説明

自動適合装置及び方法

【課題】効率的且つ効果的に適合値を決定する。
【解決手段】自動適合システム100において、次善最適解決定処理が実行される。当該処理においては、パラメータx1及びx2に応じて変化する目的関数F1及び制約関数F2相互間のパレート解が、適合範囲内のパラメータ値について導出され、目的関数F1及び制約関数F2により規定される座標平面上で、パレート解に対応する座標点を繋げて得られるパレート解曲線PRF_Pが設定される。一方、当該適合範囲でパラメータを変化させた場合の、目的関数F1及び制約関数F2各々における最大値と最小値との偏差DOPT及びDLIMに基づいて規定される傾きkに、更にエンジン200の定常比率Aに応じて定まる補正係数αを乗じてなる傾きk’の直線が設定される。この直線とパレート解曲線との接点に対応するパレート解が、次善的な最適解として抽出される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関において適合値を決定するための自動適合装置及び方法の技術分野に関する。
【背景技術】
【0002】
この種の装置が、例えば、特許文献1に開示されている。特許文献1に開示された自動適合装置(以下、「従来の技術」と称する)によれば、適合目標値に対する出力値の割合を表す評価関数を用いて出力値の変化を評価し、係る評価に基づいてパラメータを操作順序及び操作方向に操作することにより、確実に自動適合を行うことが可能であるとされている。
【0003】
尚、複数の適応度の重み付線形和に基づいて、一つの適応度の優劣が他の適応度の優劣に影響を与えるように優劣比較を行うことによって、複数の適応度間の関係を考慮した合理的な解を求める技術も提案されている(例えば、特許文献2参照)。
【0004】
また、最適化にあたっての初期値に依存することなく一群のパレート最適解について様々なトレードオフ比とした場合の最適解を求めることにより、着目した性能の向上について最適化された制御系を実現する技術も提案されている(例えば、特許文献3参照)。
【0005】
更には、目的関数空間内の一の設計点に対し、該設計点の位置のみならず、該設計点に関係する設計変数の値や制約条件の評価値及び状態変数の評価値を分類によって大まかに把握させることによって、設計者に意思決定を支援するものも提案されている(例えば、特許文献4参照)。
【0006】
【特許文献1】特開2004−124935号公報
【特許文献2】特開2005−285090号公報
【特許文献3】特開2002−163005号公報
【特許文献4】特開2005−70849号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
適合の過程において、複数の関数について、該複数の関数各々に個別に規定される制約を満たすパラメータ、即ち、最適解が存在しない場合がある。そのような場合であっても、何らかの適合値を決定しない限り、内燃機関の動作に支障が生じるが、従来の技術では、パラメータの操作順序及び操作方向は最適化されても、そのような最適解が存在しない場合についての指針が示されないため、場合によっては適合値が決定されない可能性がある。即ち、従来の技術には、場合によっては自動的に適合値が決定され難いという技術的な問題点がある。
【0008】
本発明は上述した問題点に鑑みてなされたものであり、最適解が存在しない場合であっても効率的且つ効果的に適合値を決定し得る自動適合装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上述した課題を解決するため、本発明に係る自動適合装置は、内燃機関の性能を規定し、且つ相互に共通のパラメータ値に応じて変化する関数F1及び関数F2に対し、該関数F1及びF2の各々を予め許容された範囲に導く最適解に相当する前記パラメータ値が存在しない前記内燃機関の動作条件において、適合値を決定するための自動適合装置であって、前記パラメータ値を所定の適合範囲内で変化させた場合の、前記関数F1における最大値と最小値との偏差ΔF1に対する前記関数F2における最大値と最小値との偏差ΔF2の比率kを特定する第1の特定手段と、前記適合範囲に存在する前記パラメータ値の中から、前記関数F1及びF2についてのパレート解を特定する第2の特定手段と、相互に交わる第1軸及び第2軸に夫々前記関数F1及びF2を表してなる座標平面において、前記特定されたパレート解に対応する座標点を繋げて得られる第1の特性線と、前記特定された比率kに対応する傾きを有する第2の特性線との接点を特定する第3の特定手段と、前記特定された接点に基づいて前記パレート解の中から次善的な最適解として一の前記パラメータ値を選択する選択手段とを具備することを特徴とする。
【0010】
本発明に係る「内燃機関」とは、例えば複数の気筒を有し、当該複数の気筒の各々における燃焼室において、例えばガソリン、軽油、又はアルコール或いはそれらが適宜混合されてなる各種燃料が燃焼した際に発生する爆発力を、例えばピストン及びコネクティングロッド等の機械的な伝達経路を経て、例えばクランク軸等の入出力軸を介して動力として取り出すことが可能な機関を包括する概念であり、例えば2サイクル或いは4サイクルレシプロエンジン等を指す。
【0011】
内燃機関には、例えば出力トルク等の動力性能、燃費等の経済性能、エミッション等の環境性能、或いはトルク変動等の快適性能等、内燃機関の定性的又は定量的な評価に供し得る各種の性能を規定することができる。これら各種性能は夫々、例えば燃料噴射量、燃料噴射時期、点火時期或いは空燃比等、各種の態様を採り得る内燃機関のパラメータの関数であり、各々が対応するパラメータに係るパラメータ値に応じて変化する性質を有する。
【0012】
ここで、このようなパラメータ値は、例えば工場出荷以前等のタイミングにおいて、例えば機関回転速度及び負荷率等によって規定される一の動作条件(有限な範囲として段階的に規定されていてもよい)毎に、関数各々を予め許容された範囲に導く(言い換えれば、関数各々に対し予め設定される制約を満たす)最適な値、即ち、最適解に決定される。内燃機関では、このように各種動作条件とパラメータ値とを、関数各々の出力値(例えば、前述したトルクやトルク変動等)を考慮して相関付ける作業を包括する概念としての適合が行われる。
【0013】
ここで特に、このような関数の中には、共通のパラメータ値に応じて変化し且つ少なくとも定性的にみて相互にトレードオフの関係を有する組み合わせが存在する。即ち、一の関数において制約を満たす方向へのパラメータ値の変化が、他の関数において制約を満たさない方向への変化となる場合がある。この場合、当該複数の関数の全てについて制約を満たし得る最適解を決定し得ないといった問題が生じ得る。このような問題は、適合値の決定に著しい時間を要する、或いは適合値の決定に人為的な且つ高度な判断を要求する等といった、様々な不利益の要因となる。また、このような問題は、パラメータが複数種類であれば一層複雑化する。
【0014】
このように最適解が存在しない場合、パレート解と称される、各々が他の解に優越しない解が求められ、当該パレート解の中から可及的に制約を満たし得る解としての次善的な最適解が選択され、適合値として決定されることがある。然るに、パレート解の中から次善的な最適解を選択するに際しては、人為的な、且つ複雑な判断を要することが多く、パラメータの自動的な適合自体が阻害される可能性がある。一方、パレート解から次善的な最適解を自動的に選択するためには、無論然るべき指針或いは判断基準が必要となるが、パレート解の各々における、他のパレート解に対する優越性の度合いを何らかのアルゴリズムに従って規定しようとすれば、一般的に膨大な適合時間を要し、適合が効率的に行われ難い。そこで、本発明に係る自動適合装置は、効率的且つ効果的な適合値の決定を以下の如くに実現している。
【0015】
本発明に係る自動適合装置によれば、その動作時には、例えばECU(Electronic Control Unit:電子制御ユニット)等の各種処理ユニット、各種コントローラ或いはマイコン装置等各種コンピュータシステム等として構成される第1の特定手段により、パラメータ値を共有する関数F1及びF2相互間で規定される比率kが特定される。比率kは、所定の適合範囲で当該パラメータ値を変化させた場合の、関数F1における最大値と最小値との偏差ΔF1に対する、関数F2における最大値と最小値との偏差ΔF2の比率である。尚、比率kを規定する、これら関数F1及びF2各々における最大値及び最小値を導き得るパラメータ値は、パレート解の一つであってもよいし、パレート解に該当せずともよく、少なくともパレート解であるか否かに影響されない数値である。この比率kは、例えば当該パラメータ値に対する関数F1及びF2各々の感度特性を表す指標となる。
【0016】
尚、本発明における「特定」とは、例えば、特定対象を何らかの検出手段を介して直接的に又は間接的に物理的数値又は物理的数値に対応する電気信号等として検出すること、何らかの検出手段を介して直接的に又は間接的に例えば電気信号等の形で検出された、特定対象と対応関係を有する物理的数値に基づいて予め然るべき記憶手段等に記憶されたマップ等から該当する数値を選択すること、このような物理的数値又は選択された数値等から、予め設定されたアルゴリズムや計算式に従って導出すること、或いはこのように検出、選択又は導出された数値等を、例えば電気信号等の形で単に取得すること等を包括する広い概念である。このような概念に鑑みれば、また、比率kが、ΔF1とΔF2との間で規定される相対的な値であることに鑑みれば、第1の特定手段は、比率kを、ΔF1に対するΔF2の割合として直接特定してもよいし、ΔF2に対するΔF1の比率として間接的に特定してもよい、或いはΔF2に対するΔF1の比率から適宜数値演算等を介して特定してもよい。
【0017】
一方、本発明に係る自動適合装置によれば、その動作時には、例えばECU等の各種処理ユニット、各種コントローラ或いはマイコン装置等各種コンピュータシステム等の形態を採り得る第2の特定手段により、例えばNBI(Normal Boundary Intersection)やMOGA(Multi Objective Genetic Algorithm)等公知の各種多基準最適化法等に基づいて、上述した適合範囲に存在するパラメータ値の中から、関数F1及びF2についてのパレート解が特定される。
【0018】
このようにして比率kとパレート解が特定されると、例えばECU等の各種処理ユニット、各種コントローラ或いはマイコン装置等各種コンピュータシステム等の形態を採り得る第3の特定手段により、相互に交わる第1軸及び第2軸に夫々関数F1及びF2を表してなる座標平面において、この特定されたパレート解に対応する座標点を繋げて得られる第1の特性線と、この特定された比率kに対応する傾きを有する第2の特性線との接点が特定される。続いて、例えばECU等の各種処理ユニット、各種コントローラ或いはマイコン装置等各種コンピュータシステム等の形態を採り得る選択手段により、この特定された接点に基づいて、パレート解の中から一のパレート解が、次善的な最適解として選択される。この選択された次善的な最適解は、好適には一の動作条件における適合値として採用される。
【0019】
ここで、当該接点は、仮想的に又は実際に規定される当該座標平面上において、第2の特性線を接線とし得る第1の特性線上の点であり、第1及び第2の特性線により物理的に明確に規定される点である。このため、第3の特定手段が当該接点を特定するのに要する物理的又は時間的な負荷は、相対的に小さくて済む。従って、本発明に係る自動適合装置によれば、パレート解の中から次善的な最適解を選択して適合値を決定するに際して明確な指針が与えられると共に、適合を効率的に行うことが可能となる。また、第2の特性線は、上述したように、関数F1及びF2各々におけるパラメータ値に対する感度特性を規定し得るから、パレート解を表す第1の特性線との接点は、即ち、これら関数各々に対するパラメータ値の影響が考慮された値となる。即ち、本発明に係る自動適合装置によれば、効率的且つ効果的に適合値を決定することが可能となるのである。
【0020】
尚、「接点に基づいて」とあるように、選択手段は、必ずしも当該接点を次善的な最適解として選択せずともよい。例えば、当該接点は、第1及び第2の特性線により規定される物理的な点であり、必ずしも一のパレート解と一致しない場合もあるが、このような場合には、例えば、当該接点に最も近接したパレート解が次善的な最適解として選択されてもよい。いずれにせよ、物理的に明確であり且つ合理的な接点に基づいて次善的な最適解が選択されることによる実践上の利益は何ら阻害されない。
【0021】
また、「比率kに対応する傾き」とあるように、第2の特性線の傾きに相当する値は、比率kによって一義的に規定される限りにおいて、必ずしも比率kそのものでなくてもよく、例えば、予め設定される、或いは適宜決定される何らかの補正係数や補正項等に基づいた数値演算等を介して補正された値であってもよい。
【0022】
本発明に係る自動適合装置の一の態様では、前記パラメータ値は、予め設定された複数種類のパラメータの各々について設定され、前記第2の特定手段は、前記複数種類のパラメータの各々に対応する複数の前記パラメータ値の組み合わせとして前記パレート解を特定する。
【0023】
この態様によれば、複数種類のパラメータが設定され、各々に属する複数のパラメータ値の組み合わせとしてパレート解が特定される。即ち、次善的な最適解もまた、これら複数のパラメータ値の組み合わせとして選択される。一般に、関数F1及びF2を含む、内燃機関の性能を規定する関数は複数種類のパラメータの関数であり、最適解が存在しない場合、適合に要する負荷が大きくなり易い。従って、このような状況において、本発明に係る自動適合装置は顕著に効果的である。
【0024】
本発明に係る自動適合装置の他の態様では、前記動作条件に基づいて前記特定された比率kを補正する補正手段を更に具備し、前記第3の特定手段は、前記補正された比率kを前記傾きとして有する前記第2の特性線に基づいて前記接点を特定する。
【0025】
この態様によれば、例えばECU等の各種処理ユニット、各種コントローラ或いはマイコン装置等各種コンピュータシステム等の形態を採り得る補正手段により、前述した座標平面上における第2の特性線の傾きを規定する比率kが、例えば機関回転速度や負荷率等、内燃機関における前述した動作条件に基づいて補正される。第3の特定手段は、この補正された比率kを傾きの値とする第2の特性線に基づいて、次善的な最適解を規定する接点を特定する。
【0026】
従って、この態様によれば、内燃機関の動作条件の各々に応じて、関数F1及びF2相互間の重み付けを簡便に且つ有効に行うことができ、適合値を、より内燃機関或いは当該内燃機関を搭載する車両の仕様及び仕向け等に応じて最適化することが可能となるため、実践上有益である。
【0027】
尚、この態様では、前記動作条件に基づいて前記内燃機関における定常状態の時間比率として規定される定常比率を特定する第4の特定手段を更に具備し、前記補正手段は、前記特定された定常比率に基づいて前記比率kを補正してもよい。
【0028】
この態様によれば、例えばECU等の各種処理ユニット、各種コントローラ或いはマイコン装置等各種コンピュータシステム等の形態を採り得る第4の補正手段により、内燃機関における定常状態の時間比率として規定される定常比率が特定され、補正手段に係る比率kの補正に供される。
【0029】
ここで、定常状態の時間比率は、過渡状態の時間比率と相関する概念であり、一の動作条件において過渡状態の時間比率が高い場合には定常比率は低下し、過渡状態の時間比率が低い場合には定常比率は上昇する。従って、定常比率とは、内燃機関が一の動作条件にある場合に、定常状態を採る確率とも言い換えることができる。
【0030】
過渡状態と定常状態とでは、相反する性能が要求され易く、定常比率は、関数F1及びF2相互間に重み付けを行うための指標として好適である。一方で、一の動作条件における当該定常比率は、例えば同種の内燃機関或いは同種の内燃機関を搭載する車両に対し当該定常比率を明らかにすべく行われる実験や、過去に同種の内燃機関或いは同種の内燃機関を搭載する車両について積み重ねられた経験等によって、或いは内燃機関及び車両の仕様及び仕向け等に基づいた理論計算やシミュレーション等によって、実践上十分な精度を保って決定することができる。またこの際、このような過程を経て得られた当該動作条件と定常比率との相対関係が、然るべき記憶手段にマップ等として格納されていてもよく、この場合、第4の特定手段は、比較的簡便に且つ正確に定常比率を特定することが可能となる。
【0031】
この態様によれば、次善的な最適解としてのパラメータ値を、内燃機関や車両に真に要求される値として選択することが可能となり、実践上極めて有益である。
【0032】
本発明に係る自動適合装置の他の態様では、前記最適解に相当するパラメータ値が存在しない動作条件に隣接する前記内燃機関の動作条件における前記最適解に相当するパラメータ値に基づいて、前記適合範囲を決定する適合範囲決定手段を更に具備する。
【0033】
この態様によれば、例えばECU等の各種処理ユニット、各種コントローラ或いはマイコン装置等各種コンピュータシステム等の形態を採り得る適合範囲決定手段により、パラメータ値の設定範囲たる適合範囲が、隣接する動作条件における最適解に基づいて決定される。従って、例えば内燃機関の動作条件の全域において、適合値の連続性が可及的に担保され、適合値が不連続となることに起因する各種の不具合の発生が解消される。また、適合範囲が予め幾らかなり制限されることに鑑みれば、適合に要する時間及び処理負荷も軽減され、適合作業がより効率的且つ効果的に行われ得るため実践上有益である。
【0034】
上述した課題を解決するため、本発明に係る自動適合方法は、内燃機関の性能を規定し、且つ相互に共通のパラメータ値に応じて変化する関数F1及び関数F2に対し、該関数F1及びF2の各々を予め許容された範囲に導く最適解に相当する前記パラメータ値が存在しない前記内燃機関の動作条件において、適合値を決定するための自動適合方法であって、前記パラメータ値を所定の適合範囲内で変化させた場合の、前記関数F1における最大値と最小値との偏差ΔF1に対する前記関数F2における最大値と最小値との偏差ΔF2の比率kを特定する第1の特定工程と、前記適合範囲に存在する前記パラメータ値の中から、前記関数F1及びF2についてのパレート解を特定する第2の特定工程と、相互に交わる第1軸及び第2軸に夫々前記関数F1及びF2を表してなる座標平面において、前記特定されたパレート解に対応する座標点を繋げて得られる第1の特性線と、前記特定された比率kに対応する傾きを有する第2の特性線との接点を特定する第3の特定工程と、前記特定された接点に基づいて前記パレート解の中から次善的な最適解として一の前記パラメータ値を選択する選択工程とを具備することを特徴とする。
【0035】
本発明に係る自動適合方法によれば、上述した本発明に係る自動適合装置と同等の作用を提供する各工程に対応する動作により、本発明に係る自動適合装置と同等の利益が提供される。即ち、効率的且つ効果的に適合値を決定することが可能となる。
【0036】
本発明のこのような作用及び他の利得は次に説明する実施形態から明らかにされる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0037】
<発明の実施形態>
以下、図面を参照して、本発明の好適な各種実施形態について説明する。
<第1実施形態>
<実施形態の構成>
始めに、図1を参照して、本発明の第1実施形態に係る自動適合システム100の構成について説明する。ここに、図1は、自動適合システム100の構成を概念的に表してなるブロック図である。
【0038】
図1において、自動適合システム100は、制御部110、統計モデル120及び記憶部130を備え、後述するエンジン200の動作条件に対応付けて各種パラメータの適合値を決定することが可能に構成された、本発明に係る「自動適合装置」の一例である。自動適合システム100は、一種のコンピュータシステムとして構成されている。
【0039】
制御部110は、CPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)及びRAM(Random Access Memory)等を備え、自動適合システム100の動作全体を制御することが可能に構成された電子制御ユニットである。制御部110は、ROMに格納される制御プログラムに従って、後述する次善最適解決定処理を実行することが可能に構成されている。この次善最適解決定処理が実行される場合、制御部110は、本発明に係る「第1の特定手段」、「第2の特定手段」、「第3の特定手段」、「選択手段」、「第4の特定手段」、「補正手段」及び「適合範囲決定手段」の夫々一例として機能するように構成されている。
【0040】
統計モデル120は、制御部110が次善最適解決定処理を実行する場合に、或いは次善最適解決定処理を経ることなくパラメータの適合値を決定する場合に、動作するように構成されたシミュレーションモデルである。統計モデル120は、エンジン200の動作状態を模擬的に表し得るように、統計的手法に基づいて、且つ理論的に構築されてなる、一種のアプリケーションプログラムの形態を有するモデルであり、制御部110から入力される、各パラメータに関するパラメータ値に応じて、エンジン200の性能を規定する各種関数の値を出力することが可能に構成されている。
【0041】
本実施形態において、次善最適解決定処理が実行される場合、統計モデル120には、制御部110から相互に異なる二種類のパラメータx1及びx2に係るパラメータ値が入力として与えられる。統計モデル120は、係るパラメータ値の入力を受けて、目的関数F1(x1,x2)及び制約関数F2(x1,x2)の値を出力するように構成されている。尚、(x1,x2)とは、パラメータx1及びx2の関数であることを表すための表記である。従って、特にその表記を必要としない場合には、これ以降の説明において、目的関数F1(x1,x2)及び制約関数F2(x1,x2)を夫々適宜目的関数F1及び制約関数F2と略称することとする。
【0042】
ここで、本実施形態において、パラメータx1は、エンジン200の排気空燃比(以下、適宜「A/F」と称する)であり、パラメータx2は、エンジン200における後述する点火装置202の点火時期(以下、適宜「S/A」と称する)であるとする。また、目的関数F1(x1,x2)は、エンジン200の出力トルクであり、制約関数F2(x1,x2)は、エンジン200のトルク変動値であるとする。
【0043】
記憶部130は、例えばHDD(Hard Disk Drive)やフラッシュメモリ等、書き換え可能な記憶領域を少なくとも備えた記憶手段である。記憶部130には、適合値マップ131、定常比率マップ132及び補正係数マップ133が格納されている。
【0044】
適合値マップ131は、エンジン200の機関回転速度NE及び負荷率KL(即ち、本発明に係る「内燃機関の動作条件」の一例)に対応付けて、パラメータx1及びx2に関する適合値を格納してなる更新可能なマップである。
【0045】
定常比率マップ132は、次善最適解決定処理が実行される過程において制御部110により参照されるマップであり、エンジン200の機関回転速度NE及び負荷率KLに対応付けられる形で、後述する定常比率Aが更新可能に記憶されてなるマップである。
【0046】
補正係数マップ133は、次善最適解決定処理が実行される過程において制御部110により参照されるマップであり、定常比率Aに対応付けられる形で後述する補正係数αが更新可能に記憶されてなるマップである。
【0047】
ここで、本実施形態において、制御部110は、エンジン200の上述した動作条件(本実施形態では機関回転速度NE及び負荷率KL)に対応付けて、上述したパラメータx1及びx2に係るパラメータ値の組み合わせである適合値Fを求め、上述した適合値マップ131における該当領域に書き込むと共に、任意のタイミングで、当該適合値Fの読み出しを行うことが可能に構成されている。また、制御部110は、次善最適解決定処理を実行する過程において、定常比率マップ132及び補正係数マップ133から、適宜定常比率A及び補正係数αを読み出すことが可能に構成されている。
【0048】
ここで、図2を参照し、エンジン200の構成について説明する。ここに、図2は、エンジン200の模式図である。
【0049】
図2において、エンジン200は、気筒201内において燃焼室に点火プラグ(符号省略)の一部が露出してなる点火装置202による点火動作を介して混合気を燃焼せしめると共に、係る燃焼による爆発力に応じて生じるピストン203の往復運動を、コネクティングロッド204を介してクランクシャフト205の回転運動に変換することが可能に構成されている。また、クランクシャフト205近傍には、クランクシャフト205の回転位置(即ち、クランク角)を検出するクランクポジションセンサ206が設置されている。尚、エンジン200は、紙面と垂直な方向に4本の気筒201が直列に配されてなる直列4気筒エンジンであるが、個々の気筒201の構成は相互に等しいため、図2においては一の気筒201についてのみ説明を行うこととする。
【0050】
エンジン200において、外部から吸入された空気は吸気管207を通過し、吸気ポート210において、インジェクタ212から噴射された燃料と混合されて前述の混合気となる。燃料は、図示せぬ燃料タンクに貯留されており、図示せぬフィードポンプの作用により、図示せぬデリバリパイプを介してインジェクタ212に圧送供給されている。尚、燃料を噴射する噴射手段の形態は、図示するような所謂吸気ポートインジェクタの構成を採らずともよく、例えば、フィードポンプ或いは他の低圧ポンプにより圧送される燃料の圧力を更に高圧ポンプによって昇圧せしめ、高温高圧の気筒201内部へ燃料を直接噴射することが可能に構成された、所謂直噴インジェクタ等の形態を有していてもよい。
【0051】
気筒201内部と吸気管207とは、吸気バルブ211の開閉によってその連通状態が制御されている。気筒201内部で燃焼した混合気は排気となり吸気バルブ211の開閉に連動して開閉する排気バルブ213の開弁時に排気ポート214を介して排気管215に導かれる。
【0052】
一方、吸気管207における、吸気ポート210の上流側には、図示せぬクリーナを経て導かれた吸入空気に係る吸入空気量を調節するスロットルバルブ208が配設されている。尚、このスロットルバルブ208は、スロットルバルブモータ209の駆動力によりその開閉状態が制御される、一種の電子制御式スロットルバルブとして構成されている。
【0053】
排気管215には、三元触媒216が設置されている。三元触媒216は、エンジン200から排出されるCO(一酸化炭素)、HC(炭化水素)、及びNOx(窒素酸化物)を夫々浄化することが可能な触媒である。また、排気管215には、エンジン200の排気空燃比を検出することが可能に構成された空燃比センサ217が設置されている。また、気筒201を収容するシリンダブロックに設置されたウォータジャケットには、エンジン200を冷却するために循環供給される冷却水(LLC)に係る冷却水温を検出するための水温センサ218が配設されている。
【0054】
<実施形態の動作>
<適合処理の概要>
エンジン200が車両に搭載され、実使用に供される場合、エンジン200の動作を制御し得るように構成されたECU等の電子制御ユニットにより、前述した適合値マップ131が参照され、その時点の機関回転速度NE及び負荷率KLに対応する適合値Fが読み出される。例えばこのECUは、読み出した適合値Fを構成するパラメータ値(ここでは、A/F及びS/A)が得られるように、インジェクタ212及び点火装置202等、パラメータ値と相関するエンジン200の各部を制御する。適合値Fは、基本的にこのようにして実使用に供される。従って、適合値Fは、予めエンジン200の機関回転速度NE及び負荷率KLの採り得る範囲の全域で設定されている必要がある。
【0055】
自動適合システム100では、制御部110によってこの適合値Fが求められる。この際、適合値Fを決定する過程において、目的関数F1(x1,x2)及び制約関数F2(x1,x2)が、夫々予め設定された制約を満たすようなパラメータ値の組み合わせが探索される。例えば、目的関数(即ち、本実施形態では出力トルク)について、「所定の下限値以上」なる制約が与えられ、制約関数(即ち、本実施形態ではトルク変動)について、「所定の上限値未満」なる制約が与えられる。即ち、この場合、定性的に言えば、トルク変動を抑制しつつ出力トルクを大きくし得るパラメータ値の組み合わせが、適合値Fとして求められる。
【0056】
ところが、目的関数F1(x1,x2)と制約関数F2(x1,x2)とが、例えばエンジン200の出力トルクとトルク変動として規定される場合、これらは相互にトレードオフの関係を有するため、実際には、両関数について設定された制約を満たし得るパラメータ値、即ち最適解が存在しない場合がある。このような問題は、例えば、統計モデル120が実際のエンジン200の振る舞いを高精度に表していない、言わば統計モデル120の構築精度不足に顕著に起因するが、統計モデル120を使用せずに、例えば制御部110がエンジン200を制御し、実際のエンジン200の出力特性に基づいて適合を行う場合であっても(即ち、この場合、定性的に言ってエンジン200の性能が悪い状態である)、同様に生じ得る。いずれにせよ、このような場合には、次善的な最適解を求め、適合値として適合値マップ131に記憶しておく必要がある。
【0057】
<次善最適解決定処理の詳細>
そこで、自動適合システム100においては、制御部110によって次善最適解決定処理が実行される。この次善最適解決定処理が実行されることによって、効率的且つ効果的な適合値の導出が可能となる。ここで、図3を参照し、次善最適解決定処理の詳細について説明する。ここに、図3は、次善最適解決定処理のフローチャートである。尚、次善最適解決定処理の実行過程においては、本発明に係る「自動適合方法」の一例が実現される。
【0058】
図3において、制御部110は、現時点で適合処理が行われているエンジン200の動作条件(機関回転速度NE及び負荷率KL)において最適解が存在しないか否かを判別する(ステップS101)。最適解が存在する場合(ステップS101:NO)、次善的な最適解を求める必要はないため、制御部110は、ステップS101に係る処理を繰り返し実行し、処理を実質的に待機状態に制御する。即ち、この場合、本実施形態では、次善最適解決定処理とは異なるルーチンとして実行される最適解決定のための処理ルーチンに従って、最適解としてのパラメータ値が決定され、適合値として適合値マップ131に格納される。
【0059】
適合処理の対象となるエンジン200の動作条件が順次推移していく過程において、最適解が存在しない動作条件がある場合(ステップS101:YES)、制御部110は、所定の適合範囲でパラメータ値を変化させつつ、公知のアルゴリズムであるNBIやMOGA等を使用して、当該適合範囲における目的関数F1(x1,x2)及び制約関数F2(x1,x2)についてのパレート解Pを導出する(ステップS102)。
【0060】
ここで、図4を参照して、パレート解Pについて説明する。ここに、図4は、次善的な最適解の算出に供される座標平面の模式図である。
【0061】
図4において、縦軸には制約関数F2(x1,x2)、即ちエンジン200のトルク変動が、また当該縦軸に直交する横軸には目的関数F1(x1,x2)、即ちエンジン200の出力トルクが夫々表されている。縦軸は、上に向かう程トルク変動が悪化した状態が表されるように設定されており、また横軸は、右に向かう程出力トルクが悪化した状態(即ち、低い状態)が表されるように設定されている。従って、図4に示す座標平面上では、相対的に右上の領域程、定性的に見てエンジン200の性能が悪いこととなる。
【0062】
ここで、パレート解Pを、パレート解を構成するパラメータx1及びx2のパラメータ値を使用してPi(パラメータx1のパラメータ値,パラメータx2のパラメータ値)のように表すと(但し、iは識別番号であり自然数)、図4においてパレート解Pは、(x11,x21)、(x12,x22)、(x13,x23)、(x14,x24)及び(x15,x25)の5組のパラメータ値に対応する、図示P1(x11,x21)、P2(x12,x22)、P3(x13,x23)、P4(x14,x24)及びP5(x15,x25)として表される(尚、当該座標平面上に表されるのは、パレート解Pではなく無論パレート解Pに対応する目的関数F1及び制約関数F2の交点である)。尚、実際には、パレート解Pは、図示するものよりも多数存在しており、それらに対応する座標点(即ち、目的関数F1及び制約関数F2の値)を繋げることにより、図示PRF_Pの如き曲線が得られるものとする。これ以降の説明では、当該曲線を、「パレート解曲線」と称することとする。尚、このパレート解曲線は、本発明に係る「第1の特性線」の一例である。
【0063】
尚、補足すると、パレート解とは、各々が他の解に対して優越しない解の集合である。具体的に言えば、目的関数F1(P1)及び制約関数F2(P1)を与えるパレート解P1と、目的関数F1(P2)及び制約関数F2(P2)を与えるパレート解P2とを較べると、目的関数に関してはパレート解P1がパレート解P2に優越し、制約関数に関してはパレート解P2がパレート解P1に優越する。従って、パレート解P1及びP2は、相互に優越しない関係にある。他のパレート解についても同様である。次善的な最適解は、このパレート解曲線を規定するパレート解Pの中から決定される。
【0064】
図3に戻り、パレート解Pを導出すると、制御部110は、制約変化幅DLIMを算出する(ステップS103)。また、同様に目的変化幅DOPTを算出する(ステップS104)。ここで、再び図4を参照して、制約変化幅DLIM及び目的変化幅DOPTについて説明する。
【0065】
図4において、制約変化幅DLIMは、前述した適合範囲でパラメータx1及びx2に係るパラメータ値を変化させた場合の、制約関数F2(x1,x2)の採り得る最大値と最小値との偏差(即ち、本発明に係る「ΔF2」の一例)である。この制約変化幅DLIMは、本来パレート解Pとは無関係であり、必ずしもパレート解曲線上の点でなくてもよいが、本実施形態では、説明の煩雑化を防ぐ目的から、制約関数F2(x1,x2)の最大値が、パレート解P1に対応するF2(P1)であり、最小値がパレート解P5に対応するF2(P5)であるとする。従って、制約変化幅DLIMは、「F2(P1)−F2(P5)」に相当する値である。
【0066】
同様に、目的変化幅DOPTは、前述した適合範囲でパラメータx1及びx2に係るパラメータ値を変化させた場合の、目的関数F1(x1,x2)の採り得る最大値と最小値との偏差(即ち、本発明に係る「ΔF1」の一例)である。この目的変化幅DOPTは、制約変化幅DLIM同様、本来パレート解Pとは無関係であり、必ずしもパレート解曲線上の点でなくてもよいが、本実施形態では、説明の煩雑化を防ぐ目的から、目的関数F1(x1,x2)の最大値が、パレート解P5に対応するF1(P5)であり、最小値がパレート解P1に対応するF1(P1)であるとする。従って、目的変化幅DLIMは、「F1(P5)−F1(P1)」に相当する値である。
【0067】
図3に戻り、制御部110は、目的変化幅DOPTに対する制約変化幅DLIMの比率kを算出する(ステップS105)。この比率kは、図4に示される座標平面において、パレート解P1に対応する座標点と、パレート解P5に対応する座標点とを結ぶ線分(以下、適宜「基準直線」と称する)の傾きに等しい。従って、これ以降の説明において、当該比率kを適宜「傾きk」と称することとする。
【0068】
図3に戻り、制御部110は、定常比率マップ132を参照し、現時点のエンジン200の動作条件に対応する定常比率Aを取得する(ステップS106)。ここで、図5を参照し、定常比率マップ132について説明する。ここに、図5は、定常比率マップ132の構成を概念的に表してなる模式図である。
【0069】
図5において、定常比率マップ132は、既に述べた如く機関回転速度NE及び負荷率KLに対応付ける形で定常比率Aを表してなるマップである。ここで、機関回転速度NE及び負荷率KLは、夫々予め設定される基準に基づいて一定幅を有する複数の帯域に分割されており、夫々の帯域により規定されるマトリクス状の設定領域の各々に対し、一の定常比率A(即ち、図示A11,A12,・・・,A85,A86)が設定されている。ここで、定常比率Aとは、エンジン200が定常状態を採る時間比率であり、例えば一例としては、高回転高負荷側の動作条件で低下し(即ち、エンジン200が過渡状態にある期間が相対的に長くなる)、低回転低負荷側の動作条件で上昇する(即ち、エンジン200が過渡状態にある期間が相対的に短くなる)。
【0070】
定常比率Aは、エンジン200の仕様及び仕向け、並びにエンジン200を搭載する車両の仕様及び仕向け等に応じて変化する指標であり、例えば、予め実験的に、経験的に、理論的に、又はシミュレーション等に基づいて、これら仕様及び仕向けを考慮して、実際のエンジン200の状態を実践上十分な精度で表し得るように決定されている。
【0071】
図3に戻り、定常比率Aを取得すると、制御部110は、補正係数マップ133を参照して補正係数αを取得する(ステップS107)。ここで、図6を参照し、補正係数マップ133について説明する。ここに、図6は、補正係数マップ133の構成を概念的に表してなる模式図である。
【0072】
図6において、補正係数αは、縦軸及び横軸に夫々補正係数α及び定常比率Aを表してなる座標平面上で、図示PRF_αとして表される。即ち、補正係数αは、定常比率Aが高い程低い値を採る。尚、補正係数αは、定常比率Aが50%程度の値を採る場合に、概ね1程度の値を採るように設定されている。補正係数マップ133には、定常比率Aと補正係数αとが、図6に示す関係を有するように、補正係数αの値が記憶されている。
【0073】
図3に戻り、補正係数αを取得すると、制御部110は、ステップS105に係る処理において算出された傾きkの値に、取得した補正係数αを乗じ、傾きkを補正する(ステップS108)。尚、この補正された傾きkを、傾きk’と称することとする。
【0074】
傾きk’を算出すると、制御部110は、図4において傾きk’を有する直線(即ち、本発明に係る「第2の特性線」の一例)とパレート解曲線との接点を算出する(ステップS109)。ここで、図4を参照すると、当該接点は、傾きk’に応じて、言い換えれば定常比率Aに応じてパレート解曲線上で連続的に変化する。例えば、定常比率Aが高く、補正係数αが1よりも小さくなる場合には、傾きk’が傾きkよりも小さくなり、直線は、上述した基準直線よりも緩やかな、例えば図示PRF_k1(一点鎖線参照)として示される如き直線となる。傾きkの補正により基準直線が図示PRF_k1に変化した場合、当該接点は、パレート解P4に対応する座標点となる。
【0075】
一方、定常比率Aが低く、補正係数αが1よりも大きくなる場合には、傾きk’が傾きkよりも大きくなり、直線は、基準直線よりも急峻な、例えば図示PRF_k2(二点鎖線参照)として示される如き直線となる。傾きkの補正により基準直線が図示PRF_k2に変化した場合、当該接点は、パレート解P2に対応する座標点となる。通常、パレート解曲線と、当該直線との接点は、直線の傾きが定まれば一義的に定まり、制御部110が、数値演算の結果として導出することが可能である。
【0076】
図3に戻り、当該接点が算出されると、制御部110は、当該接点に対応するパレート解Pを、次善的な最適解として抽出し、適合値として適合値マップ131に記憶させる(ステップS110)。尚、ここで、当該接点が一のパレート解Pに該当しない場合には、パレート解曲線上で最も当該接点に近接したパレート解Pが、次善的な最適解として抽出されてもよい。ステップS110に係る処理を経ると、処理はステップS101に戻され、一連の処理が繰り返される。次善最適解決定処理は以上の如くに進行する。
【0077】
ここで、次善最適解決定処理の効果について、再び図4を参照して説明する。図4において、定常比率Aが高い場合に相当する次善的な最適解P4(x14,x24)は、目的関数F1についてF1(P4)を与え、且つ同時に制約関数F2についてF2(P4)を与えるパレート解である。同様に、定常比率Aが低い場合に相当する次善的な最適解P2(x12,x22)は、目的関数F1についてF1(P4)よりも優れたF1(P2)を与え、且つ同時に制約関数F2についてF2(P4)よりも劣るF2(P2)を与えるパレート解である。即ち、次善最適解決定処理によれば、定性的な傾向として、定常比率Aが高い程制約関数F2が重視され、定常比率Aが低い程目的関数F1が重視される。
【0078】
本実施形態において、目的関数F1はエンジン200の出力トルクであり、制約関数F2はエンジン200のトルク変動である。定常比率Aが高い場合とは、即ち、エンジン200の運転状態として過渡状態を採り難い状況であり、相対的にみてトルク変動がドライバに知覚され易い状況に相当する。従って、この場合、制約関数F2を重視する必要があり、パレート解P4が次善的な最適解として決定される。一方、定常比率Aが低い場合とは、即ち、エンジン200の運転状態として過渡状態を採り易い状況であり、相対的にみてトルク変動がドライバに知覚され難い状況に相当する。更には、出力トルクが顕著に要求され易い状況にも相当する。従って、この場合、目的関数F1を重視する必要があり、パレート解P2が次善的な最適解として決定される。
【0079】
このように、本実施形態によれば、パラメータx1及びx2に対する目的関数F1及び制約関数F2の感度特性を規定する直線(基準直線が、傾きkの補正により適宜補正されてなる直線)と、パレート解曲線との接点という、物理的に明確な指標に基づいて、次善的な最適解を簡便に求めることが可能である。更には、この直線の傾きkが、エンジン200の定常比率Aに応じて補正されるため、目的関数F1及び制約関数F2相互間の重み付けを行うことが簡便にして可能となる。即ち、適合値を効率的且つ効果的に決定することが可能となるのである。
<第2実施形態>
次に、第1実施形態と比較して、パラメータx1及びx2に係るパラメータ値の変化範囲である適合範囲を、より効率的且つ効果的に設定し得る本発明の第2実施形態について、図7を参照して説明する。ここに、図7は、適合値マップ131の構成を概念的に表してなる模式図である。尚、同図において、図5と重複する箇所には同一の符号を付してその説明を適宜省略することとする。
【0080】
図7において、適合値マップ131には、上述した次善最適解決定処理を経ることなく決定された適合値、即ち最適解のみが記憶されており、図示対象領域131aとして示す領域には、最適解が存在しないものとする。このような状況において、例えば、機関回転速度NEが図示NE5以上NE6未満であり、且つ負荷率KLが図示KL3以上KL4未満となる、図示網掛け領域(即ち、本発明に係る「最適解に相当するパラメータ値が存在しない内燃機関の動作条件」の一例)において、上述した次善最適解決定処理を行う場合、制御部110は、パラメータx1及びx2についての適合範囲を、当該網掛け領域に隣接する動作条件における適合値に基づいて決定する。
【0081】
例えば、図7において当該網掛け領域に左側で隣接する動作領域では、既に適合値がF54と決定されている。この適合値F54におけるパラメータx1のパラメータ値(即ち、空燃比)が、「14」であった場合、制御部110は、適合値マップ131上での適合値の連続性を考慮し、当該網掛け領域について行われる次善最適解決定処理におけるパラメータx1の適合範囲を、例えば「12」〜「16」等、適合値F54に対し一定又は不定のマージンを与えた範囲に、或いは一定又は不定の補正係数を乗じた値等に設定する。
【0082】
無論、次善最適解決定処理の実行過程において、適合範囲が制限されることはないが、実質的にみれば、適合値が適合値F54から大きく乖離すれば、エンジン200の動作条件としては明らかに連続するにもかかわらず、適合値の変化量が大きくなり、適合値の不連続性に起因する各種の不具合が顕在化しかねない。このように隣接する動作条件の適合値が参照されることによってパラメータの適合範囲を実践上採り得る範囲に整合させた場合には、適合値の連続性を担保しつつ、適合値の決定に要する時間的な負荷や処理的な負荷を軽減することが可能となり実践上有益である。
【0083】
本発明は、上述した実施形態に限られるものではなく、請求の範囲及び明細書全体から読み取れる発明の要旨或いは思想に反しない範囲で適宜変更可能であり、そのような変更を伴う自動適合装置及び方法もまた本発明の技術的範囲に含まれるものである。
【図面の簡単な説明】
【0084】
【図1】本発明の第1実施形態に係る自動適合システムの構成を概念的に表してなるブロック図である。
【図2】図1の自動適合システムにより適合値が決定されるエンジンの模式図である。
【図3】図1の自動適合システムにおいて制御部により実行される次善最適解決定処理のフローチャートである。
【図4】次善的な最適解の算出に供される座標平面の模式図である。
【図5】定常比率マップの構成を概念的に表してなる模式図である。
【図6】補正係数マップの構成を概念的に表してなる模式図である。
【図7】適合値マップの構成を概念的に表してなる模式図である。
【符号の説明】
【0085】
100…自動適合システム、110…制御部、120…統計モデル、130…記憶部、131…適合値マップ、132…定常比率マップ、133…補正係数マップ、200…エンジン。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関の性能を規定し、且つ相互に共通のパラメータ値に応じて変化する関数F1及び関数F2に対し、該関数F1及びF2の各々を予め許容された範囲に導く最適解に相当する前記パラメータ値が存在しない前記内燃機関の動作条件において、適合値を決定するための自動適合装置であって、
前記パラメータ値を所定の適合範囲内で変化させた場合の、前記関数F1における最大値と最小値との偏差ΔF1に対する前記関数F2における最大値と最小値との偏差ΔF2の比率kを特定する第1の特定手段と、
前記適合範囲に存在する前記パラメータ値の中から、前記関数F1及びF2についてのパレート解を特定する第2の特定手段と、
相互に交わる第1軸及び第2軸に夫々前記関数F1及びF2を表してなる座標平面において、前記特定されたパレート解に対応する座標点を繋げて得られる第1の特性線と、前記特定された比率kに対応する傾きを有する第2の特性線との接点を特定する第3の特定手段と、
前記特定された接点に基づいて前記パレート解の中から次善的な最適解として一の前記パラメータ値を選択する選択手段と
を具備することを特徴とする自動適合装置。
【請求項2】
前記パラメータ値は、予め設定された複数種類のパラメータの各々について設定され、
前記第2の特定手段は、前記複数種類のパラメータの各々に対応する複数の前記パラメータ値の組み合わせとして前記パレート解を特定する
ことを特徴とする請求項1に記載の自動適合装置。
【請求項3】
前記動作条件に基づいて前記特定された比率kを補正する補正手段を更に具備し、
前記第3の特定手段は、前記補正された比率kを前記傾きとして有する前記第2の特性線に基づいて前記接点を特定する
ことを特徴とする請求項1又は2に記載の自動適合装置。
【請求項4】
前記動作条件に基づいて前記内燃機関における定常状態の時間比率として規定される定常比率を特定する第4の特定手段を更に具備し、
前記補正手段は、前記特定された定常比率に基づいて前記比率kを補正する
ことを特徴とする請求項3に記載の自動適合装置。
【請求項5】
前記最適解に相当するパラメータ値が存在しない動作条件に隣接する前記内燃機関の動作条件における前記最適解に相当するパラメータ値に基づいて、前記適合範囲を決定する適合範囲決定手段を更に具備する
ことを特徴とする請求項1から4のいずれか一項に記載の自動適合装置。
【請求項6】
内燃機関の性能を規定し、且つ相互に共通のパラメータ値に応じて変化する関数F1及び関数F2に対し、該関数F1及びF2の各々を予め許容された範囲に導く最適解に相当する前記パラメータ値が存在しない前記内燃機関の動作条件において、適合値を決定するための自動適合方法であって、
前記パラメータ値を所定の適合範囲内で変化させた場合の、前記関数F1における最大値と最小値との偏差ΔF1に対する前記関数F2における最大値と最小値との偏差ΔF2の比率kを特定する第1の特定工程と、
前記適合範囲に存在する前記パラメータ値の中から、前記関数F1及びF2についてのパレート解を特定する第2の特定工程と、
相互に交わる第1軸及び第2軸に夫々前記関数F1及びF2を表してなる座標平面において、前記特定されたパレート解に対応する座標点を繋げて得られる第1の特性線と、前記特定された比率kに対応する傾きを有する第2の特性線との接点を特定する第3の特定工程と、
前記特定された接点に基づいて前記パレート解の中から次善的な最適解として一の前記パラメータ値を選択する選択工程と
を具備することを特徴とする自動適合方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−234439(P2008−234439A)
【公開日】平成20年10月2日(2008.10.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−74926(P2007−74926)
【出願日】平成19年3月22日(2007.3.22)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】