説明

土壌中金属分析の前処理方法およびこれを用いた蛍光X線分析法

【課題】 汚染土壌や粉状の食品などの中に不均一に分布する金属の分析を高精度、高感度に行える方法を提供する。
【解決手段】 汚染土壌中金属分析用試料の混合工程を湿式化し、湿式篩い下成分中の水または有機液体を耐熱性プラスチックフィルム上で乾燥除去することを特徴とする前処理方法及び前記前処理方法を用いた蛍光X線分析法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蛍光X線法、全反射蛍光X線法、などを用いて汚染土壌中含有金属を分析する場合の前処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の蛍光X線法などによる汚染土壌中金属分析前処理では、混合、乾燥、粉砕、篩い、などを個別単位作業で行っていて、この内、混合作業は、採取土壌をそのまま、または乾燥後混合するのが通常の方法であって、注水後混合する方法は通常行われていない。また、篩い下成分は、篩い前に乾燥済みであるため、その後の工程においては、乾燥は、行わないのが通常である。これは、主に、環境省告示で決められた方法が、風乾、粉砕、篩い、を義務化しているためと考えられる。この告示によらない簡易分析法を実施しようとすれば、湿式粉砕、湿式混合、湿式篩い法は、比較的容易に考案可能かもしれないが、その後の乾燥手段として、耐熱性加熱ベルトを用いる方法は、知られていない。
【0003】
土壌の金属系汚染の調査は、蛍光X線法、原子スペクトル法、比色法などの測定によって行われている。採掘した土壌は、数百〜数千グラム、数百〜数千平方センチメートルの大量であるのに対し、これらの測定に必要な試料は、環境省告示による公定法の含有試験では、重量6g以上となっており、一般的運用では、6〜15グラム程度である。また、蛍光X線法での照射面積では、数平方ミリメートルとなって、母体土壌より数桁も小さいため、不均一汚染状態の場合には全体試料を代表した部分であるかどうかが疑わしい。このために、得られた分析結果が、汚染状態を示すものであるかが常に問題となる。分析所間誤差の主要な原因は、このような試料の混合不足とされている。これを解決するために、5点混合法などの処置がとられている。この方法は、混合作業が人手である点が欠点であり、混合効果を発揮するには、各々キログラムオーダーの母体土壌を5点混合する必要がある。この混合作業の代わりに5点を測定する方法は、測定作業量が5倍になる点が欠点である。特に、粘土や湿った土壌の混合作業は、人手では重労働となる。粘土や湿った土壌を乾燥すると土壌は、固まることが多く、粉砕しないと混合できないことが多い。また、乾燥には、数十時間以上の多くの時間がかかる。汚染対策上、この乾燥待ち時間が対策作業を遅らせるため最も嫌われるものとなっている。
【0004】
また、公定法に定められた含有金属量分析方法では、乾燥や篩いの時間ばかりでなく、抽出時間、抽出器具が大きな負荷であるため、最近は、公定法によらない簡易分析が非常な勢いで普及しており、その方法としては、固体のまま分析する蛍光X線法が、主流となりつつある。抽出後溶液で簡易分析する方法は、抽出時間ばかりでなく、その前工程の混合、乾燥、ふるいに時間がかかるためにあまり普及していない。更に、蛍光X線法の場合は、原子スペクトル法や比色法と違って、検出感度を向上させるためには、篩いの目を100メッシュ程度つまり粒子径0.2mm程度に細かくすることが要求され、この篩い作業の負荷が大きい。また、分析精度を向上させるためには、測定面を平滑として蛍光X線検出器との距離を一定に収める必要がある。
【0005】
これらの問題を解決するための手段として、例えば、特許文献1がある。特許文献1に記載されている方法では、混合工程がないために、金属の偏在を平均化して精度を上げることができない。また、注水するケースも記述されているがその後の工程は、水切り工程となっていて乾燥工程がなく、水溶性金属成分は水切り工程において流れ去ってしまい、負誤差が大きい。つまり、上記方法では、汚染土壌の効率的選別を主たる用途としており、分析精度という点で、不十分であった。
【特許文献1】特開2003−166956号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記した従来技術における問題点を解決するためになされたものであって、土壌中金属の蛍光X線分析の前処理作業即ち、乾燥、粉砕、篩い、成形、の内、従来法には、見られなかった、(1)混合工程の湿式化、(2)篩い工程後の水または有機液体の乾燥除去工程を耐熱性樹脂から成る加熱ベルトを使用する、の2つの特徴的手段を講ずることによって実現し、上記の欠点を解決することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、キログラムオーダーの土壌を乾燥前に水または有機液体を注入してスラリー化または軟質化してから機械力、超音波、加熱などのエネルギーで粉砕・混合し、その後、スラリー状態のまま篩いにかけ、篩い下の土壌スラリーを耐熱性プラスチック材料で構成された幅数十センチメートル、長さ数十センチメートルのベルトまたは独立したシートに滴下し、このベルトまたはシート上で加熱乾燥及び送風乾燥し、蛍光X線法に必要な最小の薄さである約数ミリメートルと必要な最小の平滑さであるバラツキ約数百マイクロメートルに成形する。乾燥成形された薄板状土壌は、ベルトまたはシート上を移動中または停止中に1個または複数の検出ヘッドを持った蛍光X線装置で分析される。分析終了後、かきとりナイフによってベルトまたはシート上土壌は掻き落とされる。このような手段によって、従来技術の問題を解決する土壌中金属分析の前処理方法及びこれを用いた各種分析方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明によって、金属汚染土壌分析を前処理し、蛍光X線分析法などで分析することによって、土壌汚染金属の分布が偏在あるいは局在し、つまり、不均一な試料であっても従来法よりも、高精度に分析することができ、汚染有無の判断を誤って経済的、社会的損失を蒙る確率が減少する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
図1は、本発明の実施例に係る前処理方法が適用された蛍光X線分析法の要部概略図を示している。この前処理方法では、土壌試料及び水または有機液体を予備混合する予備混合槽1、予備混合槽及びホッパー内の攪拌を行う攪拌機2、ホッパーを構成するロート3、供給する土壌4、水5、ホッパーを構成する第一篩い6、混合・粉砕後の土壌スラリーを第二篩いに供給するピンチバルブ7、第一篩いより細かい第二篩い8、更に細かい第三篩い、土壌スラリーを加熱乾燥用ベルトに供給するノズル10、耐熱性プラスチック製土壌スラリー加熱乾燥用ベルト11、ベルト駆動用回転機構12、ベルトを蛍光X線検出ヘッドに密接させるベルト押さえ13、ベルト回転機構のモーター14、ベルト加熱用ヒーター15、ヒーターをベルトに接触・離反させる上下機構16、乾燥空気兼冷却空気を送風するファン17、ベルト上土壌をかきとって回収する土壌かきとりゴム18、土壌かきとりゴムをベルトに接触・離反させる保持具19、回収土壌容器20、篩い架台21、ベルト架台22、制御機構架台23、蛍光X線分析装置及び前処理部制御用ノートパソコン24、蛍光X線分析装置25、を備えている。
【0010】
本発明における好ましい条件の一例を運転諸元として以下に示す。
【実施例1】
【0011】
(1)土壌量は、500g程度が好ましく、5g以下では、汚染土壌の代表性が悪く、2000g以上では、攪拌槽から溢れる。ここでは、約500gをプラスチック製予備攪拌槽(1リットル 直径約10cm、深さ約13cm)にとった。:所要時間30秒
(2)注入水は、土壌重量の同量程度が好ましい。ここでは、土壌重量の約1倍の400ミリリットルを注入した。:約10秒
(3)プロペラで攪拌:3分
(4)目開き3mmの第一篩いを通して、ロートに注いだ。予備攪拌槽を水100mlで洗浄し、洗浄液もロートに注いだ:30秒
(5)ロートに攪拌機をセットし、攪拌を開始した後、ピンチバルブ電磁弁を約5秒間開き、ナイロン製1mm及び0.3mmからなる第二、第三ふるい(篩い直径50mm ふるい間隔:10mm)(毎回交換)に注入する。自然流下によって大粒成分はやや先に落下するが、第一篩い上にひっかかる。分析対象となる0.3mm以下の土壌成分は、分散液全体によく均一化されたまま篩いを電磁弁が開いた約5秒間で約100mlが通過した。約5秒で電磁弁を閉とした。これは、0.3mm以下の試料全体をよく代表していると見られた。通過量は、投入量の1/50〜1/2程度が好ましい。1/50以下では、代表性が悪く、1/2以上では、後半での攪拌が空転してできなくなる、篩いが重さに耐えられなくなる、篩い下がベルトから溢れる、分析時間が長く効率が低下する等の欠点がある。
【0012】
(6)ふるい下を、出口直径10mmのじょうご状ノズルからベルト状加温体上に排出した。排出時間約6秒。ベルトは、上記電磁弁の開動作と共に動き出し、閉動作後3秒後に停止する。ベルト速度は、毎秒約4cmの速度とし、開状態5秒とその後の3秒で合計約8秒間動き、約32cm移動した。ベルト上にベルト移動方向を長径とする約25cm×10cm、厚さ約3mmのペースト状土壌が形成された。ふるい、電磁弁、攪拌槽は、1バッチ終了後、手ではずし、水で洗浄した。攪拌槽残分は、土壌回収タンクに貯蔵した。
【0013】
(7)送風機能付き150℃移動式ベルト状ヒーターに乗った土壌は、停止したベルト上で乾燥して膜状土壌に変化する。
【0014】
(8)ベルト材質:ポリイミド樹脂製フィルム 厚さ約0.1mm
(9)発熱方式:発熱ローラー及び加熱板間接加熱方式
(10)ヒーター幅25cm 加温体上部長さ50cm 幅は、15〜30cmが好ましい。15cmより狭い場合は、ベルトサイドから土壌が溢流して好ましくない。30センチより広い場合は、装置の可搬性が悪い。ここでは、幅25cmとした。長さは、40cmより短い場合は、送り速度が遅く、ベルトサイドからの溢流がおきやすい。80cmより長い場合は、装置の可搬性が悪い。ここでは、長さを50cmとした。
【0015】
(11)滴下速度毎秒約20ml。滴下速度は、土壌の粘土性でほぼ決まるため選択の余地はあまりない。そのため、合計滴下時間を調節して定量下限を確保する。合計滴下時間は2秒以上10秒以下が好ましい。2秒より短い場合は、定量下限が悪い。10秒より長いとベルト速度との関係からベルトサイドからの溢流が起こりやすい条件になる。
【0016】
(12)蒸発速度は、毎分約30mlであった。
【0017】
(13)ベルト移動速度は、篩い下土壌が流れ広がる速度よりやや早くすることが好ましく、毎秒約4cmを選択した。乾燥工程でのベルト停止時間約3分。通常、2.5〜3.5分でほどよい乾燥状態が得られた。この後、加熱板を数mm下降させて、加熱を停止させた。
【0018】
(14)形成される膜状土壌の厚さ1.5mm。
【0019】
(15)乾燥工程の次にベルトを移動速度毎秒約0.3mmで動かし、蛍光X線ヘッドで分析を開始した。蛍光X線ヘッド部分を走るベルトの浮き上がりを押さえるために、蛍光X線ヘッド付近は、ベルトサイドに溝幅0.13mm 溝深さ10mmのガイドスリットを設け、蛍光X線ヘッドがベルトに常に密着状態を保つようにした。
【0020】
(16)土壌の合計積算時間は、14分とした。合計積算時間は、3〜30分が好ましい。3分より少ない場合は、蛍光X線の感度が悪くなり、30分より多い場合は、全体工程の効率が低下する。
【0021】
(17)照射ビーム径10mm
(18)この後、加熱板を再び上昇させベルトを余熱する。また、ベルト上土壌回収継続のために、更に3分間、毎秒0.3mmで、計約5cm前進する。これで、ベルト上土壌の回収が終了する。ベルトは、次のスタートで毎秒4cmで動き始める。これが繰り返される。次の試料の蛍光X線測定中、即ち、ベルト速度が毎秒0.3mmの工程で、前回試料は、ゴム製ナイフによって掻き落とされる。この間、毎秒0.3mmの低速であるため、ナイフとベルトとの摩擦によるベルトの磨耗が比較的少ない。
【0022】
(19)検知終了土壌をウレタンゴム製ナイフでかきとった結果、残留土壌は、目で確認できない程度であった。剥いだ土壌を回収土壌ケースに貯めた。
【0023】
上記の例では、分析所要時間は、1個目試料合計約21分、2個目以降も、約21分間隔で処理される。この間に次の試料処理のための攪拌槽、電磁弁、篩い、の洗浄、組立などの準備作業及びデータ処理などを行えば、作業者は、効率的に前処理と分析を遂行できる。鉛汚染土壌3kg中の鉛を本発明の方法で蛍光X線簡易現場分析した場合と従来法で蛍光X線簡易現場分析した場合とを比較した。従来法は、約10gづつ6個所から採取し、計約60gを約40分間乾燥器で乾燥し、メノウ乳鉢で約5分づつ計30分粉砕・混合し、篩いには、約3分づつ計20分かかった。分析は、1個当たり、5分づつ計30分かかり、総合計約120分かかった。その結果、従来法では、前処理からとおしての6回分析の平均値は、110mg/kg、個別データは、鉛の偏在が比較的多いにもかかわらず1回の採取量が10gであったため、50〜640mg/kgで、範囲としては、590mg/kgであった。一方、本発明の方法の場合、所要時間は、約120分でほぼ同じであり、1回の採取量が500gで6回前処理、即ち3kg全量を前処理する方法であったため、平均値は、190mg/kg、個別データは、140〜200mg/kgで、範囲としては、60mg/kgで、約1/10に縮小した。更に、環境省告示第19号の方法で15gづつ採取し、6個所を前処理及びICP発光分析した結果は、平均170mg/kgで、個別データは、80〜490mg/kgで、範囲は、410mg/kgであった。本発明の方が従来法よりも範囲が小さく、公定法とのずれも小さかった。実際の現場では、採掘されたkgオーダーの土壌1サンプルの6個所を分析することは、ほとんどなく、1個所の分析で汚染の有無を判断する場合が多い。その場合、従来法よりも、判断を誤る可能性は、かなり小さくなった。
【0024】
更に、蛍光X線ヘッド部の土壌による汚れが上面照射よりも下面照射の方が少なく、長期間の連続使用が可能となった。
【実施例2】
【0025】
図1の2で、攪拌槽注入水として、エタノール30v/v%を含む水を使用した。乾燥速度が約1分短縮され、約2分となった。
【0026】
以上、本発明の実施例を説明したが、本発明はこの実施例に限定されるものではなく、要旨を逸脱しない範囲での設計変更があっても本発明に含まれる。例えば、実施例1では、土壌投入量を500gとしたが、例えば200g程度であっても、同じように分析可能である。また、分析方法は、蛍光X線法、に限るものではなく、全反射蛍光X線法、レーザー励起発光法ような、比較的局所の分析であるために、分析試料の代表性、試料全体の均一性が要求される分析にも、本前処理法は、有効である。また、対象試料としては、土壌に限らず、粉状であれば、食品、鉱物、化学薬品、医薬品、などにも適用可能である。
【0027】
(産業上の利用可能性)
汚染土壌や粉状の食品などの中に不均一に分布する金属の分析を高精度、高感度に行える方法を提供する。
【0028】
本発明方法によって検知される金属は、鉛、カドミウム、クロム、砒素、セレンなどの蛍光X線装置で感度のよい金属である。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明に係る前処理機構及び蛍光X線分析装置である。
【符号の説明】
【0030】
1 予備混合槽
2 攪拌機
3 ロート
4 土壌
5 水
6 第一篩い
7 ピンチバルブ
8 第二篩い
9 第三篩い
10 ノズル
11 ベルト状加温体
12 回転機構
13 ベルト押さえ
14 モーター
15 ヒーター
16 上下機構
17 ファン
18 土壌かきとりゴム
19 保持具
20 回収土壌容器
21 篩い架台
22 ベルト架台
23 制御機構架台
24 ノートパソコン(蛍光X線装置用兼前処理装置用)
25 蛍光X線分析装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
土壌中金属分析用試料に水または有機液体を注入して湿式混合した後、湿式篩い下成分中の水または有機液体を乾燥除去する工程を有し、かつ、乾燥手段として耐熱性プラスチックフィルムから成るシート状またはベルト状加温体を用いることを特徴とする前処理方法。
【請求項2】
請求項1の前処理方法を用いる分析方法。
【請求項3】
土壌中金属分析用試料に水または有機液体を注入して湿式混合した後、湿式篩い下成分中の水または有機液体を乾燥除去する工程と、加熱乾燥フィルム側からフィルムを透過させてX線照射する工程を有し、かつ、乾燥手段として耐熱性プラスチックフィルムから成るシート状またはベルト状加温体を用いることを特徴とする蛍光X線分析法。
【請求項4】
X線照射中に前回試料のベルト上土壌を掻き落とす工程を有する請求項3に記載の蛍光X線分析法。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2006−138660(P2006−138660A)
【公開日】平成18年6月1日(2006.6.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−326396(P2004−326396)
【出願日】平成16年11月10日(2004.11.10)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】