説明

車両のABS制御装置

【課題】車両が凍結路等の低摩擦路面を走行中にABSが作動したときの車両の減速度不足感に伴う運転者の違和感を解消することができる車両のABS制御装置を提供すること。
【解決手段】Gセンサ4や車輪速センサ5の検出値に基づいて各車輪の最適回転速度を算出するABSコントローラ8と、該ABSコントローラ8からの制御信号によって電磁弁9を開閉制御してスリップ率が制御目標値となるようブレーキ圧を制御するABSアクチュエータ10を含んで構成される車両のABS制御装置において、外気温と車両速度が共に設定値以下である場合には制御目標スリップ率を常温・高速時の制御目標スリップ率に対してロック側に変更する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両における急ブレーキ時の車輪のロックを防ぐためのABS(アンチロック・ブレーキ・システム)を制御するためのABS制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
車両には、例えば凍結した路面上を走行しているときに急ブレーキを掛けても車輪がロックしないようにするためのABSが搭載されているが、このABSは、車両の減速度を検出するGセンサ(加速度センサ)、各車輪の回転速度を検出する車輪速センサ、これらのGセンサや車輪速センサの検出値に基づいて各車輪の最適回転速度を算出するABSコントローラ、該ABSコントローラからの制御信号によって電磁弁を開閉制御してブレーキ圧を制御するABSアクチュエータ等によって構成されている。
【0003】
ところで、車両の走行中にブレーキを掛けると車輪の回転速度は車両速度より減少し、車輪(タイヤ)と路面の間にはスリップが生じ、このスリップの大きさはスリップ率sとして次式で定義される。
【0004】
スリップ率s=(車両速度V−車輪速W)/車両速度V
ここで、タイヤと路面の摩擦係数μとスリップ率sとの関係を路面状況(乾燥路面、濡れた路面、雪路及び氷上)をパラメータとして図4に実線にて示すが、同図に示すように全ての路面状況においてタイヤと路面との摩擦係数μはスリップ率s=0.1〜0.3で最大となり、制動力も最大となる。そして、車輪が完全にロック(スリップ率s=1.0)すると制動力は小さくなる。
【0005】
又、車両の旋回時にタイヤが発生するサイドフォース(コーナリングフォース)を図4に破線にて示すが、このサイドフォースは、スリップ率s=0のときに最大となり、スリップ率sの増加と共に減少し、車輪がロックするスリップ率s=1.0で最小となる。従って、前輪がロックした状態で操舵を行っても、前輪の向きは変わるものの車両は路面を滑ってゆき、その進行方向は変わらない。
【0006】
そこで、ABSコントローラは、ABS作動時にはタイヤと路面との摩擦係数μが最大となるスリップ率s=0.1〜0.3の範囲(図4の斜線を付した範囲)を制御目標値としてABSアクチュエータに制御信号を送信し、ABSアクチュエータは、ABSアクチュエータに制御信号を受けて電磁弁を開閉制御し、スリップ率sが制御目標値(0.1〜0.3)となるようブレーキ圧を制御する。
【0007】
ところで、ABS制御装置に関して特許文献1には、外気温センサによって検出される外気温が低いときには、車輪のスリップ率制御に使用する路面μの初期値を通常時に比べて小さい値に変更することによって、駆動輪がスリップし易い凍結路等の走行時にスリップ制御を早期に実行してスリップ制御の応答性を向上させる技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平3−258647号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、従来のABS制御装置による制御では制御目標スリップ率が一律に設定されており、比較的小さなスリップ率(0.1〜0.3)に抑えられているため、車両が低摩擦路面を低速で走行中にABSが作動したときには車両の減速度感が不足し、運転者が空走感やブレーキの効きが悪い等の違和感を感じるという問題があった。特許文献1において提案されたスリップ制御では、車両が凍結路等の低摩擦路面を走行中にABSが作動したときには車輪のスリップ率制御に使用する路面μの初期値を小さい値に変更するためにこのような問題が発生し易い。
【0010】
本発明は上記問題に鑑みてなされたものであり、車両が凍結路等の低摩擦路面を走行中にABSが作動したときの車両の減速度不足に伴う運転者の違和感を解消することができる車両のABS制御装置を提供することを目的とする。
【0011】
又、本発明は、車両が凍結路等の低摩擦路面を走行中にABSが作動したときに車輪の制御目標スリップ率をロック側に変更しても車両に高い走行安定性を確保することができる車両のABS制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するため、請求項1記載の発明は、Gセンサや車輪速センサの検出値に基づいて各車輪の最適回転速度を算出するABSコントローラと、該ABSコントローラからの制御信号によって電磁弁を開閉制御してスリップ率が制御目標値となるようブレーキ圧を制御するABSアクチュエータを含んで構成される車両のABS制御装置において、外気温と車両速度が共に設定値以下である場合には制御目標スリップ率を常温・高速時の制御目標スリップ率に対してロック側に変更することを特徴とする。
【0013】
請求項2記載の発明は、請求項1記載の発明において、車両の走行路が平坦で且つ車両が直進している場合には制御目標スリップ率を常温・高速時の制御目標スリップ率に対してロック側に変更することを特徴とする。
【0014】
請求項3記載の発明は、請求項1又は2記載の発明において、車輪と路面との摩擦係数を前記Gセンサ又は車輪速センサの検出値に基づいて推定し、この推定値が設定値以下である場合には制御目標スリップ率を常温・高速時の制御目標スリップ率に対してロック側に変更することを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
請求項1記載の発明によれば、外気温が低い(外気温が1℃以下)ときに車両が凍結路等の低摩擦路面を低速(25km/h以下)で走行中にABSが作動したときには、制御目標スリップ率を常温・高速時の制御目標スリップ率に対してロック側に変更するようにしたため、車両の減速度不足感が補われ、運転者が空走感やブレーキの効きが悪い等の違和感を感じるという問題の発生が防がれる。
【0016】
請求項2記載の発明によれば、外気温と車両速度が共に設定値以下である場合に制御目標スリップ率を常温・高速時の制御目標スリップ率に対してロック側に変更するABS制御が開始されたために車両旋回時にタイヤに発生するサイドフォースが下がっても、制御目標スリップ率をロック側に変更するABS制御は車両の走行路が平坦で且つ車両が直進している場合にのみなされるため、車両に高い走行安定性を確保することができる。
【0017】
請求項3記載の発明によれば、推定された車輪と路面との摩擦係数が設定値以下であるために路面が滑り易い場合について制御目標スリップ率をロック側に変更するABS制御を行うようにしたため、車両の制動距離の大きな増大を伴うことなく運転者の違和感を解消することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明に係るABS制御装置の構成部品の配置を示す車両の透視斜視図である。
【図2】本発明に係るABS制御装置のシステム構成を示すブロック図である。
【図3】本発明に係るABS制御装置の制御フローを示すフローチャートである。
【図4】タイヤ・路面摩擦係数μとスリップ率sとの関係を路面状況をパラメータとして示す線図(μ−s特性図)である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下に本発明の実施の形態を添付図面に基づいて説明する。
【0020】
図1は本発明に係るABS制御装置の構成部品の配置を示す車両の透視斜視図、図2は本発明に係るABS制御装置のシステム構成を示すブロック図、図3は本発明に係るABS制御装置の制御フローを示すフローチャート、図4はタイヤ・路面摩擦係数μとスリップ率sとの関係を路面状況をパラメータとして示す線図(μ−s特性図)である。
【0021】
図1に示す車両1には、例えば凍結した路面上を走行しているときに急ブレーキを掛けても前輪2と後輪3がロックしないようにするためのABSがエンジンルームに搭載されているが、このABSは、車両の減速度を検出するGセンサ(加速度センサ)4、各左右の前輪2と後輪3の各回転速度をそれぞれ検出する計4つの車輪速センサ5、外気温を検出する外気温センサ6(図2参照)、ステアリングの操舵角を検出する操舵角センサ7(図2参照)、Gセンサ4や車輪速センサ5の検出値に基づいて前輪2と後輪3の最適回転速度をそれぞれ算出するABSコントローラ8(図2参照)、該ABSコントローラ8からの制御信号によって4つの電磁弁9(図2参照)を開閉制御してスリップ率sが制御目標値となるようブレーキ圧を制御するABSアクチュエータ10を含んで構成されている。
【0022】
又、図1に示すように、車両1のエンジンルームには、運転者のブレーキ操作力をアシストする倍力装置としてのブレーキブースタ11と、運転者のブレーキ操作によってブレーキ圧を発生するマスタシリンダ12が設けられており、左右一対の前輪2と後輪3にはフロントブレーキ13とリヤブレーキ14がそれぞれ設けられている。ここで、フロントブレーキ13とリヤブレーキ14のブレーキディスク13a,14aの近傍に前記車輪速センサ5がそれぞれ配置されており、各車輪速センサ5はブレーキディスク13a,14aの回転速度を検出し、その検出信号をABSコントローラ8に送信する。
【0023】
更に、図1に示すように、車両1にはABS警告灯15とストップランプスイッチ16が設けられており、これらのABS警告灯15とストップランプスイッチ16は前記ABSコントローラ8に接続されている。
【0024】
ところで、前記マスタシリンダ12は2本のブレーキ配管17によってABSアクチュエータ10に接続されており、ABSアクチュエータ10から延びる4本のブレーキ配管18はフロントブレーキ13とリヤブレーキ14の不図示のホイールシリンダにそれぞれ接続されている。ここで、ABSアクチュエータ10には、ブレーキ配管18を経てフロントブレーキ13とリヤブレーキ14の各ホイールシリンダに供給されるブレーキ圧を制御するための前記電磁弁9と前記ABSコントローラ8(図2参照)が内蔵されている。
【0025】
図2に本発明に係るABS制御装置のシステム構成を示すが、ABSコントローラ8の入力側には車輪速センサ5、外気温センサ6及び操舵角センサ7が接続されており、出力側には電磁弁9とABS警告灯15が接続されている。
【0026】
ここで、図4にタイヤと路面の摩擦係数μとスリップ率sとの関係を路面状況(乾燥路面、濡れた路面、雪路及び氷上)をパラメータとして実線にて示し、車両1の旋回時にタイヤが発生するサイドフォース(コーナリングフォース)を破線にて示すが、同図に示すように全ての路面状況においてタイヤと路面との摩擦係数μはスリップ率s=0.1〜0.3で最大となり、制動力も最大となる。このため、ABSコントローラ8は、通常時(常温・高速時)におけるABS作動時にはタイヤと路面との摩擦係数μが最大となるスリップ率s=0.1〜0.3の範囲(図4の斜線を付した範囲)を制御目標値としてABSアクチュエータ10に制御信号を送信し、ABSアクチュエータ10は、ABSコントローラ8からの制御信号を受けて電磁弁9をそれぞれ開閉制御し、スリップ率sが制御目標値(0.1〜0.3)となるようブレーキ圧を制御する。
【0027】
ところが、車両1が低摩擦路面を低速で走行中にABSが作動したときには車両1の減速度感が不足し、運転者が空走感やブレーキの効きが悪い等の違和感を感じるという問題があったことは前述の通りである。
【0028】
そこで、本実施の形態では、以下の条件1〜5が満たされた場合には制御目標スリップ率を常温・高速時の制御目標スリップ率s=0.1〜0.3の範囲(図4の斜線を付した範囲)に対してロック側(図4の矢印方向)に変更するようにしている。
【0029】
条件1:外気温≦1℃
条件2:車両速度≦25km/h
条件3:推定路面摩擦係数μ≦0.3G
条件4:走行路が平坦路
条件5:車両が直進
外気温は外気温センサ6によって検出され、車両速度はGセンサ4と車輪速センサ5の検出値に基づいて算出され、路面摩擦係数μはGセンサ4の検出値又は車輪速センサ5の検出値によって推定される。又、走行路が平坦路であることはブレーキ前の前後G値が−0.15G以上(下りを負の値とした場合)であることによって判断され、車両が直進していることは操舵角センサ7によって検出されるステアリングの操舵角が±45°以下であることによって判断される。
【0030】
ここで、ABSコントローラ8によるABS制御を図3に示すフローチャートに基づいて以下に説明する。
【0031】
制動3が開始されると(ステップS1)、外気温≦1℃であるか否か(ステップS2)、車両速度≦25km/hであるか否か(ステップS3)、推定路面摩擦係数μ≦0.3Gであるか否か(ステップS4)、走行路は平坦路であるか否か(ステップS5)、車両1は直進しているか否か(ステップS6)が順次判断され、これらの判断が全てYesである場合(前記条件1〜5が全て満足された場合)には制御目標スリップ率をロック側に変更し(ステップS7)、ABS制御を実行する(ステップS8)。
【0032】
他方、上記ステップS2〜S6の判断の1つでもNoである場合(条件1〜5の1つでも満足しない場合)には、制御目標スリップ率をロック側に変更することなく(ステップS9)、そのままABS制御を実行する(ステップS10)。
【0033】
而して、本実施の形態では、外気温が低い(外気温が1℃以下)ときに車両1が凍結路等の低摩擦路面を低速(25km/h以下)で走行中にABSが作動したときには、制御目標スリップ率を常温・高速時の制御目標スリップ率(s=0.1〜0.3)に対してロック側に変更するようにしたため、車両1の減速度不足感が補われ、運転者が空走感やブレーキの効きが悪い等の違和感を感じるという問題の発生が防がれる。
【0034】
又、外気温と車両速度が共に設定値以下である場合に制御目標スリップ率を常温・高速時の制御目標スリップ率に対してロック側に変更するABS制御が開始さたために車両1の旋回時にタイヤに発生するサイドフォースが下がっても、制御目標スリップ率をロック側に変更するABS制御は走行路が平坦(ブレーキ前後のG値が−0.15G以上)で且つ車両1が直進(操舵角が±45°以下)している場合にのみなされるため、車両1に高い走行安定性を確保することができる。
【0035】
更に、本実施の形態では、Gセンサ4の検出値又は車輪速センサ5の検出値によって推定されたタイヤと路面との摩擦係数μが設定値(0.3G)以下であるために路面が滑り易い場合について制御目標スリップ率をロック側に変更するABS制御を行うようにしたため、車両1の制動距離の大きな増大を伴うことなく運転者の違和感を解消することができるという効果が得られる。
【符号の説明】
【0036】
1 車両
2 前輪
3 後輪
4 Gセンサ
5 車輪速センサ
6 外気温センサ
7 舵角センサ
8 ABSコントローラ
9 電磁弁
10 ABSアクチュエータ
11 ブレーキブースタ
12 マスタシリンダ
13 フロントブレーキ
14 リヤブレーキ


【特許請求の範囲】
【請求項1】
Gセンサや車輪速センサの検出値に基づいて各車輪の最適回転速度を算出するABSコントローラと、該ABSコントローラからの制御信号によって電磁弁を開閉制御してスリップ率が制御目標値となるようブレーキ圧を制御するABSアクチュエータを含んで構成される車両のABS制御装置において、
外気温と車両速度が共に設定値以下である場合には制御目標スリップ率を常温・高速時の制御目標スリップ率に対してロック側に変更することを特徴とする車両のABS制御装置。
【請求項2】
車両の走行路が平坦で且つ車両が直進している場合には制御目標スリップ率を常温・高速時の制御目標スリップ率に対してロック側に変更することを特徴とする請求項1記載の車両のABS制御装置。
【請求項3】
車輪と路面との摩擦係数を前記Gセンサの検出値又は車輪速センサの検出値に基づいて推定し、この推定値が設定値以下である場合には制御目標スリップ率を常温・高速時の制御目標スリップ率に対してロック側に変更することを特徴とする請求項1又は2記載の車両のABS制御装置。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2012−106516(P2012−106516A)
【公開日】平成24年6月7日(2012.6.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−254652(P2010−254652)
【出願日】平成22年11月15日(2010.11.15)
【出願人】(000002082)スズキ株式会社 (3,196)
【Fターム(参考)】