説明

動力伝達装置

【課題】バックトルクリミッタ用カムが作用した際のプレッシャ部材の瞬間的な往復動作を確実に回避し、クラッチ操作時の操作性を向上させることができる動力伝達装置を提供する。
【解決手段】バックトルクリミッタ用カムによる作用で中間部材10がプレッシャ部材5側に移動する際に、複数の付勢手段(クラッチスプリングSa、Sb)のうち特定の付勢手段(クラッチスプリングSb)の他端をプレッシャ部材5から離間させて当該特定の付勢手段(クラッチスプリングSb)からプレッシャ部材5に付与される付勢力を遮断させ得る移動部材15(遮断手段)を具備したものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、任意に入力部材の回転力を出力部材に伝達させ又は遮断させ得る動力伝達装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に自動二輪車が具備する動力伝達装置は、エンジンの駆動力のミッション及び駆動輪への伝達又は遮断を任意に行わせるためのもので、エンジン側と連結された入力部材と、ミッション及び駆動輪側と連結された出力部材と、出力部材と連結されたクラッチ部材とを有しており、複数形成された駆動側クラッチ板と被動側クラッチ板とを圧接させることにより動力の伝達を行い、離間(圧接力の解放)させることにより当該動力の伝達を遮断するよう構成されている。
【0003】
より具体的には、従来の動力伝達装置は、入力部材の回転と共に回転し複数の駆動側クラッチ板が形成されたクラッチハウジングと、クラッチハウジングの駆動側クラッチ板と交互に形成された複数の被動側クラッチ板と、出力部材と連結されたクラッチ部材と、クラッチ部材の軸方向に移動が可能とされつつ当該クラッチ部材に取り付けられ、クラッチ部材に対する軸方向への移動に伴い駆動側クラッチ板と被動側クラッチ板とを圧接又は離間させ得るプレッシャ部材と、被動側クラッチ板がスプライン嵌合にて取り付けられた中間部材とを具備し、駆動側クラッチ板と被動側クラッチ板との圧接又は離間により、入力部材に入力された回転力を出力部材に伝達し又は遮断し得るよう構成されている。
【0004】
然るに、従来より、クラッチ部材に設けられたクラッチ部材側カム面と中間部材に設けられた中間部材側カム面とから成り、出力部材の回転が入力部材の回転数を上回って当該プレッシャ部材及び中間部材とクラッチ部材とが相対的に回転したとき、クラッチ部材側カム面と中間部材側カム面とによるカムの作用によって当該プレッシャ部材及びプレッシャ部材を軸方向に移動させ、駆動側クラッチ板と被動側クラッチ板とを離間させ得るバックトルクリミッタ用カムを具備したものが提案されるに至っている(例えば、特許文献1及び特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭61−96222号公報
【特許文献2】特開昭61−149618号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記従来の動力伝達装置においては、出力部材の回転が入力部材の回転数を上回って当該プレッシャ部材及び中間部材とクラッチ部材とが相対的に回転したとき、バックトルクリミッタ用カムによる作用でプレッシャ部材が移動することによって伝達トルクが下がり、当該プレッシャ部材が圧接位置(駆動側クラッチ板と被動側クラッチ板とが圧接させる位置)側へ戻ろうとするのであるが、プレッシャ部材が圧接位置に戻った際に未だ出力部材の回転が入力部材の回転数を上回っている場合、再びバックトルクリミッタ用カムが機能することとなるので、当該プレッシャ部材が圧接位置と離間位置(駆動側クラッチ板と被動側クラッチ板との圧接を開放させる位置)との間で瞬間的に往復動作してしまう現象が生じてしまう。かかる現象が生じた状態でクラッチレバーを操作しようとすると、プレッシャ部材の瞬間的な往復動作が当該クラッチレバーに伝わって振動してしまうことから、クラッチ操作時の操作性が悪化してしまうという問題があった。
【0007】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたもので、バックトルクリミッタ用カムが作用した際のプレッシャ部材の瞬間的な往復動作を確実に回避し、クラッチ操作時の操作性を向上させることができる動力伝達装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
請求項1記載の発明は、入力部材の回転と共に回転し複数の駆動側クラッチ板が形成されたクラッチハウジングと、前記クラッチハウジングの駆動側クラッチ板と交互に形成された複数の被動側クラッチ板と、出力部材と連結されたクラッチ部材と、前記クラッチ部材の軸方向に移動が可能とされつつ当該クラッチ部材に取り付けられ、クラッチ部材に対する軸方向への移動に伴い前記駆動側クラッチ板と被動側クラッチ板とを圧接又は離間させ得るプレッシャ部材と、前記被動側クラッチ板をスプライン嵌合するとともに、前記クラッチ部材とプレッシャ部材との間に介装されて当該クラッチ部材及びプレッシャ部材と共に回転し得る中間部材と、クラッチ部材から突出形成されたボス部に固定された固定部材に一端が取り付けられるとともに、前記プレッシャ部材に他端が取り付けられ、当該プレッシャ部材を中間部材及びクラッチ部材側に常時付勢し、前記駆動側クラッチ板と被動側クラッチ板とを圧接させる複数の付勢手段と、前記クラッチ部材に設けられたクラッチ部材側カム面と前記中間部材に設けられた中間部材側カム面とから成り、前記出力部材の回転が入力部材の回転数を上回って当該中間部材とクラッチ部材とが相対的に回転したとき、前記クラッチ部材側カム面と中間部材側カム面とによるカムの作用によって当該中間部材を軸方向に移動させ、前記駆動側クラッチ板と被動側クラッチ板との圧接を開放させ得るバックトルクリミッタ用カムとを有し、前記駆動側クラッチ板と被動側クラッチ板との圧接又は当該圧接の開放により、入力部材に入力された回転力を出力部材に伝達し又は遮断し得る動力伝達装置において、前記バックトルクリミッタ用カムによる作用で前記中間部材がプレッシャ部材側に移動する際に、前記複数の付勢手段のうち特定の付勢手段の他端を前記プレッシャ部材から離間させて当該特定の付勢手段から前記プレッシャ部材に付与される付勢力を遮断させ得る遮断手段を具備したことを特徴とする。
【0009】
請求項2記載の発明は、請求項1記載の動力伝達装置において、前記遮断手段は、前記付勢手段の他端と前記プレッシャ部材との間に介在した移動部材を有するとともに、当該移動部材は、前記バックトルクリミッタ用カムによる作用で前記中間部材がプレッシャ部材側に移動する際に当該中間部材にて押圧されて移動することにより前記特定の付勢手段の他端を前記プレッシャ部材から離間させ得ることを特徴とする。
【0010】
請求項3記載の発明は、請求項2記載の動力伝達装置において、前記プレッシャ部材には、前記付勢手段を収容しつつ底面が開口した凹部が形成され、その凹部のうち任意の凹部において前記特定の付勢手段及び前記移動部材を収容させるとともに、当該移動部材は、当該凹部の開口から前記中間部材側に突出した突出部を有して成ることを特徴とする。
【0011】
請求項4記載の発明は、請求項3記載の動力伝達装置において、前記凹部は、前記プレッシャ部材の同心円上周方向に複数形成されるとともに、そのうち前記特定の付勢手段及び前記移動部材を収容させた凹部は、当該プレッシャ部材の周方向に略等間隔に形成されたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
請求項1の発明によれば、バックトルクリミッタ用カムによる作用で中間部材がプレッシャ部材側に移動する際に、複数の付勢手段のうち特定の付勢手段の他端をプレッシャ部材から離間させて当該特定の付勢手段からプレッシャ部材に付与される付勢力を遮断させ得る遮断手段を具備したので、バックトルクリミッタ用カムが作用した際のプレッシャ部材の瞬間的な往復動作を確実に回避し、クラッチ操作時の操作性を向上させることができる。
【0013】
請求項2の発明によれば、遮断手段は、付勢手段の他端とプレッシャ部材との間に介在した移動部材を有するとともに、当該移動部材は、バックトルクリミッタ用カムによる作用で中間部材がプレッシャ部材側に移動する際に当該中間部材にて押圧されて移動することにより特定の付勢手段の他端をプレッシャ部材から離間させ得るので、バックトルクリミッタ用カムが作用した際のプレッシャ部材の瞬間的な往復動作を簡易な構成にてより確実に回避し、クラッチ操作時の操作性を向上させることができる。
【0014】
請求項3の発明によれば、プレッシャ部材には、付勢手段を収容しつつ底面が開口した凹部が形成され、その凹部のうち任意の凹部において特定の付勢手段及び移動部材を収容させるとともに、当該移動部材は、当該凹部の開口から中間部材側に突出した突出部を有して成るので、より確実に特定の付勢手段の他端をプレッシャ部材から離間させることができ、且つ、突出部の突出寸法を種々設定することにより、特定の付勢手段の他端をプレッシャ部材から離間させるタイミングを任意に調整することができる。
【0015】
請求項4の発明によれば、凹部は、プレッシャ部材の同心円上周方向に複数形成されるとともに、そのうち特定の付勢手段及び前記移動部材を収容させた凹部は、当該プレッシャ部材の周方向に略等間隔に形成されたので、バックトルクリミッタ用カムによる作用で中間部材がプレッシャ部材側に移動する際に特定の付勢手段の他端をプレッシャ部材から離間させるとき、プレッシャ部材を安定した状態にて保持させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の第1の実施形態に係る動力伝達装置を示す全体縦断面図
【図2】同動力伝達装置を示す斜視図
【図3】同動力伝達装置におけるバックトルクリミッタ用カムの作用前の状態を示す模式図
【図4】同動力伝達装置におけるバックトルクリミッタ用カムの作用後の状態を示す模式図
【図5】同動力伝達装置における固定部材を示す斜視図
【図6】同固定部材を他の面から見た斜視図
【図7】同動力伝達装置におけるプレッシャ部材を示す斜視図
【図8】同プレッシャ部材を他の面から見た斜視図
【図9】同動力伝達装置における中間部材を示す斜視図
【図10】同動力伝達装置におけるクラッチ部材を示す斜視図
【図11】同動力伝達装置(バックトルクリミッタ用カムの作用後の状態)を示す全体縦断面図
【図12】本発明の第2の実施形態に係る動力伝達装置を示す全体縦断面図
【図13】同動力伝達装置における固定部材を示す斜視図
【図14】同固定部材を他の面から見た斜視図
【図15】本発明の他の実施形態に係る動力伝達装置を示す全体縦断面図
【図16】本発明の第3の実施形態に係る動力伝達装置を示す全体縦断面図
【図17】同動力伝達装置(バックトルクリミッタ用カムの作用後の状態)を示す全体縦断面図
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施形態について図面を参照しながら具体的に説明する。
第1の実施形態に係る動力伝達装置は、二輪車等の車両に配設されて任意にエンジンの駆動力をミッションや駆動輪側へ伝達し又は遮断するためのもので、図1〜11に示すように、入力部材としてのギア1が形成されたクラッチハウジング2と、出力部材としてのシャフト3と連結されたクラッチ部材4と、該クラッチ部材4の図中右端側に形成されたプレッシャ部材5と、中間部材10と、クラッチハウジング2側に連結された駆動側クラッチ板6及び中間部材10側に連結された被動側クラッチ板7と、付勢手段としてのクラッチスプリングSa、Sbと、バックトルクリミッタ用カム(クラッチ部材側カム面12a及び中間部材側カム面14a)と、遮断手段としての移動部材15とから主に構成されている。尚、図中符号Scは、通常状態にてクラッチ部材側カム面12aと中間部材側カム面14aとを対峙させるべく中間部材10をクラッチ部材4側に押圧させるためのバネを示している。
【0018】
ギア1は、エンジンから伝達された駆動力(回転力)が入力されるとシャフト3を中心として回転可能とされたもので、リベット8等によりクラッチハウジング2と連結されている。該クラッチハウジング2は、同図右端側が開口した円筒状のケース部材から成り、その内周壁からは複数の駆動側クラッチ板6が形成されている。かかる駆動側クラッチ板6のそれぞれは、略円環状に形成された板材から成るとともにクラッチハウジング2の回転と共に回転し、且つ、軸方向(同図中左右方向)に摺動し得るよう構成されている。
【0019】
クラッチ部材4は、クラッチハウジング2内に配設された部材から成るものである。かかるクラッチ部材4の略中央にはシャフト3が貫通しつつスプライン嵌合により連結されており、クラッチ部材4が回転するとシャフト3も回転するよう構成されている。プレッシャ部材5は、中間部材10を介してクラッチ部材4の図1中右端側の位置に配設されたもので、クラッチスプリングSa、Sbにより同図中左方向へ常時付勢されているとともにクラッチ部材4に対する軸方向(図1中左右方向)への移動に伴い駆動側クラッチ板6と被動側クラッチ板7とを圧接又は当該圧接の開放(離間)を行わせ得るものである。
【0020】
中間部材10は、側面にスプライン溝が形成されて被動側クラッチ板7をスプライン嵌合するとともに、クラッチ部材4とプレッシャ部材5との間に介装されて当該クラッチ部材4及びプレッシャ部材5と共に回転し得るものである。より具体的には、中間部材10に形成されたスプラインは、図9に示すように、その外周側面における略全周に亘って一体的に形成された凹凸形状にて構成されており、スプラインを構成する凹溝に被動側クラッチ板7が嵌合することにより、被動側クラッチ板7の中間部材10に対する軸方向の移動を許容しつつ回転方向の移動が規制され、当該中間部材10と共に回転し得るよう構成されているのである。
【0021】
かかる被動側クラッチ板7は、駆動側クラッチ板6と交互に積層形成されており、隣接する各クラッチ板6、7が圧接又は離間可能なようになっている。即ち、両クラッチ板6、7は、中間部材10の軸方向への摺動が許容されており、プレッシャ部材5にて図1中左方向へ押圧されると圧接され、クラッチハウジング2の回転力が中間部材10を介してクラッチ部材4及びシャフト3に伝達される状態となり、プレッシャ部材5による押圧を解除すると離間してクラッチ部材4がクラッチハウジング2の回転に追従しなくなって停止し、シャフト3への回転力の伝達がなされなくなるのである。
【0022】
尚、ここでいう両クラッチ板6、7の離間とは、当該両クラッチ板6、7間にクリアランスを生じた状態である必要はなく、物理的なクリアランスが生じていなくても、圧接力が開放(解除)されてクラッチ部材4がクラッチハウジング2の回転に追従しなくなった状態(即ち、駆動側クラッチ板6が被動側クラッチ板7上を摺動する状態)をも含むものとする。
【0023】
一方、プレッシャ部材5の縁部の面は、積層状態の駆動側クラッチ板6(又は被動側クラッチ板7)のうち同図中最右部のものと当接しており、クラッチスプリングSa、Sbの付勢力を得た当該プレッシャ部材5が最右部の駆動側クラッチ板6を押圧することにより、両クラッチ板6と7とが圧接するようになっている。従って、クラッチハウジング2とクラッチ部材4とは常時連結された状態となり、ギア1に回転力が入力されるとシャフト3を回転させ得るようになっている。尚、クラッチ部材4の縁部の面は、積層状態の駆動側クラッチ板6(又は被動側クラッチ板7)のうち同図中最左部のものと当接しており、これらクラッチ部材4とプレッシャ部材5との間に被動側クラッチ板7と駆動側クラッチ板6とが交互に積層形成されている。
【0024】
然るに、シャフト3の内部には、その軸方向に延びるプッシュロッド9が配設されており、運転者が図示しない操作手段(クラッチレバー)を操作することにより当該プッシュロッド9を同図中右方向へ突出させ、プレッシャ部材5をクラッチスプリングSa、Sbの付勢力に抗して右方向へ移動させることができるようになっている。プレッシャ部材5が左方向へ移動すると、駆動側クラッチ板6と被動側クラッチ板7との圧接力が解かれ、離間状態となってギア1及びクラッチハウジング2へ入力された回転力がクラッチ部材4及びシャフト3へ伝達されず遮断されることとなる。
【0025】
即ち、プレッシャ部材5は、クラッチ部材4に対する軸方向への移動に伴い駆動側クラッチ板6と被動側クラッチ板7とを圧接又は離間(当該圧接を開放)させることができるよう構成されているのである。尚、図中符号4aは、クラッチ部材4からプレッシャ部材5側に突出形成され、クラッチスプリングSa(付勢手段)を取り付けるためのボス部を示している。また、符号Bは、当該ボス部4aに固定されたボルトを示しており、該ボルトBの頭部側に固定部材としてのステーLが取り付けられている。かかるステーLとプレッシャ部材5に形成された凹部5aの内側底面との間にクラッチスプリングSa、Sbが取り付けられている。
【0026】
プレッシャ部材5に形成された凹部5aは、図7、8に示すように、当該プレッシャ部材5の同心円上周方向に複数(本実施形態においては6つ)形成され、クラッチスプリングSa、Sb(付勢手段)を収容しつつ底面に開口5aaを有したものである。凹部5aは、内部にクラッチスプリングSa、Sbが配設されており、このうちクラッチスプリングSaを収容した凹部5aには、ボス部4aが挿通した状態とされるとともに、クラッチスプリングSbを収容した凹部5aには、開口5aa側に移動部材15が配設された状態となっている。
【0027】
ステーL(固定部材)は、クラッチ部材4から突出形成されたボス部4aの突端にボルトBにて固定されたもので、図5、6に示すように、円環状金属製部材から成るものである。このステーLには、凹部5aに対応した位置に孔部Hが形成されており、このうち、クラッチスプリングSaを収容した凹部5aに対応した孔部Hには、凸形状Haが形成されている。そして、この凸形状Haの周囲にクラッチスプリングSaの一端が固定されるようになっている。
【0028】
而して、クラッチスプリングSa、Sb(付勢手段)は、クラッチ部材4から突出形成されたボス部4aに固定されたステーL(固定部材)に一端(図1中右端)が取り付けられるとともに、移動部材15(遮断手段)を介してプレッシャ部材5に他端(図1中左端)が取り付けられ、当該プレッシャ部材5を中間部材10及びクラッチ部材4側(同図中左向き)に常時付勢し、駆動側クラッチ板6と被動側クラッチ板7とを圧接させる複数のコイルスプリングから成るものである。
【0029】
尚、ボルトBの周囲に配設された付勢手段をクラッチスプリング「Sa」(本実施形態においては3つ配設)、移動部材15に他端が取り付けられたものをクラッチスプリング「Sb」(本実施形態においては3つ配設されるとともに、本発明における「特定の付勢手段」を構成する)と符号を付したが、何れもプレッシャ部材5を中間部材10及びクラッチ部材4側(同図中左向き)に常時付勢し、駆動側クラッチ板6と被動側クラッチ板7とを圧接させるコイルスプリングから成るものである。
【0030】
ところで、図9、10に示すように、クラッチ部材4にはリベット11によりカム形成部材12が固定されているとともに、中間部材10にはリベット13によりカム形成部材14が固定されており、これらカム形成部材12、14が対向して組み付けられている。カム形成部材12には、クラッチ部材側カム面12aが形成されるとともに、カム形成部材14には、中間部材側カム面14aが形成されており、図3、4に示すように、これらクラッチ部材側カム面12aと中間部材側カム面14aとが対峙して組み付けられ、本実施形態におけるバックトルクリミッタ用カムを構成している。
【0031】
即ち、かかるバックトルクリミッタ用カムは、カム形成部材12を介してクラッチ部材4に形成されたクラッチ部材側カム面12aとカム形成部材14を介して中間部材10に形成された中間部材側カム面14aとから成り、シャフト3(出力部材)の回転がギア1等の入力部材の回転数を上回って当該中間部材10とクラッチ部材4とが相対的に回転したとき、図4に示すように、クラッチ部材側カム面12bと中間部材側カム面14aとによるカムの作用によって当該中間部材10を軸方向(図4(b)中上向き)に寸法t移動させ、駆動側クラッチ板6と被動側クラッチ板7とを離間させ得るものとされている。
【0032】
尚、図4で示すように、バックトルクリミッタ用カムの作用により中間部材10が軸方向に寸法tだけ移動すると、ボス部4aの側面が凹部5aにおける開口5aaの縁面と当接し、それ以上の変位(相対的な回転及び軸方向の変位)が規制されるよう構成されている。これにより、シャフト3(出力部材)の回転がギア1等の入力部材の回転数を上回って中間部材10とクラッチ部材4とが相対的に回転し、バックトルクリミッタ用カムが機能した際の中間部材10の軸方向の移動を所定寸法に制限することができる。
【0033】
ここで、本実施形態においては、バックトルクリミッタ用カムによる作用で中間部材10がプレッシャ部材5側(図1中右向き)に移動する際に、複数(本実施形態においては6つ)のクラッチスプリングSa、Sb(付勢手段)のうち特定のクラッチスプリングSb(特定の付勢手段)の他端をプレッシャ部材5から離間させて(図11参照)当該クラッチスプリングSb(特定の付勢手段)からプレッシャ部材5に付与される付勢力を遮断させ得る移動部材15(遮断手段)を具備している。
【0034】
移動部材15(遮断手段)は、フランジから成る基端部15aと、凹部5aの開口5aaから中間部材10(具体的には、カム形成部材14)側に突出した突出部15bを有した円筒状部材から成るものであり、基端部15aは、当該移動部材15が開口5aaから抜けてしまうのを防止する抜け止め部とされている。突出部15bは、バックトルクリミッタ用カムによる作用で中間部材10がプレッシャ部材5側に移動する際に当該中間部材10にて押圧され得る部位である。
【0035】
これにより、移動部材15は、バックトルクリミッタ用カムによる作用で中間部材10がプレッシャ部材5側に移動する際に当該中間部材10にて押圧されて図1中右側に移動することにより、図11に示すように、クラッチスプリングSb(特定の付勢手段)の他端をプレッシャ部材5から離間させることができる。即ち、バックトルクリミッタ用カムによる作用で中間部材10がプレッシャ部材5側に移動する際、複数(6つ)のクラッチスプリングSa、Sb(付勢手段)のうち特定のクラッチスプリングSb(特定の付勢手段)の他端をプレッシャ部材5から離間させて当該特定のクラッチスプリングSb(特定の付勢手段)からプレッシャ部材5に付与される付勢力を遮断させ得るのである。尚、このとき、他のクラッチスプリングSaによるプレッシャ部材5に対する付勢力は維持されるので、プレッシャ部材5に付与される付勢力は、クラッチスプリング(Sa+Sb)の付勢力からクラッチスプリング(Sb)の付勢力を減算した値とされる。
【0036】
而して、バックトルクリミッタ用カムによる作用で中間部材10がプレッシャ部材5側に移動する際に、複数の付勢手段(クラッチスプリングSa、Sb)のうち特定の付勢手段(クラッチスプリングSb)の他端をプレッシャ部材5から離間させて当該特定の付勢手段(クラッチスプリングSb)からプレッシャ部材5に付与される付勢力を遮断させ得る移動部材15を具備したので、プレッシャ部材5を動作させることなく付勢手段(クラッチスプリングSa、Sb)によるプレッシャ部材5に対する付勢力を低減させる(即ち、駆動側クラッチ板6及び被動側クラッチ板7の圧接力を低減させて圧接の開放(クラッチトルク容量の低減)を行わせる)ことができ、バックトルクリミッタ用カムが作用した際のプレッシャ部材5の瞬間的な往復動作を確実に回避し、クラッチ操作時の操作性を向上させることができる。
【0037】
また、本実施形態によれば、遮断手段は、特定の付勢手段(クラッチスプリングSb)の他端とプレッシャ部材5との間に介在した移動部材15から成るとともに、当該移動部材15は、バックトルクリミッタ用カムによる作用で中間部材10がプレッシャ部材5側に移動する際に当該中間部材10にて押圧されて移動することにより特定の付勢手段(クラッチスプリングSb)の他端をプレッシャ部材5から離間させ得るので、バックトルクリミッタ用カムが作用した際のプレッシャ部材5の瞬間的な往復動作を簡易な構成にてより確実に回避し、クラッチ操作時の操作性を向上させることができる。
【0038】
更に、プレッシャ部材5には、付勢手段(クラッチスプリングSa、Sb)を収容しつつ底面が開口した凹部5aが形成され、その凹部5aのうち任意の凹部5aにおいて特定の付勢手段(クラッチスプリングSb)及び移動部材15を収容させるとともに、当該移動部材15は、当該凹部5aの開口5aaから中間部材10側に突出した突出部15bを有して成るので、より確実に特定の付勢手段(クラッチスプリングSb)の他端をプレッシャ部材5から離間させることができ、且つ、突出部15bの突出寸法を種々設定することにより、特定の付勢手段(クラッチスプリングSb)の他端をプレッシャ部材5から離間させるタイミング(移動部材15の動作開始タイミング)を任意に調整することができる。
【0039】
また更に、凹部5aは、図7、8で示すように、プレッシャ部材5の同心円上周方向に複数形成されるとともに、そのうち特定の付勢手段(クラッチスプリングSb)及び移動部材15を収容させた凹部5aは、当該プレッシャ部材5の周方向に略等間隔(6つの凹部5aのうち1つ置きの3つ)に形成されたので(図2参照)、バックトルクリミッタ用カムによる作用で中間部材10がプレッシャ部材5側に移動する際に特定の付勢手段(クラッチスプリングSb)の他端をプレッシャ部材5から離間させるとき、クラッチスプリングSaからの付勢力がプレッシャ部材5の周方向に対して略均等に付与されることとなり、当該プレッシャ部材5を安定した状態にて保持させることができる。
【0040】
次に、本発明の第2の実施形態について説明する。
本実施形態に係る動力伝達装置は、二輪車等の車両に配設されて任意にエンジンの駆動力をミッションや駆動輪側へ伝達し又は遮断するためのもので、図12〜14に示すように、入力部材としてのギア1が形成されたクラッチハウジング2と、出力部材としてのシャフト3と連結されたクラッチ部材4と、プレッシャ部材5と、中間部材10と、クラッチハウジング2側に連結された駆動側クラッチ板6及び中間部材10側に連結された被動側クラッチ板7と、付勢手段としてのクラッチスプリングSa、Sbと、バックトルクリミッタ用カム(クラッチ部材側カム面12a及び中間部材側カム面14a)と、遮断手段としての移動部材15とから主に構成されている。尚、上記した第1の実施形態と同様の構成要素には同一の符号を付し、それらの詳細な説明を省略する。
【0041】
本実施形態に係る固定手段としてのステーL’は、第1の実施形態と同様、クラッチ部材4から突出形成されたボス部4aの突端にボルトBにて固定されたもので、図13、14に示すように、凹部5aに対応した位置に孔部Hが形成された円環状金属製部材から成るものである。このステーL’においては、隣り合う孔部Hの間の位置(即ち、クラッチスプリングSaを収容した凹部5aに対応した孔部Hと、クラッチスプリングSbを収容した凹部5aに対応した孔部Hとの間の位置)に段差L’aが形成されており、お互いの高さが相違するようになっている。
【0042】
即ち、ステーL’を組み付けた状態において、クラッチスプリングSbに対応した孔部Hが形成された面が、クラッチスプリングSaに対応した孔部Hが形成された面よりプレッシャ部材5に近い位置となるよう構成されており、クラッチスプリングSa、Sbを共に同等のコイルスプリングを用いた場合であっても、段差L’aの寸法分だけ、それらの付勢力を異ならせることができるのである。これにより、特定の付勢手段(クラッチスプリングSb)とその他の付勢手段(クラッチスプリングSa)との付勢力を異ならせることができ、バックトルクリミッタ用カムによる作用で中間部材10がプレッシャ部材5側に移動する際のトルク容量を任意に調整することができる。
【0043】
尚、本実施形態とは逆に、クラッチスプリングSbに対応した孔部Hが形成された面が、クラッチスプリングSaに対応した孔部Hが形成された面よりプレッシャ部材5から遠い位置となるよう構成してもよい。また、図15に示すように、クラッチスプリングSaを収容させた凹部5aにワッシャWを取り付け、当該クラッチスプリングSaの他端がワッシャWに当接するよう構成してもよく、この場合であっても、バックトルクリミッタ用カムによる作用で中間部材10がプレッシャ部材5側に移動する際のトルク容量を任意に調整することができる。
【0044】
次に、本発明の第3の実施形態について説明する。
本実施形態に係る動力伝達装置は、二輪車等の車両に配設されて任意にエンジンの駆動力をミッションや駆動輪側へ伝達し又は遮断するためのもので、図16、17に示すように、入力部材としてのギア1が形成されたクラッチハウジング2と、出力部材としてのシャフト3と連結されたクラッチ部材4と、プレッシャ部材5と、中間部材10と、クラッチハウジング2側に連結された駆動側クラッチ板6及び中間部材10側に連結された被動側クラッチ板7と、付勢手段としてのクラッチスプリングSa、Sbと、バックトルクリミッタ用カム(クラッチ部材側カム面12a及び中間部材側カム面14a)と、遮断手段としての移動部材15’とから主に構成されている。尚、上記した第1、2の実施形態と同様の構成要素には同一の符号を付し、それらの詳細な説明を省略する。
【0045】
本実施形態に係る移動部材15’は、同図に示すように、凹部5a内に収容された板状部材から成るものであり、特定の付勢手段としてのクラッチスプリングSbの他端とプレッシャ部材5との間に介在するとともに、バックトルクリミッタ用カムによる作用で中間部材10がプレッシャ部材5側に移動する際に当該中間部材10にて押圧されて移動することにより特定の付勢手段(クラッチスプリングSb)の他端をプレッシャ部材5から離間させ得るものである。
【0046】
具体的には、中間部材10のカム形成部材14には、特定の付勢手段(クラッチスプリングSb)を収容した凹部5aの開口5aaに対応させた位置にボルトBaが固定されており、バックトルクリミッタ用カムによる作用で中間部材10がプレッシャ部材5側に移動すると、ボルトBaの頭部が開口5aaを介して凹部5a内に至り、その過程で移動部材15’を図中右側へ押圧するので、図17に示すように、クラッチスプリングSbの他端がプレッシャ部材5の凹部5aから離間するよう構成されているのである。本実施形態によれば、移動部材15’を板状部材で構成することができるので、ボルトBaが必要となるものの、実施形態1、2のものの如く成形部品に比べ、当該移動部材15’を容易且つ安価に形成することができる。
【0047】
以上、本実施形態について説明したが、本発明はこれらに限定されず、クラッチスプリングSa、Sbに代えて他の形態の付勢手段(皿バネや弾性部材等)としてもよい。また、バックトルクリミッタ用カムによる作用で中間部材10がプレッシャ部材5側に移動する際に、複数の付勢手段(クラッチスプリングSa、Sb)のうち特定の付勢手段(クラッチスプリングSb)の他端をプレッシャ部材5から離間させて当該特定の付勢手段(クラッチスプリングSb)からプレッシャ部材5に付与される付勢力を遮断させ得る遮断手段を具備させれば、本実施形態の移動部材15、15’の如きものに限定されず、他の形態のものとしてもよい。
【0048】
また、本実施形態においては、付勢手段を6つ具備し、そのうちの3つが特定の付勢手段とされているが、付勢手段は6つ以外の複数配設されていれば足り、そのうちの所定個数(3つに限定されない)だけ特定の付勢手段を構成するようにしてもよい。尚、本発明の動力伝達装置は、二輪車の他、自動車、3輪又は4輪バギー、或いは汎用機等種々の多板クラッチ型の動力伝達装置に適用することができる。
【産業上の利用可能性】
【0049】
バックトルクリミッタ用カムによる作用で中間部材がプレッシャ部材側に移動する際に、複数の付勢手段のうち特定の付勢手段の他端をプレッシャ部材から離間させて当該特定の付勢手段からプレッシャ部材に付与される付勢力を遮断させ得る遮断手段を具備した動力伝達装置であれば、外観形状が異なるもの或いは他の機能が付加されたもの等にも適用することができる。
【符号の説明】
【0050】
1 ギア(入力部材)
2 クラッチハウジング
3 シャフト(出力部材)
4 クラッチ部材
5 プレッシャ部材
5a 凹部
5aa 開口
6 駆動側クラッチ板
7 被動側クラッチ板
8 リベット
9 プッシュロッド
10 中間部材
11 リベット
12 カム形成部材
12a クラッチ部材側カム面(バックトルクリミッタ用カム)
13 リベット
14 カム形成部材
14a 中間部材側カム面(バックトルクリミッタ用カム)
15、15’ 移動部材(遮断手段)
15b 突出部
Sa、Sb クラッチスプリング(付勢手段)
Sb クラッチスプリング(特定の付勢手段)
L ステー(固定部材)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
入力部材の回転と共に回転し複数の駆動側クラッチ板が形成されたクラッチハウジングと、
前記クラッチハウジングの駆動側クラッチ板と交互に形成された複数の被動側クラッチ板と、
出力部材と連結されたクラッチ部材と、
前記クラッチ部材の軸方向に移動が可能とされつつ当該クラッチ部材に取り付けられ、クラッチ部材に対する軸方向への移動に伴い前記駆動側クラッチ板と被動側クラッチ板とを圧接又は離間させ得るプレッシャ部材と、
前記被動側クラッチ板をスプライン嵌合するとともに、前記クラッチ部材とプレッシャ部材との間に介装されて当該クラッチ部材及びプレッシャ部材と共に回転し得る中間部材と、
クラッチ部材から突出形成されたボス部に固定された固定部材に一端が取り付けられるとともに、前記プレッシャ部材に他端が取り付けられ、当該プレッシャ部材を中間部材及びクラッチ部材側に常時付勢し、前記駆動側クラッチ板と被動側クラッチ板とを圧接させる複数の付勢手段と、
前記クラッチ部材に設けられたクラッチ部材側カム面と前記中間部材に設けられた中間部材側カム面とから成り、前記出力部材の回転が入力部材の回転数を上回って当該中間部材とクラッチ部材とが相対的に回転したとき、前記クラッチ部材側カム面と中間部材側カム面とによるカムの作用によって当該中間部材を軸方向に移動させ、前記駆動側クラッチ板と被動側クラッチ板との圧接を開放させ得るバックトルクリミッタ用カムと、
を有し、前記駆動側クラッチ板と被動側クラッチ板との圧接又は当該圧接の開放により、入力部材に入力された回転力を出力部材に伝達し又は遮断し得る動力伝達装置において、
前記バックトルクリミッタ用カムによる作用で前記中間部材がプレッシャ部材側に移動する際に、前記複数の付勢手段のうち特定の付勢手段の他端を前記プレッシャ部材から離間させて当該特定の付勢手段から前記プレッシャ部材に付与される付勢力を遮断させ得る遮断手段を具備したことを特徴とする動力伝達装置。
【請求項2】
前記遮断手段は、前記付勢手段の他端と前記プレッシャ部材との間に介在した移動部材を有するとともに、当該移動部材は、前記バックトルクリミッタ用カムによる作用で前記中間部材がプレッシャ部材側に移動する際に当該中間部材にて押圧されて移動することにより前記特定の付勢手段の他端を前記プレッシャ部材から離間させ得ることを特徴とする請求項1記載の動力伝達装置。
【請求項3】
前記プレッシャ部材には、前記付勢手段を収容しつつ底面が開口した凹部が形成され、その凹部のうち任意の凹部において前記特定の付勢手段及び前記移動部材を収容させるとともに、当該移動部材は、当該凹部の開口から前記中間部材側に突出した突出部を有して成ることを特徴とする請求項2記載の動力伝達装置。
【請求項4】
前記凹部は、前記プレッシャ部材の同心円上周方向に複数形成されるとともに、そのうち前記特定の付勢手段及び前記移動部材を収容させた凹部は、当該プレッシャ部材の周方向に略等間隔に形成されたことを特徴とする請求項3記載の動力伝達装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【公開番号】特開2011−153655(P2011−153655A)
【公開日】平成23年8月11日(2011.8.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−14917(P2010−14917)
【出願日】平成22年1月27日(2010.1.27)
【出願人】(000128175)株式会社エフ・シー・シー (109)
【Fターム(参考)】