説明

耐摩耗性で低摩擦のコーティング並びにそれで被覆された物品

【課題】高温に曝される物品に対して耐摩耗性及び低摩擦特性のコーティングための組成物を提供する。
【解決手段】該コーティングのための組成物は、炭化物、ホウ化物、又は、タングステン、アルミニウム、クロム、タンタル、モリブデン、バナジウム、ジルコニウム、ニオブ若しくはこれらの組合せからなる選択される少なくとも1種の元素の酸化物を含む硬いセラミック相、ニッケル、コバルト、鉄、銅、クロム、銀及びこれらの組合せからなる少なくとも1種の金属を含む金属のバインダー相、及び潤滑相を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一般に物品のコーティングに関する。特に、本発明は、高温に曝される物品に対して耐摩耗性及び低摩擦特性を提供する保護性のコーティングに関する。かかる物品の例としては、タービンエンジンのようなターボ機関がある。
【背景技術】
【0002】
多種多様の産業用途において、様々な作動条件下で金属部品が使用されている。多くの場合、これらの部品には、耐食性、耐熱性、耐酸化性、及び耐摩耗性のような様々な特性を付与するコーティングが設けられている。一例として、タービンエンジンの各種の部品は、作動することができる温度を効果的に上昇させるために、断熱皮膜で被覆されていることが多い。ある種の保護コーティングを必要とする物品の他の例には、内燃機関及びその他の型の機械で使用されるピストンがある。
【0003】
耐摩耗性のコーティング(「摩耗コーティング」といわれることが多い)が、ノズル摩耗パッド及びダブテールインターロックのようなタービンエンジン部品上に使用されることが多い。これらのコーティングは、部品同士が互いに擦り合い得る部分で保護を提供する(すなわち、擦り合い、殊に高頻度の擦り合いは部品を損傷する可能性があるからである)。特定の型の摩耗は「フレッチング」といわれる。フレッチングは、多くの場合、例えばガスタービンエンジンのコンプレッサー及び/又はファンセクションにおいて、噛み合う部品間の接合部で非常に小さい運動又は振動を生じる可能性がある。例えば、フレッチングは、ファン又はコンプレッサーブレードがローター又は回転ディスクに接合される領域で起こる可能性がある。この型の摩耗は、必然の結果として、1以上の影響を受けた部品の早期の修復又は交換が必要となる可能性がある。ニッケル基又はコバルト基の合金のような各種の合金は、フレッチング及びその他の形態の摩耗を受け易い。多くのチタン合金はフレッチング特性が殊に悪い。コーティングには、フレッチング耐性と共にその他の特性も必要である。これらの中には、耐磨り減り(anti-scuffing)特性(例えば、ピストンリング及びシリンダーライナーの場合)、並びに減摩性がある。
【0004】
耐摩耗性を基材に付与するために様々なコーティング系が使用されている。例として、クロム、炭化クロム、コバルト−モリブデン−クロム−ケイ素、又は銅−ニッケル−インジウムに基づくものがある。これらのコーティングはメッキ又は溶射のような様々な技術で設置することができる。
【0005】
硬いクロムコーティングは各種の用途で有益であるが、幾つかの欠点がある。例えば、これらのコーティングの完全性は、航空宇宙及び自動車エンジン用途の両方で受けることが多い高温及び高圧により問題となる。さらにまた、クロムメッキは非常に時間がかかるプロセスである可能性がある。
【0006】
また、クロム源として使用されるクロム酸化合物のあるものの毒性はメッキプロセスの別の欠点である。特に、六価のクロムは発癌物質であると考えられている。この形態のクロムを含有する(又は放出する)組成物を使用する場合、健康及び安全性の規制に合致するために、特別な取扱い手順に非常に厳密に従わなければならない。この特別な取扱い手順は多くの場合コストが増大し生産性が低下する可能性がある。
【0007】
前述のように、多くの用途で、クロムメッキプロセスは溶射技術により差し替えられている。例として、溶射技術は炭化タングステン(WC)、又は炭化クロム(例えば、Cr32)に基づくコーティングを設けるのに使用されている。得られるコーティングは多くの目的に適しているが、例えばその熱的性質に制限もある。
【0008】
熱溶射されたサーメットコーティングも、一定の状況において耐摩耗性を提供するのにかなりポピュラーになってきた。これらのコーティングの例としては、炭化タングステン−コバルト(WC−Co)、炭化タングステン−コバルト−クロム(WC−Co−Cr)、及び炭化クロム/ニッケルクロム(例えば、Cr32−NiCr)がある。別の例として、米国特許第6887585号(Herbst−Dederichs)には、アルミナ、酸化クロム(Cr23)、又は炭化チタン(TiC)のようなセラミック相と共にニッケル又は鉄合金のような金属相に基づく耐摩耗性のコーティングが記載されている。これらのコーティングはまた、摩擦を低減するために固体の潤滑剤物質も含み得る。潤滑剤の例としては、グラファイト、六方晶系窒化ホウ素、及びポリテトラフルオロエチレンのような物質がある。
【0009】
サーメットコーティングの多くは一定の最終用途に適しているが欠点も示す。例えば、WC及びCr32に基づくコーティングの硬さは前述のように他の最終用途には不十分であり得る。また、WC−Coコーティングは通常、酸化性の環境において約500度未満の温度に制限される。この制限はHVOF又はAPSのような溶射プロセスでよく見られ、部分的には蒸着中の炭化物の分解に起因している。炭化物の分解はWC材料が酸化されるときに起こる可能性があり、脆性の亜炭化物が形成される。Cr32−NiCrに基づくもののようなコーティングは高めの温度、例えば約500〜900℃で満足のいく摩耗特性を有し得る。しかし、これらの材料は妥当な低摩擦特性を有していないことがあり、また溶射中かかるコーティングのミクロ組織を制御するのは困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】米国特許出願公開第2010/098551号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
このように、コンプレッサー部品、特に摩耗及び摩擦に曝露される部品に対する改良された保護性のコーティングを提供するというニーズがある。この保護性のコーティングは高温用途で望まれる必要な量の摩耗耐性(例えば、耐フレッチング能)を提供し、また良好な低摩擦特性も提供するのが望ましい。
【課題を解決するための手段】
【0012】
1つの実施形態は、硬いセラミック相、金属のバインダー相及び潤滑相を含むコーティング組成物である。この潤滑相は多成分酸化物を含んでいる。
【0013】
別の実施形態は物品であり、この物品は金属基材と、この基材上に配置された耐摩耗性でかつ低摩擦のコーティングとを含んでいる。コーティング組成物は硬いセラミック相、金属のバインダー相及び潤滑相を含んでおり、潤滑相は多成分酸化物を含んでいる。
【0014】
さらにもう1つ別の実施形態は、耐摩耗性でかつ低摩擦のコーティングのための組成物を作成する方法である。硬いセラミック相と金属のバインダー相を一緒にミル粉砕して混合物を作成した後、この混合物に潤滑相を分散させる。この潤滑相は多成分酸化物を含んでいる。
【0015】
本発明の上記及びその他の特徴、局面、及び利点は、添付の図面を参照して以下の詳細な説明を読めばより良好に理解されるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】図1は、試料1の摩擦試験前後の走査型電子顕微鏡写真を示す。
【図2】図2は、試料2の摩擦試験前後の走査型電子顕微鏡写真を示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の実施形態は部分的に金属基材のような基材のための耐摩耗性でかつ低摩擦のコーティング組成物を含む。これらのコーティングは高温用途に特に有用であり得、かつ望ましいレベルの硬さ、耐食性、耐熱性、及び耐酸化性を始めとする他の利益を提供し得る。また、このコーティングは様々な溶射プロセスで設け得る。このコーティングは、鉄基合金で形成されることが多い産業用ガスタービンのコンプレッサー部品のような金属部品を保護するのに特に適している。これらの部品は一般にマルテンサイト系/フェライト系ステンレス鋼で形成されており、劣化(フレッチング、等)し易い。ステンレス鋼で形成されたコンプレッサー部品に関連して本発明を説明するが、本発明の教示は例えば鉄基合金、超合金(例えば、ニッケル基及びコバルト基超合金)及びチタン基合金を始めとする種々の金属で形成されたその他の部品に適用され、かかる部品もまた改良された摩耗耐性及び低下した摩擦の利益を受け得るものと了解されたい。
【0018】
本明細書及び特許請求の範囲を通じて使用される概略の言語は、関連する基本的な機能を変えることなく変化し得るあらゆる量的表示を修飾するのに適用し得る。従って、「約」のような用語により修飾された値は明記された正確な値に限定されない。ある場合には、概略の言語はその値を測定するための機器の精度に対応し得る。
【0019】
以下の明細書及び特許請求の範囲において、単数形態の用語は事情により明らかに他の意味を示さない限り複数の対象を含む。
【0020】
本明細書で使用する場合、用語「し得る」及び「あり得る」は、一組の状況内の出来事、特定の性質、特性又は機能の保有の可能性を示すか、及び/又は修飾された動詞に関連する1以上の才能、能力、又は可能性を表すことにより別の動詞を修飾する。従って、「し得る」及び「あり得る」の用法は、修飾された用語が指示された能力、機能、又は用法に関して明らかに適当であるか、能力があるか、又は適しているが、一方で状況によってその修飾された用語がときには適当でなく、能力がなく、又は適していないことがあり得ることを考慮していることを示している。例えば、ある種の状況によってはある事象又は能力を期待することができるが、他の状況ではその事象又は能力が起こる可能性がない。この違いは用語「し得る」及び「あり得る」によって捉えられる。
【0021】
本発明の1つの実施形態によると、コーティング組成物は硬いセラミック相、金属のバインダー相、及び潤滑相を含んでいる。この金属のバインダー相はコーティング組成物中の硬いセラミック相と潤滑相のためのバインダーとして機能する。特定の金属バインダーの構成成分の選択は様々な要因に依存する。1つの要因は、使用する硬いセラミック粒子の種類、及び金属バインダーの硬いセラミック粒子を適当に「濡らす」能力に関する。別の要因は、コーティングの特定の最終用途のための、例えば耐食性、耐熱性、耐酸化性、及び耐摩耗性のような特性に関する性能パラメーターを含む。もう1つ別の要因は、金属バインダーと他の構成成分との潜在的な相互作用、例えば、高温における望ましくない化合物又は相の生成の可能性に関する。
【0022】
通常、金属のバインダー相(金属相ともいわれる)はニッケル、コバルト、鉄、銅、及び銀の少なくとも1種以上に基づく。幾つかの実施形態においては、ニッケルが金属相の構成成分である。以下にさらに記載するように、ニッケルとクロムの組合せも幾つかの実施形態で使用される。
【0023】
金属相は殆どの場合、既に論じた多くの要因に依存して様々な他の元素を含む。非限定例はタンタル、ニオブ、ジルコニウム、及びモリブデンのような耐火性元素、並びにチタン、クロム、ケイ素、ホウ素、及びバナジウムである。これらの元素の多くの組合せもまた使用し得、元素又はこれらの組合せの選択は多くの上記判断基準に依存する。一例として、ニオブは延性及び強度を提供するために含ませることができ、一方クロム、ジルコニウム、及びケイ素は耐酸化性を強化するために添加し得る。幾つかの場合において、ホウ素及びケイ素も融点抑制のために添加され、クロム(前述)及びモリブデンが耐食性のために添加されることが多い。
【0024】
幾つかの実施形態に対して、コーティング組成物中の成分の量の非限定的な例示を提供することができる。コーティングが約50重量%以上のニッケルを含む幾つかの組成物の場合、他の構成成分(存在する場合)の典型的な範囲は以下のようであり得る(コーティング組成物全体の重量基準)。
Ta:約0.5重量%〜約1.5重量%、
Ti:約0.5重量%〜約2重量%、
Nb:約0.5重量%〜約2重量%、
Cr:約2重量%〜約50重量%、
Zr:約0.5重量%〜約1重量%、
Si:約0.5重量%〜約4.5重量%、
B:約0.5重量%〜約3.5重量%、
Mo:約0.5重量%〜約18重量%。
【0025】
幾つかの実施形態において、金属相自体がニッケル及びクロムを含む。例えば、マトリックスは、金属相の全重量を基準にして約70%〜約90%のニッケルと約5%〜約25%のクロムを含むことができ、残部は上記元素の1種以上からなる。幾つかの実施形態において、金属相組成物はニッケル、クロム及びモリブデンを含む。この場合、金属相は約50%〜約80%のニッケル、約5%〜約20%のクロム、及び約10%〜約30%のモリブデンを含み得、残部は既に記載した他の元素からなる。
【0026】
幾つかの実施形態で様々な他の組合せの金属も金属相として使用される。非限定例としては、コバルトとクロム、鉄とクロム、鉄とマンガン、及び鉄とコバルトがある。当業者は、一部は本明細書の教示に基づいて、特定の状況に最も適当な金属相組成物を選択することができる。通常、金属相は、コーティング組成物全体の体積を基準にして、約1体積%〜約50体積%の範囲のレベルで存在する。幾つかの特定の実施形態において、金属相は約5体積%〜約20体積%の範囲のレベルで存在する。金属相は約0.5μm〜約5μmの範囲の粒径の粒子を有することが多い。
【0027】
前述のように、コーティング組成物は、所与の用途に対して所要の量の耐摩耗性と耐力(load-bearing)特性を提供することができる少なくとも1つの硬いセラミック相(すなわち、「一次セラミック相」)も含んでいる。本明細書で使用する場合、用語「セラミック」は、様々な硬い相の材料、例えば、炭化物、ホウ化物、又はクロム、タンタル、モリブデン、バナジウム、ジルコニウム、及びニオブからなる群から選択される金属の酸化物を包含し得る。セラミック相は、コーティング組成物を調製するのに最初に添加されるもの並びにコーティングを高温で実行するときにその場で形成されるものを始めとする1種以上の構成成分で形成することができる。例えば、コーティング組成物中の炭化物又はホウ化物は、被覆された部品が高温で作動する間に酸化物に分解し得る。用語「硬い」は、本明細書で使用する場合、コーティングの他の構成成分に対するその相の硬さをいい、すなわち、最も高いレベルの硬さを有するセラミック構成成分が「硬い」セラミック相と考えられるものと了解されたい。
【0028】
ある場合には炭化物を含有するセラミック材料が使用される。代表的な実施形態において、硬いセラミック相(本明細書では、単に「セラミック相」ともいう)は炭化クロムからなる。炭化クロムは通例Cr32、Cr73、及びCr236からなる群から選択される1種以上の材料である。セラミック相の他の例には各種のホウ化物が包含される。本明細書で使用する場合、「ホウ化物」は、限定されることはないが、特に断らない限り二ホウ化物及びその他のホウ化物種を包含して意味する。ホウ化物の非限定例には、二ホウ化チタン、二ホウ化ジルコニウム ホウ化タンタル、及びホウ化タングステンがある。これらの化合物の一般的な例には遷移金属二ホウ化物が包含される。
【0029】
特定のセラミック相構成成分の選択は部分的に既に記載した要因に依存する。例えば、高度のフレッチングに曝されるタービン部品を保護するコーティング組成物は、比較的高度の耐磨耗性及び耐摩耗性を提供するという理由からセラミック相構成成分を含むことが多い。
【0030】
特定の実施形態において、コーティング組成物はさらに二次セラミック相を含む。この二次相は組成物全体の強靱性を増大するように機能することができる。この相は通常炭化ケイ素、各種の金属炭化物(例えば、炭化ホウ素、炭化チタン、及び炭化タングステン)、各種の金属酸化物(例えば、二酸化チタン及びアルミナ)、窒化チタン、並びにダイアモンドからなる群から選択される少なくとも1種の材料を含む。さらに、適切な材料の非限定例として、アルミナ、酸化イットリウム、イットリア安定化ジルコニア、酸化ハフニウム、酸化ケイ素(二酸化ケイ素)、及びムライトがある。これらの材料の任意の組合せも可能である。幾つかの場合、二次相はアルミナ、窒化チタン、ダイアモンドダスト、又はこれらの様々な組合せを含む。二次セラミック相は、含まれる場合、通常セラミック相全体の約30体積%未満で存在する。
【0031】
一次セラミック相の粒子は通常約0.2μm以上、約5μm以下の粒径を有する。幾つかの特定の実施形態において、粒径は約0.2μm〜約3μmの範囲、より特定的には約1μm〜約1.5μmの範囲である。また、幾つかの好ましい実施形態において、二次セラミック相は一次相より細かい粒径を有する。二次セラミック相の粒径は幾つかの実施形態において約1μm未満であり、特定の実施形態においては約100nm未満である。ある種の実施形態において、二次相は約10nm〜約100nmの範囲の粒径を有する。
【0032】
硬いセラミック相の量は、本明細書に記載した多くの要因、例えば、使用するセラミックの特定の種類、並びにコーティング組成物に望まれる硬さに依存して大きく変化する。一般に、セラミック相は、コーティング組成物全体の体積を基準にして約20体積%〜約90体積%の範囲のレベルで存在する。幾つかの特定の実施形態において、セラミック相の量は約40体積%〜約80体積%の範囲である。幾つかの実施形態において、この量は約50体積%〜約70体積%の範囲である。
【0033】
既に述べたように、コーティング組成物は潤滑相(潤滑剤ともいう)を含んでいる。潤滑剤が存在すると潤滑性がコーティングに付与されて、互いに擦れ合う2つの表面間の摩擦を低下させる。選択される特定の潤滑剤は様々な要因に依存する。耐摩耗性、摩擦係数及び作動温度は部分的に重大な検討事項である。潤滑剤と、金属相及びセラミック相に使用される材料との適合性も重要な検討事項である。
【0034】
本明細書で使用する場合、用語「潤滑相」又は「相の潤滑性」とは、ある化合物(潤滑剤)が機械又は機構内の2以上の摺動する部品間の摩擦を低減する能力を説明するために使用する。ある化合物の潤滑性を決定する別のパラメーターはその剪断レオロジーであり得る。
【0035】
幾つかの実施形態において、潤滑相は多成分酸化物で形成される。本明細書で使用する場合、用語「多成分酸化物」とは、少なくとも一対の酸化物の組合せをいう。例えば、多成分酸化物は二元酸化物(二成分酸化物)、三元酸化物(三成分酸化物)又は四元酸化物(四成分酸化物)であり得る。この組合せ(混合物)内の構成成分の酸化物は化学的に反応したりしなかったりし得る。構成成分の酸化物間の化学反応は、構成成分酸化物の種類、多成分酸化物の調製方法、環境条件等のような様々なパラメーターに依存し得る。1つの実施形態において、構成成分酸化物は反応せず、個々の酸化物として混合物中に残存する。しかし、作動温度では化学反応が起こり得る。別の実施形態において、構成成分酸化物は(コーティング組成物中に導入される前か又はその後に)互いに反応し、複雑な化合物を形成し、この複雑な化合物が潤滑相として働く。
【0036】
一般に、ある酸化物のイオン性ポテンシャルが高いほどその摩擦係数は低い。「イオン性ポテンシャル」はイオンの半径に対する電荷の比であり、従ってそのイオンの電荷の密度の尺度である。イオン性ポテンシャルは、そのイオンがいかに強く又は弱く反対の電荷のイオンにより静電気的に引き寄せられるか又は同種の電荷のイオンにより反発されるかを意味する。より高いイオン性ポテンシャルの酸化物はより容易に剪断されるようであり、従って高温でより低い摩擦を示す。また、多成分酸化物の酸化物構成成分間のイオン性ポテンシャルの差が増大すると、それらの酸化物が低い融点又は容易に剪断可能な化合物を形成する能力が改良され、従ってその多成分酸化物は低い硬さ及び剪断強度を示す。言い換えると、潤滑相の成分酸化物構成成分間のイオン性ポテンシャルの差が大きいほど、高温での摩擦は低い。例えば、大きいイオン性ポテンシャル差(〜9Å-1)を有する二元酸化物NiO−B23は600℃で低い摩擦係数(〜0.2)を示す。さらにまた、ある酸化物が他の酸化物に溶解するか若しくはそれと反応するか又は複雑な化合物を形成する能力はそれらのイオン性ポテンシャルの差と共に増大する。かかる潤滑性酸化物のメカニズムは、Ali Erdemirによる「A crystal−chemical approach〜lubrication by solid oxides」と題する論文、Tribology Letters 8(2000),97−102に記載されている。
【0037】
幾つかの実施形態において、多成分酸化物潤滑相の少なくとも1種の酸化物は約4Å-1より大きいイオン性ポテンシャルを有し、幾つかのある種の実施形態においては約5Å-1より大きい。一定の実施形態において、潤滑相は酸化ニッケル、アルミナ、酸化チタン、酸化タンタル、酸化亜鉛、酸化モリブデン及び酸化マグネシウムからなる群から選択される少なくとも1種の金属酸化物構成成分を有する多成分酸化物を含有する。
【0038】
ある種の場合、二元酸化物が潤滑剤としてコーティング組成物中に使用される。この二元酸化物は一対の成分酸化物を含有する。上述したように、この酸化物対の選択はそれらのイオン性ポテンシャルに依存する。イオン性ポテンシャルの差が増大すると、その二元酸化物(又は酸化物対)の潤滑性は増大し、殊に高温で増大する。適切な酸化物対の例としては、限定されることはないが、NiO−B23、NiO−TiO2、NiO−Ta25及びMgO−SiO2がある。一定の実施形態において、二元酸化物はNiO−B23を含む。他の一定の実施形態において、二元酸化物はNiO−TiO2を含む。
【0039】
潤滑特性はさらに二元酸化物中に存在する構成成分酸化物の相対量に依存し得る。幾つかの実施形態において、多成分酸化物の構成成分酸化物は約1:1〜約1:10で変化する比(重量)で存在する。一定の実施形態において、構成成分酸化物は約1:1〜約1:5、幾つかの特定の場合には約1:1〜約4:1で変化する比(重量)で存在する。
【0040】
潤滑剤の所望の粒径は使用する特定の材料に依存する。小さ過ぎる粒径は、摩擦を低減するという潤滑剤の有益な効果を減少させ得る。逆に、潤滑剤の粒径が大き過ぎると、摩擦学的及び機械的特性が影響を受け得る。例えば、コーティングの機械的強度と耐摩耗性が減少し得る。一般に、潤滑剤粒子は、金属バインダー中の硬い粒子同士を分離する間隔内に位置することを許容する大きさを有する。幾つかの実施形態において、潤滑相は多成分酸化物のサブμmの大きさの粒子を含有する。本明細書で使用する場合、用語「サブμm」とは、約100nm〜約2μmの範囲の粒子の寸法をいう。一定の実施形態において、酸化物粒子は約50nm〜約1μmの範囲の粒子寸法を有する。
【0041】
コーティング組成物中の潤滑剤の量は既に述べた要因の多くに依存し得る。一例として、過剰量の潤滑剤(又は大き過ぎる潤滑剤粒子)はコーティングの機械的強度を低下させ得る。幾つかの場合において、潤滑相はコーティング組成物の約1体積%〜約30体積%の範囲のレベルで存在する。一定の場合において、潤滑剤の範囲は約5体積%〜約20体積%である。
【0042】
コーティング組成物は耐摩耗性及び潤滑性と共に耐食性を提供するように設計し得る。これは、所与の用途で存在することが知られている特定の環境に対してコーティング構成成分の量を調整することによって達成することができる。幾つかの場合において、金属のバインダー相及びその場で生成する相の量を調整して、所与の環境に対して耐食性であるようにし得る。
【0043】
幾つかの実施形態において、潤滑剤成分は固体の粉末化形態又はスラリー形態でコーティング組成物中に組み込まれる。多くの方法を用いて、上述の粒径の粒子を有する酸化物粉末又はスラリーを形成し得る。幾つかの方法の例は沈殿法及び固相法である。幾つかの場合において、多成分酸化物粉末は化学的方法によって合成される。
【0044】
有利なことに、コーティング組成物は高い耐摩耗性と良好な潤滑性を提供する。微細に分散した酸化物粒子は低い摩擦及び低い剪断強度の相を提供し、その場での酸化物の生成は大きな負荷の下で摺動する表面に高い耐摩耗性を提供する。その場で生成した酸化物、例えばNiCr−Cr32−NiO−B23組成物中の酸化クロムはコーティングのための良好な耐摩耗性に寄与する。幾つかの場合において、コーティング中のクロム対酸素の原子比は約1である(良好な耐摩耗性にとって望ましい)。さらに、大きな負荷の下で表面が互いに滑動するとき、摩耗中に滑らかなスミア様の(smooth smeared-like)層が形成される。この層は低い摩擦及び低い摩耗率を提供することができる。コーティング中に存在する多成分酸化物は、コーティングの上面が摩耗により除去されたときでも良好な潤滑を可能にする。
【0045】
幾つかの実施形態は、上記コーティング組成物を作成する方法を提供する。機械的ミル粉砕法を使用して、硬いセラミック相と金属のバインダー相の混合物を調製することができる。このような場合、高エネルギーミルを使用してミル粉砕プロセスを実施し得る。次の段階では、上記混合物を添加し、さらにミル粉砕することにより、上記混合物に潤滑相を分散させて組成物を形成する。適切な技術の幾つかの他の例には、噴霧乾燥、自己伝播(self-propagating)、及び高温合成(SHS)がある。別の適切な技術では、原料粉末を焼結し、続いて得られたペレットを粉砕する。これらの調製技術は複数の段階、及び様々な技術の組合せを含み得る。
【0046】
本発明の1つの実施形態による物品は、産業用ガスタービンの部品であり得る金属基材を含む。タービン部品の具体的な非限定例としては、バケット、ノズル、ブレード、ローター、ベーン、ステーター、シュラウド、燃焼器、及びレンガ(blisk)がある。非タービン用途も可能である。例として、さらに、高温及び/又は高摩耗環境の条件下で使用する他の物品の部品がある。これらの部品(例えば、基材)は通例金属又はステンレス鋼のような金属合金で形成される。基材として適した他の材料には、ニッケル、コバルト、チタン、及びこれらそれぞれの合金が包含される。これらの部品は表面を周囲の環境から保護するためのコーティング組成物で被覆され得るか又は部分的に被覆され得る。
【0047】
コーティングの厚さは、既に論じた他の要因、例えばコーティング及び物品の組成、物品の最終用途、などの多くに依存し得る。幾つかの実施形態において、コーティングは約50μm〜約500μmの厚さを有する。幾つかの特定の実施形態において、この厚さは約100μm〜約200μmの範囲である。
【0048】
既に述べたように、本明細書に記載したコーティングは、突き合う部材の接触面と協同するような形状又は位置にある接触面を含む金属合金上に設置するのに特に有用である。かかる場合、コーティング(突き合う部材に設けることも可能である)は接触面間のフレッチング摩耗を実質的に防止する。コーティングはかかる表面間の高い接触応力、例えば約30000psiを越える応力を支持するのに適していると考えられる。また、コーティングは、例えば約500℃を越える、幾つかの場合には約600℃超の高温で酸化性条件下において使用するときに有用であり得る。
【0049】
コーティング組成物は、様々な異なる技術によって基材に設けることができる。特定の技術の選択は、コーティング粉末の種類と組成、供給原料の粒径、及びその部品に考えられる最終用途のような様々な要因に依存する。1つの実施形態において、コーティングは噴霧技術を用いて設けられる。非限定例として、プラズマ蒸着(例えば、イオンプラズマ蒸着、真空プラズマ溶射(VPS)、低圧プラズマ噴霧(LPPS)、及びプラズマ強化化学蒸着(PECVD))、HVOF技術、高速空気−燃料(HVAF)技術、PVD、電子ビーム物理蒸着(EBPVD)、CVD、APS、冷間溶射、及びレーザーアブレーションがある。
【0050】
溶射技術は幾つかの実施形態で特に重要である。上記例にはVPS、LPPS、HVOF、HVAF、APS、及び冷間溶射がある。多くの場合において、HVOF又はHVAFが好ましい技術である。当業者はこれらの技術の各々について作動の詳細と検討事項に精通している。また、これらの蒸着技術のいずれかの様々な組合せを使用することができよう。幾つかの好ましい実施形態において、熱溶射したコーティングが設けた後に研磨されることにも留意されたい。これらの段階は、耐摩耗性を高め、また摩擦特性を低下させる程度の表面粗さを提供する。
【実施例】
【0051】
以下の実施例は単なる例示であり、いかなる意味でも本発明の範囲を限定するものではない。
【0052】
二元酸化物の調製
実施例1
NiO−B23を調製する固相法
ラックミルを用いて、2.772gのNiO粉末と2.585gのB23粉末を約3〜6時間一緒にミル粉砕した。次に、この粉末を引き出し、約400℃で約1時間熱処理した後、900Cで約1時間熱処理した。
【0053】
実施例2
NiO−B23を調製する代わりの固相法
2.772gのB23又は4.924gのH3BO3を水に溶解させた後、4.28gのNiO又は5.313gの水酸化ニッケルNi(OH)2粉末と混合した。約3〜6時間ミル粉砕した後、水を蒸発させ、引き出した粉末を約400℃で約1時間、次に約900℃で約1時間の熱処理にかけた。
【0054】
実施例3
コーティング組成物(試料1)の形成
8.986gのNiCr粉末と60.656gのCr32粉末を高エネルギーミルで粉末−媒体比を約1:15として約10時間ミル粉砕した。この混合物をさらに、実施例1に記載した固相法を用いて合成した5.357gのNiO−B23粉末と混合した。この混合はラックミルで約1時間行った。この粉末は粒径が約10μm未満の粒子を有しており、約90%の粒子の粒径が約6μmであった。
【0055】
実施例4
コーティング組成物(試料2)の形成
ミル粉砕媒体及びイソプロパノールを含有するポリプロピレンボトル内に、8.986gのNiCr粉末、60.656gのCr32粉末及び5.357gのNiO−B23粉末(実施例1に記載した方法により社内で調製した)を入れた。ミル粉砕媒体と粉末の比は約1:15に保った。イソプロパノールは、得られるスラリー内の固体充填率が約60wt%〜80wt%の範囲になるように添加した。ミル粉砕を約10〜12時間行い、溶媒蒸発により粉末を回収した。粉末は約10μm未満の粒径の粒子を有しており、約90%の粒子の粒径が約6μmであった。
【0056】
実施例5
試験試料の生成
実施例3(試料1)及び実施例4(試料2)で調製した2つの粉末を一軸プレスで圧縮して、直径25mmのペレットを形成した。試料1及び試料2を約4%の水素を含み残部がアルゴンの雰囲気中で約1時間焼結した。
【0057】
各試料を「ピンオンディスク(pin on disk)」摩擦測定試験にかけた。測定は、6mmの直径の炭化タングステンボールを用いて、約1.18GPaの接触圧力、約800℃の温度、約5cm/秒の速度で行った。トランスデューサーで摩耗速度と摩擦係数を測定した。1時間の摩擦試験及び150mの摺動中に摩耗は実質的に観察されなかった。さらに、試料1と試料2の摩擦係数は約0.25未満であり、潤滑相として窒化ホウ素を有する摩耗コーティングの摩擦係数(〜0.3)よりかなり低い。また、図1と図2は、試料1と試料2の摩擦測定前後のミクロ組織を示す。摩擦測定後の試料1と試料2のミクロ組織は低い摩擦及び低い摩耗速度を有する滑らかな表面の形成を示している。
【0058】
本明細書には本発明の幾つかの特徴のみを例示し説明して来たが、当業者には多くの修正と変更が明らかであろう。従って、特許請求の範囲は、本発明の真の思想内に入るかかる修正と変更を包含するものと了解されたい。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
硬いセラミック相、
金属のバインダー相、及び
多成分酸化物を含む潤滑相
を含んでなるコーティング組成物。
【請求項2】
潤滑相が、組成物全体の体積の約1体積%〜約20体積%の範囲のレベルで存在する、請求項1記載のコーティング組成物。
【請求項3】
金属のバインダー相が、ニッケル、コバルト、鉄、銅、クロム、銀及びこれらの組合せからなる群から選択される少なくとも1種の金属を含む、請求項1記載のコーティング組成物。
【請求項4】
硬いセラミック相が、炭化物、ホウ化物、又は、タングステン、アルミニウム、クロム、タンタル、モリブデン、バナジウム、ジルコニウム、ニオブ若しくはこれらの組合せからなる群から選択される少なくとも1種の元素の酸化物を含む、請求項1記載のコーティング組成物。
【請求項5】
多成分酸化物が、約4Å-1より大きいイオン性ポテンシャルを有する少なくとも1種の酸化物を含む、請求項1記載のコーティング組成物。
【請求項6】
多成分酸化物が二元酸化物、三元酸化物又は四元酸化物である、請求項1記載のコーティング組成物。
【請求項7】
二元酸化物が、NiO−B23、NiO−TiO2、NiO−Ta25及びMgO−SiO2からなる群から選択される、請求項6記載のコーティング組成物。
【請求項8】
金属基材、及び
該基材上に配置された耐摩耗性でかつ低摩擦のコーティング
を含んでなる物品であって、該コーティング組成物が、
硬いセラミック相、
金属のバインダー相、及び
多成分酸化物を含む潤滑相
を含んでなる、前記物品。
【請求項9】
金属基材がタービンエンジンの部品からなる、請求項8記載の物品。
【請求項10】
硬いセラミック相及び金属のバインダー相をミル粉砕して、混合物を作成し、
前記混合物に潤滑相を分散させる
段階を含んでなる、耐摩耗性でかつ低摩擦のコーティングのための組成物を製造する方法であって、前記潤滑相が多成分酸化物を含んでなる、前記方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−1812(P2012−1812A)
【公開日】平成24年1月5日(2012.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−128764(P2011−128764)
【出願日】平成23年6月9日(2011.6.9)
【出願人】(390041542)ゼネラル・エレクトリック・カンパニイ (6,332)
【Fターム(参考)】