後加工式繊維埋め込み方法および繊維埋め込み用超音波ホーン
【課題】 熱可塑性樹脂からなるワークに繊維素材を埋め込むことが可能な後加工式繊維埋め込み方法を提供すること。
【解決手段】 超音波ホーン3bの先端の突起5bをワーク7の表面に接触させてワーク7の表面を溶融させながら超音波ホーン3bの先端でワーク7よりも耐熱温度の高い繊維素材8をワーク7に押し込むことによって繊維素材8をワーク7に埋め込むことで、熱可塑性樹脂からなるワーク7に対して後加工による補強や補修あるいは造形作業等を施す。
【解決手段】 超音波ホーン3bの先端の突起5bをワーク7の表面に接触させてワーク7の表面を溶融させながら超音波ホーン3bの先端でワーク7よりも耐熱温度の高い繊維素材8をワーク7に押し込むことによって繊維素材8をワーク7に埋め込むことで、熱可塑性樹脂からなるワーク7に対して後加工による補強や補修あるいは造形作業等を施す。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱可塑性樹脂からなるワークに対する後加工によってワークの補強や補修あるいは造形作業等を可能とした後加工式繊維埋め込み方法と、この後加工式繊維埋め込み方法に適した繊維埋め込み用超音波ホーンに関する。
【背景技術】
【0002】
繊維素材を利用してワークの補強を行う加工技術としては、ガラス繊維やカーボン繊維等にエポキシ樹脂等を含浸させて硬化させるFRPや、積層した布等にフェノール樹脂を含浸させて硬化させたマイカルタ等が既に公知である。
【0003】
しかし、これらの技術はワークの製造過程で適用されるのみであり、既に製品として完成したワークに対しての補強や補修あるいは造形作業等に転用することはできない。
【0004】
また、熱可塑性樹脂からなるワークの補修に利用できる技術としては、非特許文献1に開示されるように、両端部を屈曲させて電極を形成した針金状の電熱ピンの電極部分をハンドピース状の専用工具にセットして通電することで発熱させ、その熱でワークを溶融させながら電熱ピンをワークに押し込んで埋め込むようにしたヒートリペアキットが提案されている。
【0005】
しかし、このものは断裂を生じたワークの補修を主目的としたものに過ぎず、造形作業等に転用することは全くできない。また、両端部の電極部分を専用工具にセットして電熱ピンをワークに押し込む関係上、電熱ピンの埋め込み作業が完了した後で必ずワーク表面から電極部分が突出し、この部分をニッパーで切断したりヤスリがけする等して切除する必要があり、工作作業が煩雑となる弊害があった。
【0006】
また、電熱ピンの形状自体はラジオペンチ等を利用して或る程度は変更することが可能であるが、複雑な表面形状を有するワークに対しては必ずしも容易に対応することはできず、電熱ピンの発熱に時間を要し、一回の埋め込み作業に時間を要する点で不都合があった。
【0007】
なお、超音波振動子で超音波ホーンを振動させて熱可塑性樹脂同士を溶着する超音波ハンドピース(超音波溶着装置)それ自体の構成や作用原理に関しては特許文献1等で公知であり、既に様々な分野で利用されている。
【0008】
【非特許文献1】HRK、“製品情報”、[online]、[平成17年12月20日検索]、インターネット<URL:http://www.air-asahi.com/products/pro2.html>
【特許文献1】特開2001−246670号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで、本発明の課題は、前記従来技術の不都合を改善し、既に製品として完成した熱可塑性樹脂からなるワークに繊維素材を埋め込むことが可能であって、更には、熱可塑性樹脂からなるワークの補修に加え補強や造形作業等を容易に行うことができ、特に、ワークの形状等による束縛を受けることなくワークの補強や補修あるいは造形作業等を短時間で行うことのできる後加工式繊維埋め込み方法と、この後加工式繊維埋め込み方法に適した繊維埋め込み用超音波ホーンを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の後加工式繊維埋め込み方法は、前記課題を達成するため、
熱可塑性樹脂からなるワークの上に前記熱可塑性樹脂よりも耐熱温度の高い繊維素材を載置した後、超音波振動子で駆動される超音波ハンドピースに設けられた超音波ホーンの先端を前記繊維素材間の間隙を縫ってワークの表面に接触させ、ワークの表面と超音波ホーンの先端との間に生じる摩擦熱で前記ワークの表面を溶融させながら超音波ホーンの先端で前記繊維素材をワークに押し込むことで前記ワーク内に繊維素材を埋め込むことを特徴とした構成を有する。
【0011】
超音波ホーンの先端をワークの表面に接触させてワークの表面を溶融させながら超音波ホーンの先端で繊維素材をワークに押し込むことによって繊維素材をワークに埋め込むようにしているので、既に製品として完成した熱可塑性樹脂からなるワークに対して後加工による補強や補修あるいは造形作業等を施すことができる。
また、超音波ホーンの振動によってワークを溶融させるようにしているので、ワークを早急に溶融させて繊維素材を埋め込むことができ、しかも、ワークの表面から不要な部材が突出することもないので、突出部の切断やヤスリがけ等の作業を省略することが可能となり、ワークの補強や補修あるいは造形作業等に必要とされる全体としての作業時間が短縮される。
しかも、繊維素材としては熱可塑性樹脂からなるワークよりも耐熱温度の高い繊維素材を選択的に使用しているので、繊維素材の過温によって繊維素材本来の機械的,化学的特性が損なわれることはなく、ワークの補強や補修に好適である。
【0012】
更に、超音波ホーンの先端で繊維素材をワークに押し込む過程で超音波ホーンの先端を利用してワークを所望する形状に変形させるようにしてもよい。
【0013】
超音波ホーンの先端で繊維素材をワークに埋め込みながら超音波ホーンの先端を利用してワークを所望する形状に変形させることができるので、特に、ワークの表面に別の形状を生成する造形作業等に適する。
【0014】
また、繊維素材をワーク上の断裂箇所に載置して前記と同様にして繊維素材の埋め込み作業を行うようにしてもよい。
【0015】
ワーク上の断裂箇所が溶融して再溶着され、しかも、この溶着箇所に繊維素材が埋め込まれることになるので、特に、断裂したワークの補修作業等に好適である。断裂箇所の再溶着に加えて繊維素材の埋め込みが並行して行われるので、繊維素材を適切に選択することにより当初の強度あるいは其れ以上の強度を得ることも可能である。
【0016】
ワークに埋め込む繊維素材としては、例えば、ショートカットファイバーを用いることができる。
【0017】
ワーク上にショートカットファイバーを散布するようにして載置した場合、その配向性は様々なものとなるので、このショートカットファイバーを埋め込んだワークは様々な方向に対する引っ張り強度等が概ね均一なものとなり、特に、振動部分に使用されるワークの補強等に有効に利用することができる。
【0018】
ワークに埋め込む繊維素材として繊維を縒り合わせた糸状体を用い、この繊維素材が不定形状の経路を描くようにワークの上に載置することも可能である。
【0019】
糸状体を呈する繊維素材が不定形状の経路を描くようにワークの上に載置して埋め込むことにより、糸状体各部の微小区間が様々な方向を向くようになるので、ワークにおける様々な方向の引っ張り強度等を概ね均一なものとすることができる。
糸状体としては天蚕糸(釣り糸)のような単繊維状のものを利用することもできるが、繊維を縒り合わせた糸状体つまり表面に凹凸のある糸状体を利用することにより樹脂と糸状体との結合が強化され、特に、ワークの補強や補修の用途において強度が向上する。
【0020】
ワークに埋め込む繊維素材として繊維を縒り合わせた糸状体を用いる場合においては、更に、この繊維素材の少なくとも一部がワークの断裂箇所と交差するようにワーク上に載置することが望ましい。
【0021】
繊維を縒り合わせた糸状体は引っ張り方向に対して特に強い強度を備えるので、ワークの断裂箇所と交差するように繊維素材を埋め込むことにより、断裂を生じたワークを的確に補強して補修することができる。
【0022】
また、ワークに埋め込む繊維素材として、繊維を縒り合わせた糸状体を縦横に織り込んだ布状体を用いるようにしてもよい。
【0023】
布状体すなわち面を有する繊維素材を利用することで、ワーク上の比較的広い部分に亘って補強や補修等の作業を行うことができる。
しかも、この布状体には繊維を縒り合わせた糸状体が縦横に織り込まれているので、これを埋め込んだワークは、様々な方向に対して強い引っ張り強度を確保することができる。
【0024】
本発明の繊維埋め込み用超音波ホーンは専ら前述の後加工式繊維埋め込み方法を適用して熱可塑性樹脂からなるワークに繊維素材を埋め込む際に利用される繊維埋め込み用超音波ホーンであり、
その先端部に、超音波振動による前記繊維素材の位置ずれを防止するための突起が複数形成されていることを特徴とする構成を有する。
【0025】
超音波ホーンの先端をワークの表面に接触させることでワークが共振し、ワークの上に載置された繊維素材とワークとの間に滑りが生じやすくなるが、ホーンの先端に複数の突起を形成することで繊維素材の位置ずれを防止して確実な埋め込み作業が行えるようになる。
【0026】
また、繊維素材間の間隙を縫って超音波ホーンの先端をワークの表面に接触させるための複数の突起を繊維埋め込み用超音波ホーンの先端部に形成するようにしてもよい。
【0027】
ワークに埋め込む繊維素材として布状体等を利用した場合、ワークと超音波ホーンとの間に介在する繊維素材によって超音波ホーンの先端が支えられて超音波ホーンの先端とワーク表面との接触が阻害される場合があるが、繊維素材間の間隙を縫って超音波ホーンの先端をワークの表面に接触させるための突起、特に、比較的鋭利な突起を超音波ホーンの先端に形成することで布状体等の織り目を縫うようにして超音波ホーンの先端を確実にワークに接触させてワークを溶融することができる。
超音波振動による繊維素材の位置ずれを防止するための突起は必ずしも鋭利なものである必要はないが、超音波ホーンの先端に形成された比較的鋭利な突起を繊維素材間の間隙を縫って超音波ホーンの先端をワークの表面に接触させるための突起および繊維素材の位置ずれを防止するための突起として兼用することが可能である。
【発明の効果】
【0028】
本発明の後加工式繊維埋め込み方法は、超音波ホーンの先端をワークの表面に接触させてワークの表面を溶融させながら超音波ホーンの先端で繊維素材をワークに押し込むことによって繊維素材をワークに埋め込むようにしているので、既に製品として完成した熱可塑性樹脂からなるワークに対して後加工による補強や補修あるいは造形作業等を施すことができる。
また、超音波ホーンの振動によってワークを溶融させるようにしているので、ワークを早急に溶融させて繊維素材を埋め込むことができ、しかも、ワークの表面から不要な部材が突出することもないので、突出部の切断やヤスリがけ等の作業を省略することが可能となり、ワークの補強や補修あるいは造形作業等に必要とされる全体としての作業時間が短縮される。
しかも、繊維素材としては熱可塑性樹脂からなるワークよりも耐熱温度の高い繊維素材を選択的に使用しているので、繊維素材の過温によって繊維素材本来の機械的,化学的特性が損なわれることはなく、ワークの補強や補修に好適である。
【0029】
更に、超音波ホーンの先端で繊維素材をワークに押し込む過程で超音波ホーンの先端を利用してワークを所望する形状に変形させることにより、ワークの表面に別の形状を生成するような造形作業等にも容易に対処することができる。
【0030】
また、繊維素材をワーク上の断裂箇所に載置して繊維素材の埋め込み作業を行うようにすれば、ワーク上の断裂箇所が溶融して再溶着され、しかも、この溶着箇所に繊維素材が埋め込まれることになるので、断裂したワークの補強を兼ねてワークの補修作業を行うことができる。この際、繊維素材を適切に選択することによって当初の強度あるいは其れ以上の強度を得ることも可能である。
【0031】
特に、ワークに埋め込む繊維素材としてショートカットファイバーを用いた場合においては、ショートカットファイバーが様々な方向性をもってワークに埋め込まれることになるので、ショートカットファイバーの埋め込みによって補強もしくは補修されたワークが様々な方向に対する引っ張りに対して強度を発揮することができる。
【0032】
また、ワークに埋め込む繊維素材として繊維を縒り合わせた糸状体を用いる場合は、この繊維素材が不定形状の経路を描くようにワークの上に載置し、糸状体各部の微小区間が様々な方向を向くようにして埋め込むことで、ワークにおける様々な方向の引っ張り強度を確保することができる。特に、繊維を縒り合わせた糸状体つまり表面に凹凸のある糸状体を利用することで、樹脂と糸状体との結合を強化し、特に、ワークの補強や補修の用途に適した強度を得ることができる。
【0033】
ワークに埋め込む繊維素材として繊維を縒り合わせた糸状体を用いる場合においては、更に、この繊維素材の少なくとも一部がワークの断裂箇所と交差するようにワーク上に載置して埋め込むことによって、断裂を生じたワークを的確に補強して補修することができる。糸状体が引っ張り方向に対して特に強い強度を備え、この糸状体が断裂箇所と交差する方向で埋め込まれることにより同一箇所での断裂が再発し難くなるためである。
【0034】
また、ワークに埋め込む繊維素材として繊維を縒り合わせた糸状体を縦横に織り込んだ布状体を用いるようにした場合では、ワーク上の比較的広い部分に亘って補強や補修等の作業容易に行うことができる。しかも、この布状体には繊維を縒り合わせた糸状体が縦横に織り込まれているので、これを埋め込んだワークは、様々な方向に対して強い引っ張り強度を確保することができる。
【0035】
本発明の繊維埋め込み用超音波ホーンは繊維素材の位置ずれを防止するための突起が先端部に複数形成されているので、超音波ホーンの振動でワークに共振が生じた場合であってもワークの上に載置された繊維素材とワークとの間の滑りを防止して繊維素材の確実な埋め込み作業を行うことができる。
【0036】
また、繊維素材間の間隙を縫ってワークの表面に超音波ホーンの先端を接触させるための複数の突起、特に、比較的鋭利な突起を超音波ホーンの先端部に形成することで、超音波ホーンの先端とワーク表面との接触を阻害する可能性のある繊維素材、例えば、布状体等を利用した場合であっても、布状体等の織り目を縫うようにして超音波ホーンの先端を確実にワークに接触させてワークを溶融することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0037】
次に、本発明の実施形態の幾つかについて図面を参照して詳細に説明する。
【0038】
図1は本発明を適用した一実施形態の後加工式繊維埋め込み方法で使用する超音波ハンドピースの一例について簡略化して示した斜視図である。
【0039】
この超音波ハンドピース1は其の内部に超音波振動子(図示せず)を備え、ハンドピース本体2から突出した超音波ホーン3が前述の超音波振動子によって軸方向に往復駆動されるようになっている。
【0040】
超音波ホーン3はハンドピース本体2に対して着脱可能とされ、必要に応じて様々な形状の超音波ホーン3、例えば、カッティングエッジを有する切断用の超音波ホーン(図示せず)や繊維埋め込み用超音波ホーン等がハンドピース本体2に選択的に取り付けられるようになっている。図1の例では超音波ホーン3の全体を差し替えて交換作業を行うようになっているが、超音波ホーン3の先端部のみを別部材で構成し、この先端部のみを差し替える構成であってもよい。
【0041】
コントローラ4はハンドピース本体2に内蔵された前述の超音波振動子をV/F変換方式(電圧/周波数変換方式)で駆動制御する。また、ハンドピース本体2にも超音波ホーンの動作をON/OFF制御するための手元スイッチ6が設けられている。
【0042】
超音波ハンドピース自体の構造や機能に関しては既に公知であるので、詳細な説明は省略する。
【0043】
図1の超音波ホーン3と交換して取り付ける繊維埋め込み用超音波ホーンの一例を図2に示す。
【0044】
この繊維埋め込み用超音波ホーン3aは、熱可塑性樹脂からなるワークの上に繊維素材を載置してワークの表面を溶融させる際に利用されるもので、その先端部には、ワークの共振によってワーク上を滑るように移動する繊維素材の位置ずれを防止するための突起5aが多数形成されている。
【0045】
各々の突起5aは、図2(d)に示される通り、その断面形状が平行四辺形となる柱状体であり、図2(d)の方向性を基準として、平行四辺形の底辺の長さD1が1.6mm,平行四辺形の高さD2が1.6mm,隣接する突起5aの上下間の離間距離D3が1.0mm,隣接する突起5aの左右間の離間距離D4が1.0mmとなり、また、図2(c)に示される通り、平行四辺形の突出量D5が1.9mmとなるように形成されている。
【0046】
このような突起5aの構成、すなわち、突起5aの形状および寸法と配設ピッチは、熱可塑性樹脂からなるワークの上に繊維素材としてのショートカットファイバー(長さが5mm前後のもの)を載置した際に繊維素材の位置ずれを防止する機能がある。つまり、ワーク上に載置されたショートカットファイバーのうち繊維埋め込み用超音波ホーン3aの先端である突起5aの下面とワーク表面との間に挟まれたものは、突起5aの振動によって突起5aの下面とワーク表面との間から追い出されて多数の突起5aの間に形成される溝の部分に侵入し、その周囲を突起5aで包囲された状態で前述の溝の部分に保持されて位置ずれを防止される。また、当初から此の溝に対応する位置にあったショートカットファイバーが突起5aの下面とワーク表面との間に改めて侵入するということはない。従って、結果として、ワーク上に載置されていた大半のショートカットファイバーは多数の突起5aの間に形成される溝の部分に侵入して位置ずれを防止された状態で保持され、多数の突起5aの先端がワーク表面に直接的に接触し、ワーク表面との摩擦熱によってワーク表面を溶融させ、ショートカットファイバーに過剰な熱を与えることなくワークの表面を溶融させる。そして、この状態で繊維埋め込み用超音波ホーン3aをワークに押し込んでいくことで、ショートカットファイバーに過剰な熱を与えることなくワークの内部にショートカットファイバーが埋め込まれることになる。
【0047】
つまり、繊維素材としてショートカットファイバーを適用した場合には、繊維埋め込み用超音波ホーン3aの突起5aが繊維素材の位置ずれを防止するための突起として機能し、同時に、繊維素材間の間隙を縫って繊維埋め込み用超音波ホーン3aの先端をワークの表面に接触させるための突起としても機能することになる。
【0048】
繊維素材として1.0mm未満の糸状体を適用した場合も概ね前記と同様であり、糸状体の大半の部分は突起5aの振動によって突起5aの下面とワーク表面との間から追い出されて多数の突起5aの間に形成される溝の部分に侵入し、その周囲を突起5aで包囲された状態で溝の部分に保持されて位置ずれを防止されるので、糸状体に過剰な熱を与えることなくワークの内部に糸状体を埋め込むことが可能である。よって、この場合も、繊維埋め込み用超音波ホーン3aの突起5aは、繊維素材の位置ずれを防止するための突起として機能し、同時に、繊維素材間の間隙を縫って繊維埋め込み用超音波ホーン3aの先端をワークの表面に接触させるための突起として機能することになる。
【0049】
図1の超音波ホーン3と交換して取り付けられる繊維埋め込み用超音波ホーンの他の例を図3に示す。この繊維埋め込み用超音波ホーン3bも、前記と同様、熱可塑性樹脂からなるワークの上に繊維素材を載置した状態でワークの表面を溶融させる際に利用されるもので、その先端部には、ワークの共振によってワーク上を滑るように移動する繊維素材の位置ずれを防止するための突起5bが多数形成されている。
【0050】
各々の突起5bは、図3(c)および図3(d)に示される通り、全体として四角錐台型に形成され、図3(d)に示されるように、底辺の長さD6が0.7mm,上辺の長さD7が0.2mm,突出高さD8が0.3mm,隣接する突起5a間の離間距離D9が1.0mmとなるように形成されている。
【0051】
このような突起5bの構成、すなわち、突起5bの形状および寸法と配設ピッチも、熱可塑性樹脂からなるワークの上に繊維素材としてのショートカットファイバーあるいは糸状体を載置した際に、繊維素材の位置ずれを防止するための突起および繊維素材間の間隙を縫って其の先端をワークの表面に接触させるための突起として機能するに十分なものである。
【0052】
更に、図3の例では、四角錐台型に形成された突起5bの先端の幅が縦横ともに0.2mmと比較的鋭利に形成されているので、繊維素材としての布状体をワーク表面に載置した場合であっても、この突起5bを繊維素材の位置ずれを防止するための突起および繊維素材間の間隙を縫って其の先端をワークの表面に接触させるための突起として利用することができる。この場合、突起5bの先端が布状体の織り目を縫うようにして突入することでワーク表面に接触し、また、布状体の織り目に突入した突起5bによってワーク表面に対する布状体つまり繊維素材の位置ずれが防止される。
【0053】
このように、比較的鋭利な突起5bを繊維埋め込み用超音波ホーン3bの先端に形成することで、布状体の位置ずれを防止し、かつ、面を形成する布状体に阻害されることなく繊維埋め込み用超音波ホーン3bの先端をワーク表面に接触させて、布状体つまり繊維素材に過剰な熱を与えることなくワークの内部に埋め込むことができるようになる。
【0054】
繊維埋め込み用超音波ホーン3bの先端として好適な突起の形状の幾つかを図4に列挙する。
【0055】
図4(a)に示す突起5cは単純な波型状の突起、また、図4(b)に示す突起5dは平坦な面を有する突条からなる突起であり、何れも、繊維素材としてショートカットファイバーを適用した際に繊維素材の位置ずれを防止するための突起、および、繊維素材間の間隙を縫って繊維埋め込み用超音波ホーン3bの先端をワークの表面に接触させるための突起として好適であり、また、繊維素材として糸状体を使用した場合においても、繊維素材の位置ずれを防止するための突起、および、繊維素材間の間隙を縫って繊維埋め込み用超音波ホーン3bの先端をワークの表面に接触させるための突起として利用され得る。
【0056】
図4(c)に示す突起5eは三角錐状の突起、また、図4(d)に示す突起5fは四角錐状の突起であり、何れも比較的鋭利な先端部を有することから、繊維素材としてショートカットファイバー,糸状体,布状体の何れを適用した場合においても、繊維素材の位置ずれを防止するための突起、および、繊維素材間の間隙を縫って繊維埋め込み用超音波ホーン3bの先端をワークの表面に接触させるための突起として機能する。
【0057】
図4(e)に示す突起5gは断面形状が矩形状となる柱状の突起であり、その用途に関しては図2に示した突起5aと同様である。
【0058】
次に、繊維を縒り合わせた糸状体を縦横に織り込んだ布状体からなる繊維素材をワークに埋め込むことによって断裂を生じた熱可塑性樹脂製のワーク、例えば、自動二輪車のカウリング,車両のパンパー,ポリコンテナ等の熱可塑性樹脂からなるワークの補修を行う場合を例にとって本実施形態の後加工式繊維埋め込み方法について具体的に説明する。
【0059】
この際、ワークに埋め込まれる繊維素材の機械的,化学的特性が損なわれることがないよう、埋め込みの対象とする繊維素材の耐熱温度はワークを形成する熱可塑性樹脂の熱変形温度よりも高いものを選択する。
【0060】
なお、ここでいう熱変形温度とは繊維素材の埋め込みが可能となる程度に熱可塑性樹脂が軟化する温度であり、必ずしも熱可塑性樹脂それ自体の融点を意味するものではない。
【0061】
また、ワークを形成する熱可塑性樹脂の材質が同一であっても、埋め込みの対象とする繊維素材の形態、例えば、ショートカットファイバー,糸状体,布状体等の違いにより、繊維素材の埋め込みが可能となる熱可塑性樹脂の軟化の程度にも差が生じるので、熱可塑性樹脂の熱変形温度は埋め込みの対象とする繊維素材の形態によって変動を生じる値でもある。
【0062】
一般に、ワークを形成する熱可塑性樹脂のうちABS樹脂の熱変形温度は93℃〜103℃,ポリプロピレンの熱変形温度は57℃〜63℃,ポリポリカーボネートの熱変形温度は130℃〜138℃,ナイロンの熱変形温度は67℃〜70℃,ポリエチレンの熱変形温度は43℃前後であり、埋め込みの対象とする繊維素材のうちポリエステル繊維の融点(耐熱温度)は255℃〜260℃,ナイロン繊維の融点(耐熱温度)は215℃〜220℃,アラミド繊維の炭化温度は(耐熱温度の上限)537℃前後(以上、合成繊維),綿の分解温度(耐熱温度)は235℃前後,麻の分解温度(耐熱温度)は235℃前後(以上、天然繊維)となっているから、これらのワークと繊維素材との組み合わせは全て可能である。他の繊維素材としては、例えば、ガラス,ケブラー,カーボン等が好適である。
【0063】
埋め込みの対象とする繊維素材の形態として糸状体を選択する場合においては、ワークに埋め込まれた糸状体とワークとの親和性や再溶着時の結合力の観点から、天蚕糸(釣り糸)のような単繊維状のものより、繊維を縒り合わせた糸状体つまり表面に凹凸のある糸状体を利用することが望ましい。同様の理由で、布状体を選択する場合においても、繊維を縒り合わせた糸状体を縦横に織り込んだ布状体を利用することが望ましい。
【0064】
特に、埋め込みの対象とする繊維素材の形態として布状体を選択した場合にあっては、その織り方に関しても適切なものを選択することが望ましい。布状体の織り方としては、縦横あるいは斜めからの引っ張り力が作用した際に不用意な歪みや糸抜け等が生じ難いものがよく、薄葉不織,平織,多重織,亀甲織,天竺織のものが考えられるが、なかでも、縦糸と横糸が相互に固定されるラッセル織が歪みや糸抜け等が生じ難い点で好適である。
【0065】
布状体からなる繊維素材をワークに埋め込むことによって断裂を生じた熱可塑性樹脂製のワークの補修を行う場合には、まず、図5に示されるように、ワーク7の断裂状況に合わせて、ワーク7の熱変形温度よりも高い耐熱温度を有する布状体8を適当な大きさに裁断し、図6(a)および図6(b)に示されるように、ワーク7の断裂箇所9を跨ぐようにしてワーク7上に載置する。
【0066】
前述したように、超音波ハンドピース1に装着する繊維埋め込み用超音波ホーンとしては、図3に示されるような繊維埋め込み用超音波ホーン3b、つまり、比較的鋭利な突起5bを備えたものが最も好適である。
【0067】
次いで、コントローラ4側で周波数や振幅等を設定した後、超音波ハンドピース1の手元スイッチ6を操作して繊維埋め込み用超音波ホーン3bの振動を開始させ、繊維埋め込み用超音波ホーン3bの先端に位置する突起5bを布状体8に押し付ける。
【0068】
突起5bが布状体8の織り目に突入するようなかたちで布状体8を押圧するので、ワーク7が共振してワーク7と布状体8との間の実質的な摩擦係数が静止摩擦係数から動摩擦係数に変化しても、ワーク7に対して布状体8が不用意に滑り始めるといった問題は生じない。
【0069】
また、突起5bは布状体8の織り目に突入して繊維素材の間隙を縫うようにしてワーク7の表面に接触することになるので、繊維埋め込み用超音波ホーン3bの先端と布状体8との間に過剰な摩擦熱が発生することはなく、布状体8の過温によって布状体8の機械的,化学的特性が劣化するといった問題も未然に防止される。
【0070】
一方、突起5bの先端は布状体8に邪魔されることなくワーク7の表面に直接的に接触しているので、突起5bの先端とワーク7の表面との間で生じる摩擦熱によって確実にワーク7の表面を溶融することができる。
【0071】
このようにして超音波ハンドピース1を作動させてワーク7を溶融させ、図7(a)および図7(b)に示すようにして、繊維埋め込み用超音波ホーン3bの先端で布状体8をワーク7の内部に押し込むようにして埋め込んでいく。
【0072】
この過程で、断裂箇所9の周辺のワーク7の部分が溶融し、断裂箇所9を挟む左右のワーク部分が相互に溶け合っていくことになる。
【0073】
また、布状体8の織り目の間隔にもよるが、ワーク7の表面で溶融した熱可塑性樹脂が繊維埋め込み用超音波ホーン3bの先端とワーク7の非溶融部との間で押圧され、この圧力により布状体8の織り目の間隙を縫うようにして布状体8の表側に滲出し、布状体8をワーク7の内部に確実に取り込む。
【0074】
一回の繊維埋め込み用超音波ホーン3bの押し付け操作で埋め込みが可能なのは繊維埋め込み用超音波ホーン3bの先端面積と同等あるいは其れよりも僅かに大きな面積部分であり、布状体8の全体を埋め込むためには、繊維埋め込み用超音波ホーン3bの先端位置をずらしながら前記と同様の押し付け操作を繰り返し実行する必要がある。
この繰り返し作業に際しては、まず、断裂箇所9に沿って押し付け操作行うことで断裂箇所9を挟む左右のワーク部分を確実に再溶着させ、その後、断裂箇所9の位置から徐々に外側に向かって押し付け操作を繰り返すようにすることが望ましい。
また、断裂箇所9の位置から徐々に外側に向かって押し付け操作を繰り返す過程では、布状体8を内側から外側に向かって押し広げるような力を加えながら行うことが望ましく、この操作により、布状体8に引っ張り方向の予圧が与えられ、断裂箇所9を挟む左右のワーク7の部分を相互に引き付けあうようにして密着させることが可能となる。
【0075】
最終的に、布状体8の全体が埋め込まれた時点で一連の作業が終了する。布状体8の埋め込みが完了して断裂箇所9の部分が再溶着された状態を図8に示す。布状体8の全ての部分がワーク7に埋設されるので不要な突出箇所はなく、突出部の切断やヤスリがけ等の作業は基本的に必要ない。また、布状体8は其れ自体が面を形成するものであるから、布状体8を埋め込まれたワーク7、特に、ラッセル織の布状体8を埋め込まれたワーク7は、様々な方向に対して強い引っ張り強度を確保することができる。
【0076】
ワーク7が純粋な機能部品である場合、その外観は特に問われないので、必要に応じてワーク7の表裏に対して同様の処理を行い、ワーク7の表裏に布状体8を埋め込むことで、補修後の強度が更に向上する。
【0077】
また、ワーク7が外装品である場合においては布状体8の埋め込みはワーク7の裏面側から行うことが望ましい。ワーク7の厚みが厚い場合には裏面側からの操作だけで断裂箇所9を完全に再溶着できず、ワーク7の表面側に多少の裂け目が残る可能性があるが、その場合は、パテ盛りやヤスリがけ等の通常の成形作業でワーク7の表面側の見映えをよくすることが可能である。
【0078】
ABS樹脂を試験片として補修作業を行った場合の引張試験の結果について図12(a),図12(b)を参照して簡単に説明する。
試験片の形状は短冊型,厚みは4.00mm,幅は10.00mm,標点距離は50.00mmであり、無垢の試験片(A)と、中央部を幅方向に切断して超音波溶着のみによる補修作業を行った試験片(B)と、中央部を幅方向に切断し超音波ハンドピース1および繊維埋め込み用超音波ホーン3bを使用してケブラー繊維からなる布状体を試験片の片面に埋め込んだ試験片(C)と、中央部を幅方向に切断し同様にして細いポリエステル糸を縦横に織り込んだ布状体を試験片の片面に埋め込んだ試験片(D)と、中央部を幅方向に切断し同様にして太いポリエステル糸を縦横に織り込んだ布状体を試験片の片面に埋め込んだ試験片(E)を準備し、これらを同一条件下で引張試験機に取り付けて荷重を加えた場合の数値データを図表12(a)に、また、各試験片が完全に破断するまでの応力と引張歪との関係を図12(b)に示す。
この結果から明らかなように、ABS樹脂を補強あるいは補修する際には、超音波ハンドピース1および繊維埋め込み用超音波ホーン3bを使用してケブラー繊維からなる布状体を埋め込むのが適当であり、これにより、超音波溶着のみによる補修作業を行う場合に比べて3倍弱の引張強度を得ることができ、また、無垢の素材と比べても8割弱の引張強度が保証される。
【0079】
以上、一例として、布状体8からなる繊維素材をワーク7に埋め込むことによって断裂を生じた熱可塑性樹脂製のワーク7の補修を行う場合について述べたが、糸状体からなる繊維素材をワーク7に埋め込むことによっても同等の作業が可能である。
【0080】
糸状体からなる繊維素材をワーク7に埋め込むことによって補修作業を行う場合は、例えば図9に示すように、糸状体10の少なくとも一部が断裂箇所9と交差するようにしてワーク7の上に糸状体10を載置し、前記と略同等な埋め込み作業を行うようにする。断裂箇所9の補修を主目的とする場合は、前記と同様の理由により、まず、断裂箇所9に沿って繊維埋め込み用超音波ホーン3bの押圧操作を行うことで断裂箇所9を挟む左右のワーク部分を再溶着させつつ断裂箇所9と交差する部分の糸状体10の埋め込みを行い、その後、糸状体10の経路に沿って断裂箇所9の位置から徐々に外側に向かって押し付け操作を繰り返すようにすることが望ましい。
【0081】
あるいは、図10に示すように、糸状体10をウェブ状にしたものを押し潰すようにして不定形状の経路を描かせ、この糸状体10を断裂箇所9周辺のワーク7上に載置して糸状体10の埋め込み作業を行うようにしてもよい。この場合、断裂箇所9に沿って繊維埋め込み用超音波ホーン3bの押圧操作を行うことで断裂箇所9を挟む左右のワーク部分を再溶着させつつ断裂箇所9の周囲の糸状体10の埋め込みを行い、その後、適当な手順で周囲の糸状体10の埋め込み作業を行うことになる。糸状体10の経路は実質的に不明であるから、前述のように糸状体10の埋め込み操作の過程で糸状体10に引っ張り方向の予圧を与えようとする試みには余り意味がない。
【0082】
しかし、糸状体10各部の微小区間が様々な方向を向くようになるので、布状体8を埋め込んだ場合と同様、ワーク7における様々な方向の引っ張り強度等を概ね均一なものとすることができる。
【0083】
また、糸状体10は任意の形状に屈曲あるいは屈折させることができるので、平面を成す布状体8の埋め込みが困難な複雑な3次元形状を有するワーク部分にも容易に埋め込むことができるメリットがある。
【0084】
ショートカットファイバーをワーク7に埋め込むことによって補修作業を行う場合は、図11に示すように、ショートカットファイバー11が断裂箇所9の上と其の周辺を満遍なく覆うようにしてワーク7の上に載置あるいは散布し、図10に示した糸状体10の場合と同様にしてショートカットファイバー11の埋め込み作業を行うようにする。
【0085】
この場合、ショートカットファイバー11の配向性に一貫性はなく、ショートカットファイバー11が様々な方向を向くので、不定形状の経路を描く糸状体10を埋め込んだ場合と同様、ワーク7は様々な方向に対して概ね均一な引っ張り強度を得ることができ、特に、振動部分に使用されるワーク7の補強や補修に有効である。
【0086】
また、ショートカットファイバー11は例えば5mm程度といったように其の全長が短く且つ細いので、糸状体10でも対処しきれないような曲率の高い3次曲面あるいは面積の狭い部分にも容易に埋め込むことができるメリットがある。
【0087】
糸状体10やショートカットファイバー11を利用する場合も、必要に応じてワーク7の表裏の各面に対して此れらの繊維素材を埋め込むことが可能である。
【0088】
ショートカットファイバー11,糸状体10,布状体8を利用してワークの補強作業を行う場合の作業手順に関しても、実質的な作業手順は前述した補修作業の場合と同様である。ワークに断裂等の異常が生じてから繊維素材の埋め込み作業を行えば補修作業となり、また、ワークに異常が生じる以前に予め此の埋め込み作業を行った場合には補強作業ということになるが、実質的な処理手順に関しては同様である。なお、補強のための埋め込み作業の場合には断裂箇所9というものは存在しないから、ショートカットファイバー11,糸状体10,布状体8を埋め込む箇所は補強対象箇所ということになる。また、補修作業によって製造時点と同等あるいは其れ異常の強度を得ることも可能であるので、補修という文言に補強の意味合いが含まれる場合もある。
【0089】
また、ワークの補強や補修と共にワークの表面に別の形状を生成する造形作業を行う場合においては、繊維埋め込み用超音波ホーン3a,3bの先端で布状体8,糸状体10,ショートカットファイバー11等の繊維素材をワーク7に押し込む過程で、超音波ホーン3a,3bの先端を利用してワーク7を所望する形状に変形させるようにする。
【0090】
この際、ワーク7上に僅かな突起物を形成するような場合には、造形の対象となる箇所の周辺のワーク7部分を繊維埋め込み用超音波ホーン3a,3bで溶融させて熱可塑性樹脂を造形の対象となる箇所に盛り付けながら布状体8,糸状体10,ショートカットファイバー11等の埋め込み作業を行うようにする。
【0091】
また、比較的規模の大きな突起物を形成する必要がある場合においては、ワーク7と同一の素材からなる別部材をワーク7上に載置して超音波ホーン3a,3bで両者を溶着し、更に、溶着箇所や別部材の部分に布状体8,糸状体10,ショートカットファイバー11等を埋め込みながら、超音波ホーン3a,3bの先端を利用して別部材の部分を含めたワーク7の周辺部分を所望する形状に変形させるようにする。
【0092】
あるいは、ワーク7と同一の素材からなる母材を準備し、この母材を繊維埋め込み用超音波ホーン3a,3bで溶融させながらワーク7上に盛り付け、同時に、布状体8,糸状体10,ショートカットファイバー11等を埋め込みながら、超音波ホーン3a,3bの先端を利用してワーク7上に所望する形状を形成していくようにしてもよい。
【0093】
既に述べた通り、繊維素材の過温によって繊維素材本来の機械的,化学的特性が損なわれることがないよう、繊維素材の間隙を縫うようにしてワーク7の表面に突起5a,5bを接触させることが望ましいが、繊維素材の耐熱温度がワークを形成する熱可塑性樹脂の熱変形温度よりも十分に高い場合においては、平坦な超音波ホーンの先端で繊維素材を押し潰すようにして超音波ホーンの先端の一部、つまり、繊維素材を押し潰していない部分をワーク表面に接触させてワーク表面と超音波ホーンの先端との間で摩擦熱を発生させてワークの表面を溶融させたり、あるいは、繊維埋め込み用超音波ホーンの先端を繊維素材それ自体に直接的に押し当て、超音波ホーンの先端と繊維素材との間の摩擦によって生成されて繊維素材を介してワークに伝達される熱およびワーク表面と繊維素材との間の摩擦で発生する熱を利用してワーク表面を溶融させるようにしても構わない。
このような場合は、繊維埋め込み用超音波ホーンの先端形状を格別に吟味する必要はない。
【図面の簡単な説明】
【0094】
【図1】超音波ハンドピースの一例について簡略化して示した斜視図である。
【図2】超音波ハンドピースに取り付けられる繊維埋め込み用超音波ホーンの一例を示した図で、図2(a)は平面図、図2(b)は側面図、図2(c)は先端部を拡大して示した側面図、図2(d)は先端部を拡大して示した下面図である。
【図3】超音波ハンドピースに取り付けられる繊維埋め込み用超音波ホーンの他の一例を示した図で、図3(a)は平面図、図3(b)は側面図、図3(c)は先端部を拡大して示した下面図、図3(d)は先端部を拡大して示した側面図である。
【図4】繊維埋め込み用超音波ホーンの先端に形成することが可能な突起の形状の幾つかを示した斜視図で、図4(a)は波型状の突起、図4(b)は突条からなる突起、図4(c)は三角錐状の突起、図4(d)は四角錐状の突起、図4(e)には断面形状が矩形状となる柱状の突起である。
【図5】布状体からなる繊維素材をワークに埋め込むことによって断裂を生じた熱可塑性樹脂製のワークの補修を行う場合の段取りについて簡略化して示した概念図である。
【図6】ワークの断裂箇所を跨ぐようにしてワーク上に布状体を載置した状態について示した概念図で、図6(a)は斜視図、図6(b)は正面図である。
【図7】ワークに布状体を埋め込む過程について示した概念図で、図7(a)は斜視図、図7(b)は正面図である。
【図8】布状体の埋め込みが完了した状態について示した概念図である。
【図9】糸状体からなる繊維素材をワークに埋め込むことによって断裂を生じた熱可塑性樹脂製のワークの補修を行う場合の段取りの一態様について簡略化して示した概念図である。
【図10】糸状体からなる繊維素材をワークに埋め込むことによって断裂を生じた熱可塑性樹脂製のワークの補修を行う場合の段取りの別の態様について簡略化して示した概念図である。
【図11】ショートカットファイバーからなる繊維素材をワークに埋め込むことによって断裂を生じた熱可塑性樹脂製のワークの補修を行う場合の段取りの一態様について簡略化して示した概念図である。
【図12】ABS樹脂を試験片として補修作業を行った場合の引張試験を示した図で、図表12(a)は無垢の試験片(A)と、超音波溶着のみによる補修作業を行った試験片(B)と、ケブラー繊維からなる布状体を試験片の片面に埋め込んだ試験片(C)と、細いポリエステル糸を縦横に織り込んだ布状体を試験片の片面に埋め込んだ試験片(D)と、太いポリエステル糸を縦横に織り込んだ布状体を試験片の片面に埋め込んだ試験片(E)を引張試験機に取り付けて荷重を加えた場合の数値データについて示し、また、図12(b)では各試験片が完全に破断するまでの応力と引張歪との関係について線図で示している。
【符号の説明】
【0095】
1 超音波ハンドピース
2 ハンドピース本体
3 超音波ホーン
3a 繊維埋め込み用超音波ホーン
3b 繊維埋め込み用超音波ホーン
4 コントローラ
5a 突起
5b 突起
6 手元スイッチ
7 断裂を生じたワーク
8 布状体
9 断裂箇所
10 糸状体
11 ショートカットファイバー
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱可塑性樹脂からなるワークに対する後加工によってワークの補強や補修あるいは造形作業等を可能とした後加工式繊維埋め込み方法と、この後加工式繊維埋め込み方法に適した繊維埋め込み用超音波ホーンに関する。
【背景技術】
【0002】
繊維素材を利用してワークの補強を行う加工技術としては、ガラス繊維やカーボン繊維等にエポキシ樹脂等を含浸させて硬化させるFRPや、積層した布等にフェノール樹脂を含浸させて硬化させたマイカルタ等が既に公知である。
【0003】
しかし、これらの技術はワークの製造過程で適用されるのみであり、既に製品として完成したワークに対しての補強や補修あるいは造形作業等に転用することはできない。
【0004】
また、熱可塑性樹脂からなるワークの補修に利用できる技術としては、非特許文献1に開示されるように、両端部を屈曲させて電極を形成した針金状の電熱ピンの電極部分をハンドピース状の専用工具にセットして通電することで発熱させ、その熱でワークを溶融させながら電熱ピンをワークに押し込んで埋め込むようにしたヒートリペアキットが提案されている。
【0005】
しかし、このものは断裂を生じたワークの補修を主目的としたものに過ぎず、造形作業等に転用することは全くできない。また、両端部の電極部分を専用工具にセットして電熱ピンをワークに押し込む関係上、電熱ピンの埋め込み作業が完了した後で必ずワーク表面から電極部分が突出し、この部分をニッパーで切断したりヤスリがけする等して切除する必要があり、工作作業が煩雑となる弊害があった。
【0006】
また、電熱ピンの形状自体はラジオペンチ等を利用して或る程度は変更することが可能であるが、複雑な表面形状を有するワークに対しては必ずしも容易に対応することはできず、電熱ピンの発熱に時間を要し、一回の埋め込み作業に時間を要する点で不都合があった。
【0007】
なお、超音波振動子で超音波ホーンを振動させて熱可塑性樹脂同士を溶着する超音波ハンドピース(超音波溶着装置)それ自体の構成や作用原理に関しては特許文献1等で公知であり、既に様々な分野で利用されている。
【0008】
【非特許文献1】HRK、“製品情報”、[online]、[平成17年12月20日検索]、インターネット<URL:http://www.air-asahi.com/products/pro2.html>
【特許文献1】特開2001−246670号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで、本発明の課題は、前記従来技術の不都合を改善し、既に製品として完成した熱可塑性樹脂からなるワークに繊維素材を埋め込むことが可能であって、更には、熱可塑性樹脂からなるワークの補修に加え補強や造形作業等を容易に行うことができ、特に、ワークの形状等による束縛を受けることなくワークの補強や補修あるいは造形作業等を短時間で行うことのできる後加工式繊維埋め込み方法と、この後加工式繊維埋め込み方法に適した繊維埋め込み用超音波ホーンを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の後加工式繊維埋め込み方法は、前記課題を達成するため、
熱可塑性樹脂からなるワークの上に前記熱可塑性樹脂よりも耐熱温度の高い繊維素材を載置した後、超音波振動子で駆動される超音波ハンドピースに設けられた超音波ホーンの先端を前記繊維素材間の間隙を縫ってワークの表面に接触させ、ワークの表面と超音波ホーンの先端との間に生じる摩擦熱で前記ワークの表面を溶融させながら超音波ホーンの先端で前記繊維素材をワークに押し込むことで前記ワーク内に繊維素材を埋め込むことを特徴とした構成を有する。
【0011】
超音波ホーンの先端をワークの表面に接触させてワークの表面を溶融させながら超音波ホーンの先端で繊維素材をワークに押し込むことによって繊維素材をワークに埋め込むようにしているので、既に製品として完成した熱可塑性樹脂からなるワークに対して後加工による補強や補修あるいは造形作業等を施すことができる。
また、超音波ホーンの振動によってワークを溶融させるようにしているので、ワークを早急に溶融させて繊維素材を埋め込むことができ、しかも、ワークの表面から不要な部材が突出することもないので、突出部の切断やヤスリがけ等の作業を省略することが可能となり、ワークの補強や補修あるいは造形作業等に必要とされる全体としての作業時間が短縮される。
しかも、繊維素材としては熱可塑性樹脂からなるワークよりも耐熱温度の高い繊維素材を選択的に使用しているので、繊維素材の過温によって繊維素材本来の機械的,化学的特性が損なわれることはなく、ワークの補強や補修に好適である。
【0012】
更に、超音波ホーンの先端で繊維素材をワークに押し込む過程で超音波ホーンの先端を利用してワークを所望する形状に変形させるようにしてもよい。
【0013】
超音波ホーンの先端で繊維素材をワークに埋め込みながら超音波ホーンの先端を利用してワークを所望する形状に変形させることができるので、特に、ワークの表面に別の形状を生成する造形作業等に適する。
【0014】
また、繊維素材をワーク上の断裂箇所に載置して前記と同様にして繊維素材の埋め込み作業を行うようにしてもよい。
【0015】
ワーク上の断裂箇所が溶融して再溶着され、しかも、この溶着箇所に繊維素材が埋め込まれることになるので、特に、断裂したワークの補修作業等に好適である。断裂箇所の再溶着に加えて繊維素材の埋め込みが並行して行われるので、繊維素材を適切に選択することにより当初の強度あるいは其れ以上の強度を得ることも可能である。
【0016】
ワークに埋め込む繊維素材としては、例えば、ショートカットファイバーを用いることができる。
【0017】
ワーク上にショートカットファイバーを散布するようにして載置した場合、その配向性は様々なものとなるので、このショートカットファイバーを埋め込んだワークは様々な方向に対する引っ張り強度等が概ね均一なものとなり、特に、振動部分に使用されるワークの補強等に有効に利用することができる。
【0018】
ワークに埋め込む繊維素材として繊維を縒り合わせた糸状体を用い、この繊維素材が不定形状の経路を描くようにワークの上に載置することも可能である。
【0019】
糸状体を呈する繊維素材が不定形状の経路を描くようにワークの上に載置して埋め込むことにより、糸状体各部の微小区間が様々な方向を向くようになるので、ワークにおける様々な方向の引っ張り強度等を概ね均一なものとすることができる。
糸状体としては天蚕糸(釣り糸)のような単繊維状のものを利用することもできるが、繊維を縒り合わせた糸状体つまり表面に凹凸のある糸状体を利用することにより樹脂と糸状体との結合が強化され、特に、ワークの補強や補修の用途において強度が向上する。
【0020】
ワークに埋め込む繊維素材として繊維を縒り合わせた糸状体を用いる場合においては、更に、この繊維素材の少なくとも一部がワークの断裂箇所と交差するようにワーク上に載置することが望ましい。
【0021】
繊維を縒り合わせた糸状体は引っ張り方向に対して特に強い強度を備えるので、ワークの断裂箇所と交差するように繊維素材を埋め込むことにより、断裂を生じたワークを的確に補強して補修することができる。
【0022】
また、ワークに埋め込む繊維素材として、繊維を縒り合わせた糸状体を縦横に織り込んだ布状体を用いるようにしてもよい。
【0023】
布状体すなわち面を有する繊維素材を利用することで、ワーク上の比較的広い部分に亘って補強や補修等の作業を行うことができる。
しかも、この布状体には繊維を縒り合わせた糸状体が縦横に織り込まれているので、これを埋め込んだワークは、様々な方向に対して強い引っ張り強度を確保することができる。
【0024】
本発明の繊維埋め込み用超音波ホーンは専ら前述の後加工式繊維埋め込み方法を適用して熱可塑性樹脂からなるワークに繊維素材を埋め込む際に利用される繊維埋め込み用超音波ホーンであり、
その先端部に、超音波振動による前記繊維素材の位置ずれを防止するための突起が複数形成されていることを特徴とする構成を有する。
【0025】
超音波ホーンの先端をワークの表面に接触させることでワークが共振し、ワークの上に載置された繊維素材とワークとの間に滑りが生じやすくなるが、ホーンの先端に複数の突起を形成することで繊維素材の位置ずれを防止して確実な埋め込み作業が行えるようになる。
【0026】
また、繊維素材間の間隙を縫って超音波ホーンの先端をワークの表面に接触させるための複数の突起を繊維埋め込み用超音波ホーンの先端部に形成するようにしてもよい。
【0027】
ワークに埋め込む繊維素材として布状体等を利用した場合、ワークと超音波ホーンとの間に介在する繊維素材によって超音波ホーンの先端が支えられて超音波ホーンの先端とワーク表面との接触が阻害される場合があるが、繊維素材間の間隙を縫って超音波ホーンの先端をワークの表面に接触させるための突起、特に、比較的鋭利な突起を超音波ホーンの先端に形成することで布状体等の織り目を縫うようにして超音波ホーンの先端を確実にワークに接触させてワークを溶融することができる。
超音波振動による繊維素材の位置ずれを防止するための突起は必ずしも鋭利なものである必要はないが、超音波ホーンの先端に形成された比較的鋭利な突起を繊維素材間の間隙を縫って超音波ホーンの先端をワークの表面に接触させるための突起および繊維素材の位置ずれを防止するための突起として兼用することが可能である。
【発明の効果】
【0028】
本発明の後加工式繊維埋め込み方法は、超音波ホーンの先端をワークの表面に接触させてワークの表面を溶融させながら超音波ホーンの先端で繊維素材をワークに押し込むことによって繊維素材をワークに埋め込むようにしているので、既に製品として完成した熱可塑性樹脂からなるワークに対して後加工による補強や補修あるいは造形作業等を施すことができる。
また、超音波ホーンの振動によってワークを溶融させるようにしているので、ワークを早急に溶融させて繊維素材を埋め込むことができ、しかも、ワークの表面から不要な部材が突出することもないので、突出部の切断やヤスリがけ等の作業を省略することが可能となり、ワークの補強や補修あるいは造形作業等に必要とされる全体としての作業時間が短縮される。
しかも、繊維素材としては熱可塑性樹脂からなるワークよりも耐熱温度の高い繊維素材を選択的に使用しているので、繊維素材の過温によって繊維素材本来の機械的,化学的特性が損なわれることはなく、ワークの補強や補修に好適である。
【0029】
更に、超音波ホーンの先端で繊維素材をワークに押し込む過程で超音波ホーンの先端を利用してワークを所望する形状に変形させることにより、ワークの表面に別の形状を生成するような造形作業等にも容易に対処することができる。
【0030】
また、繊維素材をワーク上の断裂箇所に載置して繊維素材の埋め込み作業を行うようにすれば、ワーク上の断裂箇所が溶融して再溶着され、しかも、この溶着箇所に繊維素材が埋め込まれることになるので、断裂したワークの補強を兼ねてワークの補修作業を行うことができる。この際、繊維素材を適切に選択することによって当初の強度あるいは其れ以上の強度を得ることも可能である。
【0031】
特に、ワークに埋め込む繊維素材としてショートカットファイバーを用いた場合においては、ショートカットファイバーが様々な方向性をもってワークに埋め込まれることになるので、ショートカットファイバーの埋め込みによって補強もしくは補修されたワークが様々な方向に対する引っ張りに対して強度を発揮することができる。
【0032】
また、ワークに埋め込む繊維素材として繊維を縒り合わせた糸状体を用いる場合は、この繊維素材が不定形状の経路を描くようにワークの上に載置し、糸状体各部の微小区間が様々な方向を向くようにして埋め込むことで、ワークにおける様々な方向の引っ張り強度を確保することができる。特に、繊維を縒り合わせた糸状体つまり表面に凹凸のある糸状体を利用することで、樹脂と糸状体との結合を強化し、特に、ワークの補強や補修の用途に適した強度を得ることができる。
【0033】
ワークに埋め込む繊維素材として繊維を縒り合わせた糸状体を用いる場合においては、更に、この繊維素材の少なくとも一部がワークの断裂箇所と交差するようにワーク上に載置して埋め込むことによって、断裂を生じたワークを的確に補強して補修することができる。糸状体が引っ張り方向に対して特に強い強度を備え、この糸状体が断裂箇所と交差する方向で埋め込まれることにより同一箇所での断裂が再発し難くなるためである。
【0034】
また、ワークに埋め込む繊維素材として繊維を縒り合わせた糸状体を縦横に織り込んだ布状体を用いるようにした場合では、ワーク上の比較的広い部分に亘って補強や補修等の作業容易に行うことができる。しかも、この布状体には繊維を縒り合わせた糸状体が縦横に織り込まれているので、これを埋め込んだワークは、様々な方向に対して強い引っ張り強度を確保することができる。
【0035】
本発明の繊維埋め込み用超音波ホーンは繊維素材の位置ずれを防止するための突起が先端部に複数形成されているので、超音波ホーンの振動でワークに共振が生じた場合であってもワークの上に載置された繊維素材とワークとの間の滑りを防止して繊維素材の確実な埋め込み作業を行うことができる。
【0036】
また、繊維素材間の間隙を縫ってワークの表面に超音波ホーンの先端を接触させるための複数の突起、特に、比較的鋭利な突起を超音波ホーンの先端部に形成することで、超音波ホーンの先端とワーク表面との接触を阻害する可能性のある繊維素材、例えば、布状体等を利用した場合であっても、布状体等の織り目を縫うようにして超音波ホーンの先端を確実にワークに接触させてワークを溶融することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0037】
次に、本発明の実施形態の幾つかについて図面を参照して詳細に説明する。
【0038】
図1は本発明を適用した一実施形態の後加工式繊維埋め込み方法で使用する超音波ハンドピースの一例について簡略化して示した斜視図である。
【0039】
この超音波ハンドピース1は其の内部に超音波振動子(図示せず)を備え、ハンドピース本体2から突出した超音波ホーン3が前述の超音波振動子によって軸方向に往復駆動されるようになっている。
【0040】
超音波ホーン3はハンドピース本体2に対して着脱可能とされ、必要に応じて様々な形状の超音波ホーン3、例えば、カッティングエッジを有する切断用の超音波ホーン(図示せず)や繊維埋め込み用超音波ホーン等がハンドピース本体2に選択的に取り付けられるようになっている。図1の例では超音波ホーン3の全体を差し替えて交換作業を行うようになっているが、超音波ホーン3の先端部のみを別部材で構成し、この先端部のみを差し替える構成であってもよい。
【0041】
コントローラ4はハンドピース本体2に内蔵された前述の超音波振動子をV/F変換方式(電圧/周波数変換方式)で駆動制御する。また、ハンドピース本体2にも超音波ホーンの動作をON/OFF制御するための手元スイッチ6が設けられている。
【0042】
超音波ハンドピース自体の構造や機能に関しては既に公知であるので、詳細な説明は省略する。
【0043】
図1の超音波ホーン3と交換して取り付ける繊維埋め込み用超音波ホーンの一例を図2に示す。
【0044】
この繊維埋め込み用超音波ホーン3aは、熱可塑性樹脂からなるワークの上に繊維素材を載置してワークの表面を溶融させる際に利用されるもので、その先端部には、ワークの共振によってワーク上を滑るように移動する繊維素材の位置ずれを防止するための突起5aが多数形成されている。
【0045】
各々の突起5aは、図2(d)に示される通り、その断面形状が平行四辺形となる柱状体であり、図2(d)の方向性を基準として、平行四辺形の底辺の長さD1が1.6mm,平行四辺形の高さD2が1.6mm,隣接する突起5aの上下間の離間距離D3が1.0mm,隣接する突起5aの左右間の離間距離D4が1.0mmとなり、また、図2(c)に示される通り、平行四辺形の突出量D5が1.9mmとなるように形成されている。
【0046】
このような突起5aの構成、すなわち、突起5aの形状および寸法と配設ピッチは、熱可塑性樹脂からなるワークの上に繊維素材としてのショートカットファイバー(長さが5mm前後のもの)を載置した際に繊維素材の位置ずれを防止する機能がある。つまり、ワーク上に載置されたショートカットファイバーのうち繊維埋め込み用超音波ホーン3aの先端である突起5aの下面とワーク表面との間に挟まれたものは、突起5aの振動によって突起5aの下面とワーク表面との間から追い出されて多数の突起5aの間に形成される溝の部分に侵入し、その周囲を突起5aで包囲された状態で前述の溝の部分に保持されて位置ずれを防止される。また、当初から此の溝に対応する位置にあったショートカットファイバーが突起5aの下面とワーク表面との間に改めて侵入するということはない。従って、結果として、ワーク上に載置されていた大半のショートカットファイバーは多数の突起5aの間に形成される溝の部分に侵入して位置ずれを防止された状態で保持され、多数の突起5aの先端がワーク表面に直接的に接触し、ワーク表面との摩擦熱によってワーク表面を溶融させ、ショートカットファイバーに過剰な熱を与えることなくワークの表面を溶融させる。そして、この状態で繊維埋め込み用超音波ホーン3aをワークに押し込んでいくことで、ショートカットファイバーに過剰な熱を与えることなくワークの内部にショートカットファイバーが埋め込まれることになる。
【0047】
つまり、繊維素材としてショートカットファイバーを適用した場合には、繊維埋め込み用超音波ホーン3aの突起5aが繊維素材の位置ずれを防止するための突起として機能し、同時に、繊維素材間の間隙を縫って繊維埋め込み用超音波ホーン3aの先端をワークの表面に接触させるための突起としても機能することになる。
【0048】
繊維素材として1.0mm未満の糸状体を適用した場合も概ね前記と同様であり、糸状体の大半の部分は突起5aの振動によって突起5aの下面とワーク表面との間から追い出されて多数の突起5aの間に形成される溝の部分に侵入し、その周囲を突起5aで包囲された状態で溝の部分に保持されて位置ずれを防止されるので、糸状体に過剰な熱を与えることなくワークの内部に糸状体を埋め込むことが可能である。よって、この場合も、繊維埋め込み用超音波ホーン3aの突起5aは、繊維素材の位置ずれを防止するための突起として機能し、同時に、繊維素材間の間隙を縫って繊維埋め込み用超音波ホーン3aの先端をワークの表面に接触させるための突起として機能することになる。
【0049】
図1の超音波ホーン3と交換して取り付けられる繊維埋め込み用超音波ホーンの他の例を図3に示す。この繊維埋め込み用超音波ホーン3bも、前記と同様、熱可塑性樹脂からなるワークの上に繊維素材を載置した状態でワークの表面を溶融させる際に利用されるもので、その先端部には、ワークの共振によってワーク上を滑るように移動する繊維素材の位置ずれを防止するための突起5bが多数形成されている。
【0050】
各々の突起5bは、図3(c)および図3(d)に示される通り、全体として四角錐台型に形成され、図3(d)に示されるように、底辺の長さD6が0.7mm,上辺の長さD7が0.2mm,突出高さD8が0.3mm,隣接する突起5a間の離間距離D9が1.0mmとなるように形成されている。
【0051】
このような突起5bの構成、すなわち、突起5bの形状および寸法と配設ピッチも、熱可塑性樹脂からなるワークの上に繊維素材としてのショートカットファイバーあるいは糸状体を載置した際に、繊維素材の位置ずれを防止するための突起および繊維素材間の間隙を縫って其の先端をワークの表面に接触させるための突起として機能するに十分なものである。
【0052】
更に、図3の例では、四角錐台型に形成された突起5bの先端の幅が縦横ともに0.2mmと比較的鋭利に形成されているので、繊維素材としての布状体をワーク表面に載置した場合であっても、この突起5bを繊維素材の位置ずれを防止するための突起および繊維素材間の間隙を縫って其の先端をワークの表面に接触させるための突起として利用することができる。この場合、突起5bの先端が布状体の織り目を縫うようにして突入することでワーク表面に接触し、また、布状体の織り目に突入した突起5bによってワーク表面に対する布状体つまり繊維素材の位置ずれが防止される。
【0053】
このように、比較的鋭利な突起5bを繊維埋め込み用超音波ホーン3bの先端に形成することで、布状体の位置ずれを防止し、かつ、面を形成する布状体に阻害されることなく繊維埋め込み用超音波ホーン3bの先端をワーク表面に接触させて、布状体つまり繊維素材に過剰な熱を与えることなくワークの内部に埋め込むことができるようになる。
【0054】
繊維埋め込み用超音波ホーン3bの先端として好適な突起の形状の幾つかを図4に列挙する。
【0055】
図4(a)に示す突起5cは単純な波型状の突起、また、図4(b)に示す突起5dは平坦な面を有する突条からなる突起であり、何れも、繊維素材としてショートカットファイバーを適用した際に繊維素材の位置ずれを防止するための突起、および、繊維素材間の間隙を縫って繊維埋め込み用超音波ホーン3bの先端をワークの表面に接触させるための突起として好適であり、また、繊維素材として糸状体を使用した場合においても、繊維素材の位置ずれを防止するための突起、および、繊維素材間の間隙を縫って繊維埋め込み用超音波ホーン3bの先端をワークの表面に接触させるための突起として利用され得る。
【0056】
図4(c)に示す突起5eは三角錐状の突起、また、図4(d)に示す突起5fは四角錐状の突起であり、何れも比較的鋭利な先端部を有することから、繊維素材としてショートカットファイバー,糸状体,布状体の何れを適用した場合においても、繊維素材の位置ずれを防止するための突起、および、繊維素材間の間隙を縫って繊維埋め込み用超音波ホーン3bの先端をワークの表面に接触させるための突起として機能する。
【0057】
図4(e)に示す突起5gは断面形状が矩形状となる柱状の突起であり、その用途に関しては図2に示した突起5aと同様である。
【0058】
次に、繊維を縒り合わせた糸状体を縦横に織り込んだ布状体からなる繊維素材をワークに埋め込むことによって断裂を生じた熱可塑性樹脂製のワーク、例えば、自動二輪車のカウリング,車両のパンパー,ポリコンテナ等の熱可塑性樹脂からなるワークの補修を行う場合を例にとって本実施形態の後加工式繊維埋め込み方法について具体的に説明する。
【0059】
この際、ワークに埋め込まれる繊維素材の機械的,化学的特性が損なわれることがないよう、埋め込みの対象とする繊維素材の耐熱温度はワークを形成する熱可塑性樹脂の熱変形温度よりも高いものを選択する。
【0060】
なお、ここでいう熱変形温度とは繊維素材の埋め込みが可能となる程度に熱可塑性樹脂が軟化する温度であり、必ずしも熱可塑性樹脂それ自体の融点を意味するものではない。
【0061】
また、ワークを形成する熱可塑性樹脂の材質が同一であっても、埋め込みの対象とする繊維素材の形態、例えば、ショートカットファイバー,糸状体,布状体等の違いにより、繊維素材の埋め込みが可能となる熱可塑性樹脂の軟化の程度にも差が生じるので、熱可塑性樹脂の熱変形温度は埋め込みの対象とする繊維素材の形態によって変動を生じる値でもある。
【0062】
一般に、ワークを形成する熱可塑性樹脂のうちABS樹脂の熱変形温度は93℃〜103℃,ポリプロピレンの熱変形温度は57℃〜63℃,ポリポリカーボネートの熱変形温度は130℃〜138℃,ナイロンの熱変形温度は67℃〜70℃,ポリエチレンの熱変形温度は43℃前後であり、埋め込みの対象とする繊維素材のうちポリエステル繊維の融点(耐熱温度)は255℃〜260℃,ナイロン繊維の融点(耐熱温度)は215℃〜220℃,アラミド繊維の炭化温度は(耐熱温度の上限)537℃前後(以上、合成繊維),綿の分解温度(耐熱温度)は235℃前後,麻の分解温度(耐熱温度)は235℃前後(以上、天然繊維)となっているから、これらのワークと繊維素材との組み合わせは全て可能である。他の繊維素材としては、例えば、ガラス,ケブラー,カーボン等が好適である。
【0063】
埋め込みの対象とする繊維素材の形態として糸状体を選択する場合においては、ワークに埋め込まれた糸状体とワークとの親和性や再溶着時の結合力の観点から、天蚕糸(釣り糸)のような単繊維状のものより、繊維を縒り合わせた糸状体つまり表面に凹凸のある糸状体を利用することが望ましい。同様の理由で、布状体を選択する場合においても、繊維を縒り合わせた糸状体を縦横に織り込んだ布状体を利用することが望ましい。
【0064】
特に、埋め込みの対象とする繊維素材の形態として布状体を選択した場合にあっては、その織り方に関しても適切なものを選択することが望ましい。布状体の織り方としては、縦横あるいは斜めからの引っ張り力が作用した際に不用意な歪みや糸抜け等が生じ難いものがよく、薄葉不織,平織,多重織,亀甲織,天竺織のものが考えられるが、なかでも、縦糸と横糸が相互に固定されるラッセル織が歪みや糸抜け等が生じ難い点で好適である。
【0065】
布状体からなる繊維素材をワークに埋め込むことによって断裂を生じた熱可塑性樹脂製のワークの補修を行う場合には、まず、図5に示されるように、ワーク7の断裂状況に合わせて、ワーク7の熱変形温度よりも高い耐熱温度を有する布状体8を適当な大きさに裁断し、図6(a)および図6(b)に示されるように、ワーク7の断裂箇所9を跨ぐようにしてワーク7上に載置する。
【0066】
前述したように、超音波ハンドピース1に装着する繊維埋め込み用超音波ホーンとしては、図3に示されるような繊維埋め込み用超音波ホーン3b、つまり、比較的鋭利な突起5bを備えたものが最も好適である。
【0067】
次いで、コントローラ4側で周波数や振幅等を設定した後、超音波ハンドピース1の手元スイッチ6を操作して繊維埋め込み用超音波ホーン3bの振動を開始させ、繊維埋め込み用超音波ホーン3bの先端に位置する突起5bを布状体8に押し付ける。
【0068】
突起5bが布状体8の織り目に突入するようなかたちで布状体8を押圧するので、ワーク7が共振してワーク7と布状体8との間の実質的な摩擦係数が静止摩擦係数から動摩擦係数に変化しても、ワーク7に対して布状体8が不用意に滑り始めるといった問題は生じない。
【0069】
また、突起5bは布状体8の織り目に突入して繊維素材の間隙を縫うようにしてワーク7の表面に接触することになるので、繊維埋め込み用超音波ホーン3bの先端と布状体8との間に過剰な摩擦熱が発生することはなく、布状体8の過温によって布状体8の機械的,化学的特性が劣化するといった問題も未然に防止される。
【0070】
一方、突起5bの先端は布状体8に邪魔されることなくワーク7の表面に直接的に接触しているので、突起5bの先端とワーク7の表面との間で生じる摩擦熱によって確実にワーク7の表面を溶融することができる。
【0071】
このようにして超音波ハンドピース1を作動させてワーク7を溶融させ、図7(a)および図7(b)に示すようにして、繊維埋め込み用超音波ホーン3bの先端で布状体8をワーク7の内部に押し込むようにして埋め込んでいく。
【0072】
この過程で、断裂箇所9の周辺のワーク7の部分が溶融し、断裂箇所9を挟む左右のワーク部分が相互に溶け合っていくことになる。
【0073】
また、布状体8の織り目の間隔にもよるが、ワーク7の表面で溶融した熱可塑性樹脂が繊維埋め込み用超音波ホーン3bの先端とワーク7の非溶融部との間で押圧され、この圧力により布状体8の織り目の間隙を縫うようにして布状体8の表側に滲出し、布状体8をワーク7の内部に確実に取り込む。
【0074】
一回の繊維埋め込み用超音波ホーン3bの押し付け操作で埋め込みが可能なのは繊維埋め込み用超音波ホーン3bの先端面積と同等あるいは其れよりも僅かに大きな面積部分であり、布状体8の全体を埋め込むためには、繊維埋め込み用超音波ホーン3bの先端位置をずらしながら前記と同様の押し付け操作を繰り返し実行する必要がある。
この繰り返し作業に際しては、まず、断裂箇所9に沿って押し付け操作行うことで断裂箇所9を挟む左右のワーク部分を確実に再溶着させ、その後、断裂箇所9の位置から徐々に外側に向かって押し付け操作を繰り返すようにすることが望ましい。
また、断裂箇所9の位置から徐々に外側に向かって押し付け操作を繰り返す過程では、布状体8を内側から外側に向かって押し広げるような力を加えながら行うことが望ましく、この操作により、布状体8に引っ張り方向の予圧が与えられ、断裂箇所9を挟む左右のワーク7の部分を相互に引き付けあうようにして密着させることが可能となる。
【0075】
最終的に、布状体8の全体が埋め込まれた時点で一連の作業が終了する。布状体8の埋め込みが完了して断裂箇所9の部分が再溶着された状態を図8に示す。布状体8の全ての部分がワーク7に埋設されるので不要な突出箇所はなく、突出部の切断やヤスリがけ等の作業は基本的に必要ない。また、布状体8は其れ自体が面を形成するものであるから、布状体8を埋め込まれたワーク7、特に、ラッセル織の布状体8を埋め込まれたワーク7は、様々な方向に対して強い引っ張り強度を確保することができる。
【0076】
ワーク7が純粋な機能部品である場合、その外観は特に問われないので、必要に応じてワーク7の表裏に対して同様の処理を行い、ワーク7の表裏に布状体8を埋め込むことで、補修後の強度が更に向上する。
【0077】
また、ワーク7が外装品である場合においては布状体8の埋め込みはワーク7の裏面側から行うことが望ましい。ワーク7の厚みが厚い場合には裏面側からの操作だけで断裂箇所9を完全に再溶着できず、ワーク7の表面側に多少の裂け目が残る可能性があるが、その場合は、パテ盛りやヤスリがけ等の通常の成形作業でワーク7の表面側の見映えをよくすることが可能である。
【0078】
ABS樹脂を試験片として補修作業を行った場合の引張試験の結果について図12(a),図12(b)を参照して簡単に説明する。
試験片の形状は短冊型,厚みは4.00mm,幅は10.00mm,標点距離は50.00mmであり、無垢の試験片(A)と、中央部を幅方向に切断して超音波溶着のみによる補修作業を行った試験片(B)と、中央部を幅方向に切断し超音波ハンドピース1および繊維埋め込み用超音波ホーン3bを使用してケブラー繊維からなる布状体を試験片の片面に埋め込んだ試験片(C)と、中央部を幅方向に切断し同様にして細いポリエステル糸を縦横に織り込んだ布状体を試験片の片面に埋め込んだ試験片(D)と、中央部を幅方向に切断し同様にして太いポリエステル糸を縦横に織り込んだ布状体を試験片の片面に埋め込んだ試験片(E)を準備し、これらを同一条件下で引張試験機に取り付けて荷重を加えた場合の数値データを図表12(a)に、また、各試験片が完全に破断するまでの応力と引張歪との関係を図12(b)に示す。
この結果から明らかなように、ABS樹脂を補強あるいは補修する際には、超音波ハンドピース1および繊維埋め込み用超音波ホーン3bを使用してケブラー繊維からなる布状体を埋め込むのが適当であり、これにより、超音波溶着のみによる補修作業を行う場合に比べて3倍弱の引張強度を得ることができ、また、無垢の素材と比べても8割弱の引張強度が保証される。
【0079】
以上、一例として、布状体8からなる繊維素材をワーク7に埋め込むことによって断裂を生じた熱可塑性樹脂製のワーク7の補修を行う場合について述べたが、糸状体からなる繊維素材をワーク7に埋め込むことによっても同等の作業が可能である。
【0080】
糸状体からなる繊維素材をワーク7に埋め込むことによって補修作業を行う場合は、例えば図9に示すように、糸状体10の少なくとも一部が断裂箇所9と交差するようにしてワーク7の上に糸状体10を載置し、前記と略同等な埋め込み作業を行うようにする。断裂箇所9の補修を主目的とする場合は、前記と同様の理由により、まず、断裂箇所9に沿って繊維埋め込み用超音波ホーン3bの押圧操作を行うことで断裂箇所9を挟む左右のワーク部分を再溶着させつつ断裂箇所9と交差する部分の糸状体10の埋め込みを行い、その後、糸状体10の経路に沿って断裂箇所9の位置から徐々に外側に向かって押し付け操作を繰り返すようにすることが望ましい。
【0081】
あるいは、図10に示すように、糸状体10をウェブ状にしたものを押し潰すようにして不定形状の経路を描かせ、この糸状体10を断裂箇所9周辺のワーク7上に載置して糸状体10の埋め込み作業を行うようにしてもよい。この場合、断裂箇所9に沿って繊維埋め込み用超音波ホーン3bの押圧操作を行うことで断裂箇所9を挟む左右のワーク部分を再溶着させつつ断裂箇所9の周囲の糸状体10の埋め込みを行い、その後、適当な手順で周囲の糸状体10の埋め込み作業を行うことになる。糸状体10の経路は実質的に不明であるから、前述のように糸状体10の埋め込み操作の過程で糸状体10に引っ張り方向の予圧を与えようとする試みには余り意味がない。
【0082】
しかし、糸状体10各部の微小区間が様々な方向を向くようになるので、布状体8を埋め込んだ場合と同様、ワーク7における様々な方向の引っ張り強度等を概ね均一なものとすることができる。
【0083】
また、糸状体10は任意の形状に屈曲あるいは屈折させることができるので、平面を成す布状体8の埋め込みが困難な複雑な3次元形状を有するワーク部分にも容易に埋め込むことができるメリットがある。
【0084】
ショートカットファイバーをワーク7に埋め込むことによって補修作業を行う場合は、図11に示すように、ショートカットファイバー11が断裂箇所9の上と其の周辺を満遍なく覆うようにしてワーク7の上に載置あるいは散布し、図10に示した糸状体10の場合と同様にしてショートカットファイバー11の埋め込み作業を行うようにする。
【0085】
この場合、ショートカットファイバー11の配向性に一貫性はなく、ショートカットファイバー11が様々な方向を向くので、不定形状の経路を描く糸状体10を埋め込んだ場合と同様、ワーク7は様々な方向に対して概ね均一な引っ張り強度を得ることができ、特に、振動部分に使用されるワーク7の補強や補修に有効である。
【0086】
また、ショートカットファイバー11は例えば5mm程度といったように其の全長が短く且つ細いので、糸状体10でも対処しきれないような曲率の高い3次曲面あるいは面積の狭い部分にも容易に埋め込むことができるメリットがある。
【0087】
糸状体10やショートカットファイバー11を利用する場合も、必要に応じてワーク7の表裏の各面に対して此れらの繊維素材を埋め込むことが可能である。
【0088】
ショートカットファイバー11,糸状体10,布状体8を利用してワークの補強作業を行う場合の作業手順に関しても、実質的な作業手順は前述した補修作業の場合と同様である。ワークに断裂等の異常が生じてから繊維素材の埋め込み作業を行えば補修作業となり、また、ワークに異常が生じる以前に予め此の埋め込み作業を行った場合には補強作業ということになるが、実質的な処理手順に関しては同様である。なお、補強のための埋め込み作業の場合には断裂箇所9というものは存在しないから、ショートカットファイバー11,糸状体10,布状体8を埋め込む箇所は補強対象箇所ということになる。また、補修作業によって製造時点と同等あるいは其れ異常の強度を得ることも可能であるので、補修という文言に補強の意味合いが含まれる場合もある。
【0089】
また、ワークの補強や補修と共にワークの表面に別の形状を生成する造形作業を行う場合においては、繊維埋め込み用超音波ホーン3a,3bの先端で布状体8,糸状体10,ショートカットファイバー11等の繊維素材をワーク7に押し込む過程で、超音波ホーン3a,3bの先端を利用してワーク7を所望する形状に変形させるようにする。
【0090】
この際、ワーク7上に僅かな突起物を形成するような場合には、造形の対象となる箇所の周辺のワーク7部分を繊維埋め込み用超音波ホーン3a,3bで溶融させて熱可塑性樹脂を造形の対象となる箇所に盛り付けながら布状体8,糸状体10,ショートカットファイバー11等の埋め込み作業を行うようにする。
【0091】
また、比較的規模の大きな突起物を形成する必要がある場合においては、ワーク7と同一の素材からなる別部材をワーク7上に載置して超音波ホーン3a,3bで両者を溶着し、更に、溶着箇所や別部材の部分に布状体8,糸状体10,ショートカットファイバー11等を埋め込みながら、超音波ホーン3a,3bの先端を利用して別部材の部分を含めたワーク7の周辺部分を所望する形状に変形させるようにする。
【0092】
あるいは、ワーク7と同一の素材からなる母材を準備し、この母材を繊維埋め込み用超音波ホーン3a,3bで溶融させながらワーク7上に盛り付け、同時に、布状体8,糸状体10,ショートカットファイバー11等を埋め込みながら、超音波ホーン3a,3bの先端を利用してワーク7上に所望する形状を形成していくようにしてもよい。
【0093】
既に述べた通り、繊維素材の過温によって繊維素材本来の機械的,化学的特性が損なわれることがないよう、繊維素材の間隙を縫うようにしてワーク7の表面に突起5a,5bを接触させることが望ましいが、繊維素材の耐熱温度がワークを形成する熱可塑性樹脂の熱変形温度よりも十分に高い場合においては、平坦な超音波ホーンの先端で繊維素材を押し潰すようにして超音波ホーンの先端の一部、つまり、繊維素材を押し潰していない部分をワーク表面に接触させてワーク表面と超音波ホーンの先端との間で摩擦熱を発生させてワークの表面を溶融させたり、あるいは、繊維埋め込み用超音波ホーンの先端を繊維素材それ自体に直接的に押し当て、超音波ホーンの先端と繊維素材との間の摩擦によって生成されて繊維素材を介してワークに伝達される熱およびワーク表面と繊維素材との間の摩擦で発生する熱を利用してワーク表面を溶融させるようにしても構わない。
このような場合は、繊維埋め込み用超音波ホーンの先端形状を格別に吟味する必要はない。
【図面の簡単な説明】
【0094】
【図1】超音波ハンドピースの一例について簡略化して示した斜視図である。
【図2】超音波ハンドピースに取り付けられる繊維埋め込み用超音波ホーンの一例を示した図で、図2(a)は平面図、図2(b)は側面図、図2(c)は先端部を拡大して示した側面図、図2(d)は先端部を拡大して示した下面図である。
【図3】超音波ハンドピースに取り付けられる繊維埋め込み用超音波ホーンの他の一例を示した図で、図3(a)は平面図、図3(b)は側面図、図3(c)は先端部を拡大して示した下面図、図3(d)は先端部を拡大して示した側面図である。
【図4】繊維埋め込み用超音波ホーンの先端に形成することが可能な突起の形状の幾つかを示した斜視図で、図4(a)は波型状の突起、図4(b)は突条からなる突起、図4(c)は三角錐状の突起、図4(d)は四角錐状の突起、図4(e)には断面形状が矩形状となる柱状の突起である。
【図5】布状体からなる繊維素材をワークに埋め込むことによって断裂を生じた熱可塑性樹脂製のワークの補修を行う場合の段取りについて簡略化して示した概念図である。
【図6】ワークの断裂箇所を跨ぐようにしてワーク上に布状体を載置した状態について示した概念図で、図6(a)は斜視図、図6(b)は正面図である。
【図7】ワークに布状体を埋め込む過程について示した概念図で、図7(a)は斜視図、図7(b)は正面図である。
【図8】布状体の埋め込みが完了した状態について示した概念図である。
【図9】糸状体からなる繊維素材をワークに埋め込むことによって断裂を生じた熱可塑性樹脂製のワークの補修を行う場合の段取りの一態様について簡略化して示した概念図である。
【図10】糸状体からなる繊維素材をワークに埋め込むことによって断裂を生じた熱可塑性樹脂製のワークの補修を行う場合の段取りの別の態様について簡略化して示した概念図である。
【図11】ショートカットファイバーからなる繊維素材をワークに埋め込むことによって断裂を生じた熱可塑性樹脂製のワークの補修を行う場合の段取りの一態様について簡略化して示した概念図である。
【図12】ABS樹脂を試験片として補修作業を行った場合の引張試験を示した図で、図表12(a)は無垢の試験片(A)と、超音波溶着のみによる補修作業を行った試験片(B)と、ケブラー繊維からなる布状体を試験片の片面に埋め込んだ試験片(C)と、細いポリエステル糸を縦横に織り込んだ布状体を試験片の片面に埋め込んだ試験片(D)と、太いポリエステル糸を縦横に織り込んだ布状体を試験片の片面に埋め込んだ試験片(E)を引張試験機に取り付けて荷重を加えた場合の数値データについて示し、また、図12(b)では各試験片が完全に破断するまでの応力と引張歪との関係について線図で示している。
【符号の説明】
【0095】
1 超音波ハンドピース
2 ハンドピース本体
3 超音波ホーン
3a 繊維埋め込み用超音波ホーン
3b 繊維埋め込み用超音波ホーン
4 コントローラ
5a 突起
5b 突起
6 手元スイッチ
7 断裂を生じたワーク
8 布状体
9 断裂箇所
10 糸状体
11 ショートカットファイバー
【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱可塑性樹脂からなるワークの上に前記熱可塑性樹脂よりも耐熱温度の高い繊維素材を載置した後、超音波振動子で駆動される超音波ハンドピースに設けられた超音波ホーンの先端を前記繊維素材間の間隙を縫ってワークの表面に接触させ、ワークの表面と超音波ホーンの先端との間に生じる摩擦熱で前記ワークの表面を溶融させながら超音波ホーンの先端で前記繊維素材をワークに押し込むことで前記ワーク内に繊維素材を埋め込むことを特徴とした後加工式繊維埋め込み方法。
【請求項2】
超音波ホーンの先端で繊維素材をワークに押し込む過程で前記超音波ホーンの先端を利用して前記ワークを所望する形状に変形させることを特徴とした請求項1記載の後加工式繊維埋め込み方法。
【請求項3】
前記繊維素材をワーク上の断裂箇所に載置することを特徴とした請求項1または請求項2記載の後加工式繊維埋め込み方法。
【請求項4】
前記繊維素材として、ショートカットファイバーを用いることを特徴とした請求項1,請求項2または請求項3記載の後加工式繊維埋め込み方法。
【請求項5】
前記繊維素材として、繊維を縒り合わせた糸状体を用い、この繊維素材が不定形状の経路を描くように前記ワークの上に載置することを特徴とした請求項1,請求項2または請求項3記載の後加工式繊維埋め込み方法。
【請求項6】
前記繊維素材として、繊維を縒り合わせた糸状体を用い、この繊維素材の少なくとも一部が前記断裂箇所と交差するように前記ワークの上に載置することを特徴とした請求項3記載の後加工式繊維埋め込み方法。
【請求項7】
前記繊維素材として、繊維を縒り合わせた糸状体を縦横に織り込んだ布状体を用いることを特徴とした請求項1,請求項2または請求項3記載の後加工式繊維埋め込み方法。
【請求項8】
請求項1乃至請求項7の何れか一項に記載の後加工式繊維埋め込み方法を適用して熱可塑性樹脂からなるワークに繊維素材を埋め込む際に利用される繊維埋め込み用超音波ホーンであって、
その先端部に、超音波振動による前記繊維素材の位置ずれを防止するための突起が複数形成されていることを特徴とする繊維埋め込み用超音波ホーン。
【請求項9】
請求項1乃至請求項7の何れか一項に記載の後加工式繊維埋め込み方法を適用して熱可塑性樹脂からなるワークに繊維素材を埋め込む際に利用される繊維埋め込み用超音波ホーンであって、
その先端部に、前記繊維素材間の間隙を縫って超音波ホーンの先端をワークの表面に接触させるための突起が複数形成されていることを特徴とする繊維埋め込み用超音波ホーン。
【請求項1】
熱可塑性樹脂からなるワークの上に前記熱可塑性樹脂よりも耐熱温度の高い繊維素材を載置した後、超音波振動子で駆動される超音波ハンドピースに設けられた超音波ホーンの先端を前記繊維素材間の間隙を縫ってワークの表面に接触させ、ワークの表面と超音波ホーンの先端との間に生じる摩擦熱で前記ワークの表面を溶融させながら超音波ホーンの先端で前記繊維素材をワークに押し込むことで前記ワーク内に繊維素材を埋め込むことを特徴とした後加工式繊維埋め込み方法。
【請求項2】
超音波ホーンの先端で繊維素材をワークに押し込む過程で前記超音波ホーンの先端を利用して前記ワークを所望する形状に変形させることを特徴とした請求項1記載の後加工式繊維埋め込み方法。
【請求項3】
前記繊維素材をワーク上の断裂箇所に載置することを特徴とした請求項1または請求項2記載の後加工式繊維埋め込み方法。
【請求項4】
前記繊維素材として、ショートカットファイバーを用いることを特徴とした請求項1,請求項2または請求項3記載の後加工式繊維埋め込み方法。
【請求項5】
前記繊維素材として、繊維を縒り合わせた糸状体を用い、この繊維素材が不定形状の経路を描くように前記ワークの上に載置することを特徴とした請求項1,請求項2または請求項3記載の後加工式繊維埋め込み方法。
【請求項6】
前記繊維素材として、繊維を縒り合わせた糸状体を用い、この繊維素材の少なくとも一部が前記断裂箇所と交差するように前記ワークの上に載置することを特徴とした請求項3記載の後加工式繊維埋め込み方法。
【請求項7】
前記繊維素材として、繊維を縒り合わせた糸状体を縦横に織り込んだ布状体を用いることを特徴とした請求項1,請求項2または請求項3記載の後加工式繊維埋め込み方法。
【請求項8】
請求項1乃至請求項7の何れか一項に記載の後加工式繊維埋め込み方法を適用して熱可塑性樹脂からなるワークに繊維素材を埋め込む際に利用される繊維埋め込み用超音波ホーンであって、
その先端部に、超音波振動による前記繊維素材の位置ずれを防止するための突起が複数形成されていることを特徴とする繊維埋め込み用超音波ホーン。
【請求項9】
請求項1乃至請求項7の何れか一項に記載の後加工式繊維埋め込み方法を適用して熱可塑性樹脂からなるワークに繊維素材を埋め込む際に利用される繊維埋め込み用超音波ホーンであって、
その先端部に、前記繊維素材間の間隙を縫って超音波ホーンの先端をワークの表面に接触させるための突起が複数形成されていることを特徴とする繊維埋め込み用超音波ホーン。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
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【図11】
【図12】
【公開番号】特開2007−181963(P2007−181963A)
【公開日】平成19年7月19日(2007.7.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−1099(P2006−1099)
【出願日】平成18年1月6日(2006.1.6)
【出願人】(000002082)スズキ株式会社 (3,196)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年7月19日(2007.7.19)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年1月6日(2006.1.6)
【出願人】(000002082)スズキ株式会社 (3,196)
【Fターム(参考)】
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