説明

医療用器具及びその使用

【課題】抗菌性を有し、術中感染を防止可能な医療用器具を提供すること。
【解決手段】本発明の医療用器具は、基材及び該基材の表面に形成された光触媒性金属酸化物層を備え、前記光触媒性金属酸化物層がプラズマソースイオン注入成膜法により形成されたものであることを特徴とする。これにより、金属酸化物層の光触媒作用により表面に付着した細菌を殺菌して抗菌・殺菌状態を持続することが可能になるため、術中感染を十分に防止することの可能な医療用器具を提供することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は医療用器具及びその使用方法に関し、より詳細には抗菌性を有し、術中感染を防止可能な医療用器具及びその使用に関する。
【背景技術】
【0002】
外科領域において金属材料は、その優れた強度と靭性などを有することから人工関節や骨接合部品として広く普及しており、体内に埋入される材料の70%以上を占めている。しかし、その一方で金属材料などは細菌感染の温床とも成り得る。一旦、金属材料の周囲に感染が起こると極めて難治性となり、通常その金属材料を除去して感染の鎮静化を図る必要がある。術後感染が発症すると、感染治療のために手術や長期入院、更には膨大な医療費が必要になり、患者に過度の苦痛と負担を強いることになる。このため、原疾患に対する治療は先送りとなり、種々の合併症併発の危険性も高くなる。こうしたことから、これまで術後感染を防止すべく様々な努力がなされてきたが、現在なお外科手術例の1〜2%に術後感染を合併するといわれている。
【0003】
術後感染症の多くは、術中の細菌感染が原因である。滅菌された包装体から金属材料を取り出して体内に埋入するまでの間に、金属材料に菌が付着することが一因であると考えられる。よって、金属材料を埋入するまでの間に、金属材料の抗菌性が維持できれば、術後感染率を低下せしめることが可能になると推察される。
【0004】
このような問題を解決すべく次のような提案がなされている。例えば、特許文献1には、金属イオンを含有する酸化チタンコーティングをインプラント上に塗布し乾燥して表面に金属イオン含有酸化チタン層を形成することで、インプラント上における細菌の増殖を阻害できると記載されている。
【特許文献1】特表2006−502762号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記インプラントにおいては、細菌増殖の抑制機序が金属イオンの溶出にあるため、生体内で金属アレルギーが生じやすくなる。また、上記酸化チタン層はコーティング液を塗布して形成されることから、膜強度が必ずしも十分でなく、酸化チタン層が剥離して生体内で基材の腐食や異物反応を惹起する虞がある。このように、合併症併発を抑制しつつ、外科領域で最も問題となる術中感染の防止に有効な医療用器具が未だ存在しないのが実情である。
【0006】
本発明はこのような実情に鑑みなされたものであり、その解決しようとする課題は抗菌性を有し、術中感染を防止可能な医療用器具及びその使用方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記課題を解決するため鋭意研究を重ねた結果、基材上にプラズマソースイオン注入成膜法により光触媒作用を有する金属酸化物層を形成させた医療用器具とすることで上記課題が解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
(1)基材と、該基材の表面に形成された光触媒性金属酸化物層とを備え、該光触媒性金属酸化物層がプラズマソースイオン注入成膜法により形成されたものである、医療用器具。
(2)上記光触媒性金属酸化物層が上記プラズマソースイオン注入成膜法により形成した後において、650℃超の温度でアニーリングしたものである、上記(1)記載の医療用器具。
(3)上記基材が金属、合金、ガラス、セラミックス、プラスチック及び複合材料のうちのいずれかで構成される、上記(1)又は(2)記載の医療用器具。
(4)上記光触媒性金属酸化物層が酸化チタン、酸化錫、酸化亜鉛、三酸化ビスマス、三酸化タングステン、酸化第二鉄及びチタン酸ストロンチウムのうちのいずれかで構成される、上記(1)〜(3)のいずれかに記載の医療用器具。
(5)インプラント又は手術用器具である、上記(1)〜(4)のいずれかに記載の医療用器具。
(6)光照射して使用に供される、上記(1)〜(5)のいずれかに記載の医療用器具。(7)使用前に光照射する、上記(1)〜(5)のいずれかに記載の医療用器具の使用。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、基材上にプラズマソースイオン注入成膜法で形成した金属酸化物層を有するために、金属酸化物の光触媒作用により表面に付着した細菌を殺菌し抗菌・殺菌状態を持続することができる。これにより、外科領域で最も問題となる術中感染を十分に抑制することの可能な医療用器具を提供することが可能になる。また、プラズマソースイオン注入成膜法で形成した金属酸化物層は基材の材質を問わず密着性に優れ剥離し難いために、特に体内に埋入される医療用器具においては基材の腐食や異物反応を抑制することができる。このように、本発明の医療用器具は、生体適合性にも優れている。
したがって、本発明の医療用器具を使用すれば、術後感染治療のための手術や長期入院による患者の苦痛や、医療費の負担を軽減することが可能になることから、外科領域(整形外科、形成外科を含む)のみならず、歯科領域においても有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。
先ず、本発明の医療用器具について説明する。
本発明の医療用器具は、基材と、該基材の表面に形成された光触媒性金属酸化物層とを備えており、光触媒性金属酸化物層がプラズマソースイオン注入成膜法により形成されたものであることを特徴とする。
【0011】
基材としては医療用器具に使用されているものであれば特に限定されるものではないが、例えば、金属、合金、ガラス、セラミックス、プラスチック、複合材料が挙げられる。
金属としては、例えば、チタン、アルミニウム、鉄、バナジウム、ニオブ、タンタルが挙げられ、中でもチタンが好適である。
合金としては、例えば、鋳鉄、ステンレス、チタン合金、チタン−アルミニウム−バナジウム合金、コバルト−クロム−モリブデン合金、ステンレス鋼、鉄クロムニッケル合金、バイタリウム、金合金、銀合金が挙げられ、中でも、ステンレス、チタン合金、コバルト−クロム−モリブデン合金が好適である。
ガラスとしては、例えば、ソーダ石灰ガラス、鉛ガラス、ホウケイ酸ガラス、シリカガラス、アルカリバリウムガラス、アルミノホウケイ酸ガラス、ホウ酸塩ガラス、石英ガラスが挙げられる。
セラミックスとしては、例えば、アルミナ、ジルコニア、窒化アルミニウム、窒化珪素、炭化珪素、サイアロン、ハイドロキシアパタイト(リン酸カルシウム)が挙げられる。
【0012】
プラスチックとしては、ポリオレフィン系樹脂(例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン)、ポリスチレン系樹脂(例えば、ポリスチレン、AS樹脂、ABS樹脂)、フッ素樹脂(例えば、ポリテトラフルオロエチレン)、塩化ビニル樹脂、アクリル樹脂、ポリアミド樹脂、ポリカーボネート、ポリフェニレンオキシド、ポリエステル樹脂(例えば、PET、PBT)、ポリイミド樹脂、エポキシ樹脂、シリコーン樹脂が挙げられる。
複合材料としては、例えば、熱硬化性樹脂(例えば、不飽和ポリエステル、エポキシ樹脂)を繊維で強化したFRP、熱可塑性樹脂(例えば、ポリアミド、ポリカーボネート)を繊維で強化したFRTPが挙げられ、繊維としては、例えば、ガラス繊維、炭素繊維、アラミド繊維、ボロン繊維が挙げられる。
中でも、基材としては、金属、セラミックスが好適に使用される。なお、医療用器具が単一の基材でなく、複数の基材で構成される場合には、個々の基材は異なる材質で構成されていてもよい。
【0013】
また、金属酸化物は光触媒性を有すれば特に限定されるものでなく、例えば、酸化チタン、酸化錫、酸化亜鉛、三酸化ビスマス、三酸化タングステン、酸化第二鉄、チタン酸ストロンチウムが挙げられる。中でも、酸化チタンが好ましく、酸化チタンの結晶型はアナターゼ型でも、ルチル型であってもよい。また、アナターゼ及びルチルの混合物、あるいはアナターゼ、ルチル及びアモルファスの混合物であってもよく、その場合、アナターゼを主成分として含有するものが好適である。中でも、酸化チタンとしては、単相アナターゼ又はアナターゼを主成分とする混合物であって、結晶化度の高いものが好適である。
なお、金属酸化物の結晶型はX線回折により確認することが可能であるが、例えば、本発明において好適に使用される酸化チタンは、(004)優先配向性を示す。また、結晶化度は、X線回折ピーク(2θ)の半値幅に基づいて確認することが可能であり、半値幅が小さいほど結晶化度が高いことを意味する。
ここで、本明細書において、光触媒性金属酸化物とは、金属酸化物結晶の伝導電子帯と価電子帯との間のエネルギーギャップよりも大きなエネルギーの光(短波長の光)を照射したときに、価電子帯中の電子の励起によって少なくとも伝導電子と正孔とを生起し得る金属酸化物をいう。本発明においては、生成した正孔、イオン、あるいはラジカル等の化学種により医療用器具の表面に付着した細菌が殺菌される。
【0014】
金属酸化物層はプラズマソースイオン注入成膜法により形成されるが、例えば、以下の方法が挙げられる。
[1]真空容器内に基材を絶縁固定し、次いで金属アルコキシドを加熱気化させて原料ガスとして真空容器内に導入すると同時に、減圧状態に維持する。次いで、真空容器内に設置されたアンテナに高周波を伝送することによって、高周波放電によるプラズマを生成させる。そして、基材に負電位のパルス電圧を繰り返し印加することによってプラズマ中のイオンを基材に吸引加速し、注入と同時に基材上に金属酸化物を成膜させる。
[2]真空容器内に基材を絶縁固定し減圧状態にした後、金属アルコキシドを加熱気化させて原料ガスとして真空容器内に導入する。次いで、基材に放電を生じない電圧の範囲内で接地電位に対して負の直流電圧を印加し、電極アンテナを使用することなく基材の周囲にプラズマを発生させるとともに、該直流電圧に重ねて接地電位に対して負のパルス電圧を印加する。そして、プラズマ雰囲気中のイオンを基材の表面に注入するとともに、基材上に金属酸化物を成膜させる。
上記成膜法において、減圧状態にするには、例えば真空ポンプを使用することができる。また、金属アルコキシドとしては、金属酸化物層を形成すべき金属を含むアルコキシドを使用することができる。例えば、酸化チタン層を形成する場合、アルコキシ基の炭素数が2〜10のチタニウムアルコキシドを使用することができ、具体的には、チタニウムテトラエトキシド、チタニウムテトライソプロポキシド、チタニウムテトラブトキシド等が挙げられる。中でも、酸化チタンの堆積速度が速く、配向膜の結晶構造の制御が容易であることから、チタニウムテトライソプロポキシドが好適である。
【0015】
上記[1]の成膜条件はその種類や基材の材質により一様ではないが、例えば、以下のとおりである。
・減圧度 :0.1〜10Pa、好ましくは0.5〜5Pa
・基材温度 :室温〜400℃、好ましくは室温〜300℃
・高周波出力 :20〜500W、好ましくは50〜300W
・パルス電圧 :−2〜−50kV、好ましくは−10〜−30kV
・パルス周波数:0.05〜5kHz、好ましくは0.1〜2kHz
・パルス時間 :2.5〜200μs、好ましくは5〜100μs
【0016】
上記[2]の成膜条件もその種類や基材の材質により一様ではないが、例えば、以下のとおりである。
・減圧度 :0.1〜10Pa、好ましくは0.5〜5Pa
・基材温度 :室温〜400℃、好ましくは室温〜300℃
・パルス電圧 :−2〜−50kV、好ましくは−10〜−30kV
・パルス周波数:0.05〜5kHz、好ましくは0.1〜2kHz
・パルス時間 :2.5〜200μs、好ましくは5〜100μs
・直流電圧 :−0.1〜−5kV、好ましくは−0.5〜−4kV
【0017】
次いで、得られた金属酸化物層をアニーリングすることが望ましい。これにより、光触媒作用をより一層高めることができる。アニーリングは、例えば、温度が600℃超(好ましくは650〜750℃)で、0.5〜5時間(好ましくは1〜2時間)である。なお、本発明者らは、酸化チタン層の場合、650℃、700℃又は750℃の温度でアニーリングすることで単相アナターゼ又はアナターゼを主成分とするものであって、かつ結晶化度の高い酸化チタンが確実に得られ、しかもアニーリング温度が高いほど、光触媒作用が増強されるとの知見を得ている。
【0018】
金属酸化物層の厚みは光触媒作用を発揮できれば特に限定されないが、通常0.2〜5μm、好ましくは0.3〜2μmである。厚みが0.2μm未満であると、光触媒作用が十分得難くなる傾向にある。他方、5μmを超えると、金属酸化物層の剥離が起こるおそれがある。
【0019】
本発明においては、金属酸化物層の形成にプラズマソースイオン注入成膜法を採用することで以下の効果が得られる。すなわち、原料の気化温度やその供給量、基材温度、パルス電圧、直流電圧等を調整することで、所望の結晶構造、配向性、厚み等を有する金属酸化物を容易に得ることが可能になる。また、金属やセラミックスの耐熱性材料だけでなく、プラスチック等の比較的耐熱性の低い材料を使用することが可能であり、しかも金属酸化物の密着性がよく剥離し難いため基材の腐食や異物反応を防止できる。
さらに、電極アンテナを使用する成膜法においては該アンテナ周辺のプラズマ密度が高いために、該アンテナに対向しない基材表面を成膜し難い場合があるが、上記[2]の成膜法においては電極アンテナを使用しないため基材表面全体に均一な金属酸化物層を形成できる。また、上記[2]の成膜法においては、基材の周囲にプラズマが生成されるため、基材の外周に沿って金属酸化物層を形成することができる。よって、三次元立体物であっても均一に金属酸化物層を容易に形成することが可能である。このように、基材の材質や形状を問わずに、その全表面に密着性が高く剥離し難い所望の金属酸化物層を形成することができることから、上記[2]の成膜法が好適である。
また、本発明に係る金属酸化物層は金属イオンを含有しないため、金属アレルギーを惹起する虞がない。更に、基材としてステンレス等の合金を使用した場合に、金属酸化物層によりステンレス中のニッケル等の溶出が抑制されるため、金属アレルギーが起こり難いという利点もある。
このように、本発明の医療用器具は、金属酸化物層の剥離に起因する基材の腐食及び異物反応、更には金属アレルギーの虞がないことから、生体適合性に優れた医療用器具を提供することが可能になる。
【0020】
なお、金属酸化物層を形成するには、例えば、基材として金属や合金を使用し、これを酸化することでその表面に金属酸化物層を形成する方法も考えられるが、加熱酸化時に金属酸化物層の剥離が起きやすく、また光触媒作用を発現性よく所望の膜厚に調整するのが難しく、更に基材が金属や合金に限定されるという問題もある。また、上述のように、金属アルコキシド等を含む塗布液をゾル−ゲル法によりコーティングし乾燥した後、焼成して金属酸化物層を形成する方法も考えられるが、金属酸化物層の密着性が不十分で基材から剥離しやすく、生体内での異物反応が危惧される。異物反応が起こると、体内組織との適合性が悪化して不良肉芽形成や骨癒合不全等を惹起し、皮膚障害や全身の臓器不全等の虞があり、最悪の場合、アナフィラキシーショックで生命の危険すらある。これらの成膜方法は、製造効率や生体適合性の点で問題がある。なお、ゾル−ゲル法により形成された酸化チタンは、(101)優先配向性を示す。
【0021】
医療用器具としては生体に適用される器具であれば特に限定されるものではないが、例えば、インプラント、手術用器具が挙げられる。ここで、本明細書において、インプラントとは、生体内に埋入するための器具をいい、例えば、プレート、髄内釘、ねじ、各種スクリュー、鋼線、ピン、インストゥルメント、人工関節、人工弁、ペースメーカー、各種カテーテル、ダイアライター、プローブ、ワイヤ、ポンプ、カニューレ、チューブ、ステント、チップ、コネクター、ワッシャー、ナット、ロッド、フック、ケーブル、バンド、アンカー、ボタン、クリップ、プラグ、人工喉頭、人工食道、バルブ、人工肺、人工血管、人工レンズ、コンタクトレンズ、人工角膜、歯科材料が挙げられる。また、手術用器具とは、生体内に移植されることなく専ら手術の用に供される器具をいい、例えば、メス、鉗子、ハサミ、クランプ、ピンチ、クリップ、ゾンデ、ペアンやコッヘル等の止血鉗子、布鉗子・消毒鉗子等の特殊鉗子、各種持針器、筋鉤類、吸引嘴管・リュエル、剪刀・クレーボ・スタンチェ・骨メス・メスホルダー等の刃物類が挙げられる。また、上記器具を収容するための容器としてもよく、例えば、トレー、バット、コンテナ、バスケット、カスト、メイヨ台、湿布缶等が挙げられる。容器には、蓋がなくても、開閉自在の蓋が付いてもよい。
【0022】
次に、本発明の医療用器具の使用方法を説明する。
本発明の医療用器具は、例えば、光照射により表面に被覆された金属酸化物が励起されてフリーラジカル等が発生し、フリーラジカル等により表面に付着した細菌等を殺菌することができる。
上述のとおり、術後感染症の多くは術中の細菌感染が原因であるため、本発明においては、かかる細菌感染を防止すべく、使用前の医療用器具に光照射して抗菌・殺菌状態にする。照射すべき光は金属酸化物の種類によって異なるが、光触媒作用を発現するために必要な波長を有する光を照射する。例えば、金属酸化物層が酸化チタンで構成される場合、通常波長254〜400nm、好ましくは300〜400nmの紫外線領域の光を照射し、照度は3mW/cm以下とする。このような紫外線を照射するために、例えば、UVA又はUVB光源を有するランプを使用することができる。また、照射時間は、通常1分〜5時間、好ましくは0.5〜4時間、より好ましくは1〜2時間である。かかる光照射により、例えば、インプラント等の埋入手術時間(数時間〜最大5時間)を通して、使用する医療用器具の抗菌・殺菌状態を持続することができるので、術中感染の防止に有効である。
【0023】
通常、蛍光灯等の照明装置の下で施術されるが、蛍光灯は中心波長が350〜365nm程度の紫外線を多く含んでいる。よって、紫外線領域で光触媒性を発現する酸化チタンで表面を被覆した医療用器具を使用すれば、術中における抗菌・殺菌状態をより確実に持続することができる。これにより、術中感染をより確実に防止することが可能になる。また、波長300nm未満の紫外線は人体に危険であるが、例えば波長300〜400nmの紫外線は人体に対する影響が少ないという利点もある。なお、使用する蛍光灯の照度は、0.001mW/cm以上、好ましくは0.01mW/cm以上、より好ましくは0.1mW/cm以上である。
【実施例】
【0024】
以下、本発明の実施例についてさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0025】
(実施例1)
内径500mm、長さ650mmの真空容器内にステンレス製プレート(長さ10mm、幅10mm、厚み1mm)を絶縁固定した。次いで、マントルヒーターで加熱気化したチタニウムテトライソプロポキシドを原料ガスとして真空容器内に導入すると同時に、真空ポンプを作動させて真空容器内を減圧状態(約5×10−3torr(約6.7×10−1Pa))に維持した。次いで、負の直流電圧と負のパルス電圧を重畳した電圧をプレートに印加することにより、真空容器内にプラズマを生成させた。プレートに負電位のパルス電圧を繰り返し印加することによって、プラズマ中の正イオンをプレートに吸引加速し、注入と同時にプレート上に酸化チタン膜を成膜した。プレート上に成膜された酸化チタンの膜厚は約324nmであった。
【0026】
なお、酸化チタンの成膜条件は以下のとおりである。
・直流電圧 :−0.9kV
・パルス電圧 :−17.1kV
・パルス周波数:100Hz
・パルス時間 :100μs
・基板温度 :100〜300℃
次いで、酸化チタン膜が形成されたプレートをオーブン内で、温度650℃で1時間加熱した。X線回折により、プレートの表面には、単相のアナターゼ型酸化チタン膜が形成されていることを確認した。X線回折パターンを図1に示す。図1中、「A」はアナターゼ型結晶に特徴的な回折ピークである。
【0027】
(実施例2)
パルス電圧を−14.1kVに変更したこと以外は実施例1と同様の方法により、単相のアナターゼ型酸化チタン膜が表面に形成されたプレートを得た。なお、酸化チタンの膜厚は、926nmであった。
【0028】
(実施例3)
パルス周波数を1kHzに変更したこと以外は実施例1と同様の方法により、単相のアナターゼ型酸化チタン膜が表面に形成されたプレートを得た。なお、酸化チタンの膜厚は、586nmであった。
【0029】
(実施例4)
ステンレス製プレートをチタン製プレートに変更したこと以外は、実施例3と同様の方法により、単相のアナターゼ型酸化チタン膜が表面に形成されたプレートを得た。なお、酸化チタンの膜厚は、586nmであった。
【0030】
[評価試験]
(光触媒性の評価)
実施例1〜4で得られたプレート、未処理のステンレス製プレート(control 1)及び未処理のチタン製プレート(control 2)を用いて紫外線照射下でのメチレンブルー分解による光触媒作用を次のようにして評価した。
Staphylococcus aureus (strain Seattle 1945)をTSB培地内で培養し、その菌液に、予め紫外線照射した各プレートを沈下させた。なお、紫外線照射は、5〜16Wのブラックライトにて2時間行なった。各プレートを取り出して再度培養した。クリスタルバイオレット液で染色した後、表面の余分な染色液を溶出、除去した。各プレート表面の画像をデジタル顕微鏡で任意の8箇所を撮影し、染色された面積をNIH imageを用いて解析し、統計学的検討を行なった。実施例1〜3及びcontrol 1における菌付着・増殖率を図2に示し、実施例4及びcontrol 2における菌付着・増殖率を図3に示す。
【0031】
実施例1〜4で得られたプレートは、光触媒作用によるメチレンブルー分解能を有していた。このことから、実施例1〜4で得られたプレートは、酸化チタン膜により菌の付着及び増殖が抑制されることが確認された。
【0032】
(チタン製プレート表面への抗菌性の付与)
実施例4で得られたプレート及び未処理のチタン製プレートを用いて、酸化チタン処理の有無及び紫外線照射の有無と、菌の生存率の関連性について検討した。
Staphylococcus aureus(strain Seattle 1945、黄色ブドウ球菌)をTSB培地で1×10CFU/ml(CFU:コロニーフォーミングユニット)に調整し、各試料に滴下した。次いで、紫外線照射サンプルについては、ブラックライトによる紫外線3.0mW/cmを照射した。
図4は、紫外線を30分間照射した後にプレートから菌を回収して、BHI培養キットを使用して回収した菌を培養し、培養開始から24時間後にCFUを算出することにより生菌率を測定した結果を示す。紫外線を照射しない場合には、プレートに既に付着している菌の生菌率に変化はみられなかった。プレートに紫外線を照射すると、未処理のチタン製プレート上で生菌率の減少が観察され、酸化チタン処理したチタン製プレートにおいては、生菌率はさらに有意に減少することが明らかとなった。この結果から、酸化チタン処理したチタン製プレートへの紫外線照射により、黄色ブドウ球菌に対して有意な殺菌効果が得られることが明らかとなった。
図5は、紫外線照射時間とTC培地上で測定した生菌率の相関関係を示す。紫外線照射していない未処理のチタン製プレート及び酸化チタン処理したチタン製プレートでは、120分間経過しても、プレートに既に付着している菌の生菌率には、あまり変化は見られなかった。一方で、30分間紫外線処理した未処理のチタン製プレートでは生菌率は有意に減少し、酸化チタン処理したチタン製プレートにおいては、さらに劇的に生菌率の減少が観察された。酸化チタン処理したチタン製プレートへの紫外線照射時間が増加するに伴って、生菌率はさらに減少し、30分照射では約7%の生菌率であったのに対し、60分照射では約0.9%にまで減少した。この結果から、紫外線照射時間が長くなると、殺菌効果が増強されることが示された。
【0033】
(ステンレス製プレート表面への抗菌性の付与)
実施例1で得られたプレート及び未処理のステンレス製プレートを用いること以外は、上記のチタン製プレートの場合と同様の方法にて、酸化チタン処理の有無及び紫外線照射の有無と、菌の生存率の関連性について検討した。
図6Aは、紫外線を60分間照射したこと以外は、図4と同様の実験を行った。図6Bでは、紫外線60分間の照射に加え、さらに、BHI培養キットをTC培養キットに変更したこと以外は図4と同様の実験を行った。これらの実験から酸化チタン処理したステンレス製プレートに紫外線を照射すると、未処理のステンレス製プレートに紫外線を照射した時の生菌率の減少度合に比較して、生菌率はさらに減少することが明らかとなった。この結果から、酸化チタン処理したステンレス製プレートへの紫外線照射により、黄色ブドウ球菌に対して有意な殺菌効果が得られたことが示された。
以上の結果から、酸化チタン処理したチタン製又はステンレス製プレートはいずれも、紫外線を照射することによって、既に付着している黄色ブドウ球菌を有意に殺菌し得ることが明らかとなった。これは、紫外線により酸化チタン膜の光触媒作用が誘発されて、プレートが殺菌状態になった結果得られた効果であると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】実施例1においてプレートに形成した酸化チタン層のX線回折パターンを示す図である。
【図2】ステンレス製プレートにおける菌付着・増殖率を示す図である。
【図3】チタン製プレートにおける菌付着・増殖率を示す図である。
【図4】チタン製プレートにおける、紫外線照射と生菌率の相関を示す図である。
【図5】チタン製プレートにおける、紫外線照射時間と生菌率の相関を示す図である。
【図6】ステンレス製プレートにおける、紫外線照射と生菌率の相関を示す図である。(A)BHI培地において測定した生菌率を示す。(B)TC培地において測定した生菌率を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、
該基材の表面に形成された光触媒性金属酸化物層と
を備え、
該光触媒性金属酸化物層がプラズマソースイオン注入成膜法により形成されたものである、医療用器具。
【請求項2】
前記光触媒性金属酸化物層が前記プラズマソースイオン注入成膜法により形成した後において、650℃超の温度でアニーリングしたものである、請求項1記載の医療用器具。
【請求項3】
前記基材が金属、合金、ガラス、セラミックス、プラスチック及び複合材料のうちのいずれかで構成される、請求項1又は2記載の医療用器具。
【請求項4】
前記光触媒性金属酸化物層が酸化チタン、酸化錫、酸化亜鉛、三酸化ビスマス、三酸化タングステン、酸化第二鉄及びチタン酸ストロンチウムのうちのいずれかで構成される、請求項1〜3のいずれか一項に記載の医療用器具。
【請求項5】
インプラント又は手術用器具である、請求項1〜4のいずれか一項に記載の医療用器具。
【請求項6】
光照射して使用に供される、請求項1〜5のいずれか一項に記載の医療用器具。
【請求項7】
使用前に光照射する、請求項1〜5のいずれか一項に記載の医療用器具の使用。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2008−80113(P2008−80113A)
【公開日】平成20年4月10日(2008.4.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−223283(P2007−223283)
【出願日】平成19年8月29日(2007.8.29)
【出願人】(504205521)国立大学法人 長崎大学 (226)
【出願人】(000214191)長崎県 (106)
【Fターム(参考)】