説明

成形用冶工具用硬質皮膜被覆部材および成形用冶工具

【課題】従来の表面被覆層を有するものよりも耐摩耗性、耐焼き付き性に優れる成形用冶工具用硬質皮膜被覆部材および成形用冶工具を提供する。
【解決手段】Crを含有する鉄基合金基材表面に、Cr1-x x (Ba b 1-a-b )からなる皮膜層A(膜厚1〜10μm)が形成され、その上にTi1-X-Y CrX AlY Z (BB A 1-A-B )からなる皮膜層B(膜厚2〜10μm)が形成されていることを特徴とする成形用冶工具用硬質皮膜被覆部材等。 但し、0≦x≦0.7、0≦a≦0.2、0≦b≦0.5、M:W,V,Mo,Nb,Ti,Alの1種以上、0≦1−X−Y≦0.5、0<X≦0.5、0.4≦Y≦0.7、0≦Z≦0.15、0≦A≦0.5、0≦B≦0.2、L:Si,Yの1種以上である。x、a、b、X、Y、Z、A、B:いずれも原子比である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、成形用冶工具用硬質皮膜被覆部材および成形用冶工具に関する技術分野に属するものであり、特には、耐摩耗性に優れる成形用冶工具用硬質皮膜被覆部材および成形用冶工具に関する技術分野に属するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より金型などの金属加工用の治工具は窒化処理により耐摩耗性および耐焼き付き性の改善がなされてきた。近年では、窒化処理に代えて、PVD 等の気相コーティングによる耐摩耗性ならびに耐焼き付き性の改善が検討されている。例えば特開2000-144376 号公報には、Cr、Al、Ti、Vの2種以上を含む複合窒化物の形成による摺動性の改善が開示されている。特開2002-307128 号公報、特開2002-307129 号公報には、Ti、V、Al、Cr、Siの1種以上の窒化物、炭化物、炭窒化物を形成し、あるいは更にその上にTi、Crを含み残部Moより構成される硫化物層を形成した耐摩耗性あるいは耐焼き付き性に優れる表面被覆金型が開示されている。特開2000-1768 号公報には、硬質窒化物上にMoS2を形成した耐摩耗性ならびに耐焼き付き性に優れる表面処理材料が開示されている。
【特許文献1】特開2000-144376 号公報
【特許文献2】特開2002-307128 号公報
【特許文献3】特開2002-307129 号公報
【特許文献4】特開2000-1768 号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
前記特開2000-144376 号公報に開示されているCr、Al、Ti、Vの2種以上を含む複合窒化物は、高硬度であり、耐摩耗性には優れるが、耐焼き付き性が十分ではなく、高面圧で金属の塑性加工をする場合など、過酷な環境の使用には耐え得ない。特開2002-307128 号公報に開示のTi、V、Al、Cr、Siの1種以上の窒化物、炭化物、炭窒化物も、同様に高硬度ではあるが、耐焼き付き性に劣る。耐焼き付き性改善のために特開2002-307129 号公報や特開2000-1768 号公報に開示されるように硫化物を形成した場合、硫化物は軟質であり、使用当初は摺動性に優れるが、使用時間と共に摩滅し、長期耐久性には問題がある。また、特開2006-124818 号公報には、(XC , M1-C )(Ba b 1-a-b )〔X:4a、5a、6a、Al、Si、Fe、Co、Niの1種以上、M:V、Mo、Wの1種以上〕からなる摺動性に優れる皮膜が提案されているが、前記硫化物の場合と同じく、使用当初は摺動性に優れるが、長期耐久性に劣る。さらに、Ti、V、Al、Cr、Siの1種以上より選ばれる高硬度の窒化物、炭化物ならびに炭窒化物を硬度の低い鉄系基材上に直接形成した場合には、下地との弾性および塑性変形挙動の差違により、剥離が生じやすくなるという問題点もあった。
【0004】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであって、その目的は、上記従来の表面被覆層を有するものよりも耐摩耗性、耐焼き付き性に優れる成形用冶工具用硬質皮膜被覆部材および成形用冶工具を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、上記目的を達成するため、鋭意検討した結果、本発明を完成するに至った。本発明によれば上記目的を達成することができる。
【0006】
このようにして完成され上記目的を達成することができた本発明は、成形用冶工具用硬質皮膜被覆部材および成形用冶工具に係わり、請求項1〜6記載の成形用冶工具用硬質皮膜被覆部材(第1〜6発明に係る成形用冶工具用硬質皮膜被覆部材)、請求項7記載の成形用冶工具(第7発明に係る成形用冶工具)であり、それは次のような構成としたものである。
【0007】
即ち、請求項1記載の成形用冶工具用硬質皮膜被覆部材は、Crを含有する鉄基合金基材表面に、下記の皮膜層Aが膜厚1〜10μmで形成され、その上に下記の皮膜層Bが膜厚2〜10μmで形成されていることを特徴とする成形用冶工具用硬質皮膜被覆部材である〔第1発明〕。
皮膜層A:
Cr1-x x (Ba b 1-a-b )からなる皮膜層であって下記の式(1A)〜(3A)を満たす皮膜層。
0≦x≦0.7 --------------------- 式(1A)
0≦a≦0.2 --------------------- 式(2A)
0≦b≦0.5 --------------------- 式(3A)
但し、上記Cr1-x x (Ba b 1-a-b )において、MはW,V,Mo,Nb,Ti,Alの1種以上であり、上記式(1A)〜(3A)において、xはMの原子比、aはBの原子比、bはCの原子比を示すものである。
皮膜層B:
Ti1-X-Y CrX AlY Z (BB A 1-A-B )からなる皮膜層であって下記の式(1B)〜(6B)を満たす皮膜層。
0≦1−X−Y≦0.5 --------------------- 式(1B)
0<X≦0.5 ------------------------- 式(2B)
0.4≦Y≦0.7 --------------------- 式(3B)
0≦Z≦0.15 ----------------------- 式(4B)
0≦A≦0.5 ------------------------- 式(5B)
0≦B≦0.2 ------------------------- 式(6B)
但し、上記Ti1-X-Y CrX AlY Z (BB A 1-A-B )において、LはSi,Yの1種以上であり、上記式(1B)〜(6B)において、XはCrの原子比、YはAlの原子比、ZはLの原子比、AはCの原子比、BはBの原子比を示すものである。
【0008】
請求項2記載の成形用冶工具用硬質皮膜被覆部材は、前記皮膜層AがCrNからなり、前記皮膜層BがTi1-X-Y CrX AlY Z Nからなる皮膜層であって下記の式(1C)〜(4C)を満たす皮膜層である請求項1記載の成形用冶工具用硬質皮膜被覆部材である〔第2発明〕。
0≦1−X−Y≦0.5 --------------------- 式(1C)
0<X≦0.5 ------------------------- 式(2C)
0.5≦Y≦0.6 --------------------- 式(3C)
0.01≦Z≦0.05 ------------------- 式(4C)
【0009】
請求項3記載の成形用冶工具用硬質皮膜被覆部材は、前記皮膜層AがCrNからなり、前記皮膜層BがTi1-X-Y CrX AlY SiZ Nからなる皮膜層であって下記の式(1C)〜(4C)を満たす皮膜層である請求項2記載の成形用冶工具用硬質皮膜被覆部材である〔第3発明〕。
【0010】
請求項4記載の成形用冶工具用硬質皮膜被覆部材は、前記皮膜層Aと皮膜層Bとの界面に、前記皮膜層Aと同一または異なる一般式で示される皮膜層Cと前記皮膜層Bと同一または異なる一般式で示される皮膜層Dとからなる積層膜が積層周期300nm以下の範囲で、積層膜合計厚み0.1μm以上で形成されている請求項1〜3のいずれかに記載の成形用冶工具用硬質皮膜被覆部材である〔第4発明〕。
【0011】
請求項5記載の成形用冶工具用硬質皮膜被覆部材は、前記鉄基合金基材がCrを含有する析出炭化物を有し、ロックウエル硬度がHRC50以上の鉄基合金基材である請求項4記載の成形用冶工具用硬質皮膜被覆部材である〔第5発明〕。
【0012】
請求項6記載の成形用冶工具用硬質皮膜被覆部材は、前記鉄基合金基材の表面に窒化、浸炭あるいは窒化浸炭による拡散層が形成されている請求項5記載の成形用冶工具用硬質皮膜被覆部材である〔第6発明〕。
【0013】
請求項7記載の成形用冶工具は、請求項〜6のいずれかに記載の成形用冶工具用硬質皮膜被覆部材を有してなる成形用冶工具である〔第7発明〕。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る成形用冶工具用硬質皮膜被覆部材は、従来の表面被覆層を有するものよりも耐摩耗性、耐焼き付き性に優れ、金型等の成形用冶工具の部材として好適に用いることができ、それらの耐久性の向上がはかれる。本発明に係る成形用冶工具は耐摩耗性、耐焼き付き性に優れ、金型等の成形用冶工具として好適に用いることができ、それらの耐久性の向上がはかれる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明に係る成形用冶工具用硬質皮膜被覆部材は、前述のように、Crを含有する鉄基合金基材表面に、下記の皮膜層Aが膜厚1〜10μmで形成され、その上に下記の皮膜層Bが膜厚2〜10μmで形成されていることを特徴とする成形用冶工具用硬質皮膜被覆部材である(第1発明)。
【0016】
皮膜層A:
Cr1-x x (Ba b 1-a-b )からなる皮膜層であって下記の式(1A)〜(3A)を満たす皮膜層。
0≦x≦0.7 --------------------- 式(1A)
0≦a≦0.2 --------------------- 式(2A)
0≦b≦0.5 --------------------- 式(3A)
但し、上記Cr1-x x (Ba b 1-a-b )において、MはW,V,Mo,Nb,Ti,Alの1種以上であり、上記式(1A)〜(3A)において、xはMの原子比、aはBの原子比、bはCの原子比を示すものである。
【0017】
皮膜層B:
Ti1-X-Y CrX AlY Z (BB A 1-A-B )からなる皮膜層であって下記の式(1B)〜(6B)を満たす皮膜層。
0≦1−X−Y≦0.5 --------------------- 式(1B)
0<X≦0.5 ------------------------- 式(2B)
0.4≦Y≦0.7 --------------------- 式(3B)
0≦Z≦0.15 ----------------------- 式(4B)
0≦A≦0.5 ------------------------- 式(5B)
0≦B≦0.2 ------------------------- 式(6B)
但し、上記Ti1-X-Y CrX AlY Z (BB A 1-A-B )において、LはSi,Yの1種以上であり、上記式(1B)〜(6B)において、XはCrの原子比、YはAlの原子比、ZはLの原子比、AはCの原子比、BはBの原子比を示すものである。
【0018】
上記皮膜層Aは下地層である。この皮膜層Aにおいて、1−xはCrの原子比であり、0.3以上としている。これは、Crを含有する鉄基合金基材(以下、Cr含有鉄基合金基材ともいう)との密着性を向上させるためである。Cr原子比(1−x)が0.3未満では、Cr含有鉄基合金基材との密着性が不充分である。Cr原子比(1−x)は0.4以上とすることが好ましい。M(W,V,Mo,Nb,Ti,Alの1種以上)の添加により、皮膜の高硬度化をはかることができる。Mの原子比x(M:2種以上の場合は、各元素の原子比の合計)が高くなり過ぎると、Cr原子比(1−x)が小さくなり、Cr原子比(1−x)を0.3以上とすることができなくなるので、Mの原子比xは0.7以下とする。
【0019】
Nは皮膜の高硬度化のために必須であり、Nの原子比(1−a−b)は1以下とする。B、Cに関しては、その添加により皮膜の高硬度化ができることから、各々原子比で0.2以下、0.5以下で添加しても良い。この点から、Bの原子比aは0.2以下、Cの原子比bは0.5以下とする。
【0020】
皮膜層A単独では、硬度および耐酸化性が低く、摺動時の発熱による酸化摩耗が生じることから、皮膜層Aの上に耐摩耗層として皮膜層Bを形成する。この皮膜層Bにおいて、耐酸化性を付与するためにAl量(Alの原子比Y)は0.4以上とする。Al量が多くなると皮膜が軟質化することから、Alの原子比Yは0.7以下とする。つまり、Alの原子比Yは0.4〜0.7とする。好ましくは0.5〜0.6である。Al単独では皮膜の結晶構造が軟質な六方晶になるためにCrを必ず添加する必要がある。ただし、Crを過度に添加するとAl量が相対的に減少して耐酸化性が低下することから、Cr添加量(Crの原子比X)の上限を0.5とする。Crの原子比Xは0.1以上0.3以下とすることが好ましい。
【0021】
Cr添加と同時にTiを添加することが望ましい。Cr添加と同時にTiを添加すると硬度と耐酸化性を兼備させることが出来るからである。Cr添加と同時にTiを添加する場合、Tiを過度に添加するとAl量が相対的に減少して耐酸化性が低下することから、Ti添加量すなわちTiの原子比(1−X−Y)は0.5以下とする。Cr添加と同時にTiを添加する場合、上記の硬度と耐酸化性をより向上させる観点から、Crの原子比Xを0.05以上とすると共にTiの原子比(1−X−Y)を0.05以上とすることが望ましく、更に、Crの原子比Xを0.1以上とすると共にTiの原子比(1−X−Y)を0.15以上とすることがより一層望ましい。
【0022】
耐酸化性を更に向上させるためにL(Si,Yの1種以上)を添加することができる。これらSi,Yは単独であってもよいし、複合添加でもよい。Lを過度に添加すると硬度が低下するため、Lの原子比Z(Si及びY添加の場合は、Si原子比とY原子比との合計)の上限を0.15とする。Lの原子比Zは0.1以下とすることが好ましく、更に、0.05以下とすることが好ましい。
【0023】
Nは皮膜の高硬度化のために必須であり、Nの原子比(1−A−B)は1以下とする。B、Cに関しては、皮膜硬度を高めるために、各々、原子比で0.2以下、0.5以下で添加しても良い。この点から、Bの原子比Bは0.2以下、Cの原子比Aは0.5以下とする。
【0024】
皮膜層Aおよび皮膜層Bの膜厚に関しては、皮膜層AについてはCr含有鉄基合金基材との密着性を確保する役割に加えて、上層の硬質皮膜(皮膜層B)とCr含有鉄基合金基材の中間の機械的特性(硬度、ヤング率)を有し、耐摩耗層(皮膜層B)とCr含有鉄基合金基材の機械的特性の差異による外部応力下での変形挙動の差異を抑制する役目があることから、皮膜層Aの膜厚は1μm以上であることが必要であり、より好ましくは3μm以上である。耐摩耗層である皮膜層Bについては耐摩耗性を維持させるために膜厚は2μm以上とすることが必要であり、より好ましくは3μm以上である。ただし、上記の変形挙動抑制効果は皮膜層Aの膜厚が10μmが超えると飽和することから、皮膜層Aの膜厚は10μm以下とすることが好ましい。皮膜層Bに関しては、その膜厚が10μm超の場合、膜応力が過大となり、皮膜の剥離が生じやすくなることから、皮膜層Bの膜厚は10μm以下とする必要がある。
【0025】
本発明に係る成形用冶工具用硬質皮膜被覆部材は、Cr含有鉄基合金基材表面に、上記のように組成および膜厚が規定された皮膜層Aおよび皮膜層Bが形成されているので、従来の表面被覆層を有するものよりも耐摩耗性、耐焼き付き性に優れており、金型等の成形用冶工具の部材として好適に用いることができ、それらの耐久性の向上がはかれる(第1発明)。
【0026】
本発明の第2発明に係る成形用冶工具用硬質皮膜被覆部材は、上記本発明(第1発明)に係る成形用冶工具用硬質皮膜被覆部材において、皮膜層AでのBの原子比aを0、Cの原子比bを0、Mの原子比xを0とし、Nの原子比(1−a−b)を1とすると共に、皮膜層BでのAlの原子比Yを0.5〜0.6とし、L(Si,Yの1種以上)の原子比Zを0.01〜0.05としたものである。つまり、第1発明での皮膜層AのCr1-x x (Ba b 1-a-b )をCrNに限定すると共に、皮膜層BでのAlの原子比YおよびLの原子比Zを上記のように狭い範囲に限定したものである。このAlの原子比Yの限定により、耐酸化性の高水準化がはかれると共に皮膜の軟質化がより高水準で抑制される。このLの原子比Zの限定により、耐酸化性の高水準化がはかれると共に硬度低下がより高水準で抑制される。
【0027】
本発明の第3発明に係る成形用冶工具用硬質皮膜被覆部材は、上記第2発明に係る成形用冶工具用硬質皮膜被覆部材において、皮膜層BでのL(Si,Yの1種以上)をSiに限定したものである。
【0028】
本発明の第1〜第3発明に係る成形用冶工具用硬質皮膜被覆部材において、皮膜層Aと皮膜層Bとの界面に、前記皮膜層Aと同一または異なる一般式で示される皮膜層Cと前記皮膜層Bと同一または異なる一般式で示される皮膜層Dとからなる積層膜が積層周期300nm以下の範囲で、積層膜合計厚み0.1μm以上で形成されていると、皮膜層Aと皮膜層Bとの間の密着性を高めることができ、外部応力負荷時における剥離を抑制することができる〔第4発明〕。上記積層膜の積層周期が300nm超であると、上記密着性の向上効果が得られない。より好ましくは、上記積層膜の積層周期を100nm以下とすることである。また、上記積層膜合計厚みが0.1μm未満であると、上記剥離の抑制効果が得られない。より好ましくは、上記積層膜合計厚みを0.5μm以上とすることである。ただし、積層部分(上記積層膜)の合計厚みが5μmを超えた場合でも、密着性の改善効果は5μm以下の場合と差がないことから、効率を考えると積層部分の厚みは5μm以下が推奨される。上記積層膜を形成する皮膜層C、皮膜層Dの組成が皮膜層Aおよび/または皮膜層Bの組成と同様の場合、皮膜層Aおよび/または皮膜層Bとの密着性がより向上し、ひいては皮膜層Aと皮膜層Bとの間の密着性がより向上する。
【0029】
本発明の第4発明に係る成形用冶工具用硬質皮膜被覆部材は、Cr含有鉄基合金基材がCrを含有する析出炭化物(以下、Cr含有析出炭化物ともいう)を有する場合に、特に有効である。ここで、Cr含有析出炭化物とは、M7 3 (M:Fe、Cr)のような析出炭化物中にCrが炭化物の形で含まれるもののことである。このようなCr含有析出炭化物を有するCr含有鉄基合金基材としては、例えば、JIS SKD11 、SKD61 、SKH51 等がある。Cr量に関しては、特に制限はないが、5wt%以上がその目安となる。このようなCr含有析出炭化物を有するCr含有鉄基合金基材は、そのマトリックスとCr含有析出炭化物との機械的特性(硬度、ヤング率)が異なるので、外部応力下において弾塑性変形挙動が異なり、このため、基材の上にコーティングをした場合に、析出炭化物とマトリックスの界面でクラックが生じ、コーティング層の剥離が起きやすい。ところが、本発明の第4発明に係る成形用冶工具用硬質皮膜被覆部材では、外部応力の基材への影響を最小限にとどめることができるので、基材にCr含有析出炭化物がある場合でも、変形挙動の差違による皮膜への損傷を抑制することができる。ただし、基材そのものが柔らかい場合、やはり外部応力の影響を受けることから、基材硬度はロックウエルCスケールで50以上あることが望ましく、より好ましくは55以上である〔第5発明〕。
【0030】
Cr含有鉄基合金基材の表面の硬度を高め、析出炭化物とマトリックスの機械的特性の差違を最小化するためには、窒化、浸炭あるいは浸炭窒化によってマトリックス部分を硬化してやることが有効である。つまり、Cr含有鉄基合金基材の表面に窒化、浸炭あるいは窒化浸炭による拡散層を形成することが有効である〔第6発明〕。この拡散層の深さとしては、好ましくは10μm以上であるが、負荷のかかる部分に使用する場合、外部応力の影響が基材の深部に及ぶため、100μm以上がより好ましい。
【0031】
本発明の第1〜第6発明に係る成形用冶工具用硬質皮膜被覆部材を有してなる成形用冶工具は、耐摩耗性、耐焼き付き性に優れ、金型等の成形用冶工具として好適に用いることができ、それらの耐久性の向上がはかれる〔第7発明〕。
【実施例】
【0032】
本発明の実施例および比較例を以下説明する。なお、本発明はこの実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0033】
〔例1〕
複数のアーク蒸発源を有する成膜装置(図1)を用いて表1〜2に示す組成の皮膜を作製した。このとき、基材としては、皮膜の組成、硬度、結晶構造の調査用の皮膜形成の場合には鏡面研磨した超硬合金基板を使用し、高温下での摺動試験用の皮膜形成の場合には SKD11基板(硬度HRC 60)を使用した。いずれの皮膜の形成の場合にも、基板を成膜装置のチャンバー内に導入し、チャンバー内を真空引き(1×10-3Pa以下に排気)した後、基材を約400℃まで加熱し、この後、Arイオンイオンを用いてスパッタクリーニングを実施した。この後、アーク蒸発源による成膜の場合は、φ100mm のターゲットを用い、アーク電流150Aとし、全圧力4PaのN2雰囲気あるいはN2+CH4の混合ガス中にて成膜を実施した。
【0034】
この成膜に際しては、先ず皮膜層Aの組成を有するターゲットを使用して基材(基板)上に皮膜層Aを形成した後、蒸発源を切り替えて皮膜層Bの組成を有するターゲットにより、皮膜層Bを皮膜層A上に形成した。
【0035】
このようにして皮膜形成されたものについて、皮膜の組成、硬度および結晶構造の調査を行い、更に高温下における摺動試験を実施し、耐摩耗性ならびに摩擦係数を調査した。このとき、皮膜の組成は、EPMAにより測定することによって調査した。皮膜の硬度については、マイクロビッカース硬度計を用いて、測定荷重0.25N、測定時間15秒の条件で測定することによって調査した。高温下における摺動試験は下記高温摺動試験条件で行った。
【0036】
また、耐摩耗性皮膜の酸化開始温度を、別途白金上に耐摩耗性層のみ形成したサンプルを使用して、熱天秤により調査した。乾燥空気中で4℃/分の速度で昇温しながら、酸化重量増加を測定し、急激に酸化増加が観察された温度を酸化開始点と定義した。
【0037】
〔高温摺動試験条件〕
・装置:ベーンオンディスク型摺動試験装置
・ベーン:SKD 61鋼(HRC 50)
・ディスク:SKD 11鋼(HRC 60)に皮膜形成したもの
・摺動速度:0.2m/秒
・荷重:500N
・摺動距離:2000m
・試験温度:500℃
【0038】
上記試験の結果を表1〜2に示す。なお、表1〜2において、組成の欄での値は原子比での値である(以下、同様)。表1〜2からわかるように、第1発明の要件を満たすもの、即ち、第1発明例(No.4〜8, 11 〜26, 28, 32〜36, 38〜41, 43〜44, 49〜52)は、第1発明の要件を満たさないもの、即ち、比較例(No.1〜3, 9〜10, 27, 30〜31, 37, 42, 45〜48, 52〜53)に比較し、摩耗量(深さ)が少なくて耐摩耗性に優れている。
【0039】
〔例2〕
複数のアーク蒸発源を有する成膜装置(図1)を用いて表3に示す組成の皮膜を作製した。このとき、基材としては、皮膜の組成、硬度、結晶構造の調査用の皮膜形成の場合、鏡面研磨した超硬合金基板を使用し、皮膜の密着性の調査用の皮膜形成の場合、 SKD11基板(硬度HRC 60)を用いた。いずれの皮膜の形成の場合にも、基板を成膜装置のチャンバー内に導入し、チャンバー内を真空引き(1×10-3Pa以下に排気)した後、基材を約400℃まで加熱し、この後、Arイオンイオンを用いてスパッタクリーニングを実施した。この後、アーク蒸発源による成膜の場合は、φ100mm のターゲットを用い、アーク電流150Aとし、全圧力4PaのN2雰囲気あるいはN2+CH4の混合ガス中にて成膜を実施した。
【0040】
この成膜に際しては、先ず皮膜層Aの組成を有するターゲットを使用して基材(基板)上に皮膜層A(厚み5μm)を形成した後、皮膜層A形成用の蒸発源と皮膜層B形成用の蒸発源を同時に放電させて、皮膜層Aと皮膜層Bとからなる積層膜を形成した。なお、この皮膜層Aと皮膜層Bとからなる積層膜は、第4発明での皮膜層Cと皮膜層Dからなる積層膜の1例に相当する。この積層膜の形成の後、蒸発源を切り替えて皮膜層Bの組成を有するターゲットにより、皮膜層B(厚み5μm)を積層膜上に形成した。なお、積層膜部分の積層周期は基板の回転速度で制御し、層の厚みは成膜時間で制御した。皮膜層Aは、CrNからなるものである。皮膜層Bは、Ti0.2 Cr0.2 Al0.55Si0.05Nからなるものである。
【0041】
このようにして皮膜形成されたものについて、皮膜の組成、硬度および結晶構造の調査を行い、更に、下記のスクラッチ試験を実施し、皮膜の密着性を調査した。このとき、皮膜の組成、硬度については、前記例1の場合と同様の方法により調査した。
【0042】
〔スクラッチ試験〕
・圧子:ダイヤモンド(先端半径200μmR)
・スクラッチ速度:10mm/分
・荷重増加速度:100N/分
・スクラッチ距離:20mm(0〜200N)
【0043】
上記試験の結果を表3に示す。表3からわかるように、第4発明の要件を満たすもの、即ち、第4発明例(No.2A 〜8A, 10A 〜13A )は、その他のもの(No.1A, 9A, 14A)に比較し、皮膜の密着性に優れている。なお、No.1A, 9A, 14Aは第1発明の要件を満たしているが、第4発明の要件を満たしていないものである。
【0044】
〔例3〕
複数のアーク蒸発源を有する成膜装置(図1)を用いて表4に示す組成の皮膜を作製した。このとき、基材としては、皮膜の組成、硬度、結晶構造の調査用の皮膜形成の場合、鏡面研磨した超硬合金基板を使用し、高温下での摺動試験用の皮膜形成の場合、表6に示す各種金属材料を使用した。いずれの皮膜の形成の場合にも、基板を成膜装置のチャンバー内に導入し、チャンバー内を真空引き(1×10-3Pa以下に排気)した後、基材を約400℃まで加熱し、この後、Arイオンイオンを用いてスパッタクリーニングを実施した。この後、アーク蒸発源による成膜の場合は、φ100mm のターゲットを用い、アーク電流150Aとし、全圧力4PaのN2雰囲気あるいはN2+CH4の混合ガス中にて成膜を実施した。
【0045】
この成膜に際しては、先ず皮膜層Aの組成を有するターゲットを使用して基材(基板)上に皮膜層A(厚み5μm)を形成した後、皮膜層A形成用の蒸発源と皮膜層B形成用の蒸発源を同時に放電させて、皮膜層Aと皮膜層Bとからなる積層膜を形成した。なお、この皮膜層Aと皮膜層Bとからなる積層膜は、第4発明での皮膜層Cと皮膜層Dからなる積層膜の1例に相当する。この積層膜の形成の後、蒸発源を切り替えて皮膜層Bの組成を有するターゲットにより、皮膜層B(厚み5μm)を積層膜上に形成した。なお、積層膜部分の積層周期は基板の回転速度で制御し、層の厚みは成膜時間で制御した。皮膜層Aは、CrNからなるものである。皮膜層Bは、Ti0.2 Cr0.2 Al0.55Si0.05Nからなるものである。
【0046】
なお、いくつかの基材についてはプラズマ窒化またはプラズマ浸炭の拡散処理を下記の条件で実施し、この後、上記皮膜形成をした(No.9B 〜12B, No.13B 〜16B )。
【0047】
〔プラズマ窒化処理〕
・温度:550℃
・時間:1〜12時間
・雰囲気:窒素―5%Ar
・圧力:100Pa
・プラズマ源:直流DCプラズマ(1500V)
【0048】
〔プラズマ浸炭処理〕
・温度:950℃
・時間:1〜12時間
・雰囲気:Ar―5%メタン
・圧力:100Pa
・プラズマ源:直流DCプラズマ(1500V)
【0049】
上記のようにして皮膜形成されたものについて、皮膜の組成、硬度および結晶構造の調査を行い、更に、高温下での摺動試験を実施し、耐摩耗性を調査した。このとき、皮膜の組成、硬度については、前記例1の場合と同様の方法により調査した。高温下での摺動試験については、前記例1の場合と同様の高温摺動試験条件で行った。
【0050】
上記試験の結果を表4に示す。表4からわかるように、Cr含有鉄基合金基材のロックウエル硬度がHRC10のもの(No.4B, No.8B)に比較し、HRC50以上のもの(No.1B 〜3B, 5B〜7B, No.9B〜16B )は、摩耗量が少なくて耐摩耗性に優れている。Cr含有析出炭化物を有する基材の場合において、基材のロックウエル硬度が同一のもの同士で比較するに、皮膜層Aと皮膜層Bの界面に積層膜を有していないもの(No.2B, 1B, 3B )よりも、皮膜層Aと皮膜層Bの界面に積層膜を有しているもの(No.6B, 5B, 7B, No.9B〜16B )は、摩耗量が少なくて耐摩耗性に優れている。基材がCr含有析出炭化物を有する場合であっても、皮膜層Aと皮膜層Bの界面に積層膜を有している場合は、摩耗量が少なくて耐摩耗性に優れていることがわかる。なお、基材のロックウエル硬度が同一のもの同士での比較に際し、No.2B の硬度はHRC50、No.1B の硬度はHRC60、No.3B の硬度はHRC65であり、一方、No.6B の硬度はHRC50、No.5B や No.9B〜16B の硬度はHRC60、No.7B の硬度はHRC65であるので、厳密には、No.2B とNo.6B とを比較し、No.1B とNo.5B や No.9B〜16B とを比較し、No.3B とNo.7B とを比較すればよい。
【0051】
【表1】

【0052】
【表2】

【0053】
【表3】

【0054】
【表4】

【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明に係る成形用冶工具用硬質皮膜被覆部材は、従来の表面被覆層を有するものよりも耐摩耗性、耐焼き付き性に優れ、金型等の成形用冶工具の部材として好適に用いることができ、それらの耐久性の向上がはかれて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】本発明の実施例に係る皮膜の形成に用いた成膜装置を示す模式図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Crを含有する鉄基合金基材表面に、下記の皮膜層Aが膜厚1〜10μmで形成され、その上に下記の皮膜層Bが膜厚2〜10μmで形成されていることを特徴とする成形用冶工具用硬質皮膜被覆部材。
皮膜層A:
Cr1-x x (Ba b 1-a-b )からなる皮膜層であって下記の式(1A)〜(3A)を満たす皮膜層。
0≦x≦0.7 --------------------- 式(1A)
0≦a≦0.2 --------------------- 式(2A)
0≦b≦0.5 --------------------- 式(3A)
但し、上記Cr1-x x (Ba b 1-a-b )において、MはW,V,Mo,Nb,Ti,Alの1種以上であり、上記式(1A)〜(3A)において、xはMの原子比、aはBの原子比、bはCの原子比を示すものである。
皮膜層B:
Ti1-X-Y CrX AlY Z (BB A 1-A-B )からなる皮膜層であって下記の式(1B)〜(6B)を満たす皮膜層。
0≦1−X−Y≦0.5 --------------------- 式(1B)
0<X≦0.5 ------------------------- 式(2B)
0.4≦Y≦0.7 --------------------- 式(3B)
0≦Z≦0.15 ----------------------- 式(4B)
0≦A≦0.5 ------------------------- 式(5B)
0≦B≦0.2 ------------------------- 式(6B)
但し、上記Ti1-X-Y CrX AlY Z (BB A 1-A-B )において、LはSi,Yの1種以上であり、上記式(1B)〜(6B)において、XはCrの原子比、YはAlの原子比、ZはLの原子比、AはCの原子比、BはBの原子比を示すものである。
【請求項2】
前記皮膜層AがCrNからなり、前記皮膜層BがTi1-X-Y CrX AlY Z Nからなる皮膜層であって下記の式(1C)〜(4C)を満たす皮膜層である請求項1記載の成形用冶工具用硬質皮膜被覆部材。
0≦1−X−Y≦0.5 --------------------- 式(1C)
0<X≦0.5 ------------------------- 式(2C)
0.5≦Y≦0.6 --------------------- 式(3C)
0.01≦Z≦0.05 ------------------- 式(4C)
【請求項3】
前記皮膜層AがCrNからなり、前記皮膜層BがTi1-X-Y CrX AlY SiZ Nからなる皮膜層であって下記の式(1C)〜(4C)を満たす皮膜層である請求項2記載の成形用冶工具用硬質皮膜被覆部材。
0≦1−X−Y≦0.5 --------------------- 式(1C)
0<X≦0.5 ------------------------- 式(2C)
0.5≦Y≦0.6 --------------------- 式(3C)
0.01≦Z≦0.05 ------------------- 式(4C)
【請求項4】
前記皮膜層Aと皮膜層Bの界面に、前記皮膜層Aと同一または異なる一般式で示される皮膜層Cと前記皮膜層Bと同一または異なる一般式で示される皮膜層Dとからなる積層膜が積層周期300nm以下の範囲で、積層膜合計厚み0.1μm以上で形成されている請求項1〜3のいずれかに記載の成形用冶工具用硬質皮膜被覆部材。
【請求項5】
前記鉄基合金基材がCrを含有する析出炭化物を有し、ロックウエル硬度がHRC50以上の鉄基合金基材である請求項4記載の成形用冶工具用硬質皮膜被覆部材。
【請求項6】
前記鉄基合金基材の表面に窒化、浸炭あるいは窒化浸炭による拡散層が形成されている請求項5記載の成形用冶工具用硬質皮膜被覆部材。
【請求項7】
請求項〜6のいずれかに記載の成形用冶工具用硬質皮膜被覆部材を有してなる成形用冶工具。

【図1】
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【公開番号】特開2008−174782(P2008−174782A)
【公開日】平成20年7月31日(2008.7.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−8323(P2007−8323)
【出願日】平成19年1月17日(2007.1.17)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】