説明

硬質被覆層がすぐれた耐剥離性、耐摩耗性を発揮する表面被覆切削工具

【課題】高速重切削加工において、硬質被覆層がすぐれた耐剥離性と耐摩耗性を発揮する表面被覆切削工具を提供する。
【解決手段】工具基体の表面に、下部層として、TiN、TiC、TiCN、TiCO、TiCNOの少なくとも1層以上からなるTi化合物層、上部層としてα型Al層、を蒸着形成した表面被覆切削工具において、下部層と上部層の界面において、平均粒径5〜100nmのクロム酸化物粒子を、界面単位長さ当り30〜80%の線分割合で島状に点在分布させることにより、下部層−上部層間の付着強度を向上させるとともに、上部層のα型Al層の結晶方位分布制御を行うことにより、硬質被覆層の耐摩耗性を向上させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、例えば合金鋼や炭素鋼などの、高熱発生を伴い、切刃に高負荷が連続的に作用する高速重切削加工に用いた場合にも、硬質被覆層がすぐれた密着強度を有するため、切刃にチッピング(微小欠け)や皮膜の剥離の発生なく、長期の使用に亘ってすぐれた切削性能を発揮する表面被覆切削工具(以下、被覆工具という)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、炭化タングステン基超硬合金製基体(以下、超硬基体という)あるいはTiCN基サーメット基体(以下、サーメット基体という。また、超硬基体とサーメット基体とを総称して、工具基体という)の表面に、
(a)下部層が、3〜20μmの全体平均層厚を有するTiC層、TiN層、TiCN層、TiCO層およびTiCNO層のうちの1層または2層以上からなるTi化合物層、
(b)上部層が、1〜15μmの平均層厚を有し、化学蒸着形成された状態でα型の結晶構造を有する酸化アルミニウム(以下、α型Alで示す)層、
上記(a)、(b)からなる硬質被覆層を蒸着形成した被覆工具が広く知られており、そして、上部層のα型Al層の結晶方位を調整することによって、鋼や鋳鉄などの切削加工において、すぐれた耐摩耗性を発揮するようになることも知られている。
また、下部層−上部層間の層間密着性を向上させるために、下部層と上部層との間に、特定の結晶方位を有するTiからなる所定層厚の中間層を設けた被覆工具(特許文献1)が提案されており、また、被覆工具の耐摩耗性を向上させるため、硬質被覆層を5層構造で構成し、そのうちの一つの層を特定の結晶方位を有するTi層、他の一つの層を特定の結晶方位を有するAl層とした被覆工具(特許文献2)も提案されており、さらに、上記Tiからなる中間層に代えて、AlとCrとの固溶体(以下、(Al,Cr)で示す)からなる中間層を、下部層と上部層間に介在形成することにより、層間剥離を防止するようにした被覆工具(特許文献3)も提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平10−310877号公報
【特許文献2】特開平11−77405号公報
【特許文献3】特開2006−334720号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
近年の切削加工の省力化および省エネ化に対する要求は強く、これに伴い、切削加工はますます高速化、高効率化の傾向にあるが、下部層としてTi化合物層、上部層としてα型Al層からなる硬質被覆層を形成した被覆工具において、Ti層を中間層として介在形成した場合(特許文献1、2)には、α型AlとTiは、同一結晶構造を有し、結晶成長の整合性が改善されるものの、Ti自体が脆弱であるため層間付着強度の向上が十分であるとはいえず、また、中間層として(Al,Cr)層を設けたものにおいても、高い層間密着強度が得られるが、α型Al2O3層と比較した場合、高温強度が劣り、層間付着強度と耐摩耗性が十分であるとはいえないため、例えば合金鋼の連続切削を高速高送り条件で行うと、切刃部に加わる連続的高負荷によりチッピング等の異常損傷を生じやすく、また、切削時に発生する高熱によって耐摩耗性が低下しやすく、これらを原因として、比較的短時間で使用寿命に至るのが現状である。
【課題を解決するための手段】
【0005】
そこで、本発明者等は、層間付着強度を向上させることにより、耐チッピング性の向上を図り、あるいは、さらに、上部層の結晶方位分布の制御を行うことにより耐摩耗性の向上を図るべく鋭意研究を行ったところ、次のような知見を得た。
【0006】
被覆工具の硬質被覆層のうち、TiC層、TiN層、TiCN層、TiCO層およびTiCNO層のうちの1層または2層以上から形成されるTi化合物層からなる下部層は、それ自身の具備するすぐれた高温強度によって硬質被覆層の高温強度向上に寄与し、また、α型Al層からなる上部層は、耐酸化性と熱的安定性にすぐれ、さらに高硬度を有するが、高熱発生を伴い、切刃に高負荷が作用する高速重切削では、下部層−上部層間の密着強度が十分とは言えず、また、耐摩耗性の向上を目的としてα型Al層からなる上部層の結晶方位分布を調整した場合には、下部層−上部層間の密着強度の低下を招くことがあるため、下部層−上部層間の密着強度の向上と耐摩耗性の両立を図ることは困難であった。
【0007】
そこで、本発明者らは、下部層と上部層との界面に、所定層厚をもったいわゆる中間層を形成するのではなく(特許文献1〜3では、中間層の層厚は、それぞれ、0.1〜5μm、0.1〜2μm、0.3〜0.8μm)、中間層を形成するには至らない程度に微量、かつ、微粒のCr粒子を、下部層と上部層との界面に、島状に点在分布させた場合には、α型Al層からなる上部層の結晶方位分布制御を行った場合であっても、α型AlとCrとは、同一結晶構造であって構造的ミスマッチが小さく、しかも、格子定数も近く格子定数ミスマッチも小さいため、Ti化合物からなる下部層とα型Al層からなる上部層との付着強度を向上させることができ、さらに、上部層として、特定の結晶方位分布を有するα型Al層を形成することができるため、高速重切削加工においても、硬質被覆層の耐剥離性、耐摩耗性を向上させることができることを見出したのである。
【0008】
この発明は、上記知見に基づいてなされたものであって、
「(1) 炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体の表面に、
チタンの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上からなり、かつ、3〜20μmの合計平均層厚を有するTi化合物層からなる下部層、及び、2〜15μmの平均層厚を有するα型酸化アルミニウム層からなる上部層、
上記の下部層と上部層からなる硬質被覆層が蒸着形成された表面被覆切削工具において、
上記Ti化合物層からなる下部層と上記α型酸化アルミニウム層からなる上部層との界面において、平均粒径5〜100nmのクロム酸化物粒子が、界面単位長さ当り30〜80%の線分割合で島状に点在分布していることを特徴とする表面被覆切削工具。
(2) 上記のα型酸化アルミニウム層からなる上部層について、電界放出型走査電子顕微鏡を用い、六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、表面研磨面の法線に対して前記結晶粒の結晶面である(0001)面の法線がなす傾斜角を測定し、前記測定傾斜角のうちの0〜45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計してなる傾斜角度数分布グラフで表わした場合、0〜10度の範囲内に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の60%以上の割合を占める傾斜角度数分布グラフを示すことを特徴とする前記(1)に記載の表面被覆切削工具。」
に特徴を有するものである。
【0009】
以下に、この発明の被覆工具の硬質被覆層について、より詳細に説明する。
【0010】
下部層(Ti化合物層):
Tiの炭化物(TiC)層、窒化物(TiN)層、炭窒化物(TiCN)層、炭酸化物(TiCO)層および炭窒酸化物(TiCNO)層のうちの1層または2層以上からなるTi化合物層は、硬質被覆層の下部層として存在し、自身の具備するすぐれた高温強度によって硬質被覆層の高温強度向上に寄与するほか、工具基体と中間層のいずれにも強固に密着し、よって硬質被覆層の工具基体に対する接合強度を向上させる作用を有するが、その平均層厚が3μm未満では、前記作用を十分に発揮させることができず、一方その平均層厚が20μmを越えると、特に高熱発生を伴う高速重切削では熱塑性変形を起し易くなり、これが偏摩耗の原因となることから、その平均層厚を3〜20μmと定めた。
【0011】
下部層と上部層の界面に存在するクロム酸化物(以下、Crで示す)粒子:
Ti化合物層からなる下部層とα型Al層からなる上部層との界面には、平均粒径5〜50nmのCr粒子が、界面単位長さ当り30〜80%の線分割合で島状に点在分布していることが必要である。
Cr粒子を下部層と上部層との界面に形成するための処理は、例えば、以下のように行うことができる。
すなわち、Ti化合物層からなる下部層を通常の化学蒸着で工具基体表面に蒸着形成した後、
反応ガス組成 : 容量%で、
CrCl 2.0〜4.0%、
CO4.5〜7.0%、
HCl 2.5〜5.0%、
残部H
工具基体温度: 850〜920℃
反応圧力 : 12〜20 kPa
処理時間 : 3〜10 分
という蒸着条件で処理することにより、下部層表面に、平均粒径5〜100nmの Cr粒子を、界面単位長さ当たり30〜80%の線分割合で島状に点在分布させることができる。
【0012】
ここで、Cr粒子の平均粒径は、前記蒸着条件のうちの特に、処理時間によって影響を受けるが、Cr粒子の平均粒径が5nm未満では、Cr粒子が不安定で、前記下部層−上部層間の密着強度を向上させるといった作用を十分に発揮させることができず、一方、Cr粒子の平均粒径が100nmを超えると下部層と上部層の界面において空隙が発生し密着強度を低下させ、更にはCr2O3粒子上に成長する上部層Alが粒成長を起こし、硬質被覆層にチッピングが発生しやすくなるため、Cr粒子の平均粒径が5〜100nmとなるように蒸着条件のうちの特に処理時間を制御する。
また、下部層表面におけるCr粒子の分布の形態、即ち、上部層を形成した後の下部層と上部層との界面において、Cr粒子が島状に点在分布するか否か、さらに、界面単位長さに占めるCr粒子の線分割合は、前記蒸着条件のうちの特に、圧力によって影響を受けるが、Cr粒子が島状に点在分布し、その界面単位長さ当たりの線分割合が30%未満の場合には、上部層と下部層の界面に発生する結晶成長歪みを十分に緩和できず、一方、Cr粒子が島状に点在分布するものの、界面単位長さ当たりの線分割合が80%を超える場合には、製造上の理由からCr2O3粒子の平均粒径が比較的大きくなり、Cr粒子上に成長する上部層Alが粒成長を起こし、硬質被覆層にチッピングが発生しやすくなる。またCrは相対的に高温強度が低いものであるために、その割合が過剰になるとそれを起点として硬質被覆層の上部層との界面にクラックが発生し易くなることから、下部層表面(上部層を形成した後の下部層と上部層との界面)に島状に点在分布するCr粒子の界面単位長さ当たりの線分割合は30〜80%となるように、蒸着条件のうち特に圧力を制御する。
【0013】
ここで、Cr粒子の平均粒径、分布の形態、界面単位長さ当たりの線分割合は、透過型電子顕微鏡とエネルギー分散形X線分析装置を用いてプローブ径5nmで解析することによって、下部層と上部層との界面の一部に、Cr粒子の存在を検出することができる。
また、Cr粒子の平均粒径およびその存在割合については、高分解能透過型電子顕微鏡において、加速電圧200kV、倍率20000倍、プローブ径5nmの条件にて、例えば、界面長さ10μmについてエネルギー分散型X線分析装置測定を行い、Cr粒子の粒径を測定するとともに、測定界面長さに存在するCr粒子の占める線分長さをカウントすることにより、Cr粒子の平均粒径およびその線分割合を求めた。
なお、Cr粒子の平均粒径およびその線分割合は、いずれも、10点測定を行った場合の平均値である。
【0014】
上部層(α型Al層):
上部層を構成するα型Al層は、高温硬さおよび耐熱性にすぐれ、高熱発生を伴う高速重切削加工において、基本的な役割として耐摩耗性を維持する。
この発明では、下部層と上部層との間の界面に、所定の平均粒径のCr粒子を所定割合で島状に点在分布せしめているため、上部層を蒸着形成する際に、Cr粒子の上に形成されたα型Al層であるか、Cr粒子の存在しない下部層(Ti化合物層)の上に形成されたα型Al層であるかによって、α型Al結晶粒の成長形態が異なるものとる。
【0015】
図1に本発明被覆工具1の下部層−上部層界面の顕微鏡写真より作成した模式図を示す。Crとα型Alは、同一結晶構造であって構造的ミスマッチが小さく、しかも、格子定数も近く格子定数ミスマッチも小さいため、特に、上部層として結晶方位分布を制御したα型Al層を蒸着形成した場合には、Cr粒子表面上に成長するα型Al層は、特定の結晶方位分布を維持したまま成膜されるとともに、Cr粒子は、下部層と上部層との界面に発生する結晶成長歪みを緩和する作用を果たす。
その結果、下部層−上部層間の密着強度は向上するとともに、上部層として、特定の結晶方位分布を有するα型Al層を形成した場合には、すぐれた耐摩耗性を発揮することから、高熱発生を伴うとともに、切刃に高負荷が連続的に作用する高速重切削加工においても、硬質被覆層の耐剥離性、耐摩耗性を向上させることができる。
【0016】
ここで、上部層として、この発明で規定する特定の結晶方位分布を有するα型Al層を蒸着形成するための処理は、例えば、次のように行うことができる。
即ち、通常の化学蒸着装置を用い、
第1段階として、
反応ガス組成 :容量%で、
AlCl 4.0〜7.0%、
CO 11〜20%、
HCl 2.0〜9.0%、
S 0.1〜0.2%、
:残り、
反応雰囲気温度:1000〜1030℃、
反応雰囲気圧力:13〜15kPa、
反応時間 : 5〜30分
という条件(但し、第1段階の進行とともに、AlClの含有割合を徐々に減少させ、COの含有割合は、AlCl/COの流量比を一定に保ちつつ徐々に減少させ、その反面、HSの含有割合を徐々に増加させ、また、反応雰囲気温度も徐々に高める)で蒸着を行い、
次いで、第2段階として、通常の蒸着条件(例えば、表3のα型Al層の蒸着条件参照)でα型Al層を成膜すると、このα型Al層について、電界放出型走査電子顕微鏡を用い、表面研磨面の測定範囲内に存在する六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、前記表面研磨面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(0001)面の法線がなす傾斜角を測定し、前記測定傾斜角のうち、0〜45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計してなる傾斜角度数分布グラフで表わした場合、図2に例示されるように、傾斜角区分0〜10度の範囲内に存在する度数の合計は、傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の60%以上の割合を占めるようになり、このようなα型Al層は、この発明で規定する特定の結晶方位分布を有し、すぐれた耐摩耗性を発揮する。
なお、α型Al層からなる上部層の平均層厚が2μm未満では、長期使用における工具寿命の長寿命化を期待することができず、また、上部層の平均層厚が15μmを超えるようになると、切刃部にチッピング、欠損、剥離等が発生し易くなることから、上部層の平均層厚は、2〜15μmと定めた。
【発明の効果】
【0017】
この発明の被覆工具は、Ti化合物層からなる下部層とAl23 層からなる上部層との界面に、平均粒径5〜100nmのクロム酸化物粒子を、界面単位長さ当り30〜80%の線分割合で島状に点在分布させることによって、下部層−上部層間の密着強度が向上するとともに、上部層が特定の結晶方位分布を有することによって、例えば合金鋼や炭素鋼などの、高熱発生を伴い、切刃に高負荷が連続的に作用する高速重切削加工に用いた場合にも、硬質被覆層がすぐれた密着強度を有するため、剥離の発生はなく、かつ、耐摩耗性もすぐれるため、長期の使用に亘ってすぐれた切削性能を発揮することができる
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明被覆工具1について、下部層−上部層界面における高分解能透過型電子顕微鏡写真(倍率:20000倍)より作成した模式図を示す。
【図2】本発明被覆工具12の上部層について測定して求めた傾斜角度数分布グラフを示す。
【図3】比較被覆工具1の上部層について測定して求めた傾斜角度数分布グラフを示す。
【発明を実施するための形態】
【0019】
つぎに、この発明の被覆工具を実施例により具体的に説明する。
【実施例】
【0020】
原料粉末として、いずれも2〜4μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、ZrC粉末、VC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr32粉末、TiN粉末、TaN粉末、およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1370〜1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結後、切刃部にR:0.07mmのホーニング加工を施すことによりISO・CNMG190612に規定するスローアウエイチップ形状をもったWC基超硬合金製の工具基体A〜Fをそれぞれ製造した。
【0021】
また、原料粉末として、いずれも0.5〜2μmの平均粒径を有するTiCN(質量比でTiC/TiN=50/50)粉末、Mo2C粉末、ZrC粉末、NbC粉末、TaC粉末、WC粉末、Co粉末、およびNi粉末を用意し、これら原料粉末を、表2に示される配合組成に配合し、ボールミルで24時間湿式混合し、乾燥した後、98MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を1.3kPaの窒素雰囲気中、温度:1540℃に1時間保持の条件で焼結し、焼結後、切刃部分にR:0.07mmのホーニング加工を施すことによりISO規格・CNMG190612のチップ形状をもったTiCN基サーメット製の工具基体a〜fを形成した。
【0022】
ついで、これらの工具基体A〜Fおよび工具基体a〜fのそれぞれを、通常の化学蒸着装置に装入し、まず、表3(表3中のl−TiCNは特開平6−8010号公報に記載される縦長成長結晶組織をもつTiCN層の形成条件を示すものであり、これ以外は通常の粒状結晶組織の形成条件を示すものである)に示される条件にて、表6に示される組み合わせおよび目標層厚でTi化合物層を硬質被覆層の下部層として蒸着形成し、
ついで、表4に示される条件にて、下部層表面に微量のCr粒子を形成し、
ついで、表5に示される条件にて、表6に示される組み合わせおよび目標層厚で、Al23 層を上部層として蒸着形成する、
ことにより本発明被覆工具1〜13をそれぞれ製造した。
【0023】
また、比較の目的で、下部層の最表面に、Cr粒子を形成せず直接表3に示される条件でAl23 層を形成したものを比較被覆工具1〜7として、下部層の表面にCr粒子を形成せず直接表5に示される条件でAl23 層を形成したものを比較被覆工具8〜9として、下部層の表面に、表4に示される条件にて、本発明で規定する範囲外のCr粒子を形成し、その後、表5に示される条件でAl23 層を形成したものを比較被覆工具10〜13としてそれぞれ製造した。
比較被覆工具1〜13の下部層(Ti化合物層)、上部層(Al23 層)およびCr粒子については、表7に示す。
【0024】
次に、上記の本発明被覆工具1〜13の硬質被覆層の下部層と上部層との界面について、透過型電子顕微鏡とエネルギー分散形X線分析装置(Noran社製VoyagerIV)を用いてプローブ径5nmで解析したところ、下部層と上部層との界面の一部に、Crの存在を検出することができた。
Cr粒子の平均粒径およびその存在形態については、高分解能透過型電子顕微鏡において、加速電圧200kV、倍率20000倍、プローブ径5nmの条件にて界面長さ10μmについてエネルギー分散型X線分析装置測定を行い、Crの粒径を測定するとともに、測定界面長さに存在するCr粒子の占める線分長さをカウントすることにより、Cr粒子の平均粒径およびその線分割合を求めた。
なお、Cr粒子の平均粒径およびその線分割合ともに、10点測定を行った場合の平均値である。
表6に、上記測定で求めたCr粒子の平均粒径およびその線分割合を示す。
なお、比較被覆工具10〜13については、本発明被覆工具と同様にして、Cr粒子の平均粒径およびその線分割合を求めた。
表7に、上記測定で求めたCr粒子の平均粒径およびその線分割合を示す。
【0025】
また、本発明被覆工具1〜13および比較被覆工具1〜13の硬質被覆層の各構成層の厚さを、走査型電子顕微鏡を用いて測定(縦断面測定)したところ、いずれも目標層厚と実質的に同じ平均層厚(5点測定の平均値)を示した。
【0026】
つぎに、上記の本発明被覆工具1〜13および比較被覆工具1〜13の各種の被覆工具について、いずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、
[切削条件A]
被削材:JIS・FCD450の丸棒、
切削速度: 400 m/min、
切り込み: 5.0 mm、
送り: 0.35 mm/rev、
切削時間: 5 分、
の条件でのダクタイル鋳鉄の乾式高速重切削試験(通常の切削速度及び送りは、それぞれ200m/min、0.3mm/rev)、
[切削条件B]
被削材:JIS・SCM440の丸棒、
切削速度: 380 m/min、
切り込み: 4.5 mm、
送り: 0.35 mm/rev、
切削時間: 5 分、
の条件でのクロムモリブデン鋼の乾式高速重切削試験(通常の切削速度及び送りは、それぞれ220m/min、0.3mm/rev)、
[切削条件C]
被削材:JIS・S30Cの丸棒、
切削速度: 380 m/min、
切り込み: 4.5 mm、
送り: 0.40 mm/rev、
切削時間: 5 分、
の条件での炭素鋼の乾式高速重切削試験(通常の切削速度及び送りは、それぞれ250m/min、0.3mm/rev)
を行い、いずれの切削試験でも切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。
この測定結果を表8に示した。
【0027】
【表1】

【0028】
【表2】

【0029】
【表3】

【0030】
【表4】

【0031】
【表5】

【0032】
【表6】

【0033】
【表7】

【0034】
【表8】

【0035】
表6〜8に示される結果から、本発明被覆工具1〜13は、硬質被覆層の下部層と上部層との界面に微量の所定平均粒径のCr粒子が所定割合で存在し、下部層と上部層間の密着強度を高めるとともに、下部層と上部層間の界面歪みを緩和し、さらに、上部層が特定の結晶方位分布を有していることから、高い発熱を伴い、かつ、切刃に対して連続的な高負荷が作用する合金鋼や炭素鋼の高速重切削でも、硬質被覆層の剥離発生を防止することができ、長期にわたってすぐれた耐摩耗性を発揮する。
しかるに、硬質被覆層の下部層と上部層との界面に、Cr粒子が存在しない比較被覆工具、あるいは、Cr粒子が存在しても本発明で規定する範囲外のCr粒子であるような比較被覆工具においては、高速重切削という厳しい切削条件下では、硬質被覆層の層間密着強度が不十分であるために、硬質被覆層に剥離、チッピングが発生したり、あるいは、耐摩耗性が劣る等の理由から、比較的短時間で使用寿命に至ることが明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0036】
上述のように、この発明の被覆工具は、特に高い発熱を伴い連続的かつ高負荷がかかる高速重切削加工においてすぐれた耐剥離性、耐摩耗性を示すものであるが、各種の鋼や鋳鉄などの通常の条件での切削加工にも使用できることは勿論であって、この場合にも、長期の使用に亘ってすぐれた切削性能を発揮するものであるから、切削装置の高性能化並びに切削加工の省力化および省エネ化、さらに低コスト化が十分期待できるものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体の表面に、
チタンの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上からなり、かつ、3〜20μmの合計平均層厚を有するTi化合物層からなる下部層、及び、2〜15μmの平均層厚を有するα型酸化アルミニウム層からなる上部層、
上記の下部層と上部層からなる硬質被覆層が蒸着形成された表面被覆切削工具において、
上記Ti化合物層からなる下部層と上記α型酸化アルミニウム層からなる上部層との界面において、平均粒径5〜100nmのクロム酸化物粒子が、界面単位長さ当り30〜80%の線分割合で島状に点在分布していることを特徴とする表面被覆切削工具。
【請求項2】
上記のα型酸化アルミニウム層からなる上部層について、電界放出型走査電子顕微鏡を用い、六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、表面研磨面の法線に対して前記結晶粒の結晶面である(0001)面の法線がなす傾斜角を測定し、前記測定傾斜角のうちの0〜45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計してなる傾斜角度数分布グラフで表わした場合、0〜10度の範囲内に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の60%以上の割合を占める傾斜角度数分布グラフを示すことを特徴とする請求項1に記載の表面被覆切削工具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−61537(P2012−61537A)
【公開日】平成24年3月29日(2012.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−206502(P2010−206502)
【出願日】平成22年9月15日(2010.9.15)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【Fターム(参考)】