説明

浚渫機用転がり軸受

【課題】水分が混入した場合でも、白色組織剥離及び腐食の発生を抑制し、良好な潤滑を長時間維持できる浚渫機用転がり軸受を提供する。
【解決手段】順接船や浚渫ロボットに組み込まれる転がり軸受であって、内輪と外輪との間に複数の転動体を転動自在に配設してなり、前記内輪及び前記外輪の間に形成され前記転動体が配設された空間内に、鉱油及び合成油から選ばれる少なくとも1種からなる基油と、増ちょう剤とを含み、かつ、オレオイルザルコシンをグリース全量の0.1〜5質量%の割合で含有するグリース組成物が封入されていることを特徴とする浚渫機用転がり軸受。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、順接船や浚渫ロボットに組み込まれる転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
海洋、湖等の底泥を浚渫、搬送、後処理する種々の浚渫船、浚渫ロボットが開発され、それらの浚渫機構の代表的なものとしては、(1)真空ポンプによって負圧にして泥土を吸い上げる負圧吸泥方式、(2)密度が高い泥土、掘削土をバケットホイールで掘削し吸泥する回転バケットホイール方式、(3)フード内を気中雰囲気化としてロータをスイングしスクレーパを回転させることにより泥土を吸い上げるスクレーパ方式、(4)らせん状のスクリュによって揚泥しスクリュコンベヤで搬送するスクリュコンベヤ方式等があり、これらは性状、含水比、粒子等によって定まる浚渫場所固有の砂質土、シルト、粘性土等の底泥土に対し専用的に浚渫機構を設定して多量の泥土を揚土し搬送している。
【0003】
図1は自走式の浚渫機の一例を示す概略図である。図示される浚渫機21は、クローラー23で走行し、その前端部には、垂直方向の枢支軸26及び水平方向の枢支軸27により、先端に掘削カッター28を備えるラダー29が上下方向及び水平方向に旋回できるように接続されている。また、図2は枢支軸26,27周辺の拡大図であるが、垂直方向の枢支軸26は上部及び下端部が軸受31a,31bにより回動自在に支持されており、その上端にはラダー支持台39が設けられ、ラダー29の基端が、水平方向の枢支軸27を介して上下方向に回転自在に支持されている。また、垂直方向の枢支軸26は上部及び下端部が軸受31a,31bにより回動自在に支持されている。上部側の軸受31aは、機体30に対して軸受32aを介して水平方向の向きに支持させた横軸32の先端に支持されている。一方、下端部の軸受31bは、機体30の端面に固定した弧状のガイド33に対し、その弧状に沿って移動可能に係止されている。更に、ラダー29と軸受31b間には、上下回動駆動用の油圧シリンダ36が介在されており、これによってラダー29の上下方向の角度が調整されるようになっている。
【0004】
また、上記の軸受31a,31b、32aとして、例えば図3に示すような転がり軸受が使用されている。図示される転がり軸受は、外輪1と内輪2との間に複数の転動体3を保持器4を介して転動自在に保持してなり、外輪1と内輪2との間の軸受内部空間Sに潤滑のためのグリース(図示せず)を充填し、シール5で封止して構成されている。
【0005】
上記の転がり軸受では、シール5により水の浸入を防止しているものの、完全な防水は不可能である。そのため、転がり軸受では、封入グリースに水が混入して潤滑不良が誘発されることが多い。グリースへの水分の影響について、例えば、古村らは、潤滑油(#180タービン油)に6%の水分が混入すると、混入しない場合に比べて転がり疲れ寿命が数分の1から20分の1にまで低下することを報告している(古村恭三郎、城田伸一、平川清:表面起点および内部起点の転がり疲れについて、NSK Bearing Journal、No.636、pp.1-10、1977)。また、Schatzbergらは、潤滑油中に僅か100ppmの水分が混入するだけで鋼の転がり強さが32〜48%も低下することを報告している(P.Schtzberg、I.M.Felsen:Effects of water and oxygen during rolling contact lubrication、Wear 12、pp.331-342、1968)。
【0006】
このような寿命低下は、混入した水分から発生した水素が軸受材料に作用し、白色組織剥離と呼ばわれる金属剥離を引き起こすことが考えられている。このような剥離を防ぐために、亜硝酸ナトリウム等の不働態酸化剤を添加したグリース(例えば、特許文献1参照)、有機アンチモン化合物や有機モリブデン化合物を添加したグリース(例えば、特許文献2参照)、粒径2μm以下の無機系化合物を添加したグリース(例えば、特許文献3参照)等のように、グリースを改良することが行われている。これらは、転がり接触部に添加剤に由来する被膜を生成して軸受材料への水素の浸入を防いでいるが、被膜が形成されるまでの間に振動や速度変化による転動体の滑りが起こると、転がり接触部で金属剥離が起こる場合がある。
【0007】
グリースの改良以外の対策として、軸受材料にステンレス鋼を使用したり(例えば、特許文献4参照)、転動体をセラミックス製にすること(例えば、特許文献5参照)等が提案されているが、これら材料からなる軸受は一般に高価となる。
【0008】
また、軸受鋼のような鉄は、水により容易に腐食(錆)が生じ、軸受から異音が発生するという問題がある。水の混入が考えられる軸受では、耐腐食性を有することも非常に重要であり、上記と同様の方法により耐腐食性を同時に付与することがなされているが、錆の発生を抑制する効果が十分に得られていない。
【0009】
【特許文献1】特許第2878749号公報
【特許文献2】特許第3512183号公報
【特許文献3】特開平9−169989号公報
【特許文献4】特開平3−173747号公報
【特許文献5】特開平4−244624号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明はこのような状況に鑑みてなされたものであり、水分が混入した場合でも、白色組織剥離及び腐食の発生を抑制し、良好な潤滑を長時間維持できる浚渫機用転がり軸受を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するために、本発明は、順接船や浚渫ロボットに組み込まれる転がり軸受であって、内輪と外輪との間に複数の転動体を転動自在に配設してなり、前記内輪及び前記外輪の間に形成され前記転動体が配設された空間内に、鉱油及び合成油から選ばれる少なくとも1種からなる基油と、増ちょう剤とを含み、かつ、オレオイルザルコシンをグリース全量の0.1〜5質量%の割合で含有するグリース組成物が封入されていることを特徴とする浚渫機用転がり軸受を提供する。
【発明の効果】
【0012】
本発明の浚渫機用転がり軸受は、封入するグリース組成物に含まれるオレオイルザルコシンによる優れた防錆性能が付与されており、優れた耐腐食性及び白色組織剥離に対する耐性を示す。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明に関して詳細に説明する。
【0014】
本発明において浚渫機用転がり軸受の種類や構成には制限がなく、図3に示した転が軸受を例示することができる。上述のように、このような浚渫機用転がり軸受は水と接触するため、本発明では耐水性を示す下記のグリース組成物を軸受内部空間Sに封止する。
【0015】
グリース組成物において、基油は鉱油及び合成油から選ばれる。
【0016】
鉱油は、減圧蒸留、油剤脱れき、溶剤抽出、水素化分解、溶剤脱ろう、硫酸洗浄、白土精製、水素化精製等を、適宜組み合わせて精製したものを用いることができる。
【0017】
合成油としては、炭化水素系油、芳香族基油、エステル系油、エーテル系油等が挙げられる。炭化水素系油としては、ノルマルパラフィン、イソパラフィン、ポリブテン、ポリイソブチレン、1−デセンオリゴマー、1−デセンとエチレンコオリゴマー等のポリ−α−オレフィンまたはこれらの水素化物等が挙げられる。芳香族系油としては、モノアルキルベンゼン、ジアルキルベンゼン等のアルキルベンゼン、あるいはモノアルキルナフタレン、ジアルキルナフタレン、ポリアルキルナフタレン等のアルキルナフタレン等が挙げられる。エステル系油としては、ジブチルセバケート、ジ−2−エチルヘキシルセバケート、ジオクチルアジペート、ジイソデシルアジペート、ジトリデシルアジペート、ジトリデシルグルタレート、メチル・アセチルシノレート等のジエステル油、あるいはトリオクチルトリメリテート、トリデシルトリメリテート、テトラオクチルピロメリテート等の芳香族エステル油、更にはトリメチロールプロパンカプリレート、トリメチロールプロパンベラルゴネート、ペンタエリスリトール−2−エチルヘキサノエート、ペンタエリスリトールベラルゴネート等のポリオールエステル油、更にはまた、多価アルコールと二塩基酸・一塩基酸の混合脂肪酸とのオリゴエステルであるコンプレックスエステル油等が挙げられる。エーテル系油としては、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリエチレングリコールモノエーテル、ポリプロピレングリコールモノエーテル等のポリグリコール、あるいはモノアルキルトリフェニルエーテル、アルキルジフェニルエーテル、ジアルキルジフェニルエーテル、ペンタフェニルエーテル、テトラフェニルエーテル、モノアルキルテトラフェニルエーテル、ジアルキルテトラフェニルエーテル等のフェニルエーテル油等が挙げられる。
【0018】
上記の鉱油、合成油は、それぞれ単独で使用してもよく、混合物として使用してもよい。また、基油は、40℃における動粘度が70〜400mm/sであることが好ましい。
【0019】
増ちょう剤は、ゲル構造を形成し、基油をゲル構造中に保持する能力があれば、特に制限されない。例えば、リチウム等からなる金属石けん、複合金属石けん、ベントナイト、シリカ、ウレア化合物等を適宜選択して使用できる。また、これらは単独でも、混合して使用してもよい。
【0020】
増ちょう剤の配合量は、グリース全量の5〜40質量%とすることが好ましく、混合使用の場合は合計量でこの範囲とする。増ちょう剤の配合量が5質量%未満であるとグリース状態を維持することが困難となり、40質量%を超えるとグリース組成物が硬くなりすぎて潤滑性を十分に発揮することができなくなるため、好ましくない。
【0021】
グリース組成物には、必須添加剤としてオレオイルザルコシンが添加される。このオレオイルザルコシンは優れた防錆性能を有する。オレオイルザルコシンの添加量はグリース全量の0.1〜5質量%であり、0.1質量%未満では充分な防錆性能が得られず、5質量%を超えて添加しても増分に見合う効果の向上がみられない。これらを考慮すると、オレオイルザルコシンの添加量は、グリース全量の0.5〜3質量%がより好ましい。
【0022】
更に、グリース組成物には、各種性能を更に向上させるために、所望によりその他の添加剤を添加してもよい。例えば、酸化防止剤、他の防錆剤、極圧剤、油性向上剤、金属不活性化剤等をそれぞれ単独で、あるいは2種以上を混合して添加することができる。
【0023】
酸化防止剤は、アミン系酸化防止剤、フェノール系酸化防止剤、硫黄系酸化防止剤、ジチオリン酸亜鉛等が挙げられるが、アミン系酸化防止剤及びフェノール系酸化防止剤が好適である。アミン系酸化防止剤としては、フェニル−1−ナフチルアミン、フェニル−2−ナフチルアミン、ジフェニルアミン、フェニレンジアミン、オレイルアミドアミン、フェノチアジン等が挙げられる。また、フェノール系酸化防止剤としては、p−t−ブチル−フェニルサリシレート、2,6−ジ−t−ブチル−p−フェニルフェノール、2,2´−メチレンビス(4−メチル−6−t−オクチルフェノール)、4、4´−ブチリデンビス−6−t−ブチル−m−クレゾール、テトラキス〔メチレン−3−(3´,5´−ジ−t−ブチル−4´−ヒドキシフェニル)プロピオネート〕メタン、1,3,5−トリメチル−2,4,6−トリス(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシベンジル)ベンゼン、n−オクタデシル−β−(4´−ヒドロキシ−3´,5´−ジ−t−ブチルフェニル)プロピオネート、2−n−オクチル−チオ−4,6−ジ(4´−ヒドロキシ−3´,5´−ジ−t−ブチル)フェノキシ−1,3,5−トリアジン、4、4´−チオビス(6−t−ブチル−m−クレゾール)、2−(2´−ヒドロキシ−3´−t−ブチル−5´−メチルフェニル)−5−クロロベンゾトリアゾール等が挙げられる。
【0024】
他の防錆剤として、例えばエステル類が挙げられる。具体的には、多塩基カルボン酸及び多価アルコールの部分エステルであるソルビタンモノラウレート、ソルビタントリステアレート、ソルビタンモノオレエート、ソルビタントリオレエート等のソルビタンエステル類、ポリオキシエチレンラウレート、ポリオキシエチレンオレエート、ポリオキシエチレンステアレエート等のアルキルエステル類等が挙げられる。
【0025】
油性向上剤としては、オレイン酸やステアリン酸等の脂肪酸、ラウリルアルコールやオレイルアルコール等のアルコール、ステアリルアミンやセチルアミン等のアミン、リン酸トリクレジル等のリン酸エステル、動植物油等が挙げられる。
【0026】
極圧剤としては、リン系、ジチオリン酸亜鉛、有機モリブデン等が挙げられる。
【0027】
金属不活性化剤としては、ベンゾトリアゾール等が挙げられる。
【0028】
これらその他の添加剤の添加量は、本発明の効果を損なわない範囲であれば制限はないが、通常はグリース全量の0.1〜20質量%である。添加量が0.1質量%未満では添加効果が十分ではなく、20質量%を超えて添加しても効果が飽和するとともに、基油の量が相対的に少なくなるため潤滑性が低下するおそれがある。
【0029】
尚、グリース組成物の製造方法には制限がないが、一般的には基油中で増ちょう剤を反応させて得られる。その際、オレオイルザルコシンは、得られたグリース組成物に所定量添加し、ニーダーやロールミル等で十分攪拌し、均一に分散させる。この距離を行うときは、加熱することも有効である。また、その他の添加剤は、オレオイルザルコシンと同時に添加することが工程上好ましい。
【実施例】
【0030】
以下、実施例及び比較例を挙げて本発明を更に説明するが、本発明はこれにより何ら制限されることはない。
【0031】
(実施例1〜4、比較例1〜3)
表1に示す配合にて試験グリースを調製した。尚、各試験グリースとも、フェノール系酸化防止剤(2.6−ジ−t−ブチルクレゾール;東京化成(株)製)、アミン系酸化防止剤(p.p´−ジオクチルジフェニルアミン;東京化成(株)製)、防錆剤(カルシウムフルホネート;King社製「Nasul R1−CA」)をそれぞれ0.5質量%添加してある。また、ジウレア化合物は4,4−ジフェニルメタンジイソシアネートとオクタデシルアミンとの反応生成物、オレオイルザルコシンは日本油脂(株)製である。
【0032】
そして、各試験グリースについて、下記に示す(1)軸受剥離試験、(2)剥離耐久試験及び(3)防錆試験を行った。結果を表1に併記する。
(1)軸受剥離試験
日本精工(株)製円すいころ軸受「HR32017(内径85mm、外径130mm)」に試験グリースを封入し、ラジアル荷重35.8kN、アキシアル荷重15.7kN、回転速度1500min−1にて外部から水を軸受内部に20ml/hの割合で注入しながら連続回転させた。そして、回転中に振動が発生したときに剥離が発生したと判断し、回転開始から100時間以内に振動が発生した回数(剥離発生数)を計数した。試験は各試験グリースとも10回行い、下記式から剥離発生確率を算出した。
剥離発生確率(%)=(剥離発生数/試験数)×100
(2)剥離寿命試験
転がり四球試験により、水混入時の試験グリースの剥離耐久性を評価した。φ15mmの軸受用鋼球を3個用意し、底面の内径36.0mm、上端部の内径31.63mm、深さ10.95mmの円筒状容器内に正三角刑状に置き、試験グリースを20g塗布し、更に試験グリース量の20質量%に相当する量を注入した。そして、3個の鋼球で形成される窪みにφ5/8インチの軸受用鋼球を1個載せ、面圧4.1GPaとなるように載置した鋼球を押圧しながら1000min−1で回転させた。この回転により、下の3個の鋼球は公転する。所定回転数毎に鋼球面を観察し、剥離が発生したときを剥離寿命とした。結果を表1に、オレオイルザルコシン無添加の比較例1に対する相対値で示した。
(3)防錆試験
日本精工(株)製玉軸受「6203(内径17mm、外径40mm、幅12mm)」に試験グリースを軸受空間(内輪と外輪と玉とで形成される空間)の35体積%を占めるように封入し、恒湿恒温槽(温度80℃、湿度90%)に入れて一週間放置後、軸家を分解して目視にて内輪の錆の発生状況を観察した。結果を表1に示す。
【0033】
【表1】

【0034】
表1に示すように、本発明に従いオレオイルザルコシンを含有する各実施例のグリース組成物を封入することで、防錆性能及び剥離防止効果が極めて良好で、長寿命の転がり軸受となることがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】浚渫機の一例を示す概略図である。
【図2】図1の一部を拡大して示す図である。
【図3】浚渫機に組み込まれる転がり軸受の一例を示す断面図である。
【符号の説明】
【0036】
1 外輪
2 内輪
3 転動体
4 保持器
5 シール
21 浚渫機
23 クローラー
26,27 枢支軸
28 掘削カッター
29 ラダー
31a,31b,32a 軸受

【特許請求の範囲】
【請求項1】
順接船や浚渫ロボットに組み込まれる転がり軸受であって、内輪と外輪との間に複数の転動体を転動自在に配設してなり、前記内輪及び前記外輪の間に形成され前記転動体が配設された空間内に、鉱油及び合成油から選ばれる少なくとも1種からなる基油と、増ちょう剤とを含み、かつ、オレオイルザルコシンをグリース全量の0.1〜5質量%の割合で含有するグリース組成物が封入されていることを特徴とする浚渫機用転がり軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−291931(P2008−291931A)
【公開日】平成20年12月4日(2008.12.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−138838(P2007−138838)
【出願日】平成19年5月25日(2007.5.25)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【出願人】(000162423)協同油脂株式会社 (165)
【Fターム(参考)】