説明

変速機の潤滑構造

【課題】回転軸に回転連結されて駆動力を伝達している状態の変速ギヤの摺動部に供給される潤滑油量を低減し、回転軸と相対回転している状態の変速ギヤの摺動部に供給される潤滑油量を増加させて潤滑性能を高め、かつ簡素な構造でコスト低廉な変速機の潤滑構造を提供する。
【解決手段】回転軸(入力軸2)と、該回転軸に相対摺動回転可能に遊嵌された複数の変速ギヤ31と、複数の変速ギヤを選択的に回転軸に回転連結させる連結装置と、回転軸の内部に軸線方向に延在する軸内油路5と、軸内油路から外周面に連通して開口し各変速ギヤの内周面311に臨む複数の潤滑油穴61と、を備える変速機の潤滑構造1であって、変速ギヤ31は、回転軸の特定位相に回転連結された状態で潤滑油穴の開口611を塞ぐ蓋部313と、回転軸に対して相対摺動回転している状態で潤滑油穴61の開口に間欠的に連通する潤滑油溝312とを内周面311に有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両などに用いられる変速機の潤滑構造に関し、より詳細には、回転軸と複数の変速ギヤとが相対摺動回転するすべり軸受けの潤滑構造に関する。
【背景技術】
【0002】
車両などに用いられる変速機の一形態に、回転する入力軸及び出力軸と、一方の軸に相対回転可能に遊嵌された変速ギヤと他方の軸に固設された変速ギヤとが噛合して所定の変速段を構成する複数組の変速ギヤ対と、いずれかの変速ギヤ対を選択して遊嵌された変速ギヤを一方の軸に同期させた後に連結する同期装置とを備える常時噛合歯車式変速機がある。この変速機では、回転軸と遊嵌された変速ギヤとの間の軸受け部の相対回転を円滑化し、また摩擦熱による温度上昇を低減して摩耗による機能低下を抑制するために、ケーシング内に潤滑油を封入して循環させる潤滑構造が採用されている。また、この種の潤滑構造として、変速ギヤが回転して掻き上げた潤滑油をオイルレシーバで捕集し、回転軸の軸内油路及び潤滑油穴を経由して軸受け部に供給する構造が広く用いられている。
【0003】
一般的に、回転軸の内部に軸線方向に形成された軸内油路と径方向に形成されて軸外周面に開口する複数の潤滑油穴とを有する軸受け部の潤滑構造では、軸内油路の入口に近い潤滑油穴で供給油量が多く、入口から遠い潤滑油穴ほど供給油量が少なくなるという問題点がある。この対応策として本願出願人が特許文献1に開示した手動変速機は、軸内油路及び複数の潤滑油穴が形成されたシャフトと、シャフト外周に配された複数の軸受けと、各軸受けを介して配された複数のギヤと、ガイド部材とを備えている。そして、ガイド部材が、最も潤滑油を必要とする軸受けに係る潤滑油穴の近傍で潤滑油を出力することを特徴としている。これにより、最も潤滑油を必要とする軸受けへのコンスタントな潤滑油の供給が可能になる、とされている。
【0004】
特許文献1の技術例の他にも、軸内油路の入口に近い潤滑油穴の数を減らしたり穴径を絞ったりすることにより、入口から遠い潤滑油穴への配分量を増やすことが行われている。また、オイルレシーバを大形化したり配設位置を改善したりすることで、潤滑油の供給総量を増やす対策も行われている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−63152号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、特許文献1の技術や潤滑油穴の数及び穴径を変更する対策、供給総量を増やす対策などでは、各潤滑油穴の供給油量に限界がある。また、潤滑構造を構成する部品の点数増加や大型化、さらには部品加工の複雑化などによりコストが増加する問題点がある。特に、回転軸と変速ギヤとの間にニードルベアリングなどの軸受け部材が配置されずに相対摺動回転するすべり軸受けの構造では、軸受け部の機能を果たす摺動部の焼付きを防止するために潤滑油の確実な供給が必須となっている。
【0007】
一方、同期装置で回転連結されて駆動力を伝達している状態の変速ギヤと回転軸との間では相対回転がないので摺動部の焼付きの心配はなく、潤滑油は殆ど必要でない。にもかかわらず、従来の潤滑構造では常に略一定の配分比に基づく潤滑油量が供給されて、無効に排出されていた。
【0008】
本発明は上記背景技術の問題点に鑑みてなされたものであり、回転軸の外周面に相対摺動回転可能に遊嵌された複数の変速ギヤの連結切り替えに応じて複数の潤滑油穴における油量配分比を変更し、回転軸に回転連結されて駆動力を伝達している状態の変速ギヤの摺動部に供給される潤滑油量を低減し、回転軸と相対回転している状態の変速ギヤの摺動部に供給される潤滑油量を増加させて潤滑性能を高め、かつ簡素な構造でコスト低廉な変速機の潤滑構造を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の変速機の潤滑構造は、ケーシングに軸支されて回転する回転軸と、該回転軸の外周面に相対摺動回転可能に遊嵌された複数の変速ギヤと、前記複数の変速ギヤを選択的に前記回転軸に回転連結させる連結装置と、前記回転軸の内部に軸線方向に延在する軸内油路と、前記回転軸の前記軸内油路から前記外周面に連通して開口し各前記変速ギヤの内周面に臨む複数の潤滑油穴と、を備える変速機の潤滑構造であって、前記連結装置は、前記変速ギヤを前記回転軸の特定位相に回転連結し、前記変速ギヤは、前記回転軸の前記特定位相に回転連結された状態で前記潤滑油穴の開口を塞ぐ蓋部と、前記回転軸に対して相対摺動回転している状態で前記潤滑油穴の前記開口に間欠的に連通する潤滑油溝とを前記内周面に有することを特徴とする。
【0010】
さらに、前記連結装置は、前記回転軸と一体的に回転し外周に外スプライン溝を有するハブと、前記ハブの前記外スプライン溝と嵌合する内スプライン溝を有して軸線方向に移動可能なスリーブと、前記変速ギヤと一体的に回転し外周に前記スリーブの前記内スプライン溝と嵌合可能なギヤ側外スプライン溝を有するギヤピースと、を含んで構成され、前記潤滑油穴は、前記回転軸の前記ハブの前記外スプライン溝の谷または山と同位相に形成され、前記変速ギヤは、前記回転軸の前記特定位相に回転連結された状態で前記ハブの前記外スプライン溝の谷または山と位相が一致する前記ギヤ側外スプライン溝の谷または山と同位相に前記蓋部を有し、前記回転軸の前記特定位相に回転連結された状態で前記ハブの前記外スプライン溝の谷または山と位相がずれる前記ギヤ側外スプライン溝の山または谷と同位相に前記潤滑油溝を有することが好ましい。
【0011】
さらに、前記変速ギヤの前記潤滑油溝は、軸線方向に延在し、あるいは前記軸線方向に傾斜して延在していてもよい。
【0012】
さらに、前記変速ギヤの前記潤滑油溝は、前記内周面に対して周方向に傾斜した溝側面を有し、径方向内側の溝開口面が径方向外側の溝底面よりも広いことでもよい。
【0013】
さらに、前記変速ギヤの前記潤滑油溝は、前記軸線方向の両側に溝深さを低減した堰部を有していてもよい。
【発明の効果】
【0014】
本発明の変速機の潤滑構造では、回転軸に遊嵌された複数の変速ギヤのうち回転軸に回転連結されて駆動力を伝達している状態の変速ギヤ(以降では駆動ギヤと称する)では、蓋部が潤滑油穴の開口を塞ぐ。したがって、回転軸の外周面と変速ギヤの内周面とで構成される摺動部に供給される潤滑油量が低減される。一方、駆動ギヤ以外の回転軸と相対回転している状態の変速ギヤ(以降では遊嵌ギヤと称する)では、蓋部および潤滑油溝が交互に潤滑油穴の開口に臨むので、潤滑油溝と潤滑油穴とが間欠的に連通し、摺動部に潤滑油が供給される。ここで、軸内油路に供給される全油量は略一定であるので、駆動ギヤの潤滑油量が低減された分だけ、回転軸に対し相対回転している遊嵌ギヤに供給される潤滑油量が増加する。つまり、潤滑油の油量配分比が改善されて、潤滑性能が高められる。
【0015】
また、潤滑油穴がハブの外スプライン溝の谷または山と同位相に形成され、変速ギヤがギヤ側外スプライン溝の谷または山と同位相に蓋部を有し、山または谷と同位相に潤滑油溝を有する態様により、本発明を具体的に構成することができる。この態様では、スリーブの軸線方向の移動により回転軸に変速ギヤ(駆動ギヤ)が回転連結されると、ハブの外スプライン溝と変速ギヤのギヤ側外スプライン溝とで谷同士および山同士の位相が揃う。したがって、駆動ギヤの蓋部が同位相の潤滑油穴の開口を確実に塞いで供給される潤滑油量が確実に低減され、遊嵌ギヤの潤滑油量が確実に増加し、油量配分比が改善されて、潤滑性能が高められる。
【0016】
また、本態様は、回転軸に従来と類似した形状の軸内油路及び潤滑油穴を設け、変速ギヤの内周面の一部に潤滑油溝を設け、溝を設けずに残された内周面を蓋部として構成でき、簡素な構造でコスト低廉な潤滑構造を実現できる。
【0017】
さらに、変速ギヤの潤滑油溝が軸線方向あるいは軸線方向に傾斜して延在する態様では、潤滑油穴から潤滑油溝に供給された潤滑油が摺動部の軸線方向に行き渡るので、摺動部全体が良好に潤滑される。
【0018】
さらに、変速ギヤの潤滑油溝が傾斜した溝側面を有して溝開口面が溝底面よりも広い態様では、遠心力により潤滑油が溝底面に滞留して摺動部の潤滑に寄与できなくなるおそれを回避できる。つまり、溝底面の潤滑油は、回転方向の慣性作用により傾斜した溝側面を伝わって摺動部に達するので効率よく潤滑に供され、潤滑性能が高められる。
【0019】
さらに、変速ギヤの潤滑油溝が軸線方向の両側に堰部を有する態様では、潤滑油は潤滑油溝から無駄に排出されずに堰部で堰き止められて貯留されるので効率よく潤滑に供され、潤滑性能が高められる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の第1実施形態の変速機の潤滑構造を簡略に示す断面図である。
【図2】入力軸に形成された潤滑油穴を説明する軸線直交断面図である。
【図3】1速駆動側変速ギヤに形成された蓋部および潤滑油溝を説明する軸線方向視図である。
【図4】第1実施形態の変速機の潤滑構造で、1速駆動側変速ギヤが入力軸に回転連結されている状態の作用を説明する図である。
【図5】第1実施形態の変速機の潤滑構造における流量配分比改善の効果を例示説明する図である。
【図6】従来技術による流量配分比を例示説明する図である。
【図7】第2実施形態の変速機の潤滑構造における潤滑油溝を説明する軸線直交断面図である。
【図8】第2実施形態の変速機の潤滑構造における潤滑油溝を説明する軸線方向断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明を実施するための第1実施形態を、図1〜図5を参考にして説明する。図1は、本発明の第1実施形態の変速機の潤滑構造1を簡略に示す断面図である。図示されるように、実施形態の変速機の潤滑構造1は、入力軸2と、1速〜4速駆動側変速ギヤ31〜34と、1―2速用同期装置41および3−4速用同期装置48と、入力軸2の内部に延在する軸内油路5及び複数の潤滑油穴61〜64と、を備えている。この変速機は前進5速後進1速の常時噛合歯車式変速機であり、操作方式は手動でも自動でもよい、なお、5速のみは図略の出力軸側に同期装置が設けられており、後進用ギヤは図1では省略されている。
【0022】
入力軸2は、本発明の回転軸に相当し、2箇所の軸受け部21、22により図略のケーシングに軸支されて回転するようになっている。2箇所の軸受け部21、22の間の外周面23には、図中右側から順番に1速〜4速駆動側変速ギヤ31〜34が相対摺動回転可能に遊嵌されている。各駆動側変速ギヤ31〜34の内径は入力軸2の外径よりもわずかに大とされ、両者31〜34、2の間に軸受け部材は配置されていない。つまり、各駆動側変速ギヤ31〜34の内周面311と入力軸2の外周面23とにより相対摺動回転するすべり軸受け、換言すれば摺動部が構成されている。各駆動側変速ギヤ31〜34は、入力軸2と平行配置された出力軸に固設された図略の各従動側変速ギヤと常時噛合している。また、入力軸2の一方の軸受け部21よりも端部側(図の左側)に、5速駆動側変速ギヤ35が固設されている。
【0023】
1―2速用同期装置41および3−4速用同期装置48は本発明の連結装置に相当し、前者41を例にして説明する。1―2速用同期装置41は、1速および2速における回転連結機能を有し、1速駆動側変速ギヤ31と2速駆動側変速ギヤ32との間に配置されている。1―2速用同期装置41は、ハブ42、スリーブ43、図略のシンクロナイザリング、1速ギヤピース44、および2速ギヤピース45により概ね軸対称に構成されている。ハブ42は、入力軸2の外周に突設されて一体的に回転する環状の部位であり、その外周に外スプライン溝421を有している。スリーブ43は略円筒状の部材であり、内周面にはハブ42の外スプライン溝421と嵌合する内スプライン溝431を有して軸線方向に(図の左右方向に)移動可能となっている。
【0024】
1速ギヤピース44は、1速駆動側変速ギヤ31と一体的に回転する部材であり、外周にスリーブ43の内スプライン溝431と嵌合可能なギヤ側外スプライン溝441を有している。スリーブ43と1速ギヤピース44との間に、両者43、44を同期させるためのシンクロナイザリング(図略)が配置されている。同様に、2速ギヤピース45は、2速駆動側変速ギヤ32と一体的に回転する部材であり、外周にスリーブ43の内スプライン溝431と嵌合可能なギヤ側外スプライン溝451を有している。スリーブ43と2速ギヤピース45との間にも、両者43、45を同期させるためのシンクロナイザリング(図略)が配置されている。
【0025】
図略の操作機構によりスリーブ43が軸線方向の一側(図の右方)に駆動されると、スリーブ43の内スプライン溝431がハブ42の外スプライン溝421および1速ギヤピース44のギヤ側外スプライン溝441に跨って嵌合する。これにより、1速駆動側変速ギヤ31が入力軸2に回転連結されて駆動力を伝達する状態になる。また、スリーブ43が軸線方向の他側(図の左方)に駆動されると、2速駆動側変速ギヤ32が入力軸2に回転連結されて駆動力を伝達する状態になる。図略のシンクロナイザリングの構造や、同期の作用については周知であるので詳細な説明は略する。本明細書では、駆動力を伝達している状態の駆動側変速ギヤを駆動ギヤと称し、その他の駆動側変速ギヤを遊嵌ギヤと称する。駆動ギヤは入力軸2と同期回転し、遊嵌ギヤは入力軸2に対して相対摺動回転する。
【0026】
入力軸2の内部には、軸内油路5および複数の潤滑油穴61〜64が形成されている。軸内油路5は、入力軸2の内部に軸線方向に略一定の内径で延在しており、一端側(図中の右側)は開口して入口51が設けられ、他端側(図中の左側)は閉止されている。入口51には、図略のオイルレシーバで集積され供給油路を流下した潤滑油の全油量Qtotが供給される。
【0027】
潤滑油穴61〜64は、入力軸2の軸内油路5から径方向外向きに貫設され、外周面23に連通して開口している。外周面23の開口611は各駆動側変速ギヤ31〜34の内周面311に臨んでいる。潤滑油穴61〜64は、各駆動側変速ギヤ31〜34に対して少なくとも1個形成されている。図2は、入力軸2に形成された潤滑油穴61を説明する軸線直交断面図である。複数の潤滑油穴の構造は類似しているので、1速駆動側変速ギヤ31の摺動部に潤滑油を供給する潤滑油穴61を例にして説明する。
【0028】
図示されるように、潤滑油穴61は、入力軸2のハブ42の外スプライン溝421の谷422と同位相に形成されている。入力軸2の周方向の複数箇所に潤滑油穴61が形成される場合には、すべて谷422と同位相に形成される。軸内油路5の入口51に供給される全油量Qtotは、各潤滑油穴61〜64に配分される。その後、潤滑油は、遠心力にしたがって潤滑油穴61を径方向外向きに流れ、開口611から流出する。
【0029】
一方、各駆動側変速ギヤ31〜34の内周面311には、蓋部313および潤滑油溝312が形成されている。図3は、1速駆動側変速ギヤ31に形成された蓋部313および潤滑油溝312を説明する軸線方向視図である。蓋部313および潤滑油溝312の構造は各駆動側変速ギヤ31〜34で類似しているので、1速駆動側変速ギヤ31を例にして説明する。図示されるように、1速駆動側変速ギヤ31の内周面311のうち、ギヤピース44のギヤ側外スプライン溝441のそれぞれの山443と同位相に複数の潤滑油溝312が形成されている。潤滑油溝312は、図示されるように半円形の溝断面形状に刻設されており、軸線方向(図3の紙面表裏方向)に延在し、あるいは軸線方向に傾斜して延在している。また、1速駆動側変速ギヤ31の内周面311のうち、潤滑油溝312が設けられずに残された部分が蓋部313になる。蓋部313は、ギヤピース44のギヤ側外スプライン溝441のそれぞれの谷442と同位相に配置される。
【0030】
次に、上述のように構成された第1実施形態の変速機の潤滑構造1の作用について説明する。図4は、第1実施形態の変速機の潤滑構造1で、1速駆動側変速ギヤ31が入力軸2に回転連結されている状態の作用を説明する図である。1速駆動側変速ギヤ31が入力軸2に回転連結されるとき、スリーブ43が軸線方向に移動し、ハブ42および1速ギヤピース44に跨って嵌合する。したがって、ハブ42の外スプライン溝421と1速ギヤピース44のギヤ側外スプライン溝441とで谷422、442同士、および山423、443同士の位相が揃い、紙面の表裏方向に重なる。これにより、1速駆動側変速ギヤ31の蓋部313が潤滑油穴61の開口611を確実に塞ぎ、1速駆動側変速ギヤ31の摺動部に供給される潤滑油量が確実に低減される。
【0031】
一方、1速駆動側変速ギヤ31以外の入力軸2と相対回転している状態の2速〜4速駆動側変速ギヤ32〜34では、蓋部および潤滑油溝が交互に潤滑油穴62〜64の開口に臨むので、潤滑油溝と潤滑油穴とが間欠的に連通する。このとき、軸内油路5の入口51に供給される全油量Qtotは略一定であるので、1速駆動側変速ギヤ31の潤滑油量が低減された分だけ、2速〜4速駆動側変速ギヤ32〜34に供給される潤滑油量が増加する。
【0032】
同様に、2速〜4速駆動側変速ギヤ32〜34のいずれかが入力軸2に回転連結されたとき、当該の駆動側変速ギヤ32〜34の潤滑油量が低減され、他の駆動側変速ギヤでは摺動部に潤滑油が供給される。つまり、変速ギヤの連結切り替えに応じて複数の潤滑油穴61〜64における油量配分比が変化し、同期回転して潤滑油が殆ど必要でない駆動ギヤの潤滑油量が低減され、その分だけ他の遊嵌ギヤの潤滑油量が増加する。
【0033】
次に、上述のように構成された第1実施形態の変速機の潤滑構造1の効果について、従来技術と比較して説明する。図5は第1実施形態の変速機の潤滑構造1における流量配分比改善の効果を例示説明する図であり、図6は従来技術による流量配分比を例示説明する図である。
【0034】
従来技術では、潤滑油穴と連通する潤滑油溝は、変速ギヤ側でなく回転軸の外周面に設けられるのが一般的であった。このため、各変速ギヤで潤滑油穴と潤滑油溝が常時連通しており、回転連結される変速ギヤに関わらず、流量配分比は概ね一定になっていた。この流量配分比は、図6に例示されるように、軸内油路の入口に近い1速駆動側変速ギヤで供給油量q1が最も多く、入口から遠ざかるにつれて2速〜4速駆動ギヤで順番に供給油量q2〜q4が少なくなっていた。このため、1速駆動側変速ギヤが回転連結されて低速走行しているときに、潤滑油は殆ど必要でないにもかかわらず、多量の潤滑油量q1が供給されて、無効に排出されていた。逆に、大きな回転速度差が生じて多量の潤滑油が必要となる4速駆動側変速ギヤに少量の供給油量q4しか供給されず、適正な流量配分比になっていなかった。
【0035】
これに対し、第1実施形態では、図5に示されるように、回転連結されている1速駆動側変速ギヤ31の潤滑油量Q1が低減され、その分だけ他の相対回転している2速〜4速駆動側変速ギヤ32〜34の潤滑油量Q2〜Q4が増加する。図示はしていないが、他の駆動側変速ギヤ32〜34が回転連結されたときにも、同様の効果が生じる。つまり、遊嵌された複数の1速〜4速駆動側変速ギヤ31〜34の連結切り替えに応じて複数の潤滑油穴31〜34における油量配分比が改善され、潤滑性能が高められる。
【0036】
さらに、第1実施形態の潤滑構造1は、入力軸2に従来と類似した形状の軸内油路5及び潤滑油穴61〜64を設け、1速〜4速駆動側変速ギヤ31〜34の内周面311の一部に潤滑油溝312を設け、潤滑油溝312を設けずに残された内周面を蓋部313とすることで構成されている。したがって、簡素な構造でコスト低廉な潤滑構造1が実現されている。
【0037】
次に、潤滑油溝の形状を変更した第2実施形態の変速機の潤滑構造について説明する。第2実施形態では、潤滑構造の全体構成は図1と同様であり、潤滑油穴61も図2と同様であり、1速〜4速駆動側変速ギヤ31〜34の内周面311の潤滑油溝315の形状が異なる。図7は、第2実施形態の変速機の潤滑構造における潤滑油溝315を説明する軸線直交断面図である。また、図8は、第2実施形態の変速機の潤滑構造における潤滑油溝315を説明する軸線方向断面図である。第2実施形態でも、潤滑油溝315の構造は各駆動側変速ギヤ31〜34で類似しているので、1速駆動側変速ギヤ31を例にして説明する。
【0038】
図7に示されるように、1速駆動側変速ギヤ31の内周面311には、第1実施形態と同じ位相関係で複数の潤滑油溝315及び蓋部313が形成されている。潤滑油溝315は、図示されるように台形状の溝断面形状を有して軸線方向に延在している。すなわち、潤滑油溝315は、内周面311に対して周方向に傾斜した2つの溝側面316、317を有し、径方向内側の溝開口面318が径方向外側の溝底面319よりも広くなっている。この態様では、遠心力により潤滑油が溝底面319に滞留して摺動部(入力軸2の外周面23と1速駆動側変速ギヤ31の内周面311)の潤滑に寄与できなくなるおそれを回避できる。つまり、溝底面319の潤滑油は、図の例では反時計回りの回転方向(図中白矢印)に対する慣性作用により傾斜した一方の溝側面316を伝わって摺動部に達する(図中黒矢印)ので、効率よく潤滑に供される。
【0039】
また、図8に示されるように、潤滑油溝315は、軸線方向の両側に溝深さを低減した堰部314を有している。堰部314は、1速駆動側変速ギヤ31の内周面311の軸線方向の両端面が刻設されずに残されて形成されており、実質的な溝深さはゼロとなっている。この態様では、図中黒矢印で示されるように、潤滑油孔61から供給された潤滑油は潤滑油溝315から無駄に排出されずに堰部314で堰き止められて一旦貯留される。その後、潤滑油は堰部314の隙間を流れ出る際に効率よく潤滑に供される。したがって、図7及び図8を用いて説明した2つの効果の相乗的な作用により、潤滑性能が格段に高められる。
【0040】
なお、本発明は、同期装置41、48に限定されず、入力軸と変速ギヤとが特定位相で回転連結する結合装置を備える構成に実施可能であり、摩擦クラッチのように不特定の位相で回転連結する結合装置を備える構成には実施できない。その他、本発明は様々な応用や変形が可能である。
【符号の説明】
【0041】
1:変速機の潤滑構造
2:入力軸 21、22:軸受け部 23:外周面
31〜35:1速〜5速駆動側変速ギヤ
311:内周面 312:潤滑油溝 313:蓋部 314:堰部
315:潤滑油溝 316、317:溝側面 318:溝開口面 319:溝底面
41:1―2速用同期装置
42:ハブ 421:外スプライン溝 422:谷 423:山
43:スリーブ 431:内スプライン溝
44:1速ギヤピース 441:ギヤ側外スプライン溝 442:谷 443:山
45:2速ギヤピース 451;ギヤ側外スプライン溝
48:3−4速用同期装置
5:軸内油路 51:入口
61〜64:潤滑油穴 開口611
Qtot:潤滑油の全油量
q1〜q4:従来技術による流量配分比
Q1〜Q4:第1実施形態による流量配分比

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ケーシングに軸支されて回転する回転軸と、該回転軸の外周面に相対摺動回転可能に遊嵌された複数の変速ギヤと、前記複数の変速ギヤを選択的に前記回転軸に回転連結させる連結装置と、前記回転軸の内部に軸線方向に延在する軸内油路と、前記回転軸の前記軸内油路から前記外周面に連通して開口し各前記変速ギヤの内周面に臨む複数の潤滑油穴と、を備える変速機の潤滑構造であって、
前記連結装置は、前記変速ギヤを前記回転軸の特定位相に回転連結し、
前記変速ギヤは、前記回転軸の前記特定位相に回転連結された状態で前記潤滑油穴の開口を塞ぐ蓋部と、前記回転軸に対して相対摺動回転している状態で前記潤滑油穴の前記開口に間欠的に連通する潤滑油溝とを前記内周面に有することを特徴とする変速機の潤滑構造。
【請求項2】
前記連結装置は、前記回転軸と一体的に回転し外周に外スプライン溝を有するハブと、前記ハブの前記外スプライン溝と嵌合する内スプライン溝を有して軸線方向に移動可能なスリーブと、前記変速ギヤと一体的に回転し外周に前記スリーブの前記内スプライン溝と嵌合可能なギヤ側外スプライン溝を有するギヤピースと、を含んで構成され、
前記潤滑油穴は、前記回転軸の前記ハブの前記外スプライン溝の谷または山と同位相に形成され、
前記変速ギヤは、前記回転軸の前記特定位相に回転連結された状態で前記ハブの前記外スプライン溝の谷または山と位相が一致する前記ギヤ側外スプライン溝の谷または山と同位相に前記蓋部を有し、前記回転軸の前記特定位相に回転連結された状態で前記ハブの前記外スプライン溝の谷または山と位相がずれる前記ギヤ側外スプライン溝の山または谷と同位相に前記潤滑油溝を有する請求項1に記載の変速機の潤滑構造。
【請求項3】
前記変速ギヤの前記潤滑油溝は、軸線方向に延在し、あるいは前記軸線方向に傾斜して延在する請求項1または2に記載の変速機の潤滑構造。
【請求項4】
前記変速ギヤの前記潤滑油溝は、前記内周面に対して周方向に傾斜した溝側面を有し、径方向内側の溝開口面が径方向外側の溝底面よりも広い請求項3に記載の変速機の潤滑構造。
【請求項5】
前記変速ギヤの前記潤滑油溝は、前記軸線方向の両側に溝深さを低減した堰部を有する請求項3または4に記載の変速機の潤滑構造。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公開番号】特開2012−237355(P2012−237355A)
【公開日】平成24年12月6日(2012.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−105918(P2011−105918)
【出願日】平成23年5月11日(2011.5.11)
【出願人】(592058315)アイシン・エーアイ株式会社 (490)
【Fターム(参考)】