復帰する。δλは1制御サイクルでの単位増減量を示す。
λ* ← λ* −δλ
【0060】
ステップS540では、偏差Δμが所定値c2より小さいか否か、又は(∂μ/∂λ)が所定値c3より大きいか否かのいずれかを満足するか否かを判定する。
条件を満足している場合にはステップS550に移行する。一方、条件を満足していない場合には、そのまま復帰する。
c4は想定する全ての路面の安定領域の傾きの値よりも小さいように設定する。
ステップS550では、下記式のように、目標スリップ率λ*を増加させる補正を行う。その後、復帰する。δλは1制御サイクルでの単位増減量を示す。
λ* ← λ* +δλ
【0061】
(作用・動作)
「現在のスリップ率λが不安定領域の場合の補正(図18参照)」
図18を参照しつつ、安定領域での動作を説明する。
現在のスリップ率をλbとする。その現在のスリップ率λbでは、ステップS520の条件を満足するため、目標スリップ率λ*を減少方向へ補正する。そして、ステップS520の条件を満足しないλa(安定領域の右端側)までスリップ率は減少する。
ここで、所定値c3を微小な正数とすれば、例えば図18のようなフラットなピークμを有する路面でも確実にλaまで減少させることができる。この結果、目標スリップ率を制動性能とヨー安定性を両立する値に補正することができる。
【0062】
このとき、上記第1実施形態と比較して、目標スリップ率λ*を減少させるための条件をより適切に設定できる。その理由を説明する。
ステップS520をΔμ>c1の条件だけで実現しようとすると、所定値c1はあらゆる路面に対し、不安定領域でのΔμより小さく設定する必要があるため、余裕をもって設定する必要がある。すなわち、過度に小さく設定すると、目標スリップ率λ*を過度に減少させることになり注意が必要である。また、ステップS520を(∂μ/∂λup)の条件だけで実現しようとすると、所定値c3はあらゆる路面に対し、不安定領域の(∂μ/∂λup)よりも大きく設定する必要がある。過度に大きく設定すると目標スリップ率λ*を過度に減少させることになり注意が必要である。
【0063】
これに対し、本実施形態では、上記2つの条件のOR条件で判定しているため、上記所定値c1、c3を、より緩い方向に、つまり単独では取りこぼしのある路面が存在する方向に設定できるようになる。すなわちロバスト性が向上する。
この結果、目標スリップ率λ*の過度の減少補正を避けることができ、且つ、制動性能とヨー安定性を両立する値に目標スリップ率λ*を補正することができる。
【0064】
「現在のスリップ率λが安定領域の場合の補正(図19参照)」
図19を参照しつつ、安定領域での動作を説明する。
現在のスリップ率をλcとする。スリップ率λcではステップS540の条件が満足するため、目標スリップ率λ*が増加方向へ補正される。その結果、ステップS540の条件が満足しないλa(安定領域の右端)までスリップ率は増加する。この結果、目標スリップ率λ*を制動性能とヨー安定性を両立する値に補正することができる。
ここで、第1実施形態と比較して、目標スリップ率λ*を増加させるための条件をより適切に設定できる。その理由について説明する。
【0065】
ステップS540をΔμの条件だけで実現しようとすると、所定値c2はあらゆる路面に対し、安定領域でのΔμより大きく設定する必要がある。過度に大きく設定すると目標スリップ率λ*を過度に増加させることになり注意が必要である。また、ステップS540を(∂μ/∂λup)の条件だけで実現しようとすると、所定値c4はあらゆる路面に対し、安定領域の(∂μ/∂λup)よりも小さく設定する必要がある。また、過度に小さく設定すると目標スリップ率λ*を過度に増加させることになり注意が必要である。
【0066】
これに対し、本実施形態では、上記2つの条件のOR条件で判定しているため、上記所定値c2、c4を、より緩い方向に、つまり単独では取りこぼしのある路面が存在する方向に設定できるようになる。すなわちロバスト性が向上する。
その結果、目標スリップ率λ*の過度の増加補正を避けることができ、且つ制動性能とヨー安定性を両立する値に目標スリップ率λ*を補正することができる。
【0067】
(第2実施形態の効果)
(1)目標スリップ率補正手段は、同じスリップ率、例えば目標スリップ率λ*における、次の2つの条件のうちの一方を満足する場合に、上記目標スリップ率λ*を減少させる補正を行う。
1)スリップ率が増加している場合の制動摩擦係数とスリップ率が減少している場合の制動摩擦係数との差Δμが第1の所定値c1以上の場合
2)スリップ率が増加している場合のスリップ率の変化率に対する制動摩擦係数の変化率との比である、μ−λ特性曲線の接線傾き(∂μ/∂λup)が所定値以下の場合
差Δμは、不安定領域では大きくなる。また、接線傾き(∂μ/∂λup)が所定値c3よりも小さくなる。
これを利用して、2つの条件の一方を満足する場合に、目標スリップ率λ*を減少補正している。
これによって、第1実施形態に比べて、所定値c1をより適正に設定可能となり、過度にスリップ率を減少させることを防ぐことができる。
【0068】
(2)目標スリップ率補正手段は、同じスリップ率、例えば目標スリップ率λ*における、次の2つの条件のうちの一方を満足する場合に、上記目標スリップ率λ*を増加させる補正を行う。
1)スリップ率が増加している場合の制動摩擦係数とスリップ率が減少している場合の制動摩擦係数との差Δμが第2の所定値c2以下の場合
2)スリップ率が増加している場合のスリップ率の変化率に対する制動摩擦係数の変化率との比である、μ−λ特性曲線の接線傾き(∂μ/∂λup)が所定値c4以上の場合
差Δμは、安定領域では小さくなる。また、接線傾き(∂μ/∂λup)が所定値c4よりも大きくなる。
これを利用して、2つの条件の一方を満足する場合に、目標スリップ率λ*を増加補正している。
これによって、第1実施形態に比べて、所定値c2をより適正に設定可能となり、過度にスリップ率を増加させることを防ぐことができる。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】本発明に基づく実施形態に係る車両の概要構成図である。
【図2】本発明に基づく実施形態に係る作動液圧回路を説明する図である。
【図3】減圧時のブレーキ作動液の流れ、及びバルブの駆動の様子を示す図である。
【図4】ブレーキ圧を一定に保つ(保持)場合のバルブの駆動の様子を示す図である。
【図5】ブレーキ圧を増加させる場合の作動液の流れ、及びバルブの駆動の様子を示す図である。
【図6】本発明に基づく第1実施形態に係るコントローラの処理を説明する図である。
【図7】本発明に基づく第1実施形態に係る増減時における制動摩擦係数の保存処理を説明する図である。
【図8】本発明に基づく第1実施形態に係る目標スリップ率補正処理を説明する図である。
【図9】μ−λ特性曲線を示す図である。
【図10】不安定領域では増減時における制動摩擦係数の差が大きいことを示す図である。
【図11】安定領域では増減時における制動摩擦係数の差が大きいことを示す図である。
【図12】不安定領域では目標スリップ率λ*が減少することを説明する図である。
【図13】安定領域では目標スリップ率λ*が増加することを説明する図である。
【図14】本発明に基づく第2実施形態に係るコントローラ11の処理を説明する図である。
【図15】接線傾きを推定する処理を説明する図である。
【図16】接線傾きを説明する図である。
【図17】本発明に基づく第2実施形態に係る目標スリップ率補正処理を説明する図である。
【図18】本発明に基づく第2実施形態に係る不安定領域における目標スリップ率が減少補正されることを説明する図である。
【図19】本発明に基づく第2実施形態に係る安定領域における確実に目標スリップ率が増加補正されることを説明する図である。
【符号の説明】
【0070】
1 車輪
9 作動液圧回路
11 コントローラ
20 制動ユニット
c1 所定値
c2 所定値
c3 所定値
c4 所定値
Δμ 差
λ スリップ率
λ* 目標スリップ率
μ 制動摩擦係数
μdown スリップ減少時制動摩擦係数
μup スリップ増加時制動摩擦係数
【特許請求の範囲】
【請求項1】
スリップ率を検出するスリップ率検出手段と、
上記スリップ率に基づいて制動摩擦係数を演算する制動摩擦係数演算手段と、
上記スリップ率検出手段にて検出したスリップ率と上記制動摩擦係数演算手段にて演算した制動摩擦係数とに基づいて目標スリップ率を算出し、上記目標スリップ率となるように車輪への制動力を制御する制動力制御手段と、
上記スリップ率が増加している場合の制動摩擦係数と、上記スリップ率が減少している場合の制動摩擦係数との偏差を算出する偏差算出手段と、
上記偏差算出手段にて算出した偏差が所定値以上の場合、上記目標スリップ率を減少補正する目標スリップ率補正手段と、
を備えることを特徴とする制動制御装置。
【請求項2】
上記目標スリップ率補正手段は、上記スリップ率が増加している場合の制動摩擦係数とスリップ率が減少している場合の制動摩擦係数との差が所定値以下の場合に、上記目標スリップ率増加補正することを特徴とする請求項1に記載した制動制御装置。
【請求項3】
偏差算出手段は、上記増加しているときのスリップ率と上記スリップ率が減少しているときのスリップ率とが同一のスリップ率であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載した制動制御装置。
【請求項4】
上記目標スリップ率補正手段は、上記スリップ率が増加している場合の制動摩擦係数とスリップ率が減少している場合の制動摩擦係数との差が第1の所定値以上の場合に、上記目標スリップ率を減少補正し、上記制動摩擦係数の差が第2の所定値以下の場合には上記目標スリップ率を増加補正し、
上記第1の所定値を第2の所定値よりも大きな値に設定したことを特徴とする請求項1又は請求項3に記載した制動制御装置。
【請求項5】
上記目標スリップ率補正手段は、上記スリップ率が増加している場合の制動摩擦係数とスリップ率が減少している場合の制動摩擦係数との差が第1の所定値以上の場合、且つ、上記スリップ率が増加している場合のスリップ率の変化率に対する制動摩擦係数の変化率との比が所定値以下の場合に、上記目標スリップ率を減少補正することを特徴とする請求項1乃至請求項4の何れか一つに記載した制動制御装置。
【請求項6】
上記目標スリップ率補正手段は、上記スリップ率が増加している場合の制動摩擦係数とスリップ率が減少している場合の制動摩擦係数との差が第2の所定値以下の場合、且つ、上記スリップ率が増加している場合のスリップ率の変化率に対する制動摩擦係数の変化率との比が所定値以上の場合に、上記目標スリップ率を増加補正することを特徴とする請求項2乃至請求項5のいずれか一つに記載した制動制御装置。
【請求項7】
検出したスリップ率と、検出したスリップ率に基づいて演算した制動摩擦係数とに基づいて目標スリップ率を算出し、その目標スリップ率となるように車輪への制動力を制御し、上記スリップ率が増加している場合の制動摩擦係数と、上記スリップ率が減少している場合の制動摩擦係数との偏差が所定値以上の場合、上記目標スリップ率を減少補正することを特徴とする制動方法。
【請求項1】
スリップ率を検出するスリップ率検出手段と、
上記スリップ率に基づいて制動摩擦係数を演算する制動摩擦係数演算手段と、
上記スリップ率検出手段にて検出したスリップ率と上記制動摩擦係数演算手段にて演算した制動摩擦係数とに基づいて目標スリップ率を算出し、上記目標スリップ率となるように車輪への制動力を制御する制動力制御手段と、
上記スリップ率が増加している場合の制動摩擦係数と、上記スリップ率が減少している場合の制動摩擦係数との偏差を算出する偏差算出手段と、
上記偏差算出手段にて算出した偏差が所定値以上の場合、上記目標スリップ率を減少補正する目標スリップ率補正手段と、
を備えることを特徴とする制動制御装置。
【請求項2】
上記目標スリップ率補正手段は、上記スリップ率が増加している場合の制動摩擦係数とスリップ率が減少している場合の制動摩擦係数との差が所定値以下の場合に、上記目標スリップ率増加補正することを特徴とする請求項1に記載した制動制御装置。
【請求項3】
偏差算出手段は、上記増加しているときのスリップ率と上記スリップ率が減少しているときのスリップ率とが同一のスリップ率であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載した制動制御装置。
【請求項4】
上記目標スリップ率補正手段は、上記スリップ率が増加している場合の制動摩擦係数とスリップ率が減少している場合の制動摩擦係数との差が第1の所定値以上の場合に、上記目標スリップ率を減少補正し、上記制動摩擦係数の差が第2の所定値以下の場合には上記目標スリップ率を増加補正し、
上記第1の所定値を第2の所定値よりも大きな値に設定したことを特徴とする請求項1又は請求項3に記載した制動制御装置。
【請求項5】
上記目標スリップ率補正手段は、上記スリップ率が増加している場合の制動摩擦係数とスリップ率が減少している場合の制動摩擦係数との差が第1の所定値以上の場合、且つ、上記スリップ率が増加している場合のスリップ率の変化率に対する制動摩擦係数の変化率との比が所定値以下の場合に、上記目標スリップ率を減少補正することを特徴とする請求項1乃至請求項4の何れか一つに記載した制動制御装置。
【請求項6】
上記目標スリップ率補正手段は、上記スリップ率が増加している場合の制動摩擦係数とスリップ率が減少している場合の制動摩擦係数との差が第2の所定値以下の場合、且つ、上記スリップ率が増加している場合のスリップ率の変化率に対する制動摩擦係数の変化率との比が所定値以上の場合に、上記目標スリップ率を増加補正することを特徴とする請求項2乃至請求項5のいずれか一つに記載した制動制御装置。
【請求項7】
検出したスリップ率と、検出したスリップ率に基づいて演算した制動摩擦係数とに基づいて目標スリップ率を算出し、その目標スリップ率となるように車輪への制動力を制御し、上記スリップ率が増加している場合の制動摩擦係数と、上記スリップ率が減少している場合の制動摩擦係数との偏差が所定値以上の場合、上記目標スリップ率を減少補正することを特徴とする制動方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【公開番号】特開2010−95098(P2010−95098A)
【公開日】平成22年4月30日(2010.4.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−266670(P2008−266670)
【出願日】平成20年10月15日(2008.10.15)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年4月30日(2010.4.30)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年10月15日(2008.10.15)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]