説明

窒化物コーティング法

【課題】新規な窒化チタンコーティングなどの窒化物コーティング法を提供する。
【解決手段】コーティングする基材を金属チタン粉末などの窒化物形成能を有する物質の粉末中に埋め込み、マイクロ波を照射して交番電界中に曝すことにより、該金属チタン粉末などの窒化物形成能を有する物質の粉末を固相の状態で大気中の窒素成分と反応させ窒化させると同時に、基材表面に生成した窒化チタンなどの窒化物をコーティングすることができる。大気にはチタンなどの自己燃焼反応を起こさない範囲で窒素を富化してもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属粉末などの窒化物形成能を有する物質の粉末を用い、マイクロ波照射下に気相窒素との間で固相―気相反応により窒化物を形成せしめ、同時に形成した窒化物を基材表面にコーティングする方法並びに当該方法で得られた皮膜化(コーティング付与された)素材に関する。特には、本発明は金属チタン粉末を用い、マイクロ波照射下において該チタン粉末と大気中の窒素成分とより形成される窒化チタンを基材表面にコーティングする技術並びに当該方法で得られた窒化チタンコーティングを有する素材に関する。
【背景技術】
【0002】
チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、ハフニウム(Hf)、バナジウム(V)、ニオブ(Nb)、タンタル(Ta)、クロム(Cr)、モリブデン(Mo)、タングステン(W)、ホウ素(B)、アルミニウム(Al)、ケイ素(Si)などの窒化物は、非化学量論的組成をとりやすく、硬くて、融点が高く、耐食性・耐熱性が優れる、耐酸化性、耐摩耗性、破壊靱性、機械的強度が高いなどコーティング(皮膜、薄膜)として優れているので、工業的に利用価値が高く、且つ、簡単な手法で基材表面にコーティングする技術の開発が図られている。
窒化チタン(TiN)は、高い硬度と優れた耐熱性、耐薬品性を持つことから、表面被覆材としての利用が期待されている物質である。
TiNコーティングの方法としては、窒化チタンターゲットを用いたスパッタリング法により皮膜を形成する方法や、基材にチタンイオンと窒素ガスイオンを照射し、基材上で反応させて窒化チタン膜を形成する方法や、プラズマCVD法を利用してTiN膜を形成する方法等の技術が知られている。このような技術は特許文献1、特許文献2、特許文献3、特許文献4、特許文献5、特許文献6等に開示されている。
しかし、特許文献1、2、3では金属チタンからの合成に時間とコストのかかる窒化チタンをまず合成しなくてはならないという問題点がある。また、特許文献4,5,6ではコーティング時に反応ガス(窒素等)が不可欠であり、雰囲気置換・圧力調整することで工程も多く効率的であるとは言えなかった。
【0003】
また、Ti酸化物あるいはゾルゲル法により得られるTi水酸化物を基材にコーティングし、窒素源と炭素源とを含有する反応混合物ガスと接触させ加熱し窒化させる方法や、ゾルゲル溶液にセラミック粒子を配合し、基材にスピンコート又は浸漬コート又は塗装し、焼成することでコーティングする方法がある。Ti粉末及び熱硬化性樹脂を混合して炭素質材料の表面に塗布し、次いで窒素 雰囲気下で加熱するTiN被膜の形成方法も知られている。これらの技術は特許文献7、特許文献8、特許文献9等に開示されている。
しかし、いずれの方法でも窒化チタンの合成または反応ガス(窒素等)が不可欠であり、雰囲気置換・圧力調整することで工程も多く効率的であるとは言えなかった。
【0004】
【特許文献1】特開平6−228747号公報
【特許文献2】特開平6−212418号公報
【特許文献3】特開平6−240450号公報
【特許文献4】特開平8−104976号公報
【特許文献5】特許公表2005−511893
【特許文献6】特開平10−1774号公報
【特許文献7】特開平8−504888号公報
【特許文献8】特開平11−502262号公報
【特許文献9】特開平6−157174号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
金属チタンから出発し、窒化チタン(TiN)を基材にコーティングするには、窒化チタンを合成し、その窒化チタンをスパッタリング等によりコーティングするか、または金属チタンと窒素を含むガスにより、前述の種々の方法によりコーティングする。
窒化チタンを合成するためには、金属チタンを長時間、窒素気流中またはアンモニア気流中で高温に加熱しなければならない。または酸化チタンを炭素の混合物を窒素下で強熱しても得られる。しかし、窒化チタンを合成するまでに長時間かかるという問題点がある。
また、いずれのコーティング方法でも反応ガス(窒素等)が不可欠であり、雰囲気置換・圧力調整することで工程も多く効率的であるとは言えなかった。
このように皮膜(コーティング)として優れた特性を有している窒化物を、簡単な工程で且つ容易な操作で、そして、工業的に有利な手法で、基材表面にコーティングする技術の開発が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、鋭意研究を進めた結果、例えば、大気中において基材を金属チタン粉末中に入れ、マイクロ波を照射して交番電界中に曝すと、該金属チタン粉末が固相の状態で大気中の窒素成分と反応して窒化せしめられると同時に、生成した窒化チタンが基材表面にコーティングせしめられることを見出した。更に、当該窒化物コーティング法は、窒素を富化した空気中においてマイクロ波を照射しても同様にコーティングを行うことができること、基材として、焼結前のセラミックスや合金等などにも適用でき、例えば、該基材を金属チタン粉末中に入れてマイクロ波を照射し、焼結と同時にマイクロ波を用いて同様に、基材表面に窒化チタンをコーティングすることができるとの認識に至った。更に当該方法は、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、ハフニウム(Hf)、バナジウム(V)、ニオブ(Nb)、タンタル(Ta)、クロム(Cr)、モリブデン(Mo)、タングステン(W)、ホウ素(B)、アルミニウム(Al)、ケイ素(Si)など、様々な窒化物形成能を有する物質の粉末にも適用できるとの認識に至り、本発明を完成した。
本発明によれば、例えば、大気中において基材を金属チタン粉末中に入れ、マイクロ波を照射して交番電界中に曝すことにより該金属チタン粉末を固相の状態で大気中の窒素成分と反応させ窒化させると同時に、基材表面に生成した窒化チタンをコーティングすることができる。
また本発明は、窒素を富化した空気中においてマイクロ波を照射し同様にコーティングを行うことを特徴とする窒化チタンのコーティング方法を提供する。
また、焼結前のセラミックスや合金等の基材を金属チタン粉末中に入れマイクロ波を照射し、焼結と同時にマイクロ波を用いた同様の方法により基材表面に窒化チタンをコーティングする方法を提供する。
【0007】
本発明では、次なる態様が提供される。
〔1〕大気中において基材を、窒化物形成能を有する物質の粉末中に入れ、マイクロ波を照射して交番電界中に曝すことにより該窒化物形成能を有する物質粉末を大気中の窒素成分と反応させて窒化させ、基材表面に生成した窒化物をコーティングすることを特徴とする基材の窒化物コーティング方法。
〔2〕窒化物形成能を有する物質粉末を固相の状態で大気中の窒素成分と反応させ窒化させると同時に、基材表面に生成した窒化物をコーティングすることを特徴とする上記〔1〕に記載の窒化物コーティング方法。
〔3〕マイクロ波を照射して交番電界中に曝すことを、加熱補助材(剤)存在下に行うことを特徴とする上記〔1〕又は〔2〕に記載の窒化物コーティング方法。
〔4〕加熱補助材(剤)が、炭素であることを特徴とする上記〔3〕に記載の窒化物コーティング方法。
〔5〕窒素を富化した空気中においてマイクロ波を照射することを特徴とする上記〔1〕〜〔4〕のいずれか一記載の窒化物コーティング方法。
〔6〕窒化物形成能を有する物質が、遷移金属元素、典型金属元素、典型非金属元素、及びランタノイドからなる群から選択された元素を含有するものであることを特徴とする上記〔1〕〜〔5〕のいずれか一記載の窒化物コーティング方法。
〔7〕窒化物形成能を有する物質が、Ti、Zr、Hf、Nb、Ta、Cr、W、Fe、B、Al、及びSiからなる群から選択された元素を含有するものであることを特徴とする上記〔1〕〜〔6〕のいずれか一記載の窒化物コーティング方法。
〔8〕窒化物形成能を有する物質が、Ti、Zr、Hf、Nb、Ta、Cr、W、及びFeからなる群から選択された元素を含有するものであることを特徴とする上記〔1〕〜〔7〕のいずれか一記載の窒化物コーティング方法。
〔9〕窒化物形成能を有する物質の粉末が金属チタン粉末であり、基材表面に窒化チタンをコーティングすることを特徴とする上記〔1〕〜〔8〕のいずれか一記載の窒化物コーティング方法。
〔10〕焼結前のセラミックスや合金等の基材を、窒化物形成能を有する物質の粉末中に入れマイクロ波を照射し、焼結と同時に請求項1記載の方法により基材表面に窒化物をコーティングすることを特徴とする焼結基材の窒化物コーティング方法。
〔11〕焼結前のセラミックスや合金等の基材を金属チタン粉末中に入れマイクロ波を照射し、焼結と同時に請求項1記載の方法により基材表面に窒化チタンをコーティングすることを特徴とする上記〔10〕記載の窒化物コーティング方法。
〔12〕上記〔1〕〜〔9〕のいずれか一記載の窒化物コーティング方法、あるいは上記〔10〕又は〔11〕のいずれか一記載の窒化物コーティング方法で窒化物コーティングされていることを特徴とする窒化物コーティンされた基材。
〔13〕窒化物コーティングが、窒化チタンコーティングであることを特徴とする上記〔12〕記載の窒化物コーティンされた基材。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、特別な窒素ガス供給装置を用いることなく、大気中の窒素を利用し、窒化物形成能を有する物質から窒化物を合成(例えば、チタンから窒化チタンを合成)すると同時に、当該窒化物でコーティングを行うことができ、さらには基材の焼結も同時に行える手法であるので操作の簡略化及び反応・コーティング時間の短縮やエネルギー消費の削減という効果が得られる。
本発明のその他の目的、特徴、優秀性及びその有する観点は、以下の記載より当業者にとっては明白であろう。しかしながら、以下の記載及び具体的な実施例等の記載を含めた本件明細書の記載は本発明の好ましい態様を示すものであり、説明のためにのみ示されているものであることを理解されたい。本明細書に開示した本発明の意図及び範囲内で、種々の変化及び/又は改変(あるいは修飾)をなすことは、以下の記載及び本明細書のその他の部分からの知識により、当業者には容易に明らかであろう。本明細書で引用されている全ての特許文献及び参考文献は、説明の目的で引用されているもので、それらは本明細書の一部としてその内容はここに含めて解釈されるべきものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明は、窒化物形成能を有する物質粉末中に基材を埋め込み、大気中において該窒化物形成能を有する物質の粉末(好適には、微粉末、例えば、ミクロ粒子あるいはナノ粒子の粉末が挙げられる)にマイクロ波を照射して交番電界中に曝すことにより該窒化物形成能を有する物質粉末を大気中の窒素成分と反応させ窒化させると同時に、基材の窒化物コーティングを行う方法を提供する。
窒化物形成能を有する物質としては、コーティング(皮膜、薄膜)を構成できる窒化物を形成することが知られているものの中から適宜選択できる。該物質は、単一の元素あるいは二種以上の元素からなるものであってもよく、また、元素と化合物との混合物であってもよく、複数の元素の混合物であってもよいし、化合物あるいはそれらの混合物などであってもよく、元素としては、遷移金属元素、典型金属元素、典型非金属元素、ランタノイドなどから選択でき、例えば、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)などの周期表の第4族の元素、ハフニウム(Hf)、バナジウム(V)、ニオブ(Nb)、タンタル(Ta)などの周期表の第5族の元素、クロム(Cr)、モリブデン(Mo)、タングステン(W) などの周期表の第6族の元素、鉄(Fe)などの周期表の第7〜11族の元素、ホウ素(B)、アルミニウム(Al) などの周期表の第13族の元素、ケイ素(Si)などの周期表の第14族の元素などから選択されたものが挙げられるが、それらに限定されるものではない。典型的な窒化物形成能を有する元素としては、Ti、Zr、Hf、Nb、Ta、Cr、W、Fe、B、Al、Siなどが挙げられる。特に好ましい窒化物形成能を有するものとしては、Ti、Crなどが挙げられる。これら元素の粉末、その金属の粉末などを好適に使用できる。
【0010】
本発明の方法で形成される窒化物コーティングにおける代表的な窒化物としては、窒化チタン(TiN)、窒化ジルコニウム(ZrN)、窒化ハフニウム(HfN)、窒化ニオブ(NbN)、窒化タンタル(TaN)、窒化クロム(CrN)、窒化タングステン(WN)、窒化鉄(FeN)、窒化ホウ素(BN)、窒化アルミニウム(AlN)、窒化ケイ素(Si3N4)、窒化チタンアルミニウム(TiAlN)、チタニウムカーボナイトライド(TiCN)などが挙げられる。窒化チタンコーティングは、黄金色を示し、鏡面仕上げの超硬質皮膜であり、導電性を有しており、高強度、高靭性で耐衝撃性、耐熱衝撃性、耐摩耗性、耐食性に優れるものである。窒化ジルコニウム、窒化ニオブ、窒化タンタルなどのコーティングは、高強度、高靭性で耐衝撃性、耐摩耗性、耐食性に優れるだけでなく、独特の電気的な特性や磁気的な特性、さらには光学的に有利な性状を示す。窒化アルミニウムコーティングは、空気中の加熱により酸化膜が形成されて、酸化の進行を抑制するし、高い熱伝導性を有しており、耐熱性、耐食性に優れるものである。窒化ケイ素コーティングは、電気的に絶縁性があり、高強度、高靭性で耐衝撃性、耐熱衝撃性、耐摩耗性、耐食性に優れるものである。
【0011】
特には、本発明は、金属チタン粉末中に基材を埋め込み、大気中において該金属チタン粉末にマイクロ波を照射して交番電界中に曝すことにより該金属チタン粉末を大気中の窒素成分と反応させ窒化させると同時に、窒化チタンコーティングを行う方法を提供する。交番電界中に曝すために均一な電場を設けるには、数十ミリ以下の波長の短いマイクロ波発生装置を用いることが望ましい。
本発明の方法では、窒化物形成能を有する物質を選択的に高温に加熱せしめるなどしたり、及び/又は、窒化物形成能を有する物質が気相の窒素と反応して窒化物形成をし易いようにする手段を講じることができ、ある場合にはそれが好ましい。当該手段としては、加熱補助材(又は加熱補助剤)を添加する技術を挙げることができるが、実質同様な効果が得られるものであればこれには限定されない。加熱補助材としては、例えば、炭素が挙げられる。炭素は、様々なものが知られており、結晶状の粉末からなるもの、無定形の粉末からなるもの、それらの混合物などが知られている。代表的なものとしては、鱗片状黒鉛、土状黒鉛、人造黒鉛、カーボンブラック、マイクロカーボン、ナノカーボンなどが挙げられるが、これらに限定されず、適宜、適切なものを選択使用できる。炭素は、公知の市販品から選択して使用できるし、好ましくは粉末、代表的には微粉末、あるいはマイクロ粒子、ナノ粒子のものを選択使用してよい。本発明の方法において、マイクロ波照射による窒化反応及びコーティングは、炭素を加熱補助材に用いた場合に約1100℃程度の温度で起こる。
【0012】
本発明における窒素源は、大気中の空気に存在する窒素をそのまま使用でき、したがって、大気である空気をそのまま使用できるが、その含有窒素量を増加せしめるため、空気に窒素を添加して使用することもできるし、それが好ましい場合もある。つまり、窒素を富化した空気中でマイクロ波を照射することによっても本発明の目的は達成される。また、実質的に窒素からなる気体の中で行ってもよい。
本発明の方法で窒化物形成能を有する物質へのマイクロ波照射の時間は、使用する窒化物形成能を有する物質の種類や量、所望のコーティング厚あるいは面積、基材の種類や大きさ、さらに負荷する照射エネルギー量などに応じて、適宜、適切な時間を選択でき、これは実験により決定することができる。例えば、本発明の方法によれば、窒化チタンコーティングは照射時間の長さによりコーティングの膜厚を変化させることができる。10分程度照射することで数μmのコーティングが可能であり、20〜30分程度の照射で20〜30 μmの厚さにすることができる。また、窒化の際の発熱によるチタン粉末の溶融は殆どなく、基材を容易に取り出すことができる。
【0013】
マイクロ波は、周波数1 GHz〜3 THz、波長0.1 〜 300 mm位のUHF 〜EHF帯の総称であるが、無機化合物の合成やセラミックスの焼結等に熱源としてマイクロ波加熱が利用されることもあり、これらの目的には、周波数としては数GHz〜数十GHzが用いられている。
しかし、電子レンジで用いられる通常の2.45 GHzで大気中においてチタン金属粉末等の金属粉末に照射すると、燃焼反応よりも激しい放電によりアークを発し、発熱溶融する。また、2.45 GHzでは波長が長すぎて、試料をターンテーブルで高速回転させても均一な電場を得ることが極めて困難である。
本発明方法では、マイクロ波照射において、均一な電場を得ることができるようにする必要があり、そのためには、マグネトロン式、ジャイロトロン(28 GHz、10 kW高周波数高出力発振管)式、クライストロン式等の9 GHz程度以上、すなわち波長数十ミリ以下の領域の比較的波長の短いマイクロ波加熱装置を用いることが望ましい。例えば、約15GHz〜3 THzのミリ波あるいはそれ以下の波長域を使用する。本発明では、マイクロ波照射は、好ましくは約20GHz〜1 THz、ある場合には約25GHz〜500GHz、より便利には約25GHz〜300GHzを使用することができる。マイクロ波照射する加熱装置としては、ジャイロトロン式マイクロ波加熱装置を便利に使用することができ、該装置は、例えば、東芝電子管デバイス(株)、(株)トーメン、富士電波工業(株)などから入手できる。
【0014】
このようなマイクロ波加熱装置を用いた場合は、照射される窒化物形成能を有する物質の粉末は電子レンジによる加熱の場合とは異なり、放電を起こさず窒化反応を起こさせることができる。かくして、このようなマイクロ波加熱装置を用いて、照射されるTi粉末に、放電を起こさず窒化反応を起こさせることができる。
本発明者は、高周波数のマイクロ波照射により大気中でTi粉末を窒化させることができることを見出したが、なぜ大気中で酸化ではなく窒化反応が起こるのかは分からなかった。
そこで、マイクロ波加熱によるチタンの大気中での窒化反応についての実験・研究を重ねたところ、この窒化反応と同時に窒化チタンコーティングを行う技術を発見した。そして、この技術は汎用性のある優れた特徴を有していることを認識するに至った。
【0015】
本発明方法では、金属チタンを窒化させる過程において同時にコーティングまで行う反応であるため、コーティング時にチタン及び基材は約1000℃まで加熱される。そのため、基材は融点が千数百℃以上の金属やセラミックス等に本発明方法を用いることができる。すなわち、本発明方法で、金属チタンなどの窒化物形成能を有する物質を窒化させる過程で同時にコーティングまで行う反応であることから、コーティング時にチタンなどの窒化物形成能を有する物質及び基材は約1000℃まであるいはそれ以上に加熱される。そのため、基材は融点が千数百℃以上の金属やセラミックス等に対して本発明方法を用いることができる。つまり、焼結前のセラミックスや合金等の基材を、窒化物形成能を有する物質の粉末中に入れマイクロ波を照射し、焼結と同時に上記した窒化物コーティング法により基材表面に窒化物をコーティングすることができて、簡単な焼結基材の窒化物コーティング方法となる。マイクロ波照射加熱を使用して、セラミックスを成形・燒結するにあたっては、例えば、「セラミックスの高速燒結技術-セラミックス電磁プロセッシング-」、株ティー・アイ・シー(1998.10.初版)などの記載を参照するなどすることができる。
【0016】
基材である金属としては、典型金属元素、遷移金属元素、、ランタノイド、アクチノイドなどから選択されたものが挙げられる。代表的には、Fe, Co, Niといった鉄族元素、銅族元素、白金族元素、マンガン族元素、クロム族元素、チタン族元素、土酸金属元素、亜鉛族元素、アルミニウム族元素、希土類元素、ランタノイド、アクチノイド、アルカリ土類金属元素、アルカリ金属元素などから選択されたものが挙げられ、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、銅(Cu)、銀(Ag)、金(Au)、亜鉛(Zn)、アルミニウム(Al)、スズ(Sn)、チタン(Ti)、バナジウム(V)、クロム(Cr)、モリブデン(Mo)、マンガン(Mn)、タングステン(W)、白金(Pt)、鉛(Pb)などが挙げられる。金属基材としては、Fe、Co、Ni、Cu、Ag、Au、Zn、Al、Sn、Ti、V、Cr、Mo、Mn、W、Pt、Pbなどの金属からなる基材、あるいはそれらの合金からなる基材が挙げられる。合金には、超合金として知られたものも含まれてよく、例えば、Fe基合金、Ni基合金、Cr基合金、Co基合金、Ni-Cr-W系合金、Ni-Cr-Mo系合金、Ni-Cr系合金、Fe-Cr-Al系合金、Ni-Fe-Cr系合金、Ni-Fe-Co系合金、Ni-Co-Cr系合金、Ni-Fe系合金、Ni-Mo系合金、Co-Cr-W系合金、Co-Cr-Mo系合金、Ti基合金、Ni-Cu系合金、Cu基合金、Al基合金などが挙げられる。代表的には、INCONEL, INCOLOY, NIMONIC, UDIMET alloy, NILO, MONEL (Special Metals Coporationの商標登録), Waspalloy, Nickel, Duranickel, NCH, FCH, CN, VNi, DF, MENなどの合金名で販売されているものなどが挙げられる。
【0017】
セラミックスとしては、微粒子原料を成形・焼結して得られたものが挙げられ、より好適には高純度の微粒子を出発原料として得られたものが挙げられる。セラミックスの原料としては、酸化物、非酸化物及びその他のものが挙げられる。セラミックス原料の酸化物としては、アルミナ(Al2O3)、トリア(ThO2)、マグネシア(MgO)、イットリア(Y2O3)、ジルコニア(ZrO2)、イットリアを分散安定化させたジルコニア(YSZ: イットリア安定化ジルコニア)、アルミナ及びイットリアを分散安定化させたジルコニア(ATZ)、チタニア(TiO2)、PLZT((Pb,La)(Zr,Ti)O3)、PZT(Pb(Zr,Ti)O3)、ヘマタイト(Fe2O3)、各種フェライト、チタン酸アルミニウム、チタン酸ストロンチウム(SrTiO3)、チタン酸バリウム(BaTiO3)、チタン酸塩(Ba2Ti9O20)、ベリリア(BeO)、Mg2SiO4、MgSiO3、SiO2、ムライト、MgAlO2、BeAl2O4、コーディエライト、リチウムアルミノシリケート、石英ガラス、ジルコン、ガラス、上記金属の酸化物などが挙げられる。セラミックス原料の非酸化物としては、炭化物、窒化物、ホウ化物、ケイ化物、ダイヤモンドや黒鉛などの炭素などが挙げられ、例えば、窒化ケイ素、サイアロン(Sialon)、窒化ホウ素、窒化チタン、窒化アルミニウム、窒化ハフニウム、窒化ジルコニウム、窒化タンタル、窒化バナジウム、窒化ニオブ、炭化ケイ素、炭化タングステン、炭化チタン、炭化ハフニウム、炭化ジルコニウム、炭化クロム、炭化タンタル、炭化バナジウム、炭化チタン、炭化ニオブ、炭化ホウ素、ホウ化チタン、ホウ化ジルコニウム、ホウ化モリブデン、ホウ化タングステン、ホウ化ニオブ、ホウ化タンタル、ホウ化ハフニウム、上記金属の炭化物、窒化物、ホウ化物、ケイ化物などが挙げられる。これら原料は適宜単独又は任意に配合された混合物として、さらには上記金属又はその合金を配合されたものとしてあってもよい。
【0018】
セラミックスの用途としては、例えば、磁性材料、磁気光学材料、超伝導体、導電材料、半導体、誘電体材料、圧電体材料、絶縁材料、基板、パッケージ、電気光学材料、固体レーザー発光材料、電子放射材料、切削・研磨材料、ドリル、刃物、磁器、ニューガラス、人工関節、人工骨、人工歯、工作機械部品、エンジン材料・動力機械部品、断熱材料などの電子工業材料、光学材料、工業材料、構造材料、生体関連材料、機能性セラミックスが挙げられる。
通常、大気中でチタン粉末に出力3 kWで高周波数(28 GHz)のマイクロ波照射した場合には温度は800℃程度までしか上がらない。一方、マイクロ波を吸収しやすいカーボンを、チタン粉末の外側からの伝熱による加熱のために補助的に用いた本方法では、温度が更に高い1000℃程度まで上昇する。本発明では、カーボンを用いて高温まで急速に加熱することで、窒化チタンコーティングが可能となっている。このように窒化物形成能を有する物質の粉末に、マイクロ波を吸収しやすいカーボンを補助的に用いて、出力3 kWで高周波数(28 GHz)のマイクロ波照射することにより、より高温の1000℃程度あるいはそれ以上にまで上昇させることが可能となり、窒化物コーティングが可能となる。かくして、本発明では、カーボンを用いて高温まで急速に加熱することで、窒化物コーティングが簡単な手法で可能となっている。
【0019】
出発原料のTiは、金属チタン粉末を用いる。基材の表面を完全にコーティングするためには、より粒径の小さな微粉末を用いることが望ましい。また、粉末の粒径は窒化反応自体にも影響する。粒径が余り大きい場合は、窒化が進行しにくく、照射時間も長くかかるため好ましくない。通常チタン粉末は、スポンジチタンを粉砕する際に発生する粉末や水素化脱水素法により粉末冶金用などには、粒子径範囲が5 〜 74 μm、平均粒子径が20 μm以下のようなものが用いられるが、このような粉末をはじめ、市販されている-325または-100メッシュの粉末は、本発明の方法を適用する好適な出発原料となる。同様に、上記窒化物形成能を有する物質も粉末、例えば、微粒子、ミクロ粒子、ナノ粒子などが使用される。
【0020】
マイクロ波照射のためには、公知の9.15 GHz、または28 GHzのマイクロ波を発生させマグネトロン式およびジャイラトロン式マイクロ波加熱装置を使用することができる。この種の装置を用いれば短時間、例えば10分程度で窒化チタンコーティングすることができる。
チタン粉末及び基材を入れる容器は、石英管等マイクロ波加熱処理に用いられる試料ホルダーを適宜使用できる。また、出発物質をコンベア上に乗せて搬送し、マイクロ波加熱炉内において加熱するようにしてもよい。同様に、上記窒化物形成能を有する物質の粉末も同様に扱うことができる。
本発明では、マイクロ波加熱装置には、特別の気密装置や、真空排気装置、窒素ガス供給装置等を付帯させる必要がない。
【0021】
以下に実施例を掲げ、本発明を具体的に説明するが、この実施例は単に本発明の説明のため、その具体的な態様の参考のために提供されているものである。これらの例示は本発明の特定の具体的な態様を説明するためのものであるが、本願で開示する発明の範囲を限定したり、あるいは制限することを表すものではない。本発明では、本明細書の思想に基づく様々な実施形態が可能であることは理解されるべきである。全ての実施例は、他に詳細に記載するもの以外は、標準的な技術を用いて実施したもの、又は実施することのできるものであり、これは当業者にとり周知で慣用的なものである。
【実施例1】
【0022】
マイクロ波加熱装置としてジャイロトロン式28 GHzマイクロ波加熱装置を用いた。この装置によれば、均一な電場を得ることができる。-325 meshの出発原料として市販の金属チタン粉末粗粒(粒径45 μm以下、高純度化学社製) 2.0 gを石英製試料容器に入れた。石英製試料容器は二重になっており、中心にチタン粉末を、外側にはカーボンを入れた。カーボンはマイクロ波を吸収しやすく温度が上昇しやすいため、チタンのマイクロ波吸収による自己発熱以外に、カーボンからの伝熱により高温に加熱することができる。チタン粉末を容器に入れる際には、チタン粉末中には基材(石英板)を埋め込んだ。この試料容器をマイクロ波加熱装置の加熱炉内に入れ、マイクロ波を照射した。炉内の圧力は1 気圧で、マイクロ波の出力は、28 GHzで2 kWとし、10分間照射した。温度は、Ptシースを施したPt/Pt-10%Rh熱電対により計測した。
【0023】
試料粉末は、照射前の灰白色から照射後に金色に変化した。照射中の試料は赤色に発光しており、温度プロファイルは、図1の時間・温度曲線に示すように約1000℃まで上昇し、ほぼ一定となる。
照射後、粉末の中から石英板を取り出したところ、全体が金色にコーティングされていた。図2にはコーティング後の石英板の表面の走査電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope: SEM)写真、図3には石英板の断面のSEM写真を示す。SEMによる観察の結果から、石英板表面はほぼ隙間なくコーティングされており、断面を見るとコーティングした層の厚さが約2 〜 3 μmであることがわかった。密着性も良く、弱い摩擦によっては剥がれなかった。このときの照射後の試料のXRD (X-Ray Diffraction Spectroscopy)パターンを図4に示す。生成物は、TiN、TiN0.3、Ti2Nであった。
【実施例2】
【0024】
照射時間を20分間とした以外は実施例1と同様に実施した。照射後の石英板の断面のSEM写真を図5に示す。この結果から、コーティングした層の厚さは20 〜30 μmであり、実施例1の場合よりも厚くなった。
【実施例3】
【0025】
照射時間を30 分間とした以外は実施例1と同様に実施した。照射後の石英板の断面のSEM写真を図6に示す。層の厚さは実施例1及び2よりも厚い30 〜 40 μmであり、照射時間を長くすることで、窒化チタンコーティング層の厚さを厚くできることがわかった。
【実施例4】
【0026】
チタン粉末中に埋め込み、コーティングする基材を石英板に代わりMo板とし、照射時間を15分間とした以外は実施例1と同様に実施した。これにより融点の高い金属ならば金属板上にもコーティングでき、金属表面の改質にも利用できることがわかった。
【実施例5】
【0027】
試料粉末に-100 meshの金属チタン粉末粗粒(粒径150 μm以下、高純度化学社製)を用いた以外は実施例1と同様に実施した。SEMにより観察した断面の写真を図7に示す。-100 mesh程度の粉末を用いると、照射時間が同じでもやや厚くコーティングされる。しかし、粒径が大きいほど窒化反応は進みにくくなる。
【実施例6】
【0028】
チタン粉末中に埋め込み、コーティングする基材にYSZ(イットリウム安定化ジルコニア)を圧縮成型したペレットを用い、照射時間を15分とした以外は実施例1と同様に実施した。マイクロ波照射後、ペレットは焼結により収縮し、かつ窒化チタンコーティングにより表面が金色になった。
YSZは、イットリア(Y2O3)を分散固溶させたジルコニア(ZrO2)を指しており、典型的なものでは2 〜 15 mol%のイットリアを均一に分散固溶させたジルコニア(例えば、約3 mol%のイットリアを均一に分散固溶させたジルコニアや約4 〜 10 mol%のイットリアを均一に分散固溶させたジルコニアなど)が挙げられるが、これには限定されず、さらにアルミナ(Al2O3)を10 〜 30 mol%とイットリアを2 〜 10 mol%均一に分散させたジルコニア(例えば、約20 mol%のアルミナと約3.90±0.30 mol%のイットリアを均一に分散させたジルコニアなど)も含まれてよい。
【0029】
〔比較例1〕
照射時に、カーボンを用いる伝熱による加熱の効果を与えず、マイクロ波吸収のみによって加熱した。その他は、実施例1と同様に実施した。この場合の温度プロファイルを図8に示す。また、この時得られた試料粉末のXRDパターンを図9に示す。実施例1と比べて到達温度は低く、基材はコーティングされなかった。また、図4に比べ窒化反応が進んでいないことがわかる。
〔比較例2〕
マイクロ波の出力を1 kWとした以外は実施例1と同様に実施した。この場合の温度プロファイルを図10に示す。温度は830℃までしか上昇しなかった。この場合、チタン粉末はわずかに金色がかっただけで、基材はコーティングされなかった。
〔比較例3〕
出発原料として、スポンジチタン(和光純薬製)を用いた他は、実施例1と同様に実施した。この場合の温度プロファイルを図11に示す。温度は図1と比べるとやや低いが石英はコーティングされた。しかし、スポンジチタンを用いると、粒が大きいため基材と接触しにくく、部分的にコーティングされない部分があった。よって、粒径がある程度小さく、基材と接触しやすいチタン粉末の方が適している。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明では窒化物形成能を有する物質から窒化物合成(例えば、チタンから窒化チタン合成)と同時にコーティングを行う方法、また基材の焼結も同時に行えるコーティング方法であり、そのため操作の簡略化及び反応・コーティング時間の短縮やエネルギー消費の削減、さらにはコストの削減が可能である。 本発明に係るマイクロ波照射による窒化チタンなどの窒化物コーティング方法は、セラミックス、金属表面加工等の様々な分野に適用できる。
また本発明によってコーティングされた部材は、表面の硬度が高く腐食に強い材料として広く用いることが出来る。本発明で皮膜(コーティング)として優れた特性を有している窒化物を、簡単な工程で且つ容易な操作で、そして、工業的に有利な手法で、基材表面にコーティングする技術が提供できる。
本発明は、前述の説明及び実施例に特に記載した以外も、実行できることは明らかである。上述の教示に鑑みて、本発明の多くの改変及び変形が可能であり、従ってそれらも本件添付の請求の範囲の範囲内のものである。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】実施例1におけるマイクロ波照射時間とチタン粉末の温度上昇曲線を示すグラフ。
【図2】実施例1で得られた、コーティング後の石英板の表面の走査電子顕微鏡写真。
【図3】実施例1で得られた、コーティング後の石英板の断面の走査電子顕微鏡写真。
【図4】実施例1で得られた試料粉末のXRDパターン。
【図5】実施例2で得られた、コーティング後の石英板の断面の走査電子顕微鏡写真。
【図6】実施例3で得られた、コーティング後の石英板の断面の走査電子顕微鏡写真。
【図7】実施例5で得られた、コーティング後の石英板の断面の走査電子顕微鏡写真。
【図8】比較例1におけるマイクロ波照射時間とチタン粉末の温度上昇曲線を示すグラフ。
【図9】比較例1で得られた試料粉末のXRDパターン。
【図10】比較例2におけるマイクロ波照射時間とチタン粉末の温度上昇曲線を示すグラフ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
大気中において基材を、窒化物形成能を有する物質の粉末中に入れ、マイクロ波を照射して交番電界中に曝すことにより該窒化物形成能を有する物質粉末を大気中の窒素成分と反応させて窒化させ、基材表面に生成した窒化物をコーティングすることを特徴とする基材の窒化物コーティング方法。
【請求項2】
マイクロ波を照射して交番電界中に曝すことを、加熱補助材存在下に行うことを特徴とする請求項1に記載の窒化物コーティング方法。
【請求項3】
窒素を富化した空気中においてマイクロ波を照射することを特徴とする請求項1又は2に記載の窒化物コーティング方法。
【請求項4】
窒化物形成能を有する物質が、Ti、Zr、Hf、Nb、Ta、Cr、W、Fe、B、Al、及びSiからなる群から選択された元素を含有するものであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一記載の窒化物コーティング方法。
【請求項5】
窒化物形成能を有する物質の粉末が金属チタン粉末であり、基材表面に窒化チタンをコーティングすることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一記載の窒化物コーティング方法。
【請求項6】
焼結前のセラミックスや合金等の基材を、窒化物形成能を有する物質の粉末中に入れマイクロ波を照射し、焼結と同時に請求項1記載の方法により基材表面に窒化物をコーティングすることを特徴とする焼結基材の窒化物コーティング方法。


【図1】
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【図4】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−84896(P2007−84896A)
【公開日】平成19年4月5日(2007.4.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−277344(P2005−277344)
【出願日】平成17年9月26日(2005.9.26)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】