説明

多層皮膜被覆部材およびその製造方法

【課題】DLC並みの潤滑特性を有し且つ高硬度、高耐熱性の硬質皮膜を被覆した多層皮膜被覆部材およびその製造方法を提供する。
【解決手段】
基材表面に組成が異なる硬質皮膜を2層以上被覆した多層皮膜被覆部材であって、硬質皮膜1の組成は、SiaBuCvNwOzで表され、該硬質皮膜1の下部層である該硬質皮膜2の組成は、金属成分がAl、Ti、Cr、Nb、W、Si、V、Zr、およびMoから選択される2種以上と、非金属成分がNとB、C、O、およびSから選択される少なくとも1種を有し、該硬質皮膜1はラマン分光分析において1300から1600cm−1の間に検出される最大強度のピーク強度Ixを有し、1900から2200cm−1の間に検出される最大強度のピーク強度Iyを有し、3.2≦Ix/Iy≦8.0であることを特徴とする多層皮膜被覆部材である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、切削工具、金型、エンジン部品またはガスタービンなどの耐摩耗性および耐高温酸化特性が要求される部材に硬質皮膜を施した摺動特性および耐熱性に優れる多層皮膜被覆部材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
摺動部材へはCrNやTiNなどのコーティングが用いられていたが、近年になってダイヤモンドライクカーボン(DLC)が普及してきている。平滑な表面が得易く、摩擦特性も優れることから摺動部材などへのコーティングとして有用と考えられている。
特許文献1には金属基材に対してDLC膜を成膜する技術が開示されている。
特許文献2ではDLC膜中の不純物である水素含有量を規定して耐熱性の向上および高硬度化を実現している。
特許文献3および特許文献4ではSiを炭素皮膜中に含有させたDLC膜が開示されている。
特許文献5では耐熱性の改善、更なる高硬度化の為に、Si(BCN)系の皮膜が提案され、切削工具や耐摩耗部材に使用する皮膜の耐摩耗性、耐熱性が飛躍的に向上している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特公平6−60404号公報
【特許文献2】特開2003−62708号公報
【特許文献3】特開2006−22666号公報
【特許文献4】特開2007−177313号公報
【特許文献5】特開2007−126714号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、引用文献1には、不純物の規定が無く、不純物の含有による皮膜物性の低下、特に耐熱性の不足が予想される。それにより高温環境における使用に弊害が発生することが予測される。
引用文献2には、炭素を主成分とするコーティングである為に耐熱性の改善には限度があり、せいぜい600℃程度が限界である。
引用文献3〜5に記載のものでは、特に高能率加工条件における摺動特性が十分ではないという問題がある。
近年の切削加工では、加工品の納期短縮やCO排出量削減などにより高能率な加工条件にて短時間にて加工するように推移している。それにより、従来に対して切削速度を増加させたり、送り量を増加させたりして高能率化を図っている。例えば切削速度を増加させると加工熱の上昇が誘発され、工具の熱起因の損傷が激しくなる。一方、送り量を増加させると工具と被加工物の間の面圧が増加するために、高面圧化での摩耗の早期進行が発生する。いずれの場合も大小があるものの、従来加工条件に比べると、加工熱の影響が大きくなっており、工具および工具表面を覆っているコーティングの耐熱性、耐酸化特性の向上が必要不可欠となっている。また、高面圧化でも摩耗の進行を抑制できるように高硬度且つ高潤滑な物性もあわせて必要となっている。
このように、従来の公知技術では近年の高能率の加工条件に対応することができず、耐摩耗性や耐熱性のみならず、摺動特性の向上が課題となっている。
そこで、本発明の目的は、DLC並みの潤滑特性を有し且つ高硬度、高耐熱性の硬質皮膜を被覆した多層皮膜被覆部材を提供することにある。またその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の多層皮膜被覆部材は、基材表面に組成が異なる硬質皮膜を2層以上被覆した多層皮膜被覆部材であって、該多層皮膜は少なくとも硬質皮膜1と硬質皮膜2を有し、該硬質皮膜1は多層皮膜被覆部材の最表層側にあって、該硬質皮膜1の組成は、SiaBuCvNwOz(但し、夫々の元素の含有量は原子比であり、a+u+v+w+z=1.0、0.10≦a≦0.35、0.01≦u≦0.25、0.45≦v≦0.85、0.03≦w≦0.30、および0<z≦0.20である。)で表され、該硬質皮膜1の下部層である該硬質皮膜2の組成は、金属成分がAl、Ti、Cr、Nb、W、Si、V、Zr、およびMoから選択される2種以上と、非金属成分がNとB、C、O、およびSから選択される少なくとも1種を有し、該硬質皮膜1はラマン分光分析において1300から1600cm−1の間に検出される最大強度のピーク強度Ixを有し、1900から2200cm−1の間に検出される最大強度のピーク強度Iyを有し、3.2≦Ix/Iy≦8.0であることを特徴とする。
耐熱性に優れる珪素を含んでいる為に、耐熱性が飛躍的に改善され過酷化する使用環境においても十分な耐熱性を示すことが可能となる。また、皮膜中に適度にアモルファスカーボンを含んでいる為に、潤滑特性の向上も図ることができる。
【0006】
ラマン分光分析において1500cm−1付近に検出されるピークはアモルファスカーボンに由来するピークであり、成膜時に炭化水素系ガスを用いて皮膜中のC含有量を増加させているために、他元素と結びつかずにC元素同士で結びついている。これはラマン分析の結果においてC−C結合が検出されていることからも確認されている。また、基材と該硬質皮膜の間に金属成分がAl、Ti、Cr、Nb、W、Si、V、Zr、およびMoから選択される2種以上と非金属成分がNとB、C、O、およびSから選択される少なくとも1種を有する硬質皮膜を有し、硬質皮膜1との複層構造を有していることで、密着性の改善が図られ、該硬質皮膜1の性能を十分に発揮することができる。
【0007】
本発明の多層皮膜被覆部材における代表的な皮膜構造を図1および図2に示す。図1は硬質皮膜1および硬質皮膜2がそれぞれ単層であり、多層皮膜被覆部材としては2層構造を有しているものである。硬質皮膜1は多層皮膜被覆部材の最表面側に位置している。図2は硬質皮膜1および硬質皮膜2がそれぞれ複層構造を有しているものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明の多層皮膜被覆部材では、皮膜の更なる高潤滑化と耐熱性を向上させることができた。硬質皮膜1を被覆した多層皮膜被覆部材およびその製造方法を提供することができた。例えば、切削加工における更なる高速化による加工能率の向上や、高温環境下で使用される摺動部材の使用温度範囲を拡充させることができ、従来のDLCに比較してその汎用性を大幅に広げることが可能となった。また、本発明の多層皮膜被覆部材の製造方法は、上記の特徴を有する皮膜を被覆する為の好適な方法である。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明の多層皮膜被覆部材の2層構造における一例を示す。
【図2】本発明の多層皮膜被覆部材の多層構造における一例を示す。
【図3】本発明の多層皮膜被覆部材の成膜に用いた装置の一例を示す。
【図4】本発明例1の熱処理後の多層皮膜被覆部材断面における電子顕微鏡写真を示す。
【図5】従来例38の熱処理後の多層皮膜被覆部材断面における電子顕微鏡写真を示す。
【図6】本発明例3のラマン分光分析結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の多層皮膜被覆部材は、基材表面に組成が異なる硬質皮膜を2層以上被覆した多層皮膜被覆部材であって、該多層皮膜は少なくとも硬質皮膜1と硬質皮膜2を有し、該硬質皮膜1は多層皮膜被覆部材の最表層側にあって、該硬質皮膜1の組成は、SiaBuCvNwOz(但し、夫々の元素の含有量は原子比であり、a+u+v+w+z=1.0、0.10≦a≦0.35、0.01≦u≦0.25、0.45≦v≦0.85、0.03≦w≦0.30、および0<z≦0.20である。)で表され、該硬質皮膜1の下部層である該硬質皮膜2の組成は、金属成分がAl、Ti、Cr、Nb、W、Si、V、Zr、およびMoから選択される2種以上と、非金属成分がNとB、C、O、およびSから選択される少なくとも1種を有し、該硬質皮膜1はラマン分光分析において1300から1600cm−1の間に検出される最大強度のピーク強度Ixを有し、1900から2200cm−1の間に検出される最大強度のピーク強度Iyを有し、3.2≦Ix/Iy≦8.0であることを特徴とする。
1500cm−1付近のピークはアモルファスカーボンに由来するピークであり、アモルファスカーボンが皮膜中に含まれていることで皮膜の潤滑特性が大幅に改善される。2100cm−1付近のピークはバックグラウンドに起因するものである。
Ix値はアモルファスカーボンに起因するピークであるが、ピークの強度は膜厚に左右される傾向にあることがわかっており、強度でその存在量を定義することができない。膜厚が厚ければ厚いほどアモルファスカーボンの存在量が同じでもピーク強度は強くなる傾向にある。そのため、ピーク強度に対する膜厚依存性を少なくする必要がある。そこで、測定時のバックグラウンドIy値を利用して、Ix値におけるアモルファスカーボンのピーク強度とバックグラウンドIy値の強度比を用いて相対的に定義することとした。Iy値はバックグラウンドあり、膜厚に依存してIx値と同様にその強度を変える。膜厚が厚ければIx値とIy値ともに強度が強くなり、Ix/Iyは相対的にアモルファスカーボンの存在量を定義することができると考えた。
3.2≦Ix/Iy≦8.0を満たすことで潤滑特性の効果を得ることができる。Ix/Iy<3.2の場合は、皮膜中のアモルファスカーボンの相対的な存在量が少なく、十分な潤滑効果を得ることができない。また、Ix/Iy>8.0の場合は、皮膜中のアモルファスカーボンの相対的な存在量が多くなり、皮膜硬度の低下や耐熱性の低下などが発生し、皮膜の機能が十分に発揮されない。これは硬質皮膜の硬度が、皮膜中に含まれるSi−C結合の存在に影響を受ける為であると考えられ、Si−C結合の皮膜中の存在比が少なくなることに起因していると推察される。なお、炭化水素系ガスを成膜時に使用するために、皮膜中にはC−H結合も観察されることが確認されている。
【0011】
ラマン分光分析はセキテクノトロン製のマイクロレーザーラマン分光装置を用いて測定を行った。測定条件は下記のとおりである。
(評価条件)
励起用固体レーザー波長:532nm
検出器:冷却CCDマルチチャンネル
分光器:CHROMEX製 250is IMAGING SPECTROGRAPH
積算時間:60秒
試料条件:室温、大気中
【0012】
本発明の多層皮膜被覆部材において、該硬質皮膜1の組成はSiaBuCvNwOzで示され、a+u+v+w+z=1.0、0.10≦a≦0.35、0.01≦u≦025、0.45≦v≦0.85、0.03≦w≦0.30、および0<z≦0.20を満足することを特徴とする。硬質皮膜1は珪素、硼素、炭素、窒素、および酸素を必須とした硬質皮膜である。それぞれの元素の規定範囲について言及する。
珪素の含有量aはa+u+v+w+z=1.0としたときに、0.10≦a≦0.35である。a<0.10であると耐熱性および硬度の改善効果が十分でない。a>0.35であると硬度の低下が招かれる。0.2≦a≦0.3の範囲がより好ましい。
硼素の含有量uはa+u+v+w+z=1.0としたときに、0.01≦u≦0.25である。u<0.01であると硬度並びに耐熱性の改善が十分ではなく、硬質皮膜が脆くなり過ぎてしまい、はく離が発生する傾向にある。硼素は潤滑特性の向上に効果のある元素であるが、酸素と反応し易く、多く添加すると皮膜中に酸素を多く含んでしまい、硬度低下や密着性の悪化を招く。その為、硼素の含有量の上限はu=0.25までとする。0.05≦u≦0.2の範囲がより好ましい。
炭素の含有量vはa+u+v+w+z=1.0としたときに、0.45≦v≦0.85である。v<0.45であると高硬度化および潤滑特性の改善効果が十分でない。炭素を多く含むとアモルファスカーボンのような潤滑特性に効果のある炭化物が多く存在するようになる。v>0.85となると皮膜硬度の低下を招く。0.50≦v≦0.70の範囲がより好ましい。
窒素の含有量wはa+u+v+w+z=1.0としたときに、0.03≦w≦0.30である。w<0.03であると高硬度化と耐熱性の改善効果が乏しくなる。w>0.30であると、結合力の弱いSi−N結合が多くなり皮膜の硬度低下を招く。0.1≦w≦0.25の範囲がより好ましい。
酸素の含有量zはa+u+v+w+z=1.0としたときに、0<z≦0.20である。皮膜の構成元素は酸素を取り込みやすいものを多く含んでいる為、不純物として酸素が必ず含まれる為、z>0となる。予め酸素を皮膜中に含んでいることで、摩耗環境下での酸素の皮膜内部への拡散が抑制され、高温化における耐酸化特性も改善される。z>0.2であると、皮膜の硬度低下を招く。0.01≦z≦0.15の範囲がより好ましい。硬質皮膜1が酸素を含む場合は、硬質皮膜の最表層から膜厚方向に500nm以下の領域の表層近傍が最も酸素濃度が高くなるようにすることが、摩耗環境下における潤滑性および耐酸化性の点から好ましい形態である。酸素は珪素や硼素の酸化物として皮膜中に介在していることが好ましい。皮膜中に酸素は固溶した状態で存在すると、例えば切削加工においては、切削温度の上昇に伴い、酸化珪素および酸化硼素を形成する。その際に、被加工物成分の皮膜内部への内向拡散が発生して、溶着などを引き起こし、また皮膜の機械的特性の低下を引き起こす。その為、予め酸化物の形態で皮膜中に介在しているのが好ましいのである。
【0013】
Ix/Iyの制御方法としては、成膜時に用いるプロセスガスのアルゴンの流量であるFx値と反応ガスの炭化水素系ガスの流量であるFy値の流量比Fy/Fxを、0.007≦Fy/Fx≦0.50と制御することで可能となる。その際の成膜圧力は概ね0.01Paから3.0Paの範囲に制御すると良い。Fy/Fx<0.007では炭化水素系ガスの流量が少なくなり、Ix/Iy<3.2となる。したがって、アモルファスカーボンの存在量が少なくなり、十分な潤滑特性を得ることができない。また、Fy/Fx>0.50とすると、Ix/Iy>8.0となり、アモルファスカーボンの存在量が多くなり皮膜の耐酸化特性が悪くなる。また、皮膜の硬度低下などを招くことになる。したがって、0.007≦Fy/Fx≦0.50に制御することが必要となる。なお、炭化水素系ガスとしては、アセチレンやメタンなどを用いることができるが、アセチレンが好ましい。
【0014】
本願発明の硬質皮膜2の主な役割は、硬質皮膜1の効果が十分に発揮されるような存在であり、Al、Ti、Cr、Nb、W、Si、V、Zr、およびMoから選択される2種以上と非金属成分がNとB、C、O、およびSから選択される少なくとも1種を有する硬質皮膜である。硬質皮膜2は、実用環境下において硬質皮膜1との密着強度および基材との優れた密着強度、耐摩耗性を発揮する。但し、硬質皮膜2がSiを含有する場合、原子比で金属元素1.0に対して、0.5未満とする。硬質皮膜1と硬質皮膜2を有する多層皮膜とすることにより、密着強度、耐摩耗性の効果が発揮される。硬質皮膜1および硬質皮膜2は、図2に示すようにそれぞれ複層構造を有することも可能である。例えば、硬質皮膜1はSiBNCOであり、表層付近におけるC量を増加させた複層構造を有することも出来る。硬質皮膜2は(TiAl)N/(TiSi)Nのように、複層構造を有しても良い。硬質皮膜1と(AlTi)Nの間に(TiSi)Nを入れることで耐摩耗性および密着性が向上する。硬質皮膜1は残留圧縮応力の増大の点から、多層皮膜全体に占める割合を増加させることができない場合があり、その場合は硬質皮膜2を厚く設定する。硬質皮膜1と硬質皮膜2との好ましい膜厚比は、全体を100%としたとき、硬質皮膜1の占める比率が2%以上、50%以下が好ましい。硬質皮膜1の特性を十分に発揮させるためには、硬質皮膜2の基材表面との優れた密着強度を有する必要がある。
【0015】
本発明の硬質皮膜1を被覆する方法は、スパッタリング法(以下、SP法と記す。)により被覆する。この場合、炭化珪素と窒化硼素の複合ターゲットとすることが好ましいが、炭化珪素と窒化硼素を別の被覆ソースに設置し、同時にスパッタリングすることによっても製造することが可能である。更に、多層皮膜を被覆する方法は、硬質皮膜1をSP法により被覆し、硬質皮膜2をアークイオンプレーティング法(以下、AIP法と記す。)及び/又はSP法により被覆することが好ましい。例えば、図1に示す硬質皮膜2である皮膜3は、基材2との密着強度改善が重要であることから、基材2と皮膜3との界面部はAIP法が好適である。界面部以外はSP法で被覆することも耐摩耗性改善に有効である。AIP法と併用することもできる。硬質皮膜1である皮膜4は、SP法による被覆する。これらの被覆におけるSP法の被覆ソースおよびバイアス電源、AIP法のバイアス電源は、高周波電源若しくは直流電源でも可能であるが、被覆プロセスの安定性の観点からスパッタリング電源は高周波電源を用いることが好ましい。バイアス電源としては、硬質皮膜の電気伝導性、及び硬質皮膜の機械的特性を考慮して高周波バイアス電源を用いることがより好ましい。
【0016】
図3は、本発明を被覆する被覆装置である13の構造を模式的に示す。被覆装置13は、減圧容器である10、4種類の被覆ソースである5、6、7、8、それらのシャッターである14、15、16、17から構成される。ここで5と7はRF被覆ソース、6と8はアークソースである。各被覆ソースは、シャッターを有し、各被覆ソースを個別に遮蔽する。そして互いに独立して稼動することによって、夫々の被覆ソースを遮蔽することができる。従って被覆途中で被覆ソースを停止する必要はない。プロセスガスとしてアルゴン、反応性ガスとしてのN、O、Cを減圧容器10に供給するために、開閉機構を設けた吸気管12を有する。回転機構を有する基材ホルダー11には、直流(DC)バイアス電源または高周波(RF)バイアス電源の9に接続されている。被覆方法において、被覆装置13の動作と被覆プロセスの好ましい形態を述べる。
(1)クリーニング
基材2は基材ホルダー11に保持した後、250℃から800℃で加熱する。その間、各ソースのシャッターは全て閉じている。基材のイオンクリーニングは、バイアス電源9によりパルスバイアス電圧を印加することにより行う。
(2)硬質皮膜2の被覆
クリーニング後、アークソース6と8のシャッター15と17を開き、硬質皮膜2を被覆する。硬質皮膜2は、DC−SP法、又はDC−AIP法により成膜することができる。成膜時に印加するDCバイアス電圧値は、約10Vから400Vが好ましい。またバイポーラパルスバイアス電圧を使用することもできる。このときの周波数は、例えば0.1kHzから300kHzの範囲で、正のバイアス電圧は、特に3Vから100Vの範囲が好ましい。パルス/ポーズ比は、0.1から0.95の範囲とすることができる。硬質皮膜2の成膜途中で、シャッター14と16は閉じた状態でRF被覆ソース5と7を稼動させる。これは、ターゲット表面の酸化物などの不純物を除去する目的で実施する。硬質皮膜2の成膜完了後、シャッター14と16を開き、RF被覆ソース5と7が同時に稼動し成膜が開始される。
(3)硬質皮膜1の被覆
硬質皮膜1であるSiBCNO膜は、RF被覆ソース5、7により成膜される。即ち、RF被覆ソース5、7には、炭化珪素と窒化硼素の複合ターゲット材が好ましい。硬質皮膜1の表面側は、たとえばアセチレンなどのプロセスガスが吸気管12を通って減圧容器10に供給することによって、炭素をより多く含有させることができる。硬質皮膜1の炭素の含有比率は、表面側ほど増加することが好ましく、摺動特性の向上に寄与する。
以下、本発明を実施例により詳細に説明するが、それにより本発明が限定されるものではない。
【実施例】
【0017】
本発明の硬質皮膜の皮膜物性を評価する為に、Co含有量3質量%以上、12質量%未満の超硬合金を用い、以下の被覆方法を用いて硬質皮膜を被覆した。工具を500℃に加熱する第1の工程、負の電圧が200V、正の電圧が30V、周波数が20kHz、パルス/ポーズ比が4のパルスバイアス電圧を印加してイオンクリーニングを約30分間処理する第2の工程、アークソースにより(AlTi)Nを被覆する第3の工程、アークソースにより(AlTi)Nを被覆する一方で、シャッターを閉じた状態でスパッタリングターゲットを放電させ、ターゲット表面を洗浄する第4の工程、BN:SiCのモル混合比率が1:3のターゲットを用いて、RF被覆ソースでRFスパッタ被覆することによって、SiBNCOを被覆する第5の工程、RFバイアスに加えて、負の電圧が50VのDCバイアスを試料に付与することによって、RF+DCでSiBNCOを被覆する第6の工程を有し、上記第1から第6の工程によって被覆した。第6の工程の際にはプロセスガスのArに加えて、反応ガスとしてアセチレンを同時にチャンバー内に流してAr+C混合ガスとし、その比率を、Fy/Fx=0.05と制御した。最終的に積層構造は、(AlTi)N、SiBNCOの順に積層され、皮膜厚さを約3μmとした。第1の被覆方法で被覆した試料を本発明例1とした。第6の工程の際に、チャンバー内に流すAr+C混合ガスの比、Fy/Fxを種々変更したものを本発明例2から本発明例7とした。また、本発明例1の第2組成硬質皮膜を変更したものを本発明例8から本発明例34とした。各試料の詳細について表1に示す。表1において、硬質皮膜1の各構成元素の原子比をかっこ内の数値で表示し、また硬質皮膜2の組成は原子比表示による。
【0018】
【表1】

【0019】
本発明例1から本発明例7はFy/Fxを制御してIx/Iyを変化させたものである。いずれも請求項1の範囲を満たしていることが確認された。一方、比較としてFy/Fxの数値を請求項1の範囲から外して制御したものを比較例35および比較例36に示すが、Fy/Fxの数値が大きいために、Ix/Iyを満たしていない。また、炭化水素系ガスを用いずに成膜したものを従来例39から従来例41に示すが、こちらもIx/Iyを満たしていないことが確認された。
実施例において同一値のFy/Fxで成膜した際でも、Ix/Iyの測定結果がばらつく結果となっており、その値は中央値に対して、±0.6程度の範囲を有している結果となった。請求項1におけるIx/Iyの値はこのばらつきを考慮した規定値であり、実施例の結果に基づく範囲である。
【0020】
本発明の多層皮膜被覆部材の摺動特性を評価する為に、本発明例および従来例の多層皮膜被覆部材について、ボールオンディスク式の摩擦摩耗試験を用いて摩擦係数の測定を行った。摩擦係数の値に関しては、摺動開始から終了までの値を平均化したものを摩擦係数値とした。測定には、SUJ2製のΦ6.0のボール材と、K10相当のISO型番SNMN120408の超硬インサートに本発明に係る皮膜をコーティングしたディスクを用いた。
(評価条件)
摺動速度:100mm/秒
摺動半径:3.0mm
荷重:2N
摺動距離:50m
評価温度:室温、300℃、500℃
評価雰囲気:大気中、無潤滑
各試料の評価結果について表2に示す。
【0021】
【表2】

【0022】
表2の摩擦係数測定結果より、本発明の多層皮膜被覆部材においては室温、300℃、500℃での摩擦係数μの値がすべてμ≦0.3となり、良好な摩擦係数を示すことが分かった。これは硬質皮膜1の潤滑特性の効果によるものである。この結果より、本発明の多層皮膜被覆部材においては室温から500℃までの摩擦係数がμ≦0.3となることが分かった。
一方従来例や比較例ではすべての温度で摩擦係数がμ≦0.3となることがなかった。例えば、従来例38では高温域での摩擦係数はμ≦0.3となっているが、室温域での摩擦係数μは、0.7と高い値を示している。これは高温環境下において添加元素の硼素の潤滑効果が発揮されたためであるが、室温域ではこの効果は発揮されていない。
また、従来例42や43では室温近傍では摩擦係数μ≦0.1と非常に良好であるが、高温域では皮膜のグラファイト化などの影響で摩擦係数が良好でない結果が出ている。この結果より本発明の多層皮膜被覆部材は様々な温度環境においても、潤滑特性に優れることが確認された。
【0023】
本発明例および従来例に対して熱処理を行い、耐酸化特性を評価した。評価条件は基材としてCo含有量8質量%の超微粒子超硬合金製インサートを用いた。大気中1000℃、湿度58%の条件下で2時間保持した後に空冷にて冷却を行った。熱処理後の硬質皮膜断面を走査型電子顕微鏡(以下、SEMと記す。)により2万5千倍の倍率で観察を行い、酸化層の厚さを測定した。評価には本発明例1と従来例38を用いた。
【0024】
熱処理後のSEM観察写真を図4、図5に示す。図4は本発明例1のSEM写真であり、図5は従来例38のSEM写真である。
従来例38は従来材において特に高温環境下における酸化特性に優れるという皮膜である。図4、図5のいずれにおいても皮膜でのみ酸化が起こっており、基材の酸化は確認されていない。図4の本発明例1では皮膜表層でのみしか酸化が発生しておらず、酸化層厚みも100nmと非常に酸化層厚みが薄いことが分かった。一方、図5の従来例38では酸化層厚みが900nm程度と非常に酸化層厚みが厚いことが分かった。この結果より、本発明例1の皮膜は高温環境下における酸化特性にきわめて優れることが確認された。
図6に本発明例3のラマン分光分析の測定結果を示す。Ix値は3600、Iy値は739、Ix/Iy値は4.87であった。
【産業上の利用可能性】
【0025】
本発明品は特に耐酸化特性と潤滑特性に優れることより、切削工具、金型、エンジン部品若しくはガスタービンなどの耐摩耗性及び耐高温酸化特性が要求される部材または自動車のエンジン部品などの摺動特性が要求されるような部材への適用が可能である。
【符号の説明】
【0026】
1 多層皮膜被覆部材
2 基材
3 硬質皮膜2
4 硬質皮膜1
5 RF被覆ソース
6 アークソース
7 RF被覆ソース
8 アークソース
9 DCバイアス電源もしくは高周波(RF)バイアス電源
10 減圧容器
11 基材ホルダー
12 ガス導入口もしくは排気管
13 被覆装置
14 シャッター
15 シャッター
16 シャッター
17 シャッター

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材表面に組成が異なる硬質皮膜を2層以上被覆した多層皮膜被覆部材であって、
該多層皮膜は少なくとも硬質皮膜1と硬質皮膜2を有し、該硬質皮膜1は多層皮膜被覆部材の最表層側にあって、
該硬質皮膜1の組成は、SiaBuCvNwOz(但し、夫々の元素の含有量は原子比であり、a+u+v+w+z=1.0、0.10≦a≦0.35、0.01≦u≦0.25、0.45≦v≦0.85、0.03≦w≦0.30、および0<z≦0.20である。)で表され、
該硬質皮膜1の下部層である該硬質皮膜2の組成は、金属成分がAl、Ti、Cr、Nb、W、Si、V、Zr、およびMoから選択される2種以上と、非金属成分がNとB、C、O、およびSから選択される少なくとも1種を有し、
該硬質皮膜1はラマン分光分析において1300から1600cm−1の間に検出される最大強度のピーク強度Ixを有し、1900から2200cm−1の間に検出される最大強度のピーク強度Iyを有し、3.2≦Ix/Iy≦8.0であることを特徴とする多層皮膜被覆部材。
【請求項2】
請求項1に記載の多層皮膜被覆部材を製造する方法において、該硬質皮膜1はスパッタリング法を用いてプロセスガスArと反応ガスの炭化水素系ガスの混合ガスを用い、Arの流量をFx、炭化水素系ガスの流量をFyとした場合に、0.007≦Fy/Fx≦0.50を満たす条件で成膜することを特徴とする多層皮膜被覆部材の製造方法。
【請求項3】
請求項2に記載の多層皮膜被覆部材の製造方法において、該スパッタリング法は高周波電源を使用した高周波スパッタリングであることを特徴とする多層皮膜被覆部材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−12336(P2011−12336A)
【公開日】平成23年1月20日(2011.1.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−171602(P2009−171602)
【出願日】平成21年7月1日(2009.7.1)
【出願人】(000233066)日立ツール株式会社 (299)
【Fターム(参考)】