説明

植物のフラボノイド及びフェノール系成分の含有量を増加させる方法

【課題】植物のフラボノイドの含有量を増加させる処理方法及び該処理を施すことにより得られる植物あるいはその抽出物を含む治療用組成物,健康食品,化粧品の提供。
【解決手段】(I)の化合物による植物の処理。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、成長調節性アシルシクロヘキサンジオンで植物を処理することにより、植物のフラボノイド含有量を増加させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
種々のフェノール系物質(フェニルプロパノイド)が植物中で発見されている。例えば、カフェー酸、フェルラ酸、クロロゲン酸、没食子酸、オイゲノール、リグナン、クマリン、リグニン、スチルベン(ポリダチン(polydatin)、レスベラトロール(resveratrol))、フラボノイド(フラボン、カテキン、フラバノン、アントシアニジン、イソフラボン)、ポリメトキシル化フラボンなどである。従って、フェノール類は、多くの植物由来の食料及び刺激剤における一般的な成分でもある。特定のフェノール系物質が、特に重要である。なぜなら、食物と一緒に摂取された後、それらはヒト又は動物の代謝において抗酸化効果を発揮しうるからである(Baum, B. O.; Perun, A. L. 「構造と抗酸化能」 Soc. Plast. Engrs Trans 2: 250-257, (1962); Gardner, P. T.; McPhail, D. B.; Duthie, G. G. 「水性溶媒及び有機性溶媒中の浸出液の潜在的抗酸化剤の電子スピン共鳴分光分析」 J. Sci. Food Agric. 76: 257-262, (1997); Rice-Evans, C. A.; Miller, N. J.; Pananga, G. 「フラボノイドとフェノール酸の構造と抗酸化剤活性における関連性」Free Radic. Biol. Med. 20: 933-956, (1996); Salah, N.; Miller, N. J.; Paganga, G.; Tijburg, L.; Bolwell, G. P.; Rice-Evans, C. 「水相ラジカルのスカベンジャー及び鎖分解抗酸化剤としてのポリフェノールフラボノイド」Arch Biochem Biophys 322: 339-346, (1995); Stryer, L. Biochemistry S. Francisco: Freeman, (1975); Vieira, O.; Escargueil-Blanc, I,; Meilhac, O.; Basile, J. P.; Laranjinha, J.; Almeida, L.; Salvayre, R.; Negre-Salvayre, A. 「酸化型LDLにより誘導されるヒト培養内皮細胞のアポトーシスに対する食用フェノール化合物の効果」 Br J Pharmacol 123: 565-573, (1998))。さらに、ポリフェノールは細胞代謝に対し多様な効果を有する。とりわけ、プロテインキナーゼC、チロシンプロテインキナーゼ及びホスファチジルイノシトール3−キナーゼなどのシグナル伝達酵素をモジュレートし(Agullo, G.; Gamet-payrastre, L.; Manenti, S.; Viala, C.; Remesy, C.; Chap, H.; Payrastre, B. 「フラボノイド構造とホスファチジルイノシトール3−キナーゼ阻害との関係:チロシンキナーゼ及びプロテインキナーゼCの阻害との比較」 Biochem Pharmacol 53: 1649-1657, (1997); Ferriola, P. C.; Cody, V.; Middleton, E. 「植物フラボノイドによるプロテインキナーゼC阻害。反応速度機構と構造活性との関係」 Biochem Pharmacol 38: 1617-1624, (1989); Cushman, M.; Nagarathman, D.; Burg, D. L.; Geahlen, R. L. 「フラボノイド類似体の合成及びプロテイン-チロシンキナーゼ阻害活性」J Meed Chem 34: 798-806, (1991); Hagiwara, M.; Inoue, S.; Tanaka, T.; Nunoki, K.; Ito, M.; Hidaka, H. 「チロシンプロテインキナーゼ及びセリン/トレオニンプロテインキナーゼの阻害剤としてのフラボノイドの示差的効果」Biochem Pharmacol 37: 2987-2992, (1988))、これは、誘導性 NO−シンターゼをダウンレギュレートし(Kobuchi, H.; Droy-Lefaix, M. T.; Christen, Y.; Packer, L. Ginkgo biloba extract (EGb761): 「マクロファージ細胞系RAW 264.7における窒素酸化物産生に対する阻害効果」 Biochem Pharmacol 53: 897-903, (1997))、及び、例えば、インターロイキン及び接着分子(ICAM-1、VCAM-1)の遺伝子発現を調節する(Kobuchi, H.; Droy-Lefaix, M. T.; Christen, Y.; Packer, L. Ginkgo biloba extract (EGb761): 「マクロファージ細胞系RAW 264.7における窒素酸化物産生に対する阻害効果」Biochem Pharmacol 53: 897-903, (1997); Wolle, J.; Hill, R. R.; Ferguson, E.; Devall, L. J.; Trivedi, B. K.; Newton, R. S.; Saxena, U. 「新規フラボノイドによる腫瘍壊死因子誘導性血管細胞付着分子-1遺伝子発現の選択的阻害。転写因子NF-κBに対する効果の欠如」Atherioscler Thromb Vasc Biol 16: 1501-1508, (1996))。これらの効果が心血管疾患、糖尿病、様々な種類の腫瘍及びその他の慢性疾患を予防するための望ましい効果を有することが証明されている(Bertuglia, S.; Malandrino, S.; Colantuoni, A. 「糖尿病患者の最小血管症に対する天然フラボノイド、デルフィニジンの効果」 Arznei-Forsch/Drug Res 45: 481-485, (1995); Griffiths, K.; Adlercreutz, H.; Boyle, P.; Denis, L.; Nicholson, R. I.; Morton, M. S. Nutrition and Cancer Oxford: Isis Medical Media, (1996); Hertog, M. G. L.; Fesrens, E. J. M.; Hollman, P. C. K.; Katan, M. B.; Kromhout, D. 「食用抗酸化剤フラボノイドと冠状動脈性心疾患のリスク: the Zutphen elderly study.」The Lancet 342: 1007-1011, (1993); Kapiotis, S.; Hermann, M.; Held, I.; Seelos, C.; Ehringer, H.; Gmeiner, B. M. Genistein, 「食品由来の脈管形成阻害剤は、LDL酸化を防ぎ、アテローム形成LDLによるダメージから内皮細胞を保護する」Arterioscler Thromb Vasc Biol 17: 2868-74, (1997); Stampfer, M. J.; Hennekens, C. H.; Manson, J. E.; Colditz, G. A.; Rosner, B.; Willet, W. C. 「女性におけるビタミンE消費と冠状動脈疾患のリスク」New Engl J Med 328: 1444-1449, (1993); Tijburg, L. B. M.; Mattern, T.; Folts, J. D.; Weisgerber, U. M.; Katan, M. B. 「茶フラボノイド及び心血管疾患:概説」 Crit Rev Food Sci Nutr 37: 771-785, (1997); Kirk, E. A.; Sutherland, P.; Wang, S. A.; Chait, A.; LeBoeuf, R. C. 「食用イソフラボンはC57BL/6マウスにおける血漿コレステロール及びアテローム性動脈硬化を低減するが、LDL受容体欠損マウスのものは低減しない」 J Nutr 128: 954-9, (1998))。従って、その作用がフェノール物質含有物に基づくものである一連の治療用組成物、健康増進組成物又は強壮剤は、好適な植物から既に得られている(Gerritsen, M. E.; Carley, W. W.; Ranges, G. E.; Shen, C. P.; Phan, S. A.; Ligon, G. F.; Perry, C. A.「フラボノイドはサイトカイン誘導性内皮細胞接着タンパク質遺伝子の発現を阻害する」Am J Pathol 147: 278-292, (1995); Lin, J. K.; Chen, Y. C.; Huang, Y. T.; Lin-Shiau, S. Y.「アピゲニン及びクルクミンによる癌の化学防御の分子機構として、プロテインキナーゼC及び核内癌遺伝子発現の抑制が考えられる」 J Cell Biochem Suppl 28-29: 39-48, 1997; Zi, X.; Mukhtar, H.; Agarval, R. 「フラボノイド抗酸化剤シリマリン(silymarin)の新規な癌に対する化学防御効果:内因性腫瘍プロモーターTNFαによるmRNA発現の阻害」Biochem Biophys Res Comm 239: 334-339, 1997)。特定の植物由来の食料及びこれらから調製される刺激剤は、様々な疾患に対して望ましい効果を有することもまた知られている。白ワイン中、また特定の赤ワイン中に(その他の成分に加えて)見出されるレスベラトロール(resveratrol)は、例えば、心血管疾患及び癌に対して有効である(Gehm, B. D.; McAndrews, J. M.; Chien, P.-Y.; Jameson, J. L.「ブドウ及びワインに見出されるポリフェノール化合物であるレスベラトロールはエストロゲン受容体に対するアゴニストである」Proc Natl Acad Sci USA 94: 14138-14143, (1997); Jang, M.; Cai, L.; Udeani, G. O.; Slowing, K. V.; Thomas, C. F.; Beecher, C. W. W.; Fong, H. H. S. Farnsworth, N. R.; Kinghorn, A. D.; Mehtha, R. G.; Moon, R. C., Pezzuto, J. M. 「ブドウに由来する天然産物であるレスベラトロールの癌化学防御活性」 Science 275: 218-220, (1997))。同様の効果が、カテキン、エピカテキン-3-ガレート、エピガロカテキン(epigallocathechin)及びエピガロカテキン-3-ガレートなどの物質において見られる。これらは、茶(Camellia sinensis)の葉に見出される。飲み物、特に未発酵の茶(緑茶)から作られるものが健康のために有益である(Hu, G.; Han, C.; Chen, J. 「マウスにおける緑茶及び(-)-エピガロカテキンガレートによる癌遺伝子発現の阻害」Nutr Cancer 24: 203-209; (1995); Scholz, E; Bertram, B. Camellia sinensis (L.) O. Kuntze. 「茶の低木」 Z. Phytotherapie 17: 235-250, (1995); Yu, R.; Jiao, J. J.; Duh, J. L.; Gudehithlu, K.; Tan, T. H.; Kong, A. N.「緑茶ポリフェノールによる、マイトジェン活性化プロテインキナーゼの活性化:抗酸化剤応答エレメントが媒介する第二相酵素遺伝子発現の調節における潜在的シグナル伝達経路」 Carcinigenesis 18: 451-456, (1997); Jankun, J.; Selman, S. H.; Swiercz, R.「緑茶の飲用によって、なぜ癌を防ぐことができるか」 Nature 387: 561, (1997))。さらに、柑橘類由来のポリメトキシル化フラボンもまた、潜在的な抗腫瘍作用を有する(Chem, J.; Montanari, A. M.; Widmer, W. W. 「コールドプレスしたdancy tangerineの皮の油固形分から単離された2種の新規なポリメトキシル化フラボン、潜在的な抗腫瘍作用を有する化合物のクラス」J Agric Food Chem 45: 364-368, (1997))。
【0003】
アシルシクロヘキサンジオン、例えば、プロヘキサジオン-カルシウム及びトリネキサパック−エチル(かつての名はシメクタカーブ(cimectacarb))は、植物における縦方向の成長を阻害するたの生体調節因子として使用される。その生体調節作用は、縦方向の成長を促進するジベレリンの生合成を妨害することに基づいている。2-オキソグルタル酸との構造的関係により、それらは、補基質として2-オキソグルタル酸を必要とする特定のジオキシゲナーゼを阻害する(Rademacher、W、「植物成長減速剤の生化学的効果: 植物の生化学的調節剤」Gausman, HW (ed.), Marcel Dekker, Inc., New York, pp. 169-200 (1991))。このような化合物がフェノール代謝にも関与し、かくして様々な種類の植物においてアントシアニン産生の阻害を引き起こしうることが知られている。(Rademacher, Wら、「アシルシクロヘキサンジオンの作用モード−新しいタイプの成長減速剤、植物成長調節における進歩」Karssen, CM, van Loon, LC, Vreugdenhil, D (eds.), Kluwer Academic Publishers, Dordrecht (1992))。フェノール系成分のバランスに対するこのような効果は、火傷病に対するプロヘキサジオン-カルシウムの副作用の結果としてもたらされる(Rademacher, Wら、「プロヘキサジオン-Ca −興味深い生化学的特性を有するリンゴ用の新規成長調節剤」ポスター、25th Annual Meeting of the Plant Growth Regulation Society of America, July 7-10, 1998, Chicago)。A. Lux-Endrich(博士論文、Technical University Munich at Weihenstephan, 1998)は、火傷病に対するプロヘキサジオン-カルシウムの作用機構の研究の間に、リンゴ組織培養物中において、プロヘキサジオン-カルシウムがフェノール系物質の含有量を何倍にも増加させたこと、そうでなければ存在しない一連のフェノール類が存在することを発見した。この研究において、プロヘキサジオン-カルシウムへの暴露により、リンゴの若枝組織中にルテオリフラバン(luteoliflavan)及びエリオジクチオールが比較的大量にもたらされることも見出された。ルテオリフラバンは、通常はリンゴ組織には生じず、エリオジクチオールは、フラボノイド代謝における中間体として少量生じるのみである。しかし、予想されたフラボノイドである、カテキン及びシアニジンは、処理した組織中で検出されないか、又はかなり減少した量で見られるに過ぎなかった(S. Rommeltら、論文、8th International Workshop on Fire Blight, Kusadasi,Turkey, October 12-15, 1998)。
【0004】
プロヘキサジオン-カルシウム、トリネキサパック−エチル及びその他のアシルシクロヘキサンジオン類が、フェノール系物質代謝において重要な2-オキソグルタル酸依存性ヒドロキシラーゼを阻害することは証明済みと考えられる。これらのヒドロキシラーゼとは、主に、カルコンシンテターゼ(CHS)及びフラバノン3-ヒドロキシラーゼ(F3H)である(W. Heller及びG. Forkmann, Biosynthesis, in: The Flavonoids, Harborne, JB(ed.), Chapman及びHall, New York, 1988)。しかし、アシルシクロヘキサンジオン類が、その他のまだ知られていない2-オキソグルタル酸依存性ヒドロキシラーゼをも阻害することを無視することはできない。さらに、カテキン、シアニジンまたはその他のフラボノイド合成の最終産物が植物によって保持され、キーとなる酵素であるフェニルアラニンアンモニウムリアーゼ(PAL)の活性がフィードバック機構によって増大することは明らかである。しかし、CHS及びF3Hは、なお阻害されているので、これらのフラボノイド最終産物は生成されず、その結果、ルテオリフラバン、エリオジクチオール及びその他のフェノール類の産生が増大する(図1)。
【発明の開示】
【0005】
植物中のフラボノイド及びフェノール系化合物の含有量を増加させ、その健康増進特性を改善するための、経済的かつ簡易な方法を提供することが本発明の目的である。
【0006】
本発明者らは、驚くべきことに、アシルシクロヘキサンジオン(I):
【化1】

【0007】
の群に由来する成長調節性化合物、
特に、化合物、プロヘキサジオン-カルシウム(II):
【化2】

【0008】
及びトリネキサパック−エチル(III):
【化3】

【0009】
で植物を処理することにより上記目的が達成されることを見出した。
【0010】
本発明は、植物中のフラボノイド及びフェノール系成分の含有量を増加させる方法であって、植物を、式I:
【化4】

【0011】
[式中、
Rは、特に、水素、C1-C6-アルキル、C1-C6-ハロアルキル、C2-C10-アルキルチオアルキル又はフェニル(置換又は非置換)であり、
R'は、水素、C1-C6-アルキル、C3-C6-シクロアルキル、ベンジル(置換又は非置換)、フェニルエチル、フェノキシエチル、2-チエニルメチル、アルコキシメチル又はアルキルチオメチルである]
で表される成長調節性アシルシクロヘキサンジオン及びこれらの化合物の好適な塩で処理する、該方法に関する。
【0012】
アシルシクロヘキサンジオン、例えば、下記のプロヘキサジオン-カルシウム(II)及び/又はトリネキサパック-エチル(III)で処理することにより前記増加が引き起こされる方法が特に好ましい。
【化5】


【0013】
本発明はさらに、本発明の方法により、式Iのアシルシクロヘキサンジオン、特に、プロヘキサジオン-カルシウム又はトリネキサパックエチルで処理された植物若しくはこのような植物の一部、又はこれらを用いて調製した生産物(液汁、浸出液、抽出物、発酵産物及び発酵残留物)を、ヒト及び動物用の治療用組成物、健康増進用組成物若しくは強壮剤、及び化粧品を製造するために使用することに関する。
【0014】
本発明は、さらにまた、本発明の方法により調製された組成物に関し、該方法では、アシルシクロヘキサンジオン、例えば、プロヘキサジオン-カルシウム又はトリネキサパック−エチルで処理することによってそのアントシアニン産生が完全に又は部分的に妨げられ、そのためフラボノイド及びその他のフェノール系成分の含有量が質的及び量的に増加していることによって区別される、赤ブドウの木のブドウの実を収穫して加工する。
【0015】
式(I)のアシルシクロヘキサンジオン、プロヘキサジオン-カルシウム(II)及びトリネキサパック−エチル(III)で植物を処理することにより、フラボノイドであるエリオジクチオール、プロアントシアニジン(炭素原子3が水素で置換されているもの、例えば、ルテオホロール(luteoforol)、ルテオリフラバン(luteoliflavan)、アピゲニフラバン(apigeniflavan)及びトリセチフラバン(tricetiflavan))並びに上記の構造的に関連した物質の同種及び異種のオリゴマー及びポリマーが大量に生成する。
【0016】
化合物、式(I)のアシルシクロヘキサンジオン、プロヘキサジオン-カルシウム(II)及びトリネキサパック−エチル(III)を植物に適用した後で、フェノールヒドロキシケイ皮酸(p-クマル酸、フェルラ酸、シナピン酸)、サリチル酸又はウンベリフェロン(これらによって形成される同種及び異種のオリゴマー及びポリマーを含む)の濃度の上昇を確認することができる。
【0017】
植物を式(I)のアシルシクロヘキサンジオン、プロヘキサジオン-カルシウム(II)及びトリネキサパック−エチル(III)で処理することによって、植物内のフラボノイドのグリコシド、フェノール化合物、カルコン及びスチルベンの濃度も上昇する。
【0018】
また、プロヘキサジオン-カルシウム、トリネキサパック−エチル及び関連する化合物は、今のところ2−オキソグルタレート依存性ジオキシゲナーゼが関与することのみ予想され得るその他の代謝反応に関与する。
【0019】
治療的作用、健康増進作用又は強壮作用が改善された高等植物から調製物を得る場合のさらなる望ましい効果は、プロヘキサジオン-カルシウム及びトリネキサパック−エチル又は関連するアシルシクロヘキサンジオンの成長調節作用により、生物学的材料内に関連成分の濃縮効果が生じることである。
【0020】
式Iのアシルシクロヘキサンジオンの群、特に、プロヘキサジオン-カルシウム及びトリネキサパック−エチルに由来する化合物で植物を処理することによってフラボノイド及びフェノール系成分の含有量を増加させる本発明の方法は、以下の植物にうまく適用できるが、ここで名前を挙げていない植物もうまく処理することができる:ブドウ、サクランボ、プラム、リンボク、ブルーベリー、苺、柑橘類(オレンジ、グレープフルーツなど)、パパイア、赤キャベツ、ブロッコリー、芽キャベツ、ケール、ニンジン、パセリ、セロリ/根用セロリー、タマネギ、ニンニク、茶、コーヒー、カカオ、マテ茶、ホップ、大豆、菜種、エンバク、小麦、ライ麦、Aronia melanocarpa 及びイチョウ。
【0021】
フラボノイド及びフェノール系化合物の含有量を増加させるためにアシルシクロヘキサンジオンの群、特にプロヘキサジオン-カルシウム又はトリネキサパック−エチルに由来する化合物で処理した植物若しくはこれらの植物の一部、又はこれらから調製された生産物(液汁、浸出液、抽出物、発酵産物及び発酵残留物)を、ヒト及び動物用の治療用組成物、健康増進用組成物若しくは強壮剤、及び化粧品を製造するために使用することができる。本発明に従って処理された植物から、組成物を調製することが可能であり、その場合、アシルシクロヘキサンジオン、例えば、プロヘキサジオン-カルシウム又はトリネキサパック−エチルでの処理によって、そのアントシアニン産生が完全に又は部分的に妨げられ、そのため、フラボノイド及びその他のフェノール系成分の含有量が質的及び量的に増加することによって区別される、赤ブドウの木のブドウの実を収穫して加工する。
【0022】
驚くべきことに、式Iのアシルシクロヘキサンジオン、プロヘキサジオン-Ca又はトリネキサパック−エチルでの処理の効果により、植物中、これらの植物の一部、又はこれらから調製された生産物(浸出液、抽出物、発酵産物、液汁など)において、以下の事実が観察されることが見出された。
【0023】
(1) in vitroでの抗酸化能(電子スピン共鳴:ESR)、LDL酸化、総抗酸化能、NO排出)が改善される;
(2) 酵素、特にシグナル伝達酵素(プロテインキナーゼC、チロシンプロテインキナーゼ、ホスファチジルイノシトール3-キナーゼ)に対するモジュレート効果が観察される;
(3) 内皮細胞、リンパ球及び平滑筋細胞における酸化還元感受性転写因子(NF-κB、AP-1)のモジュレーションが誘導される;
(4) 炎症性疾患の病因にかかわる標的遺伝子(サイトカイン IL-1及びIL-8、マクロファージ化学誘引タンパク質1(MCP-1)、接着因子(ICAM-1及びVCAM-1)の遺伝子発現の調節がモジュレートされる;
(5) 抗凝集作用が誘発される;
(6) 肝細胞におけるコレステロール合成が阻害される;
(7) 抗増殖/抗新生物形成作用が観察される。
【実施例】
【0024】
実施例1
プロヘキサジオン-カルシウム処理後のリンゴ幼葉におけるエリオジクチオール及びルテオリフラバン含有量の増加
リンゴの木cv. ”Weirouge”を調節した環境条件で成長させ、250ppmのプロヘキサジオン-カルシウム(湿潤顆粒であるBAS 125 10 Wとして配合される、含有量10%)でランオフポイントまで処理した。処理後の様々な時点で、最も若い完全に成長した葉を個々の若枝のそれぞれから収穫した。乳棒と乳鉢ですりつぶした凍結乾燥葉をメタノールで抽出した。濃縮した抽出物中のフラボノイド及び関連する化合物をHPLCで分析した。分離は、250 x 4 mmカラム上のHypersil ODS (粒径3 μm)で実施した。溶出は流速0.5ml/分で実施し、ギ酸(5%水溶液)とメタノールの混合物を、混合比を95:5〜10:90(v/v)で段階的に増加させて使用した。フェノール酸及びフラボノイドを280nmで検出した。フラバン-3-オールはp−ジメチルアミノシンナムアルデヒドによるポストカラム誘導体化により640nmで測定した。方法論の詳細については、Treutterら、(1994) , Journal of Chromatography A 667, 290-297を参照されたい。
【0025】
結果を以下の表に示す。
【0026】
プロヘキサジオン-カルシウムで処理した葉は12日及び21日後にエリオジクチオール濃度の顕著な増大を示す

【0027】
実施例2
処理した及び処理していないDornfelderブドウからのサンプル物質の調製
ブドウの木cv. "Dornfelder"を、異なる時点で配合物BAS 125 lOW(プロヘキサジオン-カルシウムを含む)で2回処理した。1000 lのスプレー混合物中の1000gのプロヘキサジオン-カルシウムを、1回の処理あたり、1ヘクタールに散布した。
【0028】
第1回目の散布は、実がその色を表す前の成長ステージ73で実施し、第2回目の散布をその10日後に実施した。
【0029】
収穫したとき、処理していない及び処理したブドウの木は同様の成熟度を示した。処理していない対照:69°Oechsle 、酸:7.3 g/l;処理した対照:67°Oechsle 、酸:7.4 g/l。
【0030】
色素形成は、処理したブドウの方が少なかった。味については、違いは見られなかった。
【0031】
このブドウから、慣例の方法で赤ワインを調製した。すなわち、発酵前の果汁液は、色素抽出を改善するために長期間そのまま放置した。
【0032】
曇りのないワインを凍結乾燥させた後、100mlの処理していないワインから約2.5gのシロップ状の残留物が得られ、プロヘキサジオン-カルシウムで処理したブドウの木からのワインから約2.1gのシロップ状の残留物が得られた。
【0033】
実施例3
プロヘキサジオン-カルシウムで処理したDornfelderワインによる、一次ラット肝細胞培養物中におけるコレステロール生合成の阻害
ストック溶液の調製
処理していない及び処理したDornfelderワインの凍結乾燥物10〜20mgを正確に計量し、総フラボノイド10mMのストック溶液が得られるような量のDMSOにより処理した。これらのストック溶液を使用して、試験を開始する直前に、培養培地中の希釈液を調製した。希釈は、10-4〜10-8Mの間の10倍希釈系列で行った。
【0034】
肝細胞培養物の調製
一次肝細胞は、Sprague-Dawleyラット(240〜290 g)の肝臓から、コラゲナーゼかん流によって取得した(Gebhardtら、Arzneimittel-Forschung/Drug Res. 41: 800-804 (1991) 1990)。これをコラーゲンでコートしたペトリ皿(6ウェルプレート Greiner, Nurtingen)中、125,000細胞/cm2の細胞密度で、10%ウシ血清を補充したWilliams培地Eにて培養した。より詳細な情報は、特に培養培地について、Gebhardtら、Cell Biol. Toxicol. 6: 369-372 (1990)及びMewesら、Cancer Res. 53: 5135-5142 (1993)に記載されている。2時間後、培養物を0.1μMインシュリンを補充した無血清培地に移した。さらに、20時間経過後、これを実験に使用した。試験物質はそれぞれ、2〜3匹のラットの3つの個別の培養物で試験した。
【0035】
試験物質と肝細胞培養物とのインキュベーション
コレステロール生合成が試験物質によって影響されることを示すために、肝細胞培養物を全部で22時間維持した。続いて、これらを示した濃度の試験物質とともに、14C-アセテート(トレーサーとしての量のみ)を補充した無血清Williams培地E中で2時間インキュベートした。各試験系列は、対照を含んでいた。方法論については、Gebhardt (1991)及びGebhardt. Lipids 28: 613-619 (1993)に詳細に記載されている。トレーサー量の14C-アセテートは、細胞内アセチル-CoAプールと即座に交換され、かくして、ステロール画分(>90%がコレステロールからなる)への14C-アセテートの組み込みを、干渉なしに検出することができる(Gebhardt, 1993)。
【0036】
コレステロール生合成に対する効果の分析
ステロール画分(加水分解されない脂質)への14C-アセテートの組み込みは、Gebhardtの方法(1991)を用いて測定した。Extrelut(登録商標)カラム (Merck, Darmstadt)によって抽出を実施すると、95%を越える14C-アセテート(及び、そこから少量生成するその他の低分子量代謝産物)が除去される。この試験から、試験物質の影響下におけるコレステロール及び前駆体ステロールの相対的合成速度に関する比較情報が提供される(Gebhardt, 1993)。
【0037】
肝細胞培養物の視覚的及び微生物的な品質チェック
試験インキュベーションの前及び後、使用した全ての培養物を、微生物による汚染及び細胞単層の保全性について、顕微鏡で視覚的にチェックした。観察される細胞の形態において、注目に値する変化を有するサンプルはなかった(特に高濃度で)。この結果は、試験結果が試験物質の細胞傷害作用によって影響を受けるという可能性を排除する。
【0038】
無菌性試験(すべての培養物に対し慣用の手法で実施した)は、微生物による汚染を示さなかった。
【0039】
結果
処理していないDornfelder ワインはコレステロール生合成に対しいかなる効果も示さなかった。対照的に、プロヘキサジオン-カルシウムで処理したブドウの木を起源とするワインサンプルによって、コレステロール合成が有意に阻害された。10-5 Mの濃度で、阻害効果は約60%であり、10-4 Mではほぼ100%であった。
【0040】
実施例4
プロヘキサジオン-Caで処理したワイン抽出物(P-Ca)の、腫瘍細胞破壊に対する効果
コンフルエントなラット白血病細胞(RAW 264.7)及びラット腹膜からの正常なマクロファージを、ウシ胎児血清を補充したDMEM培地中で培養した。処理していない及びプロヘキサジオン-Caで処理したワインの抽出物を培養培地に、最大200μg/mlの量で添加した。平行実験で、10、25及び50μg/mlのワイン抽出物を、100μM H2O2とともにインキュベートした。
【0041】
プロヘキサジオン-Caで処理したワイン抽出物(それ自体、最大200μg/mlの量)は、試験した細胞培養物に細胞傷害作用を有しなかった。しかし、H2O2を添加した後、プロヘキサジオン-Caで処理した抽出物は、腫瘍細胞(RAW 264.7)において、投与量依存的に細胞死を増大させた。この結果は、図2において、培養培地中の細胞質ゾル酵素である乳酸デヒドロゲナーゼ(LDH)の増加によって示されている。トランスフォームしていない正常なマクロファージにおいては、H2O2による細胞傷害作用の増大は見られなかった。腫瘍細胞系では、細胞質内に腫瘍抑制遺伝子p53由来のタンパク質の蓄積が見られた(図3参照)。
【0042】
プロヘキサジオンで処理したワイン抽出物は、白血病細胞のH2O2誘導性細胞傷害性を増大させるが、正常なマクロファージには作用しない。この腫瘍細胞特異的効果は、酸化ストレスの増加を介して作用する細胞増殖抑止剤(例えば、アントラサイクリン)の場合においても観察される。プロヘキサジオン-Caで処理したワイン抽出物の機構はp53-依存的である。
【0043】
実施例5
内皮細胞におけるNF-κB活性化に対するプロヘキサジオン-Caで処理したワイン抽出物の効果
マクロファージ(RAW 264.7)と内皮細胞(ECV 304) の共培養物を用いて、実験を行った。内皮細胞の培養培地を、ヒトLDL(低密度リポタンパク質)及び休止マクロファージ又はインターフェロン-γ(IFN-γ)活性化(10 U/ml)マクロファージと混合した。16時間インキュベートした後、核タンパク質画分を分離除去し、酸化還元感受性転写因子NF-κBのDNA結合(活性化)を、電気泳動移動度シフトアッセイで測定した。
【0044】
休止内皮細胞における基底含有量は、典型的には少ない(図4参照)。LDLを添加することによりNF-κBが活性化されるが、休止マクロファージよりも活性化マクロファージにおける方がこの活性化の程度は高い。これは、アテローム形成の間におけるLDLの生理的酸化に対応する。すべての場合において、プロヘキサジオン-Caで処理したワイン抽出物とのインキュベーションは、NF-κB活性化の増大をもたらした。
【0045】
使用した細胞培養物モデルは、アテローム性動脈硬化症の初期段階における病態生理学的状態/炎症状態を説明するのに非常に好適である。NF-κB活性化は、プロヘキサジオン-Caで処理したワイン抽出物によって増強される。これは、生物反応調節剤の作用に等しい。すなわち、病態生理学的シグナルに対する細胞応答が、望ましい方向に増強される。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】プロヘキサジオン-Caによる妨害がルテオリフラバン、エリオジクチオール及びその他のフェノール類の産生を増大させることを示した図である。
【図2】H2O2を添加した後、プロヘキサジオン-Caで処理した抽出物が腫瘍細胞(RAW 264.7)において投与量依存的に細胞死を増大させることを示した図である。
【図3】プロヘキサジオンで処理したワイン抽出物は、正常なマクロファージにおいては、H2O2による細胞傷害作用を増大させないが、白血病細胞系では、細胞質内に腫瘍抑制遺伝子p53由来のタンパク質の蓄積が見られ、H2O2誘導性細胞傷害性を増大させることを示した図である。
【図4】プロヘキサジオン-Caで処理したワイン抽出物とのインキュベーションがNF-κB活性化の増大をもたらすことを示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
式I:
【化1】

[式中、Rは、水素、C1-C6-アルキルであり、R'は、C1-C6-アルキル又はC3-C6-シクロアルキルである]
で表されるアシルシクロヘキサンジオン、又は式Iのアシルシクロヘキサンジオンの好適な塩で処理されたブドウ、サクランボ、プラム、リンボク、ブルーベリー、苺、柑橘類、パパイア、赤キャベツ、ブロッコリー、芽キャベツ、ケール、ニンジン、パセリ、セロリ/根用セロリー、タマネギ、ニンニク、茶、コーヒー、カカオ、マテ茶、ホップ、大豆、菜種、エンバク、小麦、ライ麦、アロニア・メラノカルパ(Aronia melanocarpa)若しくはイチョウからなる群より選択される植物、該植物の一部、又は該植物から調製される液汁、茶、抽出物、発酵産物及び発酵残留物のような生産物の、ヒト及び動物用の治療用組成物、健康増進用組成物若しくは強壮剤、及び化粧品を製造するための使用。
【請求項2】
前記植物が式II及び/又は式III:
【化2】


で表されるアシルシクロヘキサンジオンにより処理されたものである、請求項1に記載の使用。
【請求項3】
前記植物内の3-位に非置換炭素原子を有するフラボノイドと、これらのフラボノイドのオリゴマー及びポリマーの含有量が増加している、請求項1又は2に記載の使用。
【請求項4】
式I:
【化3】

[式中、Rは、水素、C1-C6-アルキルであり、R'は、C1-C6-アルキル又はC3-C6-シクロアルキルである]
で表されるアシルシクロヘキサンジオン、又は式Iのアシルシクロヘキサンジオンの好適な塩で処理されたブドウ植物である赤色ブドウ変種のブドウの実から得られる、フラボノイド及びその他のフェノール系成分の含有量を増加させかつ質的に改変させた抽出物、液汁、ワイン又はプレスケーキ。
【請求項5】
ブドウの実が式II及び/又は式III:
【化4】


で表されるアシルシクロヘキサンジオンにより処理されたものである、請求項4に記載の抽出物、液汁、ワイン又はプレスケーキ。
【請求項6】
ブドウの実に含まれる3-位に非置換炭素原子を有するフラボノイドと、これらのフラボノイドのオリゴマー及びポリマーの含有量が増加している、請求項4又は5に記載の抽出物、液汁、ワイン又はプレスケーキ。
【請求項7】
フラボノイド及びフェノール系成分の含有量を増加させかつ質的に改変させた植物から液汁、茶、抽出物、発酵産物及び発酵残留物のような生産物を製造する方法であって、
(1) ブドウ、サクランボ、プラム、リンボク、ブルーベリー、苺、柑橘類、パパイア、赤キャベツ、ブロッコリー、芽キャベツ、ケール、ニンジン、パセリ、セロリ/根用セロリー、タマネギ、ニンニク、茶、コーヒー、カカオ、マテ茶、ホップ、大豆、菜種、エンバク、小麦、ライ麦、アロニア・メラノカルパ(Aronia melanocarpa)又はイチョウからなる群より選択される植物を式I:
【化5】

[式中、Rは、水素、C1-C6-アルキルであり、R'は、C1-C6-アルキル又はC3-C6-シクロアルキルである]
で表されるアシルシクロヘキサンジオン、又は式Iのアシルシクロヘキサンジオンの好適な塩で処理し、
(2) 該植物又は該植物の一部を収穫して加工することにより、3-位に非置換炭素原子を有するフラボノイドと、これらのフラボノイドのオリゴマー及びポリマーの含有量が増加した植物生産物を得る、
ことを含んでなる上記方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−52217(P2006−52217A)
【公開日】平成18年2月23日(2006.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−217715(P2005−217715)
【出願日】平成17年7月27日(2005.7.27)
【分割の表示】特願2001−504224(P2001−504224)の分割
【原出願日】平成12年6月7日(2000.6.7)
【出願人】(595123069)ビーエーエスエフ アクチェンゲゼルシャフト (847)
【氏名又は名称原語表記】BASF Aktiengesellschaft
【住所又は居所原語表記】D−67056 Ludwigshafen, Germany
【Fターム(参考)】