説明

耐粒界応力腐食割れ性に優れたマルテンサイト系ステンレス鋼管円周溶接継手の製造方法

【課題】耐粒界応力腐食割れ性に優れた鋼管円周溶接継手の製造方法を提案する。
【解決手段】マルテンサイト系ステンレス鋼管の端部同士を突き合わせ、円周方向に多層の溶接パスからなる溶接を施して円周溶接部を形成するに際し、P:0.010mass%以下に制限した組成とする。これにより、円周溶接部の溶接熱影響部における粒界応力腐食割れの発生を容易に防止できる。なお、使用するマルテンサイト系ステンレス鋼管は、C:0.015%以下、N:0.015%以下、Cr:10〜14%、Ni:3〜8%、およびSi、Mn、S、Alを適正範囲含み、さらにCu:1〜4%、Co:1〜4%、Mo:1〜4%、W:1〜4%のうちの1種又は2種以上、Ti:0.15%以下、Nb:0.10%以下、V:0.10%以下、Zr:0.10%以下、Hf:0.20%以下、Ta:0.20%以下のうちの1種または2種以上、Ca、Mg、REM、Bのうちの1種または2種以上を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成とすることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、天然ガスや石油等の輸送用ラインパイプとして好適なマルテンサイト系ステンレス鋼管に係り、とくにマルテンサイト系ステンレス鋼管円周溶接継手における溶接熱影響部の耐粒界応力腐食割れ性の改善に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、原油価格の高騰や、近い将来に予想される石油資源の枯渇に対処するために、従来省みられなかったような深層油田や、開発が一旦放棄されていた腐食性の強いサワーガス田等に対する開発が、世界的規模で盛んになっている。このような油田、ガス田において、使用される鋼管には、耐食性に富むことが求められている。
【0003】
従来、例えば、炭酸ガスを多量に含む環境では、防食手段としてインヒビターの添加が行われてきた。しかし、インヒビターの添加は、コスト高となるだけでなく、高温では十分な効果が得られないことがあるため、最近ではインヒビターを使用せず、耐食性に優れた鋼管を使用する傾向となっている。
【0004】
ラインパイプ用材料としては、API規格にC量を低減した12%Crマルテンサイト系ステンレス鋼が規定され、最近では、CO を含有する天然ガス用のラインパイプとしてマルテンサイト系ステンレス鋼管が多く使用されるようになってきている。しかし、マルテンサイト系ステンレス鋼管は、円周溶接時に予熱や後熱を必要とするうえ、溶接部靭性が劣るという問題があった。
【0005】
このような問題に対し、例えば、特許文献1には、C:0.02%以下、N:0.07%以下に低減するとともに、Cr、Ni、Mo量をC量との関係で、また、Cr、Ni、Mo量をC、N量との関係で、さらにNi、Mn量をC、N量との関係で、適正量に調整したマルテンサイト系ステンレス鋼が提案されている。特許文献1に記載された技術で製造されたマルテンサイト系ステンレス鋼管は、耐炭酸ガス腐食性、耐応力腐食割れ性、溶接性、高温強度および溶接部靭性がともに優れた鋼管であるとされる。
【特許文献1】特開平9−316611号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、最近、CO を含有する環境下で、マルテンサイト系ステンレス鋼管を突き合わせて多層盛溶接で溶接した円周溶接部の溶接熱影響部(以下、HAZともいう)に割れが生じ、マルテンサイト系ステンレス鋼管における新たな問題となっている。
【0007】
従来、COを含有する環境下で発生する腐食としては、母材の減肉を伴う、いわゆる炭酸ガス腐食、あるいは母材の応力腐食割れが知られている。しかし、最近問題となっている割れは、円周溶接部のHAZのみに発生し、しかも、いわゆる炭酸ガス腐食が全く問題とならないようなマイルドな環境でも発生するという特徴を有している。また、この割れは、粒界割れを呈することから、粒界応力腐食割れ(Intergranular Stress Corrosion Cracking)(以下、IGSCCともいう)であると推定されている。
【0008】
このような円周溶接部のHAZに発生するIGSCCを防止するには、600〜650℃で3〜5min間保持するという、短時間の溶接後熱処理が有効であることが知られている。しかし、溶接後熱処理は、短時間といえども、パイプライン敷設工程を複雑にし、かつ工期を長びかせ、敷設コストを上昇させるという問題がある。このようなことから、溶接後熱処理を行うことなく、CO を含有する環境下でもHAZのIGSCCを防止できる、マルテンサイト系ステンレス鋼管円周溶接継手の製造方法が要望されている。
【0009】
本発明は、かかる要望に鑑みて成されたものであり、溶接後熱処理を施す必要のない、耐粒界応力腐食割れ性に優れたマルテンサイト系ステンレス鋼管円周溶接継手の製造方法を提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記した課題を達成するために、マルテンサイト系ステンレス鋼管円周溶接部のHAZにおけるIGSCCの発生におよぼす各種要因について鋭意検討した。その結果、基地中に分散する炭化物が円周溶接時の溶接熱サイクルにより一旦基地中に固溶し、その後の溶接熱サイクルで旧オーステナイト粒界にCr炭化物として析出し、旧オーステナイト粒界近傍にCr欠乏層が形成されるため、COを含有する環境下に晒されるとIGSCCが発生することを突き止めた。
【0011】
このようなメカニズムによる応力腐食割れは、オーステナイト系ステンレス鋼では知られていたが、マルテンサイト系ステンレス鋼で発生するとは考えられていなかった。というのは、マルテンサイト組織中のCrの拡散速度は、オーステナイト組織中のそれに比較し非常に大きいことから、マルテンサイト系ステンレス鋼では、Cr炭化物が生成してもCrが連続的に供給されるため、Cr欠乏層は形成されないと考えられていたからである。しかし、本発明者らは、マルテンサイト系ステンレス鋼でも鋼管円周溶接部のHAZにおける特定の溶接条件の下ではCr欠乏層が形成され、マイルドな腐食環境でもIGSCCに至ることを初めて見出した。
【0012】
そして、本発明者らは更なる考究を行った結果、用いるマルテンサイト系ステンレス鋼管のP含有量を0.010mass%以下に制限することにより、旧オーステナイト粒界へのCr炭化物の析出が抑制され、実質的に鋼管円周溶接継手のHAZにおけるIGSCCを抑制できることを見出した。
【0013】
本発明は、上記した知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものである。すなわち、本発明の要旨はつぎのとおりである。
(1)マルテンサイト系ステンレス鋼管の端部同士を突き合わせたのち、該端部に沿って円周方向に溶接を施して複数層からなる円周溶接部を形成しマルテンサイト系ステンレス鋼管円周溶接継手を製造するに当たり、
前記マルテンサイト系ステンレス鋼管として、mass%で、P:0.010%以下に制限した組成のマルテンサイト系ステンレス鋼管を用いることを特徴とする耐粒界応力腐食割れ性に優れたマルテンサイト系ステンレス鋼管円周溶接継手の製造方法。
(2)(1)において、前記組成が、さらに、mass%で、C:0.015%以下、N:0.015%以下、Cr:10〜14%、Ni:3〜8%、Si:1.0%以下、Mn:2.0%以下、S:0.010%以下、Al:0.10%以下を含み、さらにCu:1〜4%、Co:1〜4%、Mo:1〜4%、W:1〜4%のうちから選ばれた1種又は2種以上を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成であることを特徴とするマルテンサイト系ステンレス鋼管円周溶接継手の製造方法。
(3)(2)において、前記組成に加えてさらに、mass%で、Ti:0.15%以下、Nb:0.10%以下、V:0.10%以下、Zr:0.10%以下、Hf:0.20%以下、Ta:0.20%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する組成とすることを特徴とするマルテンサイト系ステンレス鋼管円周溶接継手の製造方法。
(4)(2)または(3)において、前記組成に加えてさらに、mass%で、Ca:0.010%以下、Mg:0.010%以下、REM:0.010%以下、B:0.010%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する組成とすることを特徴とするマルテンサイト系ステンレス鋼管円周溶接継手の製造方法。
(5)mass%で、C:0.015%以下、N:0.015%以下、Cr:10〜14%、Ni:3〜8%、Si:1.0%以下、Mn:2.0%以下、S:0.010%以下、P:0.010%以下、Al:0.10%以下を含み、さらにCu:1〜4%、Co:1〜4%、Mo:1〜4%、W:1〜4%のうちから選ばれた1種又は2種以上を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有する溶接熱影響部の耐粒界応力腐食割れ性に優れたマルテンサイト系ステンレス鋼管。
(6)(5)において、前記組成に加えてさらに、mass%で、Ti:0.15%以下、Nb:0.10%以下、V:0.10%以下、Zr:0.10%以下、Hf:0.20%以下、Ta:0.20%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する組成とすることを特徴とするマルテンサイト系ステンレス鋼管。
(7)(5)または(6)において、前記組成に加えてさらに、mass%で、Ca:0.010%以下、Mg:0.010%以下、REM:0.010%以下、B:0.010%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する組成とすることを特徴とするマルテンサイト系ステンレス鋼管。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、溶接後熱処理を施すことなく、耐粒界応力腐食割れ性に優れたマルテンサイト系ステンレス鋼管円周溶接継手を安定して製造でき、炭酸ガスを含む天然ガス等のパイプラインを安価に製造でき、産業上格段の効果を奏する。なお、本発明で好適に使用するマルテンサイト系ステンレス鋼管は、ラインパイプ用として母材の強度及び靭性に優れ、さらに母材の耐炭酸ガス腐食性、耐硫化物応力腐食割れ性にも優れており、パイプラインの耐久性が向上するという効果もある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明では、マルテンサイト系ステンレス鋼管の端部同士を突き合わせたのち、該端部に沿って円周方向に複数層の溶接パスからなる多層盛溶接を施して、多層盛円周溶接部を形成しマルテンサイト系ステンレス鋼管円周溶接継手を構成する。
【0016】
本発明では、円周溶接部を形成する多層盛溶接の溶接方法はとくに限定する必要はない。公知の溶接法がいずれも好適に適用できるが、ラインパイプ用としては溶接効率、溶接作業性等の観点からは、ガスメタルアーク溶接(GMAW)、ガスタングステンアーク溶接(GTAW)とすることが好ましい。また、溶接条件も、マルテンサイト系ステンレス鋼管の端部同士を突き合わせて、端部に沿って円周方向に複数層の溶接パスからなる多層盛溶接を施して健全な円周溶接部が形成できる条件であればよく、とくに限定されない。溶接条件は、用途に応じて適宜決定すればよく、とくに限定する必要はない。
【0017】
本発明では、円周溶接部のHAZでのIGSCCの発生を防止するために、使用するマルテンサイト系ステンレス鋼管を、P含有量が0.010 mass%以下に制限された組成のマルテンサイト系ステンレス鋼管に限定する。これにより、鋼管円周溶接継手のHAZにおける旧オーステナイト粒界へのCr炭化物の析出が抑制され、鋼管円周溶接継手のHAZの耐粒界応力腐食割れ性が向上する。P含有量が0.010 mass%を超えると、HAZにおけるIGSCCの発生を抑制できなくなる。
【0018】
マルテンサイト系ステンレス鋼管のP含有量を0.010 mass%以下に制限することにより、HAZでのIGSCCの発生を抑制することができる理由については、現在までには明確となっていないが、本発明者らは、P含有量を0.010 mass%以下に制限することにより、HAZの旧オーステナイト粒界へのCr炭化物の析出が抑制されるものと考えている。なお、より厳しい腐食環境で使用される場合には、使用するマルテンサイト系ステンレス鋼管のP含有量は、0.005 mass%以下に低減することが好ましい。
【0019】
P以外のマルテンサイト系ステンレス鋼管組成については、本発明ではとくに限定する必要はないが、ラインパイプとして要求される鋼管母材の強度、靭性、熱間加工性や、耐炭酸ガス腐食性、耐硫化物応力腐食割れ性、さらには溶接熱影響部の靭性の観点から、各成分含有量に好ましい範囲がある。
【0020】
以下、本発明で使用するマルテンサイト系ステンレス鋼管組成におけるP以外の成分の適正範囲について説明する。以下、組成におけるmass%は単に%と記す。
【0021】
C:0.015%以下
Cは、鋼に固溶し、鋼の強度増加に寄与する元素であるが、多量の含有は、HAZを硬化させ、溶接割れを生じさせたり、溶接熱影響部靭性を劣化させるため、本発明では、できるだけ低減することが望ましい。本発明では、とくにHAZのIGSCCを防止するため、Cr炭化物として析出してCr欠乏層形成の原因となるCを、0.015%以下に限定することが好ましい。Cを0.015%を超えて含有すると、HAZのIGSCCを防止することが困難となる。なお、より好ましくは0.010%以下である。
【0022】
N:0.015%以下
Nは、Cと同様に、鋼に固溶し、鋼の強度増加に寄与する元素であり、多量の含有は、HAZを硬化させ、溶接割れを生じさせたり、溶接熱影響部靭性を劣化させる。また、Nは、Ti、Nb、Zr、V、Hf、Taと結合し窒化物を形成するため、炭化物を形成しCr炭化物の形成を防止できるTi、Nb、Zr、V、Hf、Ta量を実質的に低減することになり、これら元素のCr欠乏層形成を抑制しIGSCCを抑制する効果を低下させることになる。このため、Nはできるだけ低減することが望ましい。上記したNの悪影響は、0.015%以下であれば許容できるため、本発明では、Nは0.015%以下に限定することが好ましい。なお、より好ましくは0.010%以下である。
【0023】
Cr:10〜14%
Crは、耐炭酸ガス腐食性、耐孔食性、耐硫化物応力腐食割れ性等の耐食性を向上させるための基本元素であり、本発明では10%以上含有することが望ましい。一方、14%を超える含有は、フェライト相が形成しやすくなり、マルテンサイト組織を安定して確保するために多量の合金元素添加を必要とし材料コストの上昇を招く。このため、本発明ではCrは10〜14%の範囲に限定することが好ましい。
【0024】
Ni:3〜8%
Niは、耐炭酸ガス腐食性を向上させるとともに、固溶して強度上昇に寄与し、また靭性を向上させる元素である。また、Niはオーステナイト形成元素であり、低炭素域でマルテンサイト組織を安定して確保するために有効に作用する。このような効果を得るためには、3%以上の含有を必要とする。一方、8%を超える含有は、変態点が低下しすぎて、所望の特性を確保するための焼戻し処理が長時間となるうえ、材料コストの高騰を招く。このため、Niは3〜8%の範囲に限定することが好ましい。なお、より好ましくは4〜7%である。
【0025】
Si:1.0%以下
Siは、脱酸剤として作用するとともに、固溶して強度増加に寄与する元素であり、本発明では0.1%以上含有することが望ましい。しかし、Siはフェライト生成元素でもあり、1.0%を超える多量の含有は母材およびHAZ靭性を劣化させる。このため、Siは1.0%以下に限定することが好ましい。なお、より好ましくは0.1〜0.5%である。
【0026】
Mn:2.0%以下
Mnは、固溶して鋼の強度上昇に寄与するとともに、オーステナイト生成元素であり、フェライト生成を抑制して母材および溶接熱影響部靭性を向上させる。このような効果を得るためには0.2%以上含有することが好ましい。一方、2.0%を超えて含有しても効果が飽和する。このため、Mnは2.0%以下に限定することが好ましい。なお、より好ましくは0.2〜1.2%である。
【0027】
S:0.010%以下
Sは、MnS等の硫化物を形成し、加工性を低下させる元素であり、本発明ではできるだけ低減することが好ましいが、0.010%までは許容できる。このため、Sは0.010%以下に限定することが好ましい。
【0028】
Al:0.10%以下
Alは、脱酸剤として作用し、0.01%以上含有することが好ましいが、0.10%を超える含有は靭性を劣化させる。このため、Alは0.10%以下に限定することが好ましい。なお、より好ましくは0.01〜0.04%である。
【0029】
Cu:1〜4%、Co:1〜4%、Mo:1〜4%、W:1〜4%のうちから選ばれた1種又は2種以上
Cu、Co、Mo、Wはいずれも、COを含有する天然ガスを輸送するラインパイプ用鋼管に要求される特性である耐炭酸ガス腐食性を向上させる元素であり、本発明では選択して1種又は2種以上をCr、Niとともに、含有することが好ましい。
【0030】
Cu:1〜4%
Cuは、耐炭酸ガス腐食性を向上させるとともに、オーステナイト形成元素であり、低炭素域でマルテンサイト組織を安定して確保するために有効に作用する。このような効果を得るためには、1%以上含有することが好ましい。一方、4%を超えて含有しても、効果が飽和し、含有量に見合う効果が期待できなくなり経済的に不利となる。このため、Cuは1〜4%の範囲に限定することが好ましい。なお、より好ましくは1.5〜2.5%である。
【0031】
Co:1〜4%、
Coは、Cuと同様に、耐炭酸ガス腐食性を向上させるとともに、オーステナイト形成元素であり、低炭素域でマルテンサイト組織を安定して確保するために有効に作用する。このような効果を得るためには、1%以上含有することが好ましい。一方、4%を超えて含有しても、効果が飽和し、含有量に見合う効果が期待できなくなり経済的に不利となる。このため、Coは1〜4%の範囲に限定することが好ましい。なお、より好ましくは1.5〜2.5%である。
【0032】
Mo:1〜4%
Moは、耐応力腐食割れ性、さらには耐硫化物応力腐食割れ性、耐孔食性を向上させる元素であり、その効果を得るためには1%以上含有することが好ましい。一方、4%を超える含有は、フェライトを生成しやすくするとともに、耐硫化物応力腐食割れ性向上効果が飽和し、含有量に見合う効果が期待できなくなり経済的に不利となる。このため、Moは1〜4%の範囲に限定することが好ましい。なお、より好ましくは1.5〜3.0%である。
【0033】
W:1〜4%
Wは、Moと同様に、耐応力腐食割れ性、さらには耐硫化物応力腐食割れ性、耐孔食性を向上させる元素であり、その効果を得るためには1%以上含有することが好ましい。一方、4%を超える含有は、フェライトを生成しやすくするとともに、耐硫化物応力腐食割れ性向上効果が飽和し、含有量に見合う効果が期待できなくなり経済的に不利となる。このため、Wは1〜4%の範囲に限定することが好ましい。なお、より好ましくは1.5〜3.0%である。
【0034】
Ti:0.15%以下、Nb:0.10%以下、V:0.10%以下、Zr:0.10%以下、Hf:0.20%以下、Ta:0.20%以下のうちから選ばれた1種または2種以上
Ti、Nb、V、Zr、Hf、Taはいずれも、炭化物形成元素であり、1種または2種以上を選択して含有することが好ましい。Ti、Nb、V、Zr、Hf、Ta はいずれも、Crに比べて炭化物形成能が強く、溶接熱で固溶したCが、冷却時にCr炭化物として旧オーステナイト粒界に析出するのを抑制し、HAZの耐粒界応力腐食割れ性を向上させる効果を有する。また、Ti、Nb、V、Zr、Hf、Ta の炭化物は、溶接熱で高温に加熱されても溶解しにくく固溶Cの発生が抑制され、このことを介してCr炭化物の形成を抑制し、HAZの耐粒界応力腐食割れ性を向上させるという効果もある。このような効果を得るためには、Ti:0.03%以上、Nb:0.03%以上、V:0.02%以上、Zr:0.03%以上、Hf:0.03%以上、Ta:0.03%以上、をそれぞれ含有することが好ましい。一方、Ti:0.15%、Nb:0.10%、V:0.10%、Zr:0.10%、Hf:0.20%、Ta:0.20%を超える含有は、耐溶接割れ性、靭性を劣化させる。このため、Ti:0.15%以下、Nb:0.10%以下、V:0.10%以下、Zr:0.10%以下、Hf:0.20%以下、Ta:0.20%以下にそれぞれ限定することが好ましい。なお、より好ましくは、Ti:0.03〜0.12%、Nb:0.03〜0.08%、V:0.02〜0.08%、Zr:0.03〜0.08%、Hf:0.10〜0.18%、Ta:0.10〜0.18%である。
【0035】
Ca:0.010%以下、Mg:0.010%以下、REM:0.010%以下、B:0.010%以下のうちから選ばれた1種または2種以上
Ca、Mg、REM、Bは、いずれも熱間加工性、連続鋳造における安定製造性の向上に有効に作用する元素であり、必要に応じ選択して含有できる。このような効果を得るためには、Ca:0.0005%以上、Mg:0.0010%以上、REM:0.0010%以上、B:0.0005%以上、それぞれ含有することが好ましい。一方、Ca:0.010%、Mg:0.010%、REM:0.010%、B:0.010%を超えて含有すると粗大介在物として存在しやすくなるため耐食性の劣化、靭性の低下が著しくなる。このため、Ca:0.010%以下、Mg:0.010%以下、REM:0.010%以下、B:0.010%以下にそれぞれ限定することが好ましい。なお、Caは、鋼管の品質安定性が高く、製造コストも低く抑えることができ、品質安定性、経済性の観点から最も有効である。Caのより好ましい範囲は0.0005〜0.0030%である。
【0036】
上記した成分以外の残部はFeおよび不可避的不純物とすることが好ましい。
【0037】
つぎに、本発明で使用する鋼管は、上記した組成の継目無鋼管とすることが好ましいが、これに限定されるものではない。本発明で使用する継目無鋼管は、上記した組成の鋼管素材を加熱し、通常のマンネスマン−プラグミル方式、あるいはマンネスマン−マンドレルミル方式等の製造設備を用いて熱間加工、造管して、所望寸法の継目無鋼管としたものすることが好ましい。なお、得られた継目無鋼管は、空冷以上の冷却速度で室温まで冷却することが好ましい。なお、鋼管素材を、プレス方式の熱間押出設備を用いて継目無鋼管としても何ら問題はない。
【0038】
上記した組成の継目無鋼管であれば、熱間加工後、空冷以上の冷却速度で冷却すれば、マルテンサイト組織とすることができるが、熱間加工後室温まで冷却し、焼戻し処理を施すことが好ましい。また、熱間加工後、室温まで冷却したのち、さらにAc3 変態点以上の温度に再加熱したのち空冷以上の冷却速度で冷却する焼入れ処理を行ってもよい。焼入れ処理を施された継目無鋼管は、ついでAc1 変態点以下の温度で焼戻し処理を行うことが好ましい。
【0039】
なお、本発明では、上記したような継目無鋼管に限定されるものではなく、上記した組成の鋼管素材を用いて、通常の工程に従い、電縫鋼管、UOE鋼管、スパイラル鋼管などの溶接鋼管としてもよい。
【実施例】
【0040】
表1に示す組成の溶鋼を脱ガス後、100kg鋼塊に鋳造し、さらに熱間鍛造したのち、モデルシームレス圧延機を用いた熱間加工により造管し、外径65mm×肉厚5.5mmの継目無鋼管とした。なお、造管後、空冷した。
【0041】
得られた継目無鋼管について、造管後冷却のままで内外表面の割れ発生の有無を目視で調査し、熱間加工性を評価した。
【0042】
ついで、得られた継目無鋼管に、焼入れ焼戻し処理を施し、X−80グレードの鋼管とした。なお、一部の鋼管では、焼入れ処理を行わず、焼戻し処理のみとした。
【0043】
得られた鋼管について、引張試験、シャルピー衝撃試験、炭酸ガス腐食試験、硫化物応力腐食割れ試験、U曲げ応力腐食割れ試験を実施した。試験方法はつぎのとおりとした。
(1)引張試験
得られた継目無鋼管から、API 弧状引張試験片を採取し、引張試験を実施し、引張特性(降伏強さYS、引張強さTS)を求め、母材強度を評価した。
(2)シャルピー衝撃試験
得られた継目無鋼管から、JIS Z 2202の規定に準拠してVノッチ試験片(厚さ:5.0mm)を採取し、JIS Z 2242の規定に準拠してシャルピー衝撃試験を実施し、−40℃における吸収エネルギーvE−40(J)を求め、母材靭性を評価した。
(3)炭酸ガス腐食試験
得られた継目無鋼管から、厚さ3mm×幅25mm×長さ50mmの腐食試験片を機械加工によって採取し、腐食試験を実施し、耐炭酸ガス腐食性、耐孔食性を評価した。腐食試験は、オートクレーブ中に保持された3.0MPaの炭酸ガスを飽和させた150℃の20%NaCl水溶液中に腐食試験片を浸漬し、浸漬期間を30日間として実施した。腐食試験後の試験片について、重量を測定し、腐食試験前後の重量減から計算した腐食速度を求めた。また、試験後の腐食試験片について倍率:10倍のルーペを用いて試験片表面の孔食発生の有無を観察した。孔食が発生しなかった場合を○、発生した場合を×とした。
(4)硫化物応力腐食割れ試験
得られた継目無鋼管から、4点曲げ試験片(大きさ:厚さ4mm×幅15mm×長さ115mm)を採取し、EFC No.17に準拠した4点曲げ試験を実施し、耐硫化物応力腐食割れ性を評価した。使用した試験液は、5%NaCl+NaHCO3液(pH:4.5 )とし、10%H2S+CO2 混合ガスを流しながら試験を行った。付加応力はYSとし、試験期間は720時間とし、破断の有無を測定した。破断しなかった場合を○、破断したものを×とした。なお、YSは母材降伏強さである。
(5)U曲げ応力腐食割れ試験
得られた継目無鋼管から、厚さ4mm×幅15m×長さ15mmの試験用素材を採取した。ついで、採取した試験用素材の中央部に、溶接熱サイクルを付与した。
【0044】
付与した溶接熱サイクルは、図1に示す条件とした。
【0045】
ついで、これら溶接熱サイクル付与済みの試験用素材中央部から、厚さ2mm×幅15mm×長さ75mmの試験片を切出し、U曲げ応力腐食割れ試験を実施した。
【0046】
U曲げ応力腐食割れ試験は、図2に示すような治具を用いて試験片を内半径:8mmでU字型に曲げ、腐食環境中に浸漬する試験とした。試験期間は168時間とした。使用した腐食環境は、液温:100℃または150℃、CO圧:0.1MPa 、pH:2.0の5%NaCl液とした。試験後、試験片断面について、100倍の光学顕微鏡で割れの有無を観察し、耐粒界応力腐食割れ性を評価した。割れがある場合を×、割れがない場合を○とした。
【0047】
得られた結果を表2に示す。
【0048】
【表1】

【0049】
【表2】

【0050】
本発明例はいずれも、溶接後熱処理を施すことなく、円周溶接部HAZのIGSCCを防止することができ、HAZの耐粒界応力腐食割れ性に優れていることがわかる。また、本発明例はいずれも、ラインパイプ用として優れた母材強度、母材靭性を有するうえ、母材の耐炭酸ガス腐食性、耐硫化物応力腐食割れ性にも優れ、さらに充分な熱間加工性をも有している。これに対し、本発明の範囲を外れる比較例は、HAZにIGSCCが発生し、HAZの耐粒界応力腐食割れ性が不足している。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】使用した溶接熱サイクルを模式的に示す説明図である。
【図2】使用したU曲げ応力腐食割れ試験用試験片の曲げ状況を模式的に示す説明図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マルテンサイト系ステンレス鋼管の端部同士を突き合わせたのち、該端部に沿って円周方向に複数層の溶接パスからなる多層盛溶接を施して円周溶接部を形成しマルテンサイト系ステンレス鋼管円周溶接継手を製造するに当たり、
前記マルテンサイト系ステンレス鋼管として、mass%で、P:0.010%以下に制限した組成のマルテンサイト系ステンレス鋼管を用いることを特徴とする耐粒界応力腐食割れ性に優れたマルテンサイト系ステンレス鋼管円周溶接継手の製造方法。
【請求項2】
前記組成が、さらに、mass%で、
C:0.015%以下、 N:0.015%以下、
Cr:10〜14%、 Ni:3〜8%、
Si:1.0%以下、 Mn:2.0%以下、
S:0.010%以下、 Al:0.10%以下
を含み、さらにCu:1〜4%、Co:1〜4%、Mo:1〜4%、W:1〜4%のうちから選ばれた1種又は2種以上を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成であることを特徴とする請求項1に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼管円周溶接継手の製造方法。
【請求項3】
前記組成に加えてさらに、mass%で、Ti:0.15%以下、Nb:0.10%以下、V:0.10%以下、Zr:0.10%以下、Hf:0.20%以下、Ta:0.20%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する組成とすることを特徴とする請求項2に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼管円周溶接継手の製造方法。
【請求項4】
前記組成に加えてさらに、mass%で、Ca:0.010%以下、Mg:0.010%以下、REM:0.010%以下、B:0.010%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する組成とすることを特徴とする請求項2または3に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼管円周溶接継手の製造方法。
【請求項5】
mass%で、
C:0.015%以下、 N:0.015%以下、
Cr:10〜14%、 Ni:3〜8%、
Si:1.0%以下、 Mn:2.0%以下、
S:0.010%以下、 P:0.010%以下、
Al:0.10%以下
を含み、さらにCu:1〜4%、Co:1〜4%、Mo:1〜4%、W:1〜4%のうちから選ばれた1種又は2種以上を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有する溶接熱影響部の耐粒界応力腐食割れ性に優れたマルテンサイト系ステンレス鋼管。
【請求項6】
前記組成に加えてさらに、mass%で、Ti:0.15%以下、Nb:0.10%以下、V:0.10%以下、Zr:0.10%以下、Hf:0.20%以下、Ta:0.20%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する組成とすることを特徴とする請求項5に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼管。
【請求項7】
前記組成に加えてさらに、mass%で、Ca:0.010%以下、Mg:0.010%以下、REM:0.010%以下、B:0.010%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する組成とすることを特徴とする請求項5または6に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼管。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−110585(P2006−110585A)
【公開日】平成18年4月27日(2006.4.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−299279(P2004−299279)
【出願日】平成16年10月13日(2004.10.13)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】