説明

微小攪拌分離装置

【課題】マイクロ流体デバイスのチップ基板上の液滴の形態をした流体に対して、その懸濁物など流体内包成分の分離又は濃縮機能、ないしは凝固性又は凝析性を持つ流体の循環機能を提供する。
【解決手段】 本発明の微小攪拌装置は、液滴を配置し、かつ表面弾性波(SAW)が伝播する基板表面と、SAW発信部を基本構成とし、適度に強度が調節されたSAWによって液滴中に誘起される渦状の音響流を利用する事を特徴としており、その攪拌作用によって齎される、液体サイクロン、ないしは速度分布に起因した圧力勾配による中心部への凝集沈殿、などの物理機構により液滴毎にその流体内容成分の分離又は濃縮機能、ないしは凝固性又は凝析性を持つ流体の循環を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基板上の液滴状の形態の流体に対する攪拌装置として用いるもので、表面弾性波(SAW)によって生じる音響流を利用し、音響流の強度と液滴容積を制御することで、液滴中に発生した渦流を用いた攪拌によって、特にマイクロ流体デバイスにおける流体中分散物の分離機能と、凝固性ないし凝析性流体に対する流動性維持機能を実現させる技術に関する。
【背景技術】
【0002】
マイクロ流体デバイスは、微量分析用チップや化学的合成技術として実用が進められている。ここで述べるマイクロ流体デバイスは、平板状の基板に形成された所謂チップ状の形態をしている。またマイクロ流体デバイスは、通常ポンプ、流路、弁、フィルター、攪拌器など様々な構成要素から構成され、それらがチップ基板内に集積内蔵されていたり、外部の機構としてチップと接続して、微量の流体試料を操作するために用いられる。
【0003】
音響流とは、流体中を伝播する強い音響波によって流体の移動を伴う運動が誘起される現象であり、この音響流を上記構成要素の原理として利用したマイクロ流体デバイスは既に公知のものがある(例えば、非特許文献1)。
【0004】
音響波の表面波モードであるSAWを用いても音響流を生じさせることができ、特に基板表面上の流体輸送の方法や、液滴の噴霧装置などへの応用が公知となっている(例えば、非特許文献2や特許文献1、及び特許文献2)。
【0005】
音響流を用いたマイクロ流体デバイス中で流体の攪拌を行う公知技術も存在する(特許文献3、及び特許文献4)。但し、これらは用途として混合促進のみを目的としていることが明示されている。
【0006】
またこれら公知技術は自然拡散以上に混合が促進されることを特徴としているが、誘起される流れの形態を乱流(不規則に変動する流れ)としており、流れの具体的な形態やその制御特性(SAWが流体の混合、流体の変形や移動、流体の霧化のいずれにどのように作用するのかなど)も不明瞭である。
【0007】
【非特許文献1】K.Yasuda,S.S.Haupt,S.Umemura,T.Yagi,M.Nishida,and Y.Shibata“Using acoustic radiation force as a concentration method for erythrocytes”,J.Acoust.Soc.Am.vol.102,pp.642−645,1996.
【非特許文献2】M.Alvarez,J.Friend and L.Y.Yeo,“Rapid generation of protein aerosols and nanoparticles via surface acoustic wave atomization”Nanotechnology vol.19 455103(8pp),2008.
【特許文献1】特開平10−327590
【特許文献2】特開平11−347392
【特許文献3】 特表2003−535349
【特許文献4】 特表2004−534633
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明では、液滴の形態の流体に対し、その液滴の変形や移動を伴わずに規則的な渦状の流れによって攪拌を行うことで、攪拌の強度を任意に調節できる方法を提供し、化学合成や化学分析等に用いるマイクロ流体デバイスにコンパクトで、正確且つ高速応答する攪拌機能を提供することを課題としている。
【0009】
そしてこの高い制御性を持つ攪拌によって、流体中分散物の分離機能と、凝固性もしくは凝析性流体の流動性維持機能と、任意流体の循環維持機能を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決する手段である本発明の特徴を以下に挙げる。
図1のようなSAWが伝播する媒体となる基板と、その基板上に配置されたSAW発信機を基本要素とする。基板には圧電効果を持つ単結晶基板を用い、その上に形成された櫛歯型電極(IDT)を用いて、RF波(周波数1MHzから1GHzの範囲)をIDTに入力して電気−機械結合を介してSAWを発信するのが本発明の普通の形態であるが、この形態以外の発信機構でも構わない。SAWのモード形態にも制限は無いがRayleighモードを用いるのが一般的である。
【0011】
IDTの前方距離にして0から10mmの範囲に一つ無いし複数の液滴を配置する。基板表面は、撥水性、あるいは撥油性の表面処理を施し、液滴がその形態を安定して保てるようにするのが望ましい。液滴はマイクロピペットやディスペンサーを用いて滴下させて配置する。
【0012】
液滴流体は、懸濁液、コロイド液、溶液、混合液あるいは純粋な単一要素の液体など任意の形態のものを用いる。液滴中に細胞など生物が含まれているものも本発明の範囲である。液滴中に固形状物質が含まれ、その固形状物質の溶解のために本発明を用いることもできる。
【0013】
液滴の形態として、効果的にSAWと液滴とが相互作用するために液滴流体がSAWと接触する面積が必要であり、液滴の基板表面との接触角は30°から150°の範囲とするのが望ましい。
【0014】
液滴の配置形態は、それぞれ完全に孤立している上面から見て円状のもの、あるいは一部結合している形態のものとして用いる。
【0015】
本発明の音響流の形態は渦状である。回転方向は基板表面に対して水平方向で、上部から見て時計回り又は半時計回りの、液滴中央部に渦の中心を持つ渦流を用いる。
【0016】
ここで用いる渦流は所謂乱流とは異なり、渦の中心の位置は変動せず、規則的かつ安定的な流れである。また発生している渦の数は一つの液滴の中に一つだけである。
【0017】
また、回転方位は液滴の配置位置や形状、SAWの波面や位相関係により定まるが、当発明ではその回転方位の指定条件については特に限定はせず、時計回り又は半時計回りのどちらの場合でも用いられる。
【0018】
SAWを液滴に向けて発信すると、▲1▼液滴内に渦流が発生、▲2▼液滴が変形、▲3▼液滴全体が移動、▲4▼液滴の霧化、のいずれかが単独、或いは複合的に生じる。本発明では、渦流のみを選択的に発生させる手段として、液滴容積の範囲と、SAWの強度の範囲を限定し、渦流のみが選択的に発生する条件を求めて、その範囲内で利用する。
【0019】
本発明は渦流としての流れの制御の正確さを特徴としており、発生する渦の数が一つであることを条件としている。そのため、一つの液滴の容積の最大値はこの条件によって制限される。容積が多すぎる場合、一つの液滴中の渦の数が複数で乱流状の不規則な挙動に遷移するため、正確な攪拌機能の実現は困難となる。本発明の一つの液滴の容積の上限は100μlに限定する。
【0020】
液滴形状の安定化、ないしは渦流の安定化のために基板上に突起や凹みがあるものについても本発明の範囲とする。
【発明の効果】
【0021】
上記条件を満たす渦流を用いた攪拌装置により次の効果が齎される。
【0022】
本発明はマイクロ流体デバイスチップ上の攪拌装置を小型化する効果を与える。
【0023】
また、本発明はマイクロ流体デバイスチップ上の攪拌装置の攪拌作用を正確にコントロールする効果を与える。
【0024】
また、本発明はマイクロ流体デバイスチップ上の攪拌機能を高速に制御できるようにする効果を与える。
【0025】
また、渦流による液体サイクロン、あるいは速度分布に起因した圧力勾配による中心部への凝集沈殿、などの物理機構によって流体中の内容物の分離ないしは濃縮を行う効果を与える。
【0026】
また、渦流により血液など凝固性、あるいは凝析性の液滴流体に対して、穏やかな循環を維持することにより流動性を維持し続ける効果を与える。
【0027】
また、渦流により任意の液滴内流体に対して成分の均一性の維持、あるいは均一化を促進する効果も与えることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
以下に、本発明を実施するための最良の形態を図面に基づいて説明する。なお、いわゆる当業者は特許請求の範囲内における本発明を変更・修正をして他の実施形態をなすことは容易であり、これらの変更・修正はこの特許請求の範囲に含まれるものであり、以下の説明はこの発明における最良の形態の例であって、この特許請求の範囲を限定するものではない。
【0029】
基板には Y−X128°に切り出したLiNbO単結晶を用い、図2と図3のようにその基板平面上に幅2mm、ピッチ10μmの200対のIDTを形成する。その上にフッ素系樹脂のコートを行い、一組のチップ上の微小攪拌装置とする。微量滴下が可能な自動分注機を用いて、IDT前方の位置に液滴を配置する。IDTでSAWと共鳴的結合するRF波を入力し、適度な強度のSAWを液滴に向けて発信し、攪拌を行う。
【0030】
例えば、波面を非対称的にすることで回転方向を定める事を意図してIDTの形態を図4ないし図5のようにしてもよく、図2のように左右対称性が高い形態で使用しても良い。
【実施例】
【0031】
基板には Y−X128°に切り出したLiNbO単結晶を用いて、その基板平面上に幅2mm、ピッチ200μmの20対のIDTを形成した。その上にフッ素系樹脂のコートを行い微小攪拌器のチップとした。
【0032】
このチップのIDT前方に馬の血液2μlを滴下し液滴状の形態で配置した。
【0033】
周波数19.6MHzのRFを入力インピダンス50Ωとして電圧振幅値1V以上を加えた場合、SAWによって液滴内に渦状の流れが生じた。RF電圧振幅値を上げて5Vとすると、図6に示すように渦流によって赤血球などの血球が中心部分に集められ濃縮し、周辺部には血漿が残された。この成分分布が偏った状態でマイクロピペット等で血漿だけ吸い上げると、チップ上には血球のみが濃縮された血液が残される。また、この偏った分布となった液滴においても攪拌を停止すると速やかに渦流は停止し、自然拡散によって数分後には元の均一分布に戻った。また攪拌後の血球を取り出して顕微鏡観察しても血球は破壊されること無く元のままであることが確認された。脱繊維処理をしていない血液でも、渦流により循環させ続けることで流動性を維持させることができた。
【0034】
直径8ミクロンのポリスチレン微小球の懸濁液を用いて渦度の制御性を確認した。溶積2μlの液滴にレーザー光を外部から照射し、液滴上からのレーザースペックルの時間変動を位置を固定した光ファイバーによって検出して(この時測定された液滴を上面および側面から観測したものを図7に示す)、その時間変動信号を短時間フーリエ変換することで得られた瞬時スペクトルの重心を算出する。このスペクトル重心と渦流の流量とが正の相関を有することから、相対的な流量変化を求めたものが図8である(この測定技術はR.Bonner and R.Nossal著、“Model for laser Doppler measurements of blood flow in tissue”Applied Optics Vol.20 No.12(1981)pp.2097−2107を基にしている。)。時間0から2秒に見られる大きな変動は液滴中の微小球が凝集・沈殿しているために生じている強い光散乱変動による誤差である。2から3VのRF印加によって生じた流れまたは振動によって微小球が均一に分散された状態になった。全体を見てみると、RFの電圧振幅値を1秒ごとに1Vずつステップ状に増やしていくことで、それに伴って流量が増大し、RFによって電気的に流量がコントロールされている事がわかる。
また、9.5V以上のRFを印加した場合、液滴の形状の変形が生じ、11V以上の場合では液滴全体が移動した。
このようなRF電圧振幅値による液滴の挙動応答の状態変化について、流体が純水の場合において、RF電圧振幅値と液滴容量の関係として図示したものが図9である。図中の点は実験によって得られた状態間の境界(渦流−変形、変形−移動)である。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明の利用例として、微量の血液を用いた検査機器におけるチップ上循環装置、ないしチップ上濃縮装置としての利用や、また、化学合成チップの循環装置ないし分離装置としての利用が考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】 本発明の形態を示す上面図である。
【図2】 本発明の一実施形態を示す上面図である。
【図3】 本発明の一実施形態を示す側面図である。
【図4】 本発明の一実施形態を示す上面図である。
【図5】 本発明の一実施形態を示す上面図である。
【図6】 本発明の一実施例である血液濃縮操作時の上面からの観測結果である。
【図7】 本発明の一実施例である懸濁液攪拌操作時の側面からの観測結果である。
【図8】 本発明の一実施例である懸濁液攪拌操作時の上面からの観測結果である。
【図9】 本発明の一実施例である懸濁液攪拌におけるRF入力電圧値に対する渦流の相対流量の測定結果である。
【図10】 本発明の一実施例として行った流体(純水)容量に対するRF入力電圧値の関係から求めた流体挙動の状態図である。
【符号の説明】
【0037】
1 チップ基板
2 表面弾性波発信部
3 液滴流体
4 表面弾性波(矢印の向きが伝播方位)
5 表面弾性波導入装置
6 RF波送信装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液滴状の液相流体を対象とした表面弾性波により生じる音響流を用いた攪拌分離装置であり、液滴の形態で流体を担持し且つ表面弾性波を伝播する媒体となる基板と、その基板上に配置された表面弾性波発信機を基本要素として、その液滴内部に中心の個数や位置が変動しない渦流を発生させて用いることを特徴とする微小攪拌分離装置。
【請求項2】
請求項1に記載の攪拌分離装置において、基板に圧電性単結晶を用い、表面弾性波発信機に櫛歯型電極を用いていることを特徴とする微小攪拌分離装置。
【請求項3】
請求項1ないし請求項2に記載の攪拌分離装置において、流体の容積が100マイクロリットル以下であることを特徴とする微小攪拌分離装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−269298(P2010−269298A)
【公開日】平成22年12月2日(2010.12.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−140579(P2009−140579)
【出願日】平成21年5月22日(2009.5.22)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】