説明

物体の変位推定方法並びにパンタグラフの接触力推定方法及び装置

【課題】 被測定物や測定装置の測定していない点の変位を推定することで、推定量の誤差を少なくできる物体の変位推定方法を提供する。
【解決手段】 n個の部材rがピンlを回転支点としてX軸方向に連結している物体において、各部材rにマーカー10を貼り付け、X軸方向位置xにおける各マーカー10のY軸方向(X軸に交差する方向)の変位yを一次元センサで計測する。そして、各部材rの両端のピンl通る直線を一次式で表わすとともに、各ピンlの座標を求め、さらに、n−1本目の直線とn本目の直線が交差する条件を表わす。これらの式から、部材rごとの、その両端のピンlを通る直線式を求める。この式から、部材r内の任意の点の変位や、各部材rの傾きを正確に求めることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、部材が回転支点(ピン)を介して連結されているような物体や、部材が弾性体上に固定されている物体の、該物体の長さ方向と直交する方向における変位を推定する方法に関する。特には、この方法を適用して、パンタグラフとトロリ線との間の接触力を推定する方法及び装置に関する。
【背景技術】
【0002】
現状の電気鉄道においては、トロリ線(架線)から車体屋根に搭載されたパンタグラフを介して車両に電力を送る方式が一般的である。このようなパンタグラフは、トロリ線に押し当てられる舟体(すり板を含む)や、舟体を昇降可能に支持するとともに、トロリ線に押し当てる押上力を与える支持機構等を備えている。
【0003】
トロリ線とパンタグラフの舟体との接触力は、トロリ線の高さ変動や車両・パンタグラフの振動によって変動する。この接触力の変動が大きすぎると、パンタグラフの舟体がトロリ線から離れる離線現象が生じるおそれがある。離線が頻発すると、舟体とトロリ線との間にスパークが生じて、すり板の摩耗が進み、問題となる。また、離線に至らない場合でも、パンタグラフの接触力は極力変動の小さい方がよい。
【0004】
パンタグラフの接触力を推定する方法の一つに、パンタグラフの変位を画像処理によって求める方法がある。この方法は、パンタグラフにマーカーを取り付けるとともに車両の屋根上にラインセンサを設置し、ラインセンサでマーカーを撮影し、撮影された画像を画像処理してパンタグラフの高さや加速度を求める。本発明者らは、この方法において、ラインセンサが傾いていた場合でも、マーカーの形状を特殊な形状とすることによって傾きを補正し、被測定物(パンタグラフ)の変位を精度よく求める方法及び装置を提案した(例えば、特許文献1参照)。
【0005】
このような、ラインセンサを使用して物体の変位を計測する方法においては、計測していない点の変位量を推定する際に、その点に近い計測点の計測結果を平均して求める場合がある。最も簡単には、例えば、計測点x1、x2の変位量をy1、y2とすると、計測点x1、x2の中間の計測点x12の変位量y12を、y12=(y1+y2)/2として求める。しかしながらこの方法では、測定誤差の要因となる被測定物やラインセンサの左右(測定方向と異なる方向)への変動については具体的に考慮されていない。特に、被測定物がシングルアーム式のパンタグラフの場合、アームのねじれなどにより左右動が生じる。
【0006】
また、本発明者らは、パンタグラフにマーカーを貼り付けて、そのパンタグラフのY軸方向変位を測定する際に、パンタグラフのX軸方向変位の影響を修正できる発明を行った(例えば、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2008−104312号公報
【特許文献2】特開2009−244023号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、前記の問題点に鑑みてなされたものであって、被測定物や測定装置の測定していない点の変位を推定することで、推定量の誤差を少なくできる物体の変位推定方法を提供することを目的とする。特には、同方法を適用して、パンタグラフの接触力を精度よく推定できる方法及び装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の被測定物の変位推定方法は、 長手方向(X軸方向という)に延びる2本以上の部材、及び、各部材の間を連結する回転支点、を備える被測定物について、前記部材中における任意のX軸方向位置xにおける、前記X軸方向に交差する方向(Y軸方向という)への変位yを推定する方法であって、 前記各部材中の少なくとも1点の変位を測定し、 各部材中のX軸方向位置xにおける変位yを、未知数を含むxの一次式として、各部材の合計数n個だけ立て、 各部材の端部の境界条件式を立て、 立てた複数の式からなる連立方程式を解いて、各部材の変位yの式を決め、 該式に基づいて、各部材中の任意の位置の変位を推定することを特徴とする。
【0010】
本発明の被測定物の変位推定方法の具体的な態様は、
前記被測定物がn個の部材と、n個の回転支点を有する場合、
前記部材の両端の回転支点を通る直線を数1で表わし、
【数1】


ここで、θは、前記直線とX軸との間の角度を示す、
前記回転支点の座標を数2で表わし、
【数2】


n−1本目の前記直線とn本目の前記直線が交差する条件を数3で表わし、
【数3】


これらの式から、θ1〜θnとb1〜bnとを数値解析により求めることにより、前記部材内の任意の位置における変位を求める。
【0011】
本発明によれば、部材ごとの、その両端の回転支点を通る直線式を求めることができるので、部材内の任意の点の変位や、各部材の傾きを正確に求めることができる。
【0012】
本発明においては、 前記被測定物がn個の部材と、n+1個の回転支点を有する場合、条件式の数が多くなり、その結果、最も誤差の少ない値を求めることができる。
【0013】
本発明においては、 前記被測定物のY軸方向における変位を求める手段が、 Y軸方向に延びる撮影軸を有するセンサと、 前記被測定物に取り付けられて、前記センサで計測されるマーカーと、を有し、 前記マーカーが、色調の異なるX軸方向に延びる帯状の領域を交互に配置したものであるとともに一つの帯状領域の境界がX軸方向に対して傾斜した形状であって、 前記被測定物が前記センサに対してX軸方向に移動した場合も、前記被測定物のY軸方向における変位の推定が可能であることが好ましい。
【0014】
この場合、被測定物がX軸方向に移動した場合に、撮影軸上においては、色調の異なる部位の長さの比率が変わるので、この比率を調べることにより、被測定物のX軸方向への移動量を計測できる。この移動量を、前述のX軸方向位置xに加える、または減じることにより被測定物の正しいY軸方向への変位を求めることができる。
【0015】
本発明の好適な応用分野としては、パンタグラフの多分割すり板の変位推定・トロリ線接触力推定を挙げられる。多分割すり板の場合、車両幅方向に長い弾性体上に複数のすり板が固定され、かつ、弾性体の両端は舟体に回動可能に支持されている。このため、多分割すり板の両端の変位はゼロであり、隣接するすり板間の弾性体がX軸方向に伸び、かつ、部材間で回転運動をすると仮定できる。
【0016】
本発明のパンタグラフの接触力推定方法は、 トロリ線に接触する、枕木方向(X´軸方向という)に延びる多分割すり板体と、該すり板体をトロリ線方向に付勢する付勢バネと、該バネが固定されているとともに、前記すり板体のX´軸方向における両端を支持バネにより回動可能に支持する舟体と、を備えるパンタグラフにおける、前記多分割すり板体の前記トロリ線に対する接触力を推定する方法であって、 前記多分割すり板体の各々のすり板、付勢バネ及び支持バネの、前記X´軸方向に交差する方向(Y´軸方向という)における変位を、前記に記載の被測定物の変位推定方法により求め、 前記すり板の変位から求めた該すり板重心の絶対加速度と該すり板の質量とから、該すり板の慣性力Flを求め、 前記付勢バネの変位と、該付勢バネのバネ定数とから、該付勢バネの反力Fbを求め、 前記支持バネの変位と、該支持バネのバネ定数とから、該支持バネ反力Faを求め、 前記すり板の慣性力Fl、付勢バネの反力Fb及び支持バネの反力Faとから、前記多分割すり板体のトロリ線への接触力を推定することを特徴とする。
【0017】
本発明においては、 前記すり板のY´軸方向における変位を求める手段が、 Y´軸方向に延びる撮影軸を有するセンサと、 前記多分割すり板体に取り付けられて、前記センサで計測されるマーカーと、を有し、 前記マーカーが、色調の異なるX´軸方向に延びる帯状の領域を交互に配置したものであるとともに一つの帯状領域の境界がX´軸方向に対して傾斜した形状であって、 前記すり板が前記センサに対してX´軸方向に移動した場合も、前記すり板のY´軸方向における変位の推定が可能であることが好ましい。
【0018】
本発明によれば、パンタグラフ全体がX´軸方向に移動した場合に、撮影軸上においては、色調の異なる部位の長さの比率が変わるので、この比率を調べることにより、X´軸方向への移動量を計測できる。この移動量を、前述のX´軸方向位置xに加える、または減じることにより各すり板の正しいY´軸方向への変位を求めることができる。
【0019】
本発明のパンタグラフの接触力推定装置は、 トロリ線に接触する、枕木方向(X´軸方向という)に延びる多分割すり板体と、該すり板体をトロリ線方向に付勢する付勢バネと、該バネが固定されているとともに、前記すり板体のX´軸方向における両端を支持バネにより回動可能に支持する舟体と、を備えるパンタグラフにおける、前記多分割すり板体の前記トロリ線に対する接触力を推定する装置であって、 前記多分割すり板体の各々のすり板、付勢バネ及び支持バネの、前記X´軸方向に交差する方向(Y´軸方向という)における変位を、前記に記載の被測定物の変位推定方法により求める手段と、 前記すり板の変位から求めた該すり板重心の絶対加速度と該すり板の質量とから、該すり板の慣性力Flを求める手段と、 前記付勢バネの変位と、該付勢バネのバネ定数とから、該付勢バネの反力Fbを求める手段と、 前記支持バネの変位と、該支持バネのバネ定数とから、該支持バネ反力Faを求める手段と、 前記すり板の慣性力Fl、付勢バネの反力Fb及び支持バネの反力Faとから、前記多分割すり板体のトロリ線への接触力を推定することを特徴とする。
【0020】
本発明においては、 前記すり板のY´軸方向における変位を求める手段が、 Y´軸方向に延びる撮影軸を有するセンサと、 前記多分割すり板体に取り付けられて、前記センサで計測されるマーカーと、を有し、 前記マーカーが、色調の異なるX´軸方向に延びる帯状の領域を交互に配置したものであって、一つの帯状領域の境界がX´軸方向に対して傾斜した形状であることが好ましい。
【発明の効果】
【0021】
以上の説明から明らかなように、測定していない点の変位を簡単な演算によって精度よく推定することができる。この際に、部材の動き(傾き)を区分線形近似しているので、部材内の任意の点や、部材間の回転支点、部材の回転角度も精度よく得ることができる。この方法を、パンタグラフの接触力推定に適用すれば、アームのねじれなどが生じた場合にも、パンタグラフとトロリ線との接触力を精度よく推定できる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明の実施の形態に係る被測定物の変位推定方法を説明する図であり、図1(A)は部材がピンで連結された被測定物の変位モデル(片持ち支持)を示す図であり、図1(B)はマーカーを示す図である。
【図2】部材の変位例を示す図である。
【図3】部材がピンで連結された被測定物の変位モデル(片持ち支持)の他の例を示す図である。
【図4】部材が弾性体上に固定された被測定物の例を示す図である。
【図5】部材がピンで連結された被測定物の変位モデル(両端支持)の例を示す図である。
【図6】本発明の実施の形態に係るパンタグラフの変位推定装置を説明する図であり、図6(A)は側面図、図6(B)は平面図である。
【図7】パンタグラフにマーカーを貼り付けた状態を示す図である。
【図8】パンタグラフの変位モデルを示す図である。
【図9】パンタグラフのトロリ線接触力を推定する方法を説明するブロック図である。
【図10】被測定物がx方向に変位した状態を示す図である。
【図11】マーカーの他の例を示す図であり、図11(A)はマーカーを示す図、図11(B)はマーカーを被測定物に貼り付けた状態を示す図である。
【図12】パンタグラフにマーカーを貼り付けた状態の他の例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。
まず、本発明の実施の形態に係る物体の変位推定方法について説明する。
(1)部材が回転支点を介して連結されている物体(被測定物)が片持ち支持されている場合(測定基準が水平軸上に存在する場合)
図1を参照して、部材が回転支点を介して連結されている物体が片持ち支持されている場合について説明する。図1(A)は、n個の部材(r1、r2、・・・・rn)が、n個の回転支点(ピン)(l1、l2、・・・・ln)で連結された被測定物が、一方(図1の左端)で片持ち支持されている状態を示している。図1の上段の図は、各部材rが水平軸(各ピンlが直線上に並んだ軸)上に整列した状態であり、中段の図は、各部材rが、水平軸と直交する方向に変位して物体がねじれた状態である。
各部材rには、マーカー10が貼り付けられている。マーカー10は、図1(B)に示すように、水平方向に延びる2本の白帯11と3本の黒帯12とが交互に配置されたものである。各帯11、12の幅は、水平方向において同じである。
各ピンl間の長さを、L1、L2、・・・・Lnとする。
【0024】
1本目のピンl1から各部材rのマーカー上の一点までの距離(x1、x2、・・・・xn)における、水平軸と直交する直線(図の一点鎖線m1、m2、・・・・mnで示す)上のマーカー10を、一次元センサ(例えばラインCCD)で読み取る。この一点鎖線の示す軸を撮影軸という。各部材rの変位は、撮影軸上の各マーカー10の中央の黒帯12xの位置の変位で示すものとする(この中央の黒帯を撮影基準という)。このような計測が可能なセンサとして、ラインCCDの他に、一次元レーザー変位計を使用することもできる。
図1の上段に示す、物体が水平の状態においては、撮影軸は、各マーカー10を水平軸と直交する方向に横切っている。
図1の中段に示す、物体がねじれた状態においては、撮影軸は、各マーカー10を水平軸と直交する方向に対して斜めに横切っている。
【0025】
ラインCCDを使用した画像処理による変位推定方法の一例を図2に示す。
図2の左側は、物体(図では1個の部材r)が上下方向にのみ変位している状態を示し、右側は、物体が、上下方向、左右方向及び回転を伴って変位している状態を示す。各部材r上のマーカー10を、CCDセンサ20で読み取る。
【0026】
図2の左側の上下変位のみの場合、撮影軸mの方向と部材rの変位方向(矢印Aで示す)が同じであるので、部材rの移動量とラインCCD20で計測した変位量yaは同じである。
図2の右側の上下・左右・回転変位の場合、部材rの変位方向(矢印A1で示す)は撮影軸mの方向と異なる。そして、ラインCCD20では、撮影軸m上における、マーカー10の撮影基準となる中央の黒帯の変位ybが計測される。このように、部材rの実際の移動量YとラインCCD20で計測した変位量ybは一致しない。
【0027】
再び図1を参照して説明する。
図1において、一本目のピンl1とラインCCDは移動しないものとする(ピンl1は回転のみとする)。また、物体は、各部材rのマーカー20がラインCCD20の撮影軸mから外れない程度にしか変形しないものとする。
図1の上段に示す、物体が水平軸に沿った状態において、各マーカーの中央の黒帯は水平軸上にあるものとする。測定される変位y1、y2、・・・は、各マーカーの中央の黒帯の、水平軸からの撮影軸m上における変位である。
【0028】
物体が図1の中段に示すようにねじれるように変位すると、各部材rや各ピンlの位置は、図1の左方向に移動する。
物体の変形が生じる面を、図1の下段に示す、一本目のピンl1の位置を原点とするx−y平面とする。x軸を水平軸、y軸は変位を示す。物体の変形後の、各部材rの傾き(部材の両端のピンを通る直線)を示す直線line1〜linenとする。各撮影軸m1〜mn(一本目のピンl1からの距離がx1〜xn)における測定値と、x軸上の測定位置(x1〜xn)とから、line1、line2、linenは、数4〜数6と表わされる。
【数4】


【数5】


【数6】


θは、各lineと水平軸との間の角度である。
この形式の式は、n個の部材とn本のピンが存在するので、n個存在する。
【0029】
ここで、ピンl1、l2、lnの座標は、それぞれ数7〜数9で表わされる。
【数7】


【数8】


【数9】


以降では、式を簡略化するため、ピンliのx座標をxliと表わす。
【0030】
ピンl2で、line1とline2とが交差するので、数10が成り立つ。
【数10】


linen−1とlinenとが、ピンlnで交差する場合、数11が成り立つ。
【数11】


この条件式は、n−1個存在する。また、一本目のピンl1では変位がゼロであるので、数12となる。
【数12】

【0031】
以上の数1〜数9を用いて、θ1〜θnと、b1〜bnとを数値解析等により求める。
被測定物の変位が微小な場合、数4〜数6ではtanθi=θi、数8、数9ではcosθi=1となる。この場合、数4〜数12を行列式で表わすと、数13となる。
【数13】

【0032】
数13を数14とし、行列Aの逆行列をA−1とすれば、数15となり、未知ベクトルaを求めることができる。
【数14】


【数15】


なお、Aは2n×2nの行列で、1〜n行目までは数4〜数6までの条件式から、n+1〜2n−1行列目までは数10、数11の条件式から、2n行目は数12の条件式からそれぞれ求めることができる。
【0033】
得られた直線(部材の両端のピンを通る直線)の式から各ピンlの変位量を推定することができる。また、直線の式が推定できるので、直線内の任意の点の変位、つまり部材r内の任意の点の変位も推定でき、直線の傾きも推定できるので、部材の傾きも推定できる。
【0034】
(2)部材が回転支点を介して連結されている物体が片持ち支持されている場合(測定基準が水平軸上に存在しない場合)
図3も、n個の部材(r1、r2、・・・・rn)が、n個の回転支点(ピン)(l1、l2、・・・・ln)で連結された物体(被測定物)が、一方(図の左端)で片持ち支持されている状態を示している。図3の中の上段、中段及び下段の図は、図1の上段、中段及び下段の図と同じ状態を示している。
ただし、この例では、図3の上段に示す水平軸と同軸上に整列している状態でも、各部材rのマーカー10の中央の黒帯が水平軸上にない。つまり、各マーカー10が水平軸から上下方向(水平軸と直交する方向)に離れて貼り付けられている。
【0035】
この場合、図3の上段に示す整列状態において、各マーカー10の中央黒帯の、水平軸からの高さh1〜hnを予め測定しておけば、(1)と同様に、ピンの変位や部材内の任意の点の変位を求めることができる。
下段の座標におけるy´k(k=1、・・・・n)を数16で表わす。
【数16】


数4〜数6の、ykをy´kに置き換え、(1)と同様の手順によって、ピンの変位や部材内の任意の点の変位を求めることができる。なお、数16において、マーカー10が水平軸よりも上方にある場合はhk>0、下方にある場合はhk<0とする。
また、物体の変形が微小な場合も(1)と同様に、数4〜数6ではtanθi=θi、数8、数9、数16ではcosθi=1とすることで、行列形式の式から容易に直線linen−1〜linenの式を得ることができる。そして、この式と、マーカー10の中央黒帯12xと水平軸との間の距離h1〜hnから、部材内の任意の位置の変位量を求めることができる。
【0036】
この考え方を、部材が弾性体上に固定されている物体の変位推定にも適用できる。図4は、複数の部材rが弾性体C上に固定されている状態を模式的に示している。上段の図に示すように、部材rと部材rとの間にはわずかなスキマが開いており、隣接する部材rはこのスキマの部分の弾性体Cを中心にして回動する。このため、この状態を、下段の図に示すように、部材r間がピンlで連結されているものと考えることができる。この例でも、前述の(1)又は(2)の手法で、ピンlの位置や部材r内の任意の点の変位量を求めることができる。
【0037】
(3)部材が、両端支持された弾性体上に固定されている物体の場合
この例では両端支持された弾性体上に部材が固定されている物体(被測定物)を想定するが、図5は、この物体を、n個の部材(r1、r2、・・・・rn)をピンlで連結したモデルに置き換えて示している。部材がピンで連結された物体を両端支持とした場合、両端間の間隔は不変であり水平方向の動きが抑制されるので、本来物体は初期位置(整列状態)から変位しない。しかし、両端間の間隔が不変であるとともに、物体の変位が生じる場合を想定して、部材間において弾性体が水平軸方向に伸び、かつ、ピンと同様の回転運動をすると仮定する。基本的な条件は、(1)の例と同じとする。
【0038】
図5の中の上段、中段及び下段の図は、図1の上段、中段及び下段の図と同じ状態を示している。
【0039】
この場合も(1)と同様に、各部材の傾き(両端のピンを通る直線)の式がn個の式で表わされる。また、(1)と同様に、直線の交差の式がn−1個の式で表わされる。ただし、数8、数9は、それぞれ数17、数18となる。
【数17】


【数18】


これは、弾性体が均一に伸び、ピンに相当する部分の弾性体の水平方向の移動がないものと近似したためである。さらに、両端固定の場合は、境界の式は数12の他に、ln−1で変位ゼロとして数19で表わされる。
【数19】


よって、合計2n+1個の式からθ1〜θnとb1〜bnを数値解析によって求める。
【0040】
また、被測定物の変形が微小な場合も(1)と同様に、数4〜数6ではtanθi=θi、数8、数9ではcosθi=1となる。この場合、数4〜数12と数17を行列形式で表わすと、y=Aaとなる。ただし、この場合のAは正方行列ではなく、(2n−1)×2n行列となる。この行列Aの疑似逆行列をAとすれば、数20であるので、未知ベクトルaを求めることができる。ただし、疑似逆行列Aは、数21で求められる。
【数20】


【数21】


未知数に対して条件式の方が多いので、得られた値は、与えられた条件の中で最も誤差が少ない値となる。
【0041】
これにより、(1)と同様に弾性体や部材内の任意の点の変位を推定することができる。また、(2)と同様に、マーカーの測定基準が水平軸からずれていた場合にも、弾性体や部材内の任意の点の変位を推定することができる。
【0042】
次に、図6、図7を参照して、前述の物体の変位推定方法を適用した本発明のパンタグラフの接触力推定装置及び方法について説明する。
図6はパンタグラフの一例を模式的に示したものであり、図6(A)は側面図、図6(B)は平面図である。この例のパンタグラフ30は、トロリ線と摺動するすり板体31を保持する舟体35と、舟体35を支持し、電気鉄道車両の屋根に起立倒伏可能に設置された枠組36とを主に備える。これらは、車両の屋根37に碍子38を介して固定されたフレーム39に取り付けられている。屋根37のパンタグラフ30の前方(あるいは後方)には、複数の(この例では3個)のラインCCD20が取り付けられている。これらのラインCCD20は、パンタグラフ30のすり板体31及び舟体35の前面(あるいは後側の面)を撮影するものである。
【0043】
図7の上段の図に示すように、この例では、すり板体が、多分割すり板体である例を示す。同図は、多分割すり板体を模式的に示す正面図である。
舟体35は、車体の幅方向(枕木方向、左右方向)に沿って延びる箱状体であり、一例でアルミニウム合金等で作製される。すり板体31は、車幅方向(枕木方向)に配列された複数(この例では3枚)のすり板体要素31が、弾性体32上に固定された多分割すり板である。弾性体32の両端は、舟体35の側壁に支持バネ(板バネ)33で支持されている。また、隣接するすり板31間において、弾性体32と舟体35の底面との間には付勢バネ34が配置されており、すり板体31を弾性支持するとともにトロリ線に向かって付勢している。この例では付勢バネ34は2本である。
【0044】
各すり板体要素31及び舟体35の前面(ラインCCD20に対向する面)には、それぞれマーカー10が貼られている。図7に示すように、マーカー10は、各すり板体要素31の前面と、同要素と鉛直方向に並んだ舟体35の前面とに貼られている。マーカー10は、図1(B)に示した、水平方向に伸びる2本の白帯と3本の黒帯とが交互に配列されたものである。1個のラインCCD20は、鉛直方向に並んだ2個のマーカー10の、水平軸と直交する方向の軸(撮影軸)上を撮影する。
【0045】
舟体35は、走行方向に直交する面内において回転中心aを中心として回転するものとする。各すり板体要素31の長さをL1〜L3、等価質量をM1〜M3、各付勢バネ34のバネ定数k1〜k2、弾性体32と舟体35の側壁間の支持バネ33のバネ定数をkl1〜kl2とする。
【0046】
図7の下段の図は、パンタグラフ30の変形が生じる面(進行方向に直交する面)を、回転中心aをゼロとした座標で示した図である。回転中心aを通る鉛直方向の軸をy´軸とし、水平方向の軸をx´軸とする。y´軸から、鉛直方向に並んだ各マーカー10の撮影軸までの距離をx1〜x3とする。x´軸から弾性体32までの距離をdc、x´軸から舟体35に貼られた各マーカー10の中央黒帯までの距離をdhとする。
【0047】
舟体35が回転中心aを中心にして回転しながら上下動するとともに、各すり板体要素31が連結点で上下に変動した状態を図8に示す。図8の太い黒線は、弾性体32と舟体35の変位を模式的に示したものである。
各すり板体要素31が固定されている部分の弾性体32の傾き(弾性体の車幅方向における両端を通る直線)の直線は中段の図に示すように、linec1〜linec3で表わされ、舟体35の車幅方向における両端を通る直線はlinehで表わされる。linehは、数22、数23、数24で表わされる。
【数22】


【数23】


【数24】


これを行列式で表現すれば数25となる。
【数25】

【0048】
これを、(3)の数20、数21で示した疑似逆行列を用いてahについて求めれば、linehを近似的に求めることができる。これにより、舟体35の傾きはθ=arctanahとなる。また、回転中心aの座標は数26で示される。
【数26】

【0049】
これから舟体35の鉛直方向への移動量も推定できる(回転中心aのy´座標と同じ値である)。弾性体32と舟体35との接続点Ac1、Ac2の座標は、それぞれ数27、数28で与えられる。
【数27】


【数28】

【0050】
弾性体32と各すり板要素31のマーカー10との距離をh1〜h3とすると、(2)の要領で各すり板体要素31の任意の点の変位と、各付勢バネ34と弾性体32との接続部の変位を求めることができる。
推定された変位量からすり板要素31の重心の変位を求め、これをyg1〜yg2とすると、重心の絶対加速度は、数29となる。
【数29】


また、各付勢バネ34の伸縮量は付勢バネ34と弾性体32の接続部の変位から容易に求められ、yl1〜yl2とする。
【0051】
図7の構成のパンタグラフの場合、パンタグラフとトロリ線の接触力は、図9に示すブロック図の手順に従って求められる。
すり板要素31の慣性力Flは、すり板要素31の絶対加速度とすり板要素31の等価質量とから求められ、数30で示される。
【数30】


付勢バネ34の反力Fbは、付勢バネ34の相対変位とバネ定数とから求められ、数31で得られる。
【数31】


支持バネ33の反力Faは、支持バネ33(弾性体32と舟体35との接続部)の相対変位と支持バネ33のバネ定数とから求められ、近似的に数32で得られる。
【数32】


接触力Fは、数30〜数32を合算したもので、数33となる。
【数33】


ただし、空気力が働く場合は、数33に空気力を合算する必要がある。
【0052】
次に、パンタグラフ又はラインCCDが水平方向に移動する場合の補正方法を説明する。
図10に示すようなピンlで連結された部材rが両端支持されている物体において、同物体が撮影軸mに沿って上下動する場合は、前述の方法で変位を推定できる。しかし、図の想像線で示すように、物体が水平方向に移動する場合、あるいは、ラインCCD20が水平方向に移動する場合は、撮影軸mがマーカー20から水平方向にずれるため、正確に推定できない。
【0053】
そこで、このような場合は、マーカーの形状を変更する。図11(A)は、マーカーの一例(特開2009−244023号公報参照)を示し、図11(B)は、このマーカーを物体に貼り付けた状態を示す。
図1(B)に示したマーカー10の場合、水平な白帯11と黒帯12とが交互に配列されたものであり、マーカー10内の水平方向において各帯の位置は変わらない。
一方、図11に示すマーカー10Aは、同様に白帯11と黒帯12とからなるものであるが、中央の黒帯12xが水平方向(図の右方向)に行くにしたがって先細となる三角形状(台形状)である。このような水平方向において形状の異なる測定部を配列することにより、水平方向における変位量の計測が可能となる(詳細は特開2009−244023号公報を参照)。そして、測定軸を常に変更して上記の計算を行うことにより、被測定物又はラインCCDが水平方向に変位しても精度よく上下変位を推定することができる。
【0054】
なお、すり板体要素は舟体に比べて薄く、マーカーを貼りつけにくい場合がある。特に図11のマーカー10Aは、図1(B)で示したマーカー10よりも縦方向の長さが長い。そこで、図13に示すように、すり板体要素31には、図1のマーカー10を貼り付け、舟体35には、図11の台形マーカー10Aを貼り付けてもよい。この場合、例えば、舟体全体が水平方向にdxだけずれた場合、数4〜数7において、x1〜xnにdxを加えて、もしくは減じて補正を行う。
【0055】
なお、図11(A)に示したマーカー10Aは、パンタグラフのみではなく、マーカー10の代わりとして、図1等で示した、2本以上の部材が回転支点を介して連結されている被測定物の変位推定にも使用できる。
【符号の説明】
【0056】
10 マーカー
11 白帯 12 黒帯
20 CCDセンサ
30 パンタグラフ 31 すり板体
32 弾性体 33 支持バネ
34 付勢バネ 35 舟体
36 枠組 37 屋根
38 碍子 39 フレーム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
長手方向(X軸方向という)に延びる2本以上の部材、及び、各部材の間を連結する回転支点、を備える被測定物について、前記部材中における任意のX軸方向位置xにおける、前記X方向に交差する方向(Y軸方向という)への変位yを推定する方法であって、
前記各部材中の少なくとも1点の変位を測定し、
各部材中のX軸方向位置xにおける変位yを、未知数を含むxの一次式として、各部材の合計数n個だけ立て、
各部材の端部の境界条件式を立て、
立てた複数の式からなる連立方程式を解いて、各部材の変位yの式を決め、
該式に基づいて、各部材中の任意の位置の変位を推定することを特徴とする被測定物の変位推定方法。
【請求項2】
前記被測定物がn個の部材と、n個の回転支点を有する場合、
前記部材の両端の回転支点を通る直線を数1で表わし、
【数1】


ここで、θは、前記直線とX軸との間の角度を示す、
前記回転支点の座標を数2で表わし、
【数2】


n−1本目の前記直線とn本目の前記直線が交差する条件を数3で表わし、
【数3】


これらの式から、θ1〜θnとb1〜bnとを数値解析により求めることにより、前記部材内の任意の位置における変位を求めることを特徴とする請求項1に記載の被測定物の変位推定方法。
【請求項3】
前記被測定物がn個の部材と、n+1個の回転支点を有することを特徴とする請求項2に記載の被測定物の変位推定方法。
【請求項4】
前記被測定物のY軸方向における変位を求める手段が、
Y軸方向に延びる撮影軸を有するセンサと、
前記被測定物に取り付けられて、前記センサで計測されるマーカーと、を有し、
前記マーカーが、色調の異なるX軸方向に延びる帯状の領域を交互に配置したものであるとともに一つの帯状領域の境界がX軸方向に対して傾斜した形状であって、
前記被測定物が前記センサに対してX軸方向に移動した場合も、前記被測定物のY軸方向における変位の推定が可能であることを特徴とする請求項1、2又は3に記載の被測定物の変位推定方法。
【請求項5】
トロリ線に接触する、枕木方向(X´軸方向という)に延びる多分割すり板体と、該すり板体をトロリ線方向に付勢する付勢バネと、該バネが固定されているとともに、前記すり板体のX´軸方向における両端を支持バネにより回動可能に支持する舟体と、を備えるパンタグラフにおける、前記多分割すり板体の前記トロリ線に対する接触力を推定する方法であって、
前記多分割すり板体の各々のすり板、付勢バネ及び支持バネの、前記X´軸方向に交差する方向(Y´軸方向という)における変位を、請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載の被測定物の変位推定方法により求め、
前記すり板の変位から求めた該すり板重心の絶対加速度と該すり板の質量とから、該すり板の慣性力Flを求め、
前記付勢バネの変位と、該付勢バネのバネ定数とから、該付勢バネの反力Fbを求め、
前記支持バネの変位と、該支持バネのバネ定数とから、該支持バネ反力Faを求め、
前記すり板の慣性力Fl、付勢バネの反力Fb及び支持バネの反力Faとから、前記多分割すり板体のトロリ線への接触力を推定することを特徴とするパンタグラフの接触力推定方法。
【請求項6】
前記すり板のY´軸方向における変位を求める手段が、
Y´軸方向に延びる撮影軸を有するセンサと、
前記多分割すり板体に取り付けられて、前記センサで計測されるマーカーと、を有し、
前記マーカーが、色調の異なるX´軸方向に延びる帯状の領域を交互に配置したものであるとともに一つの帯状領域の境界がX´軸方向に対して傾斜した形状であって、
前記すり板が前記センサに対してX´軸方向に移動した場合も、前記すり板のY´軸方向における変位の測定が可能であることを特徴とする請求項5に記載のパンタグラフの接触力推定方法。
【請求項7】
トロリ線に接触する、枕木方向(X´軸方向という)に延びる多分割すり板体と、該すり板体をトロリ線方向に付勢する付勢バネと、該バネが固定されているとともに、前記すり板体のX´軸方向における両端を支持バネにより回動可能に支持する舟体と、を備えるパンタグラフにおける、前記多分割すり板体の前記トロリ線に対する接触力を推定する装置であって、
前記多分割すり板体の各々のすり板、付勢バネ及び支持バネの、前記X´軸方向に交差する方向(Y´軸方向という)における変位を、請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載の被測定物の変位推定方法により求める手段と、
前記すり板の変位から求めた該すり板重心の絶対加速度と該すり板の質量とから、該すり板の慣性力Flを求める手段と、
前記付勢バネの変位と、該付勢バネのバネ定数とから、該付勢バネの反力Fbを求める手段と、
前記支持バネの変位と、該支持バネのバネ定数とから、該支持バネ反力Faを求める手段と、
前記すり板の慣性力Fl、付勢バネの反力Fb及び支持バネの反力Faとから、前記多分割すり板体のトロリ線への接触力を推定することを特徴とするパンタグラフの接触力推定装置。
【請求項8】
前記すり板のY´軸方向における変位を求める手段が、
Y´軸方向に延びる撮影軸を有するセンサと、
前記多分割すり板体に取り付けられて、前記センサで計測されるマーカーと、を有し、
前記マーカーが、色調の異なるX´軸方向に延びる帯状の領域を交互に配置したものであって、一つの帯状領域の境界がX´軸方向に対して傾斜した形状であることを特徴とする請求項7に記載のパンタグラフの接触力推定装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate


【公開番号】特開2012−189363(P2012−189363A)
【公開日】平成24年10月4日(2012.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−51450(P2011−51450)
【出願日】平成23年3月9日(2011.3.9)
【出願人】(000173784)公益財団法人鉄道総合技術研究所 (1,666)
【出願人】(000006105)株式会社明電舎 (1,739)
【Fターム(参考)】