説明

液滴噴射ヘッド、液滴噴射装置および圧電素子

【課題】良好な変位量を得られる液体吐出ヘッドを提供する。
【解決手段】液滴噴射装置1000は、ノズル孔28aに連通する圧力室20aを有する基板20と、下部電極10と、前記下部電極10の上方に形成されペロブスカイト型酸化物からなる圧電体層12と、前記圧電体層12の上方に形成された上部電極14と、を有し、前記圧力室内の液体に圧力変動を生じさせる圧電素子と、を備える。前記圧電体層12は、前記下部電極10側に位置する第1圧電体層12aと、前記第1圧電体層12aと前記上部電極14との間に位置する第2圧電体層12bと、を有し、前記第1圧電体層12aの分極軸は、当該第1圧電体層の膜面内方向に優先的に向いており、前記第2圧電体層12bは、擬立方晶の表示で(100)に優先的に配向している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液滴噴射ヘッド、液滴噴射装置および圧電素子に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、高精細、高速印刷手法として、インクジェット法が実用化されている。インク液滴を吐出させるためには、圧電体層を電極で挟んだ構造の圧電アクチュエーターを用いる方法が有用である。代表的な圧電体層の材料としては、ペロブスカイト型酸化物であるチタン酸ジルコン酸鉛(Pb(Zr,Ti)O:PZT)が挙げられる(例えば特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2001−223404号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、インクジェットプリンターに代表される液滴噴射装置に用いられる圧電アクチュエーターは、より大きな液滴を吐出するため、若しくはより低電圧での駆動を可能とするために、さらなる変位量の向上が求められている。また、このような課題は上述した圧電アクチュエーターのみならず、超音波発信機等の超音波デバイス、超音波モーター、圧力センサー等他の用途に使用される圧電素子においても同様に存在する。
【0005】
本発明に係る幾つかの態様は、良好な変位量を得られる液滴噴射ヘッド、および当該液滴噴射ヘッドを有する液滴噴射装置を提供するものである。また、本発明に係る幾つかの態様は、上記液滴噴射ヘッドおよび液滴噴射装置に用いられる圧電素子を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の態様のひとつに係る液滴噴射ヘッドは、
ノズル孔に連通する圧力室を有する基板と、
下部電極と、前記下部電極の上方に形成されペロブスカイト型酸化物からなる圧電体層と、前記圧電体層の上方に形成された上部電極と、を有し、前記圧力室内の液体に圧力変動を生じさせる圧電素子と、を備えた液滴噴射ヘッドであって、
前記圧電体層は、前記下部電極側に位置する第1圧電体層と、前記第1圧電体層と前記上部電極との間に位置する第2圧電体層と、を有し、
前記第1圧電体層の分極軸は、当該第1圧電体層の膜面内方法に優先的に向いており、
前記第2圧電体層は、擬立方晶の表示で(100)に優先的に配向している。
【0007】
本発明に係る液滴噴射ヘッドでは、前記第1圧電体層の分極軸は、当該第1圧電体層の膜面内方向に優先的に向いており、前記第2圧電体層は、擬立方晶の表示で(100)に優先的に配向している。これにより、この液滴噴射ヘッドは良好な変位特性を有することができる。
【0008】
本発明において、「第1圧電体層の膜面内方向」とは、第1圧電体層において、結晶の成長方向、すなわち膜厚方向と直交もしくはほぼ直交する方向をいう。また、本発明において、「第1圧電体層の分極軸は、第1圧電体層の膜面内方向に優先的に向いている」とは、第1圧電体層の膜面内方向の面積の例えば半分以上(50%以上)において、分極軸が膜面内方向に向いていればよい。
【0009】
本発明において、「擬立方晶」とは、結晶構造を立方晶と近似的にみなした状態をいう。
【0010】
本発明において、「(100)に優先的に配向」とは、(100)にすべての結晶が配向している場合と、(100)にほとんどの結晶(例えば90%以上)が配向しており、(100)に配向していない残りの結晶が(111)、(110)等に配向している場合などを含む。
【0011】
なお、本発明に係る記載では、「上方」という文言を、例えば、「特定のもの(以下「A」という)の「上方」に形成された他の特定のもの(以下「B」という)」などと用いている。本発明に係る記載では、この例のような場合に、A上に直接Bが形成されているような場合と、A上に他のものを介してBが形成されているような場合とが含まれるものとして、「上方」という文言を用いている。
【0012】
本発明の態様のひとつに係る液滴噴射ヘッドにおいて、前記第2圧電体層は、モノクリニック構造である。この態様によれば、前記第2圧電体層は、高い圧電特性を有することができる。なお、本発明において、例えば、「結晶構造はモノクリニック構造である」とは、すべての結晶がモノクリニック構造である場合と、ほとんどの結晶(例えば90%以上)がモノクリニック構造であり、モノクリニック構造ではない残りの結晶がテトラゴナル構造等である場合と、を含む。
【0013】
本発明の態様のひとつに係る液滴噴射ヘッドにおいて、前記第1圧電体層は、テトラゴナル構造である。この態様によれば、分極軸の向きの制御ができる。
【0014】
本発明の態様のひとつに係る液滴噴射ヘッドにおいて、前記第2圧電体層は、チタン酸ジルコン酸鉛である。
【0015】
本発明の態様のひとつに係る液滴噴射ヘッドにおいて、前記第1圧電体層は、チタン酸鉛である。この態様によれば、前記第1圧電体層における分極軸の向きを制御できる。
【0016】
本発明の態様のひとつに係る液滴噴射ヘッドにおいて、前記第1圧電体層は、さらにジルコニウムを含む。
【0017】
本発明の態様のひとつに係る液滴噴射ヘッドにおいて、前記第1圧電体層の膜厚は、1nm以上、20nm以下である。この態様によれば、前記第1圧電体層は、前記第2圧電体層の(100)面への配向制御に優れ、かつ圧電特性の低下を抑制できる。
【0018】
本発明の態様のひとつに係る液滴噴射ヘッドにおいて、前記第1圧電体層において、当該第1圧電体層の膜厚方向に沿った格子定数をL1zとし、当該第1圧電体層の膜面内方向に沿った格子定数のうちの最大値をL1xとしたとき、L1z<L1xであり、
前記第2圧電体層において、当該第2圧電体層の膜厚方向に沿った格子定数をL2zとし、当該第2圧電体層の膜面内方向に沿った格子定数のうちの最大値をL2xとしたとき、L2z<L2xである。この態様によれば、前記第1圧電体層による実効電圧の低下を少なくし、高い圧電特性を得ることができる。また、前記第1圧電体層によって、配向性の高い前記第2圧電体層を得ることができる。かかる第2圧電体層は、エンジニアード・ドメイン構造を有し、高い圧電特性を有する。
【0019】
ここで格子定数とは、ABOで表されるペロブスカイト型構造のユニットセルにおける1辺の長さをいう。
【0020】
本発明の態様のひとつに係る液滴噴射ヘッドにおいて、前記第1圧電体層において、前記分極軸の方向の比誘電率をεxとし、擬立方晶の表示で前記分極軸と直交する方向の比誘電率をεzとしたとき、εx<εzである。この態様によれば、第1圧電体層は、膜厚方向に高い比誘電率を有し、上述したように、前記第1圧電体層による実効電圧の低下を少なくし、高い圧電特性を得ることができる。
【0021】
本発明の態様のひとつに係る液滴噴射装置は、上記液滴噴射ヘッドを有する。
【0022】
本発明の態様のひとつに係る圧電素子は、
下部電極と、前記下部電極の上方に形成されペロブスカイト型酸化物からなる圧電体層と、前記圧電体層の上方に形成された上部電極と、を備えた圧電素子であって、
前記圧電体層は、前記下部電極側に位置する第1圧電体層と、前記第1圧電体層と前記上部電極との間に位置する第2圧電体層と、を有し、
前記第1圧電体層の分極軸は、当該第1圧電体層の膜面内方向に優先的に向いており、
前記第2圧電体層は、擬立方晶の表示で(100)に優先的に配向している。
【0023】
本発明に係る圧電素子では、前記第1圧電体層の分極軸は、当該第1圧電体層の膜面内方向に優先的に向いており、前記第2圧電体層は、擬立方晶の表示で(100)に優先的に配向している。これにより、この圧電素子は良好な圧電特性を有することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本実施形態に係る圧電素子を模式的に示す断面図。
【図2】第1圧電体層を構成するペロブスカイト型酸化物の結晶を模式的に示す図。
【図3】第2圧電体層を構成するペロブスカイト型酸化物の結晶を模式的に示す図。
【図4】圧電体層の分極軸の向きを模式的に示す図。
【図5】第1圧電体層の比誘電率と第2圧電体層にかかる電圧との関係を示す図。
【図6】変形例にかかる圧電体層の分極軸の向きを模式的に示す図。
【図7】実験例で得られたTEM像を示す図。
【図8】実験例で得られたラマン散乱測定の結果を示す図。
【図9】本実施形態に係る液滴噴射ヘッドを模式的に示す断面図。
【図10】本実施形態に係る液滴噴射ヘッドの変形例を模式的に示す断面図。
【図11】本実施形態に係る液滴噴射ヘッドの変形例を模式的に示す断面図。
【図12】本実施形態に係る液滴噴射ヘッドを模式的に示す分解斜視図。
【図13】本実施形態の液滴噴射装置を模式的に示す斜視図。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明に好適な実施形態について、図面を参照しながら説明する。
【0026】
1.圧電素子
まず、本実施形態に係る圧電素子100について説明する。図1は、圧電素子100を模式的に示す断面図である。
【0027】
圧電素子100は、図1に示すように、基体200と、基体200の上に形成された下部電極10と、下部電極10の上に形成され、ペロブスカイト型酸化物からなる圧電体層12と、圧電体層12の上に形成された上部電極14と、を含む。基体200は、圧電素子100が適用される用途に応じて各種の態様をとることができる。
【0028】
圧電体層12は、下部電極10側に位置する第1圧電体層12aと、当該第1圧電体層12aと上部電極14との間に位置する第2圧電体層12bとを有する。第1圧電体層12aは、テトラゴナル構造であることができる。第2圧電体層は、モノクリニック構造であることができる。さらに、第1圧電体層12aおよび第2圧電体層12bは、擬立方晶の表示で(100)に優先的に配向している。例えば、第2圧電体層12bは、結晶の90%以上が擬立方晶の表示で(100)に配向している。
【0029】
第1圧電体層12aのペロブスカイト型酸化物としては、例えば、チタン酸鉛、チタン酸鉛固溶体などが挙げられる。また、これらのチタン酸鉛、チタン酸鉛固溶体は、第2圧電体層12bを構成する元素を少量だけ(例えばBサイトで10%以下)含んでいてもよい。かかる元素としては、例えば、ジルコニウム、ニオブを挙げることができる。チタン酸鉛は、テトラゴナル構造を有する。
【0030】
第1圧電体層12aの膜厚は、例えば、1nm以上、20nm以下である。第1圧電体層12aの膜厚が上記下限値より小さいと、第2圧電体層12bの配向制御性が劣り、第1圧電体層12aの膜厚が上記上限値より大きいと、圧電特性が劣る傾向がある。
【0031】
第2圧電体層12bのペロブスカイト型酸化物としては、例えば、チタン酸ジルコン酸鉛(PbZr,TiO:PZT)、チタン酸ジルコン酸鉛固溶体などが挙げられる。チタン酸ジルコン酸鉛固溶体としては、例えばニオブ酸チタン酸ジルコン酸鉛(Pb(Zr,Ti,Nb)O:PZTN)などが挙げられる。また、チタン酸ジルコン酸鉛またはチタン酸ジルコン酸鉛固溶体は、鉛を上記式で表される組成式より過剰に含んでいてもよい。鉛は、ジルコニウムおよびチタンの合計モル数を1としたとき、例えば1.0以上130以下の比率で含まれることができる。第2圧電体層12bの膜中の組成比で、1.0より過剰な鉛原子のうち1/2は、ABOで表記されるペロブスカイト型構造のBサイトに入る。ここでBサイトとは、酸素が6配位している原子サイトを指す。このことは、特開2008−258575号公報に詳細に記載されている。
同様にして、第1圧電体層12aにおいても、膜中の組成比で、1.0より過剰な鉛原子のうち1/2は、ABOで表記されるペロブスカイト型構造のBサイトに入ることができる。ペロブスカイト型構造のBサイトに過剰な鉛が存在していることは、TEMによるEDX(Energy Dispersive X-ray Fluorescence Spectorometer)で確認されている。
【0032】
第2圧電体層12bが例えばチタン酸ジルコン酸鉛(Pb(ZrTi1−x)O)からなる場合には、xは、好ましくは0.4以上0.6以下、より好ましくは0.45以上0.55以下であることができる。xが上記範囲の場合には、第2圧電体層12bをモノクリニック構造にコントロールしやすい。しかし、第2圧電体層12bの結晶構造は、上記xの値で一義的に決まるものではなく、膜中応力および格子欠陥、結晶転位などの因子によって変わり得る。本実施形態においては、後述する実験例からも明らかなように、第2圧電体層12bは、モノクリニック構造であることが確認されている。
【0033】
第2圧電体層12bの膜厚は特に限定されないが、例えば、300nm以上1500nm以下とすることができる。
【0034】
下部電極10は、圧電体層12に電圧を印加するための一方の電極である。下部電極10としては、例えば、多結晶の白金(Pt)層の上に多結晶のイリジウム(Ir)層が積層されたものなどを用いることができる。なお、当該Ir層は、後述する圧電体層12の前駆体層の焼成工程を経て、イリジウム酸化物層となっていても良い。下部電極10の膜厚は特に限定されないが、50nm以上200nm以下とすることができる。
【0035】
上部電極14は、圧電体層12に電圧を印加するための他方の電極である。上部電極14としては、例えば、イリジウム(Ir)層などを用いることができる。上部電極14の膜厚は特に限定されないが、50nm以上200nm以下とすることができる。
【0036】
次に、図1ないし図3を参照して、圧電体層12の結晶構造について説明する。図2は、第1圧電体層12aの結晶構造を説明するための模式図であり、図3は、第2圧電体層12bの結晶構造を説明するための模式図である。
【0037】
後述する実験例からも明らかなように、第1圧電体層12aの結晶120は、図2に示すように、第1圧電体層12aの膜面内方向のうちの第1方向(図1および図2に示すY方向)の格子定数a(L1)は、第1圧電体層12aの膜厚方向(図1および図2に示すZ方向)の格子定数b(L1)と同じかもしくはほぼ同じである。ここでは、第1圧電体層12aの膜面内方向は、図1に示す下部電極10の上面10cに平行な方向である。また、第1圧電体層12aの膜厚方向は、図1に示す下部電極10の上面10cに直交する方向である。また、第1圧電体層12aの膜面内方向のうちの第2方向(X方向)の格子定数c(L1)は、第1圧電体層12aの膜面内方向のうち、擬立方晶の表示で第2方向に直交する第1方向(Y方向)の格子定数a(L1)および膜厚方向(Z方向)の格子定数b(L1)よりも大きい。上述した内容を式で表すと、以下の通りである。
【0038】
a(L1)=b(L1)<c(L1
【0039】
これは第1圧電体層12aは、そのc軸が膜面内方向に平行なテトラゴナル構造であることを示している。
【0040】
また、第2圧電体層12bの結晶130は、図3に示すように、第2圧電体層12bの膜面内方向(図1および図2に示すX方向およびY方向)の格子定数a(L2),b(L2)は、当該第2圧電体層12bの膜厚方向(図1および図3に示すZ方向)の格子定数c(L2)よりも大きい。ここでは、第2圧電体層12bの膜面内方向は、図1に示す下部電極10の上面10cに平行な方向である。また、第2圧電体層12bの膜厚方向は、図1に示す下部電極10の上面10cに直交する方向である。また、第2圧電体層12bの膜面内方向のうちの第1方向(X方向)の格子定数a(L2)は、膜面内方向のうち、擬立方晶の表示で第1方向に直交する第2方向(Y方向)の格子定数b(L2)と同じかもしくはほぼ同じである。上述した内容を式で表すと、以下の通りである。
【0041】
a(L2)=b(L2)>c(L2
【0042】
以上のことから、格子定数に関して以下のことがいえる。第1圧電体層12aにおいて、当該第1圧電体層12aの膜厚方向に沿った格子定数をL1zとし、当該第1圧電体層12aの膜面内方向に沿った格子定数のうちの最大値をL1xとしたとき、L1z<L1xの関係が成立する。
【0043】
そして、後述する実験例からも明らかなように、第1圧電体層12aの材質としてチタン酸鉛またはその固溶体を用いた場合に、格子定数が上記関係を満たすことが確認されている。したがって、第1圧電体層12aの分極軸P1は、格子定数の長い方向、すなわち、図2のX方向に向いている。
【0044】
また、第2圧電体層12bにおいて、当該第2圧電体層12bの膜厚方向に沿った格子定数をL2zとし、当該第2圧電体層12bの膜面内方向に沿った格子定数のうちの最大値をL2xとしたとき、L2z<L2xの関係が成立する。
【0045】
そして、後述する実験例からも明らかなように、第2圧電体層12bの材質としてチタン酸ジルコン酸鉛を用いた場合に、格子定数が上記関係を満たすことが確認されている。さらに、ラマン散乱測定およびX線回折測定による結晶対称性の考察によれば、チタン酸ジルコン酸鉛はモノクリニック構造を有することが確認されている。したがって、第2圧電体層12bは、図4に示すように、分極軸P2が膜厚方向(電圧の印加方向)に対して有限の角度だけ傾斜しているエンジニアード・ドメイン構造を有している。
【0046】
以上のように、第2圧電体層12bは、モノクリニック構造で擬立方晶(100)に優先配向している。かかる第2圧電体層12bは、第1圧電体層12aの上に成膜されることで得られる。このような特徴を有する第2圧電体層12bは、高い圧電定数(d31)を有することができる。具体的な理由は、以下の通りである。
【0047】
擬立方晶を基本とするペロブスカイト型構造のうちの1つであるモノクリニック構造は、他の構造に比べ、シェアモード変形に対するコンプライアンス(skj)が大きい。圧電定数(dij)は、コンプライアンス(skj)およびピエゾ圧電定数(eik)により、下記式で与えられる。
【0048】
ij=eik・skj
【0049】
ピエゾ圧電定数(eik)に関しては、テトラゴナル構造、モノクリニック構造、およびロンボヘドラル構造において、それほど大きな差はない。コンプライアンス(skj)に関しては、モノクリニック構造が他の構造に比べて、有意に大きい。従って、モノクリニック構造を有する第2圧電体層12bは、高い圧電定数(d31)を有すると考えられる。
【0050】
次に、図1ないし図4を参照して、圧電体層12の分極軸(分極モーメント)の向きについて説明する。図4は、第1圧電体層12aおよび第2圧電体層12bの結晶の分極軸の向きを模式的に示す図である。
【0051】
図4に示すように、第1圧電体層12aの分極軸P1は、当該第1圧電体層12aの膜面内方向に沿った面内にある。ここで、第1圧電体層12aの膜面内方向は、図4では、下部電極10の上面10cと平行な方向と同じ方向で示されている。ただし、下部電極10の上面10cと平行な方向に沿った面とは、下部電極10の上面10cに対して平行な方向のみならず、当該方向に対して少し傾斜した方向の面を含む。詳細は後述するが、第1圧電体層12aは、下地となる層の材質や膜質、成膜条件、などの影響を受け、下地層(下部電極10)の上面10cに対して、例えば、0度以上10度以下の角度をなすように、結晶が堆積する。したがって、下部電極10の上面10cと平行な方向に沿った面とは、下部電極10の上面10cに対して0度以上10度以下の角度をなす面をいう。
【0052】
このように第1圧電体層12aにおいて、分極軸P1が下部電極10の上面10cに対して0度以上10度以下の角度をなす面にあることにより、分極軸P1の方向の比誘電率をεxとし、擬立方晶の表示で分極軸P1と直交する方向、すなわち、下部電極10の上面10cに対して直交する方向(Z方向)の比誘電率をεzとしたとき、εx<εzの関係が成立する。例えば、Landolt Bornsteinのデータブックによれば、テトラゴナル構造のチタン酸鉛では、比誘電率εは分極軸(c軸)の方向が最小(ε=100程度)となり、分極軸と直交する方向の比誘電率εが最大(ε=200程度)となることが知られている。従って、本発明のように分極軸が膜面内方向に平行になっていれば、第1圧電体層12aにかかる有効電界を小さくすることができ、その分、第2圧電体層12bにかかる有効電界を大きくすることができる。
【0053】
以下に、第1圧電体層12aの比誘電率と、第2圧電体層12bに係る電圧との関係について、図5を参照して説明する。図5は、横軸に第1圧電体層12aの比誘電率εを示し、縦軸に圧電体層12の全体に印加される電圧Vに対する第2圧電体層12bにかかる電圧分圧V2の比(V2/V)を示す。
【0054】
図5に示すグラフは以下のようにして求めた計算値である。圧電体層12は、第1圧電体層12aの容量C1と、第2圧電体層12bの容量C2とが直列に接続されたものと仮定する。そして、第1圧電体層12aの膜厚を10nm、第2圧電体層12bの比誘電率εを2000、第2圧電体層12bの膜厚を1000nmとしたときの、第1圧電体層12aの比誘電率εと第2圧電体層12bにかかる分圧V2の関係を公知の計算法によって求めた。
【0055】
図5から、第1圧電体層12aの比誘電率εが大きくなるにつれて、第2圧電体層12bにかかる分圧V2が大きくなることがわかる。すなわち、比誘電率εが大きいほど、圧電体層12の中で最も厚い層(第2圧電体層12b)に大きな分圧がかかるようになり、結果的により大きな圧電変位量が期待できる。
【0056】
第1圧電体層12aはテトラゴナル構造のチタン酸鉛(PbTiO)からなるが、PbTiOのc軸(分極軸)を膜面内方向に平行に配置することで、c軸(分極軸)が膜面内方向と直交する膜厚方向に向いている場合よりも大きな誘電率εを得ることができる。従って本発明のように、PbTiOのc軸(分極軸)を膜面内方向に平行に配置することで、より大きな圧電変位量を得ることができるようになる。
【0057】
図6は、本実施形態にかかる圧電素子100の変形例を模式的に示す断面図である。
この例では、第1圧電体層12aの分極軸P1が下部電極10の上面10cと平行な方向に沿っていない分極軸P3を有する領域を含んでいてもよいことを示している。本実施形態では、第1圧電体層12aの全ての領域で、分極軸P1が下部電極10の上面10cと平行な方向に沿っていることが望ましいが、成膜条件や下地(下部電極10)の状態などによって、部分的に分極軸P1と異なる方向の分極軸P3を有する場合があることを考慮したものである。
【0058】
以上のように、本実施形態によれば、第1圧電体層12aにおける分極軸P1が膜面内方向の面(下部電極10の上面10cと平行な面)に沿って優先的に向いていることから、第1圧電体層12aにかかる有効電圧をほぼ最小にすることができ、その分、第2圧電体層12bにかかる有効電圧をほぼ最大にすることができる。その結果、第2圧電体層12bの圧電変位量を大きくすることができる。
【0059】
すなわち、圧電体層12の平面積のうち有限の面積において、第1圧電体層12aの分極軸が膜面内方向に向いていれば、その領域において圧電変位量を増大させることができる。例えば、圧電体層12の平面積のうち50%以上の面積において、第1圧電体層12aの分極軸が膜面内方向に向いているのであれば、圧電素子100のほぼ全体において圧電変位量を増大させることができる。
【0060】
また、第1圧電体層12a上に第2圧電体層12bを成膜することにより、第2圧電体層12bを擬立方晶の表示で(100)に優先的に配向させることができ、さらにモノクリニック構造を有することができる。その結果、本実施形態の圧電素子100は、高い圧電特性を得ることができる。
【0061】
2.圧電素子の製造方法
次に、本実施形態に係る圧電素子100の製造方法の一例について、図1を参照して説明する。以下の例では、第1圧電体層12aがチタン酸鉛、第2圧電体層12bがチタン酸ジルコン酸鉛の場合を例にとって説明する。
【0062】
(1) まず、基体200上の全面に、下部電極10となる導電層を形成する。基体200は、圧電素子100の用途によって構造が異なるので、その製造例については後述する。
【0063】
下部電極10となる導電層は、例えばスパッタリングにより成膜される。導電層としては、特に限定されないが、例えば、膜厚20nm以上150nm以下の白金層と、当該白金層上に形成された、膜厚10nm以上60nm以下のイリジウム層との積層体を用いることが好適である。イリジウム層は、後の熱処理によって酸化物となってもよい。
【0064】
この工程では、例えば、イリジウム層に対して、逆スパッタを短時間、例えば100Wで30秒間行うことができる。この後、短時間、例えば30秒以内に次の工程(2)に移行することができる。第1圧電体層12aの分極配向条件は、下地層である下部電極10の形成条件に敏感であることから、このような工程を経ることが望ましい。
【0065】
(2) ついで、導電層上の全面に、チタン層をスパッタリングによって形成する。当該チタン層の膜厚は、得られる第1圧電体層12aの膜厚を考慮して、例えば、0.5nm以上12nm以下とすることができる。チタンは、後の圧電体層の結晶化のための熱処理によって、第2圧電体層12bを構成する鉛との酸化物を形成し、チタン酸鉛となる。このチタン酸鉛の層は、第2圧電体層12bを構成するジルコニウムを含んでいてもよい。チタンと反応する鉛およびジルコニウムは、熱処理時に拡散によってチタンと反応するため、第1圧電体層12aと第2圧電体層12bとの境界領域には、チタンとジルコニウムとの組成比の遷移領域がある。すなわち、第1圧電体層12aは、下部電極10側では、Bサイトはチタンリッチであり、第2圧電体層12bに近づくにつれて、チタンに対するジルコニウムの組成が増加し、第2圧電体層12bの組成に漸近していく。したがって、第1圧電体層12aは、この場合、チタン酸鉛にジルコニウムがドープされた固溶体ということもできる。
【0066】
チタン層の膜厚は、上記遷移領域を考慮しても、1nm以上20nm以下であることが望ましい。チタン層の膜厚が1nmより小さいと、第1圧電体層12aの膜厚が薄すぎて、第2圧電体層12bの配向制御が不充分になりやすく、一方、チタン層の膜厚が20nmより大きいと、第1圧電体層12aの膜厚が厚くなりすぎて、圧電体層12の圧電特性が不充分となりやすい。
【0067】
(3) ついで、第2圧電体層12bの前駆体層を形成する。第2圧電体層12bは、例えばゾルゲル法(溶液法)により成膜される。
【0068】
まず、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)の構成金属をそれぞれ含んでなる金属化合物を各金属が所望のモル比となるように混合し、さらにアルコールなどの有機溶媒を用いてこれらを溶解させることにより原料溶液を作製する。ついで、この原料溶液をチタン層上の全面にスピンコート法等により塗布する。この溶液中のZrおよびTiをそれぞれ含有する原料溶液の混合比率を変えることにより、ZrとTiの組成比(Zr:Ti)を調整することができる。例えば、Zr組成=Zr/Zr+Tiが0.5となるように原料溶液を混合することができる。例えば、Zrは、TiおよびZrの合計1モルに対して、0.45以上、0.55以下の比率で用いることができる。なお、Pbの組成についても、原料溶液の混合比率を変えることにより調整することができる。Pbは、熱処理による揮発を考慮して、化学量論組成比より、過剰に用いることができる。
【0069】
Pb、Zr、およびTiを含む化合物としては、公知のものを用いることができる。かかる金属化合物としては、金属アルコキシド、有機酸塩などを用いることができる。具体的には、PZTの構成金属を含むカルボン酸塩またはアセチルアセトナート錯体として、例えば、以下のものが挙げられる。鉛(Pb)を含む有機金属としては、例えば酢酸鉛などが挙げられる。ジルコニウム(Zr)を含む有機金属としては、例えばジルコニウムブトキシドなどが挙げられる。チタン(Ti)を含む有機金属としては、例えばチタンイソプロポキシドなどが挙げられる。なお、PZTの構成金属を含んでなる有機金属としては、これらに限定されるわけではない。
【0070】
(4) 次に、熱処理(乾燥工程、脱脂工程)を行うことにより、圧電体層12の前駆体層を形成することができる。乾燥工程の温度は、例えば、150℃以上200℃以下であることが好ましい。また、乾燥工程の時間は、例えば、5分以上であることが好ましい。脱脂工程では、乾燥工程後のPZT前駆体層中に残存する有機成分をNO、CO、HO等に熱分解して離脱させることができる。脱脂工程の温度は、例えば300℃程度である。
【0071】
なお、前駆体層を成膜する場合には、1回で成膜せず、複数回に分けて成膜することもできる。具体的には、例えば、圧電材料の塗布、乾燥、および脱脂を複数回繰り返すことができる。
【0072】
次に、前駆体層を焼成する。焼成工程では、前駆体層を加熱することによって結晶化させることができる。焼成工程の温度は、例えば650℃以上800℃以下である。焼成工程の時間は、例えば、5分以上30分以下であることが好ましい。焼成工程に用いる装置としては、特に限定されず、拡散炉やRTA(Rapid Thermal Annealing)装置などを用
いることができる。なお、焼成工程は、例えば、圧電材料の塗布、乾燥、および脱脂の1サイクルごとに行っても良い。
【0073】
この熱処理工程を経ることによって、チタン層は、ジルコニウムを含むチタン酸鉛層(第1圧電体層12a)となる。
【0074】
以上の工程により、チタン酸鉛またはその固溶体からなる第1圧電体層12aと、チタン酸ジルコン酸鉛またはその固溶体からなる第2圧電体層12bを形成することができる。チタン酸ジルコン酸鉛は、Ca、La、Nbなどの元素をドープしたものでもよい。
【0075】
(5) 上部電極14は、例えばスパッタリングにより成膜される。
【0076】
(6) 次に、例えば上部電極14、および圧電体層12をパターニングして、所望の形状の柱状部を形成することができる。その後、例えば下部電極10をパターニングしても良い。各層のパターニングには、例えばリソグラフィ技術およびエッチング技術を用いることができる。下部電極10、圧電体層12、および上部電極14は、各層の形成ごとにパターニングされることもできるし、複数層の形成ごとに一括してパターニングされることもできる。
【0077】
以上の工程により、基体200上に、下部電極10、圧電体層12、および上部電極14を有する圧電素子100が形成される。
【0078】
3.実験例
(1)サンプルの形成
(110)単結晶シリコン基板上に、酸化シリコン層を1000nm、酸化ジルコニウム層を500nmの膜厚で順に形成した。酸化シリコン層はシリコン基板を熱酸化することにより形成した。また、酸化ジルコニウム層は、ジルコニウムをスパッタ法で成膜した後、熱酸化して形成した。ついで、酸化ジルコニウム層の上に、白金層をスパッタ法にて100nmの膜厚で形成した。さらに、白金層の上に、イリジウム層をスパッタ法にて100nmの膜厚で形成した。ついで、イリジウム層の上に、チタン層をスパッタ法にて5nmの膜厚で形成した。ついで、チタン層の上に、PZTのゾルゲル原料をスピンコートによって塗布した。ゾルゲル原料での各原料の仕込み組成は、Pb:Zr:Ti=1.15:1:1であった。
【0079】
圧電体層は、上記ゾルゲル原料を塗布した後、酸素雰囲気中で780℃のRTAアニールを15秒間行って200nmのPZT膜を得た。この工程を5回繰り返して、膜厚が約1.0μmのPZT層を得た。このとき、PZT層の下に、チタン酸鉛の層が形成された。
【0080】
さらに、PZT層の上に、イリジウム層をスパッタ法にて200nmの膜厚で形成した。以上のようにしてサンプルを形成した。
【0081】
(2)サンプルの評価
(A)X線回折測定
サンプルのPZT層について、X線回折を行って、θ―2θにおいてPZT(200)ピークのロッキングカーブを求めたところ、その半値幅は21度であった。このことから、PZTの(100)配向率は90%であることが確認された。
(B)透過電子顕微鏡(TEM)による観察
サンプルの圧電体層をTEMによって観察した。その結果のひとつのTEM像を図7に示す。図7から、下部電極上に、約16nmのチタン酸鉛の層(第1圧電体層12a)が確認された。また、このチタン酸鉛の層は、下部電極(IrO)の上面に対して、約3.2度で傾いていることが確認された。チタン酸鉛の層は、膜厚方向の格子定数(L1)は、0.393nmであった。同様に、TEM像から、チタン酸鉛の層は、膜面内方向の格子定数を求めたところ、0.410nm、であった。
【0082】
以上のことから、チタン酸鉛の層は、膜面内方向に最も長い格子定数(L1)を有し、下部電極と平行な方向に沿って分極軸が向いているテトラゴナル構造であることが確認された。
【0083】
さらに、チタン酸鉛層の上に形成されたチタン酸ジルコン酸鉛の層について、X線回折により格子定数を求めたところ、以下のようであった。X方向およびY方向の格子定数(L2、L2)は、0.418nm、Z方向の格子定数(L2)は、0.411nmであった。
(C)ラマン散乱測定
図8は、上記サンプルに対してラマン散乱測定を行った結果である。測定条件としては、励起レーザーの波長は514.5nm、測定温度は4.2K、測定構成はバックスキャッタリング配置、対物レンズは50倍、測定時間は20分である。
【0084】
波数(ラマンシフト)が250−300[cm−1]領域に現れる固有振動ピークには、結晶の対称性の低下により縮退・分裂が発生する。このことを結晶の対称性の評価のために利用することができる。具体的には、チタン酸ジルコン酸鉛の構造が、ペロブスカイト型構造のうちのテトラゴナル構造やロンボヘドラル構造という高い結晶対称性を有する構造である場合には、上記ピークは1つに縮退している。一方、チタン酸ジルコン酸鉛の構造がモノクリニック構造という低い結晶対称性を有する構造である場合には、上記ピークは2つに分裂する。よって、このピークが1つなのか2つなのかを評価することとなる。
【0085】
図8に示すように、上述した固有振動ピークの分裂は、ZrとTiの組成比(Zr/Ti)が40/60(図中c)以上、50/50(図中k)以下である場合に観測された。
【0086】
以上のことから、チタン酸ジルコン酸鉛はモノクリニック構造であり、分極軸が膜厚方向に対して一定角度だけ傾いているエンジニアード・ドメイン構造であることが確認された。
【0087】
図8のラマンスペクトラムではZrが50を越える場合には、モノクリニックであることを確認できない。しかし、少なくともZr/Tiが60/40の組成でもX線回折の測定からL2x>L2zであることが確認されており、このことから当該組成において第2圧電体12bはモノクリニックの対称性を有しているといえる。
【0088】
4.液滴噴射ヘッド
図9は、本実施形態に係る液滴噴射ヘッド1000を模式的に示す断面図である。図10および図11は、液滴噴射ヘッド1000の変形例を模式的に示す断面図である。図12は、液滴噴射ヘッド1000を模式的に示す分解斜視図であり、通常使用される状態とは上下逆に示したものである。なお、図12では、便宜上、駆動部30を簡略化して示している。
【0089】
液滴噴射ヘッド1000は、上述した圧電素子100を含んで構成される。上述した圧電素子100の基体200は、本実施形態では、圧力室を有する基板(以下、「圧力室基板」という)20と、弾性板26と、ノズル板28と、を有する。また、弾性板26の上には、駆動部30を有する。
【0090】
圧力室基板20としては、例えば(110)単結晶シリコン基板(面方位<110>)を用いることができる。圧力室基板20は、開口部からなる圧力室20aを有する。
【0091】
弾性板26は、圧力室基板20上に形成されている。弾性板26は、例えば、エッチングストッパ層22と、エッチングストッパ層22上に形成された弾性層24と、を有することができる。エッチングストッパ層22は、例えば酸化シリコン(SiO)からなる。エッチングストッパ層22の厚さは、例えば1μmである。弾性層24は、例えば酸化ジルコニウム(ZrO)からなる。弾性層24の厚さは、例えば1μmである。なお、図示しないが、弾性板26は、エッチングストッパ層22を有しないこともできる。
【0092】
駆動部30は、弾性板26上に形成されている。駆動部30は、弾性板26を屈曲させることができる。駆動部30は、弾性板26(より具体的には弾性層24)上に形成された下部電極10と、下部電極10上に形成された圧電体層12と、圧電体層12上に形成された上部電極14と、を有する。圧電体層12は、第1圧電体層12aと、第2圧電体層12bとを有する。駆動部30を構成する下部電極10、圧電体層12および上部電極14については、圧電素子の説明で既に述べたので、詳細な説明は省略する。
【0093】
本実施形態では、駆動部30の圧電体層12および上部電極14は、圧力室20aの上に形成されており、駆動部30の下部電極10は、例えば圧力室基板20の上にも形成され、共通電極として機能することができる。
【0094】
ノズル板28は、圧力室20aに通じるノズル孔28aを有する。ノズル孔28aからは、インクなどの液滴が吐出される。ノズル板28には、例えば、多数のノズル孔28aが一列に設けられている。ノズル板28としては、例えばステンレス鋼(SUS)製の圧延プレート、シリコン基板などを用いることができる。ノズル板28は、通常使用される状態では圧力室基板20の下(図12では上)に固定される。図12に示すように、筐体56は、液滴噴射ヘッド1000を収納することができる。筐体56は、例えば、各種樹脂材料、各種金属材料等を用いて形成される。
【0095】
図12に示すように、圧力室基板20がノズル板28と弾性板26との間の空間を区画することにより、リザーバ(液体貯留部)523、供給口524、および複数のキャビティ(圧力室)20aが設けられている。弾性板26には、厚さ方向に貫通した貫通孔531が設けられている。リザーバ523は、外部(例えばインクカートリッジ)から貫通孔531を通じて供給されるインクなどの液体もしくは分散体(以下、「インク」という)を一時的に貯留する。供給口524によって、リザーバ523から各キャビティ20aへインクが供給される。
【0096】
キャビティ20aは、各ノズル孔28aに対して1つずつ配設されている。キャビティ20aは、弾性板26の変形により容積可変になっている。この容積変化によりキャビティ20aからインクが吐出される。
【0097】
駆動部30は、圧電素子駆動回路(図示せず)に電気的に接続され、該圧電素子駆動回路の信号に基づいて作動(振動、変形)することができる。弾性板26は、駆動部30の変形によって変形し、キャビティ20aの内部圧力を瞬間的に高めることができる。
【0098】
本実施形態に係る液滴噴射ヘッド1000によれば、本実施形態に係る圧電素子100を有しているので、圧電体層12の圧電変位量を大きくすることができ、優れた液滴吐出機能を有する。この特徴は,以下に述べる変形例でも同様である。
【0099】
図10および図11は、本実施形態の液滴噴射ヘッド1000の変形例を示す。図9に示す部材と実質的に同じ部分には同一符合を付して説明を省略し、図9に示す液滴噴射ヘッド1000と異なる点について主に説明する。
【0100】
図10に示す液滴噴射ヘッド1000においては、駆動部30を構成する電極の構成が図9に示すものと異なっている。具体的には、下部電極10と、第2圧電体層12bとがキャビティ(圧力室)20aの上にのみ位置している。そして、第1圧電体層12aと、上部電極14は、平面的にみて、圧力室20aより外側にも形成されている。この場合、上部電極14が共通電極として機能することができる。
【0101】
図10に示す例では、第1圧電体層12aを弾性板26の上に全面的に形成することで、第2圧電体層12bの下に当該第2圧電体層12bより広い領域に、配向性御層となる第1圧電体層12aを配置でき、結晶性の高い第2圧電体層12bをできる。
【0102】
また、図10に示す例では、第1圧電体層12aを設けることにより、弾性板26の固有振動数を調整することができる。
【0103】
図11に示す液滴噴射ヘッド1000においては、駆動部30を構成する電極の構成が図9に示すものと異なっている。具体的には、下部電極10が圧力室20aの上にのみ位置している。そして、第1圧電体層12aと、第2圧電体層12bと、上部電極14とは、平面的にみて、圧力室20aより外側にも形成されている。この場合、上部電極14が共通電極として機能することができる。
【0104】
図11に示す例では、図10に示す例と同様に、第1圧電体層12aを弾性板26の上に全面的に形成することで、圧電素子の駆動部30を構成する第2圧電体層12bの下に当該第2圧電体層12bより広い領域に、配向性御層となる第1圧電体層12aを配置でき、結晶性の高い第2圧電体層12bをできる。
【0105】
図11に示す例では、図10に示す例と同様に、第1圧電体層12aと第2圧電体層12bとを設けることにより、弾性板26の固有振動数を調整することができる。
【0106】
5.液滴噴射ヘッドの製造方法
次に、本実施形態に係る液滴噴射ヘッド1000の製造方法について、図9を参照して説明する。
【0107】
(1) まず、例えば(110)単結晶シリコン基板上に弾性板26を形成する。具体的には、例えば、単結晶シリコン基板上の全面に、エッチングストッパ層22、弾性層24をこの順に成膜する。これにより、エッチングストッパ層22および弾性層24を有する弾性板26が形成される。エッチングストッパ層22は、例えば熱酸化法により成膜される。弾性層24は、例えばスパッタリングにより成膜される。
【0108】
(2) 次に、弾性板26上に駆動部30を形成する。具体的には、まず、弾性板26上の全面に、下部電極10、圧電体層12、および上部電極14をこの順に成膜する。駆動部30を構成する下部電極10,圧電体層12および上部電極14の製造方法については、圧電素子の製造方法で既に述べたので詳細な説明を省略する。
【0109】
(3) 次に、単結晶シリコン基板をパターニングして圧力室20aを形成し、圧力室基板20を得る。圧力室基板20のパターニングには、例えばリソグラフィ技術およびエッチング技術を用いることができる。圧力室20aは、例えば、エッチングストッパ層22を露出させるように圧力室基板20の一部をエッチングして形成される。このエッチング工程においては、エッチングストッパ層22をエッチングのストッパとして機能させることができる。即ち、圧力室基板20をエッチングする際には、エッチングストッパ層22のエッチング速度は、圧力室基板20のエッチング速度よりも遅い。
【0110】
(4) 圧力室基板20の下端にノズル板28を接合する。このとき、ノズル板28のノズル孔28aと圧力室基板20の圧力室20aとが連続するように位置合わせされる。
【0111】
以上の工程によって、液滴噴射ヘッド1000が形成される。
【0112】
図10および図11に示す液滴噴射ヘッド1000の場合には、駆動部30を構成する下部電極10、第1圧電体層12a、第2圧電体層12bおよび上部電極14は、上述したような公知のリソグラフィ技術およびエッチング技術を用いて形成することができる。
【0113】
なお、上述した例では、液滴噴射ヘッド1000は、インクジェット式記録ヘッドはもちろんのこと、例えば、液晶ディスプレイ等のカラーフィルタの製造に用いられる色材噴射ヘッド、有機ELディスプレイ、FED(面発光ディスプレイ)等の電極形成に用いられる電極材料噴射ヘッド、バイオチップ製造に用いられる生体有機物噴射ヘッドなどとして用いられることもできる。
【0114】
6.液滴噴射装置
次に、上述した液滴噴射ヘッドを有する液滴噴射装置について説明する。ここでは、本実施形態に係る液滴噴射装置600がインクジェット液滴噴射装置である場合について説明する。図13は、本実施形態に係る液滴噴射装置600を模式的に示す斜視図である。
【0115】
液滴噴射装置600は、ヘッドユニット630と、ヘッドユニット駆動部610と、制御部660と、を含む。また、液滴噴射装置600は、装置本体620と、給紙部650と、記録用紙Pを設置するトレイ621と、記録用紙Pを排出する排出口622と、装置本体620の上面に配置された操作パネル670と、を含むことができる。
【0116】
ヘッドユニット630は、上述した液滴噴射ヘッド1000を有する。ヘッドユニット630は、さらに、液滴噴射ヘッド1000にインクを供給するインクカートリッジ631と、液滴噴射ヘッド1000およびインクカートリッジ631を搭載した運搬部(キャリッジ)632と、を備える。
【0117】
ヘッドユニット駆動部610は、ヘッドユニット630を往復動させることができる。ヘッドユニット駆動部610は、ヘッドユニット630の駆動源となるキャリッジモーター641と、キャリッジモーター641の回転を受けて、ヘッドユニット630を往復動させる往復動機構642と、を有する。
【0118】
往復動機構642は、その両端がフレーム(図示せず)に支持されたキャリッジガイド軸644と、キャリッジガイド軸644と平行に延在するタイミングベルト643と、を備える。キャリッジガイド軸644は、キャリッジ632が自在に往復動できるようにしながら、キャリッジ632を支持している。さらに、キャリッジ632は、タイミングベルト643の一部に固定されている。キャリッジモーター641の作動により、タイミングベルト643を走行させると、キャリッジガイド軸644に導かれて、ヘッドユニット630が往復動する。この往復動の際に、液滴噴射ヘッド1000から適宜インクが吐出され、記録用紙Pへの印刷が行われる。
【0119】
制御部660は、ヘッドユニット630、ヘッドユニット駆動部610、および給紙部650を制御することができる。
【0120】
給紙部650は、記録用紙Pをトレイ621からヘッドユニット630側へ送り込むことができる。給紙部650は、その駆動源となる給紙モーター651と、給紙モーター651の作動により回転する給紙ローラ652と、を備える。給紙ローラ652は、記録用紙Pの送り経路を挟んで上下に対向する従動ローラ652aおよび駆動ローラ652bを備える。駆動ローラ652bは、給紙モーター651に連結されている。
【0121】
ヘッドユニット630、ヘッドユニット駆動部610、制御部660、および給紙部650は、装置本体620の内部に設けられている。
【0122】
なお、上述した例では、液滴噴射装置600がインクジェット液滴噴射装置である場合について説明したが、本発明の液滴噴射装置は、工業的な液滴吐出装置として用いられることもできる。この場合に吐出される液体(液状材料)としては、各種の機能性材料を溶媒や分散媒によって適当な粘度に調整したものなどを用いることができる。
また、本発明は焦電センサーや超音波センサーなどキャパシタ構造からなる圧電素子に共通して用いることのできる技術である。
【0123】
上記のように、本発明の実施形態について詳細に説明したが、本発明の新規事項および効果から実体的に逸脱しない多くの変形が可能であることは当業者には容易に理解できよう。従って、このような変形例はすべて本発明の範囲に含まれるものとする。
【符号の説明】
【0124】
10 下部電極、12 圧電体層、12a 第1圧電体層、12b 第2圧電体層、14
上部電極、20 圧力室基板、20a 圧力室、22 エッチングストッパ層、24 弾性層、26 弾性板、28 ノズル板、100 圧電素子、200 基体、1000 液滴噴射ヘッド、30 駆動部、523 リザーバ、524 供給口、531 貫通孔、600 液滴噴射装置、610 ヘッドユニット駆動部、620 装置本体、621 トレイ、622 排出口、630 ヘッドユニット、631 インクカートリッジ、632 キャリッジ、641 キャリッジモーター、642 往復動機構、643 タイミングベルト、644 キャリッジガイド軸、650 給紙部、651 給紙モーター、652
給紙ローラ、660 制御部,670 操作パネル。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ノズル孔に連通する圧力室を有する基板と、
下部電極と、前記下部電極の上方に形成されペロブスカイト型酸化物からなる圧電体層と、前記圧電体層の上方に形成された上部電極と、を有し、前記圧力室内の液体に圧力変動を生じさせる圧電素子と、を備えた液滴噴射ヘッドであって、
前記圧電体層は、前記下部電極側に位置する第1圧電体層と、前記第1圧電体層と前記上部電極との間に位置する第2圧電体層と、を有し、
前記第1圧電体層の分極軸は、当該第1圧電体層の膜面内方向に優先的に向いており、
前記第2圧電体層は、擬立方晶の表示で(100)に優先的に配向している、液滴噴射ヘッド。
【請求項2】
請求項1において、
前記第2圧電体層は、モノクリニック構造である、液滴噴射ヘッド。
【請求項3】
請求項1または請求項2において、
前記第1圧電体層は、テトラゴナル構造である、液滴噴射ヘッド。
【請求項4】
請求項1ないし請求項3のいずれか1項において、
前記第2圧電体層は、チタン酸ジルコン酸鉛である、液滴噴射ヘッド。
【請求項5】
請求項1ないし請求項4のいずれか1項において、
前記第1圧電体層は、チタン酸鉛である、液滴噴射ヘッド。
【請求項6】
請求項5項において、
前記第1圧電体層は、さらにジルコニウムを含む、液滴噴射ヘッド。
【請求項7】
請求項1ないし請求項6のいずれか1項において、
前記第1圧電体層の膜厚は、1nm以上、20nm以下である、液滴噴射ヘッド。
【請求項8】
請求項1ないし請求項7のいずれか1項において、
前記第1圧電体層において、当該第1圧電体層の膜厚方向に沿った格子定数をL1zとし、当該第1圧電体層の膜面内方向に沿った格子定数のうちの最大値をL1xとしたとき、L1z<L1xであり、
前記第2圧電体層において、当該第2圧電体層の膜厚方向に沿った格子定数をL2zとし、当該第2圧電体層の膜面内方向に沿った格子定数のうちの最大値をL2xとしたとき、L2z<L2xである、液滴噴射ヘッド。
【請求項9】
請求項1ないし請求項8のいずれか1項において、
前記第1圧電体層において、前記分極軸の方向の比誘電率をεxとし、擬立方晶の表示で前記分極軸と直交する方向の比誘電率をεzとしたとき、εx<εzである、液滴噴射ヘッド。
【請求項10】
請求項1ないし請求項9に記載の液滴噴射ヘッドを有する、液滴噴射装置。
【請求項11】
下部電極と、前記下部電極の上方に形成されペロブスカイト型酸化物からなる圧電体層と、前記圧電体層の上方に形成された上部電極と、を備えた圧電素子であって、
前記圧電体層は、前記下部電極側に位置する第1圧電体層と、前記第1圧電体層と前記上部電極との間に位置する第2圧電体層と、を有し、
前記第1圧電体層の分極軸は、当該第1圧電体層の膜面内方向に優先的に向いており、
前記第2圧電体層は、擬立方晶の表示で(100)に優先的に配向している、圧電素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−93307(P2011−93307A)
【公開日】平成23年5月12日(2011.5.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−204079(P2010−204079)
【出願日】平成22年9月13日(2010.9.13)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】