説明

熱処理炉、および耐炎化繊維束ならびに炭素繊維の製造方法

【課題】炉外にローラーを持つ熱処理炉のシール性の低下、エネルギー効率の低下の問題および、炉内にローラーを持つ熱処理炉のトラブル発生時の作業性悪化の問題を改善した熱処理炉、およびその熱処理炉を使用した耐炎化繊維の製造方法ならびに炭素繊維の製造方法を提供すること。
【解決手段】複数段に配されたローラーで折り返されつつ水平走行する被処理物が、その内外に出入するためのスリット状開口部を、対向する2つの側壁に複数有する熱処理室と、前記2つの熱処理室の側壁の外側に、熱処理物が、その内外に出入するためのスリット状の開口部を、外側側壁に複数有するシール室を設けてなる熱処理炉であって、前記シール室は、前記外側側壁の一部が前記ローラーからなることを特徴とする熱処理炉。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐炎化繊維を製造するための熱処理炉、およびそれを用いた耐炎化繊維束ならびに炭素繊維の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリアクリロニトリル系繊維を原料とする炭素繊維は、引っ張り強度や弾性率などの機械特性が優れ、各種用途の構造材料用の強化材として広く用いられる。一般にポリアクリロニトリル系繊維を原料とする炭素繊維は、ポリアクリロニトリル系重合体の単繊維を数千から数万本束ねた前駆体繊維束を、耐炎化工程にて空気などの酸化気体雰囲気下で200〜300℃の温度で焼成して耐炎化繊維束を得て、次いで炭化工程にて、不活性気体雰囲気下で300〜2000℃の温度で耐炎化繊維束を炭素化して製造する。
【0003】
ポリアクリロニトリル系繊維束の耐炎化処理方法は、200〜300℃に加熱された酸化性気体が循環する熱処理室の入口と出口の両側面に炉の高さ方向に複数のガイドローラーを配し、供給される繊維束をローラーで折り返しながら水平に複数回熱処理室内を走行させて処理するのが一般的である。
【0004】
特許文献1,2に記載された熱処理炉では、図5に示すように熱処理室の前後の両側面に配されたガイドローラーは熱処理炉の外部に設けられており、炉内に供給される繊維束は各パス毎に熱処理炉の外部に出た後に再び炉内へ供給されることを繰り返す。一方で特許文献3に記載された熱処理炉では、図6に示すように前後のガイドローラーが熱処理室の内部に配されており、一度炉内に供給された繊維束は炉の内部で複数回折り返し走行してから炉の外部に出る。
【0005】
炉外にローラーを持つタイプの熱処理炉では、糸切れが生じ、繊維束の一部がローラーに巻き付くトラブルが生じたとしても、駆動を止めることなく容易に処理を行うことができるという利点を有する。
【0006】
しかしながら、熱処理室の両側面に繊維束の出入のための複数の開口部を有することになるため、開口部から炉内の加熱気体の雰囲気への漏れ出しおよび外気の炉内への漏れ込みが起こる。とくにこの漏れ出しおよび漏れ込みは炉内の上下方向の圧力差が大きくなる大型の熱処理炉で顕著である。漏れ出し漏れ込みは熱処理室内の温度斑を引き起こし、製品の品質を低下させる。また低温である外気が炉内に流入することで、熱処理室内の加熱気体の温度も下がるため、循環加熱気体を加温するためのヒーターの消費電力を増やし、エネルギー効率の低下を引き起こす。さらに、ポリアクリロニトリル系繊維束の耐炎化処理では、処理が必要なシアン等の有害分解ガスが炉の内部で発生するため、作業環境的にも炉内の気体を雰囲気へ漏出させず、別途無害化処理を行ってから外部に排出する対策を取ることが不可欠である。
【0007】
そこで上記問題を防ぐべく、熱処理室の両側面の開口部の外側にシール室を設けることが不可欠であり、これによりスペースが余分に必要となる。特許文献1のようにシール室内に気体を循環させる方法、特許文献2のようにシール室を多段にする方法など、シール室のシール性を増すための技術が多数考案されているが、熱処理炉の両側面に開口部が複数存在する以上、外気流入および炉内ガスの漏れ出しを完全に防ぐことは不可能である。
【0008】
一方、炉内にローラーを持つタイプの熱処理炉では、上記のような外気の流入や炉内ガスの漏れ出しが皆無であるため、エネルギー効率も高いこと、環境配慮的な問題がないこと、シール室が不要となるため省スペースとなることという利点を有するが、糸切れ等のトラブルが発生した際はその処理が困難となるという欠点を有する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2007−284842号公報
【特許文献2】特開2007−224432号公報
【特許文献3】特開平2−154013号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、上記従来技術の問題点を解決しようとするものであり、ポリアクリロニトリル系繊維束を耐炎化する熱処理炉、および耐炎化繊維の製造方法ならびに炭素繊維の製造方法において、炉外にローラーを持つ熱処理炉のシール性の低下、エネルギー効率の低下の問題および、炉内にローラーを持つ熱処理炉のトラブル発生時の作業性悪化の問題のいずれも解決できる、熱処理炉およびその熱処理炉を使用した耐炎化繊維の製造方法ならびに炭素繊維の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するため、本発明は次の構成を有する。すなわち、
(1)複数段に配されたローラーで折り返されつつ水平走行する被処理物が、その内外に出入するためのスリット状開口部を、対向する側壁に複数有する熱処理室と、前記熱処理室の側壁の外側に、熱処理物が、その内外に出入するためのスリット状の開口部を、外側側壁に複数有するシール室を設けてなる熱処理炉であって、前記シール室は、前記外側側壁の一部が前記ローラーからなることを特徴とする熱処理炉。
【0012】
(2)前記シール室のスリット状開口部は、前記外側側壁に複数段配置されたスリット間隔調節部材間の隙間からなり、前記スリット間隔調節部材は軸を中心とした回転機構により開閉することで、前記シール室のスリット開口部の面積を調節可能に構成されている、(1)に記載の熱処理炉。
【0013】
(3)前記ローラーの外側に取り外し可能な保温材が設置されている、(1)または(2)に記載の熱処理炉。
【0014】
(4)前記熱処理室は、加熱気体を循環させることで前記被処理物を熱処理するものである、(1)〜(3)のいずれかに記載の熱処理炉。
【0015】
(5)(1)〜(4)のいずれかに記載の熱処理炉を用い、ポリアクロニトリル系繊維束を、該熱処理室を複数回通過させて酸化性加熱気体中で耐炎化処理することを特徴とする耐炎化繊維束の製造方法。
【0016】
(6)(5)に記載の製造方法で得られた耐炎化繊維束を、不活性雰囲気中で炭素化処理することを特徴とする炭素繊維の製造方法。
である。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、熱処理炉のシール性を向上し、熱処理室内からの加熱気体流出と熱処理室への外気流入を防ぐことができる。これにより、熱処理室内の温度むらが解消され、品質の均一化および工程安定性の確保を実現することが可能である。また、熱処理炉内からの分解ガスの漏出を減少させることで、作業スペースの安全衛生を向上させる。さらには、熱処理室への低温外気の流入を防ぐことで、熱処理室の循環気体の温度低下が抑制され、ヒーターの消費電力量が減少し、エネルギー効率が上昇する。加えて、糸切れによるローラーへの繊維束の一部が巻きつくトラブル等の時に容易に対応を行うことができ、作業負荷も大きく低減する。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の実施形態の一例である熱処理炉の概略構成図である。
【図2】図1の形態のトラブル時の対応例の概略構成図である。
【図3】本発明の実施形態の別の一例である熱処理炉の概略構成図である。
【図4】図3の形態のトラブル時の対応例の概略構成図である。
【図5】従来の炉外にローラーを持つタイプの熱処理炉の概略構成図である。
【図6】従来の炉内にローラーを持つタイプの熱処理炉の概略構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、図面に基づいて本発明をさらに詳細に説明する。
【0020】
図1は実施形態の一例の熱処理炉の概略構成図である。
【0021】
本発明の熱処理炉1は、被処理繊維群Aが出入りするスリット状の開口部3を、対向する2つの側壁7に複数有する熱処理室2と、前記熱処理室2の側壁7の外側にあり、スリット状の開口部3を前記熱処理室2と共有するシール室6からなる。前記シール室6は、被処理繊維群Aが出入するスリット状の開口部4を、前記側壁7と対向する側にあるシール室側壁(外側側壁)8に複数段有し、前記シール室側壁8は少なくともその一部が複数のローラー5で構成されている。被処理繊維群Aは複数段に配されたローラー5で折り返されつつ、前記熱処理室2と前記シール室6を水平に走行し、前記熱処理室2内で加熱外気を吹き付けられることで熱処理を受けるものである。
【0022】
本発明の熱処理炉は上述のように、少なくとも一部のローラーがシール室の炉壁の一部を構成しており、実質的にローラーが部分的に炉内に存在するものである。そのため、完全に炉内にローラーを持つタイプの熱処理炉と比較して、生産性に優れている。具体的には、熱処理炉内に直接入ることなく、ローラーに触れることができるため、定常運転時に糸切れやローラー巻付きが起こった場合でも生産設備を停止することなく容易に処置することが可能である。また、スタート準備のし易さ、メンテナンスの行いやすさという点でも炉内にローラーを持つタイプの熱処理炉より優れている。
【0023】
本発明の熱処理炉の前記熱処理室スリット状開口部3および/または前記シール室スリット状開口部4は、図1に示すとおり、それぞれ前記熱処理室側壁7と前記シール室側壁8に複数段配置されたスリット間隔調節部材の隙間からなることが好ましい。かかる熱処理炉では、このスリット間隔調節部材は軸を中心とした回転機構によって開閉し、前記スリット開口部の面積を調節することが可能である。そのため、上記の定常運転時のトラブルの際やスタート準備およびメンテナンスの際には、図2のようにスリット開口部の面積を即座に増減させることが可能であり、より容易に作業を行うことができる。かかる観点から、少なくとも、シール室のスリット状開口部4が、シール室側壁8に複数段配置されたスリット間隔調節部材の隙間からなることがより好ましい。
【0024】
さらに、本発明の熱処理炉は上述のように、実質的にローラーが部分的に炉内に存在するため、完全に炉外にローラーを持つタイプの熱処理炉と比較して、シール性が優れる。具体的には炉外に通じるスリット状開口部の総面積を小さくすることができるため、炉内ガスの雰囲気への漏れ出しを防ぐことができ、雰囲気環境を悪化させることがない。また、外気の炉内への漏れ込みが少なくなり、ヒーターのエネルギー効率が上がる。さらには炉外で繊維群が冷却される時間が少なくなることで、熱処理効率も上昇する。
【0025】
シール性を考えると前記シール室のスリット状開口部4の面積は極力小さくすることが好ましいが、トラブル時等にローラー上で作業する際にはある程度の広さが必要である。また、ローラーあるいは走行する繊維群とスリット間隔調整部材が直接触れていると、繊維群に擦れによる傷みが生じる、あるいはローラーのメカロスが増加する等の操業上の不具合が発生する可能性がある。この問題を解決するためには、通常運転時は前記スリット状開口部に栓をする方法も有効である。この栓の材質としては、繊維群およびローラーとの摩擦を極力抑えることのできる断熱ゴム等が好ましいが、とくに材質は規定しない。
【0026】
前記ローラー5の位置は、ローラーが炉内に存在する部分の体積が30%以上70%以下であることが好ましい。30%未満であれば、ローラーが外気に触れる部分が大きくなり熱効率の改善効果は小さくなり、70%より大きいと操業トラブル時のローラー上での作業が困難になる。さらに好ましくは、ローラーが炉内に存在する部分の体積が40%以上60%以下であることであり、最も好ましくはローラーが炉内に存在する部分の体積が50%すなわちローラーの軸線とシール室側壁の位置が一致していることである。
【0027】
なお、図1の形態ではシール室が燃焼室の両側に1段ずつあるだけであるが、シール室を多段にすることでさらにシール性を上げることは可能である。しかし、設備費やスペースが増大するデメリットがあるため、必ずしもシール室の数が多ければよいわけでもなく、必要に応じ適宜設けると良い。また、図1に図示していないが、熱処理室からシール室へ漏れ出たガスを捕集するために、シール室は排気構造を有することも好ましい。
【0028】
本発明の熱処理炉の別の利点として、シール室を設けた場合にも炉壁の一部がローラーで構成されるため、炉壁の構造部材を省略できることが挙げられる。とくに上記のようにスリット隙間間隔を変更可能な部材は1枚1枚が高価である場合が多いため、これを必要としないのは設備コスト削減に大きく寄与する。とくにこれは段数の多い大型の熱処理炉では顕著となる。
【0029】
図3は実施形態の別の一例の熱処理炉の概略構成図である。この形態では、図1の実施形態に加えて、ローラー5を覆うような形でシール室側壁の外側に取り外し可能な保温材11が設置されている。この保温材が設置されている間は、炉内にローラーを持つ熱処理炉と同じような構成になるため、外気の炉内への漏れ込み、炉内ガスの雰囲気への漏れ出しは限りなくゼロに近づくとともに、繊維群およびローラーが外気で冷やされることがなくなり、熱効率が図1の実施形態よりさらに向上する。また、この保温材は取り外し可能であるので、上記の定常運転時のトラブルの際やスタート準備およびメンテナンスの際には図4のように容易にローラーに直接触れて作業することができる。
【0030】
この保温材の材質としては、断熱効果が高く、安価であるロックウールやガラスウールのような繊維系断熱材等が好ましいが、とくに材質は規定しない。また、図3、図4では半円上の形のものを示しているが、とくに形状は規定しない。ただし、ローラーを覆う際に直接ローラーや繊維群に触れると毛羽や傷みが生じるので、ローラーとの間である程度の空間を確保する必要がある。
【0031】
図1、図3に示す形態では、前記熱処理炉1は、前記熱処理室2の下方に位置し上方に向けて加熱気体を吹き出す気体吹き出し口9と、熱処理室2の上方に位置し加熱気体を吸い込む気体吸い込み口10を有している。気体吸い込み口10から吸い込まれた加熱気体は再び循環して、気体吹き出し口9から吹き出すことで、熱エネルギーを有効に活用することができる。この際、循環する加熱気体はヒーター等により、所望温度に維持されているのが好ましい。前記気体吹き出し口9から吹き出された加熱気体は、被処理繊維群Aの走行方向に対して交差する方向、好ましくは直角方向に吹き付けられる。この方法は、被処理繊維群Aの走行方向に対して平行方向に吹き付ける方法に対して酸化反応に伴う発熱を効率よく除熱できるため、高温、短時間での耐炎化処理に優れるとされている。なお、図1、図3に示す形態では、気体吹き出し口9と気体吸い込み口10はそれぞれ熱処理室の下方と上方に位置しているが、この位置は逆でもよい。また、本発明はこの加熱外気の吹き付け方向で限定されるものではなく、被処理繊維群の走行方向と加熱外気の吹きつけ方向が平行の場合であっても一定の効果があるものである。
【0032】
以上説明した熱処理炉1を用いて、被処理繊維群Aとして数千本から数万本束ねたポリアクロニトリル系繊維束を用い、このポリアクロニトリル系繊維束を、熱処理室1を複数回通過させて、空気などの酸化性加熱気体中で、好ましくは200〜300℃の温度で焼成し、耐炎化処理することにより、耐炎化繊維束を製造することができる。この耐炎化処理により、原糸を酸化処理し、直鎖上ポリマーの架橋、および閉環反応による構造安定化を行う。
【0033】
そして、このようにして得られる耐炎化繊維束を、窒素などの不活性雰囲気中で、好ましくは300〜2000℃の温度で焼成し、炭素化処理することにより、炭素繊維を製造することができる。この炭素化処理により、耐炎化繊維群の中の不純物が除去され、炭素結合が強化されることで、炭素繊維の優れた構造特性が発現する
こうして得られる耐炎化繊維束、炭素繊維は、従来の熱処理炉を用いる場合に比べ、熱処理室内の温度むらが低減化されていることから、品質の均一化および工程安定性が確保できるものとなる。
【実施例】
【0034】
以下実施例により本発明をさらに説明する。
【0035】
太さ1.1dtexのPAN系のプリカーサー単糸を12,000本束ねた繊維群を耐炎化処理した。本発明の熱処理炉の効果を確認するために、4つの評価項目、すなわち熱処理室内の温度バラツキ、ヒーターの消費電力量、熱処理炉近傍の作業エリア中ガス濃度、操業トラブル時の作業性について測定を実施した。
【0036】
熱処理室内の温度バラツキは、熱処理炉内に20箇所の測定点を決め、熱電対を設置することで、それぞれの測定点の室内温度を測定し、その最高温度と最低温度の差を算出した。測定点は、走行する繊維群の最上段の位置から最下段の位置まで高さ方向の5点と、繊維導入口を有する熱処理室の側壁から0.5m離れた位置から、対向する側の繊維導入口を有する熱処理室の側壁から0.5m離れた位置まで機長方向の4点を掛け合わせた計20箇所を等間隔となるように決定した。
【0037】
ヒーターの消費電力量は、一日の気温差等による変動を排除するため、1週間同時刻における消費電力量積算値を測定し、一時間あたりの消費電力を算出した。
【0038】
熱処理炉近傍の作業エリア中ガス濃度測定は、処理が必要な分解ガスの代表物質としてシアンガスの作業環境濃度を吸引式ガス検知管にて測定した。測定点は、熱処理炉外側の壁面から0.05m離れた位置で、繊維群の最上段の位置から最下段の位置まで高さ方向に等間隔となるよう5点定めた。繊維群導入口側および繊維群導出口側で測定した。
【0039】
操業トラブル時の作業性については、定常運転時に繊維群の糸傷みによる、ローラーへの巻き付きトラブル発生時の処置にかかる時間を評価した。
【0040】
(実施例1)
用いた熱処理炉は、図3において体積の50%が炉内に存在し、総段数が20段であるローラーを有したもので、繊維群が通過するスリット状開口部は、軸を中心とした回転機構により開閉するスリット間隔調節部材で構成されるものとした。また、ローラーの外側はロックウールで構成される厚さ75mmの保温材で覆った。この保温材は取り外し可能なものとした。
【0041】
耐炎化処理は、熱処理室の下面に気体吹き出し口を設け、上面に加熱気体吸い込み口を設け、熱処理室の下方から上方へ加熱気体を流し、繊維群に対して下方から加熱気体を吹き付けることで行った。気体吸い込み口から吸入した加熱気体は、再び気体吹き出し口に戻して循環使用した。気体吸い込み口と気体吹き出し口との間に設けたファンの回転数を変更し、気体吹き出し口および気体吸い込み口における加熱気体の平均速度が5m/秒になるように制御した。また、気体吸い込み口と気体吹き出し口との間に設けた加温用電気ヒーターによって、吹き出し口における加熱気体の平均温度が250℃になるように制御した。
【0042】
熱処理室の外側には排気機構を有するシール室を設けた。
【0043】
繊維群は、熱処理室の両側に設置されたガイドローラーによって走行方向を反転しながら、熱処理室内へ19回の出入を繰り返すようにした。繊維群の走行速度は0.15m/秒とした。炉外雰囲気の温度は30℃であった。
【0044】
上記、4つの評価項目、すなわち熱処理室内の温度バラツキ、ヒーターの消費電力量、熱処理炉近傍の作業エリア中ガス濃度、操業トラブル時の作業性についての測定結果を表1に示す。熱処理室内20箇所の測定点の最高温度と最低温度の差は3℃程度であり、加熱外気の設定温度と大差はなかった。このことから、外気の炉内への漏れ込みは極めて小さいことが明らかにされたと言える。また、繊維群熱処理炉外側の作業環境においてシアンガスは検出されず、炉内ガスの漏れ出しはほとんどないことが明らかにされた。さらに、定常運転中、被処理繊維群一糸条が糸傷みにより糸切れし、ローラーに巻きつくトラブルが発生したが、スムーズに処置を行うことができた。具体的には、即座にローラー外側の保温材を外し、かつスリット間隔調整部材を90°回転させ、開口部の面積を広げることで、ローラーの半分を炉外に露出させた。それにより、全体の駆動を止めることなく、容易に該当糸条の巻き付き糸を除去することができた。隣接する他糸条への影響は全くなかった。トラブル解消後は、スリット間隔調整部材の向きを元に戻し、再びローラー外側の保温材を固定することで、問題なく生産を継続した。
【0045】
(比較例1)
使用した熱処理炉の形態が図5に示すような従来の炉外にローラーを持つタイプの熱処理炉であること以外は、実施例1と同様の条件で耐炎化処理を行った。
【0046】
実施例1同様、熱処理炉のローラーの段数は20段、加熱気体の平均速度が5m/秒、吹き出し口における加熱気体の平均温度が250℃になるように制御した。また、実施例1の熱処理炉同様、熱処理室の両側にはシール室を設けた。ただし、炉外にローラーを持つタイプの熱処理炉は外気の漏れ込みが大きいため、熱処理効率を上げるためにシール室にも加熱空気を導入する必要があり、その点が実施例1と異なる。
【0047】
実施例1と同様に、4つの評価項目、すなわち熱処理室内の温度バラツキ、ヒーターの消費電力量、熱処理炉近傍の作業エリア中ガス濃度、操業トラブル時の作業性についての測定を行った結果を表1に示す。
【0048】
熱処理室内の20箇所の測定点のうち、最高温度と最小温度の差は約50℃となり、実施例1と比較すると炉内温度バラツキがかなり大きいことが明らかにされた。とくに熱処理室上部の温度が低く、加熱気体吸い込み口のある上部で外気を大きく吸い込んでいることが分かった。ヒーターの消費電力は、実施例1の約7倍となった。これは上記のような外気の漏れ込みや被処理繊維群が炉外での冷却による熱効率のダウンおよびシール部の加熱によるものである。また、熱処理炉外部における雰囲気のシアンガス濃度については、下部で最高5ppm程度検出され、加熱気体吹き出し口のある下部で炉内ガスが大きく漏れることが明らかにされた。
【0049】
なお、定常運転中、被処理繊維群一糸条が糸傷みにより糸切れし、ローラーに巻きつくトラブルが発生したが、ローラーが熱処理炉の外部にあるため、全体の駆動を止めることなく、容易に該当糸条の巻き付き糸を除去することができ、それによる隣接する他糸条への影響はなかった。ローラー外部の保温材がないため、その取り外し、再設置作業を行う必要がなく、ローラー巻き付き処置に要した時間は実施例1と同等であった。
【0050】
(比較例2)
使用した熱処理炉の形態が図6に示すような従来の炉内にローラーを持つタイプの熱処理炉であること以外は、実施例1と同様の条件で耐炎化処理を行った。
【0051】
実施例1同様、熱処理炉のローラーの段数は20段、加熱気体の平均速度が5m/秒、吹き出し口における加熱気体の平均温度が250℃になるように制御した。炉内にローラーを持つタイプの熱処理炉はシール室が不要であり、その点が実施例1、比較例1と異なる。
【0052】
実施例1と同様に、4つの評価項目、すなわち熱処理室内の温度バラツキ、ヒーターの消費電力量、熱処理炉近傍の作業エリア中ガス濃度、操業トラブル時の作業性についての測定を行った結果を表1に示す。
【0053】
熱処理室内の5箇所の測定点のうち、最高温度と最小温度の差は3℃程度となり、実施例1と同等の炉内温度バラツキであり、ヒーターの消費電力も実施例1と同等であった。さらに、繊維群熱処理炉外側の作業環境においてシアンガスは実施例1同様に検出されなかった。定常運転中、被処理繊維群一糸条が糸傷みにより糸切れし、ローラーに巻きつくトラブルが発生したため、処理を行った。しかし、炉内にローラーを持つタイプの熱処理炉ではローラーに直接触れることができないため、実施例1や比較例1のように容易に処理することは不可能であった。ローラーへの巻きついた糸条の蓄熱が進むと発火に繋がるため、速やかに駆動を停止し、降温を行った。それにより、大きな生産ロスが発生した。
【0054】
【表1】

【0055】
以上のように、本発明の構成を採用することにより、熱処理室内からの分解ガスの漏出と熱処理室内への低温外気の流入とを防ぐことで、作業環境の改善および熱処理室内の温度均一性の維持、それによるエネルギー効率の改善を取得しつつ、操業トラブル発生時の作業の容易化を実現することが可能となる熱処理炉および耐炎化繊維の製造方法、それを用いた炭素繊維の製造方法を提供することができる。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明に係る熱処理炉および耐炎化方法は、耐炎化処理を必要とする用途に有効であり、とりわけ炭素繊維の製造においてそれは顕著である。
【符号の説明】
【0057】
1:熱処理炉
2:熱処理室
3:熱処理室のスリット状の開口部
4:シール室のスリット状の開口部
5:ローラー
6:シール室
7:熱処理室の側壁
8:シール室の側壁(外側側壁)
9:加熱気体吹き出し口
10:加熱気体吸い込み口
11:保温材
A:被処理繊維群

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数段に配されたローラーで折り返されつつ水平走行する被処理物が、その内外に出入するためのスリット状開口部を、対向する側壁に複数有する熱処理室と、前記熱処理室の側壁の外側に、熱処理物が、その内外に出入するためのスリット状の開口部を、外側側壁に複数有するシール室を設けてなる熱処理炉であって、前記シール室は、前記外側側壁の一部が前記ローラーからなることを特徴とする熱処理炉。
【請求項2】
前記シール室のスリット状開口部は、前記外側側壁に複数段配置されたスリット間隔調節部材間の隙間からなり、前記スリット間隔調節部材は軸を中心とした回転機構により開閉することで、前記シール室のスリット開口部の面積を調節可能に構成されている、請求項1に記載の熱処理炉。
【請求項3】
前記ローラーの外側に取り外し可能な保温材が設置されている、請求項1または2に記載の熱処理炉。
【請求項4】
前記熱処理室は、加熱気体を循環させることで前記被処理物を熱処理するものである、請求項1〜3のいずれかに記載の熱処理炉。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の熱処理炉を用い、ポリアクロニトリル系繊維束を、該熱処理室を複数回通過させて酸化性加熱気体中で耐炎化処理することを特徴とする耐炎化繊維束の製造方法。
【請求項6】
請求項5に記載の製造方法で得られた耐炎化繊維束を、不活性雰囲気中で炭素化処理することを特徴とする炭素繊維の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2012−153987(P2012−153987A)
【公開日】平成24年8月16日(2012.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−11736(P2011−11736)
【出願日】平成23年1月24日(2011.1.24)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】