説明

多孔表面の形成方法

【課題】汚染物に対する仕上げ処理等を必要とすることなく、さらには高精度かつ高効率で材料表面に凹部(くぼみ)を形成することが可能な、多孔形成方法を提供する。
【解決手段】母材の少なくとも表面部分にこの母材よりも平衡蒸気圧が高い物質が分散された被加工材11に対して、その表面に電子ビーム13を照射して前記物質を蒸発させ、前記被加工材の表面に凹部14を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、部材表面に多孔形成を施し、種々の機能性を付与するようにした材料加工技術に関する。
【背景技術】
【0002】
表面にディンプル加工等を施し、多孔性の表面を形成してなる部材は、例えば、潤滑油の保持性能を高めた摺動部材や、アーク放電を制御した電極部材、熱伝達促進を目的とした熱交換器の部材、集光を目的とした光学用の部材など、エネルギー関連機器の分野で多くの適用先がある。
【0003】
例えば摺動面の潤滑油保持などでは、現在でも手作業による「きさげ仕上げ」などによってくぼみを形成する方法などが利用されているが、信頼性の高い表面仕上げのためには、作業者の熟練度が必要である。
【0004】
このような観点から、材料表面へディンプル加工を施し、上述したくぼみ(凹部)を簡易かつ効率的に形成する方法が提案されている。例えば、特許文献1には、10〜200μmの鋼球あるいはセラミックス球を用い、サンドブラストあるいはショットピーニングによって材料表面にくぼみを形成する方法が開示されている。また、特許文献2には、硬球を用いてディンプル加工を行い、材料表面にくぼみを形成する技術が開示されている。
【0005】
また、特許文献3には、COレーザパルスを用いて材料表面にくぼみを形成する技術が開示されており、特許文献4には、ボールエンドミルを用いて材料表面にくぼみを形成する技術が開示されている。さらに、特許文献5には、液体中に微細なキャビテーション泡を発生させ、このキャビテーション泡の崩壊時の衝撃波を利用して材料表面にくぼみを形成する技術が開示されている。
【0006】
しかしながら、特許文献1及び2に記載の方法では、上述したセラミックス球や鋼球などが多量に必要となり、多くの場合には、これらの加工材料が表面に汚染物として残存することから、これを除去するための仕上げ処理などの後工程が必要となる。
【0007】
また、特許文献3に記載の方法では、レーザ照射による加工により、比較的クリーンな状態で表面にくぼみの形成ができるものの、基本的には1照射につき1ディンプル(くぼみ)しか加工できないことから、加工時間がかかることや、加工装置に高精度な位置決め機構が必要であること、加工範囲に制約を受けるなど、大型部品表面へのディンプル加工には、あまり適していない。
【0008】
さらに、特許文献4に記載の方法では、ボールエンドミルによる機械加工もレーザ加工と同様、1工程で1ディンプルしか加工することが出来ず、加工時間などの問題から、大型部品の施工には適していないのが現状である。
【0009】
また、特許文献5に記載の方法では、被加工物と振動体との間隔を高精度に制御する必要があることから、曲面をもつ部材への適用などには問題も多く、実用に際しては多くの技術的課題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2003−184883号公報
【特許文献2】特開2003−42153号公報
【特許文献3】特開2002−103064号公報
【特許文献4】特開2002−361510号公報
【特許文献5】特開2006−82163号公報
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は上述したような既存の多孔表面形成加工の課題に鑑み、汚染物に対する仕上げ処理等を必要とすることなく、さらには高精度かつ高効率で材料表面に凹部(くぼみ)を形成することが可能な、多孔形成方法を提供することを目的とする。
【0012】
本発明の一態様は、母材の少なくとも表面部分にこの母材よりも平衡蒸気圧が高い物質が分散された加工材を準備する工程と、前記加工材の表面に電子ビームを照射し前記物質を蒸発させ、前記加工材の表面に凹部を形成する工程と、を具えることを特徴とする、多孔表面の形成方法に関する。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、汚染物に対する仕上げ処理等を必要とすることなく、さらには高精度かつ高効率で材料表面に凹部(くぼみ)を形成することが可能な、多孔形成方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】実施形態における被加工材への凹部の形成方法に関する説明図である。
【図2】同じく、実施形態における被加工材への凹部の形成方法に関する説明図である。
【図3】実施形態における被加工材の形成方法を説明するための図である。
【図4】実施例における被加工材の表面顕微鏡写真である。
【図5】同じく、実施例における被加工材の表面顕微鏡写真である。
【図6】実施例における電子ビームと凹部の発生密度との関係を示すグラフである。
【図7】実施例における被加工材中のFeに対するMnの比と、電子ビームのエネルギー密度との関係を示すグラフである。
【図8】実施例における被加工材の形成方法と、凹部発生数との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の詳細、並びにその他の特徴及び利点について説明する。
【0016】
(被加工材への凹部形成)
最初に、被加工材への凹部(くぼみ)の形成方法について説明する。図1及び2は、本実施形態における被加工材への凹部の形成方法に関する説明図であり、前記被加工材の断面を示している。
【0017】
図1に示すように、母材11中に、この母材11よりも平衡蒸気圧が高い物質12を分散させてなる被加工材10を準備する。
【0018】
母材11に使用できる材料としては特に限定されるものではない。しかしながら、目的とする多孔表面を有する部材の主要部分を構成するものであるから、前記部材の用途に応じて適宜に選択する。例えば、金属やセラミックからなる部材を用いることができる。金属からなる部材としては、炭素鋼やステンレス鋼などの鋼材、アルミニウム合金、銅合金及びニッケル合金などを例示することができる。セラミックからなる部材としては、AlやMgOなどの酸化物セラミックス、SiCなどの炭化物系セラミックス、TiNなどの窒化物系セラミックス及び(SiAlONなどの複合酸化物などを例示することができる。
【0019】
また、物質12としては、母材11より平衡蒸気圧が高く、以下に説明する電子ビームの照射によって瞬間的に蒸発するものであれば特に限定されるものではない。また、母材11中に分散させるものであるので、母材11と反応したり、母材11中に溶解したりしないものであることが必要である。例えば、塩化物、硫化物、窒化物及び炭化物等から構成することができる。例えば、FeClやFeCl、NiCl、CoClなどの塩化物、MnS、CuFeS、CuS、CuS、PbS、CoS,Ni、ZnS、FeSなどの硫化物、AlNやTiN、Zn、CuN、FeN、CrNなどの窒化物、FeCやFeC、TiC、Cr23などの炭化物を挙げることができる。
【0020】
例えば、多孔質表面を有する部材として耐食性が要求される場合には、母材11としてSUSを用いることができる。この場合、物質12としてはMnSを用いることができる。これらの材料の組み合わせにおいては、母材11を構成するSUSに比較して物質12を構成するMnSの蒸気圧が極めて高いために、以下に示す電子ビーム照射によってMnSからなる物質12を簡易かつ瞬間的に蒸発させることができる。
【0021】
上述のようにMnSを物質12として用いる場合、その含有量は被加工材10の全体に対して0.01重量%以上とすることが好ましい。これによって、多孔表面を有する目的とする部材を得た場合に、その表面に実用に足るような大きさの凹部(くぼみ)を形成することができるようになる。例えば、1μm以上の凹部を形成することができ、例えば、上述した摺動部材中への潤滑油の保持性能等を向上させることができるようになる。
【0022】
なお、MnSの含有量の最大値は、被加工材10の全体に対して例えば2重量%とすることができる。これを超えて含有量が増えると、母材11の存在割合が減少し、最終的に得た多孔表面を有する部材の本来の特性、例えば機械的強度等が劣化してしまう場合がある。
【0023】
次いで、図2に示すように、被加工材10に対して電子ビーム13を照射し、被加工部材10の特に表面近傍に存在する物質12を蒸発させる。なお、この際、物質12はガス状となった後に爆発的に蒸発することから、被加工部材10の表面に形成される凹部(くぼみ)14は、物質12が爆発してガス状となることにより、物質12が存在する領域を一端拡大した後に蒸発することになる。したがって、凹部14の大きさは物質12が存在していた領域の大きさよりも増大する。
【0024】
なお、電子ビーム13のエネルギー密度は1 J/cmから50 J/cmであることが好ましい。この範囲のエネルギー密度を有する電子ビーム13を用いることにより、上述した物質12の蒸発を良好に行うことができる。エネルギー密度が50 J/cmを超えると、物質12の蒸発に加えて母材11が溶融し、物質12の蒸発によって形成された凹部14中に溶融した母材11の構成成分が流れ込み、目的とする凹部14を消失させたり、目的とする大きさの凹部14を形成できなかったりする場合がある。
【0025】
また、電子ビーム13の照射時間は、例えば数マイクロ秒から数十ミリ秒のオーダとすることができる。
【0026】
さらに、電子ビーム13はパルス状の電子ビームであることが好ましい。この場合、パルス幅やパルス数を制御することによって、電子ビーム13の照射時間をマイクロ秒のオーダで制御することが可能となり、上述した物質12の蒸発を高精度に行うことができるようになる。
【0027】
(被加工材の形成)
次に、図1及び2に示す被加工材10の形成方法について説明する。
第1の方法としては、母材11を構成する材料と物質12との化合物(例えば、合金等)に対して溶体化処理を行う。具体的には、前記化合物を溶体化温度以上に加熱した後、50℃/秒以上、好ましくは100℃/秒以上の冷却速度で冷却する。これによって、前記化合物中の物質12が析出して母材11中に均一に分散するようになる。
【0028】
なお、上記化合物は、母材11を構成する前記材料と物質12との種類に応じて適宜に処理を行って得る。例えば、上記SUSとMnSとの組み合わせでは、両者を加熱溶融して合金化し、前記化合物としての合金を得た後に、前記合金に対して溶体化処理を行う。
【0029】
第2の方法としては、母材11を構成する前記材料と物質12との混合物をメカニカルミリングすることによって得る。この場合は、前記混合物を所定のメカニカルミリング装置内に入れ、所定時間加工を行うことによって、前記混合物中の物質12を母材11を構成する材料中に拡散浸透させる。これによって、母材11中に物質12が分散した被加工材10を得ることができる。
【0030】
第3の方法としては、母材11を構成する前記材料上に物質12を配置した後、上方から摩擦攪拌処理を実施することによって得る。一例として、図3に示すように、母材11上に物質12からなる層12Aを形成し、層12Aの上方からドリル加工を行う。この場合、層12Aは塑性流動を生ぜしめ、層12Aを構成する物質12が母材11中に機械的に攪拌し、母材11中に物質12が分散してなる被加工材10を得ることができる。
【実施例】
【0031】
(実施例1)
ステンレス鋼SUS304を母材とし、この母材中にMnSを含有及び分散させて被加工材を得た。なお、MnSの前記被加工材の全体に対する含有量は0.1重量%及び0.026重量%とした。なお、前記被加工材は溶体化処理によって形成した。
【0032】
次いで、前記被加工材に対して、10J/cmのエネルギー密度の電子ビームの2マイクロ秒の照射を1ショットとし、合計20ショットの電子ビーム照射を実施した。この時の前記被加工材の表面の状態を図4及び5に示す。図4及び5は、前記被加工材の表面顕微鏡写真であり、図4及び5から明らかなように、上述した操作によって、前記被加工材の表面には無数の凹部(くぼみ)が形成されていることが分かる。特に、前記被加工材中へのMnSの含有量を増大させた場合、比較的大きな凹部が形成されていることが分かる。
【0033】
したがって、本実施例においては、極めて短時間で前記被加工材の表面に多数の凹部を形成することが可能であることが判明した。
【0034】
(実施例2)
本実施例では、実施例1と同様の被加工材(MnS含有量:0.026重量%)を用い、パルス電子ビーム照射を実施した際の、電子ビームと凹部の発生密度との関係を調べた。なお、照射条件は、実施例1と同様にした。結果を図6に示す。
【0035】
図6に示すように、エネルギー密度が1J/cmを超えたあたりから急速に凹部の発生数が増加し、15J/cm近傍で凹部の発生数が飽和した後、30J/cmを越えて凹部の発生数が急速に低下する傾向が認められる。このような傾向は、SUS304からなる母材中に分散したMnSが、電子ビームのエネルギー密度が1J/cmを越えた時点で蒸発し始め、エネルギー密度が大きくなるに伴って、蒸発量が増えるものの、母材中のMnS量には限りがあるために蒸発量は飽和し、さらにエネルギー密度を増加させると、母材などの溶融・蒸発が生じることにより、くぼみとして痕跡を残さないため、高エネルギー側でくぼみの発生数が減少しているものと考えている。
【0036】
したがって材料によってエネルギー密度の適正値には違いがあるものの、エネルギー密度の最低値としては1 J/cm、上限値としては50 J/cm程度の範囲で表面の加工を実施することが好ましいことが分かる。
【0037】
なお、電子ビーム照射を行いながら、飛散する蒸発物を誘導結合プラズマによる質量分析計を用いて元素分析を実施した。主要元素であるFeに対するMnの比と、上記電子ビームのエネルギー密度との関係を図7に示す。
【0038】
図7より、2 J/cm程度の低エネルギーの部分にMnのピークがあることから、この程度のエネルギー密度でも、母材中に分散したMnSが蒸発していることがわかる。この結果は、前述したくぼみの発生と良く一致している。なお、電子ビームのエネルギー密度が高くなると、Feの蒸発量が増加するため、相対的なMnの蒸発量は減少する傾向にあり、最終的には、被加工材に含まれるMnとFeとの比に近い値で一定になる。
【0039】
(実施例3)
本実施例では、前記被加工材を上述した第1の方法(溶体化・冷却処理)、第2の方法(メカニカルミリング処理)及び第3の方法(摩擦攪拌処理)によって形成した際の、凹部の形成割合(凹部の発生数)をそれぞれ比較した。なお、前記被加工材は、実施例1同様に、被加工材(MnS含有量:0.026重量%)を用い、パルス電子ビーム照射を実施した際の、電子ビームと凹部の発生密度との関係を調べた。なお、照射条件は、実施例1と同様にした。結果を図8に示す。
【0040】
図8に示すように、上記被加工材をSUS304とMnSとから構成した場合においては、メカニカルミリング処理によって形成した被加工材の凹部発生数が最も多いことが判明した。なお、摩擦攪拌処理と溶体化・冷却処理とでは、発生する凹部の数はやや摩擦攪拌処理の場合の方が多いことが判明した。
【0041】
但し、本実施例は、上記被加工材をSUS304とMnSとから構成し、MnS含有量をMnS含有量を0.026重量%とした場合であって、条件を変えれば異なる結果が得られる可能性も十分にある。
【0042】
また、図8には、参考としてMnSなどの物質が母材中に分散していない、いわば母材のみからなる被加工材として圧延切出し材に、上記パルス電子ビームを照射した場合の結果をも併せて示した。この結果から、前記圧延切出し材の場合でも、凹部の発生することが確認されたが、その数は上述した本実施形態に従って得た被加工材と比較して十分に少ないことがわかる。
【0043】
但し、この場合でも極少数の凹部が形成されるのは、前記圧延切出し材中に含まれる不純物が上述したパルス電子ビームの照射によって蒸発しているためと考えられる。
【0044】
以上、本発明を上記具体例に基づいて詳細に説明したが、本発明は上記具体例に限定されるものではなく、本発明の範疇を逸脱しない限りにおいて、あらゆる変形や変更が可能である。
【符号の説明】
【0045】
10 被加工材
11 母材
12 (母材中に分散した)物質
13 電子ビーム
14 凹部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材の少なくとも表面部分にこの母材よりも平衡蒸気圧が高い物質が分散された被加工材を準備する工程と、
前記被加工材の表面に電子ビームを照射し前記物質を蒸発させ、前記被加工材の表面に凹部を形成する工程と、
を具えることを特徴とする、多孔表面の形成方法。
【請求項2】
前記物質は塩化物、硫化物、窒化物、及び炭化物からなる群より選ばれる少なくとも一種であることを特徴とする、請求項1に記載の多孔表面の形成方法。
【請求項3】
前記電子ビームのエネルギー密度が1 J/cmから50 J/cmであることを特徴とする、請求項1又は2に記載の多孔表面の形成方法。
【請求項4】
前記電子ビームがパルス状の電子ビームであることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか一に記載の多孔表面の加工方法。
【請求項5】
前記物質がMnSであることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか一に記載の多孔表面の加工方法。
【請求項6】
前記被加工材に対する前記MnSの含有量が、0.01重量%以上であることを特徴とする、請求項5に記載の多孔表面の形成方法。
【請求項7】
前記被加工材において、前記物質の前記母材中への分散は、前記母材を構成する材料と前記物質との化合物を溶体化温度以上に加熱した後、50℃/秒以上の冷却速度で冷却を行うことによって行うことを特徴とする、請求項1〜6のいずれか一に記載の多孔表面の形成方法。
【請求項8】
前記被加工材において、前記物質の前記母材中への分散は、前記母材を構成する材料と前記物質との混合物をメカニカルミリングすることによって行うことを特徴とする、請求項1〜6のいずれか一に記載の多孔表面の形成方法。
【請求項9】
前記被加工材において、前記物質の前記母材中への分散は、前記母材を構成する材料上に前記物質を配置した後、上方から摩擦攪拌処理を実施することによって行うことを特徴とする、請求項1〜6のいずれか一に記載の多孔表面の形成方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−207897(P2010−207897A)
【公開日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−58748(P2009−58748)
【出願日】平成21年3月11日(2009.3.11)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】