説明

半導体インゴットの切断方法、固定砥粒ワイヤソー及びウエハ

【課題】固定砥粒ワイヤソーを用いた半導体インゴットの切断効率を向上するのに好適な半導体インゴットの切断方法及び固定砥粒ワイヤソーを提供する。
【解決手段】固定砥粒ワイヤ10を、メインローラ18A,18Bに複数回巻き掛けて構成したワイヤ列20をその長手方向に走行させて、走行するワイヤ列20に半導体インゴット50を押し当てることで、半導体インゴット50を複数箇所で同時に切断して複数枚のウエハへと加工するに際して、切断時のワイヤ走行速度Vwを、100[m/min]<Vw<400[m/min]の範囲内の速度とした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面に複数の砥粒が固定された固定砥粒ワイヤから構成される固定砥粒ワイヤソーを用いた、半導体インゴットの切断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、複数の溝付きローラに巻掛けされ、表面に砥粒が固着された固定砥粒ワイヤを軸方向に往復走行させ、ワークを往復走行する固定砥粒ワイヤに押し当てて切り込み送りし、ワークをウエハ状に切断するワイヤソーによるワークの切断技術が開示されている(特許文献1参照)。特許文献1に係る発明では、シリコンインゴットや化合物半導体インゴット等のワークを、ワイヤソーを用いてウエハ状に切断するに際して、固定砥粒ワイヤの走行速度を、400〜800[m/min]にすることができるとしている(段落0041参照)。
【0003】
また、例えば、特許文献2には、高強度のワイヤの外周面上に超砥粒を固着したワイヤソーでもってワイヤソー列を形成し、このワイヤソーを1000[m/min]以上2500[m/min]以下の線速で走行させて、シリコンインゴット等の硬脆材料をウエハへと切断する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2011−20197号公報
【特許文献2】特開2001−54850号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、ワイヤソーによる被加工物のウエハへの切断加工において、走行するワイヤのうねり等によってウエハへと加工途中での意図しない切断が生じる。これはウエハの脱落という現象であり、例えば、多結晶半導体インゴットを切断する場合に、ワイヤの走行速度を速くしていくことで、この脱落数が上昇する傾向にある。
本発明者らは、このワイヤ走行速度の上昇によるウエハ脱落数の上昇に着目して、ワイヤの走行速度Vwを逆に従来速度(400[m/min]以上)よりも遅い速度にして多結晶半導体インゴットを切断する実験を行った。この実験により、ワイヤの走行速度を従来速度よりも遅くしていくことで、ウエハの脱落数が、従来速度の場合と比較して減少する傾向にあることを発見した。
【0006】
そこで、本発明は、このような観点からなされたものであって、固定砥粒ワイヤソーを用いた半導体インゴット、特に多結晶半導体インゴットの切断効率を向上するのに好適な半導体インゴットの切断方法、固定砥粒ワイヤソー及び該切断方法又は該ワイヤソーを用いて作製されたウエハを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
〔態様1〕 上記目的を達成するために、態様1に記載の半導体インゴットの切断方法は、表面に複数の砥粒が固定された固定砥粒ワイヤをその長手方向に走行させ、走行させた前記固定砥粒ワイヤで半導体インゴットを切断する切断方法において、前記半導体インゴットを切断時の前記固定砥粒ワイヤソーのワイヤ走行速度Vwを、100[m/min]<Vw<400[m/min]の範囲内の速度とした。
これにより、従来の400[m/min]以上のワイヤ走行速度で半導体インゴットを切断した場合と比較して、ウエハの脱落数を低減することが可能となる。
【0008】
〔態様2〕 更に、態様2に記載の半導体インゴットの切断方法は、態様1の構成に対して、切断位置での前記固定砥粒ワイヤの張力を、使用するワイヤの直径に対して2390[N/mm2]以上に制御する。
これにより、半導体インゴットを切断時のワイヤのぶれ量を低減することが可能となる。
【0009】
〔態様3〕 更に、態様3に記載の半導体インゴットの切断方法は、態様1又は2の構成に対して、前記固定砥粒ワイヤソーは、前記固定砥粒ワイヤを、軸平行に対向配置した複数のローラに一定ピッチで巻き回して構成された複数のワイヤ列を有し、
前記複数のワイヤ列を長手方向に走行させ、走行させた前記複数のワイヤ列で同時に前記半導体インゴットを切断可能に構成されている。
これにより、半導体インゴットを同時に複数枚のウエハへと加工することが可能となる。
【0010】
〔態様4〕 一方、上記目的を達成するために、態様4に記載の固定砥粒ワイヤソーは、表面に複数の砥粒が固定された固定砥粒ワイヤをその長手方向に走行させ、走行させた前記固定砥粒ワイヤで半導体インゴットを切断する固定砥粒ワイヤソーであって、
前記半導体インゴットを切断時のワイヤ走行速度Vwを、100[m/min]<Vw<400[m/min]の範囲内の速度に制御する制御部を備える。
【0011】
このような構成であれば、固定砥粒ワイヤのワイヤ走行速度を100[m/min]<Vw<400[m/min]の範囲内の速度で走行させて、半導体インゴットを切断することが可能となる。
これにより、従来の400[m/min]以上のワイヤ走行速度で半導体インゴットを切断する場合と比較して、ウエハの脱落数を低減することが可能となる。
【0012】
〔態様5〕 また、上記目的を達成するために、態様5に記載のウエハは、態様1から3のいずれか1に記載した切断方法を用いて作製されたことを特徴とする。
従来よりも脱落数を低減可能な上記切断方法を用いて作製されるウエハであるので、少なくとも、従来の走行速度に対して脱落要因となる箇所について、従来方法を用いて作製されたウエハと比較して加工寸法等の精度の高いウエハとなる。
【0013】
〔態様6〕 また、上記目的を達成するために、態様6に記載のウエハは、態様4に記載したワイヤソーを用いて作製されたことを特徴とする。
従来よりも脱落数を低減可能なワイヤソーを用いて作製されるウエハであるので、少なくとも、従来の走行速度に対して脱落要因となる箇所について、従来のワイヤソーを用いて作製されたウエハと比較して加工寸法等の精度の高いウエハとなる。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る半導体インゴットの切断方法及び固定砥粒ワイヤソーによれば、従来のワイヤ走行速度で多結晶半導体インゴットを切断した場合と比較して、ウエハの脱落数を低減することができるという効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】(a)及び(b)は、固定砥粒ワイヤソーの主要構成の一例を模式的に示すものである。
【図2】(a)は、固定砥粒ワイヤ10を長手方向に沿って切断した場合の断面図であり、(b)は長手方向と直交する方向に沿って切断した場合の断面図である。
【図3】ワイヤ列20による、半導体インゴット50の切断の様子を模式化した図である。
【図4】切断時のワイヤ張力増加の仕組みを模式化した図である。
【図5】実施例に係る切断試験に基づくワイヤ走行速度とウエハの脱落枚数率との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態を図面に基づき説明する。図1〜図5は、本発明に係る半導体インゴットの切断方法及び固定砥粒ワイヤソーの実施形態を示す図である。
(構成)
以下、本発明に係る固定砥粒ワイヤソーの主要構成を図1〜図4に基づき説明する。図1(a)及び(b)は、固定砥粒ワイヤソーの主要構成の一例を模式的に示すものである。図2(a)は、固定砥粒ワイヤ10を長手方向に沿って切断した場合の断面図であり、(b)は長手方向と直交する方向に沿って切断した場合の断面図である。図3は、ワイヤ列20による、半導体インゴット50の切断の様子を模式化した図である。図4は、切断時のワイヤ張力増加の仕組みを模式化した図である。
【0017】
固定砥粒ワイヤソー1は、図1(a)及び(b)に示すように、固定砥粒ワイヤ10と、ワイヤボビン12A,12Bと、メインローラ18A,18Bと、テンションローラ16A,16Bと、ガイドローラ14A〜14Dと、モータ24A,24Bとを備える。
固定砥粒ワイヤ10は、表面に砥粒の固定されたワイヤであり、長さL(例えば、〜[km])の1本のワイヤから構成されている。
【0018】
本実施形態では、固定砥粒ワイヤ10は、図2(a)及び(b)に示すように、高張力線材等の素材によるワイヤ素線100と、ダイヤモンド、CBN、SiC、GC、アルミナ等の材質による砥粒102と、ワイヤ素線100と砥粒102とを固着している固着材104(バインダ)とから構成されている。なお、砥粒の固着方法については、電着、有機材料または無機材料による固着(熱硬化等)の樹脂固定等が用いられているが、本発明はこれらに限定されるものではない。また、素線の材質は、ピアノ線や高抗張力非金属繊維線(ファイバ等を含む)でもよい。
【0019】
図1に戻って、メインローラ18A,18Bは、水平方向に所定間隔(例えば、650[mm])を空けて軸平行に並設されていると共に、それぞれ回転可能に支持されている。更に、メインローラ18A,18Bは、それぞれ、ローラ表面に一定ピッチ(例えば、325[μm])で軸方向に並んで形成された、ローラ回転方向に沿った複数の溝(不図示)を有している。
【0020】
固定砥粒ワイヤ10は、ローラ表面に形成された複数の溝におけるメインローラ18A,18Bのそれぞれ対向位置にある溝に沿って巻き掛けられていると共に、メインローラ18A,18Bの軸方向の一端側から他端側へと順次溝をシフトしながら巻き掛けられている。これにより、各対向位置にある溝に掛け回されたワイヤ部分は、その長手方向がメインローラ18A,18Bの軸方向(長手方向)と直交する。加えて、これら軸方向と直交する複数のワイヤ部分によって、メインローラ18A,18Bの軸方向に一定ピッチで並ぶワイヤ列20を構成している。
【0021】
また、固定砥粒ワイヤ10の巻き掛け開始側から延びる一端側は、ガイドローラ14A,14C、テンションローラ16Aを介して、ワイヤボビン12Aに巻き付けられている。一方、固定砥粒ワイヤ10の巻き掛け終了側から延びる他端側は、ガイドローラ14B,14D、テンションローラ16Bを介して、ワイヤボビン12Bに巻き付けられている。
【0022】
また、ワイヤボビン12Aは、モータ24Aから付与される回転駆動力によって回転可能に設けられている。この構成により、モータ24Aの順回転又は逆回転のいずれか一方の回転駆動力の付与に応じて、ワイヤボビン12Aが回転し、ワイヤボビン12Aに巻き付けられている固定砥粒ワイヤ10がメインローラ18A,18bへと繰り出される。更に、モータ24Aの順回転又は逆回転のいずれか他方の回転駆動力の付与に応じて、ワイヤボビン12Aが回転し、固定砥粒ワイヤ10をワイヤボビン12Aに巻き取る。
【0023】
また、ワイヤボビン12Bは、モータ24Bから付与される回転駆動力によって回転可能に設けられている。この構成により、モータ24Bの順回転又は逆回転のいずれか一方の回転駆動力の付与に応じて、ワイヤボビン12Bが回転し、ワイヤボビン12Bに巻き付けられている固定砥粒ワイヤ10がメインローラ18A,18bへと繰り出される。更に、モータ24Bの順回転又は逆回転のいずれか他方の回転駆動力の付与に応じて、ワイヤボビン12Bが回転し、固定砥粒ワイヤ10をワイヤボビン12Bに巻き取る。
【0024】
また、メインローラ18Aは、駆動ローラとなっており、不図示の駆動モータから付与される回転駆動力によって回転する。一方、メインローラ18Bは、駆動ローラもしくは従動ローラとなっており、不図示の駆動モータから付与される回転駆動力によって回転するか、もしくはメインローラ18A及び固定砥粒ワイヤ10を介して付与される回転駆動力によってメインローラ18Aと同じ回転方向に回転する。以下、メインローラ18Aを駆動ローラ18Aと称し、メインローラ18Bを従動ローラ18Bと称す。
【0025】
テンションローラ16Aは、アクチュエータ26Aから付与される押圧力によって、固定砥粒ワイヤ10に張力を付与する。また、テンションローラ16Bは、アクチュエータ26Bから付与される押圧力によって、固定砥粒ワイヤ10に張力を付与する。
図1(a)及び(b)に示すように、固定砥粒ワイヤソー1は、更に、ワイヤ列20の上方に配設された、2つのクーラントノズル22と、ボールねじ30と、モータ33と、ワークフィードテーブル34と、スライスベース36とを備える。
【0026】
クーラントノズル22は、被加工物である半導体インゴット50の切断時において、ワイヤ列20と半導体インゴット50との接触部分に対して、不図示の電動ポンプによって所定水圧で供給されるクーラントを噴射するためのノズルである。
ここで、クーラントは、例えば、上記接触部分で発生する熱を冷却するための冷却性、切断抵抗を低減するための潤滑性付与、加工後のウエハの洗浄性、金属部品に対する防錆性、水と被加工物との反応抑制性などの性質を有するように構成された水系の液体である。
【0027】
ボールねじ30は、ねじ軸31と、ナット32と、図示しないが、ねじ軸31の外径面に形成された第1転動溝と、ナット32の内径面に形成されたねじ軸31の第1転動溝と対向する第2転動溝と、第1転動溝と第2転動溝との間に形成された転動体転動路と、転動体転動路に装填された複数の転動体(ボール)とを備えている。ねじ軸31の下端は、ワークフィードテーブル34の上面に固定されている。更に、ねじ軸31には、ねじ軸31を回転可能にモータ33が連結されている。ナット32はその外径面が不図示のブラケットに固定されている。そして、モータ33から付与される回転駆動力によってねじ軸31を回転させると、転動体の転動を介してねじ軸31が鉛直方向に往復移動(上下動)し、ワークフィードテーブル34が不図示の案内装置に沿って往復移動(上下動)する。
【0028】
本実施形態において、半導体インゴット50は、接着部材によって、スライスベース36に固定されている。そして、半導体インゴット50は、このスライスベース36を介してワークフィードテーブル34の下部に着脱自在に装着される。
ここで、本実施形態では、各種モータを制御することで、ワイヤボビン12A、12B、駆動ローラを同期駆動して、固定砥粒ワイヤ10を、予め設定したワイヤ走行速度Vwで往復走行させる。このとき、本実施形態では、ワイヤボビン12Aを供給側とし、ワイヤボビン12Bを巻き取り側として、固定砥粒ワイヤ10の大部分をワイヤボビン12Aに巻き付ける。そして、ワイヤボビン12Aにおいて、例えば、固定砥粒ワイヤ10を100[m]繰り出して90[m]巻き取るといった回転動作をさせる。その一方で、ワイヤボビン12Bにおいて、ワイヤボビン12Aと同期させて、固定砥粒ワイヤ10を100[m]巻き取って90[m]繰り出すといった回転動作をさせる。これにより、固定砥粒ワイヤ10を往復走行させると共に、新たなワイヤ部分を供給する。つまり、この例では、往復走行1回ごとに、切断に寄与するワイヤ列20に10[m]ずつ新たなワイヤ部分が追加され、切断に用いられたワイヤ部分がワイヤボビン12Bに10[m]ずつ巻き取られていく。
【0029】
固定砥粒ワイヤ10を往復走行させる一方で、モータ33によってボールねじ30のねじ軸31を回転駆動してワークフィードテーブル34を一定速度(例えば、0.80[mm/min])で下降させる。これにより、設定されたワイヤ走行速度Vwで往復走行するワイヤ列20に、スライスベース36を介してワークフィードテーブル34に装着された半導体インゴット50が押し当てられていく。ワイヤ列20に押し当てられた半導体インゴット50は、図3に示すように、一定のワイヤピッチ(例えば、325[μm])で並列するワイヤ列20によって同時に複数箇所が切削されていく。このようにして、半導体インゴット50を一定ピッチで複数同時に切断し、複数枚のウエハへと加工する。
【0030】
そのために、固定砥粒ワイヤソー1は、図1(b)に示すように、各種モータ、アクチュエータ、電動ポンプ等の動作を制御する制御部70を備える。
制御部70は、設定されたワイヤ走行速度Vwに応じて、モータ24A,24B及び駆動ローラ18Aの駆動モータを制御する。本実施形態では、設定されたワイヤ走行速度Vwを目標速度とし、固定砥粒ワイヤ10の現在の走行速度や、各モータの状態(回転速度等)を検出する不図示の検出器からの検出情報に基づき各モータをフィードバック制御する。これにより、半導体インゴット50を切断時のワイヤ走行速度が、設定された目標速度Vwを維持するように制御される。
【0031】
なお、本実施形態では、半導体材料から形成される半導体インゴット又はこのインゴットから形成される半導体ブロック(以下、双方を区別せずに半導体インゴットと称す)を切断のターゲットとしている。そして、制御部70によって、半導体インゴットの切断時において、ワイヤ走行速度を、100[m/min]<Vw<400[m/min]の範囲内の速度に制御している。
【0032】
ここで、多結晶シリコンインゴット等の半導体インゴットを切断する場合、特に多結晶半導体インゴットは、局所的に結晶粒の大きさが変わるために局所的に硬さが変動することが知られている。また、多結晶半導体インゴットは、インゴット成長の際にインゴット内に混入した窒化ケイ素などの介在物の付近において、切断時にワイヤのぶれが発生することも知られている。
【0033】
本発明者らは、実験によって、従来の単結晶シリコンインゴットを切断する際と同じワイヤ走行速度で多結晶シリコンインゴットを切断した場合に、ワイヤ走行速度が高速化していくほどウエハの脱落数が増加する傾向にあることを見いだした。その一方で、ワイヤ走行速度を400[m/min]よりも低速へと低下させていくことで、ウエハの脱落数が減少し、かつ安定領域に入ることを見いだした。但し、ワイヤ走行速度が100[m/min]以下となると切断性能が低下してしまい、必要とする切断能力を得られなかった。
【0034】
このような経緯から、本実施形態では、半導体インゴット、特に多結晶のインゴットを切断するにあたって、ワイヤ走行速度Vwを、100[m/min]<Vw<400[m/min]の範囲内の速度に制御するようにした。なお、この速度範囲において、特に、300[m/min]以下の範囲において、ウエハの脱落数が最も減少しているのを確認した。従って、半導体インゴットを切断するにあたって、ワイヤ走行速度Vwを100[m/min]<Vw≦300[m/min]の範囲内の速度に制御することがより好ましい。
【0035】
また、制御部70は、予め設定されたワイヤ張力Fに応じて、アクチュエータ26A,26Bを制御する。本実施形態では、設定されたワイヤ張力Fを目標張力とし、固定砥粒ワイヤ10の現在の張力や、アクチュエータの状態(押圧力等)を検出する不図示の検出器からの検出情報に基づき各アクチュエータをフィードバック制御する。これにより、半導体インゴット50を切断時の切断位置(ワイヤ列20)でのワイヤ張力が、設定された目標張力Fになるように制御される。
【0036】
ここで、半導体インゴット50を切断時のワイヤ列20の張力は、ワイヤ列20に半導体インゴット50を一定速度で押し当てていくことに応じて、下式(1)に従って変化していく。
Ftn=Ft1+μFN1+μFN2+・・・μFN(n−1)+μFNn (1)
上式(1)において、Ftnは、ワイヤ列20をn巻目の張力である。Ft1は、半導体インゴット50を押し当てる前の初期張力である。μFN1,μFN2,・・・μFN(n−1),μFNnは、それぞれ、ワイヤ列20を、1,2,・・・,(n−1),n巻目の半導体インゴット50の一定速度の押し当てによって増加する張力である。
【0037】
ワイヤ列20の張力は、半導体インゴット50がワイヤ列20に押し当てられた状態で一定速度で下降し続けるため、上式(1)に従って増加し続ける。従って、図4に示すように、半導体インゴット50を押し当ててから1巻後の張力Ft2は、初期張力Ft1に、増加分のμFN1を加算した張力(Ft2=Ft1+μFN1)となる。
ここで、ワイヤ列20の張力が増加しすぎると、ワイヤの断線が発生する。その一方で、ワイヤ列20の張力が低すぎると、半導体インゴット50を切断時のワイヤのぶれ幅(うねり)が大きくなり、隣接するワイヤとの合体等が生じてウエハの脱落数が増加する。
【0038】
本実施形態では、ワイヤの母線径がφ120[μm]の場合は、このぶれ幅を考慮して、初期張力Ft1として27[N]以上のワイヤ張力を設定するようにした。そして、制御部70によるアクチュエータ26A,26Bの制御によって、テンションローラ16A,16Bを介してワイヤ列20に付与される張力を制御し、設定した27[N]以上の張力を維持するようにしている。なお、ワイヤ張力の上限は、ワイヤの強度や装置構成によって上限が決まる。
【0039】
以上、本実施形態に係る固定砥粒ワイヤソー1を用いた、半導体インゴットの切断方法によれば、半導体インゴット50を切断時のワイヤ走行速度Vwを、100[m/min]<Vw<400[m/min]の範囲内の速度に制御するようにした。これにより、従来の400[m/min]以上の速度で切断する場合と比較して、ウエハの脱落数を低減することができる。
また、半導体インゴット50を切断時の固定砥粒ワイヤソー1の切断位置(ワイヤ列20)での張力をφ120[μm]のワイヤで27[N]以上(2390[N/mm2]以上)に制御するようにした。これにより、27[N](2390[N/mm2]未満)に制御した場合と比較して、切断時のワイヤのぶれ幅を低減することができる。
【0040】
(変形例)
なお、上記実施形態において、半導体インゴット50をワイヤ列20の上方から鉛直方向に下降して押し当てる構成を例に挙げて説明したが、この構成に限らない。ワイヤ列20の向きを別の方向にし、その方向に合わせて、半導体インゴット50を別の方向から移動するようにして、押し当てる構成としてもよい。
また、上記実施形態において、ワークフィードテーブル34を、ボールねじ30をモータで駆動して上下動する構成を例に挙げて説明したが、この構成に限らない。
例えば、リニアアクチュエータを用いて、ワークフィードテーブル34を直進運動させて、半導体インゴット50をワイヤ列20に押し当てる構成など、他の構成としてもよい。
【0041】
また、上記実施形態において、ワイヤ列20を、往復走行させて被加工物を切削かつ切断する例を挙げて説明したが、この構成に限らず、ワイヤボビン12A、12Bの一方をワイヤ繰り出し側とし、他方をワイヤ巻き取り側として、一方向にワイヤを走行させて被加工物を切削かつ切断する構成とするなど、他の構成としてもよい。
また、上記実施形態において、ワイヤ列20を構成するメインローラを2つとしたが、この構成に限らず、メインローラを3つ以上とする構成としてもよい。
【0042】
また、上記実施形態において、2つのメインローラ18A,18Bのうち、18Aを駆動ローラとして、モータで回転駆動する構成を例に挙げて説明したが、この構成に限らない。
例えば、メインローラは回転自在に設けておき、ワイヤボビン12A,12Bを回転駆動するモータだけで回転駆動する構成や、メインローラの全てをモータで回転駆動する構成など他の構成としてもよい。
【0043】
また、上記実施形態は、本発明の好適な具体例であり、技術的に好ましい種々の限定が付されているが、本発明の範囲は、上記の説明において特に本発明を限定する旨の記載がない限り、これらの形態に限られるものではない。また、上記の説明で用いる図面は、図示の便宜上、部材ないし部分の縦横の縮尺は実際のものとは異なる模式図である。
また、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる範囲での変形、改良等は本発明に含まれるものである。
【実施例】
【0044】
以下、図5に基づき、上記実施形態の固定砥粒ワイヤソー1を用いた実施例を説明する。
図5は、実施例に係る切断試験に基づくワイヤ走行速度とウエハの脱落枚数率との関係を示す図である。
本実施例においては、半導体インゴット50として、太陽電池用の多結晶シリコンインゴット(W:156[mm]×H:156[mm]×L:250[mm])を採用した。また、固定砥粒ワイヤ10として、旭ダイヤモンド工業製のワイヤ(線径φ130[μm]、平均砥粒径12〜25[μm]、線長30[km])を使用し、ワイヤピッチは325[μm]とした。そして、ワイヤ走行方向を往復走行とし、ワイヤ走行速度を200[m/min]〜1400[m/min]の範囲で、100[m/min]刻みで設定し、かつワイヤ張力を32[N]に設定して、各設定速度における切断試験を実施した。なお、切断時のワークフィードテーブル34の下降速度を0.8[mm/min]に設定した。また、加工液として、ユシロ化学工業製のクーラントを使用した。また、同じワイヤ走行速度に対して3回ずつ切断を行った。
【0045】
このような測定条件において切断試験を行った結果、ワイヤ走行速度とウエハの脱落枚数率(試験3回の平均値)との関係として図5に示す試験結果が得られた。図5において、「○」は各測定速度における平均値を示し、「エ」字状の縦に伸びる棒線は各測定速度におけるウエハ脱落枚数率のばらつきの範囲を示す。
【0046】
なお、脱落枚数率は、以下により求める。まず、1または複数のシリコンインゴットを切断する場合、1回の切断(1ショット)当たりのスライス枚数は、
スライス枚数=[(インゴットのワイヤと直交する方向の長さ)×(1ショット当たりのインゴット数)]/[ワイヤピッチ]
で求められ、ウエハ脱落枚数率は、
ウエハ脱落枚数率=[スライス中に脱落したウエハ枚数]/[スライス枚数]
で求められる。
【0047】
図5に示すように、単結晶シリコンインゴットの切断に一般的に用いられている600[m/min]〜800[m/min]の速度帯では、脱落枚数率が約0.5〜2.0[%]となっていると共に、同じ走行速度での脱落枚数率にばらつきがあることが解る。一方、400[m/min]未満の速度帯では、ウエハの脱落枚数率が約0.2[%]以下で安定しており、600[m/min]〜800[m/min]の速度帯と比較して、ウエハの脱落枚数率が低くなっていることが解る。加えて、脱落枚数率がばらけずに安定していることも解る。
【0048】
また、ワイヤ走行速度を800[m/min]よりも高速化した場合、1200[m/min]の速度帯までは、ウエハの脱落枚数率が約0.5〜3.0[%]となっており、400[m/min]未満の速度帯と比較して、ウエハの脱落枚数率のばらつきが大きくかつ脱落枚数率が高くなっている。
以上実施例にて判明したように、固定砥粒ワイヤソーによる、半導体インゴットの切断加工において、インゴットが多結晶であっても、ワイヤ走行速度Vwを、100[m/min]<Vw<400[m/min]にすれば、従来の400[m/min]以上のワイヤ走行速度での加工時と比較して、ウエハの脱落枚数率を低減することができる。
【符号の説明】
【0049】
1 固定砥粒ワイヤソー
10 固定砥粒ワイヤ
12A,12B ワイヤボビン
14A〜14D ガイドローラ
16A,16B テンションローラ
18A,18B メインローラ
20 ワイヤ列
22 クーラントノズル
24A,24B,33 モータ
26A,26B アクチュエータ
30 ボールねじ
34 ワークフィードテーブル
36 スライスベース
50 半導体インゴット
70 制御部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面に複数の砥粒が固定された固定砥粒ワイヤをその長手方向に走行させ、走行させた前記固定砥粒ワイヤで半導体インゴットを切断する切断方法において、
前記半導体インゴットを切断時の前記固定砥粒ワイヤソーのワイヤ走行速度Vwを、100[m/min]<Vw<400[m/min]の範囲内の速度としたことを特徴とする半導体インゴットの切断方法。
【請求項2】
切断位置での前記固定砥粒ワイヤの張力を、使用するワイヤの直径に対して2390[N/mm2]以上に制御することを特徴とする請求項1に記載の半導体インゴットの切断方法。
【請求項3】
前記固定砥粒ワイヤソーは、前記固定砥粒ワイヤを、軸平行に対向配置した複数のローラに一定ピッチで巻き回して構成された複数のワイヤ列を有し、
前記複数のワイヤ列を長手方向に走行させ、走行させた前記複数のワイヤ列で同時に前記半導体インゴットを切断可能に構成されていることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の半導体インゴットの切断方法。
【請求項4】
表面に複数の砥粒が固定された固定砥粒ワイヤをその長手方向に走行させ、走行させた前記固定砥粒ワイヤで半導体インゴットを切断する固定砥粒ワイヤソーであって、
前記半導体インゴットを切断時のワイヤ走行速度Vwを、100[m/min]<Vw<400[m/min]の範囲内の速度に制御する制御部を備えることを特徴とする固定砥粒ワイヤソー。
【請求項5】
請求項1から請求項3のいずれか一項に記載した切断方法を用いて作製されたことを特徴とするウエハ。
【請求項6】
請求項4に記載したワイヤソーを用いて作製されたことを特徴とするウエハ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−99795(P2013−99795A)
【公開日】平成25年5月23日(2013.5.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−243472(P2011−243472)
【出願日】平成23年11月7日(2011.11.7)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【出願人】(000139687)株式会社安永 (23)
【Fターム(参考)】