説明

多結晶体磁場解析方法

【課題】結晶粒及び結晶方位を考慮した磁場解析を行い、多結晶磁性体の磁気特性を得ることができる磁場解析方法を提供する。
【解決手段】結晶粒の形状D10、結晶方位D20、単結晶の磁気特性D30、励磁条件D40のデータを入力し、まず結晶粒の形状に沿って多結晶体を空間メッシュに分割する(S100)。次いで、結晶粒の結晶方位に基づいて座標変換を行って、単結晶の磁気特性を個々の結晶粒に入力可能にして、結晶粒ごとに磁場解析計算を実行する(S200)。すべての結晶粒に対して計算が終了すると、磁束密度分布(S300)と鉄損分布(S400)とを取得する。その後平均化処理を行なって、結晶体としての磁束密度や鉄損分布を取得する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多結晶体の磁気特性を解析し評価を行う磁場解析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、鋼板などの多結晶材料の磁気特性は、その材料に磁場をかけて鉄損や磁化特性を測定することによって得られる測定データをもとに評価されていた。例えば、エプスタイン法や単板試験法では、圧延方向などの一方向の磁気特性を測定し、その測定結果によって磁気特性を評価していた。しかし、エプスタイン法や単板試験法は、回転磁界を印加した場合の磁気特性あるいは鋼板内の分布磁気特性といった磁気特性を得ることができないので、例えばモータに使用する鋼板を、使用条件、使用環境等を考慮に入れて評価することは困難である。
【0003】
近年、回転磁界、異方性などの磁気特性を得ることができる2D−MAG測定方法(2次元ベクトル磁気特性測定法方)が提案されている(非特許文献1,2および特許文献1参照)。しかしながら、鋼板内のある領域の平均値での測定にとどまっており、結晶粒径などを考慮した磁気特性分布を得ることはできない。また、提案されているDMM(分布磁気測定方法)によれば、鋼板内の結晶粒および結晶方位を考慮した磁気特性を得ることができる(非特許文献2および特許文献2参照)。しかしながら、この測定方法も、実際の材料を測定することにより磁気特性を得るものであり、製造あるいは入手できる材料に対する磁気特性しか得ることができない。また、材料を励磁する値にも、使用できる励磁装置による制約があり、磁束密度の高い部分あるいは低い部分を十分に評価することはできない。
【0004】
【非特許文献1】M. Enokizono, ”Two-dimensional Magnetic Property”, JIEE-A, Vol.115, No.1, pp.1-8, 1998.
【非特許文献2】K. Fujisaki, Y. Nemoto, S. Sato, M. Enokizono and H. Shimoji,” 2-D vector magnetic method in comparison with conventional method”, 7th International Workshop on 1&2-Dimensional Magnetic Measurement and Testing. Proceeding, edited by J. Sievert (PTB-E-81). pp.159-166. ,2002
【非特許文献3】榎園、田邉「方向性珪素鋼板の局所二次元磁気特性」日本応用磁気学会誌、vol.22, pp.901-904,1998
【特許文献1】特願2005−073336
【特許文献2】特願2005−073337
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記問題に鑑み、単結晶およびそれに近い物性値の磁気特性(以下単結晶の磁気特性と記す)に基づいて、結晶粒及び結晶方位を考慮した磁場解析を行い、多結晶磁性体の磁気特性を得ることができる磁場解析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記目的を達成するために、本発明の多結晶体磁場解析方法は、少なくとも各結晶粒の形状に沿って多結晶体を複数の要素に分割するステップと、外部磁場を与えるステップと、単結晶の磁気特性を前記結晶粒の結晶方位で決る座標系に変換して、前記結晶粒に与えるステップと、各結晶粒でそれぞれ磁場解析を行うステップとを有する。
【0007】
さらに前記多結晶体の磁気特性分布を得るステップを有するようにしてもよい。
【0008】
さらに前記多結晶体の磁気特性分布を平均化することにより、前記多結晶体の全体としての磁気特性を得るステップを有するようにしてもよい。
前記磁気特性は、磁束密度、磁界又は鉄損とすることができる。
前記単結晶の磁気特性は、マイクロマグネチズムを用いて算出することもでき、また、単結晶材料の測定によって得ることもできる。
【0009】
前記結晶粒の結晶方位は、放射線あるいは粒子線を結晶粒に照射して得られる回折像に基づいて得ることができる。また、前記結晶方位は、<100>、<001>、<111>とすることができる。さらに、前記多結晶の磁気特性は、<100>、<001>、<111>それぞれの磁気特性とすることができる。
【0010】
前記各結晶体の境界に境界用セルを配置し、該境界用セルは、その磁気特性が前記多結晶材料より低いものであるとすることもできる。
前記外部磁場は、回転磁界で与えてもよい。
【発明の効果】
【0011】
本発明は、多結晶体の磁場解析において、与えられた結晶粒の形状と結晶方位に基づいて、結晶粒ごとに座標系を変換するようにしたので、結晶粒を考慮した磁気特性を算出することができ、従来の測定による解析では得られなかった磁気特性を得ることができる。さらには、結晶粒の形状と結晶方位とを調整することにより所望の磁気特性を有する多結晶体を構成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、図面を参照して、本発明による多結晶体の磁場解析の一実施形態を説明する。本実施形態の解析対象は、方向性電磁鋼板であって、図1に、解析対象の解析領域100を示す。解析領域100は、ほぼ80mm×80mmmで、結晶粒1〜10からなる。方向性電磁鋼板の圧延方向rは、図1の水平方向であり、解析対象である多結晶体全体としては、圧延方向rが平均的な磁化容易軸の方向となっている。しかしながら、微細にみると、結晶粒ごとに磁化容易軸の方向が異なっている。例えば領域3の磁化容易軸は、図示のように全体の磁化容易軸である圧延方向rから鋼板面内で角度α3だけずれている。
【0013】
図2に、図1の各結晶粒1〜10の磁化容易軸の、全体の磁化容易軸rからのずれを、角度α、β、γで示す。つまり、圧延方向に対する各結晶粒の結晶方位(すなわち例えば立方晶(X、Y、Z)の向き)の向きを、角度α、β、γで表現している。ここで、角αは、鋼板面に水平な方向の角度であり、角βは、鋼板面に垂直な方向の角度であり、角γは磁化容易軸周りの回転角である。なお、本実施形態では、圧延方向すなわち全体の磁化容易軸rが決っているので、ずれの角度はα、β、γで規定できるが、無方向性電磁鋼板などの一般の多結晶体の場合、3次元オイラー角あるいは結晶学におけるミラー指数で表示するところの<100>、<110>、<111>で決る結晶方位のずれを用いることになる。この場合、鉄を想定しているので、bcc(体心立方格子)を想定しているが、コバルト(六方晶)など他の格子では、別の方位を用いる。
【0014】
結晶粒径ごとの結晶方位は、X線、電子線、中性子線などの放射線あるいは粒子線を照射し、その結果生じる回折により測定することができる。例えば、電子顕微鏡の試料として鋼板をセットし、電子線を照射したときに発生する後方散乱電子回折像から、鋼板を構成する各結晶粒の結晶方位を得ることができる。
【0015】
図3及び図4は、本実施形態で使用する方向性電磁鋼板の単結晶の磁気特性を示すもので、図3は、磁束密度Bと磁界Hとの関係であるB−H特性を示し、図4は、磁束密度Bと鉄損Wとの関係であるB−W特性を示す。ここで、角度φは、方向性電磁鋼板の面内において単結晶の磁化容易軸からの角度であり、印加される外部磁場の傾き角度を示す。図3、4の特性は、鋼板の容易軸から所定の角度φだけ回転させた試料を用いて、エプスタイン法またはSST(Single-Sheet Test)法で測定することができる。その詳細は、International Electrical Commission, 404-3, Second edition, 1992、及びJapan Industrial Standard, C2556, 1996 に記載されているが、磁束密度Bは、試料に巻かれたサーチコイルの出力電圧を時間積分して求めることができる。なお、図3、4の特性は、非特許文献1に記載の2D-MAG測定方法のデータを用いても構わない。
【0016】
なお、磁化容易軸が必ずしも明確でなく、磁化容易軸方向が方向性電磁鋼板ほど揃っていない無方向性電磁鋼板の場合、単結晶の磁気特性としては、図5に示すような<100>、<110>、<111>方位の磁気特性を用いる。図5に示すように、<100>が最も磁化特性が良好であり、<110>が中間であり、<111>が最も悪い。
【0017】
単結晶の磁気特性は、単結晶に対して実際に磁場を印加して計測することにより取得することができるが、マイクロマグネティズムと呼ばれる手法により取得することもできる。マイクロマグネティズムは、磁性体理論における磁区構造(マイクロメータの大きさレベル)の理論に基づくものである。交換エネルギー、異方性エネルギー、静磁エネルギーといった磁気エネルギーが最小となる磁化ベクトルを算出する方法であり、ランダウ-リフッシッツ-ギルバート(LLG)の式を有限要素法などにより数値解析的に算出することで、磁化過程を理論的に算出するものである。
【0018】
図6に、本実施形態の磁場解析のフローの概要を示す。
データとして、図1に示す解析対象の電磁鋼板を構成する結晶粒の形状データD10と、図2に示すその結晶粒の方位データD20と、図3に示す単結晶の磁気特性データD30と、外部から電磁鋼板を励磁、つまり電磁鋼板にとっての外部磁界、を付与する励磁条件データD40例えばコイル電流値を与える。外部磁界の与え方としては、ここで示している電磁鋼板に励磁器を考えコイル電流を付与する方法もあるが、境界条件で与える方法もある。
【0019】
本実施形態では、結晶方位のそろった方向性電磁鋼板だけではなく、結晶方位のランダム性の高い無方向性電磁鋼板をも解析対象とする。いずれも、多結晶体であり、各結晶体では、単一の結晶方位を持っているとしてモデルを構築している。
【0020】
本実施形態では、有限要素法、差分法、境界要素法といった数値解析によって計算を実行する。ここでは、一例として有限要素法について細述するが、他の数値解析手法でも同様である。通常の有限要素法のように、そこでは解析対象を微少なメッシュに分解して解析するので、まず、ステップS100で、図7にその一部を誇張して示すように、結晶粒形状を考慮して、材料内空間全体に有限要素法の要素となるメッシュMをきることから始める。メッシュMは、結晶粒形に沿って分割する場合もあるが、メッシュ形状を固定しても構わない。その場合は、結晶粒形状は固定したメッシュ形状に沿って凸凹する。これが問題になる場合は、結晶粒界上のメッシュは、それぞれの結晶の物性値(結晶方位など)を体積で按分することも考えられる。また、本実施形態では、単一結晶粒は同一の結晶方位を持つことを考えているが、しばしば亜粒界と称して、単一結晶粒の中に亜粒界を境界条件として、結晶方位が異なる場合がある。この場合は、亜粒界に沿ってもメッシュを分割しそれぞれ異なる結晶方位を与えることもある。メッシュは通常は3次元メッシュであるが、解析対象によっては2次元メッシュとしてもよい。また、本実施形態では、外部励磁部に対してもメッシュをきって、外部励磁条件を入力するようにしている(図示せず)。なお、各結晶粒の境界(結晶粒界)に、それぞれがメッシュの一部となる空隙セルなどの境界用セルを配置して、この境界セルの磁気特性を解析対象の磁気特性より低い磁気特性を与えて、境界であることを入力するようにしてもよい。
【0021】
空間メッシュの作成が終了すると、ステップS200で、電磁場の有限要素法による解析計算を行う。この計算のフローは図8を参照して後に説明するが、本実施形態では、解析対象である材料を結晶粒の集合体として考え、各結晶は単一の結晶方位をもち、その結晶方位は、例えば多結晶体である材料の全体座標系からの各軸の回転で表現できるものとして、実行される。そのために、各結晶の結晶方位に基づく座標系と、材料全体の座標系とを変換する座標変換を考える。座標変換は行列で表現され、各結晶粒に行われるので、多結晶体である材料全体の変換行列も定義される。その変換行列は、結晶粒ごとの小行列が対角状に並んだ行列となり、材料の全体座標系から、結晶粒ごとの局所座標に変換する。データとして入力される単結晶のB−H特性(図3)、B−W特性(図4)は、方向性電磁鋼板の面内においてその磁化容易軸からの角度φ(面内での角度であり、面に垂直方向回りの角度でもある)で規定されているので、磁化容易軸がずれている個々の結晶粒においては、そのままではデータとして使用できない。個々の結晶粒へのデータ入力とするためには個々の結晶粒の磁化容易軸のずれに対応して補正が必要であり、その補正を座標変換で行うものである。
【0022】
各結晶粒の磁化容易軸のずれを座標変換して、結晶粒ごとの電磁場の解析結果が得られると、ステップS300で電磁気特性例えば磁束密度の分布を取得し、次いでステップS400で損失例えば鉄損分布を取得する。鉄損分布の算出としては、B−W特性(図4)を元に算出しても良いし、また、各メッシュにおける磁束密度ベクトルと磁界ベクトルとのベクトル内積を1周期積分して磁気エネルギーを算出して、鉄損を求めてもよい。その後、ステップS500で、平均化処理を行なって、解析対象である材料全体としての磁束密度、磁場の強さ、鉄損などを求める。さらに、ステップS600では、得られた磁束密度、磁場の強さ、鉄損から、多結晶体である磁性体材料としてのB−H特性、B−W特性を得る。
【0023】
本実施形態では、結晶粒の形状を考慮してメッシュの作成を行い、結晶方位を考慮して座標変換を行って、磁場解析を実行するので、結晶粒単位での結晶粒形状および結晶方位を考慮して解析でき、多結晶材料内の磁気特性分布の詳細な解析が可能である。さらには結晶粒の形状、方位を調整することで、所望の電磁気特性をもつ多結晶材料がえられるような結晶方位特性および結晶粒形状を提示することができる。
【0024】
以下、図6のステップについて、さらに詳しく説明する。図8に、ステップS200に対応する有限要素法による電磁場解析計算のフローを示す。計算は、結晶粒ごとの座標変換をもとに、材料全体で行われる。まず、ステップS101で、計算の対象となる結晶粒の形状、方位の入力とともに、すべての結晶粒に共通のデータである単結晶の磁気特性、外部磁場の励磁条件が入力される。
【0025】
ステップS102では、多結晶体全体に共通の座標(材料の全体座標系)から、計算対象の各結晶粒固有の座標系に変換する変換行列を算出する。これは、上述のように、その変換行列は、結晶粒ごとの小行列が対角状に並んだ行列となり、材料の全体座標系から、結晶粒ごとの局所座標に変換する行列で表現される。単結晶の磁気特性(B−H特性、B−W特性)を当該結晶粒に適切なデータとして入力可能にするためである。
【0026】
ここで、座標変換としての座標回転の一例を説明する。結晶方位が3次元オイラー角として得られる場合は、以下のような座標の回転を行うことができる。
【0027】
図9(a)(b)は、オイラー角と座標回転を説明するための図である。図9(a)に示すように、3次元空間において、x軸回りの回転角γの回転と、y軸回りの回転角βの回転と、z軸回りの回転角αの回転とを考える。この場合、x軸回りの回転行列をR(x,γ)、y軸回りの回転行列をR(y,β)、z軸回りの回転角αの回転行列をR(z,α)として、図9(b)に示すように、それぞれの回転を回転行列で表現できる。オイラー角は、この3個の回転行列R(x,γ)、R(y,β)、R(z,α)を組み合わせて表現される。
【0028】
例えば、本実施形態の方向性電磁鋼板全体の座標軸での位置ベクトルP=(x,y,z)Tと、そこからオイラー角でα、β、γ回転した結晶粒の座標軸での位置ベクトルP3=(x1,y2,z3)Tとが、位置ベクトルP1、P2を介して、次ぎのような関係
P=R(z,α)P1
P1=R(y,β)P2
P2=R(x,γ)P3
にあるとすると、
P=R(z,α)R(y,β)R(x,γ)P3
となる。また、この関係は可逆であり、逆は、
P3=R−1(x,γ)R−1(y,β)R−1(z,α)P
となる。ここで、
T=R−1(x,γ)R−1(y,β)R−1(z,α)
とおくと、
P3=TP
となって、方向性電磁鋼板全体の座標軸から、オイラー角でα、β、γ回転した結晶粒の座標軸への変換が行われたことになる。
【0029】
このようにして、結晶方位に応じて座標軸を回転させて、結晶粒の結晶方位のずれを補償した座標軸で、単結晶の磁気特性を入力できるので、結晶粒ごとに磁気特性を考慮した計算が可能となる。
【0030】
本実施形態では、電磁気現象解明の解法として、A−φ法(A:ベクトルポテンシャル [Wb/m]、φ:スカラーポテンシャル[V/m])をベースに解析を行う場合を示すが、マックスウェル方程式をベースにした解析手法であれば、例えば磁束密度を直接もとめる方法であっても構わない。そこでは、静磁場の場合は、以下の式をベースに展開する。
【数1】

高周波での磁気特性のごとく渦電流および異常渦電流を考慮した電磁場解析の場合は、以下の式をベースに展開する。
【0031】
【数2】

いずれの場合に対しても以下の展開は同じなので、静磁場について述べる。
有限要素法では、メッシュ分割された各要素内の任意の場所のベクトルポテンシャルは、その要素の節点でのベクトルポテンシャルの線形結合で表現されるものとしている。線形結合の係数は、その節点の位置座標の値より算出されるものである。これを元に、解析対象全体の磁気エネルギーは、汎関数χとして定義され数値解析で算出される。汎関数が最小となる条件が実在の物理量であると考えると、任意の節点でのベクトルポテンシャルによる汎関数χの偏微分がゼロになるので、以下の行列が導出される。
【数3】

【0032】
ここで、[H]は全体係数行列の各要素は、各節点の位置座標および透磁率により算出されるものであり、行列としてはスパースマトリックスである。{A}は、各節点の各方位(絶対座標系)のベクトルポテンシャルであり、nuは、未知節点の総数に座標数(三次元解析の場合は3になる)を乗じたものである。{G}は、境界条件等で与えられる既知のベクトルポテンシャルおよび励磁電流密度により算出されるものであり、既知である。
【0033】
ここで、式(3)で表示されている各ベクトル、行列は、絶対座標系からみたものである。今、各結晶粒での局所座標系から見た場合を考えると、同様にして
【数4】

が導出される。式(5)で表示されている各ベクトル、行列は、各結晶粒の局所座標系からみたものである。今回の多結晶材料の解析では、磁気特性は各結晶粒の局所座標系からみたものであるので、各結晶粒の局所座標系からみた式(5)の全体係数行列およびベクトルポテンシャルの全体ベクトルが算出される。しかしながら、境界条件および励磁条件は、絶対座標に対して与えられるものであり、求めたいものは絶対座標系におけるベクトルポテンシャルである。
【0034】
そこで、S102で算出した変換行列を[T]とすると、
【数5】

が導出される。つまり、局所座標系で算出される全体係数行列は、座標変換を施すことで絶対座標系での式に変換することができる。
【0035】
線形解析のごとく透磁率が固定の場合は、全体係数行列は既知になるので、その逆行列をガウスの消去法や変形これスキー法といった直接解法または、逐次過大緩和法(SOR=Successive Overrelaxation)や共役傾斜法(CG=Conjugate Gradient)といった反復法で算出することで、各節点の未知のベクトルポテンシャルを算出できる。
【0036】
通常の磁気特性は磁気飽和現象があるので、透磁率の非線形計算が必要であり、そのために、一般に用いられているニュートン・ラフソン法を用いる。ニュートン・ラフソン法によれば、k+1回目の反復で得られる節点iのベクトルポテンシャルの近似解は、次の式(8)として与えられる。
【0037】
【数6】

【0038】
ここで、ポテンシャルAi、汎関数χは、k回目の値であり、nuは未知節点の総数である。式(8)は、ベクトルポテンシャルの微少変動δAi(k)に対する汎関数χの微少変動に対しても、磁気エネルギー最小の条件を適用し、テイラー展開で高次の項を無視することで導出される。
【0039】
式(8)からわかるように、k番目のポテンシャルAがわかっているので、k番目の変分δAがわかると、k+1番目のポテンシャルがかわかる。このようにして、ポテンシャルAが収束するまで反復計算を行う。
【0040】
ステップS104では、式(9)の左辺の行列及び右辺のベクトルを計算するために必要なポテンシャルA、磁気抵抗率ν(透磁率の逆数)、∂ν/∂B2の初期値を設定する。ここで、材料の磁気特性(BH特性)は、磁気抵抗率νと磁束密度Bとの関係式ν=g(B2)で表現されるものとする。これは、等方性材料の場合に適用できるものであるが、図3のごとく、φ異方性(BH特性が、容易軸と磁束密度ベクトルBとの角度差φの関数で提示される)の場合にも適用できる。同様に、三次元の場合は、容易軸と磁束密度ベクトルBとの角度差(この場合、α角とβ角とで規定してもよい)で磁気特性(BH曲線)が規定できる場合にも適用できる。つまり、異方性モデルであっても、磁束密度ベクトルに応じて磁気抵抗率νが一意的に規定できる場合に適用される。
【0041】
一方、異方性材料のモデルとして、磁束密度ベクトルを各軸(この場合必ずしも直角になっている必要はない)に分解して、各軸での磁気抵抗を算出する方法もある。例えば、2次元解析の直交座標系では、磁気抵抗率νxを磁化容易軸方向の磁束密度Bxにより、磁気低効率νyを磁化容易軸と直交する磁化困難軸方向の磁束密度Byにより、次ぎのように表す。
【0042】
νx=g(Bx2
νy=g(By2
ここで、磁束密度ベクトルを分解する各軸は、必ずしも直角になっている必要はなくて、たとえば、<100>、<110>、<111>といった方位に分解してもよい。鉄のごとく<100>、<110>、<111>に顕著な磁気特性の違いが出ている場合(図5参照)は、<100>、<110>、<111>に分解した方がよい。
以上のニュートン・ラフソン法の議論も、各結晶粒での局所座標系で考えている。
【0043】
ステップS105では、各結晶粒での式(9)のニュートンラプソン法の係数マトリクス[KL]を計算する。係数マトリクス[KL]は、各結晶粒での局所座標系で算出した磁気特性に基づく行列である。そこで、式(3)から式(7)での議論と同様に、座標変換を施すことで絶対座標系に置き換える必要がある。つまり、ステップS106での、k番目の変分δA(k)の計算では、
【数7】

を用いる。ここで逆行列計算が必要であるがその解法については前述した。
【0044】
ステップS107では、k+1番目のポテンシャルA(k+1)を式(8)にしたがって求める。次いで、ステップS108で収束判定を行って、収束していなければ、ステップS109で、各結晶粒での局所座標系において、B2を計算し、さらにνと∂ν/∂B2を計算にてステップS105に戻る。ステップS108でポテンシャルAが収束するまで、ステップS105〜S108を繰り返す。
ステップS108でポテンシャルAが収束すると、図のフローを抜ける。
【0045】
次ぎのステップS400とS600(図6)では、得られた磁気ベクトルポテンシャルから、磁束密度等の電磁気特性分布と、鉄損等の損失分布を求め、さらにステップS500では平均化処理を行なって、解析対象の方向性電磁鋼板の電磁気特性を求める。平均化処理は、例えば以下の式に従って、実行される。
【0046】
【数8】

【0047】
ここで、<B>、<H>及び<W>は、それぞれ所定の領域における体積平均化された磁束密度、平均化された磁界の強さ及び平均化された鉄損である。鋼材内部では、こうした結晶方位および結晶粒形状、により分布しているが、モータおよび変圧器として使用する場合は、その平均値で議論されている。モータ、変圧器の設計時に使用される電磁鋼板の磁気特性は、結晶粒形を無視できるようにした平均値が使用されている。
【0048】
平均化された磁束密度、磁界の強さ及び鉄損が得られると、ステップS600で、それらの間の関係である<B>−<H>曲線及び<B>−<W>曲線を求めることができる。
【0049】
図10に、本実施形態による鉄損の計算値と実際の鉄損の測定値とを比較した結果を示す。実線で示したグラフは、鋼板に対して傾き角度0°〜45°までの外部磁場を付与して計算した鉄損分布を、領域L(図7)で平均化処理した値を示す。破線は、同一条件で実際に測定した値を示す。図10からわかるように、傾き角15°〜45°までは、計算結果と測定値とは非常によく合致していることがわかる。
【0050】
以上のように、鋼板のような多結晶磁性体の磁気特性について、従来では製造あるいは入手することができた多結晶磁性体に対して実際に測定を行うことでしか磁気特性を得ることができなかったのに対して、本実施形態では、結晶粒を考慮することで精度よくシミュレーションが実行できるので、例えば製造に先立って磁気特性を評価することが可能となる。さらにはシミュレーションされた多結晶体で、その結晶粒の形状あるいは結晶方位を変更することにより、所望の磁気特性を有する多結晶磁性体を構成することもできる。
【0051】
本実施形態では、方向性電磁鋼板を例にしたが、本発明は無方向性電磁鋼板であっても適用できる。また、鋼板だけではなく、磁性材料であれば、本発明を適用することができる。さらに外部磁場は、多結晶磁性体に対して任意の角度で与えることもできる。したがって、多結晶磁性体に対して回転磁場を与えて解析することもできる。回転磁界は、図11に示すようなもので、モータ、変圧器の内部で発生するものである。回転磁界は、1周期における磁束密度の平面状の軌跡を示したもので、1周期における磁束密度の大きさの最大値Bmax、1周期における磁束密度の大きさの最小値BminとBmaxの比(軸比)α=Bmin/Bmax、およびBmaxにおけるときの磁束密度ベクトルのある軸(その鋼板の容易軸)からの角度Incとで表現される。その磁気特性は2D−MAGによる高精度な測定装置が必須であったが、本解析を用いれば数値解析にて評価できることになる。多結晶磁性体に対して回転磁場を与えて解析する場合は、多結晶磁性体の所定の領域が、図11となるように、多結晶体である電磁鋼板の励磁電流を時々刻々変えることで算出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】本発明の1実施形態による磁場解析の対象である方向性電磁鋼板を説明する図である。
【図2】図1の方向性電磁鋼板に含まれる結晶粒の圧延方向(全体の磁化容易軸)からのずれ角を示す図である。
【図3】図1の方向性電磁鋼板の単結晶のB−H特性を示す図である。
【図4】図1の方向性電磁鋼板の単結晶のB−W特性を示す図である。
【図5】一般的な単結晶磁性体の<100><110><111>方位のB−H特性を示す図である。
【図6】本発明の1実施形態による磁場解析の概略のフローを示す図である。
【図7】本発明の1実施形態による図1の多結晶磁性体のメッシュを説明する図である。
【図8】図6のステップS200の磁場解析計算のフローを示す図である。
【図9】オイラー角と座標回転を説明する図である。
【図10】本発明の1実施形態により計算された鉄損と実際に測定された鉄損とを比較する図である。
【図11】回転磁界の説明図である。
【符号の説明】
【0053】
100 方向性電磁鋼板の解析対象
1〜10 結晶粒
γ 圧延方向

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の結晶粒から構成される多結晶体の外部磁場下における磁気特性を評価する磁場解析方法であって、
少なくとも各結晶粒の形状に沿って多結晶体を複数の要素に分割するステップと、
前記各結晶粒にそれぞれ固有の結晶方位を与えるステップと、
外部磁場を与えるステップと、
単結晶の磁気特性を与えるステップと、
前記各結晶粒の結晶方位で決る座標系と多結晶体全体の座標系との座標変換を用いて、電磁場解析計算を行うステップと、
を有する多結晶体磁場解析方法。
【請求項2】
さらに前記多結晶体の磁気特性分布を得るステップを有する請求項1に記載の多結晶体磁場解析方法。
【請求項3】
前記多結晶体の磁気特性分布を平均化することにより、前記多結晶体の全体としての特性を得るステップを有する請求項2に記載の多結晶体磁場解析方法。
【請求項4】
前記磁気特性は、磁束密度、磁界又は鉄損である請求項1〜3のいずれか1項に記載の多結晶磁場解析方法。
【請求項5】
前記単結晶の磁気特性は、マイクロマグネチズムを用いて算出されるものである請求項1〜4のいずれか1項に記載の多結晶磁場解析方法。
【請求項6】
前記単結晶の磁気特性は、単結晶材料の測定によって得られるものである請求項1〜4のいずれか1項に記載の多結晶磁場解析方法。
【請求項7】
前記結晶粒の結晶方位は、放射線あるいは粒子線を結晶粒に照射して得られる回折像に基づいて得る請求項1〜6のいずれか1項に記載の多結晶磁場解析方法。
【請求項8】
前記単結晶は立方晶であって、該単結晶の磁気特性は、前記結晶方位<100>、<001>、<111>それぞれの磁気特性である請求項1〜7のいずれか1項に記載の多結晶磁場解析方法。
【請求項9】
前記電磁場解析計算は、そこにおける磁束密度ベクトルは、前記結晶方位<100>、<001>、<111>に分解して、それぞれの磁気特性となるように収束計算を行う請求項8に記載の多結晶磁場解析方法。
【請求項10】
前記各結晶体の境界に境界用セルを配置し、該境界用セルは、その磁気特性が前記多結晶材料より低い請求項1〜9のいずれか1項に記載の多結晶磁場解析方法。
【請求項11】
前記外部磁場は、回転磁界で与えられる請求項1〜10のいずれか1項に記載の多結晶磁場解析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2007−304688(P2007−304688A)
【公開日】平成19年11月22日(2007.11.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−130042(P2006−130042)
【出願日】平成18年5月9日(2006.5.9)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】