説明

自動車フレーム部材

【課題】自動車フレーム部材の形状を変えずに、板厚・重量が減少しても、弾性座屈強度が低下しない自動車フレーム部材を提供すること。
【解決手段】複数の板要素a1〜a8(b1〜b4、c1〜c6、d1〜d4)で構成される自動車フレーム部材(1,7,11,16)において、少なくとも1つの板要素a1〜a8(b1〜b4、c1〜c6、d1〜d4)が、面内弾性異方性を有する板材で構成されることにより、材長方向の弾性局部座屈強度が強化されたことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車用の構造部材に関し、より詳しくは鋼材の寸法や板厚を増さずに、弾性局部座屈強度を向上させた自動車フレーム部材に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車業界では、車両の軽量化を実現し得る車体構造の開発が急務の課題になっている。軽量化の有効な一手段として自動車フレーム部材を構成する材料強度を高める方法があり、鋼材の場合ではハイテンと呼ばれる高張力鋼板の適用が進んでいる。
【0003】
しかし、材料の高強度化を進め、フレーム部材を構成する板要素の板厚が薄くなると、板要素の弾性範囲での座屈強度(弾性局部座屈強度)の低下が問題となる。
【0004】
この弾性局部座屈強度は、材料が降伏する以前の弾性範囲の材料特性により決定されるため、いくら材料強度を高めても、弾性座屈強度を向上させることはできない。このように材料を高強度化し、材料を薄肉軽量化する際の弾性局部座屈強度の確保又は向上は重要な課題になる。
【0005】
従来、上記課題解決のため、板要素に凹凸の補剛リブ(スチフナ)を設けることで座屈強度を高める対策(AISI, Automotive Steel Design Manual、p.3.1-13、1998))が取られたり、あるいはフレーム部材の断面を多角形化し板要素を分割することで座屈強度を高める対策(自動車技術会論文集、vol.7、p.60、1974)が取られたりしてきた。
【非特許文献1】AISI, Automotive Steel Design Manual、p.3.1-13、1998
【非特許文献2】自動車技術会論文集、vol.7、p.60、1974
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記従来技術に示されるような形状改良に基づく対策では、自動車フレーム部材の断面形状の自由度が制約され、また板要素に凹凸の補剛リブを設けたり、形状を多角形化(複雑化)したりすることにより、製造コストが増大するという課題がある。
本発明は、これらの現状に鑑み開発されたもので、従来の自動車フレーム部材の形状に特別の工夫を施すことなく、板厚・重量が同一の場合では弾性座屈強度向上させ、板厚、重量が減少しても、弾性座屈強度が低下しない自動車フレーム部材を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を有利に解決するために、第1発明の自動車フレーム部材では、複数の板要素で構成される自動車フレーム部材において、少なくとも1つの板要素が、面内弾性異方性を有する板材で構成され、材長方向の弾性局部座屈強度が強化されたことを特徴とする。
また第2発明では、第1発明の自動車フレーム部材において、面内弾性異方性を有する板材は、面内でヤング率が最大となる軸(弾性主軸という)を有し、この弾性主軸に沿う方向のヤング率が215GPa(=kN/mm)超290GPa以下である高ヤング率鋼板で構成され、前記弾性主軸が前記板要素の材長方向に対して角度をもって配置されることを特徴とする。
また、第3発明では、第2発明の自動車フレーム部材において、弾性主軸は、鋼材圧延方向と30°以上60°以下に配置されることを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、自動車フレーム部材の寸法や板厚を増さずに、弾性局部座屈強度を高めることができ、自動車全体の構造強度や安全性を向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
次に、本発明を図示の実施形態に基づいて詳細に説明する。
【0010】
図1(a)〜(d)は、本発明における自動車フレーム部材(1,7,11,16)の構成図の一例である。なお、各図に一部の外形寸法(mm)を示す。
図1(a)は、自動車フレーム部材のうち自動車の前後方向に配置される部材の代表例として、サイドシル1の断面形状を示している。ここに例示するサイドシル1は、略断面ハット形部材2,3の2つの部品をもって、板状部材4の1つの部品を挟み込むように組み合わせ、略断面ハット形部材2,3の各接合用フランジ5,6および板状部材4の両端部において、溶接等の固着手段により一体化されることで、8枚の板要素a1〜a8からなる閉鎖的な断面形状を有している。
【0011】
また、図1(b)は、自動車フレーム部材のうち自動車幅方向に配置される部材の代表例として、床のクロスメンバー7の断面形状を示している。ここに例示するクロスメンバー7は、略断面ハット形の開断面を有する略断面ハット形部材8の1つの部品であるが、各接合用フランジ8の部分で床板10に接合され一体化されることで、結果的に4枚の板要素b1〜b4からなる閉鎖的な断面形状を有している。
【0012】
更に、図1(c)は、自動車フレーム部材のうち自動車上下方向に配置される部材の代表例として、センターピラー11の断面形状を示している。ここに例示するセンターピラー11は、略断面ハット形部材12,13の2つの部品を組み合わせ、接合用フランジ14,15において一体化されることで、6枚の板要素c1〜c6からなる閉鎖的な断面形状を有している。
【0013】
最後に、図1(d)は、衝突時エネルギ吸収部材の代表例として、フロントサイドメンバー16の断面形状を示している。ここに例示するフロントサイドメンバー16は、略断面ハット形部材17の1つの部品と板状部材18の1つの部品とを組み合わせ、接合用フランジ19,20と板状部材18の両端部において、溶接等の固着手段で一体化されることで、4枚の板要素d1〜d4から閉鎖的な断面形状を有している。
【0014】
図1の各図中には、各部材の具体的な外見寸法が概ね理解できるような代表寸法を示しているが、各図に示す寸法により本発明が寸法的な制約を受けるものではない。また各図中の板要素は直線的に示しているが、これらが曲線により構成されることもある。
【0015】
以上のように、本願で対象とする自動車フレーム部材は、配置位置や用途により様々な断面形状を有しており、また、その断面形状は各フレーム部材の長さ方向に連続的に変化しているが、いずれの自動車フレーム部材(1、7、11、16)においても板要素a1〜a8(b1〜b4、c1〜c6、d1〜d4)の組み合わせで構成されるという共通点がある。また、いずれの自動車フレーム部材(1、7、11、16)においても、同部材の長さ方向(材長方向)は明確に判別できる。
【0016】
そこで、本発明の更に詳細な説明を、この板要素a6に注目して進める。ここでは図2に示すような、平面寸法が300mm×100mmであり、四辺が単純支持され、板厚が1.0mmである長方形板要素a6´を対象にする。この長方形板要素a6´の長辺方向が、上述のフレーム部材(1)の材長方向に一致し、板要素の長辺方向に圧縮力が作用するものとして説明を続ける。なお、図2(b)では、長方形板要素a6´に均等な軸力が作用する場合の模式図を示しているが、応力勾配が作用する場合においても物理的には同様のことが言える。
【0017】
一般的に、四辺が単純支持される長方形板要素a6´に、長辺方向の圧縮力が作用した場合の弾性局部座屈強度σPOは、Eをヤング率、νをポアソン比、tを板厚、bを長方形板要素a6´の幅、kを板要素の位置に応じた座屈係数として、下式(1)にて算出することができる。なお、前記座屈係数kは、板要素の位置が圧縮を受ける軽角形鋼、リップ溝形鋼及びリップZ形鋼のフランジ及びウェブである場合には4である(なお、板要素の位置が、圧縮を受ける軽溝形鋼のフランジ並びに圧縮を受けるリップ溝形鋼及びリップZ形鋼のリップでは、0.425であり、板要素の位置が曲げを受けるウェブでは、8.98である)。
【0018】
【数1】

【0019】
たとえば、一般的な鋼板を用いる場合では、E=205GPa、ν=0.30であり、また、ここで対象としている四辺単純支持される長方形板要素a6´では、長方形板要素a6´の板厚t=1.0mm、長方形板要素a6´の幅b=100mm、座屈係数k=4.0であるので、これらの値を上記式に代入すれば、長方形板要素a6´の弾性座屈強度σPOとして、74.1MPaが得られる。
【0020】
この一方で、面内弾性異方性を有する材料を用いた場合における弾性局部座屈強度σPAは、下式(2)から得ることができる。
【0021】
【数2】

【0022】
上式において、Dは長方形板要素a6´の長辺方向(L方向)の面外曲げ剛性であり、またDは長方形板要素a6´の長辺直交方向(W方向)の面外曲げ剛性であり、長辺方向のヤング率をE、同ポアソン比をν、長辺に直交する方向(短辺方向)Zのヤング率をE、同ポアソン比をν、板厚をtとすれば、前記のDおよびDは、それぞれ下式(3)(4)で示される。
【0023】
【数3】

【0024】
【数4】

【0025】
また上記のν、ν、D、Dに加え、長方形板要素a6´のせん断弾性係数(剛性率ともいう)をGLWとすれば、捩れ剛性の寄与分を示す係数Hは下式(5)で示される。
【0026】
【数5】

【0027】
上記式3、式4、式5を式2に各々代入することで、面内弾性異方性を有する材料の弾性局部座屈強度σPAを算出することができる。
【0028】
面内弾性異方性を有する板材は様々あるが、鋼板を用いる場合では、鋼板面内でヤング率が最大になる、本発明で弾性主軸と定義する軸の数によって、主に2種に分類できる。各々代表的な例を示し、それらの詳細を以下に説明する。
【0029】
まず、弾性主軸が1つの場合、すなわち1つの弾性主軸21が鋼材圧延方向あるいは圧延直交方向と重なるように存在する場合について説明する(図5a参照)。ここでは弾性主軸21が圧延直交方向と重なるよう配置する材料のうち、下記の弾性特性を有する材料Aを用いた場合を例示し、発明の内容と弾性座屈強度改善効果を詳細に記述する。なお、E0は圧延方向(以下L方向という)のヤング率を、E45は圧延方向から45°の方向(以下D方向という)のヤング率を、E90は圧延直交方向(以下C方向という)のヤング率を、νはL方向に対するC方向のポアソン比をそれぞれ示す記号である。
0 = 223.7 GPa
45= 205.2 GPa
90= 242.5 GPa
ν= 0.27
この材料AにおけるL方向を基点とした回転角度(配向角という)とヤング率との詳細な関係は図3(a)に示すとおりであり、同図から、この材料Aにおいて鋼板面内でヤング率が最大となる軸、すなわち弾性主軸はC方向に存在することを確認できる。
【0030】
この材料Aから、上述の平面寸法300mm×100mm、板厚1.0mmである四辺単純支持(図2bに点線で示す)の長方形板要素a6´を切り出して、弾性座屈強度を算出した結果が図3(b)となる。ここでは、長方形板要素a6´を切り出す際の長辺方向Xを、L方向に対して0°から5°づつ90°まで回転させ、各角度ごとの弾性座屈強度を示している。なお、圧縮力の作用方向Pは切り出した長方形板要素a6´の長辺方向Xである。
【0031】
図3(b)から、図3(a)に示す弾性特性を有する材料AのD方向と、長方形板要素a6´の長辺方向とを合致させるように配置した場合(弾性主軸と45°の角度を有するように配置した場合)において、同板要素a6´の弾性局部座屈強度σPAは最大値を与え、83.0MPaとなり、一般的な異方性が殆どない鋼板における弾性座屈強度σPO(74.1MPa)と対比して、12%大きな値となることを確認できる。また、図3(b)からは、このような弾性局部座屈強度が強化される効果は、長方形板要素a6´の長辺方向Xを、弾性主軸から40°以上50°以下の範囲に配置した場合においても同程度となることも確認できる。
【0032】
更に、長方形板要素a6´の長辺方向Xを、弾性主軸から30°以上60°以下の範囲に配置した場合においては、上述のDの方位に合致させた場合よりも効果は小さくなるものの、長方形板要素a6´の弾性局部座屈強度σPAは、81.5MPa以上となり、一般的な異方性が殆ど無い鋼材における弾性座屈強度σPO(74.1MPa)と対比して10%以上大きくなり、自動車フレーム部材を設計する上で効果的に活用することができる。
なお、長方形板要素a6´の長辺方向Xを、弾性主軸から30°以下60°以上の範囲に配置した場合においては、長方形板要素a6´の弾性局部座屈強度σPAは、一般的な異方性が殆ど無い鋼材における弾性座屈強度σPO(74.1MPa)と対比して10%以上大きくなることが困難であり、自動車フレーム部材を設計する上で効果的に活用することができなくなるので、好ましくない。
【0033】
このように、面内弾性異方性を有する板材の弾性主軸21から30〜60°の配向角に相当する方向範囲(図5(a)に斜線で示す方向範囲)イを、図1に示すような各種の自動車フレーム部材(1,7,11,16)の材長方向に一致させるような構成をとれば、同フレーム部材(1,7,11,16)の板要素a1〜a8(b1〜b4、c1〜c6、d1〜d4)の板厚を割り増すことなく、また断面形状を複雑にすることもなく、弾性局部座屈強度を高めることができる。
【0034】
この材料Aのような効果を実現するための、面内弾性異方性を有する板材は様々考えられるが、鋼板を用いる場合では、例えば、質量%で、C:0.0005〜0.30%、Si:2.5%以下、Mn:0.1〜5.0%、P:0.15%以下、S:0.015%以下、Al:0.15%以下、N:0.01%以下、Mo:0.15〜1.5%、Nb:0.01〜0.20%、B:0.0006〜0.01%、Ti:48/14×N(質量%)以上0.2%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなるスラブ(圧延材)を1000℃以上の温度に加熱し、熱間圧延をする際、圧延ロールと鋼板との摩擦係数が0.2超、下式(6)で計算される有効ひずみ量ε*が0.4以上、かつ圧下率の合計が50%以上となるように圧延を行い、Ar3変態点以上900℃以下の温度で熱間圧延を終了することによって製造する、圧延方向のヤング率が230GPa以上の鋼板を用いることができる。
【0035】
【数6】

【0036】
ここで、nは仕上げ熱延の圧延スタンド数、εjはj番目のスタンドで加えられたひずみ、εnはn番目のスタンドで加えられたひずみ、tiはi〜i+1番目のスタンド間の走行時間(秒)、τiは気体常数R(=1.987)とi番目のスタンドの圧延温度Ti(K)によって下式(7)で計算できる。
τi=8.46×10−9・exp{43800/R/Ti} ・・(7)
【0037】
次に、2つの弾性主軸が存在する場合、すなわち弾性主軸21がL方向あるいはC方向に重なるように存在しない場合について説明する(図5b参照)。ここでは、弾性主軸がL方向に対して55°の方向に存在する材料のうち、特に下記の弾性特性を有する材料Bを用いた場合を題材に、発明の内容と弾性座屈強度改善効果を詳細に記述する。
0 = 173.0 GPa
45= 285.0 GPa
90= 240.0 GPa
ν= 0.27
この材料BにおけるL方向を基点とした回転角度(配向角)と弾性係数(ヤング率)との詳細な関係は図4(a)に示すとおりである。また、この材料Bの弾性主軸21はL方向に対して約55°の角度のなす方向に存在する。図5(b)は、この弾性主軸21と、L方向、D方向、C方向との関係を模式的に示すものであるが、材料Bの場合では、2本の弾性主軸21が対称に存在することになる。
【0038】
この材料Bから、上述の平面寸法300mm×100mm、板厚1.0mmである四辺単純支持の長方形板要素a6´を切り出して、弾性強度を算出した結果が図4(b)となる。ここでは、長方形板要素a6´を切り出す際の長辺方向Xを、L方向に対して0°から5°づつ90°まで回転させ、各角度ごとに算出した結果を示している。なお、圧縮力の作用方向Pは長方形板要素a6´の長辺方向である。
【0039】
図4(b)から、図4(a)に示す弾性特性を有する材料BのL方向あるいはC方向と、板要素a6´の長辺方向Xとを合致させるようにした場合(弾性主軸と55°の角度を有するようにした場合)において、同板要素a6´の弾性局部座屈強度σPAは最大値を与え、94.8MPaとなり、一般的な異方性が殆どない鋼材における弾性座屈強度σPO(74.1MPa)と対比して、28%大きな値となることを確認できる。
【0040】
また、長方形板要素a6´の長辺方向Xを、弾性主軸から30°以上60°以下の範囲に配置した場合においては、上述のL方向に合致させた場合よりも効果は小さくなるものの、同板要素a6´の弾性局部座屈強度σPAは、79.3MPa以上となり、一般的な異方性が殆ど無い鋼材における弾性座屈強度σPO(74.1MPa)と対比して7%以上大きな値となる。自動車フレーム部材を設計する上で効果的に活用することができる。
【0041】
このように、材料Aの場合と同様に、面内弾性異方性を有する板材の弾性主軸から30〜60°の配向角に相当する方向範囲(図5(b)に斜線で示す方向範囲)を、図1に示すような各種の自動車フレーム部材(1,7,11,16)の材長方向に一致させるような構成をとれば、同フレーム部材(1,7,11,16)の板要素a1〜a8(b1〜b4、c1〜c6、d1〜d4)の板厚を割り増すことなく、また断面形状を複雑にすることもなく、弾性局部座屈強度を高めることができる。
【0042】
また、材料Bにおいては、弾性座屈強度を最大化するための最適な一方向が、材料原板の長さ方向であるL方向と合致しているため、前述の材料Aよりも効率よく自動車フレーム部材を切り出すことが可能になる。このように、弾性主軸が圧延方向(L方向)に対して30〜60°の方向に存在するような材料が最も好適に活用することができる。
【0043】
この材料Bのような効果を実現するための、面内弾性異方性を有する板材は様々考えられるが、鋼板を用いる場合では、例えば、質量%で、C:0.0003〜0.25%,Si:0.003〜2.2%,Mn:0.40%超〜4.0%,P:0.001〜0.20%,S:0.0005〜0.050%,Al:1.5〜10.0%,N:0.0005〜0.05%,さらに質量%で,Bi:0.0005〜0.30%,Pb:0.0005〜0.30%,Sb:0.0005〜0.30%,Sn:0.0001〜0.30%の1種または2種以上を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなるスラブ(圧延材)を1100℃以上の温度に加熱し、仕上げ温度を800℃以上1100℃以下とする圧延を行った後、30%以上80以下の圧下率で冷間圧延を施し、最高温度を850℃以上とする最終焼鈍を施すことによって製造する、圧延方向に対して55°方向のヤング率が235GPa以上の鋼板を用いることができる。
【0044】
言うまでも無いが、板要素a1〜a8(b1〜b4、c1〜c6、d1〜d4)の平面寸法や板厚を上記のように限定しているのは、計算を簡単化し発明の内容詳細を明確にするための工夫によるものであり、平面寸法や板厚などの条件が異なっても、本発明を適用することによる弾性座屈強度向上効果は同じように享受することができる。
【0045】
更に、発明内容をより詳細に説明するために、材料Aおよび材料Bを例示しているが、鋼板における面内各方向のヤング率やポアソン比の組み合わせは、元素の添加バランスや製造温度・冷却時間の僅かな違いにより少なからず変化する。上述の材料Aや材料Bの他にも、本発明を実現するための板材は様々存在し、面内弾性異方性を有する場合には同様の構造的メリットを享受することができる。
【0046】
以下に、さらに添付図面を参照しながら、本発明に好適な実施の形態について詳細に説明する。
【0047】
(実施例1)
本発明を、サイドシルを対象に実施した例を説明する。
【0048】
図6(a)は、自動車フレーム部材のうち自動車の前後方向に配置される部材の代表例となるサイドシル1の断面模式図を示したものである。
図中のa1〜a4の記号で示す板要素の板厚は1.4mmであり、a5〜a8の記号を付けて示す板要素の板厚は1.2mmである。
これら板要素a1〜a8全てを、圧延方向(以下L方向とよぶ)ヤング率が223.7GPa、圧延直交方向(以下C方向とよぶ)ヤング率が242.5GPa、圧延方向から45°の方向(以下D方向とよぶ)ヤング率が205.2GPa、またL方向に対するC方向のポアソン比が0.27となる面内弾性異方性を有する鋼板により構成した例である。
この鋼板の弾性主軸はC方向に重なるように存在しているが、この弾性主軸に対して45°の方向、すなわちD方向と、図6(a)に図示するフレーム部材(サイドシル1)の材長方向とがほぼ合致するように構成した場合において、同フレーム部材の弾性座屈強度は最大となり、面内弾性異方性が殆ど無くヤング率が205GPa、ポアソン比が0.3の鋼板を用いた場合(以下、従来技術とよぶ)に対し、その強度は12%大きくなる。
特に、幅厚比(板要素の幅に対する板厚の比)が最大となる板要素a7の弾性座屈強度は、49MPaから55MPaへと向上する。
【0049】
このように部材強度を向上させるという観点で、本発明の効果を享受する他に、板厚を薄くして強度を保つという手段もある。図6(a)に示すフレーム部材の場合では、上記鋼板を適用することで、従来技術に対して板厚を5.0%削減しても、弾性座屈強度を同程度に保つことができる。
【0050】
(実施例2)
本発明を、クロスメンバーを対象に実施した例を説明する。
図6(b)は、自動車フレーム部材のうち自動車幅方向に配置される部材の代表例となるクロスメンバー7の断面模式図を示したものである。
図中のb1〜b3の記号で示すフレーム部材(クロスメンバー7)の板要素の板厚は1.6mmである。これらの板要素全てを、L方向ヤング率が205GPa、C方向ヤング率が218GPa、D方向ヤング率216GPa、またL方向に対するC方向のポアソン比が0.30となる面内弾性異方性を有する鋼板により構成した例である。
この鋼板の弾性主軸は、L方向を基点に50°回転した方向に存在している。この鋼板のL方向と、図6(b)に図示するフレーム部材の材長方向とがほぼ合致するように構成した場合において、同フレーム部材の弾性座屈強度は最大となり、従来技術に対し、その強度は5%大きくなる。特に幅厚比が大きな板要素b1および板要素b3の弾性座屈強度は、297MPaから311MPa(N/mm2)へと向上する。
この場合、向上分は大きいとは言えないが、鋼板のL方向とフレーム部材の材長方向を合わせることが出来るので、実施例1に示した鋼板よりも長尺のフレーム部材を構成することができる点に大きなメリットがある。
【0051】
(実施例3)
本発明を、センターピラーを対象に実施した例を説明する。
図6(c)は、自動車フレーム部材のうち自動車の上下方向に配置される部材の代表例となるセンターピラー11の断面模式図を示したものである。
図中のc1〜c3の記号で示す板要素の板厚は1.0mmであり、c4〜c6の記号で示す板要素の板厚は1.2mmである。
これらの板要素全てを、L方向ヤング率が218GPa、C方向ヤング率が221GPa、D方向ヤング率235GPa、またL方向に対するC方向のポアソン比が0.29となる面内弾性異方性を有する鋼板により構成した例である。
この鋼板の弾性主軸はD方向と重なるように存在している。この鋼板のL方向と、図6(c)に図示するフレーム部材の材長方向とが合致するように構成した場合において、同フレーム部材の弾性座屈強度は最大となり、従来技術に対し、その強度は11%大きくなる。特に幅厚比が大きな板要素c5の弾性座屈強度は、93MPaから103MPaへと向上する。
【0052】
(実施例4)
本発明を、フロントサイドメンバーを対象に実施した例を説明する。
図6(d)は、自動車フレーム部材のうち、衝突時のエネルギ吸収の役割を担う部材の代表例となるフロントサイドメンバー16の断面模式図を示したものである。
図中のd1〜d2の記号で示す板要素の板厚は1.2mmである。これらの板要素全てを、L方向ヤング率が173GPa、C方向ヤング率が240GPa、D方向ヤング率285GPa、またL方向に対するC方向のポアソン比が0.26となる面内弾性異方性を有する鋼板により構成した例である。
この鋼材の弾性主軸はL方向を基点に55°回転した方向に存在している。この鋼板のL方向と、図6(d)に図示するフレーム部材(フロントサイドメンバー16)の材長方向とがほぼ合致するように構成した場合において、同フレーム部材の弾性座屈強度は最大となり、従来技術に対し、その強度は28%大きくなる。特に幅厚比が大きな板要素d2および板要素d4の弾性座屈強度は、107MPaから137MPaへと向上する。
この弾性座屈向上効果を、フレーム部材の板厚削減効果へと振り向ければ、図6(d)に示すフレーム部材においては、従来技術に対して約12%削減することができる。
【0053】
なお、本発明で対象としている弾性主軸を有する材料は、板厚方向に全て均一なヤング率を有していなくても良い。上述の弾性局部座屈強度は、板要素a1〜a8(b1〜b4、c1〜c6、d1〜d4)の面外への曲げ剛性に支配される傾向が強いため、材料の表層のヤング率がより高く、板要素の面外曲げヤング率が高い方が、より高い効果を得られる場合もある。
【0054】
また、本発明で定義する弾性主軸(板材の面内でヤング率が最大になる軸)は、面内弾性異方性を有する板材の種類や製造方法により様々な方向になる特性を持っている。鋼板を用いる場合では、弾性主軸が存在する方向は、鉄の結晶粒方位の影響により決定される。特にミラー指数において、<111>と表される結晶粒方位との関係性が大きく、鋼板を構成する結晶粒のうち、<111>方位がより多く向いている方向が弾性主軸となる。たとえば上述の材料Bでは、鋼板を構成する結晶粒のうち、殆どの結晶粒における<111>方位が、鋼板L方向に対して55°の方向に揃った状態で存在している。
このように特徴づけられる弾性主軸に沿う方向のヤング率の値が大きいほど、板要素の弾性座屈強度、ひいては自動車フレーム部材(1,7,11,16)の材長方向の弾性局部座屈強度をより大きくできる可能性がある。鋼板の場合では、ヤング率の理論上の最大値は約290GPaとなることが知られている(桑村仁、鋼構造の性能と設計、共立出版株式会社、2002)が、この値に及ばなくても設計上のメリットは十分に享受できる。たとえば、上述の実施例2に示すように、弾性主軸に沿う方向のヤング率が216GPaの場合の弾性局部座屈強度は、異方性が殆どない鋼板に対し5%程度高くすることができ、設計上のメリットとして評価できる範囲に及ぶ。
【0055】
なお、鋼板における通常のヤング率は、非特許文献(日本建築学会、鋼構造設計規準 -許容応力度設計法-、2005)にも示されるように、一般的には205GPaと定められている。本発明では、この205GPaという値を鋼板のヤング率の「基準値」として扱っている。
この基準値は、異方性のある鉄の結晶粒の方位が偏ることなく配列したときの安定的な状態に基づき定められたものであるが、実際にはこの値に対して±5%程度の偏りが存在することになる。
そのため、通常の鋼板のヤング率は195GPa以上215GPa以下の範囲の値にあると一般に考えられている。すなわち、通常の鋼材のヤング率は、基準値の205GPaを超えることはあっても、215GPaを超えることはないといえる。
これら鋼板のヤング率の測定はJISZ2280に準拠した常温での横共振法、あるいは静的引張試験法に基づき実施してよい。
【0056】
横共振法では、試料を固定せずに振動を加え、発振機の振動数を徐々に変化させて一次共振振動数を測定して下式よりヤング率を算出する。
=0.946×(l/h)×m/w×f
ここで、E:動的ヤング率(N/m)、l:試験片の長さ(m)、h:試験片の厚さ(m)、m:質量(kg)、w:試験片の幅(m)、f:横共振法の一次共振振動数 (s−1)、である。
また、静的引張ヤング率試験法では、JISZ2201に準拠した引張試験片を用いて、素材降伏強度の1/2に相当する引張応力レベルまで5回繰り返し引張力を加え、測定した応力−ひずみ線図の傾きに基づき算出する。
測定のバラツキを排除するため、5回の計測結果のうちの最大値および最小値を除いた3つの計測値の平均値として算出した値を鋼板のヤング率とするのが一般的である。
これらの測定法により測定したヤング率が215GPa超290GPa以下であることが確認された鋼板を用いれば、鋼板の材料組成のいかんによらず同等の効果が得られる。
【0057】
本発明を実施する場合、サイドシル、クロスメンバー、センターピラー、フロントサイドメンバー以外にも、サイドレール等の自動車用フレーム部材に適用するようにしてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】本発明を適用する各種自動車フレーム部材の断面模式図である。(a)はサイドシルの断面模式図、(b)はクロスメンバーの断面模式図、(c)はセンターピラーの断面模式図、(d)はフロントサイドメンバーの断面模式図である。
【図2】自動車フレーム部材と板要素の関係を説明する模式図である。(a)はサイドシルの部分的な斜視図である。(b)は切り出された長方形板要素の4辺の支持条件と、同板要素に作用する荷重の方向を示した模式図である。
【図3】面内弾性異方性の程度と発明の効果の関係を示す説明図である。図3(a)では、弾性主軸が圧延直交方向に重なるように存在する場合の一例を示している。(a)は鋼材の圧延方向からの角度(配向角)とヤング率の関係である。(b)は面内弾性異方性が殆どない一般的鋼材に対する弾性座屈強度の比率を、配向角ごとに示したものである。
【図4】面内弾性異方性の程度と本発明の効果の関係を示す説明図である。図4(a)では、弾性主軸が圧延方向から55°の方向に存在する場合の一例を示している。(a)は鋼材の圧延方向から角度(配向角)とヤング率の関係である。(b)は面内弾性異方性が殆どない一般的鋼材に対する弾性座屈強度の比率を、配向角ごとに示したものである。
【図5】弾性座屈強度を効率的に高めるための、材長方向と弾性主軸の関係を説明するための説明図である。(a)は弾性主軸が圧延方向と重なるように存在する場合を、(b)は弾性主軸が圧延方向から55°の方向に存在する場合を、それぞれ示している。
【図6】本発明の実施例を示す断面模式図である。(a)はサイドシル、(b)はクロスメンバー、(c)はセンターピラー、(d)はフロントサイドメンバーをそれぞれ対象にして本発明を実施した断面模式図である。
【符号の説明】
【0059】
a1〜a8 板要素
a6´ 長方形板要素
b1〜b4 板要素
c1〜c6 板要素
d1〜d4 板要素
1 サイドシル
2 略断面ハット形部材
3 略断面ハット形部材
4 板状部材
5 接合用フランジ
6 接合用フランジ
7 クロスメンバー
8 略断面ハット形部材
9 接合用フランジ
10 床板
11 センターピラー
12 略断面ハット形部材
13 略断面ハット形部材
14 接合用フランジ
15 接合用フランジ
16 フロントサイドメンバー
17 略断面ハット形部材
18 板状部材
19 接合用フランジ
20 接合用フランジ
21 弾性主軸

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の板要素で構成される自動車フレーム部材において、少なくとも1つの板要素が、面内弾性異方性を有する板材で構成されることにより、材長方向の弾性局部座屈強度が強化されたことを特徴とする自動車フレーム部材。
【請求項2】
面内弾性異方性を有する板材は、面内でヤング率が最大となる軸(弾性主軸という。)を有し、この弾性主軸に沿う方向のヤング率が215GPa超290GPa以下である高ヤング率鋼板で構成され、前記弾性主軸は前記板要素の材長方向に対して角度をもって配置されることを特徴とする請求項1記載の自動車フレーム部材。
【請求項3】
弾性主軸は、鋼材圧延方向と30°以上60°以下の角度をもって配置されることを特徴とする請求項2記載の自動車フレーム部材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−274571(P2009−274571A)
【公開日】平成21年11月26日(2009.11.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−127475(P2008−127475)
【出願日】平成20年5月14日(2008.5.14)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】