説明

撥水層を形成する撥水層の形成方法および撥水層を備えた燃料噴射弁

【課題】耐熱性に係わる耐久性の向上と、噴孔へのデポジット付着抑制の保証とが両立する撥水層を形成する撥水層の形成方法および撥水層を備えた燃料噴射弁を提供。
【解決手段】金属基材231の表面232に形成する撥水層23の形成方法において、前記金属素地にプラズマイオン92を照射することにより金属素地の表面232に凹凸を形成する方法であって、上記金属の原子93とプラズマイオン92により合金94を形成し、金属素地のうち、合金94によりエッチングされない部位と、合金化されていない金属素地部分がエッチングされる部位とで、凹凸を形成し、前記凹凸を形成することで撥水層23を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、撥水層を形成する撥水層の形成方法、および撥水層を備えた燃料噴射弁に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料噴射弁としては、例えば内燃機関の気筒に燃料を直接噴射するものが知られている(特許文献1参照)。この種の燃料噴射弁では、噴孔を形成する噴孔形成部を有し、噴孔直下にある気筒の燃焼室内に向けて、燃料を噴孔から噴射させている。
【0003】
このような燃料噴射弁の一種として特許文献1の開示する技術では、噴孔形成部において、噴孔の内周および噴孔の周囲部分が、フルオロアルキルシラン(以下、FAS)からなるFAS被膜で被覆されるようにしている。この技術では、FAS被膜が、フルオロアルキル基の存在により撥水性を有しており、噴孔の内周及び周囲へデポジットの付着抑制を可能にする。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平10−159688号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1による従来技術では、燃焼室内で発生するデポジットに対し、噴孔への付着抑制機能が低下するという懸念がある。即ち、撥水性を有するFAS被膜が噴孔にコーティングされているものの、噴孔形成部が燃焼室内の高温ガスに晒される環境にあるため、燃焼室側の噴孔形成部の表面が高温状態になることにより、FAS被膜が熱劣化する。FAS被膜の熱劣化が生じると、噴孔へのデポジット付着抑制機能の低下を招くのである。
【0006】
上記FAS皮膜に関し、発明者らが鋭意研究の結果、フッ素を含む有機系の高分子からなるフルオロアルキル基が、噴孔形成部での燃焼室側表面温度より比較的低い温度(約250℃)で熱分解を開始する。そのようなFAS被膜は、撥水性機能が上記有機系の高分子でもたらされるものであるため、耐熱性に係わる耐久性の低下を招くと発明者らは考えている。
【0007】
本発明は、このような事情を考慮してなされたものであり、その目的は、耐熱性に係わる耐久性の向上と、噴孔へのデポジット付着抑制の保証とが両立する撥水層を形成する撥水層の形成方法および撥水層を備えた燃料噴射弁を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、上記目的を達成するために以下の技術的手段を備える。
【0009】
即ち、請求項1に記載の発明では、金属基材の表面に形成する撥水層の形成方法において、前記金属素地にプラズマイオンを照射することにより金属素地の表面に凹凸を形成する方法であって、金属素地の金属とプラズマイオンにより合金を形成し、金属素地のうち、合金によりエッチングされない部位と、合金化されていない金属素地部分がエッチングされる部位とで、凹凸を形成し、前記凹凸を形成することで撥水層を形成することを特徴とする。
【0010】
これによると、金属基材の金属素地の表面にプラズマイオンを照射することにより微細な凹凸を有する撥水層を形成する。このような撥水層は、有機物ではなく、金属を含む無機物で構成されることになるので、従来技術の有機物で構成される撥水層に比べて、耐熱性の向上が図れる。
【0011】
さらに、プラズマイオンを金属素地に照射する際に、プラズマイオンの衝突により金属素地の金属原子が弾き飛ばされることで金属素地の表面がエッチングされる。弾き飛ばされた金属原子のうち、表面に浮遊する金属原子にプラズマイオンが衝突すると、金属原子とプラズマイオンが結合し合金となる。そのような合金は、金属素地に衝突しても金属原子を弾き飛ばすエネルギーはなく、金属素地に着く。
【0012】
そのような金属素地に着く合金部分がエッチングされないことにより、微細な凹凸の凸部を確実に形成することができる。微細な凹凸のうちの凸部間には空気層が形成されるので、微細な凹凸を形成することで撥水層が形成できる。
【0013】
以上の請求項1の記載の発明によれば、耐熱性に係わる耐久性の向上と、噴孔へのデポジット付着抑制の保証とが両立する撥水層を形成し得るのである。
【0014】
また、請求項2に記載の発明では、凹凸のうちの凸部は、円錐状を呈する柱状突起であることを特徴とする。これによると、デポジットが万が一撥水層、即ち凹凸に付着する場合には、凸部間の空気層と凸部とへの付着割合に関し、空気層に対し凸部の付着割合を小さくすることになるので、撥水性を高めることができ、ひいてはデポジット付着抑制の効果を高めることができる。
【0015】
また、請求項3乃至4に記載の発明では、金属は、Al、Ag、Zn、Ni、Cu、及びMgからなる金属材料群から選ばれた少なくとも一種の金属材料であることを特徴とする。
【0016】
これによると、プラズマイオンとの衝突により合金が形成される金属としては、Al、Ag、Zn、Ni、Cu、及びMgからなる金属材料群のうちの少なくとも一種の金属材料を用いることができる。
【0017】
また、上記Al、Ag、Zn、Ni、Cu、及びMgは、耐酸化性が比較的低い金属であるため、請求項4に記載の発明の如く、このような金属からなる金属基材に対し、凹凸を形成した後に、酸化雰囲気中で加熱酸化することが好ましい。これにより、耐酸化性及び耐熱性に係わる耐久性を向上させつつ、噴孔へのデポジット付着抑制を保証する撥水層を形成し得るのである。
【0018】
また、請求項5に記載の発明では、金属は、Pt、Ir、Au、Pd、及びRhからなる金属材料群、W、Mo、Ta、Nb、Reからなる金属材料群、およびCr、及びTiからなる金属材料群から選ばれた少なくとも一種の金属材料であることを特徴とする。
【0019】
これによると、プラズマイオンとの衝突により合金が形成される金属としては、Pt、Ir、Au、Pd、及びRhなどの貴金属からなる金属材料群や、W、Mo、Ta、Nb、Reなどの融点が比較的高い金属からなる金属材料群や、Cr、及びTiなどの耐酸化性が比較的優れる金属からなる金属材料群のうちの少なくとも一種の金属材料を用いることができる。
【0020】
また、請求項6に記載の発明では、金属基材を有する被覆部材であって、被覆部材の被覆すべき表面に金属基材を被覆する被覆部材に用いることを特徴とする。
【0021】
これによると、被覆部材の本体に対し、本体以外の一部を金属基材で形成する構成とするので、被覆部材のうち、撥水層が必要な部位のみを、金属基材で構成でき、ひいては金属基材の金属の材料使用量を抑えることができる。
【0022】
また、請求項7に記載の発明では、被覆部材の内部本体は、鉄を含む鉄系基材であることを特徴とする。これにより、被覆部材は、金属基材を被覆すべき内部本体を、ステンレス鋼などの鉄を含む鉄系基材で形成することができる。
【0023】
また、請求項8に記載の発明では、燃料を噴射する噴孔を有する燃料噴射弁であって、
少なくとも噴孔の噴孔内壁面、及び噴孔の開口部周辺に、請求項1から請求項7のいずれか一項に記載の撥水層を備えることを特徴とする。
【0024】
これによると、燃料を噴射する噴孔を有する燃料噴射弁には、少なくとも噴孔の噴孔内壁面、及び噴孔の開口部周辺に、請求項1から請求項7のいずれか一項に記載の撥水層を備えるので、噴孔の噴孔内壁面、及び噴孔の開口部周辺は、デポジットの付着抑制機能を長期にわたって維持し得るのである。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明の実施形態に係わる撥水層を適用する燃料噴射弁の噴孔形成部を示す断面図である。
【図2】第1の実施形態に係わる噴孔形成部の撥水層を形成する工程を示す説明図である。
【図3】図2中の撥水層における凹凸を形成する過程を示す図であって、図3(a)、図3(b)、及び図3(c)は、プラズマイオンによりエッチングする各過程を示す説明図である。
【図4】図2中の撥水層に形成される凹凸を示す斜視図である。
【図5】図4中の凹凸構造部分にける接触角を説明する説明図である。
【図6】図2中の撥水層を形成する基材の種類による、凹凸構造の有無による接触角の効果を示す図であって、図6(a)は本実施形態の一例を示す説明図、図6(b)及び図6(c)は変形例における各一例を示す説明図である。
【図7】本発明の実施形態に係わる撥水層を適用する燃料噴射弁の一例を示す断面図である。
【図8】図7中の噴孔形成部周りを示す断面図である。
【図9】図7の燃料噴射弁の内燃機関への取り付け位置および燃焼室への噴霧の一例を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明の実施形態を、図面に基づいて説明する。図7〜図9は撥水層を適用する燃料噴射弁を示している。図1及び図4は、撥水層を適用する燃料噴射弁の噴孔形成部を示しており、図2及び図3は、撥水層の形成方法を示している。
【0027】
図9に示すように、燃料噴射弁10はシリンダヘッド102に取り付けられ、シリンダヘッド102の壁面と、シリンダブロック100の内壁面と、ピストン104の上端面とで形成される燃焼室106に直接燃料を噴射する直噴ガソリンエンジン用の燃料噴射弁である。燃料噴射弁10には、図示しない燃料供給ポンプにより燃料噴射圧力相当に加圧された燃料が供給される。当該燃料圧は、1MPaから40MPaの範囲の所定圧に設定されており、燃料噴射弁10は燃焼室106へ当該範囲相当の燃料噴射圧の燃料を噴射する。
【0028】
燃料噴射弁10から噴射される燃料の噴霧24は、燃焼室106内に拡散されるように霧化されることが望ましく、例えば中空円錐状の噴霧形状を基本としている。噴霧形状は、燃料噴射弁10の先端側に設けられた噴孔の形状、配置等を適宜設定することで形成される。
【0029】
燃料噴射弁10は、エンジンの燃焼室106の角部側の上記壁面に斜め搭載され、その燃料噴射方向、即ち噴霧24が、燃料噴射弁10の中心軸108に対し、ピストン104の端面に向けて離れるように、中心軸108に対し傾斜している。燃料噴射弁10の中心軸108に対し上記噴霧24を傾斜させる角度が最適な角度に適宜設定されることで、点火プラグ105並びに燃焼室106の内壁面に、噴霧24の燃料が付着するのを抑制している。
【0030】
図7に示すように、弁ボディ12は弁ハウジング16の噴孔側端部内壁に溶接などにより固定されている。弁ボディ12は、燃料通路を形成するとともに燃料下流側に向けて縮径する円錐面13を有している。円錐面13には、弁部材30が着座及び離座する弁座14が形成されている。
【0031】
噴孔形成部としての噴孔プレート20は、噴孔21を有しており、燃料噴射弁10の先端に、弁ボディ12と一体または一体的に設けられている。噴孔プレート20は、図7の一例に示すように、有底筒状に形成されており、弁ハウジング16の底部内壁と弁ボディ12の底部外壁との間に一体的に挟持されている。なお、噴孔プレート20の詳細については後述する。
【0032】
筒部材40は、噴孔プレート20側から第1磁性筒部42、非磁性筒部44および第2磁性筒部46により構成されている。非磁性筒部44は第1磁性筒部42と第2磁性筒部46との磁気的短絡を防止する。
【0033】
可動コア50は、磁性材料で円筒状に形成されており、弁部材30の反噴孔側の端部34と溶接などにより固定されている。可動コア50は弁部材30と協働して往復移動する。可動コア50は、内部を貫通する連絡通路52を有しており、連絡通路52は燃料通路と連通している。固定コア54は磁性材料で形成され、可動コア50と同軸上に配置されている。固定コア54は筒部材40内に挿入され、筒部材40と溶接などにより固定されている。
【0034】
アジャスティングパイプ56は、例えば圧入などにより固定コア54に固定される構造となっており、内部に燃料通路を形成している。スプリング58は、その両端部が可動コア50とアジャスティングパイプ56とに挟み込まれるように配置されている。スプリング58は、可動コア50及び弁部材30を弁座14に着座する方向へ押し付けている。固定コア54に圧入されるアジャスティングパイプ56の圧入量を調整することにより、スプリング58の付勢力が調整される。
【0035】
駆動コイル60はコイル61とスプール62とを有している。スプール62は、樹脂材で筒状に形成され、外周側にコイル61が巻かれている。巻回されたコイル61の両端部は、コネクタ64の端子部65に電気的に接続されている。筒部材40を挟んで駆動コイル60の内周側には固定コア54が設置されている。
【0036】
駆動コイル60に通電していないとき、可動コア50及び弁部材30は弁座14側へ押し付けられ、弁部材30のシート部が弁座14に着座する。これにより噴孔21からの燃料噴射が遮断される。駆動コイル60に通電すると、可動コア50が固定コア54に吸引されて弁部材30が弁座14から離座し、噴孔21から燃料が噴射される。
【0037】
ここで、弁部材30が弁座14から離座している状態を、弁部材30のリフト時と呼ぶ。弁部材30のリフト量は、可動コア50及び固定コア54の両磁極面間のエアギャップにより決まる。
【0038】
燃料噴射弁10の燃料入口部11には、上記燃料供給ポンプによって燃料(本実施形態ではガソリン燃料)が供給され、燃料入口部11に供給された燃料は、異物を除去するフィルタ70を経由して筒部材40、弁ハウジング16、及び弁ボディ12の内周側を流通する。
【0039】
以上、燃料噴射弁10の基本構成について説明した。以下、燃料噴射弁10の特徴的構成について説明する。
【0040】
(燃料噴射弁10の特徴的構成)
噴孔プレート20は、図8に示すように、弁ボディ12の先端部分に一体的または一体に固定されている。噴孔プレート20は、円錐面13の内側に、噴孔プレート20を貫いて内壁面26と外壁面27に開口する複数の噴孔21を有している。燃料入口部11に供給された燃料は、噴孔21からエンジンの燃焼室106に噴射される。
【0041】
図8は、燃料噴射弁10の噴孔プレート20周りを示す断面図であって、図7の弁ボディ12の先端部分を拡大した断面図である。図8に示すように、複数の噴孔21の入口部21bが同一の仮想円上に配置されている。即ち、上記複数の噴孔入口部21bは、仮想円上に一重環状に配置されている。仮想円の中心は、いわゆる燃料噴射弁10の中心軸108と一致しており、弁ボディ12及び噴孔プレート20の中心軸20jにほぼ一致する。
【0042】
噴孔21は、円錐面13及び噴孔プレート20で形成される凹部の内周側に形成されており、この凹部と弁部材30とで区画される燃料室80は、概ね円筒状に形成されている。この燃料室80には、弁部材30の離座時に弁座14側から噴孔21に向かう燃料通路の燃料が、流入する。この燃料室80は、燃料室80に流入する燃料を、各噴孔21に分配し易くしている。
【0043】
噴孔21の中心軸21jの方向は、噴孔21の出口部21aが入口部21bよりも噴孔プレートの中心軸21jから離れる側に位置するように傾斜していることが好ましい。
【0044】
噴孔プレート20は、本体部22と、本体部22に被着される撥水層23を有しており、撥水層23が噴孔プレート20の外壁面27に設けられている。撥水層23は、水や燃料等の油などの液体の液滴を表面から持ち上げ弾く機能を有する。
【0045】
例えば噴孔21からの燃料噴射終了後に、噴孔21内に残留し、デポジットの核になるおそれのある残留燃料に対し、噴孔21の出口部21a周辺に設けられた撥水層23により、残留燃料が、出口部21a以外の周辺外側に移動または弾かれる(撥ねられる)ようにし得る。一方、燃料噴射時には、噴孔21の噴孔内壁面21cにデポジットが付着した場合があったとしても、噴射時の燃料の力、即ち燃料噴射圧力により、デポジットを噴孔内壁面21cから剥離し得る。
【0046】
このように撥水層23を噴孔21の出口部21a周辺に設けることにより、噴孔21の出口部21a周辺に付着する残存燃料の低減、ひいては噴孔21の出口部21aへのデポジット付着抑制が図れる。
【0047】
なお、噴孔プレート20において撥水層23を設ける壁面範囲を、燃焼室106側の外壁面27に限定するものに限らず、少なくとも噴孔内壁面21c及び外壁面27の壁面範囲に、撥水層23を設ける構成としてもよい。こうした構成では、噴孔内壁面21c及び外壁面27に関し、その壁面範囲でのデポジット付着抑制ができる。燃料噴射及び噴射停止の繰返しにより、噴孔内壁面21cに薄いデポジットがいく層にも堆積するのを抑制できる。
【0048】
上記噴孔プレートにおいて本体部22は、ステンレス鋼(SUS)などの鉄系金属材料で形成されている。撥水層23は、本体部22と異なる金属材料からなる基材231に形成されており、基材231は本体部22に、メッキ処理または蒸着処理により形成され、上記壁面範囲を被覆している。なお、本実施形態では、撥水層23が基材231に一体に形成されている。基材231は請求範囲に記載の金属基材に相当する。
【0049】
撥水層23は、その外壁面27に、図4に示すような微細な凹凸を有する凹凸構造を設けている。この凹凸構造は、凹凸のうち、凸部235が円錐状を呈する柱状突起であって、円錐状を呈する柱状突起が基材231の底部より燃焼室106側(図1中の下方向、図4中では上方向)に延びている。
【0050】
図5は、撥水層23の凹凸構造を模式的に示している。凹凸構造には、基材231の表面に、燃料の液滴の大きさより十分に小さい微細な凹凸が形成されている。なお、この微細な凹凸を有する撥水層23の形成方法については、後述する。
【0051】
図5に示されるように、燃料の液滴は、凸部235と、凸部235間に形成された空気層とに接し、凸部235の丁部表面及び空気層の表面によって支持されている。ここで、液滴が接触する表面に関し、凸部235の丁部表面が占める割合をS1とし、空気層表面が占める割合をS2とする。また、凸部235、即ち基材231における金属材料の真の接触角をθ1とし、空気層の真の接触角をθ2とする。
【0052】
このとき、液滴に対する撥水層23の接触角θは、以下の式で表される。
【0053】
cosθ=S1×cosθ1+S2×cosθ2
空気層の場合はθ2=180°であるので、凸部235の丁部表面割合S1を小さく設定することにより、撥水層23の接触角θを大きくし得るのである。
【0054】
凸部235は、その丁部表面に、プラズマイオン92と基材231の金属の原子93で形成される合金94が形成されている。この合金94の大きさにより、微細な丁部表面の大きさが決定されている。なお、本実施形態では、プラズマイオン92を、Gaイオンとし、基材231、撥水層23の原子93を、Mgとした。
【0055】
このような凸部235を有する凹凸構造では、基材231の金属材料の真の接触角が90°以下のものであっても、撥水層23の接触角θを90°より大きくし得るので、基材231の金属材料が撥水性、親水性のいずれであるかにかかわらず、撥水層23の接触角θを大きくし、撥水層23に優れた撥水性を付与することができる。
【0056】
こうした撥水層23は、凸部235を含む微細な凹凸により撥水性が付与されるものであるので、基材231の金属、及びその合金94で構成されている。言い換えると、撥水層23は、従来技術のFAS被膜のような有機物ではなく、基材231の金属を含む無機物で構成されるので、FAS被膜などの有機物で構成される撥水層に比べて、耐熱性の向上が図れる。
【0057】
以上、燃料噴射弁10の特徴的構成について説明した。以下、撥水層23を有する噴孔プレート20の形成方法を、図2〜図3に基づいて説明する。
【0058】
(撥水層23を有する噴孔プレート20の形成方法)
噴孔プレート20の形成工程は、本体部形成工程、基材蒸着工程、及びプラズマエッチング工程を備えている。
(本体部形成工程)
本体部形成工程は、本体部22を、ステンレス鋼(SUS)製で形成する。本体部22には、プレス加工などにより噴孔21を形成する。噴孔21の噴孔内壁面21cに撥水層23を形成する場合には、エンジンの要求性能から決まる噴孔21の最適な内径に対し、撥水層23の厚さを考慮し、最適内径より大きく形成する。
【0059】
以下の説明では、説明の簡略化のため、撥水層23を噴孔プレート20の外壁面27に形成する場合で説明する。
(基材蒸着工程)
噴孔プレート20の本体部22の表面に、マグネシウム(Mg)からなる基材231を被着する。基材231の本体部22への被着はメッキ処理またはスパッタなどの蒸着処理を用い、撥水層23のもととなる基材231を外壁面27に被膜する。なお、このような噴孔プレート20は、その外壁面27に基材231を被覆する構成でもあり、請求範囲に記載の被覆部材に相当する。
(プラズマエッチング工程)
プラズマエッチング工程では、図2に示す加工装置91により、プラズマイオン92を、噴孔プレート20の基材231の金属表面232に照射する。加工装置91により照射されるプラズマイオン92は、ガリウム(Ga)イオンを照射する。加工装置91は、噴孔プレート20及び図示しない支持台を収容し、真空にする真空装置を有し、アルゴン(Ar)または窒素(N)などのガス雰囲気下で、プラズマを発生させ、プラズマイオン92に運動エネルギーを付与する。
【0060】
加工装置91がプラズマイオン92に付与する運動エネルギーは、プラズマイオン92を基材231に付着させる皮膜形成のためのエネルギーより大きく、プラズマイオン92を基材231にイオン注入するエネルギーより小さい運動エネルギーに調整されている。
【0061】
加工装置91から基材231へ照射されるプラズマイオン92は、図3(a)〜図3(c)の撥水層23の形成過程に示されるように、基材231をエッチングする運動エネルギーを有している。
【0062】
図3(a)のエッチング初期過程に示すように、加工装置91から照射されるプラズマイオン92は、基材231の金属表面232に高速で接近し、金属表面232の原子93に衝突し、その原子93を弾き飛ばす。プラズマイオン92は原子93を弾き飛ばすと共に、自らも弾かれて金属表面232から遠ざかる。原子93が弾き飛ばされた部位は、金属表面232がエッチングされる。
【0063】
ここで、図3(a)及び図3(b)の二点鎖線枠内に示すように、プラズマイオン92により弾き飛ばされた原子93の一部に、新たに照射され、金属表面232に高速で接近するプラズマイオン92が衝突する場合がある。このとき、基材231の結晶内の原子93にプラズマイオン92が衝突する場合と異なり、衝突によりエネルギーが高められた原子93とプラズマイオン92の衝突により合金94の粒子が形成される。
【0064】
衝突により形成された合金94の粒子の運動エネルギーは、プラズマイオン92の運動エネルギーより小さくなる。合金94粒子の運動エネルギーは、原子93を弾き飛ばすエネルギーはなく、基材231の金属表面232に到達しても、金属表面232に合金94の粒子が付着して固定される。
【0065】
基材231の金属表面232に被着した合金94は、基材231の結晶内の原子93に比べてプラズマイオン92によりエッチングされににくくなる。言い換えると、図3(b)及び図3(c)に示されるように、金属表面232のうち、合金94形成がなされていない表面部分が、プラズマイオン92の金属表面232への衝突により、エッチングが促進される。合金94形成がなされていない表面部分は、合金94形成がなされた表面部分より深くエッチングされ、凹部233が形成されることになる。
【0066】
図3(b)及び図3(c)の間、凹部233において、プラズマイオン92により弾き飛ばされた原子93の一部は、凸部235の側壁面に再付着する場合がある。弾き飛ばされた原子93が凸部235の側壁面に再付着する確率は、凹部233の底部側ほど高くなる。
【0067】
そのように合金94形成がなされた表面部分がエッチングされないことにより、微細な凹凸の凸部235を確実に形成することができる。これにより特徴構成で説明したように、微細な凹凸のうちの凸部235間には空気層が形成されるので、基材231の表面に微細な凹凸を形成することで、優れた撥水性を有する撥水層23を形成し得るのである。
【0068】
ここで、発明者らは本実施形態による撥水層23の接触角θを測定した。図6(a)はMgの金属材料製の基材231に凹凸構造を形成した場合(図中の左の棒グラフ)と、凹凸構造を形成しない場合(図中の右の棒グラフ)を示している。Mgの真の接触角θ1が約80°程度であっても、本実施形態による凸部235を有する凹凸構造を備えた撥水層23の接触角θは、90°をはるかに超え、約100°に到達することができる。
【0069】
微細な凹凸のうちの凸部235は、円錐状を呈する柱状突起に形成されているので、デポジットまたは残留燃料が凹凸構造に付着する場合、凸部235間の空気層と凸部235とへの付着割合に関し、空気層に対し凸部235の付着割合を効果的に小さくすることができる。したがって、そのような撥水層23は、撥水性を高めることができ、ひいてはデポジット付着抑制の効果を高めることができる。
【0070】
なお、基材231の金属材料がマグネシウム(Mg)の場合には、上記プラズマエッチング工程が終了した後に、噴孔プレート20の基材231を、酸化雰囲気中で加熱酸化する加熱酸化工程を備えていることが好ましい。これにより、噴孔プレート20における撥水層23は、耐酸化性及び耐熱性に係わる耐久性向上が図れるとともに、噴孔へのデポジット付着抑制を保証し得るのである。
【0071】
以上説明した本実施形では、噴孔プレート20の本体部22に対し、本体部22以外の一部を金属の基材231で形成する構成としている。それ故に、噴孔プレート20のうち、撥水層23が必要な部位のみを、金属の基材231で構成することができる。したがって、金属の基材231からなる撥水層23を備える噴孔プレート20は、当該金属基材231の金属の材料使用量を抑えることができる。
【0072】
また、噴孔プレート20の本体部22は、ステンレス鋼で形成されている。これに限らず、噴孔プレート20の本体部22は、ステンレス鋼などの鉄を含む鉄系基材で形成するもので構成することができる。
【0073】
また、以上説明した本実施形では、燃料を噴射する噴孔21を有する燃料噴射弁10であって、少なくとも噴孔21の噴孔内壁面21c、及び噴孔21の開口部周辺に、撥水層23を備える燃料噴射弁10であることが好ましい。そのような燃料噴射弁10においては、噴孔21の噴孔内壁面21c、及び噴孔21の出口部21aなどの開口部周辺は、デポジットの付着抑制機能を長期にわたって維持し得るのである。
【0074】
(他の実施形態)
以上、本発明の一実施形態について説明したが、本発明は本実施形態に限定して解釈されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲内において種々の実施形態に適用することができる。
【0075】
(1)以上説明した本実施形態では、プラズマイオン92を、Gaイオンとし、基材231、撥水層23の原子93を、Mgとした。プラズマイオン92としては、Gaイオンに限らず、基材231を構成する金属の原子と合金を形成するプラズマイオンであれば、いずれであってもよい。
【0076】
(2)上記原子93を、Mgに代えて、クロム(Cr)としてもよい。この場合、Crの真の接触角θ1は約92°程度である。これに対し、凸部235を有する凹凸構造を備えた撥水層23の接触角θは、約105°に到達し、撥水層23の撥水性を効果的に高めることができる。
【0077】
(3)上記基材231の金属材料がクロム(Cr)の場合には、プラズマエッチング工程が終了した後に、加熱酸化工程を備える必要がないので、噴孔プレート20の撥水層23を形成する工程の簡素化が図れる。
【0078】
(4)また、上記基材231の金属材料を、金(Au)とする構成であってもよい。この場合、Auの真の接触角θ1が約80°程度であるものの、凸部235を有する凹凸構造を備えた撥水層23の接触角θを、約100°に高めることができる。
【0079】
(5)以上説明した本実施形態において、基材231の金属材料がMgの場合には、プラズマエッチング工程が終了した後に、加熱酸化工程を備えるようにした。基材231の金属材料としては、Mgに限らず、アルミニウム(Al)、銀(Ag)、亜鉛(Zn)、ニッケル(Ni)、及び銅(Cu)からなる金属材料群から選ばれた少なくとも一種の金属材料であればよい。これによると、プラズマイオンとの衝突により合金が形成される金属としては、Al、Ag、Zn、Ni、Cu、及びMgからなる金属材料群のうちの少なくとも一種の金属材料を用いることができる。
【0080】
また、上記Al、Ag、Zn、Ni、Cu、及びMgは、耐酸化性が比較的低い金属である。そのため、プラズマエッチング工程が終了した後に、加熱酸化工程を備える構成とすることにより、耐酸化性及び耐熱性に係わる耐久性の向上と、噴孔21へのデポジット付着抑制を保証することとを両立させることができる。
【0081】
(6)以上説明した本実施形態において、基材231の金属材料を、Au、またはCrとした。ここで、Auに限らず、白金(Pt)、イリジウム(Ir)、パラジウム(Pd)、及びロジウム(Rh)、などの貴金属からなる金属材料群のうちの少なくとも一種の金属材料を用いることができる。
【0082】
また、Crに限らず、チタン(Ti)などの耐酸化性が比較的優れる金属からなる金属材料群のうちの少なくとも一種の金属材料を用いることができる。
【0083】
また、タングステン(W)、モリブデン(Mo)、タンタル(Ta)、ニオブ(Nb)、及びレニウム(Re)などの融点が比較的高い金属からなる金属材料群のうちの少なくとも一種の金属材料を用いることができる。
【符号の説明】
【0084】
10 燃料噴射弁
12 弁ボディ
13 円錐面
14 弁座
20 噴孔プレート(噴孔形成部、被覆部材)
20j 中心軸
21 噴孔
21a 出口部(開口部)
21b 入口部
21c 噴孔内壁面
21j 中心軸
22 本体部
23 撥水層
231 基材(金属基材)
232 金属表面(表面)
233 凹部
235 凸部
26 内壁面
27 外壁面
30 弁部材
91 加工装置
92 プラズマイオン
93 原子
94 合金

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属基材の表面に形成する撥水層の形成方法において、
前記金属素地にプラズマイオンを照射することにより前記金属素地の表面に凹凸を形成する方法であって、
前記金属素地の金属とプラズマイオンにより合金を形成し、
前記金属素地のうち、前記合金によりエッチングされない部位と、前記合金化されていない金属素地部分がエッチングされる部位とで、凹凸を形成し、
前記凹凸を形成することで撥水層を形成することを特徴とする撥水層の形成方法。
【請求項2】
前記凹凸のうちの凸部は、円錐状を呈する柱状突起であることを特徴とする請求項1に記載の撥水層の形成方法。
【請求項3】
前記金属は、Al、Ag、Zn、Ni、Cu、及びMgからなる金属材料群から選ばれた少なくとも一種の金属材料であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の撥水層の形成方法。
【請求項4】
請求項3に記載の撥水層の形成方法は、前記凹凸を形成した後に、酸化雰囲気中で前記金属基材を加熱酸化することを特徴とする撥水層の形成方法。
【請求項5】
前記金属は、Pt、Ir、Au、Pd、及びRhからなる金属材料群、W、Mo、Ta、Nb、Reからなる金属材料群、およびCr、及びTiからなる金属材料群から選ばれた少なくとも一種の金属材料であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の撥水層の形成方法。
【請求項6】
前記金属基材を有する被覆部材であって、前記被覆部材の被覆すべき表面に前記金属基材を被覆する被覆部材に用いることを特徴とする請求項1から請求項5のいずれか一項に記載の撥水層の形成方法。
【請求項7】
前記被覆部材の内部本体は、鉄を含む鉄系基材であることを特徴とする請求項6に記載の撥水層の形成方法。
【請求項8】
燃料を噴射する噴孔を有する燃料噴射弁であって、
少なくとも前記噴孔の噴孔内壁面、及び前記噴孔の開口部周辺に、請求項1から請求項7のいずれか一項に記載の撥水層を備えることを特徴とする燃料噴射弁。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−202955(P2010−202955A)
【公開日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−52453(P2009−52453)
【出願日】平成21年3月5日(2009.3.5)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【Fターム(参考)】