説明

脱硫剤及び溶融鉄の脱硫処理方法

【課題】 比較的簡便に製造可能であり、1300℃以下の低温の溶銑であっても、高効率の脱硫処理を可能にする、CaOを主成分とする脱硫剤を提供する。
【解決手段】 本発明に係る脱硫剤は、CaOを主成分とし且つCaF2を含有するCaO含有粉状体と、Al23及びSiO2を主に含有し且つ予め溶融した後に固化した固体粉状物質と、を含有することを特徴とする。この場合、前記固体粉状物質の配合比率を5質量%以上「100−10X」質量%以下とする(XはCaO含有粉状体のCaF2含有量(質量%))、或いは、前記固体粉状物質として高炉で溶銑を製造する際に副産物として生成される高炉スラグとすることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶銑などの溶融鉄の脱硫処理に使用するCaO(石灰)を主成分とする脱硫剤及びそれを用いた溶融鉄の脱硫処理方法に関し、詳しくは、温度の低い溶銑であっても効率良く脱硫処理することの可能なCaOを主成分とする脱硫剤、並びに、それを用いた溶融鉄の脱硫処理方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
高炉から出銑された溶銑には、鋼の品質に悪影響を及ぼす硫黄(S)が高濃度で含まれている。また近年では、鋼の高純度化に対する要求が従来にも増して強くなり、これに伴い鋼中の硫黄を低減するための脱硫処理が、溶銑段階及び溶鋼段階で行われている。但し、溶銑と溶鋼とを比較すると、溶銑の方が、酸素ポテンシャルが低く脱硫反応に有利である、或いは、溶銑の方が、硫黄の活量を増大させる成分つまり脱硫反応を促進させる成分の含有量が高い、などの理由から、溶鋼に比べて溶銑の方が脱硫反応は効率的であり、従って、通常、溶銑段階で脱硫処理が実施されている。尚、本発明では溶銑及び溶鋼をまとめて溶融鉄と称している。
【0003】
この溶銑の脱硫処理方法にも、CaOを主成分とする脱硫剤、カルシウム・カーバイドを主成分とする脱硫剤、ソーダ灰を主成分とする脱硫剤、金属Mgを主成分とする脱硫剤など種々の脱硫剤を用いた脱硫処理が行われているが、安価であることから、近年では、CaOを主成分とする脱硫剤が広く用いられている。このCaOを主成分とする脱硫剤による溶銑の脱硫反応は、一般的に下記の(2)式で示される。但し、(2)式において、[S]は溶銑中の硫黄、(CaS)はスラグ中のCaS、[O]は溶銑中の酸素を示す。
【0004】
【数1】

【0005】
この(2)式の反応を進めて脱硫を促進させるには、反応温度の上昇、溶銑中酸素ポテンシャルの低下、脱硫剤が滓化して形成されるスラグの塩基度(CaO/SiO2)の増加などが挙げられる。また、脱硫剤の滓化を促進することも有効である。しかしながら、溶銑が1300℃以下の低温の場合には、熱力学的に脱硫反応速度が低下するので、脱硫処理時間が延長したり、脱硫剤原単位が増加したりするのが現状である。
【0006】
ところで、従来、脱硫効率が高く、脱硫処理に優れている、CaOを主成分とする脱硫剤が多数提案されている。例えば、特許文献1には、CaO:30〜60質量%、MgO:3〜10質量%、Al23:25〜50質量%、SiO2:5〜15質量%の成分からなり、融点を1300〜1600℃とする、流動性に優れたカルシウム・アルミネート系脱硫剤が開示されている。
【0007】
特許文献2及び特許文献3には、CaOを主成分とする脱硫剤中に、酸化鉄(FeO)及びAl源を含有させ、溶銑中の珪素をFeOで酸化させてSiO2を生成させ、且つAlをFeOと反応させることによってAl23を生成させ、このようにして生成するCaO−SiO2−Al23系の半溶融状態のスラグにより溶銑を脱硫処理する方法が開示されている。
【0008】
特許文献4には、溶銑及び溶鋼を脱硫するのに好適な精錬用フラックスとして、CaOを27〜37質量%、Al23を14〜24質量%、SiO2を29〜39質量%、CaF2を10〜20質量%含有する精錬用フラックスであって、12CaO・7Al23、CaO・Al23、CaO・2Al23及びCaO・SiO2を含有する精錬用フラックスが開示されている。
【0009】
また、特許文献5には、CaOを主成分とする脱硫剤による溶銑の脱硫処理で発生した、塩基度((質量%CaO)/(質量%SiO2))が2.5以上、Al23含有量が10質量%以下、硫黄含有量が5.0質量%以下である、CaOを主成分とする脱硫スラグを脱硫剤として再利用することが開示されている。ここで、脱硫スラグとは、脱硫剤を添加して行う脱硫処理により発生したスラグである。
【特許文献1】特開2002−60832号公報
【特許文献2】特開2006−161086号公報
【特許文献3】特開2003−253315号公報
【特許文献4】特開2006−257518号公報
【特許文献5】特開2007−262511号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、溶銑が1300℃以下の低温の場合に、上記従来技術の脱硫剤を用いて脱硫処理した場合には、以下の問題点がある。
【0011】
即ち、特許文献1の脱硫剤は、温度が1300℃以下の溶銑の場合には、滓化が進行せず、流動性が発揮できない可能性が高い。また、脱硫剤の原料となる各種鉱物を所定の組成になるように混合し、これを電気炉などの溶解炉で溶解して製造することから、製造コストが増大するという問題点もある。
【0012】
特許文献2及び特許文献3の脱硫剤は、FeOが脱硫剤中に含有されるため、該脱硫剤を溶銑へ添加した際、溶銑の酸素ポテンシャルが増大し、脱硫反応の進行を阻害する恐れがある。
【0013】
特許文献4の脱硫剤は、塩基度が低いので、脱硫反応が進行しない可能性があり、また、環境に悪影響を及ぼす成分であるCaF2の含有量が10〜20質量%と比較的多いことから、発生する脱硫スラグを再使用する際にフッ素が溶出し、環境に悪影響を及ぼす恐れがある。脱硫剤中のCaF2の含有量は、脱硫反応効率が低下しない程度に少なくすることが望まれている。
【0014】
特許文献5の脱硫剤は、一度使用した脱硫剤を再度脱硫剤として使用するものであり、脱硫剤として再度使用する際には既に硫黄が含有されており、1300℃以下の低温の溶銑では、本来、CaOによる脱硫反応が起こり難いこともあり、再使用の脱硫剤で効率良く脱硫することは極めて困難であると言わざるを得ない。
【0015】
このように、1300℃以下の低温の溶銑を、CaOを主成分とする脱硫剤によって脱硫する場合には、CaOの滓化のために添加するMgO、Al23、SiO2などが滓化促進剤として機能しない可能性が高く、また本来、低温であるがゆえにCaOによる脱硫反応が起こり難いこともあいまって、効率的な脱硫処理を行えないのが実情である。
【0016】
本発明は上記事情に鑑みてなされたもので、その目的とするところは、比較的簡便に製造可能であり、1300℃以下の低温の溶銑であっても、高効率の脱硫処理を可能にする、CaOを主成分とする脱硫剤を提供するとともに、この脱硫剤を用いた溶融鉄の脱硫処理方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記課題を解決するための第1の発明に係る脱硫剤は、CaOを主成分とし且つCaF2を含有するCaO含有粉状体と、Al23及びSiO2を主に含有し且つ予め溶融した後に固化した固体粉状物質と、を含有することを特徴とするものである。
【0018】
第2の発明に係る脱硫剤は、第1の発明において、前記固体粉状物質の配合比率が下記の(1)式の範囲内であることを特徴とするものである。但し、(1)式において、Aは脱硫剤中の固体粉状物質の配合比率(質量%)、XはCaO含有粉状体のCaF2含有量(質量%)である。
【0019】
【数2】

【0020】
第3の発明に係る脱硫剤は、第1または第2の発明において、前記固体粉状物質は、高炉で溶銑を製造する際に副産物として生成されるスラグであることを特徴とするものである。
【0021】
第4の発明に係る脱硫剤は、第1ないし第3の発明の何れかにおいて、前記CaO含有粉状体のCaF2含有量は、1質量%以上7質量%以下であることを特徴とするものである。
【0022】
第5の発明に係る脱硫剤は、第1ないし第4の発明の何れかにおいて、前記脱硫剤の塩基度((質量%CaO)/(質量%SiO2))が3.5以上であることを特徴とするものである。
【0023】
第6の発明に係る脱硫剤は、第1ないし第5の発明の何れかにおいて、前記CaO含有粉状体と前記固体粉状物質とは混合されていることを特徴とするものである。
【0024】
第7の発明に係る脱硫剤は、第1ないし第6の発明の何れかにおいて、前記脱硫剤は、更に、脱酸のための金属物質を含有することを特徴とするものである。
【0025】
第8の発明に係る溶融鉄の脱硫処理方法は、処理容器内に保持された溶融鉄に、第1ないし第7の発明の何れか1つに記載の脱硫剤を添加し、溶融鉄を脱硫処理することを特徴とするものである。
【0026】
第9の発明に係る溶融鉄の脱硫処理方法は、第8の発明において、前記溶融鉄が1300℃以下の溶銑であることを特徴とするものである。
【0027】
第10の発明に係る溶融鉄の脱硫処理方法は、第8または第9の発明において、前記脱硫剤を、前記溶融鉄の浴面の上方から溶融鉄に上置き添加することを特徴とするものである。
【0028】
第11の発明に係る溶融鉄の脱硫処理方法は、第8または第9の発明において、前記脱硫剤を、前記溶融鉄の浴面の上方に配置した上吹きランスを介して搬送用ガスとともに溶融鉄の浴面に向けて上吹き添加することを特徴とするものである。
【0029】
第12の発明に係る溶融鉄の脱硫処理方法は、第8または第9の発明において、前記脱硫剤を、前記溶融鉄の浴中に浸漬させたインジェクションランスを介して搬送用ガスとともに溶融鉄中に吹き込み添加することを特徴とするものである。
【0030】
第13の発明に係る溶融鉄の脱硫処理方法は、第8ないし第12の発明の何れかにおいて、前記処理容器に保持された溶融鉄を、攪拌羽根によって攪拌しながら脱硫処理することを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0031】
本発明によれば、CaOを主成分とし且つCaF2を含有するCaO含有粉状体に、一旦溶融した後に固化した、Al23及びSiO2を主に含有する固体粉状物質を加えたものを脱硫剤とするので、前記固体粉状物質及びCaF2がCaO含有粉状体中のCaOの融点を低下させてCaOの滓化を促進させる。その結果、脱硫効率が悪化する1300℃以下の低温の溶銑であっても、高速且つ高効率の脱硫処理が可能となる。これにより、脱硫処理時間の削減、脱硫剤原単位の削減が可能となり、脱硫処理コストの大幅な低減が達成される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0032】
以下、本発明を具体的に説明する。先ず、本発明に至った経緯について説明する。
【0033】
本発明者らは、1300℃以下の低温の溶銑における脱硫処理でも効率良く脱硫処理が可能で、且つ安価に製造可能な、CaOを主成分とする脱硫剤について検討を行った。その結果、脱硫剤の組成を、CaO−Al23−SiO2−CaF2の4元系とすることで、脱硫剤が比較的低融点になることが分かった。これは、CaOによる脱硫反応ではCaOを滓化させることが必要であり、1300℃以下の低温での脱硫処理では、脱硫剤の融点を低くすることが必要となるからである。
【0034】
そこで、本発明者らは比較的容易に入手することのできる上記4元系物質を模索した結果、高炉から溶銑を製造する際に副産物として生成されるスラグ(以下、「高炉スラグ」と称す)に着目した。高炉スラグの組成の一例を表1に示すように、高炉スラグは、CaF2を含有しないものの多成分系であり、従って、高炉スラグを使用し、且つ、CaF2を含有する物質を補うことにより、上記4元系物質を得ることができる。尚、高炉スラグは、高炉から溶融状態で排出され、その後冷却して固化したものであり、このように一旦溶融化することを「プリメルト」と称している。
【0035】
【表1】

【0036】
高炉スラグには、セメント用原料向けとして、急冷され且つ微粉末化されるもの(「高炉水砕スラグ」或いは「高炉風碎スラグ」という)がある。この高炉スラグ微粉末を、従来使用していたCaO−5質量%CaF2脱硫剤と混合させて、高炉スラグ微粉末が20質量%、CaO−5質量%CaF2脱硫剤が80質量%の脱硫剤を試作し、この試作した脱硫剤を用いて、1350℃と1250℃との2水準の温度の溶銑を脱硫処理し、両者の脱硫挙動を比較した。
【0037】
その結果、試作した脱硫剤を使用することにより、1250℃の溶銑でも、1350℃(通常の溶銑温度)の溶銑と同等の脱硫速度を得られることが分かった。この場合、脱硫速度は下記の(3)式により求めた。但し、(3)式において、Ksは脱硫速度定数(min-1)、tは処理時間(min)、[%S]0は処理前の溶融鉄中硫黄濃度、[%S]tは処理開始後t分間経過した時点での溶融鉄中硫黄濃度である。
【0038】
【数3】

【0039】
前述した通り、(2)式で示されるCaOによる脱硫反応は、一般的に温度が高いほど進行するが、上記試作の脱硫剤を用いることにより、1300℃以下の低温の溶銑でも効率良く脱硫処理できるとの知見が得られた。
【0040】
本発明は、上記知見に基づきなされたものであり、1300℃以下の低温の溶銑であっても高効率で脱硫処理を可能とする、本発明に係る脱硫剤は、CaO−5質量%CaF2脱硫剤などの、CaOを主成分とし且つCaF2を含有するCaO含有粉状体(以下、単に「CaO含有粉状体」とも記す)と、高炉スラグなどの、Al23及びSiO2を主に含有し且つ予め溶融した後に固化した固体粉状物質と、を含有することを特徴とする。
【0041】
これは、Al23及びSiO2を主に含有し且つ予め溶融した後に固化した固体粉状物質(以下、単に「固体粉状物質」とも記す)がプリメルトであることにより、純物質を混合した場合に比べて固体粉状物質の溶融温度が低下し、それに伴ってCaOの滓化が促進され、その結果、脱硫剤の表面に容易に溶融相が形成されて、脱硫速度が向上するからである。尚、本発明において、Al23及びSiO2を主に含有する固体粉状物質とは、Al23及びSiO2をそれぞれ10質量%以上含有する粉状物質のことである。Al23及びSiO2が10質量%以上の範囲で、上記の効果を確実に得ることができる。また、Al23及びSiO2を主に含有する固体粉状物質は、Al23及びSiO2の他に、CaO、MgO、MnO、P25、TiO2、FeO、Fe23などを含有しても本発明を実施する上で何ら問題とならず、これら成分を含有していても構わない。
【0042】
本発明者らは、前記CaO含有粉状体として、従来使用していたCaO−CaF2脱硫剤を使用し、また、前記固体粉状物質として高炉スラグを使用して、これらCaO−CaF2脱硫剤と高炉スラグとの配合比率を変化させて脱硫剤を作製し(高炉スラグの配合比率:0〜100質量%)、作製した脱硫剤を用い、攪拌羽根によって攪拌しながら脱硫処理する実験室規模の試験装置を用いて溶銑の脱硫処理を実施した。表2に、脱硫処理の試験条件を示す。
【0043】
【表2】

【0044】
図1は、従来使用していたCaO−5質量%CaF2脱硫剤に、配合比率を変化させて高炉スラグを配合して作製した脱硫剤を用い、溶銑を脱硫処理したときの脱硫速度定数を調査した結果を示す図であり、高炉スラグの配合比率が5〜50質量%の範囲、つまり特定の配合範囲内で脱硫速度が増加することが分かった。
【0045】
即ち、脱硫剤中の前記固体粉状物質の配合比率は、図1の結果などから、前記CaO含有粉状体のCaF2含有量をX質量%とすると、5質量%以上「100−10X」質量%以下とすることが好ましいことが分かった。尚、図1のデータは、X=5質量%のときのデータであり、この場合は「100−10X」=50質量%となる。
【0046】
これは、脱硫剤中の前記固体粉状物質の含有量が5質量%未満では、生成される液相割合が少なく、プリメルトの固体粉状物質の効果が発現されにくく、一方、「100−10X」質量%を超えると、得られる脱硫剤の塩基度の低下や、液相率過多によるスラグ粒子の凝集が促進されるなどして、脱硫速度の低下する恐れがあるが、脱硫剤中の前記固体粉状物質の含有量が5質量%以上「100−10X」質量%以下の範囲では、これらの恐れを懸念することなく高い脱硫速度を確保できるからである。固体粉状物質の配合比率が、CaO含有粉状体のCaF2含有量に影響される理由は、固体粉状物質及びCaO含有粉状体中のCaF2は、ともにCaOの滓化促進剤として機能し、CaOの最適な液相状態を得るには、どちらか一方の配合量が多ければ、他方の配合量は自ずと少なくなるからである。
【0047】
また、図2は、SiO2含有量の異なる高炉スラグを使用し、高炉スラグとCaO−5質量%CaF2脱硫剤との配合比率を変化させ、作製される脱硫剤の塩基度((質量%CaO)/(質量%SiO2))を変更して溶銑を脱硫処理したときの脱硫速度定数を調査した結果を示す図であり、塩基度が3.5以上の領域で脱硫速度が大きく向上することが分かった。
【0048】
つまり、本発明に係る脱硫剤の塩基度((質量%CaO)/(質量%SiO2))は、3.5以上であることが好ましい。これは、塩基度が3.5以上になると、脱硫剤中のSiO2含有量が減少するために、溶融した状態の脱硫剤の粘性が低下し、溶融した脱硫剤粒子の凝集が抑制され、脱硫速度がより一層高くなるからである。尚、この塩基度が3.5の値は、Al23及びSiO2を含有するプリメルトの固体粉状物質とCaO含有粉状体との配合質量比が1.0の場合に相応する。
【0049】
更に、CaO−5質量%CaF2脱硫剤と高炉スラグとを、予め混合して添加する方が、それぞれ別々に添加するよりも脱硫速度が速いことが分かった。これは、予め混合している場合には、脱硫剤を溶融鉄に添加した際に、CaO粒子の周囲に均一に液相が生成されやすくなるためである。
【0050】
また、脱硫剤中のCaF2の含有量は、環境への悪影響を考えると低い方が良く、一方、CaF2によるCaOの滓化促進効果は脱硫反応において有効であることから、低温溶銑でも脱硫速度が安定する範囲が望ましい。これらの事情を踏まえ、高炉スラグの配合比率を20質量%の一定として、CaO含有粉状体のCaF2含有量を0〜10質量%の範囲で変更して脱硫剤を作製し、作製した脱硫剤を用い、前記実験室規模の試験装置を用いて溶銑の脱硫処理を実施した。脱硫剤の組成以外の脱硫処理の試験条件は、前述した表2に準拠した。図3に脱硫速度定数の調査結果を示す。
【0051】
図3に示すように、CaO含有粉状体のCaF2含有量は1〜7質量%が好ましいことが分かった。これは、CaO含有粉状体中のCaF2の含有量が1質量%未満では、添加量が少ないために液相割合が少なく、添加効果が発現されにくく、一方、7質量%を超えると、逆に液相率過多によるスラグ粒子同士の凝集が促進され、脱硫速度の低下が懸念されるが、CaO含有粉状体のCaF2の含有量が1質量%以上7質量%以下では、CaF2の添加効果が十分に発現し、脱硫速度を高めることができるからである。
【0052】
本発明に係る脱硫剤を使用して脱硫処理を行う対象の溶融鉄は、溶銑及び溶鋼の何れの場合でも適用できるが、特に、1300℃以下の溶銑の脱硫処理に適用することが好ましい。本発明に係る脱硫剤は、滓化性に優れることから、1300℃以上の場合には、脱硫剤の液相率が過多となり、脱硫剤粒子同士の凝集を招き、脱硫速度が低下してしまう恐れがあるが、1300℃以下の溶銑の場合には脱硫剤の液相率は過多とならず、効率良く脱硫処理できるからである。
【0053】
尚、本発明において使用する、Al23及びSiO2を含有するプリメルトの固体粉状物質としては、高炉スラグに代表される鉄鋼スラグが望ましいが、鉄鋼分野以外の工業製品製造過程で発生する副生品やダスト、或いは廃棄物を有姿の状態、或いは粉砕、分級などの加工をして使用することもできる。当然ながら、珪石とボーキサイトとを混合したものを電気炉などで溶融して製造したものであっても構わない。
【0054】
また、本発明に係る脱硫剤に脱酸のための金属物質を添加しても構わない。脱酸のための金属物質を添加すると、溶融鉄の酸素ポテンシャルが低減するため、脱硫反応が促進されるからである。脱酸のための金属物質としては、Al、Si、Mgなどの元素を含有している金属或いは合金などを用いればよい。
【0055】
本発明に係る脱硫剤は、該脱硫剤を処理容器内に保持された溶融鉄に添加して、溶融鉄中に含有する硫黄を除去するプロセスに適用できる。このとき、脱硫剤の添加方法としては、回転している溶融鉄浴面の上方から上置き添加することで十分脱硫処理することができる。また、溶融鉄の浴面上に上吹きランスを介して搬送用ガスとともに上吹き添加する方法でも十分適用できる。更に、溶融鉄中に浸漬させたインジェクションランスから搬送用ガスとともに溶融鉄中に吹き込んで添加する方法でもよい。尚、上吹きランスを用いた上吹き添加、インジェクションランスを介した吹き込み添加に使用する搬送用ガスとしては、窒素、アルゴンなどの不活性ガスやプロパンなどの還元性ガスなど、非酸化性ガスを用いるのが好ましい。
【0056】
特に、使用する脱硫処理装置としては、インペラとも称する攪拌羽根を溶融鉄内に浸漬して回転させ、溶融鉄の攪拌を行う機械攪拌式脱硫装置が、攪拌力が大きく反応速度が大きいことから好ましい。
【0057】
本発明に係る脱硫剤は、CaO−CaF2脱硫剤などのCaO含有粉状体と、高炉スラグなどのAl23及びSiO2を含有するプリメルトの固体粉状物質とを、混合するという比較的簡便な手法で製造できるので、比較的低コストで製造することが可能であり、両者を単純に混合するのみでも十分な脱硫効果が得られる。但し、密閉の攪拌装置を有する混合器の中で両者を十分に混合して製造することが好ましい。これは攪拌機での混合により、物理的にCaO含有粉状体粒子の表面に、Al23及びSiO2を含有するプリメルトの固体粉状物質を付着させることができるため、溶融鉄への脱硫剤の添加と同時にAl23及びSiO2を含有するプリメルトの固体粉状物質粒子の溶融が起こり、微細状態で固体CaO粒子の表面に溶融スラグ相を形成することが可能となる。その結果、液相生成の効果に加えて、反応界面積増大の効果が更に加わり、脱硫反応が更に向上するためである。
【0058】
以上説明したように、本発明によれば、CaOを主成分とし且つCaF2を含有するCaO含有粉状体に、一旦溶融した後に固化した、Al23及びSiO2を主に含有する固体粉状物質を加えたものを脱硫剤とするので、固体粉状物質及びCaF2がCaOの融点を低下させ、CaOの滓化が促進されて、脱硫効率が悪化する1300℃以下の低温の溶銑であっても、高速且つ高効率の脱硫処理が可能となる。
【実施例1】
【0059】
本発明に係る脱硫剤を用いて、C:4.2〜4.4質量%、Si:0.1〜0.2質量%、P:0.10〜0.12質量%、S:0.025〜0.030質量%の溶銑に、脱硫処理を実施した例(本発明例)について説明する。
【0060】
機械攪拌式脱硫装置において、溶銑搬送用の溶銑鍋に収容された約300トンの溶銑に攪拌羽根を浸漬させ、本発明に係る脱硫剤を溶銑トンあたり5kg添加し、攪拌羽根を140rpmの回転速度で回転させて溶銑と脱硫剤とを攪拌し、15分間脱硫処理した。また、比較のために、本発明に係る脱硫剤とは異なる脱硫剤を用いた脱硫処理(比較例)も実施した。表3に、本発明例及び比較例における脱硫処理条件を示す。
【0061】
【表3】

【0062】
本発明例1では、脱硫剤を構成する、CaOを主成分とし且つCaF2を含有するCaO含有粉状体としてCaO−5質量%CaF2脱硫剤を用い、このCaO−5質量%CaF2脱硫剤に、加熱炉で製造したプリメルトのAl23−SiO2含有物質を、Al23及びSiO2を含有するプリメルトの固体粉状物質として混合し、作製した脱硫剤を使用し、この脱硫剤を、1250℃の溶銑に一括上置き添加して脱硫処理した。脱硫剤中の固体粉状物質の配合量は20質量%とした。
【0063】
本発明例2では、前記CaO含有粉状体としてCaO−5質量%CaF2脱硫剤を用い、このCaO−5質量%CaF2脱硫剤に、高炉スラグを前記固体粉状物質として混合して作製した脱硫剤を使用し、この脱硫剤を、1250℃の溶銑に一括上置き添加して脱硫処理した。脱硫剤中の固体粉状物質の配合量は20質量%とした。
【0064】
本発明例3では、前記CaO含有粉状体としてCaO−5質量%CaF2脱硫剤を用い、また、前記固体粉状物質として高炉スラグを用い、このCaO−5質量%CaF2脱硫剤と高炉スラグとを混合せずに、脱硫剤としてそれぞれ別々に1250℃の溶銑に一括上置き添加して脱硫処理した。脱硫剤中の固体粉状物質の配合量は20質量%とした。
【0065】
本発明例4では、前記CaO含有粉状体としてCaO−5質量%CaF2脱硫剤を用い、このCaO−5質量%CaF2脱硫剤に、高炉スラグを前記固体粉状物質として混合して作製した脱硫剤を使用し、この脱硫剤を、1250℃の溶銑に上吹きランスから上吹き添加して脱硫処理した。脱硫剤中の固体粉状物質の配合量は20質量%とした。
【0066】
本発明例5では、前記CaO含有粉状体としてCaO−5質量%CaF2脱硫剤を用い、このCaO−5質量%CaF2脱硫剤に、高炉スラグを前記固体粉状物質として混合して作製した脱硫剤を使用し、この脱硫剤を、1350℃の溶銑に一括上置き添加して脱硫処理した。脱硫剤中の固体粉状物質の配合量は20質量%とした。
【0067】
本発明例6では、前記CaO含有粉状体としてCaO−5質量%CaF2脱硫剤を用い、このCaO−5質量%CaF2脱硫剤に、高炉スラグを前記固体粉状物質として混合して作製した脱硫剤を使用し、この脱硫剤を、1250℃の溶銑に一括上置き添加して脱硫処理した。脱硫剤中の固体粉状物質の配合量は45質量%とした。
【0068】
本発明例7では、前記CaO含有粉状体としてCaO−5質量%CaF2脱硫剤を用い、このCaO−5質量%CaF2脱硫剤に、高炉スラグを前記固体粉状物質として混合して作製した脱硫剤を使用し、この脱硫剤を、1250℃の溶銑に一括上置き添加して脱硫処理した。脱硫剤中の固体粉状物質の配合量は60質量%とした。
【0069】
本発明例8では、前記CaO含有粉状体としてCaO−1質量%CaF2脱硫剤を用い、このCaO−1質量%CaF2脱硫剤に、高炉スラグを前記固体粉状物質として混合して作製した脱硫剤を使用し、この脱硫剤を、1250℃の溶銑に一括上置き添加して脱硫処理した。脱硫剤中の固体粉状物質の配合量は20質量%とした。
【0070】
尚、本発明例1〜7でCaO含有粉状体として使用したCaO−CaF2脱硫剤中のCaF2の濃度は5質量%(X=5)であり、従って、「100−10X」=50質量%となる。本発明例1〜7において、固体粉状物質として混合した高炉スラグの配合率は、本発明例1〜6では「5質量%以上「100−10X」質量%以下」の範囲内であり、本発明例7ではこの範囲の上限を外れる。また、本発明例8はこの範囲の下限を外れる。
【0071】
上記に対し、比較例1では、脱硫剤としてCaOに5質量%のCaF2を混合した、CaO−5質量%CaF2脱硫剤を用いた。この脱硫剤を、1250℃の溶銑に一括上置き添加して脱硫処理した。
【0072】
比較例2では、脱硫剤として、CaO単体のCaO粉体に、高炉スラグを混合して作製したものを使用し、この脱硫剤を、1250℃の溶銑に一括上置き添加して脱硫処理した。脱硫剤中の固体粉状物質の配合量は20質量%とした。
【0073】
本発明例及び比較例ともに、処理前後の溶銑からサンプリングを行い、脱硫率を調査した。ここで、脱硫率は下記の(4)式で定義される値とした。
【0074】
【数4】

【0075】
本発明例及び比較例の実施結果を表4に示す。
【0076】
【表4】

【0077】
本発明例1〜8は、CaO−5質量%CaF2脱硫剤のみで脱硫処理した比較例1に比べて脱硫率が向上した。また、本発明例1と本発明例2との比較からも明らかなように、Al23及びSiO2を含有するプリメルトの固体粉状物質として、加熱炉で製造したプリメルトのAl23−SiO2含有物質を使用した場合と高炉スラグを使用した場合とで、優劣のないことが分かった。
【0078】
また更に、溶銑温度が1350℃の本発明例5と、溶銑温度が1250℃の本発明例2との比較からも明らかなように、本発明の脱硫剤を使用することにより、1250℃の低温の溶銑であっても、高効率で脱硫処理できることが分かった。特に、上吹きランスを介して脱硫剤を吹き付け添加した本発明例4では、溶銑内に脱硫剤粒子が直接侵入するために高い脱硫率が得られた。但し、混合することなく、別々に添加した本発明例3では、混合した場合に比べて若干脱硫率が低下した。
【0079】
更に、高炉スラグの配合率が、「5質量%以上「100−10X」質量%以下」の範囲を外れる本発明例7及び本発明例8では、他の本発明例に比較して脱硫率が若干低下したが、比較例1、2よりも高いことが確認できた。
【0080】
これに対して、脱硫剤にCaF2を配合しなかった比較例2では、高炉スラグを添加したものの、1250℃の低温では滓化が妨げられ、脱硫率が低くなっていた。
【図面の簡単な説明】
【0081】
【図1】CaO−CaF2脱硫剤と高炉スラグとの配合比率を変化させて作製した脱硫剤において、高炉スラグの配合比率と脱硫速度定数との関係を示す図である。
【図2】CaO−CaF2脱硫剤と高炉スラグとの配合比率を変化させて作製した脱硫剤において、脱硫剤の塩基度と脱硫速度定数との関係を示す図である。
【図3】CaO−CaF2脱硫剤と高炉スラグとの配合比率を変化させて作製した脱硫剤において、CaO−CaF2脱硫剤中のCaF2含有量と脱硫速度定数との関係を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
CaOを主成分とし且つCaF2を含有するCaO含有粉状体と、Al23及びSiO2を主に含有し且つ予め溶融した後に固化した固体粉状物質と、を含有することを特徴とする脱硫剤。
【請求項2】
前記固体粉状物質の配合比率が下記の(1)式の範囲内であることを特徴とする、請求項1に記載の脱硫剤。
5≦A≦(100−10X) …(1)
但し、(1)式において、
A:脱硫剤中の固体粉状物質の配合比率(質量%)
X:CaO含有粉状体のCaF2含有量(質量%)
【請求項3】
前記固体粉状物質は、高炉で溶銑を製造する際に副産物として生成されるスラグであることを特徴とする、請求項1または請求項2に記載の脱硫剤。
【請求項4】
前記CaO含有粉状体のCaF2含有量は、1質量%以上7質量%以下であることを特徴とする、請求項1ないし請求項3の何れか1つに記載の脱硫剤。
【請求項5】
前記脱硫剤の塩基度((質量%CaO)/(質量%SiO2))が3.5以上であることを特徴とする、請求項1ないし請求項4の何れか1つに記載の脱硫剤。
【請求項6】
前記CaO含有粉状体と前記固体粉状物質とは混合されていることを特徴とする、請求項1ないし請求項5の何れか1つに記載の脱硫剤。
【請求項7】
前記脱硫剤は、更に、脱酸のための金属物質を含有することを特徴とする、請求項1ないし請求項6の何れか1つに記載の脱硫剤。
【請求項8】
処理容器内に保持された溶融鉄に、請求項1ないし請求項7の何れか1つに記載の脱硫剤を添加し、溶融鉄を脱硫処理することを特徴とする、溶融鉄の脱硫処理方法。
【請求項9】
前記溶融鉄が1300℃以下の溶銑であることを特徴とする、請求項8に記載の溶融鉄の脱硫処理方法。
【請求項10】
前記脱硫剤を、前記溶融鉄の浴面の上方から溶融鉄に上置き添加することを特徴とする、請求項8または請求項9に記載の溶融鉄の脱硫処理方法。
【請求項11】
前記脱硫剤を、前記溶融鉄の浴面の上方に配置した上吹きランスを介して搬送用ガスとともに溶融鉄の浴面に向けて上吹き添加することを特徴とする、請求項8または請求項9に記載の溶融鉄の脱硫処理方法。
【請求項12】
前記脱硫剤を、前記溶融鉄の浴中に浸漬させたインジェクションランスを介して搬送用ガスとともに溶融鉄中に吹き込み添加することを特徴とする、請求項8または請求項9に記載の溶融鉄の脱硫処理方法。
【請求項13】
前記処理容器に保持された溶融鉄を、攪拌羽根によって攪拌しながら脱硫処理することを特徴とする、請求項8ないし請求項12の何れか1つに記載の溶融鉄の脱硫処理方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−249697(P2009−249697A)
【公開日】平成21年10月29日(2009.10.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−100408(P2008−100408)
【出願日】平成20年4月8日(2008.4.8)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【出願人】(000200301)JFEミネラル株式会社 (79)
【Fターム(参考)】