説明

異常診断装置

【課題】軸受の回転周波数の変動による振動周波数変動の影響を打ち消して、軸受の異常診断を常に高精度に実施できる異常診断装置を提供すること。
【解決手段】軸受20の振動検出器31からの振動信号をサンプリングしてその値を電気信号として出力する検出処理部30と、検出処理部30の出力を基に軸受20の異常診断を行なう診断処理部40とを備える。検出処理部40は、A/D変換トリガパルスが入力される度に振動信号をサンプリングしてその値を電気信号として出力するA/D変換器33と、A/D変換トリガパルスを発生するPLL回路34とを備える。PLL回路34は、軸受20の回転検出器32からの回転パルスの周波数とA/D変換トリガパルスの周波数とが比例関係となるように同期引き込みを行なう。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、鉄道車両、自動車、等といった車両の車軸を支持するために用いられる車軸用軸受等の軸受の傷等の異常を、該軸受を分解することなく、診断することが可能な異常診断技術に関する。
【背景技術】
【0002】
この種の異常診断技術として、鉄道車両の車軸用軸受装置の軸受の振動を振動検出素子で検出し、その検出信号をA/D変換器(アナログ・デジタル変換器)によりサンプリングしてデジタルデータ(量子化されたサンプル値の系列)に変換し、そのデジタルデータを高速フーリエ変換(FFT)することにより振動の周波数スペクトルを算出し、得られた周波数スペクトルのピーク周波数と異常を示す周波数(軸受の回転周波数(即ち、単位時間における回転数)から分かる異常周波数(即ち、その回転周波数における正常周波数域から外れた周波数))との一致度に基づいて異常の有無を診断する技術が知られている(特許文献1、特許文献2、等参照)。この種の技術によれば、軸受を分解することなく、その異常や異常の予兆を客観的に診断することができる。
【特許文献1】特開2004−198384号公報
【特許文献2】特表平9−500452号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかし、従来の異常診断技術では、A/D変換器によるサンプリング周波数が一定であるため、軸受の回転周波数が変動するとそれに伴って振動周波数も変動し、その影響でFFTにより得られる振動の周波数スペクトルのピークが鈍ってしまう。このため、異常とみなすスペクトルのパワーのしきい値を下げなければならない。よって、異常に起因するピークの誤検出をより改善できると好ましい。また、異常と見なす周波数帯域を設定するために、軸受の回転周波数を基に診断処理部で処理を行なう必要があった。
【0004】
本発明は、前述した事情に鑑みなされたものであり、その目的は、軸受の回転周波数の変動による振動周波数変動の影響を打ち消すことにより、回転周波数の変動による振動の周波数スペクトルのピークの鈍りを抑制して、軸受の異常診断を常に高精度に実施でき、且つ、異常と見なす周波数帯域を軸受の諸元を基に事前に設定できる、異常診断装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成するため、本発明にかかる異常診断装置は、下記(1)、(2)、(3)、(4)、(5)および(6)を特徴としている。
(1) 軸受の異常を診断する異常診断装置であって、
前記軸受の振動周波数を検出するための振動検出器から出力される振動信号をサンプリングしてその値を電気信号として出力する振動検出処理部と、
前記振動検出処理部の出力を基に前記軸受の異常診断を行なう診断処理部と、
を備え、
前記振動検出処理部におけるサンプリング周波数が前記軸受の回転周波数と比例関係にあること。
(2) 上記(1)の構成の異常診断装置において、
前記診断処理部は、
前記振動検出処理部の出力を周波数解析することにより得られるパワースペクトルのスペクトル強度を各周波数毎に平均化する周波数平均化処理を実施し、その周波数平均化処理後のパワースペクトルに基づいて前記軸受の異常診断を行なうこと。
(3) 上記(2)の構成の異常診断装置において、
前記診断処理部は、
前記軸受の異常時に発生する振動に含まれる特徴周波数のスペクトル強度とその他の周波数のスペクトル強度との比に基づいて前記軸受の異常診断を行なうこと。(ここで特徴周波数とは、軸受の異常時に特徴的に現れるパワースペクトルのピーク周波数のことである。)
(4) 上記(1)、(2)または(3)の構成の異常診断装置において、
前記振動検出処理部は、
前記振動信号が入力される入力端子およびA/D変換トリガパルスが入力される入力端子を有し、前記A/D変換トリガパルスが入力される度に前記振動信号をサンプリングしてその値を示すデジタル信号を出力するA/D変換器と、
前記A/D変換トリガパルスを発生するPLL回路と、
を備え、
前記PLL回路が、
前記軸受の回転周波数を検出するための回転検出器から出力される信号の周波数と前記A/D変換トリガパルスの周波数とが比例関係となるように同期引き込みを行なうこと。
(5) 上記(1)、(2)、(3)または(4)の構成の異常診断装置において、
軸受の温度を検出するための温度検出器による検出信号をサンプリングしてその値を電気信号として出力する温度検出処理部を更に備え、
前記診断処理部は、
前記振動検出処理部の出力と前記温度検出処理部の出力とを基に前記軸受の異常診断を行なうこと。
(6) 上記(1)、(2)、(3)、(4)または(5)の構成の異常診断装置において、
前記軸受が鉄道車両の車軸を支持するための車軸用軸受であること。
【0006】
上記(1)の構成の異常診断装置によれば、振動検出処理部におけるサンプリング周波数を軸受の回転周波数と比例関係にするので、軸受の回転周波数の変動による振動周波数の変動の影響を打ち消すことができ、回転周波数の変動による振動の周波数スペクトルのピークの鈍りが抑制され、高精度の異常診断を実施できる。また、異常と見なす周波数帯域を、軸受の回転周波数を基に診断処理部で計算して設定する必要がなく、軸受の諸元を基に事前に設定することができる。
上記(2)の構成の異常診断装置によれば、振動検出処理部の出力を周波数解析することにより得られるパワースペクトルのスペクトル強度を各周波数毎に平均化する周波数平均化処理を実施し、その平均化されたパワースペクトルに基づいて軸受の異常診断を行なうので、ノイズの影響による誤判定を防止することができる。
上記(3)の構成の異常診断装置によれば、ノイズの影響による誤判定をより確実に防止することができる。即ち、ノイズの影響で特徴周波数のスペクトル強度が見かけ上増大した場合でも、その他の周波数帯におけるスペクトル強度も等しくノイズの影響を受けているため、軸受の異常時に発生する振動に含まれる特徴周波数のスペクトル強度とその他の周波数のスペクトル強度との比に基づいて軸受の異常診断を行なうことにより、異常診断に対するノイズの影響を極力排除することができる。
上記(4)の構成の異常診断装置によれば、PLL回路を用いることで、簡単な回路構成で検出処理部におけるサンプリング周波数と軸受の回転周波数とを比例関係にすることができる。
上記(5)の構成の異常診断装置によれば、軸受の異常の診断を、軸受の振動と温度とに基づいて実施するので、より信頼性の高い異常判定を行なうことができる。
上記(6)の構成の異常診断装置によれば、鉄道車両の車軸用軸受の回転速度が変動しても、その車軸用軸受の異常を精度良く検出できるので、鉄道車両の信頼性をさらに高めることができる。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、軸受装置の異常診断を常に高精度に実施できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、本発明を実施するための最良の形態について、鉄道車両の車軸用軸受装置における車軸を支持するための軸受の異常の有無を判断する場合を例にとり説明する。
【0009】
図1は本発明の異常診断装置の形態例を示すブロック図である。この異常診断装置10は、車軸用軸受装置内の軸受20から発生する信号をサンプリングしてその値を電気信号として出力する振動検出処理部30と、振動検出処理部30の出力を基に軸受20の異常診断を行なう診断処理部40と、診断処理部40による診断結果を出力する結果出力部50と、診断結果に応じた制御信号を鉄道車両の制御系にフィードバックする制御処理部60と、を備えている。
【0010】
鉄道車両の車軸用軸受装置内に配置された軸受20は、車体側ハウジング(不図示)に内嵌する外輪21と、車軸(不図示)に外嵌し、該車軸とともに回転する内輪22と、外輪21と内輪22との間に転動自在に配設された複数の転動体(ボール又は、ころ)23と、を備えた転がり軸受である。
【0011】
異常診断装置10は、軸受20の摩耗や破損による異常の発生およびその予兆を検出するものである。
【0012】
異常診断装置10の振動検出処理部30は、振動検出器31と、回転検出器32と、A/D変換器33と、PLL(Phase locked loop)回路34と、を備えている。尚、異常診断装置10の検出処理部30に振動検出器31および回転検出器32を設けず、代わりに車軸用軸受装置に振動検出器31および回転検出器32を設けてもよい。
【0013】
振動検出器31は、軸受20の内輪22の回転に伴って発生する軸受20の振動を検出するための検出器であり、検出した振動の振動周波数およびその強度(加速度)を示すアナログ信号(振動信号)を出力する。
【0014】
回転検出器32は、軸受20の内輪22の回転の回転周波数を検出するための検出器であり、軸受20が回転する毎に所定数(例えば、60)のパルス信号(回転パルス)を出力する。
【0015】
振動検出器31の出力信号(振動信号)はA/D変換器33の変換対象信号入力端子に入力される。回転検出器32の出力信号はPLL回路34に入力される。
【0016】
A/D変換器33には、変換対象信号入力端子の他に、A/D変換トリガ入力端子を備えており、A/D変換トリガ信号入力端子には、PLL回路34の出力信号(A/D変換トリガパルス)が入力される。
【0017】
PLL回路34は、位相比較器35と、ループフィルタ36と、電圧制御発振器(VCO)37と、分周器38と、を備えている。
【0018】
位相比較器35には、回転検出器32から出力される回転パルスと、VCO37からのA/D変換トリガパルスを分周器38で分周して得られる分周パルスとが入力される。そして、位相比較器35は、回転パルスと分周パルスとの位相差に応じたパルス信号を出力する。このパルス信号がループフィルタ36に入力される。
【0019】
ループフィルタ36は、入力されたパルス信号に応じた直流信号を出力する。即ち、ループフィルタ36からは、回転パルスと分周パルスとの位相差に応じた電圧の直流信号が出力される。この直流信号がVCO37に入力される。
【0020】
VCO37は、入力電圧に応じた周波数のパルス信号を出力する。このパルス信号がA/D変換トリガパルスとしてA/D変換器33のA/D変換トリガ入力端子に入力される。
このように、PLL回路34は、二つの入力パルス、即ち、回転検出器32からの回転パルスと分周器38からの分周パルスの両者の位相が一致するように同期引き込みを行なっている。これにより、回転パルスの周波数とA/D変換トリガパルスの周波数との間に比例関係を持たせることができる。
【0021】
A/D変換器33は、振動検出器31からの振動信号をPLL回路34からのA/D変換トリガパルスが入力される度にサンプリングし、その値を示すデジタル信号を出力する。即ち、A/D変換器33は、A/D変換トリガパルスの周波数をサンプリング周波数として振動信号をサンプリングする。
【0022】
診断処理部40は、A/D変換器33の出力をFFTする(即ち、高速フーリエ変換する)ことにより振動の周波数スペクトルを算出し、得られた周波数スペクトルのピーク周波数と異常を示す周波数との一致度等に基づいて異常の有無を診断する。
【0023】
診断結果出力部50は、診断処理部40による診断結果をLCD(即ち、液晶表示装置)などを用いたモニタ装置に表示する。
【0024】
制御処理部60は、診断処理部40による診断結果に応じた制御信号を鉄道車両の制御系にフィードバックする。鉄道車両の制御系は、車両走行中、診断処理部40からフィードバックされる診断結果を常時監視し、軸受20の異常あるいはその予兆が検知されたときには、速やかにしかるべき対処動作を実施する。
【0025】
上記のように、この形態例の異常診断装置10によれば、振動検出処理部30のA/D変換器33におけるサンプリング周波数を、軸受20の回転周波数と比例関係にするので、軸受20の回転周波数の変動による振動周波数の変動の影響を打ち消すことができ、回転周波数の変動による振動の周波数スペクトルのピークの鈍りが抑制され、高精度の異常診断を実施できる。また、異常と見なす周波数帯域を、軸受の回転周波数を基に診断処理部40で計算して設定する必要がなく、軸受の諸元を基に事前に設定することができる。
【0026】
ここで、異常と見なす周波数帯域を、軸受の諸元を基に事前に設定できる理由について説明する。
【0027】
下記の表1は、軸受20の各部材の欠陥、具体的には、傷と、各部材で発生する異常振動周波数(エンベロープ処理後の周波数)との関係を示している。
【0028】
【表1】

【0029】
この関係から明らかなように、各異常振動周波数において、内輪回転周波数fr以外のパラメータ(fi、fc、fb)は、軸受諸元を用いてfrの定数倍として表すことができる。
【0030】
従って、内輪回転周波数fr以外のパラメータ(fi、fc、fb)は、frで正規化することができれば、軸受諸元から全て算定できることになる。即ち、fr=1と置くことができれば、外輪異常振動周波数Zfcなど診断対象の周波数は軸受諸元から求めることが可能となる。
【0031】
FFTによって得られるデータの周波数軸の分解能Δfは、サンプリングの周波数fsおよびデータ数Nによって決まる。即ち、Δf=fs/Nという関係が成り立つ。よって、サンプリングのデータ数Nを一定とすれば、サンプリング周波数fsを軸受20の回転周波数frに比例させることで、サンプリング周波数fsに対する診断対象の周波数スペクトル相対位置が一定になる。
【0032】
従って、軸受20の回転変動が発生しても、FFTによって得られるデータの周波数軸の分解能Δfが変動することで、振動周波数の変動を見かけ上キャンセルすることができる。たとえば、外輪異常振動周波数Zfcに関しては、常にサンプリング周波数fsがZfcの定数倍となっているため、サンプリング周波数fsに対する外輪異常振動周波数Zfcの周波数スペクトル相対位置が常に等しくなる。つまり、Zfcはfrで正規化することが可能となる。
【0033】
以上の説明から分かるように、A/D変換トリガパルスの周波数と軸受20の回転周波数frとを比例関係にすることにより、FFTによって得られるスペクトルを回転周波数frで正規化することができ、回転周波数frの変動による周波数スペクトルの位相シフトを見かけ上キャンセルすることが可能である。つまり、異常と見なす周波数帯域を、FFTのデータの帯域内において軸受諸元から事前に設定することが可能となる。
【0034】
図2は診断処理部40における処理内容の詳細を例示するフロー図である。
診断処理部40は、振動検出処理部30の出力をFFTにより周波数解析することにより得られるパワースペクトルを各周波数毎に平均化し、その平均化されたパワースペクトルに基づいて軸受20の異常診断を行なう。その際、振動検出処理部30は、まず周波数解析回数の値Nを初期値(N=0)にセットする(即ち、ステップS1)。その後、検出処理部30からの振動データ(即ち、A/D変換器33の出力)の取得(即ち、ステップS2)、取得した振動データから不要な周波数帯域の信号を取り除くフィルタ処理(即ち、ステップS3)、抽出された所定の周波数帯域の信号のエンベロープ(包絡線波形)を検波するエンベロープ処理(即ち、ステップS4)を順次実施する。そして、エンベロープ処理(即ち、ステップS4)により得られたエンベロープの周波数解析を実施する(即ち、ステップS5)。得られたパワースペクトルのデータはメモリに蓄積・保存しておく。その後、周波数解析回数の値Nをインクリメント(N=N+1)し(即ち、ステップS6)、その値Nが予め設定された値(この例では9)以上であるか否かを調べる(即ち、ステップS7)。値Nが設定値未満であれば(即ち、ステップS7で“No”の場合)、ステップS2に戻り、それ以降の処理を再度行なう。そして、値Nが設定値以上になったら(即ち、ステップS7で“Yes”の場合)、即ち、周波数解析を所定回数(この例では10回)実施し終えたら、メモリに保存されている上記所定回数分のパワースペクトルの各周波数における平均化処理(周波数平均化処理)を行なう(即ち、ステップS8)。
【0035】
その後、軸受諸元から回転部品の損傷に起因する軸受20の回転周波数frで正規化された各傷成分の特徴周波数(Zfi,Zfc,2fb,fc)を事前に設定し、その周波数帯域のスペクトル強度(パワー)を周波数平均化処理を行なったパワースペクトルから抽出する(即ち、ステップS9)。
【0036】
そして、その他の周波数帯域のスペクトル強度(パワー)の平均値を計算し(即ち、ステップS10)、その平均値に基づいて基準値を設定し(即ち、ステップS11)、この基準値と各特徴周波数(Zfi,Zfc,2fb,fc)とを比較する(即ち、ステップS12)。
【0037】
その結果、各特徴周波数(Zfi,Zfc,2fb,fc)が基準値以下であれば(即ち、ステップS12で“No”の場合)、軸受20に異常なしと判定する(即ち、ステップS13)。一方、各特徴周波数(Zfi,Zfc,2fb,fc)が基準値を超えていたならば(即ち、ステップS12で“Yes”の場合)、軸受20に異常ありと判断して異常部位を特定し、その結果を結果出力部50に表示させる(即ち、ステップS14)。
【0038】
上記のように、振動検出処理部30の出力を周波数解析することにより得られるパワースペクトルを各周波数毎に平均化し、その平均化されたパワースペクトルに基づいて軸受20の異常診断を行なうことにより、ノイズの影響による誤判定を防止することができる。即ち、軸受20自体には何ら異常が無いときでも、突発的なノイズにより特徴周波数(Zfi,Zfc,2fb,fc)の信号が検出されることがあるが、検出信号のパワースペクトルを各周波数毎に平均化することによりノイズの影響を軽減することができる。
【0039】
更にこの実施形態の例では、軸受20の異常時に発生する振動に含まれる特徴周波数のスペクトル強度とその他の周波数のスペクトル強度との比に基づいて軸受20の異常診断を行なっているので、異常診断に対するノイズの影響を極力排して、極めて信頼性の高い診断を実施できる。即ち、軸受20自体には何ら異常が無いときでも、ノイズの影響により見かけ上特徴周波数(Zfi,Zfc,2fb,fc)の帯域にスペクトル強度のピークが検出されることがあるが、その他の周波数帯のスペクトルもノイズの影響により見かけ上スペクトル強度が増大するため、両者の比に基づいて診断を行なうことにより、ノイズの影響による誤判定を無くすことができる。
【0040】
図3は本発明の異常診断装置の別の形態例を示すブロック図である。図3に示される形態例おいて、既に説明した図1の形態例と同様な構成要素には同一符号あるいは相当符号を付して説明を簡略化または省略する。この異常診断装置10Aの振動検出処理部30Aでは、軸受20の回転周波数frを回転検出器32により直流電圧として検出している。この場合、軸受20からの速度信号、つまり、回転周波数frに比例した直流信号をVCO37に入力することで、回転周波数frの変動に比例的に追従したパルス信号を得ることができる。このパルス信号をA/D変換トリガパルスとしてA/D変換器33に与えることにより、A/D変換器33におけるサンプリング周波数fsを軸受20の回転周波数frと比例関係にすることができる。従って、図1の場合と同様、軸受20の回転周波数frの変動による振動の周波数スペクトルのピークの鈍りを抑制して高精度に異常診断を実施でき、且つ異常と見なす周波数帯域を軸受20の諸元を基に事前に設定することができる。そして、図2のフロー図に示した診断処理を実施することにより、ノイズの影響を極力排して、極めて信頼性の高い診断を実施できる。
【0041】
図4は本発明の異常診断装置のさらに別の形態例を示すブロック図である。図4に示される形態例おいて、既に説明した図1の形態例と同様な構成要素には同一符号あるいは相当符号を付して説明を簡略化または省略する。この異常診断装置70は、図1の装置構成に加えて、軸受20の温度を検出するための温度検出器71と、この温度検出器71による検出信号をサンプリングしてその値を電気信号として出力する温度検出処理部(A/D変換器)72とを更に備えている。診断処理部40は、振動検出処理部30の出力と温度検出処理部72の出力とを基に軸受20の異常診断を行なう。
【0042】
図5は図4に示す異常診断装置70の診断処理部40における処理内容の詳細を例示するフロー図である。
診断処理部40は、異常診断を行なう際、まず温度データ取得回数の値Mを初期値(M=0)にセットするとともに(即ち、ステップS21)、温度異常閾値の設定を行なう(即ち、ステップS22)。温度異常閾値は、実測または理論計算に基づいて選定され、オペレータによって入力される。そして、図2のフローに従って軸受20の振動による異常診断処理を実施した後(即ち、ステップS23)、軸受20の温度データを温度検出処理部72より取得する(即ち、ステップS24)。取得した温度データを移動平均処理することにより(即ち、ステップS25)、温度検出処理部72でのAD変換時に重畳したノイズの影響を低減させる。移動平均処理した温度データはメモリに保存しておく。その後、温度データ取得回数の値Mをインクリメント(M=M+1)し(即ち、ステップS27)、その値Mが予め設定された値(この例では9)以上であるか否かを調べる(即ち、ステップS28)。値Mが設定値未満であれば(即ち、ステップS27で“No”の場合)、ステップS23に戻り、それ以降の処理を再度行なう。そして、値Mが設定値以上になったら(即ち、ステップS27で“Yes”の場合)、即ち、温度データの移動平均処理を所定回数(この例では10回)実施し終えたら、メモリに保存されている移動平均処理後の温度データの値と温度異常閾値とを比較する(即ち、ステップS28)。
【0043】
その結果、移動平均処理後の温度データの値が温度異常閾未満であれば(即ち、ステップS28で“No”の場合)、軸受20に異常なしと判定する(即ち、ステップS29)。一方、移動平均処理後の温度データの値が温度異常閾以上であるならば(即ち、ステップS28で“Yes”の場合)、軸受20に温度異常ありと判断してその旨を結果出力部50に表示させる(即ち、ステップS30)。従って、異常結果出力部50には、ステップS23による軸受20の振動に基づく診断結果とともに、軸受20の温度に基づく診断結果が表示される。
【0044】
上記のように、この異常診断装置70によれば、軸受20の振動に基づく異常判定に加えて、軸受20の温度に基づく異常判定を行なうことができるので、より信頼性の高い異常判定を行なうことができる。
【0045】
尚、温度による異常判定はその時々の軸受20の温度に基づいてなされるので、振動による異常判定の場合のようにサンプリング周波数fsを軸受20の回転周波数frに比例させるといった処理を行なう必要はない。よって、温度による異常判定処理は振動による異常判定処理の合間に行なうことが可能である。従って、上記の形態例では振動用の温度用にA/D変換器を別々に設けたが、一つのA/D変換器で共用することも可能である。
【0046】
以上、説明したように、本発明の効果としては、
(A) 被測定軸受の回転速度変動によるスペクトルピークの鈍りを無くせること、
(B) 表1及び、軸受の回転周波数frとサンプリング周波数fsとの関係から、特徴周波数をFFT処理後のデータの帯域内で軸受諸元から事前に設定することが可能、つまり周波数軸上のk番目のパワーを調べることで特徴周波数のパワーを得ることが可能となること(kは傷の位置等で変化する。)、
が挙げられる。
【0047】
尚、本発明は、上述した各実施形態に限定されるものではなく、適宜、変形、改良、実施形態の組み合わせ、等が可能である。その他、上述した各実施形態における各構成要素の材質、形状、寸法、数値、形態、数、配置箇所、等は本発明を達成できるものであれば任意であり、限定されない。
【0048】
例えば、上述した実施形態各々では、パルス信号を出力する回転検出器を用いたが、これに限定される必要は無く、正弦波信号を出力する検出器を用いることも可能である。ただし、この場合、正弦波信号をコンパレータ等を用いてパルス信号に整形する必要がある。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】本発明の異常診断装置の形態例を示すブロック図である。
【図2】図1の異常診断装置の診断処理部における処理内容の詳細を例示するフロー図である。
【図3】本発明の異常診断装置の別の形態例を示すブロック図である。
【図4】本発明の異常診断装置のさらに別の形態例を示すブロック図である。
【図5】図4の異常診断装置の診断処理部における処理内容の詳細を例示するフロー図である。
【符号の説明】
【0050】
10 異常診断装置
20 軸受
30 振動検出処理部
31 振動検出器
32 回転検出器
33 A/D変換器
34 PLL回路
40 診断処理部
50 結果出力部
60 制御処理部
70 異常診断装置
71 温度検出器
72 温度検出処理部(A/D変換器)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸受の異常を診断する異常診断装置であって、
前記軸受の振動周波数を検出するための振動検出器から出力される振動信号をサンプリングしてその値を電気信号として出力する振動検出処理部と、
前記振動検出処理部の出力を基に前記軸受の異常診断を行なう診断処理部と、
を備え、
前記振動検出処理部におけるサンプリング周波数が前記軸受の回転周波数と比例関係にあることを特徴とする異常診断装置。
【請求項2】
前記診断処理部は、
前記振動検出処理部の出力を周波数解析することにより得られるパワースペクトルのスペクトル強度を各周波数毎に平均化する周波数平均化処理を実施し、その周波数平均化処理後のパワースペクトルに基づいて前記軸受の異常診断を行なうことを特徴とする請求項1に記載の異常診断装置。
【請求項3】
前記診断処理部は、
前記軸受の異常時に発生する振動に含まれる特徴周波数のスペクトル強度とその他の周波数のスペクトル強度との比に基づいて前記軸受の異常診断を行なうことを特徴とする請求項2に記載の異常診断装置。
【請求項4】
前記振動検出処理部は、
前記振動信号が入力される入力端子およびA/D変換トリガパルスが入力される入力端子を有し、前記A/D変換トリガパルスが入力される度に前記振動信号をサンプリングしてその値を示すデジタル信号を出力するA/D変換器と、
前記A/D変換トリガパルスを発生するPLL回路と、
を備え、
前記PLL回路が、
前記軸受の回転周波数を検出するための回転検出器から出力される信号の周波数と前記A/D変換トリガパルスの周波数とが比例関係となるように同期引き込みを行なうことを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の異常診断装置。
【請求項5】
前記軸受の温度を検出するための温度検出器による検出信号をサンプリングしてその値を電気信号として出力する温度検出処理部を更に備え、
前記診断処理部は、
前記振動検出処理部の出力と前記温度検出処理部の出力とを基に前記軸受の異常診断を行なうことを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の異常診断装置。
【請求項6】
前記軸受が鉄道車両の車軸を支持するための車軸用軸受であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の異常診断装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−153855(P2006−153855A)
【公開日】平成18年6月15日(2006.6.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−308714(P2005−308714)
【出願日】平成17年10月24日(2005.10.24)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】