説明

硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性を発揮する表面被覆切削工具

【課題】高速断続切削加工において硬質被覆層がすぐれた耐チッピング、耐欠損性を発揮する表面被覆切削工具を提供する。
【解決手段】硬質被覆層が化学蒸着された下部層と上部層とからなり、(a)前記下部層は、少なくとも1層のTiの炭窒化物層を含み、かつ、3〜20μmの合計平均層厚を有する1層または2層以上からなるTi化合物層、(b)前記上部層は、1〜25μmの平均層厚を有する酸化アルミニウム層、であり、前記下部層を構成する少なくとも1層のTiの炭窒化物層は、柱状縦長成長TiCN結晶組織を有しており、その組織内に微粒TiCNが分散分布している構成とすることにより、前記課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高熱発生を伴うとともに、切れ刃に断続的・衝撃的負荷が作用する各種の鋼や鋳鉄の高速断続切削加工において、硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性を備えることにより、長期の使用に亘ってすぐれた切削性能を発揮する表面被覆切削工具(以下、被覆工具という)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、一般に、炭化タングステン(以下、WCで示す)基超硬合金または炭窒化チタン(以下、TiCNで示す)基サーメットで構成された工具基体(以下、これらを総称して工具基体という)の表面に、
(a)下部層が、いずれも化学蒸着形成された、Tiの炭化物(以下、TiCで示す)層、窒化物(以下、同じくTiNで示す)層、炭窒化物(以下、TiCNで示す)層、炭酸化物(以下、TiCOで示す)層および炭窒酸化物(以下、TiCNOで示す)層のうちの1層または2層以上からなるTi化合物層、
(b)上部層が、化学蒸着形成された酸化アルミニウム(以下、Alで示す)層、
以上(a)および(b)で構成された硬質被覆層を形成してなる被覆工具が知られており、この被覆工具は、各種の鋼や鋳鉄などの切削加工に用いられていることが知られている。
ただ、前記被覆工具は、切れ刃に大きな負荷がかかる切削条件では、チッピング損等を発生しやすく、工具寿命が短命であるという問題があるため、これを解消するために、従来からいくつかの提案がなされている。
【0003】
例えば、特許文献1には、硬質被覆層をTiCNの単層または2層以上の積層で構成すると共に、これら構成層のうちの1層または2層以上を、(a)粒状結晶組織から縦長成長結晶組織へ変わる結晶構造、(b)粒状結晶組織から縦長成長結晶組織へ、さらにこの縦長成長結晶組織から粒状結晶組織へ変わる結晶構造、(c)縦長成長結晶組織から粒状結晶組織へ変わる結晶構造のうちのいずれか1種または2種以上の結晶構造で構成することによって、被覆工具の耐チッピング性を改善することが提案されている。
また、特許文献2には、硬質被覆層が、柱状晶のTiCN層を含む単層または多層で構成され、該TiCN層の上端から該TiCN層の厚さの1/5の距離の位置におけるTiCN柱状結晶粒の水平方向の平均粒径d1と、該TiCN層の下端から該TiCN層の厚さの2/5の距離の位置におけるTiCN柱状結晶粒の水平方向の平均粒径d2の比を1≦d1/d2≦1.3とする構成を有することによって、断続切削を含む長時間の切削加工に耐える被覆工具を提供することが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平6−8009号公報
【特許文献2】特開平10−109206号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年の切削加工における省力化および省エネ化の要求は強く、これに伴い、被覆工具は一段と過酷な条件下で使用されるようになってきているが、例えば、前記特許文献1、2に示される被覆工具においても、高熱発生を伴うとともに、より一段と切れ刃に断続的・衝撃的負荷が作用する高速断続切削加工に用いられた場合には、下部層の耐機械的衝撃性、耐熱的衝撃性が十分ではないために、切削加工時の高負荷によって切れ刃にチッピング、欠損が発生しやすく、その結果、比較的短時間で使用寿命に至るのが現状である。
【課題を解決するための手段】
【0006】
そこで、本発明者らは、前述のような観点から、高熱発生を伴い、かつ、切れ刃に断続的・衝撃的負荷が作用する高速断続切削加工に用いられた場合でも、硬質被覆層がすぐれた衝撃吸収性を備え、その結果、長期の使用に亘ってすぐれた耐チッピング性、耐欠損性を発揮する被覆工具について鋭意研究を行った結果、以下の知見を得た。
【0007】
すなわち、硬質被覆層として、前記従来のTiの炭窒化物層を含む下部層を形成したものにおいては、Tiの炭窒化物層が基体に垂直方向に柱状をなして形成されている。そのため、硬さと耐摩耗性は向上するが、その反面、Tiの炭窒化物層の異方性が高くなるほどTiの炭窒化物層の靭性が低下する結果、十分な耐チッピング性、耐欠損性を発揮することができず、また、工具寿命も満足できるものであるとはいえなかった。
そこで、本発明者らは、硬質被覆層の下部層を構成するTi化合物層の中の特にTiの炭窒化物層について鋭意研究したところ、Tiの炭窒化物層の異方性を緩和し靭性を高めることによって、硬質被覆層の耐チッピング性、耐欠損性を向上させることができるという新規な知見を見出した。
【0008】
具体的には、下部層を構成する少なくとも1層のTiの炭窒化物層が、柱状縦長成長TiCN結晶組織を有しており、その組織内に微粒TiCNが分散分布していることにより、Tiの炭窒化物層の異方性が緩和され、靭性が高められる(以下、改質TiCN層という)。
【0009】
そして、前述のような構成の改質TiCN層は、例えば、以下の化学蒸着法によって成膜することができる。
工具基体表面に、反応ガス組成(容量%)を、TiCl:1.7〜1.9%、TDMAT(テトラキスジメチルアミノチタン):0.06〜0.10%、CHCN:0.7〜0.9%、N:20%、H:残、として、反応雰囲気圧力を、5〜12kPaとして、反応雰囲気温度を、820〜970℃として、化学蒸着法を行うことにより、微粒TiCNが膜中に分散した柱状縦長成長TiCN結晶組織を得ることができる。ここで、本発明において、微粒TiCNとは、粒状TiCN結晶相又はアモルファスTiCN相若しくは粒状TiCN結晶相とアモルファスTiCN相との混合相を意味している。すなわち、前述の化学蒸着法でTiの炭窒化物層を成膜した場合、成膜条件の微妙な違いにより、膜中に分散形成される微粒TiCNは、(1)粒状TiCN結晶相である場合、(2)アモルファスTiCN相である場合、(3)粒状TiCN結晶相とアモルファスTiCN相との混合相である場合、が確認された。しかも、前記(1)乃至(3)のいずれの場合においても前述したTiの炭窒化物層の異方性が緩和され、靱性が高められるという効果に格別の差異はないことも確認された。したがって、本発明においては、前記(1)乃至(3)を総称して微粒TiCNと呼ぶ。
【0010】
そして、Tiの炭窒化物層中の微粒TiCNの断面の面密度が層厚方向に沿って周期0.5μm〜5μmで周期的に変化する面密度分布形態を有する場合には、微粒TiCNの面密度の低い領域が存在することにより、柱状縦長成長TiCN結晶の優れた硬さや耐摩耗性という特性を高く発揮し、かつ、微粒TiCNの面密度の高い領域が存在することにより、微粒TiCNによる優れた衝撃吸収性という特性を高く発揮し、この上記特性を高い水準で併せ持つことが出来る。したがって、特に、高熱発生を伴い、かつ、切れ刃に断続的・衝撃的負荷が作用する鋼や鋳鉄の高速断続切削加工に用いた場合でも、硬質被覆層が耐チッピング性、耐欠損性にすぐれ、長期の使用に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮し得ることを見出した。
【0011】
本発明は、前記知見に基づいてなされたものであって、
「(1)炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体の表面に硬質被覆層を設けた表面被覆切削工具において、
前記硬質被覆層が化学蒸着された下部層と上部層とからなるとともに、
(a)前記下部層は、少なくとも1層のTiの炭窒化物層を含み、かつ、3〜20μmの合計平均層厚を有する1層または2層以上からなるTi化合物層、
(b)前記上部層は、1〜25μmの平均層厚を有する酸化アルミニウム層、
からなり、
前記(a)の下部層を構成する少なくとも1層のTiの炭窒化物層は、柱状縦長成長TiCN結晶組織を有しており、その組織内に微粒TiCNが分散分布しており、該微粒TiCNが粒状TiCN結晶相又はアモルファスTiCN相若しくは粒状TiCN結晶相とアモルファスTiCN相との混合相であり、柱状縦長成長TiCN結晶の平均粒子幅Wは50〜2000nm、平均アスペクト比Aが5〜50であり、前記微粒TiCNの平均粒径Rが、50nmを超えて300nm以下であることを特徴とする表面被覆切削工具。
(2) 前記下部層を構成する少なくとも1層のTiの炭窒化物層に存在する微粒TiCNの断面の面密度が 5〜30%であることを特徴とする(1)に記載の表面被覆切削工具。
(3) 前記微粒TiCNの断面の面密度が層厚方向に沿って周期0.5〜5μmで周期的に変化する面密度分布形態を有していることを特徴とする(1)または(2)に記載の表面被覆切削工具。」
に特徴を有するものである。
【0012】
本発明について、以下に詳細に説明する。
【0013】
下部層のTi化合物層:
少なくともTiの炭窒化物層を含み、かつ、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上のTi化合物層からなる下部層は、通常の化学蒸着条件で形成することができるが、少なくとも1層のTiの炭窒化物層については後述するような別の方法によって形成する。下部層を構成するTi化合物層は、それ自体が高温強度を有し、これの存在によって硬質被覆層が高温強度を具備するようになるほか、工具基体とAlからなる上部層のいずれにも強固に密着し、よって硬質被覆層の工具基体に対する密着性向上に寄与する作用をもつが、その合計平均層厚が3μm未満では、前記作用を十分に発揮させることができず、一方、その合計平均層厚が20μmを越えると、チッピングを発生しやすくなることから、その合計平均層厚を3〜20μmと定めた。
【0014】
下部層中の少なくとも1層のTiの炭窒化物層:
下部層中の少なくとも1層のTiの炭窒化物層は、柱状縦長成長TiCN結晶組織を有しており、その組織内に微粒TiCNが分散分布している構成とする。このような構成にすることによって、耐衝撃性が向上し、すぐれた耐チッピング性を示すようになる。ところが、柱状縦長成長TiCN結晶の各結晶粒について、基体表面に平行な方向の粒子幅をwとし、その平均値を平均粒子幅Wとした場合、平均粒子幅Wの最大粒子幅が50nmよりも小さいと、長期の使用に亘っての耐摩耗性を確保できず、一方、2000nmを超えると、粒子の粗大化により耐チッピング性、耐欠損性が低下する。したがって、柱状縦長成長TiCN結晶の平均粒子幅Wは、50〜2000nmとすることが好ましい。また、柱状縦長成長TiCN結晶の各結晶粒について、基体表面に垂直な方向の粒子長さをlとし、前記粒子幅wとlとの比を各結晶粒のアスペクト比aとし、さらに、個々の結晶粒について求めたアスペクト比aの平均値を平均アスペクト比Aとした場合、平均アスペクト比Aが5より小さいと、柱状縦長成長TiCNの特徴である高い耐摩耗性を確保できず、一方、50を超えると、かえって靭性が低下し、耐チッピング性、耐欠損性が低下する。したがって、柱状縦長成長TiCN結晶の平均アスペクト比Aは5〜50とすることが望ましい。ここで本発明では、柱状縦長成長TiCN結晶の1つの粒子を計測したとき、基体表面に平行な方向の定方向最大径を粒子幅wと呼び、一方、基体表面に垂直な方向の定方向接線径を粒子長さlと呼ぶ。
さらに、微粒TiCNについて、個々の微粒TiCNの粒径をrとし、その平均値を平均粒径Rとした場合、平均粒径Rが50nm以下であると、微粒TiCNを分散分布させることによる耐衝撃性向上の効果が十分に発揮されず、一方、300nmを超えると、かえって靭性が低下する。したがって、微粒TiCNの平均粒径Rは、50nmを超え300nm以下とすることが好ましい。ここで本発明では、個々の微粒TiCNの析出相の最も長い径である長軸径を微粒TiCNの粒径rと呼ぶ。
また、微粒TiCNは、断面の面密度が5%より小さいと、微粒TiCNを分散分布させることの効果が発揮されず、一方、30%を超えると、柱状縦長成長TiCN結晶の成長を阻害し、かえって耐摩耗性が低下する。したがって、微粒TiCNの断面の面密度は、5〜30%であることが望ましい。さらに、微粒TiCNは、一様に分布させるのではなく、面密度が周期0.5〜5μmで層厚方向に沿って周期的に変化する面密度分布形態とすることによって、より一層、耐衝撃性が向上する。
なお、以下、前述のように改質されたTiの炭窒化物層を「改質TiCN層」という。
【0015】
上部層のAl層:
上部層を構成するAl層が、高温硬さと耐熱性を備えることは既に良く知られているが、その平均層厚が1μm未満では、長期の使用に亘っての耐摩耗性を確保することができず、一方、その平均層厚が25μmを越えるとAl結晶粒が粗大化し易くなり、その結果、高温硬さ、高温強度の低下に加え、高速断続切削加工時の耐チッピング性、耐欠損性が低下するようになることから、その平均層厚を1〜25μmと定めた。
【0016】
分散分布している微粒TiCNの形成:
本発明の微粒TiCNは、通常の化学蒸着条件で成膜した下部層の形成過程中に次の条件による化学蒸着法を行うことによって形成することができる。
微粒TiCNの核となるTDMATを反応ガス中に添加することによって、分散分布している微粒TiCNが形成される。
反応ガス組成(容量%):
TiCl:1.7〜1.9%,
TDMAT:0.06〜0.10%
CHCN:0.7〜0.9%
:20%
:残
反応雰囲気温度:820〜970℃、
反応雰囲気圧力:5〜12kPa、
図1に、前記の化学蒸着条件で形成された本発明の下部層に含まれる改質TiCN層の微粒TiCN分布形態の概略模式図を示す。
また、微粒TiCNは、TDMATの添加量を周期的に変化させることによって、面密度が周期0.5〜5μmで層厚方向に沿って周期的に変化する面密度分布形態を有して形成される。図2にその概略模式図を示す。
図3により、更に詳細に説明する。
図3は、前記化学蒸着条件で形成された本発明の微粒TiCNが周期的に変化する面密度分布をとる下部層における、層厚方向位置−面密度の相関の一例を表す面密度分布形態図を示す。
この面密度分布形態図は、以下の方法で求めることができる。
まず、下部層を、工具基体表面と平行に0.1μmの厚み幅領域に夫々区分し(図4において、工具基体表面に平行に引かれた複数の平行線で仕切られた区画が、0.1μmの厚み幅領域に相当する。)、区分された各厚み幅領域に存在する微粒TiCNの占める面積を長さ合計10μmに亘って測定し、走査型電子顕微鏡(倍率50000倍)を用いて測定し、該0.1μmの厚み幅領域の面密度(%)を求め、各厚み幅領域で求められた面密度を層厚方向に沿ってグラフ化することにより、図3として示されるような層厚方向の面密度分布形態図を作成する。
図5は、柱状縦長成長TiCN結晶組織層内における柱状縦長成長TiCN結晶粒子の成長状態を模式的に表した図である。
【0017】
本発明で、柱状縦長成長TiCN結晶組織内に微粒TiCNが分散分布している構造は、微粒TiCNの存在によって、柱状縦長成長TiCN結晶組織に力が加わった際に、1つ1つの柱状縦長成長TiCN結晶にずれが生じるため、大きな靭性を生じることになる。その結果、衝撃吸収性が高まり、耐チッピング性、耐欠損性向上という効果が発揮される。
【発明の効果】
【0018】
本発明の被覆工具は、硬質被覆層として、化学蒸着された下部層と上部層とからなり、(a)前記下部層は、少なくとも1層のTiの炭窒化物層を含み、かつ、3〜20μmの合計平均層厚を有する1層または2層以上からなるTi化合物層、(b)前記上部層は、1〜25μmの平均層厚を有する酸化アルミニウム層、であり、前記下部層を構成する少なくとも1層のTiの炭窒化物層は、柱状縦長成長TiCN結晶組織を有しており、その組織内に微粒TiCNが分散分布していることにより、鋼や鋳鉄等の高熱発生を伴い、しかも、切れ刃に断続的・衝撃的高負荷が作用する高速断続切削加工に用いた場合でも、耐チッピング性、耐欠損性にすぐれ、その結果、長期の使用に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮し、被覆工具の長寿命化が達成されるものである。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の下部層に含まれる改質TiCN層の微粒TiCN分布形態の概略模式図を示す。
【図2】周期的に変化する面密度分布形態をとる下部層に含まれる改質TiCN層の概略模式図を示す。
【図3】下部層における層厚方向位置−面密度の相関を表す面密度分布形態図を示す。
【図4】図3の面密度分布形態図を求める方法を説明するための概略模式図を示す。
【図5】柱状縦長成長TiCN結晶組織層内における柱状縦長成長TiCN結晶粒子の成長状態を模式的に表した図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0020】
つぎに、本発明の被覆工具を実施例により具体的に説明する。
【実施例】
【0021】
原料粉末として、いずれも1〜3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、ZrC粉末、VC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr32粉末、TiN粉末、およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1370〜1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結後、切刃部にR:0.07mmのホーニング加工を施すことによりISO・CNMG120412に規定するインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体A〜Eをそれぞれ製造した。
【0022】
また、原料粉末として、いずれも0.5〜2μmの平均粒径を有するTiCN(質量比でTiC/TiN=50/50)粉末、Mo2C粉末、ZrC粉末、NbC粉末、TaC粉末、WC粉末、Co粉末、およびNi粉末を用意し、これら原料粉末を、表2に示される配合組成に配合し、ボールミルで24時間湿式混合し、乾燥した後、98MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を1.3kPaの窒素雰囲気中、温度:1540℃に1時間保持の条件で焼結し、焼結後、切刃部分にR:0.09mmのホーニング加工を施すことによりISO規格・CNMG120412のインサート形状をもったTiCN基サーメット製の工具基体a〜eを形成した。
【0023】
つぎに、これらの工具基体A〜Eおよび工具基体a〜eの表面に、通常の化学蒸着装置を用い、
(a)硬質被覆層の下部層として、表3及び表4に示される条件かつ表6に示される目標層厚でTi化合物層を蒸着形成する。
(b)この時、表4に示されるk〜o条件でTi化合物層を構成するTiの炭窒化物層を成膜する際には、表4に示されるTDMAT容量%の最大値と最小値の間で添加量を周期的に変化させながらTi化合物層を蒸着形成する。
(c)次いで、表3に示される条件で、かつ、表6に示される目標層厚の上部層(Al層)からなる硬質被覆層を蒸着形成することにより本発明被覆工具1〜15を製造した。
【0024】
前記本発明被覆工具1〜10の下部層中の少なくとも1層の改質TiCN層について、走査型電子顕微鏡(倍率50000倍)を用いて複数視野に亘って観察したところ、図1に示した膜構成模式図に示される柱状結晶の粒界および粒内に微粒TiCNが存在する膜構造が確認された。
また、前記本発明被覆工具11〜15の下部層中の少なくとも1層の改質TiCN層について、走査型電子顕微鏡(倍率50000倍)を用いて複数視野に亘って観察したところ、図2に示した膜構成模式図に示される柱状結晶の粒界および粒内に微粒TiCNが存在する膜構造が確認された。
さらに、前記本発明被覆工具1〜15の下部層中の少なくとも1層の改質TiCN層について、透過型電子顕微鏡(倍率200000倍)を用いて複数の視野に亘って観察し、微粒TiCNについて電子線回折を行った結果、前記微粒TiCNは、粒状TiCN結晶相又はアモルファスTiCN相若しくは粒状TiCN結晶相とアモルファスTiCN相の混合相であることが確認された。
【0025】
また、比較の目的で、工具基体A〜Eおよび工具基体a〜eの表面に、表3及び表5に示される条件かつ表7に示される目標層厚で本発明被覆工具1〜15と同様に、硬質被覆層の下部層としてのTi化合物層を蒸着形成した。この時には、Ti化合物層を構成するTiの炭窒化物層の形成には、TDMATを添加せず、柱状縦長成長TiCN結晶組織を形成した。
次いで、硬質被覆層の上部層として、表3に示される条件かつ表7に示される目標層厚でAl層からなる上部層を蒸着形成することにより、表7の比較被覆工具1〜15を作製した。
【0026】
また、本発明被覆工具1〜15および比較被覆工具1〜15の各構成層の層厚を、走査型電子顕微鏡(倍率5000倍)を用いて測定し、観察視野内の5点の層厚を測って平均して平均層厚を求めたところ、いずれも表6および表7に示される目標層厚と実質的に同じ平均層厚を示した。
また、本発明被覆工具1〜15および比較被覆工具1〜15については、同じく走査型電子顕微鏡(倍率5000倍)を用いて、下部層に含まれるTiの炭窒化物層を構成する柱状縦長成長TiCN結晶の粒子幅w及び粒子長さlを、工具基体と水平方向に長さ合計10μmの範囲に存在する柱状縦長成長TiCN結晶について測定し、個々の結晶粒について求めた粒子幅wの平均値である平均粒子幅W及び個々の結晶粒について求めた粒子幅wと粒子長さlの比として定義されるアスペクト比aの平均値である平均アスペクト比Aを求めた。
また、本発明被覆工具1〜10については、同じく走査型電子顕微鏡(倍率50000倍)を用いて、下部層に含まれるTiの炭窒化物層中に存在する微粒TiCNの占める面積を工具基体と垂直方向はTiCN膜厚分の厚さに亘って、工具基体と水平方向は長さ合計10μmに亘って測定し、断面の面密度(%)を求めた。
また、本発明被覆工具11〜15については、同じく走査型電子顕微鏡(倍率50000倍)を用いて、下部層に含まれるTiの炭窒化物層を、工具基体表面と平行に0.1μmの厚み幅領域に夫々区分し、区分された各厚み幅領域に存在する微粒TiCNの占める面積を長さ合計10μmに亘って測定し、該0.1μmの厚み幅領域に存在する微粒TiCNの断面の面密度(%)を求めた。
【0027】
【表1】

【0028】
【表2】

【0029】
【表3】

【0030】
【表4】



【0031】
【表5】



【0032】
【表6】

【0033】
【表7】



【0034】
つぎに、前記本発明被覆工具1〜15および比較被覆工具1〜15について、表8に示す条件で切削加工試験を実施し、いずれの切削試験でも切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。
表9に、この測定結果を示した。
【0035】
【表8】

【0036】
【表9】



【0037】
表6および表9に示される結果から、本発明の被覆工具は、硬質被覆層の下部層を構成するTiの炭窒化物層が、柱状縦長成長TiCN結晶組織を有しており、その組織内に微粒TiCNが分散分布していることにより、鋼や鋳鉄等の高熱発生を伴い、しかも、切れ刃に断続的・衝撃的高負荷が作用する高速断続切削加工に用いた場合でも、耐チッピング性、耐欠損性にすぐれ、その結果、長期の使用に亘ってすぐれた切削性能を発揮することが明らかである。
【0038】
これに対して、硬質被覆層の下部層を構成するTiの炭窒化物層に微粒TiCNが分散分布していない比較被覆工具1〜15については、高熱発生を伴い、しかも、切れ刃に断続的・衝撃的高負荷が作用する高速断続切削加工に用いた場合、チッピング、欠損等の発生により短時間で寿命に至ることが明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0039】
前述のように、本発明の被覆工具は、例えば、鋼や鋳鉄等の高熱発生を伴い、かつ、切れ刃に断続的・衝撃的高負荷が作用する高速断続切削加工において、すぐれた耐チッピング性、耐欠損性を発揮し、使用寿命の延命化を可能とするものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体の表面に硬質被覆層を設けた表面被覆切削工具において、
前記硬質被覆層が化学蒸着された下部層と上部層とからなるとともに、
(a)前記下部層は、少なくとも1層のTiの炭窒化物層を含み、かつ、3〜20μmの合計平均層厚を有する1層または2層以上からなるTi化合物層、
(b)前記上部層は、1〜25μmの平均層厚を有する酸化アルミニウム層、
からなり、
前記(a)の下部層を構成する少なくとも1層のTiの炭窒化物層は、柱状縦長成長TiCN結晶組織を有しており、その組織内に微粒TiCNが分散分布しており、該微粒TiCNが粒状TiCN結晶相又はアモルファスTiCN相若しくは粒状TiCN結晶相とアモルファスTiCN相との混合相であり、柱状縦長成長TiCN結晶の平均粒子幅Wは50〜2000nm、平均アスペクト比Aは5〜50であり、前記微粒TiCNの平均粒径Rが、50nmを超えて300nm以下であることを特徴とする表面被覆切削工具。
【請求項2】
前記下部層を構成する少なくとも1層のTiの炭窒化物層に存在する微粒TiCNの断面の面密度が 5〜30%であることを特徴とする請求項1に記載の表面被覆切削工具。
【請求項3】
前記微粒TiCNの断面の面密度が層厚方向に沿って周期0.5〜5μmで周期的に変化する面密度分布形態を有していることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の表面被覆切削工具。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−78837(P2013−78837A)
【公開日】平成25年5月2日(2013.5.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−143114(P2012−143114)
【出願日】平成24年6月26日(2012.6.26)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【Fターム(参考)】