説明

微細構造体の製造方法

【課題】平滑及び平坦、かつ転写性に優れた微細構造体の製造に好適な方法を提供する。
【解決手段】本発明に係る微細構造体の製造方法は、溶融樹脂供給装置の樹脂供給口をスタンパに沿って移動させることによりそのスタンパに溶融樹脂を塗布し、形成された樹脂溶融体を押圧して冷却・固化することにより微細構造が転写成形された微細構造体を製造する製造方法であって、前記スタンパへの溶融樹脂の塗布が、前記樹脂供給口から供給される溶融樹脂の量がその樹脂供給口と前記スタンパ上面との隙間量に規制される範囲の隙間で行われ、かつ、その規制された供給量を補填しつつ行われることによって実施される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スタンパに溶融樹脂を塗布し、形成された樹脂溶融体を押圧して冷却・固化することによりスタンパに設けられた微細構造が転写成形される微細構造体の製造方法にかかり、特に平滑及び平坦、かつ転写性に優れた微細構造体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
微細構造体は、電子デバイス、光デバイス、記録メディア、バイオデバイス等種々の分野にその用途が拡大しており、これらに使用される微細構造体は、精密機械加工、射出成形、リソグラフィ、ナノインプリント、ホットエンボス等の各種加工法により製造されている。また、近年、微細構造体のさらなる微細化、高精度化が要求され、例えば磁気ディスク用基板、液晶用LEDバックライト等においては、ナノメートルオーダーの微細化、高精度化が求められている。そのような用途に用いられる微細構造体においては、特に、平滑及び平坦、かつ転写性に優れた微細構造体が求められており、その製造方法又は装置の開発が進められている。
【0003】
平滑及び平坦、かつ転写性に優れた微細構造体の製造方法又は装置として、以下のような特許文献が開示されている。例えば、特許文献1に、大容量記録媒体用基板や半導体集積回路用基板の製造において、インプリント法により基板上に光硬化性樹脂からなるパターン形成層を形成させた場合に、その面方向の厚さのバラツキが大容量記録媒体用基板や半導体集積回路用基板の加工精度に悪影響を与えることから、そのような問題のない均一な厚さのパターン形成層を形成させることができる微細構造転写装置及び微細構造転写スタンパが提案されている。その明細書によると、当該微細構造転写スタンパは、その押圧の際にパターン形成層を形成する樹脂の流動性を阻害しないようパターン形成層内に同心円状の圧力等高線が形成されるようになっており、均一なパターン形成層を形成することができるとされる。また、パターン形成層は、シクロオレフィンポリマー等の樹脂材料に感光性物質を添加したものをシリコン基板等の上にディスペンス法、スピンコート法により塗布した薄膜層から形成することができると記載されている。
【0004】
特許文献2に、微細構造を有するスタンパ面上に溶融樹脂吐出部の先端を移動させながら溶融樹脂をほぼ最終製品にほぼ近い形状及び厚さに塗布し、これを押圧、固化させて寸法精度が高く大面積の微細構造が転写成形された成形体を得ることができる製造装置及び方法が開示されている。そして、この製造装置又は方法においては、塗布する溶融樹脂の供給量を制御することが重要であり、また、溶融樹脂吐出部が塗布される溶融樹脂から受ける反力に十分耐えるように溶融樹脂吐出部を高剛性のガイドで保持するのが好ましいと記載されている。
【0005】
特許文献3には、Tダイを介して金型上に溶融樹脂を吐出し、次いで型締めを行うことにより樹脂製品を成形する樹脂成形装置において、金型上に吐出された溶融樹脂の形状を安定させることができる樹脂成形装置が提案されている。そして、Tダイから吐出される溶融樹脂の量、温度などを正確にコントロールすることは必要であるが、吐出される溶融樹脂に空気が巻き込まれると成形品の欠陥の発生要因になるから、金型上に吐出されたる溶融樹脂の形状を安定させることが重要であると記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009-241330号公報
【特許文献2】特開2007-76178号公報
【特許文献3】特開2007-111954号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、近年開発が進められている磁気ディスク用基板、液晶用LEDバックライト等(将来的磁気ディスク用基板等)に好適に使用できるような平滑及び平坦、かつ転写性に優れた微細構造体の製造方法又は装置は未だ開示されていない。また、そのような平滑及び平坦、かつ転写性に優れた微細構造体を製造するには、各種製造方法又は装置のうちどのような製造方法又は装置が好適であるのか未だ定まっていない状態である。
【0008】
また、特許文献1に記載された微細構造転写装置のように特殊な微細構造転写スタンパを使用するのは好ましくない。特許文献2に提案されている製造装置及び方法は、効率的、経済的に寸法精度が高く大面積の微細構造体を製造することができる利点はあるが、将来的磁気ディスク用基板等に要求される性能を満足するような平滑及び平坦、かつ転写性に優れた微細構造体を製造するには、未だ充分でない。
【0009】
本発明は、このような従来の問題点に鑑み、将来的磁気ディスク用基板等に要求される性能の微細構造体を効率的、経済的に製造することができる製造方法を提供することを目的とする。すなわち、平滑及び平坦、かつ転写性に優れた微細構造体の製造に好適な方法を提供することを目的とする。なお、平滑及び平坦とは、表面粗さ、うねり又は厚さ分布等から評価される表面性状に優れていることをいう。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者等は、特許文献2に提案されたような製造方法を使用して、薄い微細構造体を製造する場合には、溶融樹脂吐出部先端とスタンパ間の隙間を非常に小さくする必要があるが、その隙間が小さくなると樹脂供給口から供給される溶融樹脂の量がその樹脂供給口とスタンパ上面との隙間量に規制され、隙間量が小さいほど供給される溶融樹脂の量が少なくなるために、形成される微細構造体の平滑及び平坦、かつ転写性が悪くなる現象に着目したことから本発明を完成させた。
【0011】
本発明に係る微細構造体の製造方法は、溶融樹脂供給装置の樹脂供給口をスタンパに沿って移動させることによりそのスタンパに溶融樹脂を塗布し、形成された樹脂溶融体を押圧して冷却・固化することにより微細構造が転写成形された微細構造体を製造する製造方法であって、前記スタンパへの溶融樹脂の塗布が、前記樹脂供給口から供給される溶融樹脂の量がその樹脂供給口と前記スタンパ上面との隙間量に規制される範囲の隙間で行われ、かつ、その規制された供給量を補填しつつ行われることによって実施される。これにより、平滑及び平坦、かつ転写性に優れた微細構造体を製造することができる。
【0012】
また、本発明に係る微細構造体の製造方法は、溶融樹脂供給装置の樹脂供給口をスタンパに沿って移動させることによりそのスタンパに溶融樹脂を塗布し、形成された樹脂溶融体を押圧して冷却・固化することにより微細構造が転写成形された微細構造体を製造する製造方法であって、前記樹脂供給口から供給される溶融樹脂の実供給速度qと理論供給速度Qとのズレ量δ(=Q-q)に基づいて溶融樹脂の塗布速度vを多段階に調整することにより実施される。ここに、溶融樹脂の理論供給速度Qとは、所定の微細構造体を形成するために必要なその微細構造体の平均厚み及び溶融樹脂の設定塗布速度から求められる理論的に必要な溶融樹脂の供給速度をいう。また、溶融樹脂の実供給速度q及び理論供給速度Qは、供給される溶融樹脂の単位時間当たりの量で表され、塗布速度vは、単位時間に塗布される溶融樹脂の長さで表される。この微細構造体の製造方法により、平滑及び平坦、かつ転写性に優れた微細構造体を得ることができる。
【0013】
上記発明において、前記ズレ量δは、前記樹脂供給口から供給される溶融樹脂の実供給速度qと、その樹脂供給口と前記スタンパ間の隙間hとの関係式より求めることができる。また、前記ズレ量δを、前記樹脂供給口の高さを一定にして前記スタンパに溶融樹脂を塗布したときの前記樹脂供給口から供給される溶融樹脂の実供給速度qと、前記樹脂供給口が前記スタンパに沿って移動する移動量lとの関係式より求めることができる。
【0014】
また、上記発明においては、前記溶融樹脂の実供給速度qと前記樹脂供給口の移動量lとの関係式より求められる前記ズレ量δが、前記スタンパへの溶融樹脂の塗布の立ち上がり時に生じている場合は、前記樹脂供給口から供給される溶融樹脂の吐出量又は吐出圧が一定値に達した後にはじめて前記スタンパへの溶融樹脂の塗布を開始するようにするのがよい。
【0015】
また、本発明に係る微細構造体の製造方法は、溶融樹脂供給装置の樹脂供給口をスタンパに沿って移動させることによりそのスタンパに溶融樹脂を塗布し、形成された樹脂溶融体を押圧して冷却・固化することにより微細構造が転写成形された微細構造体を製造する製造方法であって、前記樹脂供給口から供給される溶融樹脂の実供給速度qと理論供給速度Qとのズレ量δ(=Q-q)に基づいて溶融樹脂の塗布速度v及び前記樹脂供給口と前記スタンパ間の隙間hを多段階に調整することにより実施することができる。
【0016】
さらに、本発明に係る微細構造体の製造方法は、溶融樹脂供給装置の樹脂供給口をスタンパに沿って移動させることによりそのスタンパに溶融樹脂を塗布し、形成された樹脂溶融体を押圧して冷却・固化することにより得られる微細構造が転写成形された微細構造体を製造する製造方法であって、前記樹脂供給口の移動量と前記スタンパ上に供給された溶融樹脂の厚さ分布との関係式に基づいて溶融樹脂の塗布速度を多段階に調整することにより実施する製造方法であってもよい。
【0017】
上記微細構造体の製造方法に係る発明において、前記溶融樹脂は、ポリメチルメタクリレート、ポリカーボネート、ポリスチレン、環状ポリオレフィン、ポリエチレン・テレフタレート、ポリエチレン・ナフタレート、ポリ乳酸、ポリエチレン、ポリプロピレン、熱可塑性エラストマー、メタクリル・ブタジエン・スチレン共重合体、アクリル・ブタジエン・スチレン共重合体、ポリオキシメチレン、ポリエーテルイミド、ポリエーテルスルホン、ポリ塩化ビニル、ポリフェニレンエーテル、ポリスルホン、ポリアリレート、ポリフェニレンサルファイド、ポリエーテルエーテルケトン、液晶ポリマー、MCナイロン、超高分子量ポリエチレン等の熱可塑性樹脂を使用することができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明に係る微細構造体の製造方法は、スタンパへの溶融樹脂の塗布が溶融樹脂に所定圧を与えるように行われるので、塗布された樹脂溶融体への空気の巻き込みが防止され、平滑及び平坦な性状の樹脂溶融体を得ることができる。このため、本発明に係る微細構造体の製造方法によれば、高精度の平滑及び平坦、かつ転写性が要求される将来的磁気ディスク用基板等に好適に使用される微細構造体を製造することができる。また、本発明に係る微細構造体の製造方法は、溶融樹脂の塗布及び加圧転写による微細構造転写成形装置を利用して実施することができるので、将来的磁気ディスク用基板等を効率的、経済的に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明を実施する溶融樹脂の塗布及び加圧転写による微細構造転写成形装置の概要を示す模式図である。
【図2】図1の微細構造転写成形装置の樹脂供給口から溶融樹脂をスタンパに塗布する状態を示す模式図である。
【図3】樹脂供給口から供給される溶融樹脂の実供給速度と、樹脂供給口とスタンパ間の隙間との関係を示すグラフである。
【図4】樹脂供給口から供給される溶融樹脂の実供給速度と、樹脂供給口とスタンパとの隙間に比例関係があることを示すグラフである。
【図5】塗布速度を多段階に調整した場合と、射出速度を多段階に調整した場合における実供給速度の応答の違いを示すグラフである。
【図6】空押工程についての説明図である。
【図7】微細構造体の作製試験に用いたスタンパの形状、得られた微細構造体の形状を示す模式図である。
【図8】微細構造体の作製試験により得られた微細構造体の厚さ分布を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明を実施するための形態について図面を基に説明する。本発明は、溶融樹脂の塗布及び加圧転写による微細構造転写成形装置を利用して好適に実施することができる。例えば、図1に示す溶融樹脂の塗布及び加圧転写による微細構造転写成形装置を利用して本発明を実施することができる。本微細構造転写成形装置は、下金型10と上金型20を有し、下金型10には微細構造を有するスタンパ15が設けられ、溶融樹脂供給装置30に設けられたTダイ35の樹脂供給口36より溶融樹脂がスタンパ15に塗布されるようになっている。
【0021】
溶融樹脂の塗布は、図2に示すように、樹脂供給口36から溶融樹脂を所定圧で吐出させつつ、樹脂供給口36を微細構造18を有するスタンパ15に沿って矢印A方向に移動させることによって行われる。図2において、矢印Bは、溶融樹脂の樹脂供給口36からの吐出に伴う圧力の作用状態を模式的に示している。本発明において、樹脂供給口36から溶融樹脂を吐出させる吐出圧は、直前に塗布された溶融樹脂の上面にゲージ圧で動圧0.1〜5MPaを与えるように塗布するのがよい。
【0022】
本発明においては、このように溶融樹脂を所定圧で吐出させつつ塗布を行う点では従来の製造方法と同じであり、スタンパ15に塗布された溶融樹脂への空気の巻き込みを防止することができる。しかし、従来の製造方法により将来的磁気ディスク用基板等に好適に使用される微細構造体を製造しようとするならば、塗布される溶融樹脂の厚さが薄くなるという問題が生ずる。また、樹脂供給口36とスタンパ15との隙間が小さくなるために、溶融樹脂の樹脂供給口36からの供給が規制され、平滑及び平坦、かつ転写性に優れた微細構造体を製造するのが困難になるという問題が生じる。図3及び図4に、樹脂供給口36から供給される溶融樹脂の量(実供給速度)が、樹脂供給口36とスタンパ15との隙間に左右されることを示すグラフを示す。
【0023】
図3は、緩やかな凸面上をしたスタンパ15を使用し、樹脂供給口の高さ(H)を一定にして溶融樹脂を塗布した場合に、スタンパ15上の各吐出位置(塗布位置S)における実供給速度qを測定した結果を模式的に示すグラフである。図3に示すように、実供給速度qは、溶融樹脂供給口36とスタンパ15との隙間hの大きさに影響されていることが分かる。なお、図3において、実線で示す曲線が塗布位置Sにおける実供給速度qを示し、波線で示す曲線がTダイの吐出圧(Tダイ圧力P)を示す。
【0024】
図4は、樹脂供給口36から供給される溶融樹脂の実供給速度qと、溶融樹脂供給口36とスタンパ15との隙間hとの関係を示すグラフである。図4によると、ある隙間範囲以下においては、実供給速度qは隙間hと比例関係を有しており、隙間hがある値以上になると、実供給速度qは一定になり、溶融樹脂の吐出量が一定になることが分かる。この一定になる吐出量は、溶融樹脂供給装置30の基準吐出量(理論供給速度)に相当している。なお、図4は、図3の結果を基に得られたグラフである。また、図4は、隙間が数十〜数百μmである場合の特性を示しているが、供給される樹脂の樹脂圧によって実供給速度曲線が異なってくる。
【0025】
なお、図4に示すような実供給速度と隙間との一定の関係は、スタンパ15が微細構造を有する場合であっても同様に観察されるが、微細構造の具体的な形状や溶融樹脂供給装置30の基準吐出量に応じて必ずしも一定でないので、個々に関係式を求める必要がある。
【0026】
本発明は、このような樹脂供給口からの吐出が規制され塗布のための溶融樹脂量が不足する問題に対し、その不足する溶融樹脂量を補填しつつ塗布を行うことに係る発明である。このような発明により、平滑及び平坦、かつ転写性に優れた微細構造体を製造することができる。すなわち、本発明は、溶融樹脂供給装置の樹脂供給口をスタンパに沿って移動させることによりそのスタンパに溶融樹脂を塗布し、形成された樹脂溶融体を押圧して冷却・固化することにより微細構造が転写成形された微細構造体を製造する方法に関する発明である。そして、具体的には、スタンパへの溶融樹脂の塗布が、樹脂供給口から供給される溶融樹脂の量がその樹脂供給口とスタンパ上面との隙間量に規制される範囲の隙間量で行われる場合に、均一な厚さの所定の樹脂溶融体を形成させることができるように樹脂供給口からの吐出が規制された分の溶融樹脂量を補填しつつ行われることにより実施される発明である。
【0027】
本発明において、樹脂供給口から供給される溶融樹脂の不足量を補填する方法は種々の方法がある。具体的には以下の方法を採用することができる。例えば、樹脂供給口から供給される溶融樹脂の実供給速度qと理論供給速度Qとのズレ量δ(=Q-q)に基づいて溶融樹脂の塗布速度vを多段階に調整する方法である。ここに、溶融樹脂の理論供給速度Qとは、所定の微細構造体を形成するために必要なその微細構造体の平均厚み及び溶融樹脂の設定塗布速度から求められる理論的に必要な溶融樹脂の供給速度をいう。溶融樹脂の実供給速度q及び理論供給速度Qは、供給される溶融樹脂の単位時間当たりの量で表され、塗布速度vは、単位時間に塗布される溶融樹脂の長さで表される。
【0028】
本発明においては、スタンパに塗布された樹脂溶融体は最終製品とほぼ同等の寸法形状をしているから、理論供給速度Qは、製品の設計値及び溶融樹脂供給装置の稼働条件から以下のように求められる。すなわち、例えば、スクリュ直径Ds、射出速度vtとすると、理論供給速度Qは、Q=(π/4)×Ds2×vtとして求めることができる。一方、樹脂供給口から供給される溶融樹脂の実供給速度qは、塗布試験を行った結果から塗布された樹脂幅Wと平均厚みtと塗布速度vを測定し、q=W×t×vとして求めることができる。上記理論供給速度Qと実供給速度qから、ズレ量δは、δ=Q-qとして求めることができる。そして、このズレ量δに基づき、塗布速度v又は射出速度vtを調整することにより、樹脂供給口から供給される溶融樹脂の量を適切量に調整することができる。
【0029】
塗布速度v又は射出速度vtを多段階に変化させた場合の理論供給速度Qと実供給速度qとの変化状態を図5に示す。図5において、理論供給速度Qを一点鎖線で示し、実供給速度qを実線で示す。図5(a)は塗布速度vを多段階に切り替えた場合の実供給速度qの変化状態を示し、図5(b)は射出速度vtを多段階に切り替えた場合の実供給速度qの変化状態を示す。図5(a)によると、実供給速度qは理論供給速度Qによく追随していることが分かる。すなわち、塗布速度vを多段階に変化させた場合は、実供給速度qは即座に変化するため容易に塗布厚みを調整することができる。また、図5(a)によると、実供給速度qの理論供給速度Qに対する比が各塗布速度で必ずしも一定でないことが分かる。これは、図4に示すように、実供給速度qが樹脂供給口とスタンパとの隙間hの大きさにより影響を受けるからである。
【0030】
一方、図5(b)によると、射出速度vtを多段階に変化させた場合は、溶融樹脂の圧縮性や慣性等に起因して実供給速度qが遅れて変化することが分かる。従って、射出速度vtを多段階に変化させてズレ量δを調整する場合は、樹脂の種類、樹脂供給口とスタンパとの隙間、装置の応答性等を考慮して、実供給速度qを決定することが必要になる。
【0031】
上述のように、ズレ量δに基づいて溶融樹脂の供給量を調整するには、塗布速度を調整する場合の方が容易である。従って、ズレ量δは、樹脂供給口から供給される溶融樹脂の実供給速度が樹脂供給口とスタンパとの隙間に規制されることにより生ずるものであるから、樹脂供給口から供給される溶融樹脂の実供給速度と、前記隙間との関係式を予め求めておき、その関係式に基づいて求められたズレ量δに従って塗布速度を調整する方が容易である。
【0032】
また、ズレ量δは、図3に示すような傾向を有するから、樹脂供給口の高さ(図3のH寸法)を一定にしてスタンパに溶融樹脂を塗布したときの樹脂供給口から供給される溶融樹脂の実供給速度qと、樹脂供給口がスタンパに沿って移動する移動量lとの関係式を予め求めておき、その関係式に基づいて求められたズレ量δに従って塗布速度vを調整することもできる。
【0033】
また、図3に示すように、樹脂供給口から供給される溶融樹脂の実供給速度が規制されてズレ量δを生ずる場合は、実供給速度が規制される部分において樹脂溶融体の厚さが薄くなる。従って、ズレ量δの代わりにスタンパ上に供給された溶融樹脂の厚さを測定しつつ所定の厚さになるように塗布速度をフィードバック制御することにより、平滑及び平坦、かつ転写性に優れた微細構造体を製造することも可能である。なお、この場合、先ず試験的に樹脂溶融体を形成してその厚さ分布を求め、その厚さ分布からズレ量δを求めて塗布速度を調整することもできる。
【0034】
なお、ズレ量δに基づいて不足樹脂供給量を補填するには塗布速度を調整するのがよいことは上述した。しかしながら、微細構造が図3に示すような傾斜面を有する場合は、樹脂供給口とスタンパ間の隙間hを調整する方法、すなわち、樹脂供給口の高さHを調整することにより不足樹脂供給量の補填を行う方法も有効である。
【0035】
以上、ズレ量が樹脂供給口とスタンパとの隙間に基づいて生ずる場合の不足樹脂供給量の各種補填方法について説明した。しかしながら、このズレ量と同様な溶融樹脂の供給が不足する現象が、溶融樹脂の塗布及び加圧転写による微細構造転写成形装置の作動初期においても生ずる。すなわち、図1に示す微細構造転写成形装置の溶融樹脂供給装置においては、その作動初期の一定の射出速度に達するまで、および、溶融樹脂が圧縮され所定の吐出圧に達するまでは、所定量の溶融樹脂を供給することができない過渡期間を有する。従って、これらの過渡期間を考慮し、作動初期の一定期間は塗布を行わないのがよい。すなわち、溶融樹脂の実供給速度qと樹脂供給口の移動量lとの関係式より求められるズレ量δが、スタンパへの溶融樹脂の塗布の立ち上がり時に生じている場合は、樹脂供給口から供給される溶融樹脂の吐出量又は吐出圧が一定値に達した後にはじめてスタンパへの溶融樹脂の塗布を開始する(空押工程)のがよい。
【0036】
空押工程は、具体的には、図6に示すようにTダイ内の圧力測定に基づいて行うのがよい。すなわち、Tダイ内の圧力は、図6に示すように、溶融樹脂供給装置のスクリュ作動距離に比例して上昇し、スクリュ作動距離X以降は一定値になる傾向を有する(図6(a))。このため、スクリュ作動距離Xまで空押工程を行い、その後樹脂供給口を移動させて塗布を行うと、塗布速度は図6(b)に示すように急速に増大し直ちに一定値になるから、その一定値に達した樹脂吐出量で塗布を行うのがよい。
【0037】
本発明においては、以下のような材質の微細構造体を製造することができる。そして、この微細構造体は、単体又は基板とその上に形成されたパターン形成層からなるような複層体であってもよく、複層体の場合にそれらの材質は異なるものであってもよい。このような本発明において使用することができる材質は、ポリメチルメタクリレート、ポリカーボネート、ポリスチレン、環状ポリオレフィン、ポリエチレン・テレフタレート、ポリエチレン・ナフタレート、ポリ乳酸、ポリエチレン、ポリプロピレン、熱可塑性エラストマー、メタクリル・ブタジエン・スチレン共重合体、アクリル・ブタジエン・スチレン共重合体、ポリオキシメチレン、ポリエーテルイミド、ポリエーテルスルホン、ポリ塩化ビニル、ポリフェニレンエーテル、ポリスルホン、ポリアリレート、ポリフェニレンサルファイド、ポリエーテルエーテルケトン、液晶ポリマー、MCナイロン、超高分子量ポリエチレン等の熱可塑性樹脂である。
【実施例1】
【0038】
図1に示す溶融樹脂の塗布及び加圧転写による微細構造転写成形装置を利用し、シクロオレフィンポリマーからなる厚さ約400μmの微細構造体の作製試験を行った。使用したスタンパの形状を図7(a)に示す。スタンパのa直線に沿って示す数字は当該位置におけるスタンパの厚さである(H-h)。この位置における樹脂供給口とスタンパとの隙間(h)を、表1に示す。溶融樹脂の塗布方向は図7(a)に示す通りであり、溶融樹脂の樹脂供給口からの射出速度は2.0mm/sであった。空押工程及び塗布速度を二段に調整して多段制御を行って作製した場合(発明例)と、空押工程もなく一定の塗布速度で作製した場合(比較例)の結果を図7(b)、(c)及び図8に示す。なお、発明例の場合は、先ず塗布水平速度25.0mm/sで塗布し、次に22.5mm/s(10%上昇)で塗布を行った。比較例の場合は、塗布水平速度25.0mm/sで塗布を行った。
【0039】
図7(b)は、発明例により得られた微細構造体の形状を模式的に示す図面であり、図7(c)は、比較例により得られた微細構造体の形状を模式的に示す図面である。図8は、発明例及び比較例により得られた微細構造体のa直線に沿う断面部の厚さ分布を示すグラフである。図8において、横軸は塗布方向に沿う微細構造体の位置を示し、縦軸は微細構造体の厚さを示す。
【0040】
図8に示すように、発明例による微細構造体は、厚みが均一で、平滑かつ平坦な平面を有していることが分かる。一方、比較例による微細構造体は厚みが不均一であり、その厚さ分布曲線からは、溶融樹脂供給装置の作動初期における溶融樹脂の供給不足及びスタンパと樹脂供給口との隙間の大きさによる溶融樹脂の供給量の変動の様子が表れていることが分かる。
【0041】
【表1】

【符号の説明】
【0042】
10 下金型
15 スタンパ
18 微細構造
20 上金型
30 溶融樹脂供給装置
35 Tダイ
36 樹脂供給口

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶融樹脂供給装置の樹脂供給口をスタンパに沿って移動させることによりそのスタンパに溶融樹脂を塗布し、形成された樹脂溶融体を押圧して冷却・固化することにより微細構造が転写成形された微細構造体を製造する製造方法であって、
前記スタンパへの溶融樹脂の塗布が、
前記樹脂供給口から供給される溶融樹脂の量がその樹脂供給口と前記スタンパ上面との隙間量に規制される範囲の隙間で行われ、かつ、その規制された供給量を補填しつつ行われる平滑及び平坦、かつ転写性に優れた微細構造体を製造する製造方法。
【請求項2】
溶融樹脂供給装置の樹脂供給口をスタンパに沿って移動させることによりそのスタンパに溶融樹脂を塗布し、形成された樹脂溶融体を押圧して冷却・固化することにより微細構造が転写成形された微細構造体を製造する製造方法であって、
前記樹脂供給口から供給される溶融樹脂の実供給速度qと理論供給速度Qとのズレ量δ(=Q-q)に基づいて溶融樹脂の塗布速度vを多段階に調整することにより平滑及び平坦、かつ転写性に優れた微細構造体を製造する製造方法。
ここに、溶融樹脂の理論供給速度Qとは、所定の微細構造体を形成するために必要なその微細構造体の平均厚み及び溶融樹脂の設定塗布速度から求められる理論的に必要な溶融樹脂の供給速度をいう。
また、溶融樹脂の実供給速度q及び理論供給速度Qは、供給される溶融樹脂の単位時間当たりの量で表され、塗布速度vは、単位時間に塗布される溶融樹脂の長さで表される。
【請求項3】
前記ズレ量δを、前記樹脂供給口から供給される溶融樹脂の実供給速度qと、その樹脂供給口と前記スタンパ間の隙間hとの関係式より求めることを特徴とする請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記ズレ量δを、前記樹脂供給口の高さを一定にして前記スタンパに溶融樹脂を塗布したときの前記樹脂供給口から供給される溶融樹脂の実供給速度qと、前記樹脂供給口が前記スタンパに沿って移動する移動量lとの関係式より求めることを特徴とする請求項2に記載の製造方法。
【請求項5】
前記溶融樹脂の実供給速度qと前記樹脂供給口の移動量lとの関係式より求められる前記ズレ量δが、前記スタンパへの溶融樹脂の塗布の立ち上がり時に生じている場合は、前記樹脂供給口から供給される溶融樹脂の吐出量又は吐出圧が一定値に達した後にはじめて前記スタンパへの溶融樹脂の塗布を開始することを特徴とする請求項2〜4のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項6】
溶融樹脂供給装置の樹脂供給口をスタンパに沿って移動させることによりそのスタンパに溶融樹脂を塗布し、形成された樹脂溶融体を押圧して冷却・固化することにより微細構造が転写成形された微細構造体を製造する製造方法であって、
前記樹脂供給口から供給される溶融樹脂の実供給速度qと理論供給速度Qとのズレ量δ(=Q-q)に基づいて溶融樹脂の塗布速度v及び前記樹脂供給口と前記スタンパ間の隙間hを多段階に調整することにより平滑及び平坦、かつ転写性に優れた微細構造体を製造する製造方法。
【請求項7】
溶融樹脂供給装置の樹脂供給口をスタンパに沿って移動させることによりそのスタンパに溶融樹脂を塗布し、形成された樹脂溶融体を押圧して冷却・固化することにより微細構造が転写成形された微細構造体を製造する製造方法であって、
前記樹脂供給口の移動量と前記スタンパ上に供給された溶融樹脂の厚さ分布との関係式に基づいて溶融樹脂の塗布速度を多段階に調整することにより平滑及び平坦、かつ転写性に優れた微細構造体を製造する製造方法。
【請求項8】
前記溶融樹脂は、ポリメチルメタクリレート、ポリカーボネート、ポリスチレン、環状ポリオレフィン、ポリエチレン・テレフタレート、ポリエチレン・ナフタレート、ポリ乳酸、ポリエチレン、ポリプロピレン、熱可塑性エラストマー、メタクリル・ブタジエン・スチレン共重合体、アクリル・ブタジエン・スチレン共重合体、ポリオキシメチレン、ポリエーテルイミド、ポリエーテルスルホン、ポリ塩化ビニル、ポリフェニレンエーテル、ポリスルホン、ポリアリレート、ポリフェニレンサルファイド、ポリエーテルエーテルケトン、液晶ポリマー、MCナイロン、超高分子量ポリエチレンであることを特徴とする請求項1〜7のいずれか一項に記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−894(P2012−894A)
【公開日】平成24年1月5日(2012.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−138608(P2010−138608)
【出願日】平成22年6月17日(2010.6.17)
【出願人】(000004215)株式会社日本製鋼所 (840)
【Fターム(参考)】