説明

多板式摩擦係合装置および自動変速機

【課題】多板式摩擦係合装置の非係合時の引き摺りを低減させる。
【解決手段】多板式摩擦係合装置を、複数枚の摩擦板70と複数枚のセパレータ72とが軸方向に沿って交互に配列された多板クラッチや多板ブレーキとして構成し、摩擦板70のコアプレート70aを、山部と谷部とが軸中心から放射状に連続するよう波板状に形成し、コアプレート70aに対して周方向に沿って山部には低摩擦係数の摩擦材71aを谷部には高摩擦係数の摩擦材71bをそれぞれ貼り付ける。これにより、コアプレートの山部に高摩擦係数の摩擦材を貼り付け、谷部に低摩擦係数の摩擦材を貼り付けるものに比して、非係合時の引き摺りの発生を低減させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、第1の部材に軸方向に沿ってスプライン係合された複数の摩擦板と、前記第1の部材とは異なる第2の部材に軸方向に沿って前記摩擦板と交互に配置されるようスプライン係合された平板状の複数のセパレータと、前記摩擦板と前記セパレータとを軸方向に押圧するピストンと、を備える多板式摩擦係合装置およびこれを備える自動変速機に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、この種の多板式摩擦係合装置としては、ギヤケースの内周側に形成されたスプラインに係合するセパレータと、ハブの外周側に形成されたスプラインに係合する摩擦板とが軸方向に交互に配置され、ピストン部材によりセパレータと摩擦板とを軸方向に押圧することによりハブをギヤケースに固定するブレーキが提案されている(例えば、特許文献1参照)。この装置では、セパレータを平板リング状に形成し、摩擦板を波の山部と谷部が放射状に連続する波板状に形成し、摩擦板の波の山部に高摩擦係数の摩擦部材を貼り付けると共に谷部に高摩擦係数の摩擦部材を貼り付ける。これにより、ピストン部材により軸方向に摩擦板とセパレータとに押圧力を付与したときには、まず、摩擦板の山部の高摩擦係数の部材がセパレータと当接し、押圧力がさらに上昇すると、摩擦板のウェーブが潰れて平板状となって谷部の低摩擦係数の摩擦部材も当接するため、ピストン部材の押圧力の上昇に対して摩擦板のウェーブが潰れきる際のショックの発生を抑制することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2010−242901号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
摩擦板を波板状に形成したタイプの多板式摩擦係合装置では、非係合時には、セパレータに対して摩擦板の山部しか接触しないため、摩擦板を平板リング状に形成するものに比して、ギヤケースとハブとの間の回転速度差により生じる引き摺りを抑制することができるものの、上述した多板式摩擦係合装置では摩擦板の波の山部に高摩擦係数の摩擦部材を貼り付けているから、十分に引き摺りを抑制できない場合が生じ、この場合、動力の伝達効率が悪化してしまう。
【0005】
本発明の多板式の摩擦係合装置および自動変速機は、非係合時の引き摺りを低減させることを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の多板式摩擦係合装置および自動変速機は、上述の主目的を達成するために以下の手段を採った。
【0007】
本発明の多板式摩擦係合装置は、
第1の部材に軸方向に沿ってスプライン係合された複数の摩擦板と、前記第1の部材とは異なる第2の部材に軸方向に沿って前記摩擦板と交互に配置されるようスプライン係合された平板状の複数のセパレータと、前記摩擦板と前記セパレータとを軸方向に押圧するピストンと、を備える多板式摩擦係合装置であって、
前記摩擦板は、山部と谷部とが放射状に連続する波板状に形成され、前記ピストンから押圧力を受けたときに平板状に弾性変形して隣接するセパレータと面接触し、前記ピストンからの押圧力を解除されたときに波板状に復元するよう形成され、
前記摩擦板は、山部の摩擦係数が谷部の摩擦係数よりも低くなるよう形成されてなる
ことを要旨とする。
【0008】
この本発明の多板式摩擦係合装置では、摩擦板を、山部と谷部とが放射状に連続する波板状とし、ピストンから押圧力を受けたときに平板状に弾性変形して隣接するセパレータと面接触し、ピストンからの押圧力を解除されたときに波板状に復元するよう形成し、摩擦板を、山部の摩擦係数を谷部の摩擦係数よりも低くなるよう形成する。これにより、非係合時に摩擦板の山部とセパレータとが接触するものとしても、摩擦板の山部の摩擦係数が谷部の摩擦係数よりも低いから、引き摺りの発生を効果的に低減させることができる。もとより、係合時には、ピストンの押圧力により摩擦板が平板状に弾性変形し、山部よりも摩擦係数の高い谷部がセパレータと面接触するから、係合に必要な締結力を確保することができる。
【0009】
本発明の第1の自動変速機は、
第1の部材に軸方向に沿ってスプライン係合された複数の摩擦板と、前記第1の部材とは異なる第2の部材に軸方向に沿って前記摩擦板と交互に配置されるようスプライン係合された平板状の複数のセパレータと、前記摩擦板と前記セパレータとを軸方向に押圧するピストンと、を備え、前記摩擦板は、山部と谷部とが放射状に連続する波板状に形成され、前記ピストンから押圧力を受けたときに平板状に弾性変形して隣接するセパレータと面接触し、前記ピストンからの押圧力を解除されたときに波板状に復元するよう形成されてなる複数の多板式摩擦係合装置が組み込まれた自動変速機であって、
前記複数の摩擦係合装置のうちの一部である第1の摩擦係合装置では、前記摩擦板の山部の摩擦係数が谷部の摩擦係数よりも低くなるよう形成され、
前記複数の摩擦係合要素のうちの残余である第2の摩擦係合装置では、前記摩擦板の山部の摩擦係数が谷部の摩擦係数よりも高くなるよう形成されてなる
ことを要旨とする。
【0010】
この本発明の第1の自動変速機では、摩擦板を、山部と谷部とが放射状に連続する波板状とし、ピストンから押圧力を受けたときに平板状に弾性変形して隣接するセパレータと面接触し、ピストンからの押圧力を解除されたときに波板状に復元するよう形成した複数の多板式摩擦係合装置が組み込まれた自動変速機において、複数の摩擦係合装置のうちの一部である第1の摩擦係合装置では、摩擦板の山部の摩擦係数が谷部の摩擦係数よりも低くなるよう形成し、複数の摩擦係合要素のうちの残余である第2の摩擦係合装置では、摩擦板の山部の摩擦係数が谷部の摩擦係数よりも高くなるよう形成する。これにより、自動変速機に対して要求される変速特性上、必要な摩擦係合装置に対しては摩擦板の山部の摩擦係数を谷部の摩擦係数よりも高くした第2の摩擦係合装置を適用し、その他の摩擦係合装置に対しては摩擦板の山部の摩擦係数を谷部の摩擦係数よりも低くした第1の摩擦係合装置を適用することにより、要求される変速特性を満足させると共に非係合時の第1の摩擦係合装置の引き摺りを低減させて変速機全体の動力の伝達効率をより向上させることができる。
【0011】
本発明の第2の自動変速機は、
第1の部材に軸方向に沿ってスプライン係合された複数の摩擦板と、前記第1の部材とは異なる第2の部材に軸方向に沿って前記摩擦板と交互に配置されるようスプライン係合された平板状の複数のセパレータと、前記摩擦板と前記セパレータとを軸方向に押圧するピストンと、を備える複数の多板式摩擦係合装置が組み込まれた自動変速機であって、
前記複数の摩擦係合要素のうちの一部である第1の摩擦係合装置では、前記摩擦板が、山部と谷部とが放射状に連続する波板状に形成され、前記ピストンから押圧力を受けたときに平板状に弾性変形して隣接するセパレータと面接触し、前記ピストンからの押圧力を解除されたときに波板状に復元するよう形成され、且つ、前記摩擦板の山部の摩擦係数が谷部の摩擦係数よりも低くなるよう形成され、
前記複数の摩擦係合要素のうちの残余である第2の摩擦係合装置では、前記摩擦板が、平板状に形成されてなる
ことを要旨とする。
【0012】
この本発明の第2の自動変速機では、複数の多板式摩擦係合装置が組み込まれた自動変速機において、複数の摩擦係合装置のうちの一部である第1の摩擦係合装置では、摩擦板を、山部と谷部とが放射状に連続する波板状とし、ピストンから押圧力を受けたときに平板状に弾性変形して隣接するセパレータと面接触すると共にピストンからの押圧力を解除されたときに波板状に復元するよう形成し、且つ、摩擦板の山部の摩擦係数が谷部の摩擦係数よりも低くなるよう形成し、複数の摩擦係合要素のうちの残余である第2の摩擦係合装置では、摩擦板を平板状に形成する。これにより、自動変速機に対して要求される変速特性上、必要な摩擦係合装置に対しては摩擦板が平板状に形成された第2の摩擦係合装置を適用し、その他の摩擦係合装置に対しては摩擦板を波板状として山部の摩擦係数を谷部の摩擦係数よりも低くした第1の摩擦係合装置を適用することにより、要求される変速特性を満足させると共に非係合時の第1の摩擦係合装置の引き摺りを低減させて変速機全体の動力の伝達効率をより向上させることができる。
【0013】
こうした本発明の第1または第2の自動変速機において、前記第1の摩擦係合装置は、前記第2の摩擦係合装置よりも係合の頻度が少ない装置であるものとすることもできる。こうすれば、第1の摩擦係合装置で摩擦板の山部の摩擦係数を谷部の摩擦係数よりも低くすることによる本発明の効果がより顕著なものとなる。
【0014】
また、本発明の第1または第2の自動変速機において、前記第1の摩擦係合装置は、前記第2の摩擦係合装置よりも非係合時の前記第1の部材と前記第2の部材との回転速度差が大きくなる装置であるものとすることもできる。こうすれば、第1の摩擦係合装置で摩擦板の山部の摩擦係数を谷部の摩擦係数よりも低くすることによる本発明の効果がより顕著なものとなる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の一実施例としての自動変速機20の構成の概略を示す構成図である。
【図2】実施例の自動変速機20の作動表である。
【図3】実施例の自動変速機20の各回転要素の回転速度の関係を示す共線図である。
【図4】ブレーキB4の構成を示す断面図である。
【図5】摩擦板70とセパレータ72の側面を模式的に示す模式図である。
【図6】ピストン押圧力と摩擦係数との関係を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
次に、本発明の実施の形態を実施例を用いて説明する。
【実施例】
【0017】
図1は本発明の一実施例としての自動変速機20の構成の概略を示す構成図である。実施例の自動変速機20は、図示しない内燃機関としてのエンジンを備える車両に搭載され、エンジンからの動力を入力軸22から入力すると共に入力した動力を変速して出力軸24に出力する有段変速機として構成されており、図1に示すように、ダブルピニオン式の遊星歯車機構30とシングルピニオン式の二つの遊星歯車機構40,50と三つのクラッチC1,C2,C3と四つのブレーキB1,B2,B3,B4と三つのワンウェイクラッチF1,F2,F3とを備える。ダブルピニオン式の遊星歯車機構30は、外歯歯車としてのサンギヤ31と、このサンギヤ31と同心円上に配置された内歯歯車としてのリングギヤ32と、サンギヤ31に噛合する複数の第1ピニオンギヤ33と、この第1ピニオンギヤ33に噛合すると共にリングギヤ32に噛合する複数の第2ピニオンギヤ34と、複数の第1ピニオンギヤ33および複数の第2ピニオンギヤ34とを連結して自転かつ公転自在に保持するキャリア35とを備え、サンギヤ31はクラッチC3を介して入力軸22に接続されると共にワンウェイクラッチF2を介して接続されたブレーキB3のオンオフによりその回転を自由にまたは一方向に規制できるようになっており、リングギヤ32はブレーキB2のオンオフによりその回転を自由にまたは固定できるようになっており、キャリア35はワンウェイクラッチF1によりその回転を一方向に規制されると共にブレーキB1のオンオフによりその回転を自由にまたは固定できるようになっている。シングルピニオン式の遊星歯車機構40は、外歯歯車のサンギヤ41と、このサンギヤ41と同心円上に配置された内歯歯車のリングギヤ42と、サンギヤ41に噛合すると共にリングギヤ42に噛合する複数のピニオンギヤ43と、複数のピニオンギヤ43を自転かつ公転自在に保持するキャリア45とを備え、サンギヤ41はクラッチC1を介して入力軸22に接続されており、リングギヤ42はダブルピニオン式の遊星歯車機構30のリングギヤ32に接続されると共にブレーキB2のオンオフによりその回転を自由にまたは固定できるようになっており、キャリア45はクラッチC2を介して入力軸22に接続されると共にワンウェイクラッチF3によりその回転を一方向に規制できるようになっている。また、シングルピニオン式の遊星歯車機構50は、外歯歯車のサンギヤ51と、このサンギヤ51と同心円上に配置された内歯歯車のリングギヤ52と、サンギヤ51に噛合すると共にリングギヤ52に噛合する複数のピニオンギヤ53と、複数のピニオンギヤ53を自転かつ公転自在に保持するキャリア55とを備え、サンギヤ51はシングルピニオン式の遊星歯車機構40のサンギヤ41に接続されており、リングギヤ52はシングルピニオン式の遊星歯車機構40のキャリア45に接続されると共にブレーキB4のオンオフによりその回転を自由にまたは固定できるようになっており、キャリア55は出力軸24に接続されている。
【0018】
自動変速機20は、クラッチC1〜C3の係合と非係合およびブレーキB1〜B4の係合と非係合の組み合わせにより前進1速〜6速と後進とニュートラルとを切り替えることができるようになっている。図2に、自動変速機20の作動表を示し、図3に、自動変速機20の各回転要素の回転速度の関係を示す。図示するように、前進1速の状態、即ち入力軸22の回転を最も大きな減速比で減速して出力軸24に伝達する状態は、クラッチC1を係合とすると共にクラッチC2,C3とブレーキB1〜B4とを非係合とすることにより形成することができる。この前進1速の状態では、エンジンブレーキ時には、ブレーキB4が係合とされる。前進2速の状態は、クラッチC1とブレーキB3とを係合とすると共にクラッチC2,C3とブレーキB1,B2,B4とを非係合とすることにより形成することができる。この前進2速の状態では、エンジンブレーキ時には、ブレーキB2が係合とされる。前進3速の状態は、クラッチC1,C3とブレーキB3とを係合とすると共にクラッチC2とブレーキB1,B2,B4とを非係合とすることにより形成することができる。この前進3速の状態では、エンジンブレーキ時には、ブレーキB1が係合とされる。前進4速の状態は、クラッチC1〜C3とブレーキB3とを係合とすると共にブレーキB1,B2,B4を非係合とすることにより形成することができる。なお、この前進4速の状態は、入力軸22の回転を等速をもって出力軸24に伝達するものとなる。前進5速の状態は、クラッチC2,C3とブレーキB1,B3とを係合とすると共にクラッチC1とブレーキB2,B4とを非係合とすることにより形成することができる。前進6速の状態、即ち入力軸22の回転を最も小さな減速比で増速して出力軸24に伝達する状態は、クラッチC2とブレーキB1〜B3を係合とすると共にクラッチC1,C3とブレーキB4とを非係合とすることにより形成することができる。また、後進の状態は、クラッチC3とブレーキB4とを係合とすると共にクラッチC1,C2とブレーキB1〜B3とを非係合とすることにより形成することができる。
【0019】
図4は、実施例の多板式摩擦係合装置としてのブレーキB4の構成を示す断面図である。なお、図4では、図中左方向が車両前方を示し、図中右方向が車両後方を示す。ブレーキB4は、図示するように、複数枚の摩擦板70と複数枚のセパレータ72とが軸方向に沿って交互に配列された多板ブレーキとして構成されており、摩擦板70はハブ62(リングギヤ52)の外周面に形成されたスプライン溝63にスプライン係合されており、セパレータ72はケース10の内周面に形成されたスプライン溝11にアウタレース64と共にスプライン係合されている。ケース10の内周面には、アウタレース64を前方側(図4中の左側)から支持するスナップリング66が嵌着されており、スナップリング66によってセパレータ72の軸方向の移動が規制されている。また、ブレーキB4の後方(図4中の右側)には、ケース10の内周面に形成されたスプライン溝11にスプライン係合されたプレッシャープレート68を介して摩擦板70とセパレータ72とを前方(図4中の左方向)に押圧するための油圧アクチュエータ80が配置されている。
【0020】
油圧アクチュエータ80は、ケース10の後方側の内壁をシリンダとして用いたダブルピストン構造のアクチュエータとして構成されており、シリンダに油密に挿入された第1のピストン81と、シリンダに油密に挿入された第2のピストン82と、第1のピストン81と第2のピストン82との間に挟まれて二つの油密室を区画する中間部材83と、支持プレート84に支持されて第1のピストン81を付勢するリターンスプリング85と、を備える。第1のピストン81の前端には、第1のピストン81の前端から前方のプレッシャープレート68に至るまでの長さを有する円筒部材86が嵌着されており、第1のピストン81から円筒部材86を介してプレッシャープレート68を押圧する。
【0021】
図5は、摩擦板70とセパレータ72の側面を模式的に示す模式図である。摩擦板70は、環状のコアプレート70aに周方向に沿って所定角度間隔おきに摩擦材71a,71bが貼り付けられたものとして構成されている。コアプレート70aは、山部と谷部とが軸中心から放射状に連続、即ち、周方向に山部と谷部が所定角度間隔で交互に現われるよう波板状に形成されており、周方向に沿って山部には低摩擦係数の摩擦材71aが、谷部には高摩擦係数の摩擦材71bがそれぞれ貼り付けられている。一方、セパレータ72は、平板状の環状部材として構成されている。摩擦板70は、油圧アクチュエータ80からピストン押圧力を受けると、山部に貼り付けられた低摩擦係数の摩擦材71aが隣接するセパレータ72と接触する。この状態から、ピストン押圧力が大きくなるに従って、弾性変形を伴って摩擦板70の波板の山が徐々に潰れ、谷部に貼り付けられた高摩擦係数の摩擦材71bもセパレータ72と接触する。そして、ピストン押圧力がさらに大きくなると、摩擦板70の波板の山がほぼ完全に潰れて平板状となり、摩擦板70とセパレータ72とが面接触する。
【0022】
ここで、ブレーキB4以外のクラッチC1〜C3とブレーキB1〜B3については、図示しないが、ブレーキB4と同様に、複数枚の摩擦板と複数枚のセパレータとが軸方向に沿って交互に配列された多板クラッチあるいは多板ブレーキとして構成されている。このクラッチC1〜C3とブレーキB1〜B3の摩擦板としては、図示しないが、山部と谷部とが軸中心から放射状に連続するように波板状に形成されている点についてはブレーキB4と共通しているが、山部に高摩擦係数の摩擦材が貼り付けられ、谷部に低摩擦係数の摩擦材が貼り付けられている点がブレーキB4と異なっている。
【0023】
図6は、ピストン押圧力(摩擦板70をセパレータ72に押し付ける押し付け力)と摩擦係数(動摩擦係数)との関係を示す説明図である。なお、図6中の実線はブレーキB4におけるピストン押圧力と摩擦係数との関係を示し、点線はブレーキB4以外のクラッチC1〜C3およびブレーキB1〜B3におけるピストン押圧力と摩擦係数との関係を示す。図示するように、ブレーキB4については、ピストン押圧力が値P1から摩擦板70の波の山がほぼ完全に潰れる値P2までは摩擦係数が値μ1から値μ2まで比較的緩やかに変化し、ピストン押圧力が値P2から摩擦係数が上限の値μ5に至る値P3までは値P2を屈曲点として摩擦係数が値μ2から値μ5まで比較的急に変化する。一方、クラッチC1〜C3およびブレーキB1〜B3については、ピストン押圧力が値P1から値P2までは摩擦係数が値μ2よりも高い値μ3から値μ4まで比較的急に変化し、ピストン押圧力が値P2から値μ5に至る値P3までは値P2を屈曲点として摩擦係数が値μ4から値μ5まで比較的緩やかに変化する。従って、ピストン押圧力が小さい或いは値0の状態で摩擦板70の山部がセパレータ72に接触しているときの摩擦係数は前者の方が後者に比して小さくなり、ピストン押圧力が上述した屈曲点(値P2)を通過する際の摩擦係数の変化は前者に比して後者の方が小さくなる。即ち、ブレーキB4は、その他のクラッチC1〜C3やブレーキB1〜B3に比して非係合時の引き摺りは小さくなるが、係合ショックは大きくなる傾向にあると言える。このようにするのは、図2に示すように、ブレーキB4は後進走行時か前進1速におけるエンジンブレーキ時かのいずれかの場合にしか係合されず、非係合の頻度が他のクラッチC1〜C3やブレーキB1〜B3に比して多いため、変速特性よりも非係合時の引き摺りを低減して変速機全体の動力の伝達効率を向上させた方がメリットが大きいことに基づく。
【0024】
以上説明した実施例の自動変速機20によれば、多板式摩擦係合装置を、複数枚の摩擦板70と複数枚のセパレータ72とが軸方向に沿って交互に配列された多板クラッチや多板ブレーキとして構成し、摩擦板70のコアプレート70aを、山部と谷部とが軸中心から放射状に連続するよう波板状に形成し、コアプレート70aに対して周方向に沿って山部には低摩擦係数の摩擦材71aを谷部には高摩擦係数の摩擦材71bをそれぞれ貼り付けるから、コアプレートの山部に高摩擦係数の摩擦材を貼り付け、谷部に低摩擦係数の摩擦材を貼り付けるものに比して、非係合時の引き摺りの発生を低減することができる。
【0025】
また、実施例の自動変速機20によれば、係合の頻度が比較的低いブレーキB4については摩擦板70の山部に低摩擦係数の摩擦材71aを貼り付けると共に谷部に高摩擦係数の摩擦材71bを貼り付け、係合の頻度が比較的高いクラッチC1〜C3やブレーキB1〜B3については摩擦板の山部に高摩擦係数の摩擦材を貼り付けると共に谷部に低摩擦係数の摩擦材を貼り付けるものとしたから、自動変速機20の全体の変速特性を損なうことなく、ブレーキB4の非係合時の引き摺りをより少なくして変速機全体の動力の伝達効率をより向上させることができる。
【0026】
実施例の自動変速機20では、自動変速機20が備えるクラッチC1〜C3とブレーキB1〜B4のうち係合の頻度が比較的低いブレーキB4については摩擦板70の山部に低摩擦係数の摩擦材71aを貼り付けると共に谷部に高摩擦係数の摩擦材71bを貼り付け、係合の頻度が比較的高いクラッチC1〜C3やブレーキB1〜B3については摩擦板の山部に高摩擦係数の摩擦材を貼り付けると共に谷部に低摩擦係数の摩擦材を貼り付けるものとしたが、こうした使い分けに限定されるものではなく、例えば、係合側の部材と被係合側の部材との回転速度差が比較的高いクラッチやブレーキについては摩擦板の山部に低摩擦係数の摩擦材を貼り付けると共に谷部に高摩擦係数の摩擦材を貼り付けるものとしてもよい。また、摩擦板の山部に高摩擦係数の摩擦材を貼り付けると共に谷部に低摩擦係数の摩擦材を貼り付けるものに代えて、摩擦板を平板状の環状部材として形成するものとしても構わない。
【0027】
実施例の自動変速機20では、クラッチC1〜C3の係合と非係合およびブレーキB1〜B4の係合と非係合の組み合わせにより前進1速〜6速と後進とが可能な変速機として構成するものとしたが、これに限定されるものではなく、変速機が備えるクラッチやブレーキの数や組み合わせは如何なるものとしてもよいし、段数も4段変速や5段変速,8段変速など、如何なる段数とするものとしてもよい。
【0028】
ここで、実施例の主要な要素と課題を解決するための手段の欄に記載した発明の主要な要素との対応関係について説明する。実施例では、ハブ62が「第1の部材」に相当し、ケース10が「第2の部材」に相当し、摩擦板70が「摩擦板」に相当し、セパレータ72が「セパレータ」に相当し、第1のピストン81および第2のピストン82が「ピストン」に相当する。また、ブレーキB4が「第1の摩擦係合装置」に相当し、クラッチC1〜C3とブレーキB1〜B3が「第2の摩擦係合装置」に相当する。なお、実施例の主要な要素と課題を解決するための手段の欄に記載した発明の主要な要素との対応関係は、実施例が課題を解決するための手段の欄に記載した発明を実施するための最良の形態を具体的に説明するための一例であることから、課題を解決するための手段の欄に記載した発明の要素を限定するものではない。即ち、課題を解決するための手段の欄に記載した発明についての解釈はその欄の記載に基づいて行なわれるべきものであり、実施例は課題を解決するための手段の欄に記載した発明の具体的な一例に過ぎないものである
【0029】
以上、本発明を実施するための最良の形態について実施例を用いて説明したが、本発明はこうした実施例に何等限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、種々なる形態で実施し得ることは勿論である。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明は、変速機の製造産業などに利用可能である。
【符号の説明】
【0031】
10 ケース、11 スプライン溝、20 自動変速機、22 入力軸、24 出力軸、30 ダブルピニオン式の遊星歯車機構、31,41,51 サンギヤ、32,42,52 リングギヤ、33 第1ピニオンギヤ、43,53 ピニオンギヤ、34 第2ピニオンギヤ、35,45,55 キャリア,40,50 シングルピニオン式の遊星歯車機構、62 ハブ、63 スプライン溝、64 アウタレース、66 スナップリング、68 プレッシャープレート、70 摩擦板、70a コアプレート、71a 低摩擦係数の摩擦材、71b 高摩擦係数の摩擦材、72 セパレータ、80 油圧アクチュエータ、81 第1のピストン、82 第2のピストン、83 中間部材、84 支持プレート、85 リターンスプリング、86 円筒部材、C1〜C3 クラッチ、B1〜B4 ブレーキ、F1〜F3 ワンウェイクラッチ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の部材に軸方向に沿ってスプライン係合された複数の摩擦板と、前記第1の部材とは異なる第2の部材に軸方向に沿って前記摩擦板と交互に配置されるようスプライン係合された平板状の複数のセパレータと、前記摩擦板と前記セパレータとを軸方向に押圧するピストンと、を備える多板式摩擦係合装置であって、
前記摩擦板は、山部と谷部とが放射状に連続する波板状に形成され、前記ピストンから押圧力を受けたときに平板状に弾性変形して隣接するセパレータと面接触し、前記ピストンからの押圧力を解除されたときに波板状に復元するよう形成され、
前記摩擦板は、山部の摩擦係数が谷部の摩擦係数よりも低くなるよう形成されてなる
ことを特徴とする多板式摩擦係合装置。
【請求項2】
第1の部材に軸方向に沿ってスプライン係合された複数の摩擦板と、前記第1の部材とは異なる第2の部材に軸方向に沿って前記摩擦板と交互に配置されるようスプライン係合された平板状の複数のセパレータと、前記摩擦板と前記セパレータとを軸方向に押圧するピストンと、を備え、前記摩擦板は、山部と谷部とが放射状に連続する波板状に形成され、前記ピストンから押圧力を受けたときに平板状に弾性変形して隣接するセパレータと面接触し、前記ピストンからの押圧力を解除されたときに波板状に復元するよう形成されてなる複数の多板式摩擦係合装置が組み込まれた自動変速機であって、
前記複数の摩擦係合装置のうちの一部である第1の摩擦係合装置では、前記摩擦板の山部の摩擦係数が谷部の摩擦係数よりも低くなるよう形成され、
前記複数の摩擦係合要素のうちの残余である第2の摩擦係合装置では、前記摩擦板の山部の摩擦係数が谷部の摩擦係数よりも高くなるよう形成されてなる
ことを特徴とする自動変速機。
【請求項3】
第1の部材に軸方向に沿ってスプライン係合された複数の摩擦板と、前記第1の部材とは異なる第2の部材に軸方向に沿って前記摩擦板と交互に配置されるようスプライン係合された平板状の複数のセパレータと、前記摩擦板と前記セパレータとを軸方向に押圧するピストンと、を備える複数の多板式摩擦係合装置が組み込まれた自動変速機であって、
前記複数の摩擦係合要素のうちの一部である第1の摩擦係合装置では、前記摩擦板が、山部と谷部とが放射状に連続する波板状に形成され、前記ピストンから押圧力を受けたときに平板状に弾性変形して隣接するセパレータと面接触し、前記ピストンからの押圧力を解除されたときに波板状に復元するよう形成され、且つ、前記摩擦板の山部の摩擦係数が谷部の摩擦係数よりも低くなるよう形成され、
前記複数の摩擦係合要素のうちの残余である第2の摩擦係合装置では、前記摩擦板が、平板状に形成されてなる
ことを特徴とする自動変速機。
【請求項4】
前記第1の摩擦係合装置は、前記第2の摩擦係合装置よりも係合の頻度が少ない装置であることを特徴とする請求項2または3記載の自動変速機。
【請求項5】
前記第1の摩擦係合装置は、前記第2の摩擦係合装置よりも非係合時の前記第1の部材と前記第2の部材との回転速度差が大きくなる装置であることを特徴とする請求項2ないし4いずれか1項に記載の自動変速機。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図6】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−207775(P2012−207775A)
【公開日】平成24年10月25日(2012.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−76081(P2011−76081)
【出願日】平成23年3月30日(2011.3.30)
【出願人】(000100768)アイシン・エィ・ダブリュ株式会社 (3,717)
【Fターム(参考)】