説明

四輪駆動車両の制御装置

【課題】 制動時における四輪駆動車両の利点を最大限に活かしながら、四輪の同時ロックによる車両挙動の不安定化を回避する。
【解決手段】 後輪WRL,WRRの駆動力の一部を前輪WFL,WFRに配分可能なトランスファークラッチCTを備えた四輪駆動車両の制御装置において、低摩擦係数路面が判定され、かつ運転者の制動操作が検出されたときにトランスファークラッチCTの締結を所定時間だけ解除するので、トランスファークラッチCTにより相互に連結された四輪が同時にロック状態に陥るのを防止し、車両の横方向の挙動が乱れる前に、四輪に発生する車輪速差により横滑り防止装置(ABS装置)の作動を可能にして車両挙動の安定を確保することができる。しかもトランスファークラッチCTが締結解除される時間が必要最小限に抑えられるので、制動時における車両の安定性が高まるという四輪駆動車両の利点を最大限に活かすことができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主駆動輪の駆動力の一部を副駆動輪に配分可能なトランスファークラッチを備えた四輪駆動車両の制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
かかる四輪駆動車両の制御装置において、フットブレーキあるいはエンジンブレーキが作動した状態で車両の横加速度が所定値以上になった場合に、トランスファークラッチを締結解除して四輪駆動状態から二輪駆動状態に切り換えることで、四輪の全てがロック状態になって車両がスピンするのを防止するものが、下記特許文献1により公知である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第3070078号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら上記従来のものは、車両の横加速度が所定値以上になってからトランスファークラッチを締結解除するので、トランスファークラッチが締結解除して四輪駆動状態から二輪駆動状態に切り換わったときには既に車両がスピンに入りかけている場合があり、車両がスピンするのを確実に防止できない可能性があった。
【0005】
このような不都合を回避するには、四輪駆動状態でフットブレーキあるいはエンジンブレーキが作動した場合にトランスファークラッチを一律に締結解除してしまえば良いが、このようにすると、制動時の車両の安定性を高めるという四輪駆動車両の利点を有効に活かすことができなくなる問題がある。
【0006】
本発明は前述の事情に鑑みてなされたもので、制動時における四輪駆動車両の利点を最大限に活かしながら、四輪の同時ロックによる車両挙動の不安定化を回避することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、請求項1に記載された発明によれば、主駆動輪の駆動力の一部を副駆動輪に配分可能なトランスファークラッチを備えた四輪駆動車両の制御装置において、低摩擦係数路面を判定する低摩擦係数路面判定手段と、運転者の制動操作を検出する制動操作検出手段と、前記主駆動輪および前記副駆動輪の車輪速に基づいて四輪の制動力を個別に制御可能な制動力制御手段と、前記低摩擦係数路面判定手段が低摩擦係数路面を判定し、かつ前記制動操作検出手段が運転者の制動操作を検出したとき、前記トランスファークラッチの締結を所定時間だけ解除することで前記制動力制御手段の作動を可能にするトランスファークラッチ制御手段とを備えることを特徴とする四輪駆動車両の制御装置が提案される。
【0008】
また請求項2に記載された発明によれば、請求項1の構成に加えて、前記低摩擦係数路面判定手段は、車両の前後加速度あるいは横加速度が所定値以下のときに低摩擦係数路面を判定することを特徴とする四輪駆動車両の制御装置が提案される。
【0009】
尚、実施の形態の横滑り防止装置51は本発明の制動力制御手段に対応し、実施の形態のブレーキスイッチ52dは本発明の制動操作検出手段に対応し、実施の形態の低摩擦係数路面判定部62は本発明の低摩擦係数路面判定手段に対応し、実施の形態のトランスファークラッチ制御部63は本発明のトランスファークラッチ制御手段に対応し、実施の形態の左右の後輪WRL,WRRは本発明の主駆動輪に対応し、実施の形態の左右の前輪WFL,WFRは本発明の副駆動輪に対応する。
【発明の効果】
【0010】
請求項1の構成によれば、主駆動輪の駆動力の一部を副駆動輪に配分可能なトランスファークラッチを備えた四輪駆動車両の制御装置において、低摩擦係数路面判定手段が低摩擦係数路面を判定し、かつ制動操作検出手段が運転者の制動操作を検出したとき、トランスファークラッチ制御手段がトランスファークラッチの締結を所定時間だけ解除するので、トランスファークラッチにより相互に連結された主駆動輪および副駆動輪が同時にロック状態に陥るのを防止し、車両の横方向の挙動が乱れる前に、四輪に発生する車輪速差に基づいて制動力制御手段を作動させて車両挙動の安定を確保することができる。しかもトランスファークラッチが締結解除される時間が必要最小限に抑えられるので、制動時における車両の安定性が高まるという四輪駆動車両の利点を最大限に活かすことができる。
【0011】
また請求項2の構成によれば、低摩擦係数路面判定手段は車両の前後加速度あるいは横加速度が所定値以下のときに低摩擦係数路面を判定するので、低摩擦係数路面を高精度で判定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】四輪駆動車両の駆動力伝達系を示す図。
【図2】トルク配分機構のスケルトン図。
【図3】4WD電子制御ユニットの構成を示すブロック図。
【図4】中低車速域での左旋回時におけるトルク配分機構の作用を示す図。
【図5】中低車速域での右旋回時におけるトルク配分機構の作用を示す図。
【図6】差動制限時におけるトルク配分機構の作用を示す図。
【図7】トランスファークラッチの制御を説明するタイムチャート。
【図8】実施の形態の作用を説明するフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、図1〜図8に基づいて本発明の実施の形態を説明する。
【0014】
図1に示すように、フロントエンジン・リヤドライブの車両をベースとした四輪駆動車両は、副駆動輪である左右の前輪WFL,WFRと、主駆動輪である左右の後輪WRL,WRRとを備える。車体前部に縦置きに搭載したエンジンEの後端にトランスミッションMおよびトランスファーTが接続されており、トランスファーTがプロペラシャフト1を介してリヤディファレンシャルギヤDrと一体のトルク配分機構Aに接続される。リヤディファレンシャルギヤDrおよびトルク配分機構Aの左端および右端から左右に延びる左車軸ARLおよび右車軸ARRに、それぞれ左後輪WRLおよび右後輪WRRが接続される。またトランスファーTがトランスファークラッチCTを介してフロントディファレンシャルギヤDfに接続されており、フロントディファレンシャルギヤDfから左右に延びる左車軸AFLおよび右車軸AFRに、それぞれ左前輪WFLおよび右前輪WFRが接続される。従ってトランスファークラッチCTを締結することで車両を四輪駆動状態とし、トランスファークラッチCTを締結解除することで車両を後輪駆動状態とすることができる。
【0015】
図2に示すように、トルク配分機構Aには、プロペラシャフト1の後端に設けた駆動ベベルギヤ2に噛み合う従動ベベルギヤ3から駆動力が伝達されるリヤディファレンシャルギヤDrが一体に設けられる。リヤディファレンシャルギヤDrはダブルピニオン式の遊星歯車機構よりなり、前記従動ベベルギヤ3と一体に形成されたリングギヤ4と、このリングギヤ4の内部に同軸に配設されたサンギヤ5と、前記リングギヤ4に噛み合うアウタプラネタリギヤ6および前記サンギヤ5に噛み合うインナプラネタリギヤ7を、それらが相互に噛み合う状態で支持するプラネタリキャリヤ8とから構成される。リヤディファレンシャルギヤDrは、そのリングギヤ4が入力要素として機能するとともに、一方の出力要素として機能するサンギヤ5が右出力軸9Rおよび右車軸ARRを介して右後輪WRRに接続され、また他方の出力要素として機能するプラネタリキャリヤ8が左出力軸9Lおよび左車軸ARLを介して左後輪WRLに接続される。
【0016】
左右の後輪WRL,WRR間で駆動力を配分するトルク配分機構Aは遊星歯車機構よりなり、そのキャリヤ部材11が右出力軸9Rの外周に回転自在に支持されるとともに、円周方向に90°間隔で配置された4本のピニオン軸12の各々に、第1ピニオン13、第2ピニオン14および第3ピニオン15を一体に形成した3連ピニオン部材16が回転自在に支持される。
【0017】
右出力軸9Rの外周に回転自在に支持されて前記第1ピニオン13に噛み合う第1サンギヤ17は、リヤディファレンシャルギヤDrのプラネタリキャリヤ8に連結される。また右出力軸9Rの外周に固定された第2サンギヤ18は前記第2ピニオン14に噛み合う。更に、右出力軸9Rの外周に回転自在に支持された第3サンギヤ19は前記第3ピニオン15に噛み合う。
【0018】
実施の形態における第1ピニオン13、第2ピニオン14、第3ピニオン15、第1サンギヤ17、第2サンギヤ18および第3サンギヤ19の歯数は以下のとおりである。
【0019】
第1ピニオン13の歯数 Zb=16
第2ピニオン14の歯数 Zd=16
第3ピニオン15の歯数 Zf=32
第1サンギヤ17の歯数 Za=30
第2サンギヤ18の歯数 Zc=26
第3サンギヤ19の歯数 Ze=28
第3サンギヤ19は右出力軸9Rの外周に嵌合するスリーブ21および右クラッチCRを介してトルク配分機構Aのハウジング20に結合可能であり、右クラッチCRの締結によってキャリヤ部材11の回転数が増速される。またキャリヤ部材11は左クラッチCLを介してハウジング20に結合可能であり、左クラッチCLの締結によってキャリヤ部材11の回転数が減速される。
【0020】
またトルク配分機構Aのキャリヤ部材11と第3サンギヤ19のスリーブ21との間に差動制限クラッチCDが配置される。差動制限クラッチCDを締結してキャリヤ部材11と第3サンギヤ19とを相対回転不能に一体化すると、遊星歯車機構よりなるトルク配分機構Aがロックされる。
【0021】
次に、図3に基づいて、リヤディファレンシャルギヤDrの左クラッチCL、右クラッチCRおよび差動制限クラッチCD、並びにトランスファークラッチCTの作動を制御する4WD電子制御ユニットUaの構成を説明する。
【0022】
4WD電子制御ユニットUaの入力部50には、エンジンEの作動を制御するFI電子制御ユニットUbと、少なくとも四輪の制動力を個別に制御することで車両挙動の安定化を図る横滑り防止装置(ESC:Electronic Stability Control)51やABS(Antilock Brake System )等の作動を制御するESC電子制御ユニットUcとがCANを介して接続されるとともに、例えばトランスミッションMのギヤの回転数から車体速を検出する車体速センサ52aと、ステアリングホイールの操舵角を検出する操舵角センサ52bと、リヤディファレンシャルギヤDrの入力回転数を検出する入力回転数センサ52cと、運転者のブレーキ操作を検出するブレーキスイッチ52dとが接続される。尚、入力回転数センサ52cは、前輪車輪速平均値にトランスミッションMのギヤレシオを乗じた回転数でも代用することが可能である。
【0023】
FI電子制御ユニットUbから入力部50に入力される信号には、エンジン回転数、吸気負圧(もしくは吸気流量)、トランスミッションMのメインシャフト回転数とカウンタシャフト回転数との比率から算出したギヤ比等が含まれる。またESC電子制御ユニットUcから入力部50に入力される信号には、前輪WFL,WFRおよび後輪WRL,WRRの車輪速、車両の横加速度、車両の前後加速度等が含まれる。
【0024】
推定駆動トルク算出部53は、入力部50から入力されたエンジン回転数と、吸気負圧(もしくは吸気流量)と、メインシャフト回転数とカウンタシャフト回転数との比率から算出したギヤ比とに基づいて、トランスミッションMが出力する推定駆動トルクを算出する。
【0025】
尚、トランスミッションMのギヤ比を算出することなく、トランスミッションMのシフトポジションからギヤ比を知ることができる。
【0026】
操安制御部54は、推定駆動トルク算出部53が算出した推定駆動トルクと、入力部50から入力された横加速度、操舵角および車輪速とに基づいて、左右の後輪WRL,WRRに配分する操安制御トルクを算出する。例えば、車両のスリップ角が所定値以上の場合には、車両挙動が不安定な状態にあると判定し、トランスファークラッチCTの締結力を弱めて前輪WFL,WFRに配分されるトルクを低減するとともに、リヤディファレンシャルギヤDrを制御して左右の後輪WRL,WRRのうちの旋回外輪に配分されるトルクを低減することで車両挙動の安定を図る。
【0027】
LSD制御部56は、左右の前輪WFL,WFRの車輪速と、左右の後輪WRL,WRRの車輪速とを比較し、車両の発進時に後輪WRL,WRRが踏む路面の摩擦係数が前輪WFL,WFRが踏む路面の摩擦係数よりも小さいために後輪WRL,WRRがスリップしたような場合に、前後輪間の差回転に応じて前輪WFL,WFRに配分するLSDトルクを算出する。トランスファークラッチCTの締結により前輪WFL,WFRにLSDトルクが配分されると、後輪WRL,WRRのスリップが解消して車両のスムーズな発進が可能になる。
【0028】
登坂制御部58は、前後加速度センサで検出した実前後加速度と、車体速を微分して得た推定前後加速度とを比較することで、車両の登坂角(路面の登り坂の傾斜角)を算出し、登り坂における車両の発進時の登坂力を高めるべく、登坂角に応じてトランスファークラッチCTの締結により前輪WFL,WFRに配分する登坂発進トルクを算出する。
【0029】
トルク加算部57は、操安制御部54で算出した操安制御トルクと、LSD制御部56で算出したLSDトルクと、登坂制御部58で算出した登坂発進トルクとを加算する。
【0030】
電流制御部61は、トルク加算部57が出力するクラッチトルク指令値を、リヤディファレンシャルギヤDrの左右のクラッチCL,CRおよび差動制限クラッチCDに供給する電流値(PWM値)、並びにトランスファークラッチCTに供給する電流値(PWM値)に変換して駆動回路部64に出力する。その結果、トランスファークラッチCTが任意に締結力で締結して後輪WRL,WRRのトルクの一部が前輪WFL,WFRに配分され、トルク配分機構Aの左右のクラッチCL,CRが任意の締結力で締結して左右の後輪WRL,WRR間のトルク配分量が変化し、差動制限クラッチCDが任意に締結力で締結してリヤディファレンシャルギヤDrの差動が制限される。
【0031】
また低摩擦係数路面判定部62は、推定駆動トルク算出部53で算出した駆動トルクに基づいて車両に発生している前後加速度を推定し、この推定前後加速度とESC電子制御ユニットUcから入力された実前後加速度とを比較し、推定前後加速度が実前後加速度を所定量だけ、あるいは所定の比率で下回る場合に低摩擦係数路面であると判定する。
【0032】
トランスファークラッチ制御部63は、低摩擦係数路面判定部62が低摩擦係数路面であると判定し、かつブレーキスイッチ52dがONして運転者がブレーキ操作を行ったことを判定した場合に、電流制御部61および駆動回路部64を介して所定時間だけトランスファークラッチCTの締結を解除する。
【0033】
次に、4WD電子制御ユニットUaにより制御されるトルク配分機構Aの作動の一例を説明する。
【0034】
図4に示すように車両の中低車速域での左旋回時には、4WD電子制御ユニットUaからの指令で左クラッチCLを締結することで、キャリヤ部材11がハウジング20に結合されて回転を停止する。このとき、右後輪WRRと一体の右出力軸9Rと、左後輪WRRと一体の左出力軸9L(即ち、リヤディファレンシャルギヤDrのプラネタリキャリヤ8)とは、第2サンギヤ18、第2ピニオン14、第1ピニオン13および第1サンギヤ17を介して連結されているため、右後輪WRRの回転数NRは左後輪WRLの回転数NLに対して次式の関係で増速される。
【0035】
NR/NL=(Zd/Zc)×(Za/Zb)
=1.154 …(1)
上述のようにして右後輪WRRの回転数NRが左後輪WRLの回転数NLに対して増速されると、図4に斜線を施した矢印で示したように、旋回内輪である左後輪WRLのトルクの一部を旋回外輪である右後輪WRRに伝達し、車両の左旋回をアシストして旋回性能を高めることができる。
【0036】
尚、キャリヤ部材11を左クラッチCLにより停止させる代わりに、左クラッチCLの締結力を適宜調整してキャリヤ部材11の回転数を減速すれば、その減速に応じて右後輪WRRの回転数NRを左後輪WRLの回転数NLに対して増速し、旋回内輪である左後輪WRLから旋回外輪である右後輪WRRに任意のトルクを伝達することができる。
【0037】
一方、図5に示すように車両の中低車速域での右旋回時には、4WD電子制御ユニットUaからの指令で右クラッチCRを締結することで、スリーブ21がハウジング20に結合されて回転を停止する。その結果、スリーブ21に第3サンギヤ19を介して接続された第3ピニオン15が公転および自転し、右出力軸9Rの回転数に対してキャリヤ部材11の回転数が増速され、左後輪WRLの回転数NLは右後輪WRRの回転数NRに対して次式の関係で増速される。
【0038】
NL/NR={1−(Ze/Zf)×(Zb/Za)}
÷{1−(Ze/Zf)×(Zd/Zc)}
=1.156 …(2)
上述のようにして左後輪WRLの回転数NLが右後輪WRRの回転数NRに対して増速されると、図5に斜線を施した矢印で示したように、旋回内輪である右後輪WRRのトルクの一部を旋回外輪である左後輪WRLに伝達することができる。
【0039】
この場合にも、スリーブ21を右クラッチCRにより停止させる代わりに、右クラッチCRの締結力を適宜調整してスリーブ21の回転数を減速すれば、その減速に応じて左後輪WRLの回転数NLを右後輪WRRの回転数NRに対して増速し、旋回内輪である右後輪WRRから旋回外輪である左後輪WRLに任意のトルクを伝達することができる。
【0040】
(1)式および(2)式を比較すると明らかなように、第1ピニオン13、第2ピニオン14、第3ピニオン15、第1サンギヤ17、第2サンギヤ18および第3サンギヤ19の歯数を前述の如く設定したことにより、左後輪WRLから右後輪WRRへの増速率(約1.154)と、右後輪WRRから左後輪WRLへの増速率(約1.156)とを略等しくすることができる。
【0041】
また車両が高速で直進走行を行う場合にはリヤディファレンシャルギヤDrの機能を制限し、実質的に左右の車輪を一体に回転させることが望ましい。この場合、図6に示すように、4WD電子制御ユニットUaからの指令で差動制限クラッチCDを締結すると、トルク配分機構Aのキャリヤ部材11および第3サンギヤ19が一体に結合されて遊星歯車機構がロック状態になり、第1サンギヤ17に接続された左車軸ARLと、第2サンギヤ18に接続された右車軸ARRとが相対回転不能に一体化され、差動制限機能が発揮される。
【0042】
図2に示す差動制限クラッチCDを開放しての直進走行状態でも、図6に示す差動制限クラッチCDを締結しての直進走行状態でも、左右の後輪WRL,WRRには同じトルクが配分されるが、車両の進路がふらついたときに、差動制限クラッチCDを開放しているとリヤディファレンシャルギヤDrが機能して左右の後輪WRL,WRRの回転数が変化してしまうが、差動制限クラッチCDを締結していると左右の後輪WRL,WRRの回転数が同一に維持されるため、車両の直進安定性が高められる。
【0043】
次に、4WD電子制御ユニットUaにより制御されるトランスファークラッチCTの作動の一例を説明する。
【0044】
エンジンEのトルクは、トランスミッションM、トランスファーT、プロペラシャフト1、リヤディファレンシャルギヤDrおよびトルク配分機構Aを介して左右の後輪WRL,WRRに伝達されるが、トランスファークラッチCTが締結している四輪駆動状態では、トランスファーTが出力するトルクの一部は、トランスファークラッチCTおよびフロントディファレンシャルギヤDfを介して左右の前輪WFL,WFRに伝達される。
【0045】
この四輪駆動状態で運転者がブレーキペダルを踏むと、前輪WFL,WFRおよび後輪WRL,WRRが制動される。一般に前輪WFL,WFRの制動力は後輪WRL,WRRの制動力よりも高く設定されており、これにより前輪WFL,WFRを後輪WRL,WRRよりも先にロックさせて車両挙動の安定が図られる。また前輪WFL,WFRが先にロックすると、前輪WFL,WFRの車輪速および後輪WRL,WRRの車輪速の差に基づいて横滑り防止装置51作動し、そのABS機能により制動距離の短縮が図られる。
【0046】
しかしながら、トランスファークラッチCTが締結して四輪駆動状態にあるとき、前輪WFL,WFRおよび後輪WRL,WRRは連動して回転するように連結されているため、図7(A)に示すように、前輪WFL,WFRがロックするのと同時に後輪WRL,WRRがロックして車両挙動が乱れる可能性があるだけでなく、四輪の車輪速が全てゼロになるために横滑り防止装置51が作動できなくなる問題がある。
【0047】
そこで本実施の形態によれば、低摩擦係数路面判定部62が車輪がロックし易い低摩擦係数路面であると判定している状態で、運転者がブレーキペダルを踏んでブレーキスイッチ52dがONした場合に、図7(B)に示すように、トランスファークラッチ制御部63からの指令で所定時間TだけトランスファークラッチCTの締結が解除される。
【0048】
その結果、車両は一時的に四輪駆動状態から後輪駆動状態になり、低摩擦係数路面の状態で制動が行われたことで前輪WFL,WFRがロックしても、前輪WFL,WFRから切り離された後輪WRL,WRRがロックすることが回避されて車両挙動の乱れが防止される。しかも後輪WRL,WRRが非ロック状態にあることで、前輪WFL,WFRおよび後輪WRL,WRRの車輪速差から前輪WFL,WFRのロック状態が検出されるため、横滑り防止装置51が作動してABS機能により車両の制動距離が短縮される。
【0049】
トランスファークラッチCTが一時的に締結解除する前記所定時間Tは、前輪WFL,WFRおよび後輪WRL,WRRの車輪速差から横滑り防止装置51が作動するのに充分な時間であり、例えば、0.5secである。
【0050】
尚、上記実施の形態では、運転者がブレーキペダルを踏んだ場合に本制御を実行しているが、運転者がブレーキペダルを踏まなくても、運転者がアクセルペダルを戻してエンジンブレーキが作動した場合にトランスファークラッチCTで相互に連結された前輪WFL,WFRおよび後輪WRL,WRRが同時にロックする可能性があるため、アクセルペダルの戻し状態からエンジンブレーキの作動が検出された場合に本制御を実行しても良い。もちろん、フットブレーキあるいはエンジンブレーキが作動した場合であっても、路面摩擦係数が高い場合には本制御が実行されることはない。
【0051】
以上のように本実施の形態によれば、低摩擦係数路面での四輪駆動車両の減速時に、必要最小限の時間だけトランスファークラッチCTを締結解除して後輪駆動状態にするので、前輪WFL,WFRおよび後輪WRL,WRRが同時にロックするのを防止しながら、四輪駆動状態を最大限に維持して減速時における車両の安定性を確保することができる。しかも、低摩擦係数路面判定部62は車両の推定前後加速度が実前後加速度を所定量だけ、あるいは所定の比率で下回る場合に低摩擦係数路面を判定するので、低摩擦係数路面の判定精度が向上する。
【0052】
上記作用を図8のフローチャートに基づいて説明すると、以下のようになる。
【0053】
先ずステップS1で運転者がブレーキペダルをONした場合、あるいは前記ステップS1で運転者がブレーキペダルをONしない場合でも、ステップS2で運転者がアクセルペダルをOFFしてエンジンブレーキが作動した場合、ステップS3で低摩擦係数路面であることが判定されると、ステップS4でトランスファークラッチCTを締結解除して後輪駆動状態に、前輪WFL,WFRおよび後輪WRL,WRRの同時ロックを防止する。そしてステップS5で横滑り防止装置51が作動可能な所定時間Tが経過すると、ステップS6でトランスファークラッチCTを締結して四輪駆動状態に復帰する。
【0054】
以上、本発明の実施の形態を説明したが、本発明はその要旨を逸脱しない範囲で種々の設計変更を行うことが可能である。
【0055】
例えば、実施の形態では後輪WRL,WRRを主駆動輪とし、前輪WFL,WFRを副駆動輪とした四輪駆動車両を例示したが、本発明は前輪WFL,WFRを主駆動輪とし、後輪WRL,WRRを副駆動輪とした四輪駆動車両に対しても適用することができる。
【0056】
また本発明の制動力制御手段は実施の形態の横滑り防止装置51に限定されず、ABS装置のように四輪の車輪速差に基づいて四輪の制動力を個別に制御可能なものであれば良い。
【0057】
また実施の形態の低摩擦係数路面判定部62は推定前後加速度を実前後加速度と比較して低摩擦係数路面を判定しているが、操舵角や車速から推定した推定横加速度を実横加速度と比較して低摩擦係数路面を判定するものであっても良い。
【0058】
また実施の形態ではトランスファークラッチCTを締結解除しているが、トランスファークラッチCTの締結力を低減することで前輪WFL,WFRおよび後輪WRL,WRRの同時ロックを防止しても良い。
【符号の説明】
【0059】
51 横滑り防止装置(制動力制御手段)
52d ブレーキスイッチ(制動操作検出手段)
62 低摩擦係数路面判定部(低摩擦係数路面判定手段)
63 トランスファークラッチ制御部(トランスファークラッチ制御手段)
CT トランスファークラッチ
WRL 左後輪(主駆動輪)
WRR 右後輪(主駆動輪)
WFL 左前輪(副駆動輪)
WFR 右前輪(副駆動輪)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
主駆動輪(WRL,WRR)の駆動力の一部を副駆動輪(WFL,WFR)に配分可能なトランスファークラッチ(CT)を備えた四輪駆動車両の制御装置において、
低摩擦係数路面を判定する低摩擦係数路面判定手段(62)と、
運転者の制動操作を検出する制動操作検出手段(52d)と、
前記主駆動輪(WRL,WRR)および前記副駆動輪(WFL,WFR)の車輪速に基づいて四輪の制動力を個別に制御可能な制動力制御手段(51)と、
前記低摩擦係数路面判定手段(62)が低摩擦係数路面を判定し、かつ前記制動操作検出手段(52d)が運転者の制動操作を検出したとき、前記トランスファークラッチ(CT)の締結を所定時間だけ解除することで前記制動力制御手段(51)の作動を可能にするトランスファークラッチ制御手段(63)と、
を備えることを特徴とする四輪駆動車両の制御装置。
【請求項2】
前記低摩擦係数路面判定手段(62)は、車両の前後加速度あるいは横加速度が所定値以下のときに低摩擦係数路面を判定することを特徴とする、請求項1に記載の四輪駆動車両の制御装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公開番号】特開2011−131618(P2011−131618A)
【公開日】平成23年7月7日(2011.7.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−290180(P2009−290180)
【出願日】平成21年12月22日(2009.12.22)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】