説明

糖尿病性合併症治療用薬学的組成物

β遮断薬の投与により糖尿病性合併症を治療する方法を開示する。糖尿病性合併症は、糖尿病から生じ、現在、治療の選択肢はごくわずかである。本発明は、糖尿病の治療におけるβ遮断薬の使用を記述する。本発明はまた、糖尿病性合併症の主要な原因の一つであるアルドース還元酵素の阻害を記述する。糖尿病性創傷治癒の方法も提供される。糖尿病性創傷のような糖尿病性合併症の治療のための組成物が開示される。本発明は、糖尿病性創傷治癒の過程を改善するための、ほとんど抗菌活性を持たないβ遮断薬の局所的製剤の使用を含む。本発明はまた、糖尿病者の創傷における、治癒途上の上皮化した組織のコラーゲン蓄積率の増加にも関与する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
β遮断薬の投与による糖尿病性合併症の治療方法について開示する。
【背景技術】
【0002】
糖尿病性合併症は、糖尿病に起因し、その既存の治療の選択肢はごくわずかである。本発明は、糖尿病性合併症の治療におけるβ遮断薬の使用について記述する。また、本発明は、糖尿病性合併症の主な原因の1つであるアルドース還元酵素の阻害についても記述する。さらに、糖尿病性創傷の治癒方法について記述する。糖尿病性創傷等の糖尿病性合併症を治療する組成物について開示する。本発明は、ほとんど抗菌活性を持たないβ遮断薬の局所的製剤を使用して糖尿病性創傷の治癒を向上する。また、本発明は、糖尿病患者の傷の上皮化した組織のコラーゲン蓄積率を上昇させる。
【0003】
糖尿病の世界的な発病率は、1985年の約30、000、000人から2007年には約245、000、000人に増加しており、さらに2025年までに380、000、000人に増加するとされている(出典:国際糖尿病連合)。糖尿病と糖尿病性合併症の治療費用は、2007年には232、000、000、000ドルに達しており、2025年までに302、500、000、000ドルを超えると推測されている。慢性糖尿病は、糖尿病性神経障害、糖尿病性ネフロパシー、糖尿病性心筋症、糖尿病性網膜症、糖尿病性白内障、糖尿病性膀胱機能障害、糖尿病性角膜症、糖尿病性皮膚障害、糖尿病性細小血管症、心筋梗塞、黄斑浮腫、神経伝導障害および糖尿病性創傷等の糖尿病性合併症を引き起こす。
【0004】
糖尿病性合併症の治療は、血糖値コントロールとは無関係である。そのため、標準的な抗糖尿病薬は、糖尿病性合併症の治療の選択肢として適しておらず、糖尿病性合併症のための新しい組成物と治療方法が急ぎ必要となっている。
【0005】
糖尿病患者が直面する主要な根本的問題のうちの1つは、創傷治癒障害の治癒である。糖尿病患者の15%(260万人)は、その生涯の間に足部潰瘍を発症するといわれている。これらの潰瘍は慢性的な傾向があり、治癒しなかったり、治癒に非常に長い時間がかかったりする。現在、糖尿病性足部潰瘍患者は、アメリカ合衆国におよそ750、000人、ヨーロッパに980、000人、世界のその他の地域に110万人おり、合計で280万人にのぼる。糖尿病性足部潰瘍は深刻な問題で、最大25%の糖尿病性足部潰瘍が最終的に切断を余儀なくされる。糖尿病性創傷治癒の医学的な重要性は、誇張できない。自然治癒力は、人間の健康の核であり、患者は、創傷治癒により、外傷、手術、および、糖尿病等の代謝異常、微生物、その他の物理的、または化学的因子による創傷を克服できる。
【0006】
創傷の無効な治癒は、糖尿病において深刻な問題で、疾病率の増加に寄与している(非特許文献1〜3)。創傷治癒の回復反応は、炎症性エフェクター細胞による病変の浸潤等、様々な点で一緒に動く複数の細胞要素で調整される。さらに、線維芽細胞要素は、炎症性エフェクター細胞とともに抗菌的機構を提供し、壊死組織の除去だけでなく新しい結合組織の生成を促進する。グルコース代謝の基礎疾患は、これらの複雑で相互的な保護プロセスを阻害する可能性がある。
【0007】
これまでの研究では、糖尿病性創傷治癒における細胞機能障害は、好中球機能障害(非特許文献4〜6)、炎症性細胞による創傷の浸潤の遅延(非特許文献7、8)、コラーゲン生成の低下(非特許文献9、10)、および、創傷閉鎖と肉芽組織の形成の遅滞の原因となる塩基性線維芽細胞成長因子等の内在性成長因子の活性の低下に起因するとされてきた。
【0008】
100を超える生理的因子が、糖尿病患者の創傷治癒障害に関与している(非特許文献11、12)。これらの因子は、成長因子生成、血管新生反応、マクロファージ機能、コラーゲン蓄積、表皮バリア機能、肉芽組織量、ケラチン生成細胞および線維芽細胞の遊走および増殖、表皮神経の数、骨折治癒、細胞外マトリックス(ECM)成分の蓄積とメタロプロテイナーゼ(MMPs)によるそれらの再編成のバランスの低下または欠失を含む。創傷治癒は、傷への細胞反応として起こり、ケラチン生成細胞、線維芽細胞、内皮細胞、大食細胞と血小板の活性に寄与する。これらの細胞型から放出される多くの成長因子およびサイトカインは、治癒を調整し維持するために必要である。患者の表皮からの生検の分子分析は、創傷治癒の遅滞と相関する病原マーカーを特定した。これらはc-mycの過剰発現およびβカテニンの核局在化を含む。上皮成長因子受容体(EGFR)の減少および核局在化異常およびグルココルチコイド経路の活性に伴ってケラチン生成細胞移動が阻害される。糖尿病性足部潰瘍(DFUs)の非治療端(皮膚硬結)において、ケラチン生成細胞は、移動せず、過剰増殖し、不完全分化する。線維芽細胞は、移動と増殖の減少だけでなく表現型の変化を示す。
【0009】
糖尿病性足部潰瘍の病因は、複雑で、創傷治癒は様々な理由によりあまり成功していない。糖尿病性足部潰瘍の病因は、末梢血管障害、自律性ニューロパシー、内皮機能障害と関連している。創傷治癒に適しておらず、そのプロセスをさらに遅滞させる代謝条件(高血糖、高脂血症、高インスリン血症、凝固先進状態)も存在するかもしれない。創傷治癒は、炎症、組織形成、組織再編成の3つの重複する段階に特徴される複雑なプロセスである(非特許文献12)。炎症細胞、線維芽細胞およびケラチン生成細胞からの化学伝達物質の放出と平行して、この連続したプロセスは、真皮と表皮における細胞の相互作用によってなる。組織形成の間、局所的および移動性の細胞によって合成された成長因子により、線維芽細胞の傷への移動が刺激され、そこで線維芽細胞は、増殖し、細胞外マトリックスを形成する。糖尿病患者は、創傷治癒が不十分であるという問題に直面しており、その結果、糖尿病は、結合組織の多様な変化と関連することが知られている。ラットにおける糖尿病性創傷治癒において観察される共通の特徴は、炎症、治癒時間を長引かせる傾向にある治癒初期開始の遅延、治癒領域における好中球濃度の低下、および、治癒が起こる部位において好中球が、マクロファージと入れ替わらないことである。皮膚の創傷治癒は、複雑で、高度に統御された生物学的工程であり、他の細胞型と同様に、ケラチン生成細胞および線維芽細胞の両方の調和した移動および増殖が必要である。上皮の創傷により、サイトカイン、成長因子、プロテアーゼが生成され、細胞外マトリックス因子の合成が開始される。これら全てが、上皮再形成に必須であるケラチン生成細胞の移動および増殖の工程を制御できる。
【0010】
糖尿病に関連するコラーゲンの欠損は、コラーゲンの合成量の低下もしくは新しく合成されたコラーゲンの代謝の増加、またはそれら両方によるものである。これらの質的および量的な異常は、糖尿病状態において観察される創傷治癒障害に関与する。
【0011】
真性糖尿病における細胞損傷の多様な機構が報告されている(非特許文献13〜15)。それらの報告の中には、糖化の促進、プロテインキナーゼC活性の増加および酸化ストレスの増加が含まれるが、正確な機構はまだ完全には理解されていない。Hottaのグループは、高濃度のグルコースによって誘導される多様な組織障害の機構として、ポリオール経路の関与を提案している(非特許文献16)。ポリオール経路は、2つのステップから成る。第1のステップは、グルコースのソルビトールへの変換であり、第2のステップは、ソルビトールのフルクトースへの変換である。キーとなる酵素は、グルコースをソルビトールに変換するアルドース還元酵素である。この酵素は、多くの組織で見られる。高血糖症により、ポリオール経路が促進され、細胞内にソルビトールが蓄積されるという結果をもたらす。細胞内におけるソルビトールの蓄積により、多様な組織障害が起こる。高浸透圧および高酸化ストレスが、ポリオール経路が細胞損傷に関与する機構として提案されている。しかし、ポリオール経路の正確な機構は、まだ完全には理解されていない。高濃度のグルコースによって誘導される内皮細胞の損傷は、増強された酸化ストレスを伴うポリオール経路の活性化によって媒介されている可能性があることが観察されている。ポリオール経路の阻害が、糖尿病状態において内皮細胞の損傷を防ぐ可能性があることが、アルドース還元酵素阻害剤の使用により示唆された。
【0012】
βアドレナリン受容体は、創傷治癒の工程に関与することが知られており、アゴニストは、創傷治癒の工程を遅らせることが示されている。βアドレナリン受容体の誘導により、ケラチン生成細胞の移動が阻害され、創傷治癒が遅れることも証明されている(非特許文献17)。β遮断薬を水溶液または点眼液の形式で局所的に適用することに関し、他にも文献が存在する(非特許文献18、19)。さらに、β遮断薬が梗塞した心臓において血管新生を増加させることができるという事実により、β遮断薬は、血管新生を促進するということが示唆され、このことは創傷治癒に都合がよい可能性がある(非特許文献20)。加えて、プロプラノロールは、cAMPおよびcGMPの比率を制御することによって、肺のコラーゲンを促進することが示されている(非特許文献21)。しかし、βアドレナリン受容体遮断薬は、糖尿病性創傷治癒のような糖尿病性合併症での使用について報告されておらず、糖尿病性創傷治癒は、通常または損傷性の創傷治癒とは異なる病因が関与している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】JJ. Reynolds, British J Dermatol, 112 715-723 (1985)
【非特許文献2】J.A. Galloway and CR. Shuman, Am J Med, 34 177-191 (1963)
【非特許文献3】S.H. Pearl and I.O. Kanat, J Foot Surg, 27, 268-270 (1988)
【非特許文献4】J. D. Bagdade et al., Diabetes, 27, 677-681 (1978)
【非特許文献5】CM. Nolan et al., Diabetes, 27, 889-894 (1978)
【非特許文献6】A.G. Mowat and J. Baum, J.Clin Invest December, 50, 2541-2549 (1971)
【非特許文献7】D.G. Greenhalgh et al., Am J Pathol, 136, 1235 (1990)
【非特許文献8】Fahey et al., Surg 214, 175-180 (1991)
【非特許文献9】W.H.Goodson and T.K. Hunt, J Anal, 124, 401-411 (1977)
【非特許文献10】W.H. Goodson and T.K. Hunt, Diabetes Apr, 35, 491-495 (1986)
【非特許文献11】Oyama, et al. Diabetes: Research and Clinical Practice 73, 227-234 (2006)
【非特許文献12】H. Brem and M. Tomic-Canic, J. Clin. Invest, 117, 1219-1222 (2007)
【非特許文献13】Sakata et al., J. Atheroscler. Thromb. 3, 169-176 (2000)
【非特許文献14】D.K. Ways, M.J. Sheetz, Warn. Horm. 60, 149-193 (2000)
【非特許文献15】Mashima, et al., Curr. Opin. Lipidol. 4, 411-418 (2001)
【非特許文献16】N. Sakamoto, J.H. Kinoshita, P.F. Kador, N. Hotta, Polyol Pathway and its Role in Diabetic Complications, Elsevier Science B.V., Amsterdam, 1988
【非特許文献17】Chen et al., J. Invest. Dermatol. 119, 1261-8 (2002)
【非特許文献18】Reidy et al., Br. J. Ophthalmol. 78, 377-380 (1994)
【非特許文献19】Denda et al., J. Invest. Dermatol. 121, 142-148 (2003)
【非特許文献20】Am J Physiol Heart Circ Physiol. 2005
【非特許文献21】RC Lindenschmidt and HP Witschi; Pharmacology and Experimental Therapeutics, 232, 346-350 (1985)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
[発明の要約]
本発明は、βアドレナリンアンタゴニストまたはβ遮断薬を投与することによる、糖尿病から生じる糖尿病性合併症の治療の方法および組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、さらに、促進されたアルドース還元酵素活性を阻害し、酸化窒素量を増加させ、線維芽細胞の移動を促進し、肉芽組織形成を誘導し、血流を増加させることで、治癒しつつある糖尿病性創傷への酸素供給を増加させるβアドレナリン遮断薬のような薬剤を、検体に治療量を局所投与することを含め、糖尿病患者における慢性的糖尿病性創傷の治療のための方法および構成を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】図1は、溶媒で処置したラットの元々の創傷の多くには、創傷後(27日目)もまだかさぶたがあることを示す。
【図2】図2は、14日目における、塩酸エスモロールでの治療後の創傷の組織構造を示す(H&E染色、10倍)。
【図3】図3は、ストレプトゾシン(STZ)により糖尿病を誘導し、溶媒または塩酸エスモロールで局所治療して調製、調査した組織切片を示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の一つの側面は、βアドレナリン遮断薬、そのプロドラッグ、または、薬学上許容できるその塩を、そのような治療が必要な患者に、治療効果量を投与することを含め、哺乳類における糖尿病性合併症の治療方法を提供する。βアドレナリン遮断薬、そのプロドラッグ、または、薬学上許容できるその塩の前記治療効果量は、薬学的に許容可能なキャリア、賦形剤、またはその希釈剤で提供される。好ましくは、前記糖尿病性合併症は、糖尿病性神経障害、糖尿病性ネフロパシー、糖尿病性心筋症、糖尿病性網膜症、糖尿病性白内障、糖尿病性膀胱機能障害、糖尿病性角膜症、糖尿病性皮膚障害、糖尿病性細小血管症、心筋梗塞、黄斑浮腫、神経伝導障害および糖尿病性創傷である。
【0018】
前記βアドレナリン遮断薬、そのプロドラッグ、または、薬学上許容できるその塩は、徐放剤の形式で投与されてもよい。前記哺乳類は、霊長類、イヌ、ネコ、ウシ、羊、豚、ラクダ、ヤギ、ネズミ、またはウマであってよく、好ましくは、前記哺乳類は、ヒトである。
【0019】
前記糖尿病性合併症は、治療効果量のβアドレナリン遮断薬を投与する事によって治療されてもよく、前記βアドレナリン遮断薬が、アセブトロール、アルプレノロール、アモスラロール、アロチノロール、アテノロール、ベフノロール、ベタキソロール、ベバントロール、ビソプロロール、ボピンドロール、ブレチロール、ブクモロール、ブフェトロール、ブフラロール、ブニトロロール、ブプランドロール、ブプラノロール、ブトフィロロール、カラゾロール、カルテオロール、カルベジロール、セリプロロール、セタモロール、シナモロール、クロラノロール、ジレバトール、エントブトロール、エパノロール、エスモロール、フモロール、インデノロール、イスタロール、ラベタロール、レボベタキソロール、レボブノロール、メピンドロール、メチプラノロール、メチプロプラノロール、メトプロロール、モプロロール、ナドロール、ナドキソロール、ネビボロール、ニプラジロール、オプティプラノロール、オクスプレノロール、ペンブトロール、ペルブトロール、ピンドロール、プラクトロール、プロネタロール、プロプラノロール、プロトキロール、ソタロール、スルフィナロール、タリンドール、テルタトロール、チリソロール(tillisolol)、チモロール、トリプロロール、トラジロール、キシベノロール、および薬学的に許容可能な塩または溶媒和を含んでいてもよいが、これには制限されない。前記投与は、毎時間、毎日、毎週または毎月おこなってもよい。毎日の投与は、各1日に1〜6回の投与のいずれを含んでいてもよい。
【0020】
前記βアドレナリン遮断薬は、口腔、静脈内、腹腔内、眼、非経口、局所、皮下、硬膜下、静脈内、筋肉内、髄腔内、腹腔内、大脳内、動脈内、病巣内、限局または肺経由で投与されてもよい。口腔経由で投与した場合、前記βアドレナリン遮断薬量は、好ましくは、約1mg〜1000mgである。眼経由で投与した場合、前記βアドレナリン遮断薬量は、好ましくは、約0.001%〜10.0%の濃度である。局所経由で投与した場合、前記βアドレナリン遮断薬量は、好ましくは、約0.001%〜50.0%の濃度である。
【0021】
本発明は、さらに、糖尿病性創傷の治癒を必要とする患者の糖尿病性創傷を治療する薬学的局所用組成物であって、治療効果量のβアドレナリン遮断薬、そのプロドラッグ、またはその薬学的に許容可能な塩、および薬学的に許容可能な局所用キャリア、賦形剤、またはその希釈剤を含め、クリーム、軟膏、局所用スワブ、エマルション、スプレー、またはローションの形状である組成物を提供する。
【0022】
本発明は、また、糖尿病性創傷の治癒を必要とする患者の糖尿病性創傷を治療する薬学的局所用組成物であって、治療効果量のβアドレナリン遮断薬エスモロール、そのプロドラッグ、またはその薬学的に許容可能な塩、および薬学的に許容可能な局所用キャリア、賦形剤、またはその希釈剤を含み、前記組成物は、クリーム、ゲル、局所用溶液、パッチ、軟膏、局所用スワブ、エマルション、スプレー、またはローションの形状である組成物を提供する。
【0023】
本発明は、また、治療効果量のβアドレナリン遮断薬、そのプロドラッグ、またはその薬学的に許容可能な塩を、それを必要とする患者に対する局所的な投与を含む、糖尿病性創傷の治療方法を提供する。好ましくは、前記βアドレナリン遮断薬は、エスモロールである。糖尿病性合併症の治療で使用される前記エスモロールが、酸化窒素生成の誘導、前記糖尿病性創傷におけるコラーゲン濃度の上昇、前記糖尿病性創傷における新血管形成の強化による酸素供給の増加、糖尿病患者のアルドース還元酵素活性増加の阻害、糖尿病性創傷における神経成長因子、上皮成長因子、血管内皮成長因子、血小板由来成長因子等の成長因子の増進、およびこれらの組み合わせからなる機構を有していてもよい。
【0024】
前記βアドレナリン遮断薬は、クリーム、軟膏、局所用スワブ、エマルション、スプレー、またはローションの形状で局所的に適用されてもよい。前記βアドレナリン遮断薬がエスモロールの場合、前記エスモロールが、クリーム、ゲル、局所用溶液、パッチ、軟膏、局所用スワブ、エマルション、スプレー、またはローションの形状で局所的に適用されてもよい。前記哺乳類は、霊長類、イヌ、ネコ、ウシ、羊、豚、ラクダ、ヤギ、ネズミ、またはウマであってよい。好ましくは、前記哺乳類は、ヒトである。
【0025】
本発明は、さらに、そのような治療が必要な患者への、アルドース還元酵素活性を有する治療効果量のβアドレナリン遮断薬、そのプロドラッグ、またはその薬学的に許容可能な塩の投与を含む、アルドース還元酵素による哺乳類の糖尿病性合併症の治療方法を提供する。好ましくは、前記βアドレナリン遮断薬は、エスモロール、チモロールまたはプロプラノロール(propanolol)である。前記治療効果量のβアドレナリン遮断薬、そのプロドラッグ、またはその薬学的に許容可能な塩は、薬学的に許容可能なキャリア、賦形剤、またはその希釈剤によって供給されてもよい。
【0026】
好ましくは、前記アルドース還元酵素による哺乳類の糖尿病性合併症は、糖尿病性神経障害、糖尿病性ネフロパシー、糖尿病性心筋症、糖尿病性網膜症、糖尿病性白内障、糖尿病性膀胱機能障害、糖尿病性角膜症、糖尿病性皮膚障害、糖尿病性細小血管症、心筋梗塞、黄斑浮腫、神経伝導障害および糖尿病性創傷からなる群から選択される。
【0027】
[発明の詳細な説明]
この詳細な描写にしたがって、次の省略形および定義を適用する。本願書で用いられる場合、文脈によって明確にそうでないことが示されない限り、単数形は、複数の対象も含む。したがって、例えば、「濃度」への言及は、1以上の濃度および当業者に既知の濃度相当物への言及を含む。
【0028】
本願書で述べている刊行物は、本出願の出願日より前の開示に関してのみ提供されている。先行発明により、本発明が、それらの刊行物に先行する資格が無いことの承認として、本願書で作成されたものは無い。さらに、提供された発行日は、実際の発行日と異なる可能性があるので、独立に確認しておく必要がある場合がある。
【0029】
本願書で用いる「検体」または「患者」という用語は、哺乳類を含む意味である。前記哺乳類は、イヌ、ネコ、霊長類、ウシ、羊、豚、ラクダ、ヤギ、ネズミ、またはウマであってよい。好ましくは、前記哺乳類は、ヒトである。
【0030】
本願書で用いる「有効性」という用語は、特定の治療形態の効能を指す。糖尿病性合併症および創傷の治療における有効性の評価方法は、治療および診断を行う医学専従者にとって既知のものである。
【0031】
「薬学的に許容可能なキャリア」および「薬学的に許容可能な添加剤」という表現は、単にキャリアとして働くことを意図された製剤の一部を形成するのに用いられる任意の化合物を意味することが意図される。前記薬学的に許容可能なキャリアまたは添加剤は、一般的に、安全で、無毒性であり、生物学的にも非生物学的にも望ましくないものではない。本願において用いられる薬学的に許容可能なキャリアまたは添加剤は、1以上のそのようなキャリアまたは添加剤を含む。
【0032】
「治療すること」および「治療」という用語等は、本願書において、一般的に望ましい薬学上および生理学的効果を得ることを意味するために用いられる。より具体的には、糖尿病性合併症および/または糖尿病性創傷を患う検体を治療するために用いられる、本願書において記載された薬剤。前記糖尿病性合併症は、アルドース還元酵素によって媒介されてもよいし、または、促進したアルドース還元酵素活性の阻害、酸化窒素生成の誘導、前記糖尿病性創傷におけるコラーゲン濃度の上昇、前記糖尿病性創傷における新血管形成の強化による血流の増加、前記糖尿病性創傷における新血管形成の強化による酸素供給の増加、糖尿病患者のアルドース還元酵素活性増加の阻害、糖尿病性創傷における神経成長因子、上皮成長因子、血管内皮成長因子、血小板由来成長因子等の成長因子の増進のような他の作用機構によって媒介されてもよい。本願書で用いる「治療」という用語は、哺乳類、特にヒトにおける疾患の任意の治療を含む。
【0033】
「治療効果量」により、本願書で開示された、哺乳類投与時に糖尿病性合併症または糖尿病性創傷に対して充分に有効である、薬物、薬剤、化合物、組成物またはそのような材料の組合せの量が意味される。
【0034】
アメリカ合衆国には少なくとも1700万人の糖尿病患者がおり、およそ100万の新規事例が毎年診断されている。糖尿病人口の大多数は、糖尿病性神経障害、糖尿病性ネフロパシー、糖尿病性心筋症、糖尿病性網膜症、糖尿病性白内障、糖尿病性膀胱機能障害、糖尿病性角膜症、糖尿病性皮膚障害、糖尿病性細小血管症、心筋梗塞、黄斑浮腫、神経伝導障害および糖尿病性創傷を含む重篤な糖尿病性合併症と診断されている。現在のところ、糖尿病性合併症を患う患者にとって、治療の選択肢は限定されている。本発明の主題をなすのは、糖尿病性合併症に対する効果的な治療への、この緊急の必要性である。
【0035】
糖尿病性創傷患者は、創傷での炎症の減少、創傷での反復性感染、皮膚での血流の減少、創傷でのコラーゲン沈着の減少、および、瘢痕の成熟を示すことがしばしばある。血小板由来成長因子(PDGF)の欠損は、慢性的糖尿病性潰瘍に関与し、治癒障害に関与する(H D Beer, M T Longaker, S Werner, J Invest Dermatol 109, 132 (1997))。レグラネクスRTMを使用した臨床試験によって、評価の対象となった患者の半数以下しか、慢性的足部潰瘍治癒の向上において有効性を示さなかった(D L Steed, J Vase Surg, 21, 71 (1995))。
【0036】
糖尿病性創傷治癒障害に関与する経路に関する調査により、弱い治癒反応の原因であるいくつかの因子が明らかになった。主要および非主要血管におけるアテローム性動脈硬化症は、創傷への酸素および栄養の配送を妨げる。神経障害は、防衛的知覚および局所外傷(局所外傷の防衛的知覚)の欠損の原因となる。最後に、防衛的免疫反応障害が、細胞による破片のファゴサイトーシスを阻害し、感染を促進する。高血糖症自体が、糖化最終産物(AGE’S)の形成の原因である。糖化最終産物は、細胞膜および細胞外マトリックスタンパク質に結合し、それらの機能を失わせる。糖尿病性創傷体液中で、マトリックスメタロプロテアーゼおよびスーパーオキシドの量が増加しているにも関わらず、血小板由来成長因子、形質転換成長因子βおよび血管内皮成長因子のような成長因子は全て、糖尿病性創傷には存在しないことが分かっている。
【0037】
血中グルコース量の慢性的上昇は、結果として、白血球の機能低下および細胞の栄養障害を招き、創傷での感染が高頻度となり、糖尿病患者における付帯した治癒の問題に関与する。糖尿病性足部潰瘍もまた、他の多様な因子の結果として起こる。これらの因子には、足の骨構造の機械的変化、末梢神経障害、末梢のアテローム性動脈硬化症血管による疾患が含まれ、これら全てが、糖尿病人口において、高い頻度および強度で起こる。非酵素的糖化によって、靱帯はあらかじめ剛性を獲得する。神経障害によって、防衛的感覚が失われ、足および脚の筋肉群の協調が失われる。これらのうちどちらが失われても、移動時の機械的ストレスが増加する。糖尿病は、結合組織代謝における多様な変化を伴うことでも知られるが、これは、糖尿病患者が創傷治癒の弱さという問題に直面していることの結果である。糖尿病に関連したコラーゲンの欠失は、新たに合成されるコラーゲンの合成量減少もしくは代謝の促進、またはその両方が原因である可能性がある。これらの量的および質的な異常は、糖尿病患者で観察される創傷治癒障害に関与する。
【0038】
上述した他の経路の中でも、ポリオール経路は、高濃度のグルコースによって誘導される多様な器官損傷(糖尿病性足部潰瘍を含む)の機構として関与が示されている。病因に関する研究の結果、高血糖症は、ソルビトールの蓄積およびタンパク質糖化によって糖尿病関連合併症を誘導することが示唆された。ポリオール経路は、2つのステップからなる。第1のステップは、グルコースのソルビトールへの変換であり、第2のステップは、ソルビトールのフルクトースへの変換である。キーとなる酵素は、グルコースをソルビトールに変換するアルドース還元酵素である。この酵素は多くの組織で見られる。
【0039】
現存するアルドース還元酵素阻害剤には、トルレスタット、ゾポルレスタット、フィダレスタットおよびエパルレスタットのような分子が含まれる。本発明は、エスモロール、プロプラノロールおよびチモロールのような特定のβアドレナリン遮断薬のアルドース還元酵素阻害活性の最初の証拠を提供する。本発明によって発見された、特定のβアドレナリン遮断薬のアルドース還元酵素阻害活性により、それらの薬剤が、糖尿病性合併症のようなアルドース還元酵素の媒介する疾患の治療のための薬剤として位置づけられる。アルドース還元酵素活性が増加した結果、ソルビトールの蓄積が促進され、重篤な糖尿病性合併症へとつながる。本発明は、βアドレナリン遮断薬のアルドース還元酵素阻害活性の発見、および、糖尿病性創傷治癒のような糖尿病性合併症の治療へのそれらの薬剤の使用を提供する。
【0040】
細胞内へのソルビトールの蓄積は、皮膚の細小血管障害につながる多様な器官損傷の原因となる。糖尿病が細小血管障害の原因となっている可能性のある多数の機構が存在する。これらの中には、ソルビトールの過剰形成、糖化最終産物の増加、酸化による損傷、および、プロテインキナーゼCの過剰活性が含まれる。これらの工程全てが皮膚で起こること、および、皮膚での糖尿病性細小血管障害が存在することは、充分に証明されている。これらの微小血管の変化は、皮膚での血流の異常と関連している。皮膚は温度調節機能を有するために、正常な皮膚では毛細血管が相当過剰に存在する。糖尿病患者においては、毛細血管の消失が、血流の備えの減少と関連している。前記の糖尿病関連微小血管血流障害により皮膚における代謝の要請に応えられないことで、結果として、糖尿病の患者において、例えば糖尿病性創傷のような多様な皮膚損傷が起こる可能性がある。
【0041】
神経障害は、ポリオール経路の活性化が原因となっている、もう一つのよく起こる糖尿病性合併症である。足の裏、内側および側面に糖尿病性足部潰瘍を有する患者は、ほとんど全員が、臨床的に有意な末梢神経障害を起こすものである。結果的に起こる神経の損傷が、末梢神経障害であることが明らかになり、これにより、その患者は、糖尿病性潰瘍が発達する状況に置かれることになる。糖尿病性神経障害の病理には、酸化ストレス、糖化最終産物、ポリオール経路の流れ、および、プロテインキナーゼC活性化が関与するが、これら全てが、糖尿病性創傷に見られる微小血管の疾患および神経の機能障害に関与する。
【0042】
浸透圧および酸化ストレスの増加は、ポリオール経路が細胞および組織の損傷に関与する他の機構として提案されている。したがって、アルドース還元酵素阻害剤は、皮膚の血流を改善し、神経再生を誘導し、酸化ストレスを減少させ、その結果糖尿病性創傷治癒を改善させる。
【0043】
本発明の方法および組成物は、制御された条件下において患者から採取した標本における酸化窒素(NO)の合成の測定に基づき、創傷治癒能力の低い糖尿病患者を発見、治療、観察するために設計された。本発明は、糖尿病患者が、連続した範囲のNO合成能力を示すこと、および、その範囲の低いほうの端に位置する糖尿病患者は、創傷治癒障害を有することに注目したものである。
【0044】
創傷での炎症、組織修復および微小血管ホメオスタシスにおける酸化窒素の役割に関する最近の研究によって、NOは、創傷治癒の第1の制御因子であることが明らかになった(D Bruch-Gerharz, T Ruzicka, V Kolb-Bachofen. J Invest Dermatol. 110, 1 (1998); M R Schaffer et al., Surgery 121, 513 (1997))。全ての糖尿病患者において、内皮由来のNOが、全身で欠損していることが観察されており(A Veves et al., Diabetes, 47, 457 (1998); M Huszka et al., Thrombosis Res, 86(2), 173 (1997); S B Williams, J A Cusco, M A Roddy, M T Hohnston, M A Creager, J. Am. CoI. Cardiol., 27(3), 567 (1996))、NOは、慢性的かつ非治癒性の下肢潰瘍(LEU)の病理において根本的な役割を果たしていることが示唆された。その結果、糖尿病患者において、創傷治癒能力とNO生成とを一致させる必要がある。そのような一致により、NO生成に基づいて糖尿病患者の創傷治癒能力を予測する方法の開発が可能になると思われ、また、適切な治療を選択するための基盤となる、便利な臨床上の指標を提供すると思われる。
【0045】
NOは、小さく、疎水性で、気体のフリーラジカルであり、血管拡張、神経伝達および腸ぜん動運動のような自律機能の重要な生理的メディエーターである。NOは、そのターゲット分子である、環状グアノシン一リン酸(cGMP)の細胞内濃度を上昇させるグアニリルシクラーゼを活性化することによって、細胞シグナリングを提供する(J S Beckman, in Nitric Oxide, J. Lancaster, Jr., Ed. (Academic Press, N. Y.)第1章)。細胞シグナリングは、チャネルまたは細胞膜受容体の媒介無くおこなわれ、細胞環境におけるNO濃度に依存する。NOは、生物的組織において約5秒間の半減期を有する。NOは、酸化窒素合成酵素(NOS)の3つのアイソフォームから生成する。NOSは、L−アルギニンおよび酸素分子を代謝して、シトルリンおよびNOにする。3つのアイソフォームのうち2つは、恒常的酵素システム(cNOS)であり、神経細胞で記述されるもの(nNOS)、および、内皮細胞で記述されるもの(eNOS)がある(D Bruch-Gerharz, T Ruzicka, V Kolb- Bachofen. J Invest Dermatol. 110, 1 (1998))。これらのアイソフォームに関しては、細胞内カルシウム量が増加することにより、カルモジュリンを介して前記酵素の活性化が起こる。カルシウム依存的なcNOSシステムは、低濃度(ピコモル濃度)のNOを生成する。第3のシステムは、カルシウム非依存的な誘導性アイソフォーム(iNOS)である。iNOSの発現は、炎症性サイトカインまたは細菌のリポ多糖(LPS)のような組織特異的刺激によって誘導される。誘導性アイソフォームは、cNOSよりもはるかに高い濃度(ナノモル濃度)のNOを放出し、強い細胞傷害活性を有する。
【0046】
前記cNOS酵素は、皮膚のホメオスタシスの制御および維持に関与する(S Moncada, A Higgs, N Eng J Med 329, 2002 (1993))。前記iNOS酵素は、一定の皮膚の疾患にも関与する炎症反応および免疫反応と主に関連するように思われる。ヒトの皮膚のケラチン生成細胞、線維芽細胞および内皮細胞は、cNOSおよびiNOSアイソフォームの両方を有する。創傷でのマクロファージおよびケラチン生成細胞は、iNOSアイソフォームを有する。創傷治癒研究において、NO合成は、創傷後延長された期間(10〜14日)起こり、マクロファージが主要な細胞源であることが示されてきた (M R Schaffer, U Tantry, R A vanWesep, A Barbul. J Surg Res, 71, 25 (1997))。組織修復のメディエーターとして、NOは、血管新生(A Papapetropoulos, G Garcia-Cardena, J A A Madri, W C Sissa. J Clin Invest, 100(12), 3131 (1997))、細胞移動を促進し(Noiri et al., Am. J. Physiol. 279:C794 (1996))、創傷でのコラーゲン蓄積およびクロスリンクを増加させ(M R Schaffer, U Tantry, S S Gross, H L Wasserburg, A Barbul. J Surg Res, 63, 237 (1996))、微小血管ホメオスタシスを制御し(血管拡張)(D Bruch-Gerharz, T Ruzicka, V Kolb-Bachofen. J Invest Dermatol. 110, 1 (1998))、血小板の凝集を阻害し(J S Beckman, in Nitric Oxide, J. Lancaster, Jr., Ed. (Academic Press, N.Y.)、第1章)、内皮細胞−白血球間の接着形成を阻害し(A M Lefer, D J Lefer, Cardiovascular Res. 32, 743 (1996))、内皮細胞の増殖およびアポトーシスを修飾し(Y H Shen, X L Wang, D E Wilcken, FEBS Lett, 433(1-2), 125 (1998))、乱軸型皮弁の生存能を増加させ(SC Um et al., Plast Reconstr Surg. 101 785 (1998); G F Pierce et al., Proc Natl Acad Sci USA. 86, 2229 (1989))、細胞の免疫修飾および細菌毒性を促進する(J S Beckman, in Nitric Oxide, J. Lancaster, Jr., Ed. (Academic Press, N.Y.)、第1章)ことが証明されている。
【0047】
糖尿病患者においては、正常な創傷修復は、有意に損なわれている可能性がある。一般的に、創傷治癒工程の間、NOは、組織の酸素利用の促進、修復機構の炎症による媒介、ならびに、創傷マトリックスの発展および再編成を提供する。NOの主要な代謝経路は、硝酸塩および亜硝酸塩であるが、これらは組織、血漿および尿中で安定した代謝産物である(S Moncada, A Higgs, N Eng J Med 329, 2002 (1993))。ヒトにおいてトレーサーを用いた研究により、全身の硝酸塩/亜硝酸塩の50%が、場合によっては、NO合成の基質であるL−アルギニンに由来するということが証明された(P M Rhodes, A M Leone, P L Francis, A D Struthers, S Moncada, Biomed Biophys Res. Commun. 209, 590 (1995); L Castillo et al., Proc Natl Acad Sci USA 90, 193 (1993))。硝酸塩および亜硝酸塩は、生物学的に活性を有するNOの測定基準ではないが、適切な断食期間後に、選択肢として制限食(低硝酸塩/低アルギニン)の投与後に、検体から得た血漿および尿サンプルを取得し、硝酸塩および亜硝酸塩の使用が、NO活性の指標となるようにした(C Baylis, P Vallance, Curr Opin Nephrol Hypertens 7, 59 (1998))。
【0048】
本発明は、糖尿病検体が、創傷治癒性の糖尿病であるか、創傷非治癒性の糖尿病であるかを決定する方法を提供する。「創傷治癒性の糖尿病」とは、創傷治癒能力が、非糖尿病検体のそれとおよそ同等である糖尿病検体を指す。「創傷非治癒性の糖尿病」とは、創傷治癒能力が、非糖尿病検体のそれよりも減少しており、結果として下肢潰瘍(LEU)のリスクを有する糖尿病検体を指す。例えば、ある臨床研究において、創傷非治癒性の糖尿病とは、1以上の糖尿病性足部潰瘍の病歴を有し、20週のレグラネクスRTM治療後も治癒が不完全である患者であるとされていた。糖尿病状態にあるヒトまたは動物は、血漿グルコース濃度の制御障害を有するヒトまたは動物であるが、これは通常、インスリン生成が不充分であること、または、インスリンの生理的効果に抵抗性を有することの結果である。例えば、前記検体は、医師によってI型またはII型糖尿病であると診断されるヒト患者であってよい。
【0049】
本発明によれば、検体は、真性糖尿病のような糖尿病状態を有する任意のヒトまたは動物であってよい。前記動物は哺乳類であってよい。前記哺乳類は、イヌ、ネコ、霊長類、ウシ、羊、豚、ラクダ、ヤギ、ネズミ、またはウマであってよい。好ましくは、前記哺乳類は、ヒトである。
【0050】
投与方法
本発明の一つの側面は、糖尿病性合併症を含め、任意の形態の糖尿病から生じる状態の治療における、βアドレナリン遮断薬、そのプロドラッグ、またはその薬学的に許容可能な塩の使用を意図するものである。
【0051】
前記βアドレナリン遮断薬が、アセブトロール、アルプレノロール、アモスラロール、アロチノロール、アテノロール、ベフノロール、ベタキソロール、ベバントロール、ビソプロロール、ボピンドロール、ブレチロール、ブクモロール、ブフェトロール、ブフラロール、ブニトロロール、ブプランドロール、ブプラノロール、ブトフィロロール、カラゾロール、カルテオロール、カルベジロール、セリプロロール、セタモロール、シナモロール、クロラノロール、デカノイル、ドデカノイル、ジレバトール、エントブトロール、エパノロール、エスモロール、フモロール、インデノロール、イスタロール、ラベタロール、レボベタキソロール、レボブノロール、メピンドロール、メチプラノロール、メチプロプラノロール、メトプロロール、モプロロール、ミリストイル、ナドロール、ナドキソロール、ネビボロール、ニプラジロール、オクタノイル、オプティプラノロール、オクスプレノロール、パルミトイル(米国特許第4897417号)、ペンブトロール、ペルブトロール、ピンドロール、プラクトロール、プロネタロール、プロプラノロール、プロトキロール、ソタロール、スタノゾロール、スルフィナロール、タリンドール、テルタトロール、チリソロール(tillisolol)、チモロール、トリプロロール、トラジロール、キシベノロール、アドレナリン遮断薬、そのプロドラッグ、またはその薬学的に許容可能な塩を含んでいてもよいが、これには制限されない。そのプロドラッグとは、体内の代謝によって前記アドレナリン遮断薬を送達可能な、前記アドレナリン遮断薬の全ての誘導体を含む。例えば、代謝によってエスモロールを送達可能なエスモロール誘導体の全てが、エスモロールの潜在的プロドラッグである。
【0052】
エスモロールは、酸化窒素生成の誘導、糖尿病性創傷におけるコラーゲン量増加、糖尿病性創傷における新血管形成の強化による血流の増加、糖尿病性創傷における新血管形成の強化による酸素供給の増加を含むが、それに制限されない多様な機構による糖尿病性創傷のような糖尿病性合併症を治療し、糖尿病患者において増大したアルドース還元酵素活性を阻害し、糖尿病性創傷における神経成長因子、上皮成長因子、血管内皮成長因子、血小板由来成長因子等の成長因子の増進、およびこれらの組み合わせを行うことが発見されている。
【0053】
本発明の前記βアドレナリン遮断薬は、アルドース還元酵素を介した活性を有していてもよい。アルドース還元酵素を介した活性を有する前記βアドレナリン遮断薬は、エスモロール、チモロールまたはプロプラノロール(propanolol)を含んでよいが、これらには制限されない。アルドース還元酵素を介した活性を有するβアドレナリン遮断薬は、糖尿病性合併症の治療において特に有用である。例えば、エスモロールは、糖尿病性創傷治癒の治療のための好ましいβアドレナリン遮断薬である。しかし、全てのβアドレナリン遮断薬は、任意の意図された糖尿病性合併症の治療において有用である可能性がある。
【0054】
創傷治癒を意図された前記βアドレナリン遮断薬、そのプロドラッグおよび塩は、好ましくは、検体にとって生理的に許容できるキャリアにより局所的に投与される。しかし、糖尿病性創傷以外の糖尿病性合併症の治療のためには、前記βアドレナリン遮断薬、そのプロドラッグ、またはその薬学的に許容可能な塩は、口腔投与、眼投与、ならびに、局所・皮下(s.c.)・硬膜下・静脈(i.v.)・筋肉内(i.m.)・髄腔内・腹腔内(i.p.)・大脳内・動脈内・病巣内投与経路、限局投与(例えば、外科的適用または外科的坐薬)および肺投与(例えば、エアロゾル、吸入またはパウダー)および下記にさらに記述する投与を含む非経口投与を含む多様な方法で投与されてもよいが、これらには制限されない。
【0055】
βアドレナリン受容体アンタゴニストを有する化合物を含む薬学的組成物の適正量は、特定の位置、被治療者および治療される糖尿病性合併症と同様に、製剤処方、適用の形式によっても変わる。年齢、体重、性別、食事、投与時間、排泄量、被治療者の状態、薬剤の組合せ、反応感受性および疾患の重篤度を含む他の因子も、治療専従者または当業者によって容易に考慮されることができる。
【0056】
投与は、最大耐量の範囲内で、連続的におこなってもよいし、定期的におこなってもよい。前記投与は、必要に応じ、例えば、毎時間、2時間に一度、3時間に一度、6時間に一度、12時間に一度、毎日、毎週、2週間に一度、3週間に一度または毎月行われてもよい。
【0057】
局所投与経路は、非治癒性糖尿病性創傷のような糖尿病性合併症の治療の好ましい経路である。局所投与の適正な組成物は、クリーム、ローション、石けん、シャンプー、エアロゾル、香油、ゲル、漿液、ムース、パッチ、噴霧器、ローラー、局所用溶液、スティック、ウェットティッシュ、フットケア製品、軟膏、ワイプ、エマルション、化粧品、局所用スワブおよびそれらの任意の組合せを含んでいてもよい。
【0058】
したがって、本発明は、βアドレナリン遮断薬、そのプロドラッグ、またはその薬学的に許容可能な塩、および、薬学的に許容可能なキャリア、賦形剤、またはその希釈剤を含む、局所的投与、糖尿病性創傷治癒の治療のための薬学的組成物を提供する。前記局所用組成物は、好ましくは、クリーム、軟膏、局所用スワブ、エマルション、スプレーまたはローションの形態である。前記組成物は、徐放剤の形式で提供されてもよい。
【0059】
糖尿病性創傷治癒の治療において、エスモロールは有用であることが分かっている。したがって、本発明は、エスモロール、そのプロドラッグ、またはその薬学的に許容可能な塩、および、薬学的に許容可能なキャリア、賦形剤、またはその希釈剤を含む、局所的投与、糖尿病性創傷治癒の治療のための薬学的組成物を提供する。エスモロールを含む前記局所用組成物は、好ましくは、ゲル、パッチ、局所用溶液、クリーム、軟膏、局所用スワブ、エマルション、スプレーまたはローションの形式である。前記組成物は、徐放剤の形式で提供されてもよい。
【0060】
導入の方式に依存して、前記βアドレナリン遮断薬、そのプロドラッグ、またはその薬学的に許容可能な塩は、多様な方法で処方されてもよい。局所投与のための処方中の治療有効成分の濃度は、約0.001%〜50.0%の濃度範囲内で変化してもよい。好ましくは、局所投与のための処方中の前記治療有効成分の濃度は、約0.01%〜40.0%の濃度範囲内で変化してもよい。より好ましくは、局所投与のための処方中の治療有効成分の濃度は、約0.001%〜20.0%の濃度範囲内で変化してもよい。
【0061】
高眼圧(IOP)の治療のための、眼用溶液(点眼液)および眼用ゲルの形式でのβ遮断薬の現存する局所的製剤に関する文献が存在する。心臓状態の治療のためのβ遮断薬の経皮的パッチもまた準備されている(国際公開番号WO/2000/035439、米国特許第5362757号)。しかし、皮膚または真皮への局所的に適用するためのβアドレナリン遮断薬の処方に関する現存する文献は存在しない。本発明は、局所的な適用として、エスモロールのようなβアドレナリン遮断薬の処方を提供する。
【0062】
糖尿病性創傷のような糖尿病性合併症を治療する際には、有効成分としてエスモロール塩酸塩を含む組成物は、エスモロール塩酸塩濃度が約0.001%〜50.0%である局所用製剤によって、必要に応じて、検体に有利に投与されてもよい。
【0063】
好ましくは、前記βアドレナリン遮断薬、そのプロドラッグ、またはその薬学的に許容可能な塩は、適正な不活性なキャリアによる局所的投与のために処方される。例えば、前記キャリア溶液中の、βアドレナリン遮断薬、そのプロドラッグ、またはその薬学的に許容可能な塩の濃度は、典型的には約0.1〜約50.0%である。前記投与濃度は、投与経路によって決定される。
【0064】
口腔投与のための処方における治療有効成分の濃度は、約1mg〜1000mgの濃度範囲内で変化してよい。眼投与のための処方における治療有効成分の濃度は、約0.001%〜10.0%の濃度範囲内で変化してよい。
【0065】
非経口投与に関しては、本発明のβアドレナリン遮断薬、そのプロドラッグ、またはその薬学的に許容可能な塩は、界面活性剤が追加または未追加の水および油のような無菌性の液体であってよい、薬学上のキャリアを有する生理学的に許容可能な希釈剤中の、注入可能な濃度の物質の溶液または分散液として投与できる。他の許容できる希釈剤には、動物、植物または合成物由来の油、例えば、ピーナツ油、大豆油およびミネラルオイルが含まれる。一般的に、プロピレングリコールまたはポリエチレングリコール(PEG)のようなグリコールは、好ましくは、液体のキャリアであり、注入可能な溶液に特に用いられる。本発明の、前記βアドレナリン遮断薬、そのプロドラッグ、またはその薬学的に許容可能な塩は、有効成分の制御的放出または徐放的放出を可能にするような方式で処方することができる蓄積注射または移植片調製の形式で投与できる。
【0066】
本発明の一つの側面に従うと、βアドレナリン遮断薬、そのプロドラッグ、またはその薬学的に許容可能な塩は、任意の形式の糖尿病から生じる糖尿病性合併症のような状態を治療および/または改善するために、単独で投与されてもよいし、上述した他の試薬と共に投与されてもよい。これらの試薬は、患者を治療する際に、使用する医薬の調製にも使用できる。糖尿病に関連した状態の治療のために、治療用試薬を投与するのは、前記βアドレナリン遮断薬、そのプロドラッグ、またはその薬学的に許容可能な塩の投与の前でも、それと同時でも、その後でもよい。βアドレナリン遮断薬、そのプロドラッグ、またはその薬学的に許容可能な塩を検体に投与するのは、他の糖尿病治療法の前でも、それと同時でも、その後でもよい。βアドレナリン遮断薬、そのプロドラッグ、またはその薬学的に許容可能な塩を検体に投与するのは、創傷の重篤度および熟練した医術提供者には周知の他の因子に基づき、必要に応じて毎時間、毎日、毎週または毎月であってもよい。好ましくは、前記βアドレナリン遮断薬、そのプロドラッグ、またはその薬学的に許容可能な塩は、1週間以上、毎週投与される。好ましい治療計画は、糖尿病性創傷の場所および重篤度と同様に、患者のプロフィールに応じて変化する好ましい処方を、連続的または断続的に局所的な適用を行うことである。
【0067】
βアドレナリン遮断薬、そのプロドラッグ、またはその薬学的に許容可能な塩を含む薬学的組成物は、薬学上許容できる、無毒性キャリアまたは希釈剤をも含んでいてもよい。これらの無毒性キャリアまたは希釈剤は、薬学的組成物を動物またはヒトへの投与のための処方に一般的に使用される賦形剤である。前記処方は、可溶化剤、等張剤、分散剤、乳化剤、安定化剤および保存剤のような従来の添加物をも含んでいてもよい。
【0068】
前記組成物は、徐放のために処方されてもよい。本発明の前記βアドレナリン遮断薬、そのプロドラッグ、またはその薬学的に許容可能な塩を含む薬学的組成物は、例えば、有効成分の徐放を可能にする方式で処方することのできる蓄積注射、移植片調製または浸透圧ポンプのように、除法剤の形式で投与されてもよい。徐放処方のための移植片は、当該技術において周知である。移植片は、生体分解性または生体非分解性の重合体を用いて、ミクロスフェア、スラブ等として処方される。例えば、乳酸および/またはグリコール酸の重合体は、被治療者が優に耐えうる、浸食可能な重合体を形成する。
【0069】
本発明はさらに、アルドース還元酵素の媒介する活性を有する、治療効果量のβアドレナリン遮断薬、そのプロドラッグ、またはその薬学的に許容可能な塩の投与を含む、アルドース還元酵素によって媒介される糖尿病性合併症を治療する方法を提供する。好ましくは、前記βアドレナリン遮断薬は、エスモロール、チモロールまたはプロプラノロール(propanolol)である。前記アルドース還元酵素の媒介する糖尿病性合併症は、糖尿病性神経障害、糖尿病性ネフロパシー、糖尿病性心筋症、糖尿病性網膜症、糖尿病性白内障、糖尿病性膀胱機能障害、糖尿病性角膜症、糖尿病性皮膚障害、糖尿病性細小血管症、心筋梗塞、黄斑浮腫、神経伝導障害および糖尿病性創傷を含んでいてもよいが、これらには制限されない。
【実施例】
【0070】
[実施例1]アルドース還元酵素(AR)阻害実験
酵素阻害実験のために、(大腸菌に発現させ)精製したヒト組み換えアルドース還元酵素を、グリセルアルデヒドを基質として用いた、βアドレナリンアンタゴニストのアルドース還元酵素(AR)の分光光度分析法による阻害活性試験に用いた。
【0071】
(材料)
DL−グリセルアルデヒド、グルコース、硫酸リチウム、2−メルカプトエタノール、NADPH、ジメチルスルホキシド、TC−199培地(M−3769)、ソルビトール、ソルビトール脱水素酵素、NAD、グルタチオン還元酵素は、シグマ化学薬品会社(セントルイス、MO)から購入した。実験で用いた、チモロール、エスモロール、ソタロール、ネビボロール、カルベジロール、メトプロロールおよびラベタロールを含むβアドレナリンアンタゴニストは、地方の商業的供給業者から、精製医薬原体(APIs)として得た。実験で用いたβアンタゴニスト塩は、マレイン酸チモロール、塩酸ソタロール、塩酸ラベタロール、酒石酸メトプロロール、塩酸ネビボロール、塩酸エスモロールおよび塩酸プロプラノロールである。
【0072】
(ラット水晶体アルドース還元酵素)
未精製アルドース還元酵素(AR)は、ラット水晶体から調製した。眼球は、インド、ハイデラーバードの国立栄養研究所の国立実験動物サービスセンターから得た、9週齢のWNIN雄ラットから摘出した。動物の世話およびプロトコールは、研究所動物倫理委員会に従い、かつ、認可を得た。水晶体は、後方進入術式により切り取り、10倍量の100mmol/L リン酸カリウム緩衝液(pH6.2)中でホモゲナイズした。前記ホモジネートは、15,000×g、30分間、4℃で遠心し、結果生じる上清をAR源として用いた。
【0073】
(ヒト組み換えアルドース還元酵素の精製)
ヒト組み換えアルドース還元酵素は、細菌培養液から精製した。発現培養液中の酵素は、最終精製工程としてAfTiGeI Blue(Bio−Rad社製)によるアフィニティクロマトグラフィーを用いた以外には、以前に記述したように抽出し、精製した(J Biol Chem 1992;267:24833-40)。
【0074】
(アルドース還元酵素(AR)アッセイ)
AR活性は、HaymanおよびKinoshitaによって記述された方法(J Biol Chem 1965;240:877-82)に従ってアッセイした。1mLの前記アッセイ混合液は、50μmol/L リン酸カリウム緩衝液(pH6.2)、0.4mmol/L 硫酸リチウム、5μmol/L 2−メルカプトエタノール、10μmol/L DL−グリセルアルデヒド、0.1μmol/L NADPHおよび酵素調製物(ラット水晶体または組み換え酵素)である。補正のために適正なブランクを用いた。前記アッセイ混合物を、37℃でインキュベートし、37℃でNADPHを添加することによりアッセイを開始した。NADPH酸化による340nmでの吸光度変化は、Cary Bio100分光光度計で測定した。
【0075】
(阻害実験)
阻害実験のために、βアドレナリンアンタゴニストであるチモロール、エスモロール、ソタロール、ネビボロール、カルベジロール、メトプロロールおよびラベタロールの高濃度ストックを、水で調製した。試験化合物として、種々の濃度のβアドレナリンアンタゴニストをアッセイ混合物に添加し、前述したようなNADPHによる反応を開始する前に5〜10分間インキュベートした。試験化合物による阻害パーセントは、阻害剤非存在下でのAR活性を100%と考えて算出した。そして、50%阻害を起こす各試験サンプルの濃度(IC50)を評価した。
【0076】
【表1】

【0077】
[実施例2]赤血球中のソルビトール量評価
アルドース還元酵素の効果的阻害を示す化合物(エスモロール、チモロール、プロプラノロール)の、赤血球(RBC)中のソルビトール形成を阻害する能力を試験した。前記細胞は、30mmol/Lグルコースとin vitroでインキュベートした。ソルビトールは、Maloneら(Diabetes;1980;29:861-864)によって報告された方法で評価した。
【0078】
【表2】

【0079】
[実施例3]動物実験:糖尿病性創傷治癒
ウィスター系ラットを、不断給餌(Harland Teklad社(Harlan Teklad社)の照射済みネズミ餌)およびオートクレーブ済みの水を有する、標準的なオートクレーブ済みネズミ用ケージ中で維持した。前記ラットは、華氏72℃、湿度60%および12時間光周期で、静的マイクロアイソレータ中の小紙片(Harlan Teklad社製)上で飼った。前記動物は、環境に慣れさせるため、納入業者から到着後10日間施設で維持した。5日間連続で50mg/体重kgのストレプトゾシンを腹腔内注射することによって糖尿病を誘導した。ラットに傷をつけるのには、前記動物の背面の皮膚に、ゆがんだひっかき器(制御可能なひっかき器)を用いて、深さ0.57〜0.62mmで長さ2mmの切り込みを入れた。前記領域は、前記ひっかき器を用いる前に、剃毛し、通常のルゴールヨード液で消毒した。
【0080】
化合物の投与および創傷の取り扱い:
薬剤を直接創傷上に塗布することによって、塩酸エスモロール(10%)を毎日3回投与するか、標準的な治療コントロールをおこなった。用いたポジティブコントロールは、市販されている血小板由来成長因子であった。前記治療は、治療を受けたマウスの創傷が完全に治癒するまで続けた。
【0081】
前記創傷は、通常の生理食塩水で洗い流し、前記洗浄液を回収して2500rpmで5分間遠心した。前記上清を廃棄し、前記沈殿物を染色し、高倍率顕微鏡下で異常細胞の存在を観察した。さらに、前記沈殿物を1mlのRPMI450に希釈し、血球計を用いてマクロファージ数を決定した。
【0082】
動物実験の結果
大まかに言えば、図1から、溶媒で処置したラットにおいて、元々の創傷の大部分には創傷後のかさぶた(27日)がまだあったように見える。一方、治療した動物の皮膚は完全に治癒したように見える(図1B参照)。組織学的レベルでは、治療したラットの皮膚には、溶媒で処置したラットにおいて見られるよりも、はるかに濃い仮マトリックスがあったように見える。治療した皮膚にはより多くの紡錘細胞が存在した。図1Cおよび1Dにおける組織は、ヘマトキシリン−エオシンで染色した(330倍)。
【0083】
塩酸エスモロールでの治療後の創傷組織図を図2に示す。前記創傷床は、コラーゲンの薄層で覆われた脂肪組織を示した。溶媒で処置した創傷には、肉芽組織または上皮は観察されなかった。一方、塩酸エスモロールで治療した創傷には、肉芽組織の厚い層ならびに上部脂肪組織への好中球および微小血管の浸潤が見られた。最初の14日の後に、7日ごとに個々のラットを犠牲にすることによって、進行的な組織学的報告を作り出した。創傷サンプルを回収し、ケラチン症および創傷治癒についての組織病理学的評価をおこなった。創傷が閉じると、前記動物は無傷のままにしておいた。
【0084】
図3に示すように、STZによる糖尿病誘導、および、溶媒または塩酸エスモロールでの局所治療後8週間、組織切片を調製、調査した。溶媒で処置した糖尿病の皮膚の性質には、より薄い上皮、真皮マトリックスの混乱、および、間質細胞の核凝縮がある(図3Aおよび3C参照)。(非糖尿病性および糖尿病性両方の皮膚において)治療した皮膚の性質は、肥厚した上皮および上皮直下に多数の紡錘状小腸細胞を示した(図3Bおよび3D参照)。
【0085】
いくつかの創傷治癒パラメータを、創傷形成後3日目、7日目、12日目および19日目に測定した。これらのパラメータは、下の個々の表に報告されている。創傷のサイズおよびラットの体重は、1日おきに測定した。具体的には、創傷の長さおよび広さを、微小ノギスを用いて測定し、創傷の端における引っ張り強度もまた1日おきに記録した。同一の研究者により、3日目、12日目、19日目に、電子デジタルノギス(B&D社製、ポマヌス、NJ)を用いて、創傷の直径を測定した。ゼロエラーを適正化することによって、前記測定の直前に前記ノギスを更正した。創傷直径の減少を、表3で報告する。
【0086】
【表3】

【0087】
創傷の収縮を、張力較正器(ハーバード装置社製、クインシー、MA)を用いて測定し、結果を表4に示す。
【0088】
【表4】

【0089】
評価する領域は、エッペンドルフ社製サイズ10の外科用メスできれいに切り、前記組織は、10%のリン酸緩衝液ホルマリン溶液中で保存した。前記組織を、このホルマリン溶液から取り出し、100%エタノール中に6時間浸漬した。前記組織を再び取り出し、評価のために10%ブアン液中に保存した。創傷の生検パラメータを、表5で報告する。
【0090】
【表5】

【0091】
高性能顕微鏡下で観察された創傷上に形成された新しい上皮細胞の観察に基づいて、上皮化を測定した。瘢痕形成スコアは、標準的デジタルノギス(B&D社製、ポマヌス、NJ)により測定した。結果を、表6で報告する。
【0092】
【表6】

【0093】
創傷からの滲出量を、マイクロピペット(エッペンドルフ社製)を用いて測定した。結果を、表7で報告する。
【0094】
【表7】

【0095】
創傷の透明性を、屈折率を見ることによって測定した。結果を、表8で報告する。
【0096】
【表8】

【0097】
創傷の接着を、表9で報告する。前記接着は、創傷の2つの末端が共に結合する強さであり、ベルクロインデックス計量器により測定した。
【0098】
【表9】

【0099】
表10に記述するように、マイクロピペットを用いて創傷から得た体液量により、体液の蓄積を測定した。
【0100】
【表10】

【0101】
創傷除去容易性をベルクロインデックス計量器により測定し、表11で報告する。
【0102】
【表11】

【0103】
創傷の柔軟性を、創傷部位と比較した、同じ動物の正常な皮膚で観察される静穏性によって測定し、表12で報告する。
【0104】
【表12】

【0105】
[実施例4]酸化窒素の測定
新鮮な組織(約0.2g)を、1mLの冷たいホモゲナイジング緩衝液(20mmol/L HEPES−KOH,pH7.9;25%グリセロール;420mmol/L NaCI;1.5mmol/L MgCI2;0.2mmol/L EDTA;0.5mmol/L ジチオスレイトール;0.2mmol/L フッ化フェニルメチルスルホニル)に添加した。前記緩衝化した組織は、最大のスピードで5秒間ホモゲナイズし、氷水で30秒間冷やした。組織の破壊を確実に完全にするために、この工程は5回繰り返した。
【0106】
除タンパク
2倍量の冷たい100%エタノールを、前記ホモゲナイズしたサンプルに添加した;これらはボルテックスにかけ、氷上で30分間インキュベートした。前記ホモジネートは、4℃、12,000×gで5分間遠心し、NO測定のために、前記上清を氷上の新しいチューブに移した。
【0107】
亜硝酸塩/硝酸塩の測定
高速化学発光分析器を用いて、全気層のNO(亜硝酸塩/硝酸塩)を測定した。NOガスは、オゾンと反応し、光の形でエネルギーを産生し、前記光は存在するNO量と比例関係にあります。前記発光は、NO濃度を決定するために、照度計を用いて測定した。
【0108】
サンプルチューブは、ゼロガスフィルター(Sievers Instruments社製)に安全に接続され、室内の空気が前記デバイス中を5分間通過した。較正(それぞれブランク、1、10、50、100および200mmol/L;今回の機器については、下限は1nmol/L未満であることが証明されている)を4回繰り返し、分析器の応答の線形性に補間した。溶解したNOおよび亜硝酸塩からNO気体を遊離させるために、塩酸中の0.8%塩化バナジウムを含む、ヘリウムを除去した血管に、サンプル(10mL)を注入した。前記気体サンプルは、つぎに、活性化二酸化窒素(NO)を形成させるために、反応槽においてオゾンにさらした。前記NOは、赤感受性の光電子増倍管を用いて検出し、その出力は、統合ペン記録計を用いて記録した。各サンプルについて、曲線よりも下の領域をNO濃度に変換した。
【0109】
【表13】

【0110】
[実施例5]コラーゲンの測定
他のタンパク質についてと同様に、19の既知のコラーゲンの合成が、細胞中で起こる。コラーゲン分子は、Gly−X−Yという繰り返し配列で特徴付けられる。Xは、プロリンであることが多く、Yは、ヒドロキシプロリンであることが多い。ヒドロキシプロリンは、コラーゲン分解の最終産物である。この理由により、組織のヒドロキシプロリン量は、組織コラーゲン生成の間接的かつ客観的な変数である。多くの実験的研究において、ヒドロキシプロリンは、組織のコラーゲン生成を見積もるために用いられる。
【0111】
ラット組織からのヒドロキシプロリンの分離および定量のために、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いることによって、組織中のコラーゲン量を測定した。逆相Nova−Pak C18カラムおよび溶媒系(140mmol/L酢酸ナトリウム、0.05%トリエチルアミン(TEA)、6%アセトニトリル)を用い、結果的にヒドロキシプロリンを完全に分離した。89〜103%の範囲の標準品を回収したところ、アッセイ間のばらつきは8%未満であった。さらに、[H]ヒドロキシプロリン測定値を用いて、[H]プロリンでラベルし、10mmol/Lのラベル無しプロリンの存在下で「チェイス」したラットにおけるコラーゲンのターンオーバーの変化を調べた。
【0112】
【表14】

【0113】
本発明は、下の実施例に関し、詳細に記述されているが、発明の本質から解離せずに種々の修正をおこなうことが可能であり、それらの修正は当業者なら容易に知るところであることが、理解されるべきである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
哺乳類の糖尿病性合併症の治療方法であって、そのような治療が必要な患者に治療効果量のβアドレナリン遮断薬、そのプロドラッグ、またはその薬学的に許容可能な塩を投与する事を特徴とする方法。
【請求項2】
前記治療効果量のβアドレナリン遮断薬、そのプロドラッグ、またはその薬学的に許容可能な塩が、薬学的に許容可能なキャリア、賦形剤、またはその希釈剤によって供給される請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記糖尿病性合併症が、糖尿病性神経障害、糖尿病性ネフロパシー、糖尿病性心筋症、糖尿病性網膜症、糖尿病性白内障、糖尿病性膀胱機能障害、糖尿病性角膜症、糖尿病性皮膚障害、糖尿病性細小血管症、心筋梗塞、黄斑浮腫、神経伝導障害および糖尿病性創傷からなる群から選択される少なくとも一つである請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記βアドレナリン遮断薬、そのプロドラッグ、またはその薬学的に許容可能な塩が、徐放剤の形式で投与される請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記哺乳類が、霊長類、イヌ、ネコ、ウシ、羊、豚、ラクダ、ヤギ、ネズミ、またはウマである請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記霊長類がヒトである請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記糖尿病性合併症が、治療効果量のβアドレナリン遮断薬を投与する事によって治療され、前記βアドレナリン遮断薬が、アセブトロール、アルプレノロール、アモスラロール、アロチノロール、アテノロール、ベフノロール、ベタキソロール、ベバントロール、ビソプロロール、ボピンドロール、ブレチロール、ブクモロール、ブフェトロール、ブフラロール、ブニトロロール、ブプランドロール、ブプラノロール、ブトフィロロール、カラゾロール、カルテオロール、カルベジロール、セリプロロール、セタモロール、シナモロール、クロラノロール、ジレバトール、エントブトロール、エパノロール、エスモロール、フモロール、インデノロール、イスタロール、ラベタロール、レボベタキソロール、レボブノロール、メピンドロール、メチプラノロール、メチプロプラノロール、メトプロロール、モプロロール、ナドロール、ナドキソロール、ネビボロール、ニプラジロール、オプティプラノロール、オクスプレノロール、ペンブトロール、ペルブトロール、ピンドロール、プラクトロール、プロネタロール、プロプラノロール、プロトキロール、ソタロール、スルフィナロール、タリンドール、テルタトロール、チリソロール(tillisolol)、チモロール、トリプロロール、トラジロール、キシベノロール、および薬学的に許容可能な塩からなる群から選択される少なくとも一つまたはその溶媒和組成物である請求項1に記載の方法。
【請求項8】
前記投与が、毎時間、1日に1〜6回、毎週、または毎月行われる請求項1に記載の方法。
【請求項9】
前記βアドレナリン遮断薬が、口腔、静脈内、腹腔内、眼、非経口、局所、皮下、硬膜下、静脈内、筋肉内、髄腔内、腹腔内、大脳内、動脈内、病巣内、限局または肺経由で投与される請求項1に記載の方法。
【請求項10】
前記βアドレナリン遮断薬が、哺乳類に口腔経由で約1mg〜1000mg投与される請求項1に記載の方法。
【請求項11】
前記βアドレナリン遮断薬が、哺乳類に眼経由で約0.001%〜10.0%の濃度で投与される請求項2に記載の方法。
【請求項12】
前記βアドレナリン遮断薬が、哺乳類に局所経由で約0.001%〜50.0%の濃度で投与される請求項2に記載の方法。
【請求項13】
糖尿病性創傷の治癒を必要とする患者の糖尿病性創傷を治療する薬学的局所用組成物であって、治療効果量のβアドレナリン遮断薬、そのプロドラッグ、またはその薬学的に許容可能な塩、および薬学的に許容可能な局所用キャリア、賦形剤、またはその希釈剤を含み、前記組成物はクリーム、軟膏、局所用スワブ、エマルション、スプレー、またはローションの形状である組成物。
【請求項14】
糖尿病性創傷の治癒を必要とする患者の糖尿病性創傷を治療する薬学的局所用組成物であって、治療効果量のβアドレナリン遮断薬エスモロール、そのプロドラッグ、またはその薬学的に許容可能な塩、および薬学的に許容可能な局所用キャリア、賦形剤、またはその希釈剤を含み、前記組成物はクリーム、ゲル、局所用溶液、パッチ、軟膏、局所用スワブ、エマルション、スプレー、またはローションの形状である組成物。
【請求項15】
糖尿病性創傷等の糖尿病性合併症の治療で使用される前記エスモロールが、酸化窒素生成の誘導、前記糖尿病性創傷におけるコラーゲン濃度の上昇、前記糖尿病性創傷における新血管形成の強化による酸素供給の増加、糖尿病患者のアルドース還元酵素活性増加の阻害、糖尿病性創傷における神経成長因子、上皮成長因子、血管内皮成長因子、血小板由来成長因子等の成長因子の増進、およびこれらの組み合わせからなる機構を有する請求項14に記載の方法。
【請求項16】
前記βアドレナリン遮断薬が、クリーム、軟膏、局所用スワブ、エマルション、スプレー、またはローションの形状で局所的に適用される請求項13に記載の方法。
【請求項17】
前記エスモロールが、クリーム、ゲル、局所用溶液、パッチ、軟膏、局所用スワブ、エマルション、スプレー、またはローションの形状で局所的に適用される請求項14に記載の方法。
【請求項18】
前記哺乳類が、霊長類、イヌ、ネコ、ウシ、羊、豚、ラクダ、ヤギ、ネズミ、またはウマである請求項13に記載の方法。
【請求項19】
前記霊長類がヒトである請求項18に記載の方法。
【請求項20】
アルドース還元酵素による哺乳類の糖尿病性合併症の治療方法であって、そのような治療が必要な患者にアルドース還元酵素活性を有する治療効果量のβアドレナリン遮断薬、そのプロドラッグ、またはその薬学的に許容可能な塩を投与する事を特徴とする方法。
【請求項21】
前記βアドレナリン遮断薬が、エスモール、チモロール、またはプロプラノロール(propanolol)である請求項20に記載の方法。
【請求項22】
前記治療効果量のβアドレナリン遮断薬、そのプロドラッグ、またはその薬学的に許容可能な塩が、薬学的に許容可能なキャリア、賦形剤、またはその希釈剤によって供給される請求項20に記載の方法。
【請求項23】
前記アルドース還元酵素による糖尿病性合併症が、糖尿病性神経障害、糖尿病性ネフロパシー、糖尿病性心筋症、糖尿病性網膜症、糖尿病性白内障、糖尿病性膀胱機能障害、糖尿病性角膜症、糖尿病性皮膚障害、糖尿病性細小血管症、心筋梗塞、黄斑浮腫、神経伝導障害および糖尿病性創傷からなる群から選択される少なくとも一つである請求項20に記載の方法。
【請求項24】
前記βアドレナリン遮断薬が、口腔、静脈、腹腔、眼、非経口、局所、皮下、硬膜下、静脈、筋肉内、髄腔内、腹腔内、大脳内、動脈内、病巣内、限局または肺経由で投与される請求項20に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公表番号】特表2011−509917(P2011−509917A)
【公表日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−546863(P2009−546863)
【出願日】平成20年1月24日(2008.1.24)
【国際出願番号】PCT/IN2008/000044
【国際公開番号】WO2008/093356
【国際公開日】平成20年8月7日(2008.8.7)
【出願人】(509211136)ブイライフ サイエンス テクノロジーズ ピーブイティー リミテッド (1)
【Fターム(参考)】