説明

溶接金属部の靭性に優れたレーザビーム溶接継手

【課題】引張強度が780MPa以上の鋼材で溶接金属部の引張強度が780MPa以上、且つ靭性に優れたレーザビーム溶接継手を提供する。
【解決手段】溶接金属が、mass%で、C:0.02〜0.14%、Ti:0.006〜0.05%、Al:0.02%以下、B:0.001%以下、O:0.02〜0.05%、C:0.14%以下、Ti:0.05%以下、Al:0.02%以下、B:0.001%以下、O:0.02%以上、Ceq(=C+Mn/6+Si/24+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/14、C、Mn、Si、Ni、Cr、Mo、V:各合金元素の含有量(mass%))が0.33〜0.53%の組成と、面積率で40%以上のアシキュラーフェライト相を含むミクロ組織を有し、レーザビーム溶接のシールドガスとして酸素供給ガスを含有するガスを用いたレーザビーム溶接継手。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼材のレーザビーム溶接継手に関し、特に引張強度が780MPa以上の鋼材で溶接金属部の引張強度が780MPa以上、且つ靭性に優れたものに関する。
【背景技術】
【0002】
レーザビーム溶接は、エネルギー密度が高いことから深溶け込みの高速溶接が可能で、高能率な溶接方法として期待されている。また、極めて局所的な溶融となるため母材への熱影響も小さく、歪や変形が小さい高品質な溶接継手を得ることができる。
【0003】
このため、自動車など薄板分野においては、既に部材や車体の組立工程に実用化が進んでおり、多くの適用実績がある。一方、厚板分野においても、近年、高出力で光ファイバー伝送が可能な高性能のレーザビーム溶接機が市販されるようになり、溶接可能な板厚が増大したことから実用化に向けた本格的な検討がなされるようになった。
【0004】
しかしながら、レーザビーム溶接は従来アーク溶接に比べて小入熱溶接であるため溶接後の冷却速度が速く、その結果、溶接金属部や熱影響部が硬化して靭性が劣化する場合が多いという問題がある。
【0005】
このような問題に対して、例えば特許文献1では、鋼材の化学組成やAl含有量を調整すると共に、酸化性雰囲気中で溶接することにより、レーザビーム溶接金属中の酸素含有量やAl/O比を制御し、レーザビーム溶接金属組織をアシキュラーフェライトの発達した組織とすることで高靭化を図る技術が開示されている。
【0006】
特許文献2では、鋼材および溶接材料のTi、B含有量および炭素当量をそれぞれ規定すると共に、酸素供給ガスを含有するシールドガスを用いて溶接することにより、レーザビーム溶接金属をアシキュラーフェライト主体の組織にして、溶接金属部と熱影響部の高靭化を図る技術が開示されている。
【0007】
特許文献3では、鋼材の化学組成を選択すると共に、最適なシールドガス雰囲気下でレーザビーム溶接することにより、溶接金属中の介在物組成や酸素、Al、Ti含有量のバランスを規定範囲に制御し、その結果、レーザビーム溶接金属組織のアシキュラーフェライト化を確実に実現させることで溶接金属部の高靭化を図る技術が開示されている。
【0008】
特許文献4では、鋼材の化学組成や焼入臨界直径DIを調整することで、レーザビーム溶接熱影響部の加熱オーステナイト粒径や組織に占めるマルテンサイトの割合を規定範囲に制御し、その結果、レーザビーム溶接熱影響部の高靭化を図る技術が開示されている。
【0009】
特許文献5では、鋼材の化学組成や炭素当量を調整することで、レーザビーム溶接金属部のオーステナイト粒径や組織に占めるマルテンサイトの割合を規定範囲に制御し、その結果、レーザビーム溶接金属部と熱影響部の高靭化を図る技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2002−121642号公報
【特許文献2】特開2003−200284号公報
【特許文献3】特許第3633501号公報
【特許文献4】特開2002−212666号公報
【特許文献5】特開2008−184672号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかし、特許文献1では炭素当量を0.17〜0.35%に、特許文献2では炭素当量を0.17〜0.42%にそれぞれ規定されていることから、その適用できる鋼材の強度レベルは490MPaあるいは590MPa級を対象としたものである。
【0012】
特許文献3で提案された手法は、レーザビーム溶接金属組織のアシキュラーフェライト面積率を80%以上にすることで高靭化を図ったものであり、その適用できる鋼材の強度レベルは490MPa級が限界である。
【0013】
特許文献4および特許文献5では、鋼材の強度レベルが590MPaあるいは780MPa級といった高強度鋼を対象としたもので、ミクロ組織をマルテンサイト化することで高靭化を図っている。
【0014】
しかしながら、特許文献4で提案された手法は、レーザビーム溶接熱影響部の靭性改善を図ったものであり、レーザビーム溶接金属部の靭性向上に関しては考慮されていない。また特許文献5で提案された手法は、レーザビーム溶接金属部の靭性についても考慮されているが、レーザビーム溶接金属の化学組成についての明記はなく、例えばフィラーワイヤなどを用いた場合にその効果が得られるかは疑問である。
【0015】
そこで、本発明は、上記した従来技術の問題点を鑑みて、引張強度が780MPa以上の高強度鋼において、溶接金属部の靭性に優れたレーザビーム溶接継手およびその製造方法を提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、上記課題を解決するために、引張強度が780MPaレベルの高強度鋼におけるレーザビーム溶接金属部の靭性におよぼす溶接金属の化学組成やミクロ組織について詳細な調査を行った。
【0017】
その結果、レーザビーム溶接金属部の靭性は、マトリックス組織中に微細なアシキュラーフェライト相をある割合以上含んだ組織を呈する場合に良好であった。従来より、微細なアシキュラーフェライトはTi系酸化物を核生成サイトとして形成されることが知られており、780MPaレベルの高強度鋼のレーザビーム溶接金属においても酸素量やTi含有量などを適正に制御することで高靭化が達成されることを知見した。
【0018】
また、このような靭性に良好な微細アシキュラーフェライトを多く含んだミクロ組織は、酸素供給ガスを含んだシールドガス中でレーザビーム溶接を行った場合に得られ、酸素供給ガスを含まない不活性ガスをシールドガスに用いた場合には得られないことも判明した。すなわち、本発明は、
1.鋼材のレーザビーム溶接継手であって、溶接金属が、mass%で、C:0.02〜0.14%、Ti:0.006〜0.05%、Al:0.02%以下、B:0.001%以下、O:0.02〜0.05%、下記(1)式で定義されるCeqが0.33〜0.53%の組成と、面積率で40%以上のアシキュラーフェライト相を含むミクロ組織を有することを特徴とする溶接金属部の靭性に優れたレーザビーム溶接継手。
Ceq=C+Mn/6+Si/24+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/14
(1)
ここで、Ceq:炭素当量(mass%)
C、Mn、Si、Ni、Cr、Mo、V:各合金元素の含有量(mass%)
2.レーザビーム溶接のシールドガスとして酸素供給ガスを含有するガスを用いたことを特徴とする1記載の溶接金属部の靭性に優れたレーザビーム溶接継手。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、引張強度が780MPa級以上の高強度鋼で、溶接金属部の靭性に優れたレーザビーム溶接継手を提供することができ、産業上格段の効果を奏する。
【発明を実施するための形態】
【0020】
まず、本発明のレーザビーム溶接継手の溶接金属の化学成分に関する限定理由について説明する。説明において%はmass%とする。
【0021】
C:0.02〜0.14%
Cは、焼入れ性を増加させる元素であるため、溶接金属の強度確保に重要な元素である。しかし、0.02%未満では十分な強度の確保が困難である。一方、0.14%を超えて含有すると、レーザビーム溶接金属のマトリックス組織中におけるマルテンサイト相の硬さが上昇すると共に、M−A組織(島状マルテンサイト)の生成が顕著となる。その結果、レーザビーム溶接金属部の靭性は著しく劣化する。このため、溶接金属のCは0.02〜0.14%に限定する。
【0022】
Ti:0.006〜0.05%
Tiは、Ti系酸化物を介してアシキュラーフェライト生成に有効に働き、レーザビーム溶接金属部の高靭化に寄与する重要な元素である。レーザビーム溶接を酸素供給ガスを含有するシールドガス中で行うことで、鋼材や溶接材料に含まれるTiは酸素と結合してTi系酸化物を形成する。このTi系酸化物がアシキュラーフェライトの核生成サイトとして働き、レーザビーム溶接金属は微細なアシキュラーフェライト相を含んだミクロ組織となり、溶接金属の靭性が向上する。溶接金属中のTi含有量が0.006%未満では、アシキュラーフェライトの核生成サイトとなる酸化物の量が十分に確保できない。一方、溶接金属中のTi含有量が0.05%を超えて含有すると、溶接金属中に不要な析出物を増加させ、靭性を低下させる。このため、溶接金属のTiは0.006〜0.05%に限定する。
【0023】
Al:0.02%以下
Alは、Tiよりも酸素との親和力が強いため、溶接金属の凝固過程初期段階に酸化物(Al)を形成する。しかしながら、Alはアシキュラーフェライトの核生成サイトとして機能しない酸化物である。
【0024】
従って、本発明ではアシキュラーフェライトの核生成サイトとして機能するTi系酸化物を優先的に生成させるという観点からは、レーザビーム溶接金属中のAl含有量は低減することが好ましいが、0.02%までは許容する。Alが0.02%を超えて含有された場合、Ti系酸化物による溶接金属組織のアシキュラーフェライトを確保するため多量の酸素を含有させることが必要となり、酸化物が過剰となって靭性は劣化する。このため、溶接金属のAlは0.02%以下に限定する。
【0025】
B:0.001%以下
Bは、焼入れ性を増加させる元素であるため、溶接金属の強度確保に有効な元素である。しかし、本発明で対象とする引張強度が780MPaレベルの高強度鋼のレーザビーム溶接金属では、B含有量が0.001%を超えるとレーザビーム溶接金属のマトリックス組織はマルテンサイトが90%以上を占めるような組織となり、溶接金属部の靭性が劣化する。このため、溶接金属のBは0.001%以下に限定する。
【0026】
O:0.02〜0.05%
Oは、溶接金属中でTiと結合した酸化物系介在物の形態で存在し、アシキュラーフェライトの核生成サイトとして働き、レーザビーム溶接金属部の高靭化に寄与する重要な元素である。溶接金属のO含有量が0.02%未満では、十分な量のTi系酸化物が確保できないため、このような高靭化効果を得ることはできない。一方、溶接金属のO含有量が0.05%を超えると、酸化物が過剰になるとともに粗大な介在物も生成して靭性は劣化する。このため、溶接金属のOは0.02〜0.05%に限定する。
【0027】
Ceq:0.33〜0.53%
Ceq(=C+Mn/6+Si/24+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/14、ここで、C、Mn、Si、Ni、Cr、Mo、V:各元素の含有量(mass%))は、溶接硬化性および焼入れ性を示す指標であり、溶接継手部の強度や靭性に大きな影響を与える。レーザビーム溶接のように冷却速度が速い溶接においては、溶接金属のCeqが0.53%を超えると、溶接金属が著しく硬化し、靭性が低下する。一方、溶接金属のCeqが0.33%未満の場合、レーザビーム溶接のような冷却速度が速い溶接においても十分な焼入れ性が確保されず、粒界フェライトあるいはポリゴナルフェライトが生成するようになる。その結果、780MPa級の引張強度を満足することが困難となり、靭性も低下する。このため、溶接金属のCeqは0.33〜0.53%、好ましくは、0.35〜0.50%である。
【0028】
引張強度が780MPa級以上の高強度鋼の場合、その成分組成として、C、Si、Mn、Cu、Ni、Cr、Mo、Nb、V、Tiが含有され、レーザビーム溶接金属には各合金元素の含有量の一部が含有される。更に、溶接材料(フィラーワイヤ)から各種合金元素が添加されるため、本発明では、溶接金属におけるC、Ti、Al、B、Oの含有量とCeqの上下限を規定し、残部Fe及び不可避的不純物とする。しかしながら、本発明で用いる母材の成分組成としては、C:0.15%以下、Si:0.4%以下、Mn:2.0%以下、P:0.01%以下、S:0.01%以下、Ti:0.04%以下であることが好ましい。またフィラーワイヤの成分組成としては、C:0.14%以下、Si:0.8%以下、Mn:3.0%以下、P:0.02%以下、S:0.02%以下、Ti:0.01〜0.06%であることが好ましい。
【0029】
次にミクロ組織について説明する。レーザビーム溶接金属部の高靭化を図るためには、上記化学成分の限定を前提とした上で、ミクロ組織を面積率で40%以上のアシキュラーフェライト相を含む組織とする。
【0030】
アシキュラーフェライト相が面積率で40%未満では、良好な靭性が得られない。このため、本発明においては、アシキュラーフェライト相が面積率で40%以上に限定する。なお、溶接金属の引張強度が780MPa以上を満足するためには、アシキュラーフェライト相以外の組織は、ベイナイト相および/またはマルテンサイト相とする。
【0031】
上記化学成分およびミクロ組織を有するレーザビーム溶接金属を製造する方法として、レーザビーム溶接時のシールドガスに酸素供給ガスを含有するガスを用いる。酸素供給ガスとしては、酸素ガス、炭酸ガスあるいはそれらの混合ガスを含む不活性ガスが例示される。
【0032】
酸素供給ガスを含有する酸化性雰囲気中で溶接することにより、酸素が溶接金属中に供給され、鋼材や溶接材料に含有されるTiが酸素と結合してTi系酸化物を形成し、溶接金属中に分散される。
【0033】
Ti系酸化物はアシキュラーフェライトの核生成サイトとして有効に働き、溶接金属組織を微細なアシキュラーフェライト相を含んだ組織にして、高い靭性が得られるようになる。
【0034】
以下、実施例に基づいて本発明の効果を示す。
【実施例】
【0035】
表1に示す化学組成の供試鋼板(板厚11mm)と、表2に示す化学組成の溶接材料(フィラーワイヤ、直径1.0mm)を種々組合わせて、さらにレーザビーム溶接時のシールドガスを変化させてレーザビーム溶接継手を作製した。
【0036】
レーザビーム溶接は、ファイバーレーザ溶接装置を用いて、レーザ出力:10kW、溶接速度:0.8m/min、開先形状:I開先、ルートギャップ:0.5mmの条件にて行った。
【0037】
得られたレーザビーム溶接継手について、溶接金属の化学組成分析、マトリックス組織のミクロ観察、シャルピー衝撃試験、ビッカース硬さ測定を実施した。レーザビーム溶接金属組織中のアシキュラーフェライト面積率は、光学顕微鏡(×400)で5視野観察し、画像解析装置により計測した各視野のアシキュラーフェライト面積率の平均値とした。
【0038】
シャルピー衝撃試験は、溶接金属中央部から2mmVノッチシャルピー衝撃試験片を採取し、−20℃における吸収エネルギー(vE−20℃)にて評価した。ビッカース硬さ測定は、溶接金属中央部を板厚方向に荷重9.8Nで測定した平均値で評価した。
【0039】
表3にこれらの試験結果を示す。継手No.1〜8は、レーザビーム溶接金属部のC、Ti、Al、B、O、Ceqが本発明で規定する要件を満足し、溶接金属部のミクロ組織も面積率で40%以上のアシキュラーフェライト相を含む本発明例で、レーザビーム溶接金属部のシャルピー吸収エネルギー(vE−20℃)は100Jを超える値となっている。ビッカース硬さも260を超えており、780MPa以上の引張強度を有していることが確認された(JISハンドブック鉄鋼1(2010)硬さ換算表(SAEJ417)による)。
【0040】
これに対して、継手No.9はシールドガスにArを用いたため、溶接金属のO量が本発明で規定する範囲外となり、ミクロ組織においてアシキュラーフェライト相が生成せず、靭性に劣っている。継手No.10は、溶接金属のCおよびCeqが本発明で規定する範囲の上限を超えているため、アシキュラーフェライト相が含まれない非常に硬い組織となり、靭性が低い。
【0041】
継手No.11は、溶接金属のO量が0.012%と本発明で規定する範囲の下限未満であるため、ミクロ組織中のアシキュラーフェライト相の割合が少なく、靭性が低い。継手No.12は、溶接金属のTiおよびAlが本発明で規定する範囲の上限を超えているため、ミクロ組織はアシキュラーフェライト相を含んでいるものの、靭性は低い。
【0042】
継手No.13は、溶接金属のCeqが本発明で規定する範囲の下限未満であるため、溶接金属はアシキュラーフェライト相の割合が少なく硬さも低くなり、靭性に劣っている。継手No.14は、溶接金属のBが本発明で規定する範囲の上限を超えているため、溶接金属はアシキュラーフェライト相が含まれない硬い組織となり、靭性が低い。
【0043】
【表1】

【0044】
【表2】

【0045】
【表3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼材のレーザビーム溶接継手であって、溶接金属が、mass%で、C:0.02〜0.14%、Ti:0.006〜0.05%、Al:0.02%以下、B:0.001%以下、O:0.02〜0.05%、下記(1)式で定義されるCeqが0.33〜0.53%の組成と、面積率で40%以上のアシキュラーフェライト相を含むミクロ組織を有することを特徴とする溶接金属部の靭性に優れたレーザビーム溶接継手。
Ceq=C+Mn/6+Si/24+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/14 (1)
ここで、Ceq:炭素当量(mass%)
C、Mn、Si、Ni、Cr、Mo、V:各合金元素の含有量(mass%)
【請求項2】
レーザビーム溶接のシールドガスとして酸素供給ガスを含有するガスを用いたことを特徴とする請求項1記載の溶接金属部の靭性に優れたレーザビーム溶接継手。

【公開番号】特開2012−115839(P2012−115839A)
【公開日】平成24年6月21日(2012.6.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−264792(P2010−264792)
【出願日】平成22年11月29日(2010.11.29)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】