多層膜光学素子
【課題】反射防止膜やミラーを構成する光学多層膜の応力を低減し、変形の少ない多層膜光学素子を実現する。
【解決手段】基板1上に積層される高屈折率膜2と低屈折率膜3からなる光学多層膜に、非晶質のScF3 膜からなる応力緩和層4を挿入する。ScF3 は、他の材料に比べて大きな圧縮応力を有するため、膜厚が小さくても光学多層膜の引張応力を相殺できる。基板1上に金属膜5を有する場合には、非晶質のScF3 膜からなる応力緩和層4を金属膜5の上に挿入することで、防湿、防錆の効果も期待できる。
【解決手段】基板1上に積層される高屈折率膜2と低屈折率膜3からなる光学多層膜に、非晶質のScF3 膜からなる応力緩和層4を挿入する。ScF3 は、他の材料に比べて大きな圧縮応力を有するため、膜厚が小さくても光学多層膜の引張応力を相殺できる。基板1上に金属膜5を有する場合には、非晶質のScF3 膜からなる応力緩和層4を金属膜5の上に挿入することで、防湿、防錆の効果も期待できる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、反射防止膜やミラーなどの光学特性を有する多層膜光学素子に関するものである。
【背景技術】
【0002】
様々な製品に光学薄膜を用いたミラーや反射防止膜などの多層膜光学素子が用いられており、これらは、屈折率が異なる光学薄膜を組み合わせることで所望の光学特性を実現するものである。そして、光学素子が所望の品質を得るために、光学多層膜には光吸収や光散乱等の光学損失が低いこと、設計値通りの光学特性、美しい外観、環境耐久性、レーザー耐久性などが求められる。
【0003】
しかし、光学多層膜によっては強い膜応力を持つものがある。膜応力が大きいと膜にクラックや剥離が生じて外観異常、環境耐久性の劣化、素子形状の歪みが生じたりする。また、応力の問題が解決されても、場合によっては屈折率や膜厚が期待通りの値とならず、設計値通りの光学特性が得られないことがある。
【0004】
さらに、設計値通りの光学特性が得られても、その後の環境耐久性やレーザー耐久性などに問題がある場合がある。特に金属膜は、雰囲気中の酸素、窒素、水などとその表面が反応して特性が劣化したりする場合が多い。
【0005】
これらの問題を解決するために、例えば応力問題であれば、特許文献1に開示されているような逆向きの応力を持った膜を応力緩和層として挿入する方法が知られている。
【特許文献1】特開2003−29024号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、応力緩和層が対象とする波長に対して光吸収がある場合や、所望の屈折率を持っていない場合は、挿入することで所望の光学特性が実現できない膜構成になることがある。
【0007】
例えば、波長が紫外域の光に対しては、光吸収やレーザー耐久性などの問題から酸化物膜の応力緩和層は用いることができない。また、紫外域の光に対して光吸収が低い弗化物膜であっても、例えば、特許文献1に記載されているSrF2 を用いた応力緩和層では、SrF2 膜の応力が十分に強くないため、基板を加熱した場合の熱応力などの外部要因に左右されて所望の応力が得られない場合が多い。所望の応力を得ようとするとSrF2 膜の膜厚を大きくする必要があるが、この場合は、SrF2 によって素子の光学特性が制限されてしまう。このように、光学設計上自由に応力緩和層を挿入することができないことが多い。
【0008】
本発明は上記従来の技術の有する未解決の課題に鑑みてなされたものであり、低光学損失で、設計値通りの光学特性および美しい外観、環境耐久性、レーザー耐久性、適切な形状等を備えた多層膜光学素子を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の多層膜光学素子は、基板上に積層された、屈折率の異なる少なくとも2層の薄膜を有する光学多層膜と、前記光学多層膜の応力を相殺するために前記光学多層膜に挿入された、少なくとも一層のScF3 膜からなる応力緩和層と、を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
図11に示すように、ScF3 の膜応力は他の弗化物膜に対して逆向きの強い応力である。SrF2 等に比べるとその大きさが判る。このため、ScF3 膜を応力緩和層として用いることで、応力が抑制された光学素子を得ることができる。
【0011】
このScF3 からなる挿入膜は強い応力を持つため比較的薄い膜厚であっても応力緩和の効果が得られる。そして、その膜厚を光学的膜厚0.01λ以上0.11λ以下と限定することにより、応力緩和層が無い場合と同等な光学特性を得ることができる。
【0012】
ScF3 膜は非晶質であるとよい。非晶質膜は、結晶質膜のように結晶粒が成長することにより表面が荒れることがないため、比較的平滑な表面が得やすい。そして、ScF3 は基板温度が250℃程度までなら非晶質膜であるため、ScF3 の挿入膜により、光学多層膜を設計値通りに成膜しやすくなり、設計値通りの光学特性を持った素子が得られる。
【0013】
このように、応力が制御され、しかも設計どおりの光学特性を持った光学素子を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明を実施するための最良の形態を図面に基づいて説明する。
【0015】
図1の(a)は第1の実施の形態による膜構成を示す。この多層膜光学素子は、基板1に、光学多層膜を構成する高屈折率膜2および低屈折率膜3が積層され、両者の間にScF3 膜からなる応力緩和層4が挿入された膜構成を有する。素子を構成する光学多層膜の光学特性は高屈折率膜2と低屈折率膜3によってほぼ実現される。応力緩和層4は、高屈折率膜2と低屈折率膜3により生じた合計の応力(引張応力)を相殺する逆向きの応力(圧縮応力)を持つ。このように、応力緩和層4により素子の応力が抑制され、クラックや剥離などによる外観異常や環境耐久性の問題、さらには素子形状歪みを抑えることができる。
【0016】
応力緩和層4は、対象波長をλとした場合に光学的膜厚が0.02λ以上0.11λ以下である。このため、素子全体の光学特性にはほとんど影響しない。
【0017】
膜材料は、高屈折率膜としてLaF3 、低屈折率膜としてMgF2 、応力緩和膜としてScF3 を用いて、真空蒸着法などにより成膜される。
【0018】
基板は、0.6×10-6/K以下の非常に小さい線熱膨張係数を持ったものが望ましい。基板の線熱膨張係数が0.6×10-6/K以下の非常に小さい場合、成膜時の温度変化による膜と基板との熱膨張率の違いにより膜応力が生じやすい。しかし、本実施の形態によれば、0.6×10-6/K以下の非常小さい線熱膨張係数の基板を用いた場合であっても応力が十分に制御される。このため、環境温度変化による熱膨張が少ない、つまり形状変化が少ない所望の光学特性を持った光学素子を得ることができる。
【0019】
このようにして、応力、光学特性等の問題を解決することで、光吸収や光散乱が少なくて低光学損失であり、しかも、設計値通りの光学特性、美しい外観、レーザー耐久性等を備えた多層膜光学素子を実現することができる。
【0020】
図1の(b)は第2の実施の形態を示す。この多層膜光学素子は、基板1上に金属膜5を有し、その上に、非晶質のScF3 からなる応力緩和層4を介して低屈折率膜3と高屈折率膜2とが積層された膜構成を有する。素子の光学特性は、金属膜5と低屈折率膜3と高屈折率膜2とによって実現される。ScF3 からなる応力緩和層4は、金属膜5と低屈折率膜3と高屈折率膜2により生じた合計の応力(引張応力)を相殺する逆向きの応力(圧縮応力)を持つ。応力緩和層4により素子の応力が制御され、クラックや剥離などによる外観異常や環境耐久性の問題、さらには素子形状歪みを抑えることができる。また、ScF3 からなる応力緩和層4は非晶質であるため、水、酸素などの素子雰囲気中ガスの金属膜5への浸透を効果的に防ぐことができる。
【0021】
金属膜を含む多層膜においては、金属膜よりも入射光側に多層膜とは逆向きの応力を持った非晶質のScF3 膜を挿入した膜構成が望ましい。
【0022】
金属膜は雰囲気中の酸素、窒素、水分その他のガスと反応して特性が変化しやすい。また紫外域用の金属膜の保護膜として弗化物誘電体膜が用いられるが、それら弗化物誘電体膜は柱状構造などのガスを透過しやすい構造であることが多い。そこで、柱状構造をとらない非晶質のScF3 膜を挿入することで、応力を制御すると同時に耐久性を向上させるとよい。
【0023】
膜材料は、金属膜としてAl、低屈折率膜としてMgF2 、高屈折率膜としてLaF3 、応力緩和膜としてScF3 を用いて、真空蒸着法などにより成膜される。
【0024】
基板は、第1の実施の形態と同様に、0.6×10-6/K以下の非常に小さい線熱膨張係数を持ったものが望ましい。
【実施例1】
【0025】
図2は実施例1によるミラーの膜構成を示す。本実施例の基板11は、0.02×10-6/Kの非常に小さい線熱膨張係数を持ったショット社製 zerodur基板(商品名)であり、その上に光学的膜厚1.38λのScF3 膜16が積層される。次に、光学的膜厚0.25λのLaF3 膜(高屈折率膜)12と光学的膜厚0.05λのScF3 膜(応力緩和層)14と光学的膜厚0.22λのMgF2 膜13(低屈折率膜)と光学的膜厚0.05λのScF3 膜(応力緩和層)14の計4層を一つの構成層17として、この構成層17が17層積層される。そして、光学的膜厚0.26λのLaF3 膜18の表面層を有する。
【0026】
ScF3 膜14、16は非晶質、LaF3 膜12、18と、MgF2 膜13は結晶質である。
【0027】
(比較例1)
実施例1の比較例として、図3に比較例1によるミラーの膜構成を示す。本比較例は、ショット社製zerodur基板からなる基板11aに、光学的膜厚0.28λのLaF3膜12aと光学的膜厚0.29λのMgF2 膜13aを交互に17層積層し、最終層として、光学的膜厚0.28λのLaF3 膜18aを積層したものである。
【0028】
LaF3 膜12a、18aとMgF2 膜13aは結晶質である。
【0029】
(比較例2)
実施例1の比較例として、図4に比較例2のミラーの膜構成を示す。比較例2の基板21は、ショット社製zerodur基板であり、その上に光学的膜厚2.91λのScF3膜26が積層される。次に、光学的膜厚0.28λのLaF3 膜22と光学的膜厚0.29λのMgF2 膜23を交互に17層ずつ積層し、最終層として、光学的膜厚0.28λのLaF3 膜28を積層したものである。
【0030】
ScF3 膜26の膜厚は、実施例1のScF3 膜の総膜厚と同じである。
【0031】
LaF3 膜22、28とMgF2 膜23は結晶質である。
【0032】
λ=193nmとした場合の、実施例1の反射率のシミュレイション値と実測値、比較例1の反射率のシミュレイション値と実測値、および比較例2の実測値を図5に示す。素子への入射光の角度は45°である。
【0033】
実施例1のシミュレイション値の反射率は、応力緩和層であるScF3 膜が無い場合の比較例1のシミュレイション値とほぼ同じ反射率となっており、ScF3 膜が光学特性に影響していないことが判る。また、実施例1の実測値もその設計シミュレイション値に近い値である。
【0034】
しかし、比較例1の実測値の反射率は、そのシミュレイション値に比べて低いことが判る。
【0035】
表1に実施例1と比較例1の全応力のシミュレイション値を示す。実施例1は比較例1の1/3程度の全応力値に軽減されている。
【0036】
【表1】
【0037】
この応力差のため、実施例1の外観ではクラックが見られなかったが、比較例1の外観ではクラックが見られた。
【0038】
また、実施例1と比較例2について、温度60℃、湿度90%の高湿高温環境で保管した後の外観異常の有無を調べると、表2に示すように、実施例1では異常が見られないが、比較例2では膜にクラックや砂目が生じていた。
【0039】
【表2】
【0040】
このように、実施例1の膜構成は、高い光学設計自由度と、設計値通りの良好な光学特性と、応力が制御された美しい外観を持った素子が得られるものであることが判った。
【0041】
(比較例3)
実施例1の比較例として、図6に比較例3のミラーの膜構成を示す。本比較例の基板31は、ショット社製zerodur基板であり、その上にScF3膜36が積層される。次に、LaF3 膜32とScF3 膜34とMgF2 膜33とScF3 膜34の計4層を一つの構成層37としてこの構成層37が17層積層される。そしてLaF3 膜38が表面層として積層された構成である。この膜構成において、応力緩和層であるScF3 膜34の光学的膜厚を0.01λ〜0.21λまで変化させ、これに合わせて、ScF3 膜36、LaF3 膜32、MgF2 膜33、LaF3 膜38の光学的膜厚をその都度最適化してシミュレイション値を求めた。
【0042】
図7に、λ=193nmでのシミュレイションによる反射率を示す。ScF3 膜34の膜厚が0.11λ以下であれば、応力緩和層であるScF3 膜34が無い場合の反射率に対してあまり低下しないことが判る。
【0043】
また、ScF3 膜34の膜厚が小さければ小さいほど光学設計上有利になるが、応力緩和と膜厚制御の問題から0.02λ以上が望ましい。
【実施例2】
【0044】
図8は実施例2によるミラーの膜構成を示す。本実施例は、基板41として線熱膨張係数0.55×10-6/K、厚さ2mm、直径100mmの円形合成石英基板を用いて、その上にAlの金属膜45が物理的膜厚で180nmが積層される。次にScF3 膜46が光学的膜厚で0.52λが積層される。次にLaF3 膜(高屈折率膜)42が光学的膜厚で0.29λ、ScF3 膜44が光学的膜厚で0.13λ、MgF2 膜(低屈折率膜)43が光学的膜厚で0.03λ、ScF3 膜44が光学的膜厚で0.13λ積層された計4層からなる構成層47が3層積層される。そしてLaF3 膜48が表面層として光学的膜厚で0.24λ積層されている構成である。
【0045】
ScF3 膜44、46は非晶質、MgF2 膜43とLaF3 膜42、48は結晶質である。
【0046】
(比較例4)
実施例2の比較例として、図9に比較例4を示す。本比較例は厚さ2mm、基板41aとして直径100mmの円形合成石英基板を用いて、その上にAlの金属膜45aが物理的膜厚で180nm積層される。次にLaF3 膜42aが光学的膜厚で0.28λ、MgF2 膜43aが光学的膜厚で0.29λ積層された計2層からなる構成層47aが3層積層され、LaF3 膜48aが表面層として光学的膜厚で0.28λ積層されている構成である。
【0047】
MgF2 膜43aとLaF3 膜42a、48aは結晶質である。
【0048】
実施例2と比較例4の反射率の実測値を図10に示す。これらは共に入射角度45°のArF、KrFレーザー用ミラーであるが、同様な特性を有している。
【0049】
しかし、実施例2と比較例4の素子にフルーエンスが1mJ/cm2 のArFレーザーを1 billionショット照射したところ、実施例2では反射率の変化が1%未満であったが、比較例4では反射率の変化が5%程度見られた。
【0050】
また、膜を積層したことによる基板の変形量は、表3に示すように、実施例2が0.9λ(λ=193nm)、0.7λ(λ=248nm)で、比較例4が9.6λ(λ=193nm)、7.5λ(λ=248nm)であった。実施例2は比較例4に対して1/10以下の変形量であることが判る。
【0051】
【表3】
【0052】
このように実施例2の構成は、光学特性とレーザー耐久性を満たし、しかも応力が制御されている素子であるといえる。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】第1および第2の実施形態による膜構成を示す図である。
【図2】実施例1による膜構成を示す図である。
【図3】比較例1による膜構成を示す図である。
【図4】比較例2による膜構成を示す図である。
【図5】実施例1、比較例1、2の反射率を示すグラフである。
【図6】比較例3による膜構成を示す図である。
【図7】比較例3による反射率と応力緩和層の光学的膜厚関係を調べた結果を示すグラフである。
【図8】実施例2による膜構成を示す図である。
【図9】比較例3による膜構成を示す図である。
【図10】実施例2と比較例4の反射率を示すグラフである。
【図11】弗化物膜の応力値を示すグラフである。
【符号の説明】
【0054】
1、11、11a、21、31、41、41a 基板
2 高屈折率膜
3 低屈折率膜
4 応力緩和層
5 金属膜
【技術分野】
【0001】
本発明は、反射防止膜やミラーなどの光学特性を有する多層膜光学素子に関するものである。
【背景技術】
【0002】
様々な製品に光学薄膜を用いたミラーや反射防止膜などの多層膜光学素子が用いられており、これらは、屈折率が異なる光学薄膜を組み合わせることで所望の光学特性を実現するものである。そして、光学素子が所望の品質を得るために、光学多層膜には光吸収や光散乱等の光学損失が低いこと、設計値通りの光学特性、美しい外観、環境耐久性、レーザー耐久性などが求められる。
【0003】
しかし、光学多層膜によっては強い膜応力を持つものがある。膜応力が大きいと膜にクラックや剥離が生じて外観異常、環境耐久性の劣化、素子形状の歪みが生じたりする。また、応力の問題が解決されても、場合によっては屈折率や膜厚が期待通りの値とならず、設計値通りの光学特性が得られないことがある。
【0004】
さらに、設計値通りの光学特性が得られても、その後の環境耐久性やレーザー耐久性などに問題がある場合がある。特に金属膜は、雰囲気中の酸素、窒素、水などとその表面が反応して特性が劣化したりする場合が多い。
【0005】
これらの問題を解決するために、例えば応力問題であれば、特許文献1に開示されているような逆向きの応力を持った膜を応力緩和層として挿入する方法が知られている。
【特許文献1】特開2003−29024号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、応力緩和層が対象とする波長に対して光吸収がある場合や、所望の屈折率を持っていない場合は、挿入することで所望の光学特性が実現できない膜構成になることがある。
【0007】
例えば、波長が紫外域の光に対しては、光吸収やレーザー耐久性などの問題から酸化物膜の応力緩和層は用いることができない。また、紫外域の光に対して光吸収が低い弗化物膜であっても、例えば、特許文献1に記載されているSrF2 を用いた応力緩和層では、SrF2 膜の応力が十分に強くないため、基板を加熱した場合の熱応力などの外部要因に左右されて所望の応力が得られない場合が多い。所望の応力を得ようとするとSrF2 膜の膜厚を大きくする必要があるが、この場合は、SrF2 によって素子の光学特性が制限されてしまう。このように、光学設計上自由に応力緩和層を挿入することができないことが多い。
【0008】
本発明は上記従来の技術の有する未解決の課題に鑑みてなされたものであり、低光学損失で、設計値通りの光学特性および美しい外観、環境耐久性、レーザー耐久性、適切な形状等を備えた多層膜光学素子を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の多層膜光学素子は、基板上に積層された、屈折率の異なる少なくとも2層の薄膜を有する光学多層膜と、前記光学多層膜の応力を相殺するために前記光学多層膜に挿入された、少なくとも一層のScF3 膜からなる応力緩和層と、を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
図11に示すように、ScF3 の膜応力は他の弗化物膜に対して逆向きの強い応力である。SrF2 等に比べるとその大きさが判る。このため、ScF3 膜を応力緩和層として用いることで、応力が抑制された光学素子を得ることができる。
【0011】
このScF3 からなる挿入膜は強い応力を持つため比較的薄い膜厚であっても応力緩和の効果が得られる。そして、その膜厚を光学的膜厚0.01λ以上0.11λ以下と限定することにより、応力緩和層が無い場合と同等な光学特性を得ることができる。
【0012】
ScF3 膜は非晶質であるとよい。非晶質膜は、結晶質膜のように結晶粒が成長することにより表面が荒れることがないため、比較的平滑な表面が得やすい。そして、ScF3 は基板温度が250℃程度までなら非晶質膜であるため、ScF3 の挿入膜により、光学多層膜を設計値通りに成膜しやすくなり、設計値通りの光学特性を持った素子が得られる。
【0013】
このように、応力が制御され、しかも設計どおりの光学特性を持った光学素子を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明を実施するための最良の形態を図面に基づいて説明する。
【0015】
図1の(a)は第1の実施の形態による膜構成を示す。この多層膜光学素子は、基板1に、光学多層膜を構成する高屈折率膜2および低屈折率膜3が積層され、両者の間にScF3 膜からなる応力緩和層4が挿入された膜構成を有する。素子を構成する光学多層膜の光学特性は高屈折率膜2と低屈折率膜3によってほぼ実現される。応力緩和層4は、高屈折率膜2と低屈折率膜3により生じた合計の応力(引張応力)を相殺する逆向きの応力(圧縮応力)を持つ。このように、応力緩和層4により素子の応力が抑制され、クラックや剥離などによる外観異常や環境耐久性の問題、さらには素子形状歪みを抑えることができる。
【0016】
応力緩和層4は、対象波長をλとした場合に光学的膜厚が0.02λ以上0.11λ以下である。このため、素子全体の光学特性にはほとんど影響しない。
【0017】
膜材料は、高屈折率膜としてLaF3 、低屈折率膜としてMgF2 、応力緩和膜としてScF3 を用いて、真空蒸着法などにより成膜される。
【0018】
基板は、0.6×10-6/K以下の非常に小さい線熱膨張係数を持ったものが望ましい。基板の線熱膨張係数が0.6×10-6/K以下の非常に小さい場合、成膜時の温度変化による膜と基板との熱膨張率の違いにより膜応力が生じやすい。しかし、本実施の形態によれば、0.6×10-6/K以下の非常小さい線熱膨張係数の基板を用いた場合であっても応力が十分に制御される。このため、環境温度変化による熱膨張が少ない、つまり形状変化が少ない所望の光学特性を持った光学素子を得ることができる。
【0019】
このようにして、応力、光学特性等の問題を解決することで、光吸収や光散乱が少なくて低光学損失であり、しかも、設計値通りの光学特性、美しい外観、レーザー耐久性等を備えた多層膜光学素子を実現することができる。
【0020】
図1の(b)は第2の実施の形態を示す。この多層膜光学素子は、基板1上に金属膜5を有し、その上に、非晶質のScF3 からなる応力緩和層4を介して低屈折率膜3と高屈折率膜2とが積層された膜構成を有する。素子の光学特性は、金属膜5と低屈折率膜3と高屈折率膜2とによって実現される。ScF3 からなる応力緩和層4は、金属膜5と低屈折率膜3と高屈折率膜2により生じた合計の応力(引張応力)を相殺する逆向きの応力(圧縮応力)を持つ。応力緩和層4により素子の応力が制御され、クラックや剥離などによる外観異常や環境耐久性の問題、さらには素子形状歪みを抑えることができる。また、ScF3 からなる応力緩和層4は非晶質であるため、水、酸素などの素子雰囲気中ガスの金属膜5への浸透を効果的に防ぐことができる。
【0021】
金属膜を含む多層膜においては、金属膜よりも入射光側に多層膜とは逆向きの応力を持った非晶質のScF3 膜を挿入した膜構成が望ましい。
【0022】
金属膜は雰囲気中の酸素、窒素、水分その他のガスと反応して特性が変化しやすい。また紫外域用の金属膜の保護膜として弗化物誘電体膜が用いられるが、それら弗化物誘電体膜は柱状構造などのガスを透過しやすい構造であることが多い。そこで、柱状構造をとらない非晶質のScF3 膜を挿入することで、応力を制御すると同時に耐久性を向上させるとよい。
【0023】
膜材料は、金属膜としてAl、低屈折率膜としてMgF2 、高屈折率膜としてLaF3 、応力緩和膜としてScF3 を用いて、真空蒸着法などにより成膜される。
【0024】
基板は、第1の実施の形態と同様に、0.6×10-6/K以下の非常に小さい線熱膨張係数を持ったものが望ましい。
【実施例1】
【0025】
図2は実施例1によるミラーの膜構成を示す。本実施例の基板11は、0.02×10-6/Kの非常に小さい線熱膨張係数を持ったショット社製 zerodur基板(商品名)であり、その上に光学的膜厚1.38λのScF3 膜16が積層される。次に、光学的膜厚0.25λのLaF3 膜(高屈折率膜)12と光学的膜厚0.05λのScF3 膜(応力緩和層)14と光学的膜厚0.22λのMgF2 膜13(低屈折率膜)と光学的膜厚0.05λのScF3 膜(応力緩和層)14の計4層を一つの構成層17として、この構成層17が17層積層される。そして、光学的膜厚0.26λのLaF3 膜18の表面層を有する。
【0026】
ScF3 膜14、16は非晶質、LaF3 膜12、18と、MgF2 膜13は結晶質である。
【0027】
(比較例1)
実施例1の比較例として、図3に比較例1によるミラーの膜構成を示す。本比較例は、ショット社製zerodur基板からなる基板11aに、光学的膜厚0.28λのLaF3膜12aと光学的膜厚0.29λのMgF2 膜13aを交互に17層積層し、最終層として、光学的膜厚0.28λのLaF3 膜18aを積層したものである。
【0028】
LaF3 膜12a、18aとMgF2 膜13aは結晶質である。
【0029】
(比較例2)
実施例1の比較例として、図4に比較例2のミラーの膜構成を示す。比較例2の基板21は、ショット社製zerodur基板であり、その上に光学的膜厚2.91λのScF3膜26が積層される。次に、光学的膜厚0.28λのLaF3 膜22と光学的膜厚0.29λのMgF2 膜23を交互に17層ずつ積層し、最終層として、光学的膜厚0.28λのLaF3 膜28を積層したものである。
【0030】
ScF3 膜26の膜厚は、実施例1のScF3 膜の総膜厚と同じである。
【0031】
LaF3 膜22、28とMgF2 膜23は結晶質である。
【0032】
λ=193nmとした場合の、実施例1の反射率のシミュレイション値と実測値、比較例1の反射率のシミュレイション値と実測値、および比較例2の実測値を図5に示す。素子への入射光の角度は45°である。
【0033】
実施例1のシミュレイション値の反射率は、応力緩和層であるScF3 膜が無い場合の比較例1のシミュレイション値とほぼ同じ反射率となっており、ScF3 膜が光学特性に影響していないことが判る。また、実施例1の実測値もその設計シミュレイション値に近い値である。
【0034】
しかし、比較例1の実測値の反射率は、そのシミュレイション値に比べて低いことが判る。
【0035】
表1に実施例1と比較例1の全応力のシミュレイション値を示す。実施例1は比較例1の1/3程度の全応力値に軽減されている。
【0036】
【表1】
【0037】
この応力差のため、実施例1の外観ではクラックが見られなかったが、比較例1の外観ではクラックが見られた。
【0038】
また、実施例1と比較例2について、温度60℃、湿度90%の高湿高温環境で保管した後の外観異常の有無を調べると、表2に示すように、実施例1では異常が見られないが、比較例2では膜にクラックや砂目が生じていた。
【0039】
【表2】
【0040】
このように、実施例1の膜構成は、高い光学設計自由度と、設計値通りの良好な光学特性と、応力が制御された美しい外観を持った素子が得られるものであることが判った。
【0041】
(比較例3)
実施例1の比較例として、図6に比較例3のミラーの膜構成を示す。本比較例の基板31は、ショット社製zerodur基板であり、その上にScF3膜36が積層される。次に、LaF3 膜32とScF3 膜34とMgF2 膜33とScF3 膜34の計4層を一つの構成層37としてこの構成層37が17層積層される。そしてLaF3 膜38が表面層として積層された構成である。この膜構成において、応力緩和層であるScF3 膜34の光学的膜厚を0.01λ〜0.21λまで変化させ、これに合わせて、ScF3 膜36、LaF3 膜32、MgF2 膜33、LaF3 膜38の光学的膜厚をその都度最適化してシミュレイション値を求めた。
【0042】
図7に、λ=193nmでのシミュレイションによる反射率を示す。ScF3 膜34の膜厚が0.11λ以下であれば、応力緩和層であるScF3 膜34が無い場合の反射率に対してあまり低下しないことが判る。
【0043】
また、ScF3 膜34の膜厚が小さければ小さいほど光学設計上有利になるが、応力緩和と膜厚制御の問題から0.02λ以上が望ましい。
【実施例2】
【0044】
図8は実施例2によるミラーの膜構成を示す。本実施例は、基板41として線熱膨張係数0.55×10-6/K、厚さ2mm、直径100mmの円形合成石英基板を用いて、その上にAlの金属膜45が物理的膜厚で180nmが積層される。次にScF3 膜46が光学的膜厚で0.52λが積層される。次にLaF3 膜(高屈折率膜)42が光学的膜厚で0.29λ、ScF3 膜44が光学的膜厚で0.13λ、MgF2 膜(低屈折率膜)43が光学的膜厚で0.03λ、ScF3 膜44が光学的膜厚で0.13λ積層された計4層からなる構成層47が3層積層される。そしてLaF3 膜48が表面層として光学的膜厚で0.24λ積層されている構成である。
【0045】
ScF3 膜44、46は非晶質、MgF2 膜43とLaF3 膜42、48は結晶質である。
【0046】
(比較例4)
実施例2の比較例として、図9に比較例4を示す。本比較例は厚さ2mm、基板41aとして直径100mmの円形合成石英基板を用いて、その上にAlの金属膜45aが物理的膜厚で180nm積層される。次にLaF3 膜42aが光学的膜厚で0.28λ、MgF2 膜43aが光学的膜厚で0.29λ積層された計2層からなる構成層47aが3層積層され、LaF3 膜48aが表面層として光学的膜厚で0.28λ積層されている構成である。
【0047】
MgF2 膜43aとLaF3 膜42a、48aは結晶質である。
【0048】
実施例2と比較例4の反射率の実測値を図10に示す。これらは共に入射角度45°のArF、KrFレーザー用ミラーであるが、同様な特性を有している。
【0049】
しかし、実施例2と比較例4の素子にフルーエンスが1mJ/cm2 のArFレーザーを1 billionショット照射したところ、実施例2では反射率の変化が1%未満であったが、比較例4では反射率の変化が5%程度見られた。
【0050】
また、膜を積層したことによる基板の変形量は、表3に示すように、実施例2が0.9λ(λ=193nm)、0.7λ(λ=248nm)で、比較例4が9.6λ(λ=193nm)、7.5λ(λ=248nm)であった。実施例2は比較例4に対して1/10以下の変形量であることが判る。
【0051】
【表3】
【0052】
このように実施例2の構成は、光学特性とレーザー耐久性を満たし、しかも応力が制御されている素子であるといえる。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】第1および第2の実施形態による膜構成を示す図である。
【図2】実施例1による膜構成を示す図である。
【図3】比較例1による膜構成を示す図である。
【図4】比較例2による膜構成を示す図である。
【図5】実施例1、比較例1、2の反射率を示すグラフである。
【図6】比較例3による膜構成を示す図である。
【図7】比較例3による反射率と応力緩和層の光学的膜厚関係を調べた結果を示すグラフである。
【図8】実施例2による膜構成を示す図である。
【図9】比較例3による膜構成を示す図である。
【図10】実施例2と比較例4の反射率を示すグラフである。
【図11】弗化物膜の応力値を示すグラフである。
【符号の説明】
【0054】
1、11、11a、21、31、41、41a 基板
2 高屈折率膜
3 低屈折率膜
4 応力緩和層
5 金属膜
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に積層された、屈折率の異なる少なくとも2層の薄膜を有する光学多層膜と、前記光学多層膜の応力を相殺するために前記光学多層膜に挿入された、少なくとも一層のScF3 膜からなる応力緩和層と、を有することを特徴とする多層膜光学素子。
【請求項2】
前記光学多層膜の引張応力を、前記ScF3 膜の圧縮応力によって相殺することを特徴とする請求項1記載の多層膜光学素子。
【請求項3】
前記ScF3 膜の光学的膜厚は、対象波長λに対して、0.02λ以上0.11λ以下であることを特徴とする請求項1または2記載の多層膜光学素子。
【請求項4】
前記ScF3 膜は、非晶質であることを特徴とする請求項1ないし3いずれか1項記載の多層膜光学素子。
【請求項5】
前記光学多層膜は、金属膜と、屈折率の異なる少なくとも2層の薄膜と、を有することを特徴とする請求項1ないし4いずれか1項記載の多層膜光学素子。
【請求項1】
基板上に積層された、屈折率の異なる少なくとも2層の薄膜を有する光学多層膜と、前記光学多層膜の応力を相殺するために前記光学多層膜に挿入された、少なくとも一層のScF3 膜からなる応力緩和層と、を有することを特徴とする多層膜光学素子。
【請求項2】
前記光学多層膜の引張応力を、前記ScF3 膜の圧縮応力によって相殺することを特徴とする請求項1記載の多層膜光学素子。
【請求項3】
前記ScF3 膜の光学的膜厚は、対象波長λに対して、0.02λ以上0.11λ以下であることを特徴とする請求項1または2記載の多層膜光学素子。
【請求項4】
前記ScF3 膜は、非晶質であることを特徴とする請求項1ないし3いずれか1項記載の多層膜光学素子。
【請求項5】
前記光学多層膜は、金属膜と、屈折率の異なる少なくとも2層の薄膜と、を有することを特徴とする請求項1ないし4いずれか1項記載の多層膜光学素子。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2008−139525(P2008−139525A)
【公開日】平成20年6月19日(2008.6.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−325144(P2006−325144)
【出願日】平成18年12月1日(2006.12.1)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年6月19日(2008.6.19)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年12月1日(2006.12.1)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】
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