説明

空気中ベンゼンの濃縮方法、大気中ベンゼン濃度の測定方法、及び空気中ベンゼン濃縮用フィルターシステム

【課題】 大気中のベンゼンの濃度を濃縮することにより迅速かつ簡便にベンゼンの濃度を測定できる測定方法及びその方法に使用する濃縮用フィルターシステムを提供すること。
【解決手段】 空気よりもベンゼンをより良く溶解することができる高分子分離膜の供給側から透過側へベンゼン及び空気の混合気体を通過させ、該分離膜にベンゼンを選択的に溶解すると同時に、該分離膜に溶解したベンゼンを該分離膜の透過側に拡散させることにより、混合気体中のベンゼン濃度を該分離膜の供給側よりも透過側において50倍以上高くするベンゼン濃縮工程を含む空気中ベンゼン濃度の測定方法、及び、前記高分子分離膜をフィルターハウジングに張架した濃縮用フィルターシステム。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、空気中のベンゼンの濃縮方法、これを用いた大気中ベンゼン濃度の測定方法、及び空気中ベンゼン濃縮用フィルターシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
ベンゼンは有害大気汚染物質の一つであり、排出削減の努力が続けられている。ベンゼン発生施設から排出される排ガス中に含まれるベンゼンが人体に与える被害を未然に防止するためである。
平成9年1月には、大気汚染防止法に基づき、ベンゼン、トリクロロエチレン及びテトラクロロエチレンが指定物質(有害大気汚染物質のうち人の健康に係る被害を防止するため、その排出又は飛散を早急に抑制しなければならない物質)に指定され、その後ダイオキシン類が追加された。
平成11年に公布された「特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律」(PRTR法)では、大気中の濃度を低減すべき指定物質毎にその排出抑制基準を示し、より確実な排出抑制の取り組みを事業者等に求めている。現在、ベンゼンは第一種指定化学物質とされている。また、ベンゼンの他にトルエン、キシレン、エチルベンゼンも第一種指定化学物質とされている。
これらのベンゼン類を排出する施設の周辺では、周辺環境、住民及び作業従事者への配慮が不可欠であり、施設の正常な運転をモニターするために測定現場において屋外大気中のベンゼン類の濃度を迅速にかつ簡便に定量できる分析方法が望まれている。
【0003】
ベンゼンの発生源は、製鉄プロセスにおけるコークス炉等が例示される。従ってコークス炉のベンゼン排出施設に近隣する地域での屋外大気中のベンゼン(C66)の濃度測定は重要である。しかし、現在は現場で分析用の屋外大気を採取し、これを分析機器のある測定室に持ち帰り、ガスクロマトグラフィー等の時間のかかる在来法によって分析している。このために試料大気の採取からベンゼン濃度測定までに時間と手間を要する問題点を有している。
本発明者は、高分子膜の気体分離機能の制御について総説を著している(非特許文献1参照)。また、本発明者は、他の共同発明者と共に、エチルベンゼンについては窒素との分離性を示している(非特許文献2,3参照)。
【非特許文献1】永井一清、高分子論文集、Vol.61, No.8, pp.420-432 (2004)
【非特許文献2】S. V. Dixon-Garrett, K. Nagai, and B. D. Freeman, Sorption, diffusion and permeation of ethylbenzene in poly(1-trimethylsilyl-1-propyne), J. Polym. Sci.: Part B: Polym. Phys., 38, 1078-1089 (2000).
【非特許文献3】S. V. Dixon-Garrett, K. Nagai, and B. D. Freeman, Sorption, diffusion and permeation of ethylbenzene in poly(dimethylsiloxane) (PDMS), J. Polym. Sci.: Part B: Polym. Phys., 38, 1461-1473 (2000).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明が解決しようとする課題は、例えばベンゼン排出施設近傍の現場において、大気中のベンゼン類の濃度を濃縮することにより迅速かつ簡便にベンゼン類の濃度を測定できる測定方法及びその方法に使用する濃縮用フィルターシステムを提供することである。
本発明において、「ベンゼン類」とは、第一種指定化学物質に該当する、ベンゼン、トルエン、キシレン及びエチルベンゼンを意味し、「ベンゼン類」を単に「ベンゼン」ともいうこととする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の上記課題は、以下の解決手段1)、4)及び8)により達成された。これらの解決手段の好ましい実施態様2)、3)、5)〜7)と共に以下に列挙する。
1)空気よりもベンゼンをより良く溶解することができる高分子分離膜の供給側から透過側へベンゼン及び空気の混合気体を通過させ、該分離膜にベンゼンを選択的に溶解すると同時に、該分離膜に溶解したベンゼンを該分離膜の透過側に拡散させることにより、混合気体中のベンゼン濃度を該分離膜の供給側よりも透過側において50倍以上高くするベンゼン濃縮工程を含むことを特徴とする、空気中ベンゼンの濃縮方法、
2)35℃における窒素の透過係数が1*10-10(cm3(STP)cm/(cm2・s・cmHg))以上であり、35℃における無限希釈におけるベンゼンの透過係数が1*10-8(cm3(STP)cm/(cm2・s・cmHg))以上である高分子材料から調製された高分子分離膜を使用する項1)記載の空気中ベンゼンの濃縮方法、
3)高分子分離膜の分離機能層の材料が、(1)オルガノポリシロキサン、(2)1置換又は2置換アセチレン性不飽和化合物の重合体、又は、(3)トリメチルシリル基により置換されたエチレン性不飽和化合物の重合体を主成分とする、項1)又は2)記載の空気中ベンゼンの濃縮方法、
4)項1)〜3)いずれか1つに記載の濃縮方法によりベンゼン及び空気の混合気体中のベンゼン濃度を高分子分離膜の供給側よりも透過側において50〜1,000倍に濃縮する工程、及び透過側のベンゼン濃度を定量する工程を含むことを特徴とする大気中ベンゼン濃度の測定方法、
5)高分子分離膜の分離機能層の材料が、ポリ(1−トリメチルシリル−1−プロピン)(PTMSP)、ポリ(ジメチルシロキサン)(PDMS)、ポリ(3−メタクリロキシプロピルトリス(トリメチルシロキシ)シラン)(PSiMA)及びポリ(トリメチルシリルメチルメタクリレート)(PTMSMMA)よりなる群から選ばれた高分子を主成分とする項4)記載の大気中ベンゼン濃度の測定方法、
6)高分子分離膜の分離機能層の厚さが、10nm〜1.0μmである項4)又は5)に記載の大気中ベンゼン濃度の測定方法、
7)高分子分離膜が架橋されている項4)〜6)いずれか1つに記載の大気中ベンゼン濃度の測定方法、
8)ベンゼン及び空気の混合気体中のベンゼン濃度を高分子分離膜の供給側よりも透過側において50〜1,000倍に濃縮する高分子分離膜、及び、該高分子分離膜を張架する胴体部分、該胴体部分に接続する供給側端部及び透過側端部、並びに、混合気体供給口及び混合気体透過口を有するフィルターハウジングからなることを特徴とする空気中ベンゼン濃縮フィルターシステム。
【発明の効果】
【0006】
本発明よれば、大気の採取現場で大気中のベンゼン類の濃度を簡易にかつ迅速に測定することができる。また、本発明によれば、このような大気中ベンゼン類濃度の測定方法に使用することができる携帯式の空気中ベンゼン濃縮フィルターシステムをも提供することができた。本発明の測定方法もフィルターシステムも、大気中の狭義のベンゼン(C66)により好ましく適用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明の大気中ベンゼン濃度の測定方法は、高分子分離膜によるベンゼンの濃縮工程を使用する。ここで、濃縮工程とは、空気よりもベンゼンをより良く溶解することができる高分子分離膜を通してベンゼン及び空気の混合気体を該分離膜の供給側から透過側へ通過させ、該分離膜にベンゼンを選択的に溶解すると共に、該分離膜に溶解したベンゼンを透過側に拡散させることにより混合気体中のベンゼン濃度を該供給側よりも該透過側の方において50倍以上高くする工程を意味する。本発明の大気中ベンゼン濃度の測定方法、及び、空気中ベンゼン濃縮用フィルターシステムは、この濃縮方法を利用するものである。
この濃縮工程は、高分子分離膜に対して溶解性を有する他の有害大気汚染物質にも応用が可能である。以下、ベンゼンを典型例として詳細に説明する。
【0008】
本発明に使用する高分子分離膜は、空気よりもベンゼンをより良く溶解する性質を有する。高分子分離膜の供給側(feed side)から透過側(permeate side)に空気とベンゼンとの混合気体を、供給側の加圧又は透過側の負圧(吸引)により分離膜を透過させる。このために公知の加圧装置又は減圧装置を使用することができ、例えば、自動車のバッテリー電源に接続した携帯式の送風ポンプ等を使用することができる。
ベンゼンは、空気中の窒素及び酸素よりも、その体積が大きいが、本発明に使用する高分子分離膜は空気よりもベンゼンを良く溶解する性質を有する。このために、高分子分離膜に混合気体を通過させると、時間の経過と共に、分離膜中に選択的に溶解するベンゼンの分離膜中の濃度が上昇し定常状態に達する。この定常状態において高分子分離膜に蓄積したベンゼンは分離膜の透過側に拡散する。このようにして、混合気体中のベンゼン濃度を該供給側よりも該透過側の方において50倍以上高くする空気中のベンゼン濃縮工程が達成される。本発明の高分子分離膜による大気中ベンゼンの濃縮方法は、非多孔質な高分子膜を用いた溶解・拡散機構に基づくものである。
【0009】
実用的なベンゼン濃縮方法を達成するためには、分離膜の空気透過性及びベンゼン分離性が重要である。本発明者は、鋭意研究の結果、室温付近(25〜35℃、以下同じ。)において窒素及び酸素の透過係数(permeability)が高く、かつ、ベンゼンの空気に対する選択透過性が高い高分子材料を使用する方が好ましいことを見いだした。具体的には、35℃における窒素の透過係数が1*10-10(cm3(STP)cm/(cm2・s・cmHg))以上であり、35℃における無限希釈におけるベンゼンの透過係数が50*10-8(cm3(STP)cm/(cm2・s・cmHg))以上である高分子分離膜を使用することが好ましい。
また、35℃における窒素の透過係数は、10*10-10(cm3(STP)cm/(cm2・s・cmHg))以上であることが好ましく、100*10-10(cm3(STP)cm/(cm2・s・cmHg))以上であることがより好ましい。窒素の透過係数の上限は理論的に特に存在しないが、一つの実測値としては、約20,000*10-10(cm3(STP)cm/(cm2・s・cmHg))である。
35℃における無限希釈におけるベンゼンの透過係数は、50*10-8(cm3(STP)cm/(cm2・s・cmHg))以上であることが好ましい。ベンゼンの透過係数の上限も理論的に特に存在しないが、一つの実測値としては、約10,000*10-8(cm3(STP)cm/(cm2・s・cmHg))である。本発明に使用する高分子分離膜について、窒素及びベンゼンの透過係数の好ましい範囲の組み合わせも又好ましい。
【0010】
本発明に使用する高分子分離膜の分離機能層の材料としては、上記の窒素及びベンゼンに対する透過係数を有する限り公知の高分子材料を主成分として使用することができる。
本発明の高分子分離膜は、分離機能層を有するが、この他に分離機能を有しない層を有していてもよい。例えば、分離膜の厚さ方向の中央に分離機能層を有し、両表面領域に分離に直接寄与しない多孔構造を有した三層構造であっても良い。
分離機能層の材料の主成分としては、以下の重合体が例示できる。
(1)ポリジメチルシロキサン(PDMS)などのオルガノポリシロキサン、(2)1置換又は2置換アセチレン性不飽和化合物の重合体、好ましくはトリメチルシリル基を置換基とする2置換アセチレン性不飽和化合物の重合体、及び、(3)トリメチルシリル基を含む基により置換されたエチレン性不飽和化合物の重合体。
上記(1)〜(3)の重合体は、単一の化合物の単独重合体であってもよく、(1)〜(3)の重合体同士又は(1)〜(3)の重合体と他の公知の高分子からなる共重合体であっても良い。また、(1)〜(3)からなる重合体同士又は(1)〜(3)からなる重合体と他の公知の高分子からなる高分子ブレンドを使用することもできる。必要に応じ、分離機能層に適宜無機材料、オリゴマー、可塑剤、顔料などの公知の高分子充填剤及び添加剤を添加することもできる。
「主成分としては」、とするのは、分離機能層を構成する成分の中で上記(1)〜(3)の重合体が最も多いことを示す趣旨である。ただし、上記(1)〜(3)の重合体が分離機能層の50重量%以上であることは好ましいが、50重量%未満である場合を排除するものではない。
【0011】
以下に上記の高分子材料について説明する。
(1)オルガノポリシロキサン
オルガノポリシロキサンとしては、公知の該当高分子が使用でき、ポリジメチルシロキサン(PDMS)の他に、ポリメチルフェニルシロキサン、ポリトリフルオロプロピルメチルシロキサンが例示できる。この中でも、ポリジメチルシロキサン(PDMS)が好ましく使用できる。
オルガノポリシロキサン膜は、パーオキシド加硫、付加反応加硫、縮合反応加硫により架橋してもよい。各種のオルガノポリシロキサンの合成及び架橋反応の詳細については、伊藤邦雄編、”シリコーンハンドブック”日刊工業新聞社、東京(1990)を参照することができる。
【0012】
(2)1置換又は2置換アセチレン性不飽和化合物の重合体
ポリ(1−トリメチルシリル−1−プロピン)(PTMSP)、
ポリ(1−トリメチルゲルミル−1−プロピン)(PTMGP)、
ポリ(4−メチル−2−ペンチン)(PMP)、
ポリ(tert−ブチルアセチレン)(PTBA)
ポリ(1−フェニル−1−プロピン)(PPP)、
ポリ[1−フェニル−2−[p−(トリメチルシリル)フェニル]アセチレン](PTMSDPA)、及び
ポリ[1−フェニル−2−[p−(トリイソプロピルシリル)フェニル]アセチレン](PTPSDPA)が例示できる。
1置換アセチレン性不飽和化合物の重合体よりもトリメチルシリル基を含む基又はフェニル基で置換された2置換アセチレン性不飽和化合物の重合体が酸素の透過係数が高いために好ましく、PTMSPがより好ましい。上記のアセチレン性不飽和化合物は、公知の方法により重合することができ、例えばTaCl5を触媒として用いた開環メタセシス重合により重合体とすることができる。
【0013】
(3)トリメチルシリル基を含む基で置換されたエチレン性不飽和化合物の重合体
ポリ(3−メタクリロキシプロピルトリス(トリメチルシロキシ)シラン)(PSiMA)、
ポリ(トリメチルシリルメチルメタクリレート)(PTMSMMA)が例示できる。
上記のエチレン性不飽和化合物は、AIBN等のラジカル重合開始剤により、塊状重合又は溶液重合して重合体が得られる。
【0014】
本発明に使用する高分子分離膜は、希薄なベンゼンを含む混合気体を透過させた場合に、ベンゼン透過性の高い高分子材料を使用することが好ましい。このような高分子材料は、ケイ素原子を有する側鎖を有するエチレン性不飽和化合物又はアセチレン性不飽和化合物の重合体であり、好ましくはトリメチルシリル基を含む基を側鎖に有するエチレン性不飽和化合物又はアセチレン性不飽和化合物の重合体が含まれる。ポリジメチルシロキサン(PDMS)に代表されるオルガノポリシロキサンもまたこのような特性を有しており、本発明の高分子分離膜として使用できる
【0015】
本発明において、(a)トリメチルシリル基を側鎖に有するエチレン性不飽和化合物又はアセチレン性不飽和化合物の重合体又は(b)ジメチルシロキサンは、室温付近において、かつ、ベンゼン濃度を零に外挿した無限希釈濃度において、窒素に対するベンゼンの選択透過性に優れ、かつ、窒素及び酸素の透過係数が高いので、高分子分離膜として好ましく使用できる。無限希釈濃度に外挿した、窒素に対するベンゼンの選択透過率は、以下の通りである。以下の結果は、35℃において、差圧法を用いて行ったものである。
【0016】
窒素ガス又はベンゼン蒸気の透過係数Pは、以下の式を用いて求めることができる。
【0017】
【数1】

【0018】
ここで、dp/dtは定常状態における透過側の圧力増加、Tは測定温度(℃)、lはフィルター中で分離に寄与しない多孔質部分の厚みを除いた分離機能層の厚み(cm)、Aはフィルターの有効面積(cm2)、Δpは供給側と透過側の圧力差(cmHg)、Vは透過側の容積(cm3)である。
上記の方法により、PTMSP、PDMS、PSiMA、及び、PTMSMMAにおける、窒素透過係数、無限希釈におけるベンゼンの透過係数、及び透過選択性を以下の表1に示す。
なお、測定条件は、測定温度35℃、有効膜面積15.60cm2で行った。窒素透過量測定は供給圧力40cmHgまで、ベンゼン蒸気透過量測定は供給圧力60mmHg(相対圧力p/psat=0.40)までの範囲で行った。透過側の圧力は真空状態のため、0cmHgであった。
PTMSPはベンゼン溶液に可溶であり、その他の高分子もベンゼン蒸気の長時間供給によりフィルターが可塑化する可能性が考えられる。そこで透過量測定は、透過側圧力増加が擬似的に定常値を示した状態で停止した。同一フィルターで透過量測定を繰り返すとともに、各高分子に対して少なくとも3フィルターを用いて同様の測定を行い再現性があることを確認した。
【0019】
表1にベンゼン透過係数、窒素透過係数、及び、ベンゼンの透過選択性をまとめて示した。
【0020】
【表1】

【0021】
表1に示す選択透過性の結果から、例えばポリジメチルシロキサン(PDMS)を高分子分離膜として使用すると、分離膜の供給側よりも透過側において、ベンゼンを290倍濃縮することができることになる。
本発明の大気中ベンゼン濃度の測定方法においては、混合気体中のベンゼン濃度を該分離膜の供給側よりも透過側において50〜1,000倍に濃縮する工程とすることが好ましく、50〜300倍に濃縮する工程とすることがより好ましい。
また、上記の濃縮工程を複数回直列に連続して実施することができる。2回連続して濃縮する場合、濃縮倍率は、1段階の濃縮倍率の二乗となり、2,500〜1,000,000倍に濃縮することができ、好ましくは2,500〜90,000倍に濃縮することができる。また、濃縮倍率の異なるフィルターを組み合わせて所望の組み合わせ倍率とすることができる。
【0022】
本発明において、高分子分離膜の厚さは特に限定されないが、10nm〜1.0μmが好ましく、20nm〜500nmがより好ましく、20〜300nmが更に好ましく、50〜150nmが特に好ましい。
【0023】
本発明に使用することができる高分子分離膜は、公知の方法を用いて均質膜又は不均質膜(非均質膜)などに加工することができる。以下、高分子均質膜を例にして説明する。
高分子分離膜は、使用する高分子を適宜精製した後、溶媒キャスト法により製膜することができる。材料高分子を揮発性の溶媒に溶解した高分子溶液を、ガラス板、テフロン(登録商標)板、クロムメッキ等により鏡面加工したステンレス板又はエンドレス状ベルトからなる支持体等の上に流延して乾燥することによりピンホール等の欠陥の少ない厚さが均一な分離膜とすることができる。流延した組成物が完全に乾燥する前に支持体から引きはがして二軸延伸して所望の乾燥厚さになるように乾燥することにより、ピンホール等の欠陥の少ない厚さが均一な分離膜とすることもできる。
多孔質支持体膜上に直接高分子溶液を直接キャストして乾燥すると複合膜を形成することもできる。多孔質支持体膜としては、ポリスルホン、ナイロン、ポリビニリデンフルオライド、ポリエーテルイミド等が例示できる。
【0024】
高分子分離膜は、ベンゼンが溶解してもその機械的強度が減少しないように、必要に応じて架橋することが好ましい。架橋は、従来公知の方法によることができ、ガンマ線のような放射線又はプラズマ粒子による架橋等が例示できる。アゾ化合物を使用して架橋させることもできる。架橋反応により、高分子分離膜の分離機能層の少なくとも供給側表面領域を架橋することが好ましく、分離膜の分離機能層全体を架橋することがより好ましい。架橋により、ベンゼンを吸収・蓄積しても分離膜の機械的な性質が劣化せず、また、分離特性の変化を最小限に抑制することができる。
【0025】
オルガノポリシロキサン膜は、パーオキシド加硫、付加反応加硫、縮合反応加硫により架橋することができる。詳細は、伊藤邦雄編、”シリコーンハンドブック”日刊工業新聞社、東京(1990)を参照することができる。
【0026】
本発明の空気中ベンゼン濃縮フィルターシステムを、以下適宜図面を参照しながら説明する。図1は、本発明の空気中ベンゼン濃縮フィルターシステム10の一例を示す断面概念図であり、高分子分離膜1及びフィルターハウジング9からなる。高分子分離膜1は、その両側から多孔質の補強板3,4により挟持されている。この補強板3,4は、フィルター操作の間に高分子分離膜1に加えられる圧力による変形等から高分子分離膜1を保護する。
【0027】
フィルターハウジング9は、ハウジング中央にある円筒、三角柱又は多角柱の胴体部を有し、この胴体部において高分子分離膜1が張架されている。図1に示す実施態様では、高分子分離膜1の外周部及びこれを挟持する補強板3,4の外周部が供給側胴体部7及び透過側胴体部8の胴体結合部5においてフィルターハウジング9に固着されている。フィルターハウジング9の供給側胴体部7及び透過側胴体部8は、それぞれ、好ましくは一体に成形された供給側端部11、透過側端部12を有する円筒形状を有し、両端部11,12にはそれぞれ、混合気体供給口13及び混合気体透過口14が設けられている。混合気体供給口13は、測定大気を送風する圧力ポンプ(不図示)に接続される。また、混合気体透過口14は、ベンゼン濃度測定手段(不図示)に接続される。
なお、混合気体供給口13と補強板3との間にプレフィルター(不図示)を設けて、測定大気中の塵埃や煤塵を除去してもよい。また必要に応じて混合気体供給口13の手前又はプレフィルターの近傍に測定大気の乾燥手段を設置しても良い。
本発明のフィルターシステムにおいて、フィルター形状は特に限定されず、正方形、長方形、円形、楕円形、三角形が例示できる。フィルターは、直径又は一辺が0.5〜50cmの大きさとすることができ、1〜5cmとすることが好ましく、携帯型サイズとすることができる。又、1回のみの使用で廃棄するディスポーザブル型としても良い。
【0028】
上記フィルターシステムに使用する高分子分離膜は、ベンゼン及び空気の混合気体中のベンゼン濃度を高分子分離膜の供給側よりも透過側において50〜1,000倍に濃縮する特性を有する。
高分子分離膜は、(1)オルガノポリシロキサン、(2)1置換又は2置換アセチレン性不飽和化合物の重合体、又は、(3)トリメチルシリル基を含む基により置換されたエチレン性不飽和化合物の重合体を主成分として形成された分離機能層を有していることが好ましい。これらの重合体の詳細は、前記の測定方法において説明した通りである。また、高分子分離膜の分離機能層の厚さは、10nm〜1.0μmであることが好ましい。
【0029】
補強板の構造は、高分子分離膜を機械的に補強することができれば特に限定されない。その材質としては、ベンゼンを吸収又は吸着せず、混合気体を抵抗なく透過させる孔を有していることが好ましい。このような材料として、ポリスルホン、ポリスチレン、ナイロン、ポリビニリデンフルオライド、ポリエーテルイミドの多孔質板が例示できる。
補強板は、その機械的強度を向上させるために、繊維等により補強した複合材料(FRP)としても良い。
【0030】
なお、別の実施態様では、供給側端部11及び透過側端部12は円板状ではなくて、半球状であり、それぞれ円筒形状の供給側胴体部7及び透過側胴体部8と一体に成形されていることが好ましい。
また、混合気体供給口13及び混合気体透過口14は、それぞれ、供給側胴体部7及び透過側胴体部8に接続することもできる。
【0031】
ベンゼン濃度測定手段としては、従来からのガスクロマトグラフ質量分析計があるが、水素炎イオン化検出方式のものが小型であり携帯式の測定装置として好ましく使用できる。このような測定装置としては、大気汚染測定装置 AP−370シリーズ((株)堀場製作所)、ポータブルVOC分析計MS−200((株)堀場製作所)、全炭化水素計 MODEL51C−HT(日本サーモエレクトロン(株))、防爆型炭化水素濃度計MODEL TVA1000B(日本サーモエレクトロン(株))等が例示できる。
【実施例】
【0032】
(実施例1)
(空気中ベンゼンの濃縮方法を使用する大気中ベンゼン濃度の測定方法)
高分子分離膜として均質な分離機能層を有するポリジメチルシロキサン(PDMS)重合体膜を調製した。信越化学工業株式会社製PDMS重合体(製品名KE103とその硬化剤CAT103)のトルエン溶液を、厚さが100μmのポリスルホン多孔質膜の支持体上に流延し、溶媒を徐々に揮発させると共に加硫硬化させて、乾燥膜厚が約500nmのPDMS膜を調製した。
窒素ガス及びベンゼン蒸気の透過係数を差圧型透過装置により測定し、ベンゼンの空気に対する選択透過率を算出したところ、290であった。
得られたPDMS分離膜を、有効透過面積が直径約4cmとなるように図1に示すようなフィルターハウジングを用いて空気中ベンゼン濃縮フィルターシステムとする。分離膜がポリスルホン多孔質膜を支持体としているので補強板3,4は使用せず、塵埃を除去するための紙フィルターをプレフィルターとして使用し、ポリスルホン支持体を混合気体の供給側になるように配置する。
濃縮されたベンゼン(C66)の濃度測定手段として水素炎イオン化検出器(FID方式)を備えた炭化水素測定装置(日本サーモエレクトロン(株)のMODEL51C−HT)を使用することができる。
【0033】
(実施例2)
実施例1で使用したPDMS重合体に替えて、表1に示したPTMSP、PSiMA又はPTMSMMAの各重合体を使用し、加硫(架橋)することなく、実施例1に準じて高分子分離膜を調製することができる。この高分子分離膜を使用してフィルターシステムを製作することができ、また、このフィルターを使用して大気中ベンゼン(C66)濃度の測定方法を実施することができる。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明の濃縮方法、特に測定方法及び濃縮フィルターシステムは、ベンゼン類以外の有機蒸気にも適用できる。前記PRTR法により指定されている第一種又は第二種に属する指定化学物質の大気中有機蒸気に対して、その濃縮方法、大気中濃度測定方法及び濃縮フィルターシステムとして利用できる。有機蒸気として、具体的には、エステル類(アクリル酸エチル、アクリル酸メチル、メタクリル酸メチルなど)、ケトン類(アセトアミドなど)、ニトリル類(アクリロニトリル、アセトニトリルなど)ハロゲン化炭化水素(クロロエタン、クロロエチレン、クロロメタン、クロロホルム、四塩化炭素など)及びアルデヒド類(ホルムアルデヒド、アセトアルデヒドなど)が例示できる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】空気中ベンゼン濃縮フィルターシステムの一例を示す断面概念図である。
【符号の説明】
【0036】
1:高分子分離膜
3:補強板
4:補強板
5:胴体結合部
7:供給側胴体部
8:透過側胴体部
9:フィルターハウジング
10:空気中ベンゼン濃縮フィルターシステム
11:供給側端部
12:透過側端部
13:混合気体供給口
14:混合気体透過口

【特許請求の範囲】
【請求項1】
空気よりもベンゼンをより良く溶解することができる高分子分離膜の供給側から透過側へベンゼン及び空気の混合気体を通過させ、該分離膜にベンゼンを選択的に溶解すると同時に、該分離膜に溶解したベンゼンを該分離膜の透過側に拡散させることにより、
混合気体中のベンゼン濃度を該分離膜の供給側よりも透過側において50倍以上高くするベンゼン濃縮工程を含むことを特徴とする、
空気中ベンゼンの濃縮方法。
【請求項2】
35℃における窒素の透過係数が1*10-10(cm3(STP)cm/(cm2・s・cmHg)以上であり、35℃における無限希釈におけるベンゼンの透過係数が1*10-8(cm3(STP)cm/(cm2・s・cmHg))以上である高分子材料から調製された高分子分離膜を使用する請求項1記載の
空気中ベンゼンの濃縮方法。
【請求項3】
高分子分離膜の分離機能層の材料が、(1)オルガノポリシロキサン、(2)1置換又は2置換アセチレン性不飽和化合物の重合体、又は、(3)トリメチルシリル基を含む基により置換されたエチレン性不飽和化合物の重合体を主成分とする、請求項1又は2記載の
空気中ベンゼンの濃縮方法。
【請求項4】
請求項1〜3いずれか1つに記載の濃縮方法によりベンゼン及び空気の混合気体中のベンゼン濃度を高分子分離膜の供給側よりも透過側において50〜1,000倍に濃縮する工程、及び
透過側のベンゼン濃度を定量する工程を含むことを特徴とする
大気中ベンゼン濃度の測定方法。
【請求項5】
高分子分離膜の分離機能層の材料が、ポリ(1−トリメチルシリル−1−プロピン)(PTMSP)、ポリ(ジメチルシロキサン)(PDMS)、ポリ(3−メタクリロキシプロピルトリス(トリメチルシロキシ)シラン)(PSiMA)及びポリ(トリメチルシリルメチルメタクリレート)(PTMSMMA)よりなる群から選ばれた高分子を主成分とする請求項4記載の
大気中ベンゼン濃度の測定方法。
【請求項6】
高分子分離膜の分離機能層の厚さが、10nm〜1.0μmである請求項4又は5に記載の
大気中ベンゼン濃度の測定方法。
【請求項7】
高分子分離膜が架橋されている請求項4〜6いずれか1つに記載の大気中ベンゼン濃度の測定方法。
【請求項8】
ベンゼン及び空気の混合気体中のベンゼン濃度を高分子分離膜の供給側よりも透過側において50〜1,000倍に濃縮する高分子分離膜、及び、
該高分子分離膜を張架する胴体部分、該胴体部分に接続する供給側端部及び透過側端部、並びに、混合気体供給口及び混合気体透過口を有するフィルターハウジングからなることを特徴とする
空気中ベンゼン濃縮フィルターシステム。

【図1】
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【公開番号】特開2006−313105(P2006−313105A)
【公開日】平成18年11月16日(2006.11.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−135762(P2005−135762)
【出願日】平成17年5月9日(2005.5.9)
【出願人】(801000027)学校法人明治大学 (161)
【Fターム(参考)】