説明

多結晶ダイヤモンドおよびその製造方法ならびに電子放出源

【課題】ダイヤモンドにドナー元素が均一に添加されたナノ多結晶ダイヤモンドおよびその製造方法を提供する。
【解決手段】ナノ多結晶ダイヤモンド1は、炭素と、該炭素中に原子レベルで分散するように添加されたV族元素3と、不可避不純物とで構成される。該多結晶ダイヤモンド1の結晶粒径は500nm以下である。上記多結晶ダイヤモンド1は、V族元素が炭素中に原子レベルで分散するように添加され、結晶粒径が10μm以下である黒鉛に、高温高圧プレス装置内で熱処理を施すことで作製可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多結晶ダイヤモンドおよびその製造方法ならびに電子放出源に関し、特に、ナノサイズの結晶粒を有し、V族元素が均一に添加された多結晶ダイヤモンド(以下、「V族元素添加ナノ多結晶ダイヤモンド」と称する)およびその製造方法ならびに該多結晶ダイヤモンドを用いて作製された電子放出源に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ナノ多結晶ダイヤモンドが、天然の単結晶ダイヤモンドを超える硬さを有し、工具として優れた性質を備えるということが明らかになってきた。該ナノ多結晶ダイヤモンドは本来絶縁体であるが、ダイヤモンドに対してドナーとなる元素を添加することで、ダイヤモンドに導電性を付与することができる。例えば特開2010−222165号公報には、導電性を付与可能な元素を含有するダイヤモンド層が記載されている。また、特にn型のダイヤモンドからは電子放出が可能であるが、高濃度にドナーをドープしたn型ダイヤモンドを得ることは高温高圧合成では不可能であった。この点を解決すべく、気相合成(CVD)法によってリンドープなどを行った例が報告されているが、この方法でもやはり、高濃度のドーピングや、リン以外のドーパントを導入することは極めて困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2010−222165号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ダイヤモンドに対してドナーとなる元素を添加することで、ダイヤモンドにn型の導電性を付与することができる。該n型導電性を有するダイヤモンドは、上述のように電子放出特性を有する。この特性を利用して、n型導電性を有するダイヤモンドを例えば電子銃に使用することができる。
【0005】
導電性を有するダイヤモンドを作製する手法としては、単結晶合成や気相合成が知られている。しかし、単結晶合成と気相合成のいずれの手法を用いても、ドナー元素が均一に添加されてn型導電性を有するナノ多結晶ダイヤモンドを作製することは非常に困難である。
【0006】
例えば黒鉛(グラファイト)からダイヤモンドに直接変換する手法では、ドナー原子をダイヤモンド中に閉じ込めることができるため、ダイヤモンドへのドナーのドーピングが可能であると考えられたが、実際には、原料である黒鉛へ、均一にドナー原子を固溶させることが極めて困難である。
【0007】
ダイヤモンドに最も簡単にドナー原子を添加する方法としては、黒鉛粉末と、ドナー元素の粉末とをできるだけ細かく粉砕し、厳しく選別したうえで、混合あるいはさらに加熱反応処理を施したものを原料とする方法が挙げられる。しかしながら、この方法では、ドナー原子が単独で黒鉛粉末と混り合うことは難しく、ドナー原子の多くは、少なくとも2つ以上の原子が隣接したクラスター状になる。そのため、ダイヤモンド中でドナー元素の濃度分布が生じ易くなる。その結果、ダイヤモンドの結晶粒が部分的に急成長し易くなり、均一なナノサイズの結晶粒をもつナノ多結晶ダイヤモンドを得ることは困難であった。
【0008】
本発明は、上記のような課題に鑑みなされたものであり、ダイヤモンドにドナー元素が均一に添加されたナノ多結晶ダイヤモンドおよびその製造方法ならびに該多結晶ダイヤモンドを用いて作製された電子放出源を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係る多結晶ダイヤモンドは、炭素と、該炭素中に原子レベルで分散するように添加されたV族元素と、不可避不純物とで構成される。該多結晶ダイヤモンドの結晶粒径は500nm以下程度である。
【0010】
上記V族元素は、好ましくは、置換型の孤立原子として炭素中に分散する。V族元素の濃度は、例えば1×1014/cm以上1×1022/cm以下程度である。上記多結晶ダイヤモンドは、1500℃以上の温度で、V族元素を含むガスと炭化水素ガスとの混合ガスを熱分解して得られた黒鉛を焼結することで作製可能である。
【0011】
本発明に係る多結晶ダイヤモンドの製造方法は、V族元素が炭素中に原子レベルで分散するように添加され、結晶粒径が10μm以下である黒鉛を準備する工程と、高温高圧プレス装置内で該黒鉛に熱処理を施してこの黒鉛をダイヤモンドに変換する工程とを備える。
【0012】
上記黒鉛をダイヤモンドに変換する工程では、焼結助剤や触媒を添加することなく、高温高圧プレス装置内で黒鉛に熱処理を施すことが好ましい。上記黒鉛を準備する工程は、真空チャンバ内にV族元素を含むガスと炭化水素ガスとの混合ガスを導入し、1500℃以上の温度で混合ガスを熱分解して基材上に黒鉛を形成する工程を含むものであってもよい。上記黒鉛をダイヤモンドに変換する工程では、基材上に形成された黒鉛に高温高圧プレス装置内で熱処理を施してもよい。上記混合ガスを、基材の表面に向けて流すようにすることが好ましい。炭化水素ガスとしては、例えばメタンガスを使用可能である。
【0013】
本発明に係る電子放出源は、上述の多結晶ダイヤモンドを用いて作製される。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る多結晶ダイヤモンドでは、炭素中に原子レベルで分散するようにV族元素を添加しているので、従来にないレベルの均一さでV族元素をダイヤモンド中に添加することができ、多結晶ダイヤモンドにn型導電性を付与することができる。
【0015】
本発明に係る多結晶ダイヤモンドの製造方法では、高温高圧プレス装置内で、V族元素が炭素中に原子レベルで分散するように添加され結晶粒径が10μm以下である黒鉛に熱処理を施して多結晶ダイヤモンドに変換しているので、従来にないレベルでV族元素が均一に添加された多結晶ダイヤモンドを作製することができる。従来は小さくとも数ミクロンの粒子が偏析していたが、本発明では数ミクロンの分解能では分別できないレベル、かつ、Spring8のような高輝度X線設備を用いてもダイヤモンド以外の化合物が偏析していることが判別できない程度、すなわち、ほぼ原子レベルで、炭素位置にV族元素が置換型元素として存在するように、V族元素をダイヤモンド中に均一に添加することができる。また、多結晶ダイヤモンドにn型導電性を付与することができ、該多結晶ダイヤモンドは電子放出特性を有する。
【0016】
本発明に係る電子放出源は、上述の多結晶ダイヤモンドを用いて作製されるので、優れた電子放出特性と耐久性とを兼ね備えたものとなる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の1つの実施の形態における多結晶ダイヤモンドを基材上に作製した状態を示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態について図1を用いて説明する。
本実施の形態におけるV族元素添加ナノ多結晶ダイヤモンドは、該多結晶ダイヤモンド本体を構成する炭素中に原子レベルで分散するように添加されたV族元素を備える。
【0019】
V族元素は、炭素に対して電子が一個多い結合を取り得る元素であり、ダイヤモンドにおいてドナーとなる元素である。V族元素としては、たとえば、リン、窒素、砒素、アンチモン、ビスマス等を挙げることができる。これらの元素から選ばれる一つ以上の元素を使用可能であるが、同様の機能を有する他の元素を使用してもよい。V族元素の中では、リンが好適であるが、リンを単独で使用してもよく、リンと他の元素とを組合せた混合元素を使用することも可能である。
【0020】
図1に示すように、本実施の形態のナノ多結晶ダイヤモンド1は、基材2上に形成され、原子レベルで均一に分散したV族元素3を含む。なお、「原子レベルで分散する」とは、本願明細書では、たとえば、真空雰囲気中で、炭素と、V族元素とを、気相状態で混合させて固化して固体炭素を作製した場合に、該固体炭素中にV族元素が分散するレベルの分散状態をいう。
【0021】
該ナノ多結晶ダイヤモンド1は、基材上に形成された黒鉛(グラファイト)に熱処理を施すことで作製可能である。黒鉛は、一体の固体であり、結晶化部分を含む。図1の例では、ナノ多結晶ダイヤモンド1は、平板状の形状を有しているが、任意の形状、厚みとすることが考えられる。基材上に形成された黒鉛に熱処理を施してナノ多結晶ダイヤモンド1を作製した場合には、ナノ多結晶ダイヤモンド1と黒鉛は、基本的に同形状を有することとなる。
【0022】
上記V族元素は、黒鉛の形成段階で黒鉛中に添加することができる。具体的には、V族元素を含むガスと炭化水素ガスとの混合ガスを1500℃以上の温度で熱分解して基材上に黒鉛を形成し、同時に黒鉛中にV族元素を添加することができる。
【0023】
V族元素を含むガスとしては、たとえばV族元素の水素化物からなるガスを使用可能である。また、V族元素を含む有機金属系のガスも使用可能である。リンを黒鉛に添加する場合には、トリメチルリン、トリエチルリン、トリメチルホスフィン、トリフェニルホスフィン、ターシャリブチルホスフィンから選ばれる一つ以上のガスを使用することができ、窒素を黒鉛に添加する場合には、トリメチルヒドラジン、アンモニアから選ばれる一つ以上のガスを使用することができ、砒素を黒鉛に添加する場合には、トリメチル砒素、トリエチル砒素、ターシャリブチルアルシンから選ばれる一つ以上のガスを使用することができ、アンチモンを黒鉛に添加する場合には、トリメチルアンチモン、トリエチルアンチモン、ターシャリブチルアンチモンから選ばれる一つ以上のガスを使用することができ、ビスマスを黒鉛に添加する場合には、トリメチルビスマス、トリエチルビスマス、ターシャリブチルビスマスから選ばれる一つ以上のガスを使用することができる。また、上記ガスの2つ以上を適宜混合することも考えられる。
【0024】
上記のように、気相の状態で黒鉛形成用の原料ガス中にV族元素を混合して黒鉛中にV族元素を添加することで、黒鉛中に原子レベルで均一にV族元素を添加することができる。また、炭化水素ガスに対するV族元素を含むガスの添加量を適切に調整することで、所望の量のV族元素を黒鉛に添加することができる。
【0025】
上記混合ガスの熱分解は真空チャンバ内で行うことができ、この際に真空チャンバ内の真空度を比較的高く設定することで、黒鉛中への不純物混入を抑制することができる。しかし、実際には、黒鉛中には、意図しない不可避不純物が混入してしまう。この不可避不純物としては、水素、酸素、硼素、シリコン、遷移金属等であって、上記V族元素以外の元素を挙げることができる。
【0026】
本実施の形態のV族元素添加ナノ多結晶ダイヤモンドを作製するために使用する黒鉛では、各不可避不純物の量が0.01質量%以下程度である。つまり、黒鉛中の不可避不純物濃度が、SIMS(Secondary Ion Mass Spectrometry)分析での検出限界以下程度である。また、遷移金属については、黒鉛中の濃度が、ICP(Inductively Coupled Plasma)分析やSIMS分析における検出限界以下程度である。
【0027】
このように、黒鉛中の不純物量をSIMS分析やICP分析での検出限界レベルにまで低下させることで、該黒鉛を用いてダイヤモンドを作製した場合に、添加することを意図したV族元素以外の不純物量が極めて少ない多結晶ダイヤモンドを作製することができる。なお、SIMS分析やICP分析での検出限界より若干多い不純物を含む黒鉛を用いた場合でも、従来と比較すると格段に優れた特性の多結晶ダイヤモンドが得られる。
【0028】
本実施の形態のナノ多結晶ダイヤモンドは、上記のようにV族元素を原子レベルで均一に含む一方で、不純物量は極めて少ない。このナノ多結晶ダイヤモンドでは、炭素中でV族元素の原子が、クラスター状に凝集することがなく、ダイヤモンド全体にわたってほぼ均一に分散した状態となる。理想的には、V族元素の原子は、上記炭素中で、互いに孤立した状態で存在する。V族元素の原子は、炭素原子と置換した状態で炭素(ダイヤモンド本体)中に存在し、炭素中に単純に混入された状態ではなく、V族元素の原子と炭素原子とが化学的に結合したような状態となる。
【0029】
上記のように、本実施の形態のナノ多結晶ダイヤモンドが炭素中に原子レベルで分散するV族元素を備えるので、従来にないレベルで、V族元素が均一に添加されたナノ多結晶ダイヤモンドが得られる。また、ナノ多結晶ダイヤモンド中にV族元素を原子レベルで均一に分散させることができるので、ダイヤモンド全体にわたって所望のn型導電性を付与することができる。その結果、ダイヤモンドに優れた電子放出特性を付与することができる。
【0030】
ここで、本実施の形態のV族元素添加ナノ多結晶ダイヤモンドの電子放出特性を確認したので、その結果について説明する。
【0031】
太さ6μm、高さ25μmである仮想的な円柱体内に収容可能な形状を持つ針状の電子銃(電子放出源)を作製し、その電子放出特性を調査したところ、この電子銃は、5kVの引出し電圧により150μAのエミッション電流を定常的に取り出すことができ、高性能な電子源として使用可能であることが判明した。
【0032】
また、この電子銃は、ナノ多結晶ダイヤモンドで構成されるので、異方性が無く、耐久性に優れていることもわかった。通常の単結晶ダイヤモンドやミクロンオーダーのサイズのダイヤモンド多結晶体で作られた電子銃では、1度でも放電が発生すると針は折れてしまう。ところが、本実施の形態のナノ多結晶ダイヤモンドを利用した電子銃は、5〜10回の放電に対しても折れることが無く、放電後の特性変化も少ないという、ナノ多結晶ダイヤモンド電子放出源のメリットがあるということが判明した。具体的には、5kVの引出し電圧により、エミッション電流が150μA±10μA程度と、エミッション電流の変化が非常に小さいことを確認することができた。
【0033】
以上より、本実施の形態のV族元素添加ナノ多結晶ダイヤモンドを電子銃に使用することにより、電子銃の耐久性を向上しながら、高性能かつ安定した電子放出特性を実現することができる。
【0034】
V族元素を添加した本実施の形態のナノ多結晶ダイヤモンドでは、V族元素が原子レベルでダイヤモンド中に分散しているので、上述のように凝集した状態でダイヤモンド中に混入したV族元素がほとんど存在しない。また、添加されたV族元素はダイヤモンドの結晶粒界に凝集することもなく、ダイヤモンド中に不純物も極めて少ないので、ダイヤモンド結晶の異常成長をも効果的に抑制することができる。その結果、10〜500nmといったナノサイズの結晶粒径(結晶粒の最大長さ)を有し、かつn型導電性を有するナノ多結晶ダイヤモンドが得られる。
【0035】
さらに、本実施の形態のナノ多結晶ダイヤモンドでは、ダイヤモンド中でのV族元素の濃度分布も生じ難くなる。このことからも、ダイヤモンドの結晶粒の局所的な異常成長を効果的に抑制することができる。その結果、従来例と比較すると、ダイヤモンドの結晶粒の大きさをも揃えることができる。
【0036】
ダイヤモンド中のV族元素の濃度は、任意に設定可能である。ダイヤモンド中のV族元素の濃度を高くすることも低くすることも可能である。いずれの場合も、ダイヤモンド中にV族元素を均一に分散させることができるので、ダイヤモンド中でV族元素の濃度分布が生じるのを効果的に抑制することができる。それにより、ダイヤモンドの局所的な導電性のばらつきの発生をも効果的に抑制することができる。
【0037】
なお、V族元素の添加濃度は、ダイヤモンドにn型導電性を付与するためには、1014〜1022/cm程度の範囲が好ましい。ダイヤモンドに金属的な良好な導電性を付与するためには、V族元素の添加濃度は、1019/cm程度以上であることが好ましく、ダイヤモンドに半導体性を付与するには、V族元素の添加濃度は、1014〜1019/cm未満程度が好ましい。
【0038】
次に、本実施の形態のV族元素添加ナノ多結晶ダイヤモンドの製造方法について説明する。
【0039】
まず、真空チャンバ内で、1500℃以上3000℃以下程度の温度に基材を加熱する。加熱方法としては周知の手法を採用することができる。たとえば、基材を直接あるいは間接的に1500℃以上の温度に加熱可能なヒータを真空チャンバに設置することが考えられる。
【0040】
基材としては、1500℃〜3000℃程度の温度に耐え得る材料であれば、いかなる金属、無機セラミック材料、炭素材料でも使用可能である。しかし、原材料となる黒鉛に不純物を混入させないという観点から、基材を炭素で作製することが好ましい。より好ましくは、基材を、不純物の極めて少ないダイヤモンドや黒鉛で構成することが考えられる。この場合、少なくとも上記基材の表面を、ダイヤモンドや黒鉛で構成すればよい。
【0041】
次に、真空チャンバ内に、炭化水素ガスと、V族元素を含むガスとを導入する。このとき、真空チャンバ内の真空度は20〜100Torr程度にしておく。それにより、炭化水素ガスとV族元素を含むガスとを真空チャンバ内で混合することができる。この混合ガスを1500℃以上の温度で熱分解することにより、基材上に、V族元素を原子レベルで取り込んだ黒鉛を形成することができる。なお、混合ガスの導入後に基材を加熱し、該基材上にV族元素を含む黒鉛を形成するようにしてもよい。
【0042】
上記炭化水素ガスとしては、たとえばメタンガスを使用可能である。V族元素を含むガスとしては、上述の各種ガスを使用することができる。炭化水素ガスとV族元素を含むガスとの混合ガスは、例えば10−7%〜100%までの比率で真空チャンバ内に導入することができる。
【0043】
黒鉛の形成時には、炭化水素ガスと、V族元素を含むガスとを、基材の表面に向けて流すようにすることが好ましい。それにより、基材近傍で効率的に各ガスを混合することができ、V族元素を含有する黒鉛を効率的に基材上に生成することができる。炭化水素ガスやV族元素含有ガスは、基材の真上から基材に向けて供給してもよく、斜め方向あるいは水平方向から基材に向けて供給するようにしてもよい。真空チャンバ内に、炭化水素ガスやV族元素含有ガスを基材に導く案内部材を設置することも考えられる。
【0044】
上記のようにして製造され、V族元素が炭素中に原子レベルで分散するように添加された、結晶粒径が10μm以下である黒鉛を、真空チャンバ内で焼結することで、従来にないレベルでV族元素が均一に添加されたV族元素添加ナノ多結晶ダイヤモンドを作製することができる。
【0045】
このように黒鉛をナノ多結晶ダイヤモンドへと直接変換した場合には、黒鉛の結晶粒のサイズがナノ多結晶ダイヤモンドの結晶粒のサイズに反映される。そこで、変換後のダイヤモンドの結晶粒径がナノメートルオーダーとなるように、黒鉛の結晶化部分における結晶粒径を上述のように10μm以下とすることが好ましい。それにより、黒鉛の焼結後に、ナノサイズの結晶粒を有するナノ多結晶ダイヤモンドが得られる。例えば、多結晶ダイヤモンドの結晶粒径を、10〜500nm程度とすることができる。
【0046】
なお、黒鉛をダイヤモンドに変換する工程では、焼結助剤や触媒を添加することなく、高温高圧プレス装置内で黒鉛に熱処理を施すことが好ましい。また、黒鉛をダイヤモンドに変換する工程では、基材上に形成された黒鉛に高温高圧プレス装置内で熱処理を施してもよい。
【0047】
本実施の形態のナノ多結晶ダイヤモンドの作製に使用可能な上記黒鉛は、例えば一部に結晶化部分を含む結晶状あるいは多結晶である。また、黒鉛の密度は、好ましくは、0.8g/cmより大きい。それにより、黒鉛を焼結した際の体積変化を小さくすることができる。また、黒鉛を焼結した際の体積変化を小さくして歩留まりを向上させるという観点から、実験的には、黒鉛の密度を1.4g/cm以上2.0g/cm以下程度とすることが更に好ましい。
【0048】
黒鉛の密度を上記の範囲とするのは、黒鉛の密度が1.4g/cmよりも低い場合には、高温高圧プロセス時の体積変化が大きすぎて、温度制御がきかなくなることがあると考えられるからである。また、黒鉛の密度が2.0g/cmより大きいと、ダイヤモンドに割れの発生する確率が2倍以上になってしまうことがあるからである。
【0049】
次に、本発明の実施例について説明する。
【実施例1】
【0050】
真空チャンバー内でメタンガスとトリメチルリンを1:1で混合し、1900℃に加熱したダイヤモンド基材上に上記混合ガスを吹き付けた。このとき、真空チャンバー内の真空度は20〜30Torrとした。すると、基板上にリンを含有する黒鉛が堆積した。この黒鉛のかさ密度は2.0g/cmであった。また、SEM(Scanning Electron Microscope)観察によれば、黒鉛の結晶粒径(結晶粒の最大長さ)は各々100nm〜10μm程度の大きさであった。ICP元素分析によると、黒鉛中のリン濃度は0.06%であった。
【0051】
上記黒鉛を、高温高圧プレス装置内で、合成温度2200℃、15GPaでダイヤモンドに変換し、リンが添加されたナノ多結晶ダイヤモンドを得た。該多結晶ダイヤモンドの結晶粒径は、各々10〜100nmの大きさであった。X線パターンから、リン単相の析出は見られなかった。このナノ多結晶ダイヤモンドのヌープ硬度は120GPaであった。該ナノ多結晶ダイヤモンドから3mm×1mmの大きさの基板を切り出して該基板の電気抵抗を測定したところ、1kΩであった。
【実施例2】
【0052】
真空チャンバー内でメタンガスとリン酸トリメチルを1:1で混合し、1900℃に加熱したダイヤモンド基材上に上記混合ガスを吹き付けた。このとき、真空チャンバー内の真空度は20〜30Torrとした。すると、基板上にリンを含有する黒鉛が堆積した。この黒鉛のかさ密度は2.0g/cmであった。また、SEM(Scanning Electron Microscope)観察によれば、黒鉛の結晶粒径は各々100nm〜10μm程度の大きさであった。ICP元素分析によると、黒鉛中のリン濃度は0.5%であった。
【0053】
上記黒鉛を、高温高圧プレス装置内で、合成温度2200℃、15GPaでダイヤモンドに変換し、リンが添加されたナノ多結晶ダイヤモンドを得た。該多結晶ダイヤモンドの結晶粒径は、各々10〜100nmの大きさであった。X線パターンから、リン単相の析出は見られなかった。このナノ多結晶ダイヤモンドのヌープ硬度は120GPaであった。該ナノ多結晶ダイヤモンドから3mm×1mmの大きさの基板を切り出して該基板の電気抵抗を測定したところ、10Ωであった。
【実施例3】
【0054】
実施例2のナノ多結晶ダイヤモンドの電子放出特性を以下の手法で調べた。太さ6μm、高さ25μmである仮想的な円柱体内に収容可能な形状をもつ、針状の電子銃(電子放出源)を作製した。この電子銃は、5kVの引出し電圧により150μAのエミッション電流を定常的に取り出すことができる。また、この電子銃は、5〜10回の放電に対しても折れず、放電後の電子放出特性も、5kVの引出し電圧で、150μA±10μAと、非常に変化が小さく安定していた。
<比較例1>
粒径2μm以下の純黒鉛と赤リンとを混合し、該混合物を2000℃で焼成して炭素中にリンを固溶させた。黒鉛中のリン濃度は0.5%であった。この黒鉛を、合成温度2200℃、15GPaで直接多結晶ダイヤモンドに変換した。ところが、ダイヤモンド多結晶中には、不透明な部分と透明な部分とが存在し、これらの存在を肉眼でも明らかに視認することができた。該多結晶ダイヤモンドの結晶粒径は、各々100μm〜500μmの大きさであり、結晶粒サイズのばらつきは大きかった。この多結晶ダイヤモンドのヌープ硬度については、透明な部分(リンのドープされていない部分)のヌープ硬度が100GPaであり、不透明な部分(リンのドープされている部分)のヌープ硬度が60GPaであった。また、多結晶ダイヤモンドの電気抵抗は800kΩであった。
<比較例2>
粒径2μm以下の純黒鉛を、リンを含む溶液に12時間浸漬した後に取り出し、該黒鉛に2000℃で加熱処理を施した。熱処理後の黒鉛中のリン濃度は0.001%以下であった。液をアルカリ性にしても、酸性にしても、有機溶媒にしても、リンが黒鉛中に取り込まれることはほとんど無かった。
<比較例3>
かさ密度0.8g/cmの黒鉛を用いた場合、体積変化が大きいため、合成途中に異常、すなわち、ヒーター素材の変形が著しく、一部あるいは全体が断線し、異常加熱が生じて電流・電圧が設定値を保持できなくなるために、装置を停止せざるを得ない状況が発生する頻度が2倍以上であった。
【0055】
以上の実施例では、真空チャンバー内の真空度を20〜30Torrとし、該真空チャンバー内で、炭化水素ガスと、リンを含むガスとを混合し、1900℃程度の温度に加熱した基材上に供給することで、該基材上に、固相で、かさ密度が2.0g/cm程度である、原子レベルでリンが分散された黒鉛を作製できることを確認できた。また、当該黒鉛を、合成温度2200℃、15GPaでダイヤモンドに変換することで、原子レベルでリンが分散され、結晶粒径(結晶粒の最大長さ)が各々10〜100nm程度の大きさのナノ多結晶ダイヤモンドを作製できることも確認できた。しかし、上記以外の範囲の条件であっても、特許請求の範囲に記載の範囲であれば、優れた特性を有するナノ多結晶ダイヤモンドを作製できるものと考えられる。
以上のように本発明の実施の形態および実施例について説明を行なったが、上述の実施の形態および実施例を様々に変形することも可能である。また、本発明の範囲は上述の実施の形態および実施例に限定されるものではない。本発明の範囲は、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更を含むことが意図される。
【符号の説明】
【0056】
1 ナノ多結晶ダイヤモンド、2 基材、3 V族元素。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素と、
前記炭素中に原子レベルで分散するように添加されたV族元素と、
不可避不純物とで構成され、
結晶粒径が500nm以下である、多結晶ダイヤモンド。
【請求項2】
前記V族元素は、置換型の孤立原子として前記炭素中に分散する、請求項1に記載の多結晶ダイヤモンド。
【請求項3】
前記V族元素の濃度は、1×1014/cm以上1×1022/cm以下である、請求項1または請求項2に記載の多結晶ダイヤモンド。
【請求項4】
前記多結晶ダイヤモンドは、1500℃以上の温度で、前記V族元素を含むガスと炭化水素ガスとの混合ガスを熱分解して得られた黒鉛を焼結することで作製される、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の多結晶ダイヤモンド。
【請求項5】
V族元素が炭素中に原子レベルで分散するように添加され、結晶粒径が10μm以下である黒鉛を準備する工程と、
高温高圧プレス装置内で前記黒鉛に熱処理を施して前記黒鉛をダイヤモンドに変換する工程と、
を備えた、多結晶ダイヤモンドの製造方法。
【請求項6】
前記黒鉛をダイヤモンドに変換する工程では、焼結助剤や触媒を添加することなく、前記高温高圧プレス装置内で前記黒鉛に熱処理を施す、請求項5に記載の多結晶ダイヤモンドの製造方法。
【請求項7】
前記黒鉛を準備する工程は、前記真空チャンバ内に前記V族元素を含むガスと炭化水素ガスとの混合ガスを導入し、1500℃以上の温度で前記混合ガスを熱分解して基材上に黒鉛を形成する工程を含む、請求項5または請求項6に記載の多結晶ダイヤモンドの製造方法。
【請求項8】
前記黒鉛をダイヤモンドに変換する工程では、前記基材上に形成された前記黒鉛に前記高温高圧プレス装置内で熱処理を施す、請求項7に記載の多結晶ダイヤモンドの製造方法。
【請求項9】
前記混合ガスを、前記基材の表面に向けて流すようにした、請求項7に記載の多結晶ダイヤモンドの製造方法。
【請求項10】
前記炭化水素ガスは、メタンガスである、請求項5から請求項9のいずれか1項に記載の多結晶ダイヤモンドの製造方法。
【請求項11】
請求項1から請求項10のいずれか1項に記載の多結晶ダイヤモンドを用いて作製した、電子放出源。

【図1】
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【公開番号】特開2013−28499(P2013−28499A)
【公開日】平成25年2月7日(2013.2.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−165748(P2011−165748)
【出願日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】