説明

自動車の自動化されたトランスミッションシステムのクラッチの閉じる段階を制御する方法

【課題】CMPC制御により、自動化されたトランスミッションシステム内の自動車クラッチを制御する。
【解決手段】運転者の要求を滑り速度ωslに換算するように変換する。エンジンとクラッチのアクチュエータの動作限界を守るようにエンジンとクラッチのアクチュエータに関する拘束条件が定められ、クラッチ係合段階の快適性を保証するように運転品質の拘束条件が定められる。これらの品質の拘束条件に適合するように、クラッチ係合時間の関数としてωslの参照軌道が定められる。それから、CMPC制御法則によって制御軌道の組をリアルタイムで計算できるようにする解析式が、この参照軌道の式から定められる。アクチュエータに関する拘束条件を順守する軌道が、これらの全ての軌道の中から選択される。最後に、このように選択された制御軌道によってクラッチが制御される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乗り物のエンジン用の自動制御システムの分野に関する。
【0002】
特に、本発明は、自動車の自動化されたトランスミッションシステムのクラッチの閉じる段階を制御する方法に関する。
【背景技術】
【0003】
自動化されたトランスミッションシステム(automated transmission systems)、すなわち自動化されたマニュアルトランスミッション(automated manual transmission:AMT)システムは、従来のマニュアルトランスミッション(manual transmissions)とオートマチックトランスミッション(automatic transmissions)の間の中間的な解決策である。トルクコンバータや遊星歯車装置などの複雑な機械要素によって特徴付けられるオートマチックトランスミッションとは異なり、自動化されたトランスミッションは、運転者によって制御されるのではないが1つ以上のオンボード制御ユニットによって制御される従来の機械構造を有している装置(クラッチ、ギアボックス)を使用する。図1は、自動化されたトランスミッションの全体的な図を示している。図2は、自動化されたトランスミッションの概念図を示している。
【0004】
1つ以上のオンボードのECU(電子制御ユニット)などの自動化されたトランスミッション制御システムも、以下の事項のために複数の設定点を生成しなければならない。
−クラッチ(クラッチアクチュエータ)の位置の(電子的、空気圧、または油圧による)制御
−運転者によって選択されたギアチェンジを表す、ギアボックス(1つまたは複数のギアボックスアクチュエータ)の複数のギアの(電子的、空圧、または油圧による)制御
したがって、自動化されたトランスミッションにおいては、トランスミッション制御専用のECUが、エンジンが発生するトルクを決定するエンジン制御ECUと連動して、前述したアクチュエータによって運転者の複数の要求(発進(standing start)とギアシフト)に応えられるようにする。
【0005】
発進は、静止している乗り物を運動状態にする動作であって、クラッチを次第に閉じることによって、エンジントルクの徐々に増大する部分を第1伝達軸に、そして車輪に伝達することで得られる運動である。クラッチは(徐々に、その後完全に)エンジンフライホイールを第1軸に結合し、したがってエンジンで発生したトルク(エンジンクランク軸組み立て品の摩擦を減算したもの)を第1軸に伝達する。そのため、この構成では、クラッチは以下のことが可能である。
−第1軸にゼロのトルクが伝達されるように完全に開いている(係合解除され、噛み合いが外れている)
−エンジントルクが完全に第1軸に伝達されるように、完全に閉じている(係合し、噛み合っている)
−滑っているか、閉じているか、または開いている。エンジントルクが第1軸に徐々に伝達されるのは、閉じつつ滑る段階においてである。
【0006】
従来のマニュアルトランスミッションの場合、運転者はクラッチペダルに作用させる圧力とアクセルペダルに作用させる圧力とを同時に調整することによって、クラッチを徐々に閉じることができる。運転者としての彼または彼女の経験が、運動の結果が成功か、あるいは失敗(エンジン失速(engine stalling)、過剰回転(over-revving)、強い振動)かを決定することになる。自動化されたトランスミッションの場合、クラッチペダルが無く、クラッチの動作を調整して、発進動作が円滑に進行することを保証するようにクラッチの動作をエンジントルクの発生と釣り合わせるのは、トランスミッション制御システムである。
【0007】
したがって、クラッチを徐々に閉じ、それをエンジントルクの発生と釣り合わせるのは、自動化されたトランスミッションの制御の重要な段階である。この段階におけるパワートレインの動作を理解するには、クラッチによって伝達されたトルク(エンジントルクの一部分)を、クランク軸側では負のトルク(これは、エンジンによって発生した正味トルクを低減する)として考えければならず、クラッチの下流のトランスミッション側では、弾性、摩擦、および各機械要素の効率による過渡損失と静的損失を減算して、正のトルクとして考えなければならない。あるギア比によって減速されて複数の車輪に伝達されるのはこのトルクである。それから、パワートレインの状態が、クラッチの上流と下流とで計測された次の変数によって定められる。すなわち、通常、乗り物で常に計測可能なクラッチの上流のエンジン速度(回転数)に、(少なくとも)クラッチの下流の速度の計測値を加えたものと、第1軸の速度、第2軸の速度、または車輪の速度である。これらの変数は、一般的な乗り物では系統的に計測されないが、自動化されたトランスミッションを備えている乗り物では計測されなければならない。
【0008】
自動化されたトランスミッションシステムの主な2つの機能である発進とギアシフトを実行するために、一般的な乗り物の制御システムは、通常、運転者(アクセルペダルの位置)によって要求されるトルクと、エンジン速度と、第1軸の速度(またはトランスミッション側における他の速度)と、ギア比(ギアシフトの場合)などの他の複数のパラメータとの関数として、あらかじめ設定されているチャート(マッピング)から、クラッチアクチュエータの設定点を計算する。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
エンジン制御については、クランク軸に作用している負のトルクにもかかわらず、考慮されている動作にエンジン速度が対応したままであることを保証する必要がある(従って、エンジン制御はエンジントルクを相応に増大させなければならない)。しかし、システム的な観点から見ると、この種の制御構造は、図3の全体構造の特定の場合である。この図面は、クラッチの滑る段階の制御において、2つの「手段(levers)」、すなわち、クランク軸のみに作用するエンジントルクと、クラッチによって伝達され(負のトルクとして)クランク軸に作用するとともにトランスミッションの下流の複数の車輪にまで作用するトルクとがあることを示している。自動化技術の用語を使用すると、これらは、制御システムにおいては、パワートレインシステムの入力の位置で作用する2つのアクチュエータからなる。システムの状態を知り、それに合わせて動作するためには、少なくとも2つの出力、エンジン速度と、例えば第1軸の速度などのクラッチ下流の速度のうちの1つとを計測する必要がある。パワートレインシステムの入力、つまりエンジンとクラッチのトルクは、通常の乗り物では決して計測されず、予測されるだけであり、非常に不正確である。
【0010】
このマッピング制御は、通常の乗り物では一般的であるが、クラッチが閉じている時に達成すべき仕様、すなわち、運転者の要求に従うこと、快適さ、パワートレインの円滑な動作を維持することを、容易にもたらすことはできない。そのうえ、マップを埋めるには長い較正時間が必要である。
【0011】
マッピングに基づく方法を用いないようにするために、オートマティックの原理(automatic principles)に着想を得た、制御法則に基づく公知の方法がある。これらの法則は、もはや、過去に設定されたチャートだけに基づくものではない。これらの解決策は、フィードバック原理を利用して構成された、このシステムの状態(通常はエンジン速度と第1軸の速度)の計測値から、パワートレインシステムに送られる入力データとエンジントルクとクラッチトルクとを計算するアルゴリズムに基づいている。
【0012】
乗り物のエンジン制御の状況で使用可能なこれらのフィードバック制御法則においては、複数の仕様を満たさなければならない。すなわち、熱機関の円滑な動作を保証する拘束条件(constraints)と、クラッチ係合時の快適性(無振動)を保証する拘束条件とを順守するとともに、運転者の意思を順守しなければならない。
【0013】
ここで、これらの技術は、これらの拘束条件を明確には管理できない。すなわち、管理されるべきシステムの1つまたは複数の変数(入力、出力、または状態)またはその導関数(微分係数)が、仕様として設定されているある限界を超えないことを保証することはできない。
【0014】
したがって、本発明の目的は、従来技術の欠点を克服できるようにする制御法則による、自動化されたトランスミッションシステムの自動車クラッチの即時(リアルタイム)制御の新しい方法である。そのため、この方法は、運転者の要求を滑り速度ωslとエンジン速度ωeに換算するように変換し、この滑り速度とエンジン速度とを制御するためにCMPC制御法則を用いる。
【0015】
本発明の目的は、自動車クラッチを介して第1軸に接続されているエンジンを有する乗り物内の、自動化されたトランスミッションシステム内の自動車クラッチを制御する方法である。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の方法は以下の段階を含む。
−アクセルペダルでの運転者の要求を、エンジン速度ωeと第1軸の速度ωcとの間の差によって決まる滑り速度ωslに換算するように変換し、
−エンジンとクラッチのアクチュエータの動作限界を守るように、エンジンとクラッチのアクチュエータに関する拘束条件(constraints)を定め、
−クラッチ係合段階中の快適性を保証するように、運転品質の拘束条件を定め、
−前記品質の拘束条件を順守するために、各制御間隔について、クラッチ係合時間N*fの関数として前記滑り速度の設定値ωslrefを定めることによって、前記滑り速度の参照軌道(reference trajectory)を定め、
−前記参照軌道の式から、CMPC制御と呼ばれる拘束モデル予測制御法則によって前記滑り速度の制御軌道(control trajectory)の組をリアルタイムで計算することを可能にする解析式を定め、
−前記制御軌道の組から、アクチュエータに関する拘束条件を順守する軌道を、二分探索技術によって選択し、
−前記クラッチを前記選択された制御軌道によって制御する。
【0017】
本発明によれば、アクチュエータに関する拘束条件は、エンジントルクとクラッチトルクに最小値と最大値を課すだけでなく、これらのトルクの導関数に最大値と最小値を課すことによって定義できる。
【0018】
品質の拘束条件は、クラッチ係合段階中のゼロである滑り速度と導関数とを要求することによって定義できる。
【0019】
本発明によると、設定値ωslrefは、各制御間隔kに関して
【0020】
【数1】

【0021】
と定義でき、
ここで、
−Npは予測区間(prediction horizon)を定義する整数であり、
−λは較正されるパラメータである。
【0022】
パラメータλは、滑り速度の導関数がほぼゼロである係合が生じるように選択されるのが有利である。
【0023】
最後に、第2の設定値ωslrefは、
【0024】
【数2】

【0025】
と定義されるエンジン速度に関して生成され、
ここで、
−ωe0は一定のアイドル設定値であり、
−Tは速度ωeに応じて決まる最大トルクであり、
−Tedは運転者によって要求されるエンジントルクであり、
−XPedalはアクセルペダルの位置である。
【0026】
本発明のその他の特徴と利点とは、添付の図面を参照しながら、限定するものではない実施形態に関する以下の説明を読むことで明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】自動化されたトランスミッションの全体を示す図である。
【図2】自動化されたトランスミッションの概念を示す図である。
【図3】クラッチが滑る段階の制御の全体構造を示す図である。
【図4】拘束条件を順守する、滑り速度の予測の二分探索(dichotomic search)の原理を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
クラッチを徐々に閉じることと、それを所定のエンジントルクの発生に釣り合わせることは、自動化されたトランスミッションの制御の重要な段階である。この段階では以下の事項が保証されなければならない。
−パワートレイン(システム)の円滑な動作の維持:失速なし、過剰回転なし
−運転者の快適性:クラッチを閉じるときの振動の最小化
−運転者の要求の順守:例えば、アクセルペダルを強く踏み下げている場合にはより短時間で発進し、ペダルを離した場合には発進が中止される。
【0029】
本発明によれば、これらの仕様を(運転者に)わかるように考慮するために、拘束条件を管理しながら基準を最適化できる制御法則に基づいたアプローチが用いられる。そのため、特に、D.Q.メイン(D.Q.Mayne)、J.B.ローリングス(J.B.Rawlings)、C.V.ラオ(C.V.Rao)、およびP.O.スコカート(P.0.Scokaert)の、「拘束モデル予測制御:安定性と最適性(Constrained model predictive control: Stability and optimality)」、オートマティカ(Automatica)36:789−814、2000に記載されている、拘束モデル予測制御(constrained model predictive control:CMPC)と呼ばれる技術が用いられる。システムの入力、出力、および状態(例えば、エンジン速度の最小値と最大値、クラッチトルクの変動率)に関する複数の拘束条件を統合できると、この種の制御が、本発明の技術的課題に特に適したものになる。
【0030】
しかし、このCMPC制御技術は、その標準的な定式化(formulation)では、高速運動(fast dynamics)を特徴とするパワートレインには適用できない。実際に、エンジン−トランスミッション組み立て品用の制御システムは、有効であるためには、新しい制御(control)を比較的短い時間間隔(最大で数十ミリ秒)で計算できなければならない。CMPC制御の標準的な最適化では、この計算をそのような短時間で実行できるようにはならない。従来のCMPC制御法則を用いて、オンライン(リアルタイム)で最適化を実行することはできない。
【0031】
本発明によれば、自動車制御システムの要件と両立する、時間制限内でのCMPC制御の計算を最適化する新しいアプローチが構築される。したがって、運転品質と消費に関して、発進の円滑な進行に必要な複数の仕様を統合しながら、
−オンボードの一連の車載制御ユニットの計算性能に対応した時間で、リアルタイムで非常に迅速に制御を計算し、
−運転者の意思を、明確にわかるように変換すること
が可能である。
【0032】
自動化されたトランスミッションシステムの自動車クラッチを、リアルタイムで制御するこの方法は、以下の段階を有している。
−運転者の要求を、エンジン速度ωeと第1軸の速度ωcとの差によって決まる滑り速度ωslに換算するように変換すること
−エンジンとクラッチのアクチュエータの動作限界を守るように、エンジンとクラッチのアクチュエータに関する拘束条件を定めること
−クラッチの係合段階中の快適性を保証するように品質の拘束条件を定めること
−滑り速度の参照軌跡(reference trajectory)を定めること
−CMPC制御法則によって制御軌道の組を計算すること
−これらのすべての制御軌道から、複数のアクチュエータに関する複数の拘束条件を順守する軌道を、二分探索技術によって選ぶこと。
【0033】
したがって、本発明によれば、仕様は以下のようにして満たされる。
−エンジン速度などの測定される変数に拘束条件を適用することにより、パワートレインの円滑な動作を維持する:エンジン速度は、失速を防止する最小値よりも高く、過剰回転を防止する最大値よりも低い。
−運転者の要求を、エンジン速度ωeと第1軸の速度ωcとの差によって決まる滑り速度ωslに換算するように変換することにより、運転者の意思を順守する。
−滑り速度(滑り回転数とも言う)ωslに拘束条件を適用することによる、クラッチ係合時の運転者の快適性。
−制御されるべきパラメータとして滑り速度ωslとエンジン速度ωeとを用い、リアルタイムで、これらの仕様を順守するクラッチ用制御法則を決定する。
【0034】
本方法の各段階を詳細に説明する前に、CMPC制御システムが以下の要素を含むことに気づくことができる。
【0035】
1−実時間よりも速く、制御されるべきシステムの動作をシミュレーションできる内部モデル(制御モデル)
2−閉じたループ内の所望の動作を定義する参照軌道
3−receding horizonの原理:次のサンプリングの間隔内で全ての計算を繰り返しながら、最適な制御軌道(control trajectory)のうちの第1の構成要素だけを適用する。
4−有限の数の「運動」(または他のパラメータ)による制御軌道の特徴付け
5−将来の制御方策を決めるための、制限されたオンラインでの最適化。
【0036】
1−パワートレインの動作をシミュレーションするモデルの定義
これは、実時間よりも速く、制御されるべきシステムの動作をシミュレーションできる制御モデルを定めることである。一例では、離散時間状態(discrete-time state)の形態の非線形システムが制御モデルとして使用される。
【0037】
【数3】

【0038】
【数4】

【0039】
はそれぞれ、システムの状態、制御(システムの入力)、およびシステムの出力(制御される変数)である。
【0040】
クラッチ制御の場合:
−システムの制御(Uk)すなわちシステムの入力は、以下のものであってよい。すなわち、
−エンジントルクの設定値
−クラッチトルクの設定値
−システムの出力(Yk)は、以下のものであってよい。すなわち、
−エンジン速度ωe
−第1軸の速度ωc
−あるいは、第1軸の速度に直接関連する、トランスミッションの他の速度
−システムの状態Xkは、
パワートレインの物理的な状態を示している全ての変数(速度、または速度の線形結合)であってよい。この状態は、(ねじれ、摩擦、機械的遊びを考慮して)モデルに対して選択された複雑さによって定められる。
【0041】
CMPC予測制御(標準)は、各制御期間に最適な制御シーケンスを計算することであり(本発明によれば、計算されるのは、滑り速度軌道を特定するパラメータに応じて決まる一連の制御シーケンスである)、制限された最適化の問題の解決策である。
【0042】
【数5】

【0043】
ここで、eは設定値と実際の計測値との間の誤差、Nは予測区間(prediction horizon)、QとRは、設定値と計測値との間の誤差と制御とにそれぞれ関連付けられている重み行列(weighting matrix)である。
【0044】
特定の伝達運動(transmission dynamics)を考慮していない単純なモデルを選択することができる。この場合、予測によって再構築可能な不確定な項目を導入することが好ましい。最も単純なモデルは以下の形態を有している。
【0045】
【数6】

【0046】
ここで、
eは、エンジン、クランク軸、およびエンジン側のクラッチ部分の慣性
cは、第1軸とクラッチの他の部分の慣性
eq(ig,id)は、係合したギア比(engaged gear ratio)igと差動比(differential ratio)idとに応じて決まる、クラッチの下流のトランスミッションの等価慣性
ωslは、エンジンと第1軸との間の滑り速度
eSPは、エンジン制御システムがクランク軸の正味トルクTeに変換するエンジントルクの設定値
cSPは、クラッチ制御システムがクラッチによって伝達されるトルクTcに変換するクラッチトルクの設定値
項δe(・)は、クランク軸の運動に影響するすべての不確定要素、すなわち、エンジンの摩擦、エンジンパラメータの誤差、クラッチトルクの伝達率曲線の誤差、無視されている運動(neglected dynamics)等を1つにまとめる。
【0047】
項δc(・)は、クラッチの下流の伝達運動に影響するすべての不確定さ、すなわち、クラッチトルクの伝達率曲線の誤差、伝達パラメータの誤差、無視された誤差等を1つにまとめる。
【0048】
項δe(・)と項δc(・)は、運動推定(dynamic estimation)、たとえばカルマン形の推定(Kalman type estimators)によって再構築される。
【0049】
より複雑なモデルを用いることができるが、使用可能な計測値によって、制御と並行して再構築すべき不確定項を統合することが常に良好である。
【0050】
2−拘束条件の定義
2種類の拘束条件が定義されている。CkUで表されるエンジンとクラッチのアクチュエータに関する拘束条件と、CkGで表される運転品質の拘束条件である。
【0051】
アクチュエータの拘束条件CkUによって、エンジンとクラッチの動作限界を守ることができる。たとえば、発進時に、クラッチはxNMを超えるトルクを伝達してはならないとか、エンジンは所定の速度回転で生じ得るトルク量よりも大きいトルクを発生することを要求されてはならないことなどである。アクチュエータに対するこれらの拘束条件は、通常、アクチュエータトルクとそれらの導関数の最大値と最小値とに関する制限である。
【0052】
【数7】

【0053】
品質の拘束条件CkGは、係合時つまり時刻tfにおける速度が等しいことと加速度が等しいこととによってもたらされる条件である、時刻tfにおいて発生する係合時の振動が存在しないことを、まず保証しなければならない。
【0054】
【数8】

【0055】
この安定性の条件は、エンジンと第1軸との間の滑り速度に関する拘束条件によって保証することができる。
【0056】
【数9】

【0057】
ここで、ωslはエンジンと第1軸との間の滑り速度である。これらの拘束条件を十分な期間維持することによって、残りの伝達に関する安定性(第1軸と車輪との間で速度および加速度が等しいこと)を保証することもできる。
【0058】
3−滑り速度の参照軌道の定義
これらの拘束条件を順守するために、各制御間隔kについて滑り速度の設定値を定めることによって、滑り速度について参照軌道が定義される。これらの値は、クラッチ係合段階の間およびその最後に、品質の拘束条件を順守するためのものである。
【0059】
そのため、設定値は滑り速度について定義されるが、時刻tfの後に相殺される。外因のデータベクトル(exogenic data vector)がまず定義される:
【0060】
【数10】

【0061】
【数11】

【0062】
は予測の出力(the outputs of the estimators)であり、N*fは、サンプリング間隔の数で表した、(発進期間に応じて決まる)クラッチが閉じている段階の期間(そのためN*f=tf/τs、ここでτsはサンプリング期間である)、Xpedalはアクセルペダルの位置である。
【0063】
それから、最小化する基準を、等価のパラメータ形式に書くことができる。
【0064】
【数12】

【0065】
*fは、アクチュエータに関する拘束条件を順守するために最適化されるパラメータである。この期間は、詳細には後述するように滑り速度ωslの軌道(trajectory)に関連している。
【0066】
滑り速度の軌道(各制御間隔kに対して固定されている設定値の組)ωslrefは、アクセルペダルの位置に関連付けられている。この関連付けによって、(発進時の)運転者の要求に対して直接に相互作用を(見てわかるように)行うことができる。アクセルペダル上の圧力は、クラッチ係合時刻tfに変換され、この時刻はトランスミッションの安定条件を規定するのを可能にする滑り速度の設定値ωslrefを定めるために用いられる。
【0067】
【数13】

【0068】
したがって、本発明によれば、予測区間Nに沿う時刻kの参照軌道の式は次の通りである。
【0069】
【数14】

【0070】
時刻i=N*fの時に、トランスミッションの安定性に関する第1の拘束条件も順守すると、滑り速度はゼロになる。パラメータλは、滑り速度の導関数がゼロに非常に近くなるように係合するのに十分なだけ大きくなるよう選択される。したがって、滑り速度に関する第2の拘束条件も順守される。実際には、λ=2で十分である。
【0071】
滑り速度は前述した軌道に従うのに対して、エンジン速度は、消費を制限するためにできるだけ小さくなければならないが、エンジンが、(ペダルトルクとアクセルペダルの位置とに応じて決まる)ペダルトルクマッピングから、所定のエンジン速度において可能な最大トルクによって制限され運転者によって要求されているトルクを発生できることを同時に保証しなければならない設定値ωerefによって、エンジン速度がサーボ制御されなければならない。この参照軌道は以下のように表すことができる。
【0072】
【数15】

【0073】
ここで、
ωe0は一定のアイドル設定値
Tは速度ωeに応じて決まる最大トルク
edは運転者によってペダルトルクマップを介して要求されるトルクである。
【0074】
前述の式は、エンジン速度は、低トルクが要求される場合、すなわちエンジンが速度ωe0で発生可能なトルクの場合には、エンジン速度はωe0に調整されなければならないことのみを示している。一方、トルクの要求が、エンジン速度ωe0ではもはや発生できないものである場合には、設定値ωerefは要求に合ったレベルまで大きくしなければならない。
【0075】
4−CMPC制御による最適な制御軌道の計算
滑り速度の軌道の組は、CMPC制御と呼ばれる拘束モデル予測制御法則によって計算される。
【0076】
パワートレインの状態Xk、制御Uk、設定値rk、アクチュエータに対する拘束条件CkU、および運転品質の拘束条件CkGに応じて決まる2次最適化基準(quadratic optimization criterion)J(・)が定義される。
【0077】
【数16】

【0078】
本発明の制御システムの目的は、上に定義した設定値ωslrefとωerefとによる滑り速度ωslとエンジン速度ωeのそれぞれの制御である。この目的は、運転品質に関連付けられているパラメータ基準の初期定義を用いて2次式で定式化することができる。
【0079】
【数17】

【0080】
【数18】

【0081】
Nは予測区間(prediction horizon)である。
【0082】
予測値ωsl(k+・)とωe(k+・)は、初期状態ω(k)と、将来の制御Uのシークエンスと、外因のデータベクトル(exogenic data vector)vとに基づいている。この動的予測(prediction dynamics)は、制御モデル
【0083】
【数19】

【0084】
に、滑り速度とエンジン速度を以下に示すように導入することによって得られる。
【0085】
【数20】

【0086】
ここで、u1=TeSPおよびU2=TcSPである。
【0087】
区間(horizon)NP上に予測値をぎっしりと(コンパクトに)書くことによって、以下のようになる。
【0088】
【数21】

【0089】
行列ApとSpを、制御されるべきシステムの他の仕様を考慮するように大きくすることができる。例えば、運転者によって要求されるペダルトルクと等しくなるように、クラッチを閉じる時刻tfに必要なエンジントルクに関する品質の拘束条件を含めることができる。Te(tf)=Ted(tf)である。
【0090】
予測区間Nの長さの各々の選択について、非拘束の2次基準(quadratic criterion)を最小にする最適な制御は以下のとおりである。
【0091】
【数22】

【0092】
5−全ての拘束条件を順守する最適な制御軌道の決定
前段階で得られたすべての制御軌道の中から、アクチュエータに関する拘束条件を順守する1つが、二分探索技術によって選択される。
【0093】
さまざまな値Nについて、名目値Nf=tf(XPedal)/τs(τsは制御サンプリング期間)から始めて、制御飽和拘束条件(control saturation constraint)と、ωslの符号を維持する拘束条件(constraint of conservation of the sign of ωsl):
【0094】
【数23】

【0095】
とを順守する滑り速度軌道を探索する二分探索を用いて、最適な制御が計算される。この符号を維持する拘束条件によって、アフィン制御予測モデル(affine control prediction model)を保持し、それによって解析解を得ることができる。
【0096】
Nの値が大きいことによって、低いトルクが要求され、より低速にできることを考慮して、二分探索が可能である。このパラメータ化によって、ωslを、符号を変化させずにゼロに近づけることが可能になる。
【0097】
図4は、拘束条件を順守する滑り速度の予測値の二分探索の原理を示している。滑り速度の基準値は、前に定義した通りである。
【0098】
【数24】

【0099】
図4では、クラッチペダルによって要求される、クラッチが滑る段階の継続期間が1秒と仮定され、これはサンプリング期間が50msの場合に、値N*fが、図4でNmaxと示されている21サンプル(Samp)に等しい。この例では、2分探索が、5サンプルの、固定された滑り予測区間(fixed sliding prediction horizon)上で実行される。この区間では、N*fに等しい係合期間によって最終的に得られる軌道を示す最小値Nと、すべての拘束条件を完全に満たす非常に大きい最大値との間で変化する整数NNによってパラメータ化されている一組の軌道が計算される。この一組の軌道の中で、2分探索によって、拘束条件を順守するNNの最小値に対応しているものを見つける。
【0100】
このように、クラッチ係合期間N*fの関数として滑り速度の設定値を定めることによって、予測の間(より一般的には任意の発進の間)、ωslrefはその符号が変化しないため、予測モデルは制御アフィン(control-affine)である。従って、解くべき初期基準(initial criterion)
【0101】
【数25】

【0102】
を、拘束条件の下で、パラメータN*fの関数である等価の基準(equivalent criterion)
【0103】
【数26】

【0104】
に変換することが可能である。
【0105】
これで、解が解析的に(従って実時間の問題のない計算によって)得られる。
【0106】
【数27】

【0107】
それから、制御Unを拘束空間(constraint space)内にする、N*fが極小である解(N*fが極小である許容可能な解)を探すために、パラメータN*fを変化させることだけが必要である。この探索が二分法によって実行されると、計算に関するコストは制限されたままであって、そのため、リアルタイム性と両立している(滑り速度の軌道の「形状」のおかげで運転品質の拘束条件が順守される)。
【0108】
したがって、本発明では、CMPC制御を用いながら、リアルタイムでの制御が可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
自動車クラッチを介して第1軸に接続されているエンジンを有する乗り物内の、自動化されたトランスミッションシステム内の自動車クラッチを制御する方法であって、
−アクセルペダルでの運転者の要求を、エンジン速度ωeと第1軸の速度ωcとの間の差によって決まる滑り速度ωslに換算するように変換する段階と、
−エンジンとクラッチのアクチュエータの動作限界を守るように、前記エンジンと前記クラッチのアクチュエータに関する拘束条件を定める段階と、
−クラッチ係合段階中の快適性を保証するように、運転品質の拘束条件を定める段階と、
−前記品質の拘束条件を順守するために、各制御間隔について、クラッチ係合時間N*fの関数として前記滑り速度の設定値ωslrefを定めることによって、前記滑り速度の参照軌道を定める段階と、
−前記参照軌道の式から、CMPC制御と呼ばれる拘束モデル予測制御法則によって前記滑り速度の制御軌道の組をリアルタイムで計算することを可能にする解析式を定める段階と、
−前記制御軌道の組から、前記アクチュエータに関する前記拘束条件を順守する軌道を、二分探索技術によって選択する段階と、
−前記クラッチを前記選択された制御軌道によって制御する段階と、
を含む、自動化されたトランスミッションシステム内の自動車クラッチを制御する方法。
【請求項2】
前記アクチュエータに関する前記拘束条件は、エンジントルクとクラッチトルクに最小値と最大値を課すだけでなく、これらのトルクの導関数に最大値と最小値を課すことによって定義される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記運転品質の拘束条件は、前記クラッチ係合段階中のゼロである滑り速度と導関数とを要求することによって決まる、先行する請求項のいずれか1項に記載の方法。
【請求項4】
前記設定値ωslrefは、各制御間隔kに関して
【数28】

と定義され、
ここで、
−Npは予測区間を定義する整数であり、
−λは較正されるパラメータである
先行する請求項のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記パラメータλは、滑り速度の導関数がほぼゼロである係合が生じるように選択される、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
第2の設定値ωslrefは、
【数29】

と定義される前記エンジン速度に関して生成され、
ここで、
−ωe0は一定のアイドル設定値であり、
−Tは速度ωeに応じて決まる最大トルクであり、
−Tedは運転者によって要求されるエンジントルクであり、
−XPedalはアクセルペダルの位置である
先行する請求項のいずれか1項に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−14272(P2010−14272A)
【公開日】平成22年1月21日(2010.1.21)
【国際特許分類】
【外国語出願】
【出願番号】特願2009−155079(P2009−155079)
【出願日】平成21年6月30日(2009.6.30)
【出願人】(591007826)イエフペ (261)
【Fターム(参考)】