説明

硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性、耐欠損性を発揮する表面被覆切削工具

【課題】ステンレス鋼等の難削材の高速断続切削加工において、硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性、耐欠損性を発揮する表面被覆切削工具を提供する。
【解決手段】工具基体の表面に、(a)3〜20μmの合計平均層厚を有するTi化合物層からなる下部層、(b)1〜15μmの平均層厚を有する酸化アルミニウム層からなる中間層、(c)5〜16μmの平均層厚の縦長成長結晶組織をもつ改質Ti炭窒化物層からなる上部層、前記(a)、(b)、(c)の硬質被覆層が化学蒸着により形成された表面被覆切削工具において、(d)上部層を構成する改質Ti炭窒化物層は、層厚方向に沿って0.5〜4.0μmの間隔をおいて、酸素含有量のピークが現れ、該ピーク位置における酸素含有量OMAXは、OMAX=3〜8原子%であり、しかも、該ピーク位置におけるZr含有量は、0.8〜1.5原子%である酸素、Zr濃化領域を少なくとも1つ備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステンレス鋼等の難削材の高速断続切削加工において、硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性、耐欠損性を発揮し、長期の使用に亘ってすぐれた切削性能を発揮する表面被覆切削工具(以下、被覆工具という)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、一般に、炭化タングステン(以下、WCで示す)基超硬合金または炭窒化チタン(以下、TiCNで示す)基サーメットで構成された基体(以下、これらを総称して工具基体という)の表面に、
(a)下部層が、いずれも化学蒸着形成された、Tiの炭化物(以下、TiCで示す)層、窒化物(以下、同じくTiNで示す)層、炭窒化物(以下、TiCNで示す)層、炭酸化物(以下、TiCOで示す)層、および炭窒酸化物(以下、TiCNOで示す)層のうちの2層以上からなり、かつ3〜20μmの合計平均層厚を有するTi化合物層、
(b)上部層が、化学蒸着形成された、1〜15μmの平均層厚を有する酸化アルミニウム(以下、Alで示す)層、
以上(a)および(b)で構成された硬質被覆層を形成してなる従来被覆工具が知られている。
【0003】
また、特許文献1に示すように、前記従来被覆工具において、下部層であるTi化合物層を構成するTiCN層を、通常の化学蒸着装置にて、反応ガスとして有機炭窒化物を含む混合ガスを使用し、700〜950℃の中温温度域で化学蒸着し縦長成長結晶組織をもつTiCN層を形成することにより、硬質被覆層自身の強度向上を図ることが知られている。
【0004】
また、特許文献2、3に示すように、前記従来被覆工具において、下部層であるTi化合物層を構成するTiCN層について、工具基体側に位置するTi化合物層の水平方向の結晶粒径(結晶幅)と、上部層側に位置するTi化合物層の水平方向の結晶粒径(結晶幅)とに所定の関係を維持せしめることにより、硬質被覆層の耐チッピング性、耐欠損性、耐摩耗性の向上を図ることも知られている。
【0005】
さらに、特許文献4に示すように、工具基体表面に、ZrとTiの複合炭窒酸化物層からなる硬質被覆層を蒸着形成した被覆工具において、硬質被覆層を、層厚方向にそって、Zrおよび酸素の最高含有点と、Ti、炭素、および窒素の最高含有点とが所定間隔をおいて交互に繰り返し存在し、かつ前記両点間でZrと酸素、およびTiと炭素と窒素の含有量が連続的に変化する成分濃度分布構造を形成せしめることにより、硬質被覆層の耐チッピング性向上を図ることも知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平6−8010号公報
【特許文献2】特開平10−109206号公報
【特許文献3】特許第4284144号公報
【特許文献4】特許第3900523号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近年の切削装置の高性能化はめざましく、一方で切削加工に対する省力化および省エネ化、さらに低コスト化の要求は強く、これに伴い、切削加工は一段と高速化の傾向にあるが、前記従来被覆工具においては、これを鋼や鋳鉄などの通常の条件での連続切削や断続切削に用いた場合には問題はないが、特にこれを、ステンレス鋼等の難削材の、高熱発生を伴い、かつ、切刃部に断続的・衝撃的負荷がかかる高速断続切削に用いた場合には、硬質被覆層にチッピング(微小欠け)、欠損等が発生し易くなり、また、耐摩耗性も十分であるとは言えないため、比較的短時間で使用寿命に至るのが現状である。
【課題を解決するための手段】
【0008】
そこで、本発明者らは、前述のような観点から、さらに硬質被覆層の耐チッピング性、耐欠損性向上を図るべく、鋭意研究を行ったところ、前記従来被覆工具のAl層の表面に、以下に示すように、改質Ti炭窒化物層を形成することにより、該改質Ti炭窒化物層が特にすぐれた耐チッピング性、耐欠損性を発揮することを見出したのである。
即ち、本発明の被覆工具は、工具基体表面に、Ti化合物層を下部層として形成し、Al層を中間層として形成した後、次いで、改質Ti炭窒化物層を上部層として蒸着形成した、謂わば三層構造からなる硬質被覆層を備える。
ここで、改質Ti炭窒化物層からなる上部層は、図1(a)に模式図で示される通り、格子点にTi、炭素、および窒素からなる構成原子がそれぞれ存在するNaCl型面心立方晶の結晶構造(なお、図1(b)は(011)面で切断した状態を示す)からなる縦長成長結晶組織をもつTiCN層(以下、l−TiCN層という)において、該層中に微量の酸素及びZrを含有し、しかも、該層の層厚方向に所定の間隔をおいて、酸素とZrの濃化領域が形成されている層構造を有している。
そして、改質Ti炭窒化物層からなる上部層が、層厚方向に沿って所定の間隔で、酸素とZrの濃化領域が形成された層構造を有することにより、上部層の組織が微細化されるとともに、組織の粗大化が抑制されるために、本発明の被覆工具を、高熱発生を伴い、かつ、切刃部に断続的・衝撃的負荷がかかるステンレス鋼等の難削材の高速断続切削に用いた場合でも、すぐれた耐チッピング性、耐欠損性が発揮されるのである。
【0009】
また、本発明の硬質被覆層は、従来被覆工具の硬質被覆層と同様に、例えば、通常の化学蒸着装置にて、Ti化合物層を下部層として蒸着し、Al層を中間層として蒸着した後、次いで、改質Ti炭窒化物層を上部層として蒸着することによって成膜することができる。
つまり、通常の化学蒸着装置にて、Ti化合物層(下部層)及びAl層(中間層)を蒸着形成した後、該中間層の表面に、例えば、
反応ガス組成:容量%で、TiCl:2〜10%、CHCN:0.5〜3%、N:10〜30%、H2:残り、
反応雰囲気温度:800〜900℃、
反応雰囲気圧力:6〜20kPa、
の条件(通常条件という)でl−TiCNを蒸着するが、このl−TiCNを通常条件で蒸着する成膜工程の途中段階で、前記反応雰囲気圧力を低下させ、同時に、微量のCO成分及びZrCl成分を短時間反応ガス中に添加して成膜を行い(以下、この成膜処理を、「酸素、Zr添加処理」という)、その後、前記通常条件にしたがって、所定時間l−TiCNを形成し、以後、酸素、Zr添加処理とl−TiCNの蒸着を所望の回数繰り返し行うことにより、上部層の層厚方向に沿って所定間隔をおいて、酸素とZrの濃化領域が形成された層構造を有する改質Ti炭窒化物層を形成することができる。
そして、上記酸素とZrの濃化領域が形成された上記層構造の上部層によって、上部層の結晶粒組織が微細化され、また、組織の粗大化が抑制されるために、難削材の高速断続切削において、すぐれた耐チッピング性、耐欠損性が発揮されるのである。
【0010】
本発明は、前記の知見に基づいてなされたものであって、
「 炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体の表面に、
(a)3〜20μmの合計平均層厚を有し、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上のTi化合物層からなる下部層、
(b)1〜15μmの平均層厚を有する酸化アルミニウム層からなる中間層、
(c)5〜16μmの平均層厚の縦長成長結晶組織をもつ改質Ti炭窒化物層からなる上部層、
前記(a)、(b)、(c)の硬質被覆層が化学蒸着により形成された表面被覆切削工具において、
(d)上部層を構成する前記縦長成長結晶組織をもつ改質Ti炭窒化物層は、その縦断面研磨面について、オージェ電子分光法により、その層厚方向に沿って酸素含有量及びZr含有量を線分析した場合、層厚方向に沿って、0.5〜4.0μmの間隔をおいて、酸素含有量のピークが現れ、該ピーク位置における酸素含有量OMAXは、OMAX=3〜8原子%であり、しかも、該ピーク位置におけるZr含有量は、0.8〜1.5原子%である酸素、Zr濃化領域を少なくとも1つ備えることを特徴とする表面被覆切削工具。」
に特徴を有するものである。
【0011】
つぎに、本発明の被覆工具の硬質被覆層の構成層について、詳細に説明する。
(a)下部層(Ti化合物層)
TiC層、TiN層、TiCN層(l−TiCN層も含む)、TiCO層、TiCNO層のうち1層または2層以上からなるTi化合物層は、自体が高温強度を有し、これの存在によって硬質被覆層が高温強度を具備するようになるほか、工具基体と中間層であるAl層にも強固に密着し、よって硬質被覆層の工具基体に対する密着性向上に寄与する作用をもつが、その合計平均層厚が3μm未満では、前記作用を十分に発揮させることができず、一方、その合計平均層厚が20μmを越えると、特に高熱発生を伴う高速連続切削でチッピングを起し易くなることから、その合計平均層厚を3〜20μmと定めた。
【0012】
(b)中間層(Al層)
Al層からなる中間層は、すぐれた高温硬さと耐熱性を有し、基本的に、硬質被覆層の耐摩耗性向上に寄与する。
なお、Al層からなる中間層の平均層厚が1μm未満では、硬質被覆層に十分な耐摩耗性を発揮せしめることができず、一方、その平均層厚が15μmを越えて厚くなりすぎると、チッピングが発生し易くなることから、その平均層厚を1〜15μmと定めた。
【0013】
(c)上部層の改質Ti炭窒化物(以下、改質l−TiCNという)層
中間層は前記のとおりAl層で構成するが、中間層の上に形成する上部層については、少なくとも、5μm以上の平均層厚の改質l−TiCN層で構成することが必要である。
既述のとおり、改質l−TiCN層は、l−TiCN層を通常条件で蒸着する成膜工程の途中段階、例えば、所定目標層厚のl−TiCN層の成膜が完了する60〜160分前の時点で、反応雰囲気圧力を2.5〜3kPaに低下させ、同時に、反応ガスに占める割合を0.5〜1.8容量%となるようにCO成分を、また、0.5〜0.8容量%となるようにZrCl成分を、50〜70秒間反応ガス中に添加して酸素、Zr添加処理を行い、その後は、通常条件にしたがって、所定目標層厚になるまでl−TiCN層を成膜する。この工程を所定の回数(少なくとも1回)繰り返し行うことにより、形成することができる。
【0014】
図2に示すように、成膜された改質l−TiCN層には、層厚方向に所定の間隔で少なくとも1つの酸素、Zr濃化領域が形成され、しかも、酸素、Zr濃化領域における改質l−TiCN層の結晶粒は微細化組織となる。
【0015】
改質l−TiCN層の縦断面研磨面について、オージェ電子分光法により、その層厚方向に沿って酸素含有量及びZr含有量を線分析すると、改質l−TiCN層の層厚方向に沿って0.5〜4.0μmの間隔をおいて、酸素含有量のピークが現れる少なくとも1つの濃化領域が存在し、そして、該ピーク位置における酸素含有量OMAXは、OMAX=3〜8原子%であり、しかも、該ピーク位置におけるZr含有量は、0.8〜1.5原子%である酸素、Zr濃化領域が形成される。
【0016】
酸素、Zr濃化領域の間隔が狭く、間隔が0.5μm未満の場合には、酸素、Zr濃化領域から外れた領域で新たなTiCN結晶の核形成により成長したl−TiCNの強度が不十分となり、切削加工時の層内破壊による剥離を発生しやすくなり、一方、酸素、Zr濃化領域の間隔が、4.0μmを超える広さの場合には、新たなTiCN結晶の核形成により成長したl−TiCN層の粒径が大きくなり過ぎ、組織微細化の効果を発揮できなくなるので、酸素、Zr濃化領域の間隔は、0.5〜4.0μmと定めた。
【0017】
また、ピーク位置における酸素含有量OMAXが3原子%未満の場合、また、酸素、Zr濃化領域におけるZr含有量が0.8原子%未満の場合には、酸素、Zr濃化領域から外れた領域における新たなTiCN結晶の核形成が十分でないため、改質l−TiCN層における結晶粒微細化効果が少なく、一方、ピーク位置における酸素含有量OMAXが8原子%を超える場合、また、酸素、Zr濃化領域におけるZr含有量が1.5原子%を超える場合には、結晶構造の異なるTiが形成され、あるいは、ZrOが形成されることにより、剥離発生の原因になるので、酸素、Zr濃化領域における酸素含有量OMAXは、OMAX=3〜8原子%であり、しかも、Zr含有量は、0.8〜1.5原子%であることが必要である。
なお、本発明では、改質l−TiCN層の構成成分としては、Ti,C,Nの外、酸素とZrを含有させているが、Zrを含有させず酸素のみを含有させ、酸素含有量OMAXが、OMAX=3〜8原子%である(酸素のみの)濃化領域を形成した場合でも、ある程度の組織微細化効果が生じるが、酸素とともにZrを含有させた酸素、Zr濃化領域を形成した場合には、より一段と組織微細化効果が発揮され、その結果、TiCN結晶粒の微細化が図られるとともに、結晶粒の粗大化が抑制されるために、より一層優れた耐チッピング性、耐欠損性が発揮される。
【発明の効果】
【0018】
本発明の被覆工具は、Ti化合物層からなる下部層、Al層からなる中間層の上に、少なくとも1つの酸素、Zr濃化領域を備え、かつ、微細化された組織を有する改質l−TiCN層(上部層)が蒸着形成されていることにより、中間層と上部層の密着性が向上すると同時に、上部層の改質l−TiCN層の結晶粒粗大化が抑制されることから、高熱発生を伴い、かつ、切刃部に断続的・衝撃的負荷がかかるステンレス鋼等の難削材の高速断続切削に用いた場合でも、すぐれた耐チッピング性、耐欠損性を発揮し、長期の使用に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮するのである。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】硬質被覆層の上部層を構成する改質l−TiCN層が有するNaCl型面心立方晶の結晶構造を示す模式図である。
【図2】硬質被覆層の縦断面組織構造の一例を示す概略縦断面模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
つぎに、本発明の被覆工具を実施例により具体的に説明する。
【実施例】
【0021】
原料粉末として、いずれも1〜3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、ZrC粉末、VC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr32粉末、TiN粉末、TaN粉末、およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1370〜1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結後、切刃部にR:0.07mmのホーニング加工を施すことによりISO・CNMG120408に規定するインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体A〜Fをそれぞれ製造した。
【0022】
また、原料粉末として、いずれも0.5〜2μmの平均粒径を有するTiCN(質量比でTiC/TiN=50/50)粉末、Mo2C粉末、ZrC粉末、NbC粉末、TaC粉末、WC粉末、Co粉末、およびNi粉末を用意し、これら原料粉末を、表2に示される配合組成に配合し、ボールミルで24時間湿式混合し、乾燥した後、98MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を1.3kPaの窒素雰囲気中、温度:1540℃に1時間保持の条件で焼結し、焼結後、切刃部分にR:0.07mmのホーニング加工を施すことによりISO規格・CNMG120412のインサート形状をもったTiCN基サーメット製の工具基体a〜fを形成した。
【0023】
つぎに、これらの工具基体A〜Fおよび工具基体a〜fの表面に、通常の化学蒸着装置を用い、硬質被覆層の下部層として、表3に示される条件で、表5に示される組み合わせでTi化合物層(但し、改質l−TiCN層を除く)を蒸着形成し、
ついで、中間層としてのAl層を同じく、表3に示される条件で、かつ、同じく表5に示される目標層厚で蒸着形成し、その後、表4に示される条件にて、上部層としての改質l−TiCN層を同じく表5に示される組み合わせ、かつ、目標層厚で蒸着形成することにより本発明被覆工具1〜13をそれぞれ製造した。
【0024】
また、比較の目的で、硬質被覆層の下部層として、表3に示される条件で、表6に示される組み合わせ、かつ、同じく表6に示される目標層厚でTi化合物層を蒸着形成し、その後、表3に示される条件にて、中間層としてのAl層を、同じく表6に示される目標層厚で蒸着形成し、その後、表3に示される条件で、上部層としての通常のl−TiCN層を同じく表6に示される目標層厚で蒸着形成することにより従来被覆工具1〜13をそれぞれ製造した。
【0025】
ついで、前記本発明被覆工具の改質l−TiCN層について、縦断面研磨面について、オージェ電子分光法により、その層厚方向に沿って酸素含有量及びZr含有量を線分析し、酸素含有量のピークが現れる各ピーク位置を求めるとともに、該各ピーク位置における酸素含有量OMAXの値及びZr含有量ZrMAXの値をそれぞれ求めた。
【0026】
また、参考のため、改質l−TiCN層の各酸素、Zr濃化領域を外れる位置における酸素含有量、Zr含有量についても測定し、その平均酸素含有量OAV、平均Zr含有量ZrAV(但し、いずれも5点測定の平均値)を求めた。
【0027】
表5に、前記酸素含有量OMAX、Zr含有量ZrMAX、平均酸素含有量OAV、平均Zr含有量ZrAVの値を示す。
【0028】
同様に従来被覆工具のl−TiCN層についても酸素含有量を測定し、その平均酸素含有量OAV(但し、5点測定の平均値)を求めた。
表6に、平均酸素含有量OAVの値を示す。
【0029】
さらに、本発明被覆工具の改質l−TiCN層について、電界放出型走査電子顕微鏡及び電子後方散乱回折像装置を用いて、各酸素、Zr濃化領域における結晶粒の単位面積当たりの粒界長さを求め、また、各酸素、Zr濃化領域を外れた位置にある結晶粒の単位面積当たりの粒界長さを求め、各酸素、Zr濃化領域の結晶微細化率RTiCN(但し、R=(酸素、Zr濃化領域における結晶粒の単位面積当たりの粒界長さ)/(酸素、Zrを外れた位置にある結晶粒の単位面積当たりの粒界長さ)を算出した。
【0030】
ここで、結晶粒の単位面積当たりの粒界長さは、以下のようにして測定算出することができる。
【0031】
すなわち、前記改質l−TiCN層の縦断面を研磨面とした状態で、電界放出型走査電子顕微鏡の鏡筒内にセットし、前記研磨面に70度の入射角度で15kVの加速電圧の電子線を1nAの照射電流で、前記縦断面研磨面の測定範囲内に存在する結晶粒個々に照射して、電子後方散乱回折像装置を用い、所定測定領域を0.1μm/stepの間隔で、前記縦断面研磨面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(001)面および(011)面の法線がなす傾斜角を測定し、この結果得られた測定傾斜角に基づいて、それぞれ隣接する結晶粒相互間の界面における(001)面の法線同士、および(011)面の法線同士の交わる角度を求め、さらに、前記(001)面の法線同士、および(011)面の法線同士の交わる角度が2度以上の場合を粒界であるとして設定した上で、電界放出型走査電子顕微鏡により、改質l−TiCN層の酸素、Zr濃化領域における縦断面測定領域を走査し、該測定領域内で粒界として識別される部分の長さGBLO(μm)を求め、そして、測定した縦断面研磨面の面積GAO(μm)との比の値GBLO/GAOを求めた。
【0032】
また、同様に、改質l−TiCN層の酸素、Zr濃化領域を外れた位置における縦断面測定領域を走査し、該測定領域内で粒界として識別される部分の長さGBLI(μm)を求め、そして、測定した縦断面研磨面の面積GAI(μm)との比の値GBLI/GAIを求めた。
【0033】
ついで、前記GBLO/GAO(酸素、Zr濃化領域における単位面積当たりの粒界長さに相当)と、前記GBLI/GAI(酸素、Zr濃化領域を外れた位置における単位面積当たりの粒界長さに相当)との比の値を求め、これを、改質l−TiCN層の結晶微細化率RTiCNであると定義した。
【0034】
即ち、結晶微細化率RTiCN
=(酸素、Zr濃化領域における結晶粒の単位面積当たりの粒界長さ)/(酸素、Zr濃化領域を外れた位置にある結晶粒の単位面積当たりの粒界長さ)
=(GBLO/GAO)/(GBLI/GAI
である。
【0035】
表5に、本発明被覆工具の改質l−TiCN層についてのGBLO/GAOの値、GBLI/GAIの値、各酸素、Zr濃化領域の平均結晶微細化率RTiCNの値を示す。
【0036】
比較のため、従来被覆工具1〜13についても、電界放出型走査電子顕微鏡と電子後方散乱回折像装置を用い、その上部層を構成する通常のl−TiCN層について、測定領域内で粒界として識別される部分の長さGBLI(μm)を求め、そして、測定した縦断面研磨面の面積GAI(μm)との比の値GBLI/GAIを求めた。
表6に、GBLI/GAIの値を示す。
【0037】
表5に示される通り、本発明被覆工具の改質l−TiCN層は、結晶微細化率RTiCNがいずれも10.0より大きく、酸素、Zr濃化領域においては、酸素、Zr濃化領域を外れた位置よりも結晶粒が微細化していることが分かる。
ただ、表5と表6に示すGBLI/GAIの値から、本発明の改質l−TiCN層の酸素、Zr濃化領域を外れた位置における結晶粒のGBLI/GAIの値は、従来被覆工具のGBLI/GAIの値よりも明らかに大きいことから、本発明の改質l−TiCN層では、例え、酸素、Zr濃化領域を外れた位置であっても、従来被覆工具の通常のl−TiCN層に比べれば、一段と結晶粒の微細化が図られていることが分かる。
【0038】
なお、本発明被覆工具および従来被覆工具の下部層、中間層、上部層の厚さを、走査型電子顕微鏡を用いて測定(同じく縦断面測定)したところ、いずれも目標層厚と実質的に同じ平均層厚(5点測定の平均値)を示した。
【0039】
【表1】

【0040】
【表2】

【0041】
【表3】

【0042】
【表4】

【0043】
【表5】

【0044】
【表6】

【0045】
つぎに、前記の各種の被覆工具をいずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、本発明被覆工具1〜13および従来被覆工具1〜13について、
被削材:JIS・SUS304の長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度:300m/min.、
切り込み:2.0mm、
送り:0.3mm/rev.、
切削時間:20分、
の条件(切削条件A)でのステンレス鋼の乾式高速断続切削試験
(通常の切削速度は、200m/min)、
被削材:JIS・SCH15の長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度:250m/min.、
切り込み:1.5mm、
送り:0.4mm/rev.、
切削時間:18分、
の条件(切削条件B)での耐熱鋼の乾式高速断続切削試験
(通常の切削速度は、200m/min)、
を行い、いずれの切削試験でも切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。
この測定結果を表7に示した。
【0046】
【表7】

【0047】
表5〜7に示される結果から、本発明被覆工具1〜13は、酸素、Zr濃化領域を備えかつ微細化された組織を有する改質l−TiCN層(上部層)が形成されていることにより、中間層と上部層の密着性が向上すると同時に、上部層の改質l−TiCN層の結晶粒粗大化が抑制されることから、高熱発生を伴い、かつ、切刃部に断続的・衝撃的負荷がかかる難削材の高速断続切削に用いた場合でも、すぐれた耐チッピング性、耐欠損性を発揮し、長期の使用に亘ってすぐれた切削性能を示す。
【0048】
これに対して、酸素、Zr濃化領域が形成されていない通常のl−TiCN層を硬質被覆層の上部層として形成した従来被覆工具1〜13においては、上部層において結晶粒の粗大化が生じやすく、そのため、中間層と上部層の密着性が十分でないばかりか、高熱発生を伴い、かつ、切刃部に断続的・衝撃的負荷がかかる高速断続切削では、チッピング、欠損等が発生し、比較的短時間で使用寿命に至ることが明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0049】
前述のように、この発明の被覆工具は、ステンレス鋼等の難削材の高速断続切削ですぐれた耐チッピング性、耐欠損性を示し、長期に亘ってすぐれた切削性能を発揮するものであるから、切削装置の高性能化並びに切削加工の省力化および省エネ化、さらに低コスト化に十分満足に対応できるものである。


























【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体の表面に、
(a)3〜20μmの合計平均層厚を有し、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上のTi化合物層からなる下部層、
(b)1〜15μmの平均層厚を有する酸化アルミニウム層からなる中間層、
(c)5〜16μmの平均層厚の縦長成長結晶組織をもつ改質Ti炭窒化物層からなる上部層、
前記(a)、(b)、(c)の硬質被覆層が化学蒸着により形成された表面被覆切削工具において、
(d)上部層を構成する前記縦長成長結晶組織をもつ改質Ti炭窒化物層は、その縦断面研磨面について、オージェ電子分光法により、その層厚方向に沿って酸素含有量及びZr含有量を線分析した場合、層厚方向に沿って、0.5〜4.0μmの間隔をおいて、酸素含有量のピークが現れ、該ピーク位置における酸素含有量OMAXは、OMAX=3〜8原子%であり、しかも、該ピーク位置におけるZr含有量は、0.8〜1.5原子%である酸素、Zr濃化領域を少なくとも1つ備えることを特徴とする表面被覆切削工具。





















【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2013−46951(P2013−46951A)
【公開日】平成25年3月7日(2013.3.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−186448(P2011−186448)
【出願日】平成23年8月29日(2011.8.29)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【Fターム(参考)】