説明

軟X線分光装置

【課題】 試料から軟X線分光装置に向う軟X線をできるだけ多く回折格子に入射させて、検出される軟X線の強度を高めた軟X線分光装置を提供する。
【解決手段】 入射する軟X線を回折する回折格子と、回折格子によって回折された軟X線を検出する検出器とを備える軟X線分光装置おいて、回折格子に入射する軟X線の中心光線を挟み、回折格子に垂直で中心光線を含む平面に平行かつ中心光線に垂直な方向の曲率が0の一対のミラーを備えて、回折格子の傍らに向って進む軟X線を、ミラーによって反射して回折格子に入射させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軟X線分光装置に関し、特に、軟X線分光装置における入射軟X線の利用効率を向上させる分光装置に関する。
【背景技術】
【0002】
軟X線発光分光法は、X線または電子線を試料に照射して、発生する軟X線を分光分析する方法であり、試料に含まれる物質の電子状態を知ることができる。しかしながら、試料における軟X線発光は等方的に生じる発光現象、つまり、光学的には発散光源となる。このため、分析に用いられる軟X線分光装置では、試料が発する全軟X線のうち、限れた方向に進む一部のみが検出されることになる。
【0003】
軟X線分光装置には、分光を行うための回折格子と、分光後の軟X線を検出するための検出器とが備えられる(たとえば特許文献1参照)。従来の軟X線分光装置の構成を図9に示す。軟X線分光装置は、回折格子91と検出器92とを備え、試料Sに対してX線または電子線が照射される。図9において、(a)は回折格子91に垂直な平面に沿って見た平面図、(b)は側面図である。可視光に比べて遥かに短波長である軟X線(波長1nm程度)のための回折格子91は、図9(b)に示したように、入射角が極めて大きい(90°に近い)斜入射配置にする必要がある。
【0004】
なお、図示しないが、分解能を高めるために、試料から回折格子91に至る軟X線の光路に、軟X線の線束の幅を回折方向(回折格子に垂直な方向)において制限するスリットを配置したり、励起のために照射するX線または電子線を微小なスポットに収束させる光学系を、試料の前に配置したりしている。後者は、スリットレス分光装置と呼ばれており、スリットを備える構成と同等の分解能でありながら、試料からの軟X線の利用効率が高く、したがって検出感度が高い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平6−186178号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
軟X線分光装置では、回折格子を図9(b)に示したような斜入射配置にせざるを得ないが、このような配置では原理的に回折効率は低く、試料における軟X線発光が等方的であることとあいまって、検出器に入射する分光後の軟X線の強度は低くなる。この強度の低下が、高感度での分析の障害となっており、スリットレス分光装置においても、さらなる感度向上が望まれている。
【0007】
本発明は、試料から軟X線分光装置に向う軟X線をできるだけ多く回折格子に入射させることによって、検出される軟X線の強度を高め、検出感度を高めることができる軟X線分光装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、入射する軟X線を回折する回折格子と、前記回折格子によって回折された軟X線を検出する検出器とを備える軟X線分光装置であって、前記回折格子に入射する軟X線の中心光線を挟み、前記回折格子に垂直で前記中心光線を含む平面に平行かつ前記中心光線に垂直な方向の曲率が0の一対のミラーを備える軟X線分光装置である。
【0009】
また本発明は、前記一対のミラーが、前記平面に平行かつ前記中心光線に垂直な方向に軸を有する円筒凹面ミラーであることを特徴とする。
【0010】
さらにまた本発明は、前記一対のミラーが前記平面に関して対称であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明の軟X線分光装置によれば、回折格子に入射する軟X線の中心光線を挟み、回折格子に垂直で前記中心光線を含む平面に平行かつ前記中心光線に垂直な方向の曲率が0の一対のミラーを備えるので、回折格子の傍らに向って進み、ミラーが存在しなければ回折格子に入射しないはずの軟X線を、ミラーによって反射させて回折格子に入射させることが可能である。したがって、回折格子に入射する軟X線の量が多くなり、回折格子によって回折され、検出器によって検出される軟X線の強度が高まる。
【0012】
また本発明によれば、一対のミラーは、回折格子に垂直で前記中心光線を含む平面に平行かつ前記中心光線に垂直な方向に曲率を有していないから、回折格子に対する軟X線の角度を前記平面に平行な方向には変化させない。したがって、ミラーは回折格子による回折に影響を及ぼさない。このため、既存の軟X線分光装置に一対のミラーを付加して本発明の軟X線分光装置とする場合でも、光学系の設計変更は不要である。
【0013】
また本発明によれば、一対のミラーが、前記平面に平行かつ前記中心光線に垂直な方向に軸を有する円筒凹面ミラーである構成では、発散しつつある軟X線をミラーによって収束させることが可能であり、ミラーを大きくして反射する軟X線を多くしながら、反射した軟X線を全て回折格子に入射させることが容易になる。
【0014】
一対のミラーが前記平面に関して対称である構成では、設計が容易である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の一実施形態の軟X線分光装置の構成を模式的に示す図である。
【図2】本発明の一実施形態の軟X線分光装置の光学系全体、回折格子および検出器を規定するパラメータを示す図である。
【図3】本発明の一実施形態の軟X線分光装置の一対のミラーを規定するパラメータを示す図である。
【図4】本発明の一実施形態の軟X線分光装置の設置における可変因子を示す図である。
【図5】本発明の一実施形態の軟X線分光装置の設置における可変因子の誤差と、検出される軟X線の強度およびピーク幅との関係を示す図である。
【図6】本発明の一実施形態の軟X線分光装置についてのレイトレースによる分解能計算の結果を示す図である。
【図7】本発明の一実施形態の軟X線分光装置において、水を試料とした場合の、検出器上の軟X線の像を示す図である。
【図8】図7の領域Aにおける強度分布を示す図である。
【図9】従来の軟X線分光装置の構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面を参照しながら、本発明の軟X線分光装置について説明する。図1に、本発明の一実施形態の軟X線分光装置1の構成を模式的に示す。この軟X線分光装置1は、試料Sに電子線またはX線を照射して、試料Sから軟X線を発生させる軟X線発光装置と共に、軟X線発光分光システムの一部を構成する。軟X線分光装置1は、回折格子2および検出器3を備えており、試料Sからの軟X線を回折格子2によって回折し、回折した軟X線を検出器3で検出する。なお、本実施形態の軟X線分光装置1はスリットレス分光装置であるが、本発明は、試料Sから回折格子2に至る軟X線の光路上にスリットを備える軟X線分光装置にも、適用可能である。
【0017】
図1において、(a)は回折格子2に垂直な平面に沿って見た平面図、(b)は側面図である。なお、図示したように、回折格子2に入射する軟X線の中心光線X0の進行方向をZ方向、回折格子2に入射する軟X線の中心光線X0を含み回折格子2に垂直な面内で、Z方向に垂直な方向をY方向、Z方向およびY方向に垂直な方向をX方向と定義する。
【0018】
回折格子2は、エネルギが200〜1400eV(6〜0.9nmの波長に相当)の範囲の軟X線を回折するように設計されている。回折格子2の各格子(刻線)はX方向に延在しており、回折格子2はY方向にのみ回折能を有する。回折格子2に入射する軟X線には、そのエネルギ(波長)に応じた回折角での回折が生じ、これによって分光がなされる。
【0019】
検出器3は、上記エネルギ範囲の軟X線に対して感度を有し、入射した軟X線を電荷に変換する微小な素子が、軟X線の入射面に2次元に多数配列された、CCD型の検出器である。検出器3は、その出力信号を処理する信号処理装置(不図示)に接続されている。
【0020】
軟X線分光装置1は、一対のミラー5を備えている。ミラー5は、試料Sと回折格子2との間に、回折格子2に入射する軟X線の中心光線X0を挟むように、配置されている。これらのミラー5は、回折格子2に垂直で中心光線X0を含む平面(Y−Z平面)に平行かつ中心光線X0に垂直な方向の曲率が、0である。つまり、ミラー5はY方向には曲率を有していない。また、ミラー5は、回折格子2に垂直で中心光線X0を含む前記平面(Y−Z平面)に関して、対称である。ミラー5は、試料S寄りの端部よりも回折格子2寄りの端部の間隔が広くなるように、概ね対向する形態で配設されている。
【0021】
ミラー5は、X方向において回折格子2の傍らに向う軟X線を反射して、回折格子2に入射させる。したがって、ミラー5が存在しなければ回折格子2には入射しないはずの軟X線も、ミラー5により反射されて、回折格子2に入射することになる。その結果、回折格子2で回折され検出器3によって検出される軟X線の強度が、ミラー5を設けない構成に比べて向上する。
【0022】
ミラー5の反射面は、試料S寄りの端部から回折格子2寄りの端部にわたる範囲で反射した軟X線の全てが、回折格子2に入射するように、曲面とされている。ただし、ミラー5は、前述のようにY方向については曲率を有しておらず、円筒ミラーである。このため、回折格子2に対する軟X線のY方向における角度が、ミラー5で反射されることによって変化することはない。したがって、ミラー5を経ることなく直接回折格子2に入射する軟X線と、ミラー5で反射されて回折格子2に入射する軟X線とで、Y方向については、回折格子2上の入射位置に差異は生じず、また、回折格子2に対する入射角も同じである。したがって、分解能をはじめとする回折格子2の回折特性は、理論的にミラー5の存在にかかわらず不変である。
【0023】
これは、既存の軟X線分光装置に、設計変更を伴うことなく、ミラー5を取付け得ることを意味しており、既存の軟X線分光装置の簡便な改良方法を提供する。
【0024】
軟X線分光装置1の光学系全体、回折格子2および検出器3を規定するパラメータを図2に示し、パラメータの値を表1に示す。図2および表1において、rは、試料Sから回折格子2の中心までの距離(回折格子2に入射する軟X線の中心光線X0の光路長)を表し、r’は回折格子2の中心から検出器3の中心までの距離を現す。なお、検出器3の中心には、450eVの軟X線が入射するように、設定されている。
【0025】
αは、試料Sと回折格子2の中心とを結ぶ直線(回折格子2に入射する軟X線の中心光線X0の光路)と回折格子2の中心における法線との成す角を表し、β0は、回折格子2の中心と検出器3の中心とを結ぶ直線と回折格子2の中心における法線との成す角を表す。θは、回折格子2の中心と検出器3の中心とを結ぶ直線と検出器3の法線との成す角を表す。
【0026】
【表1】

【0027】
回折格子2は、下記式(1)に従って定義される円筒不等間隔刻線回折格子である。
d(w)=d0/{1+(2b/R)w+(3b/R)w
+(4b/R)w} …(1)
【0028】
ここで、wは、刻線の並び方向(個々の刻線に対して垂直な方向)における中心からの距離(出射側が正、入射側が負)であり、d(w)は、距離wの位置における刻線本数であり、d0は、中心における刻線本数であり、Rは曲率半径である。また、hは、回折格子2の格子の高低差(刻線の深さ)を表す。なお、回折格子2のパラメータは、検出器3への入射角も含めて、最適化されている。
【0029】
ミラー5を規定するパラメータを図3に示し、パラメータの値を表2に示す。図3および表に2おいて、rmは、試料Sから一対のミラー5の中心間の中点までの距離を表し、αmは、ミラー5の中心における接線のX方向の傾きを表し、Dは、中心におけるミラー5の間隔を表す。また、Rmは、曲率半径を表している。
【0030】
【表2】

【0031】
なお、本実施形態においては、ミラー5をY方向に軸を有する円筒ミラーとしているが、ミラー5に代えて一対の平面ミラーを採用してもよい。しかし、円筒ミラーとする方が、同じ大きさであっても回折格子2に入射する軟X線の量を多くすることができるので、好ましい。
【0032】
ミラー5および試料Sの設置誤差が、検出器3による検出に及ぼす影響について説明する。ミラー5および試料Sの設置における可変因子を図4に示す。試料SのX方向の位置ΔX、ミラー5のY方向周りの角ΔθyおよびZ方向周りの角Δθzが、調整可能である。分解能および検出効率は他の因子の誤差には鈍感なので、位置ΔX、角Δθy、Δθz以外の因子は固定する。上記3因子の誤差と、検出器3によって検出される軟X線の強度およびピーク幅との関係を、図5に示す。
【0033】
試料SのX方向の位置の誤差ΔXは、図5(a)に示すように、効率への影響が大きく、±1.0mmの誤差で強度が半減する。±0.5mmの精度で調整することで、約85%の強度を確保することが可能である。
【0034】
ミラー5のY方向周りの角の誤差Δθyも、図5(b)に示すように、効率への影響が大きい。±0.3°の誤差で強度は半減する。±0.25°の精度で調整することで、約85%の強度を確保することが可能である。
【0035】
ミラー5のZ方向周りの角の誤差Δθzは、図5(c)に示すように、ピーク幅つまり分解能への影響が大きい。±0.4°の誤差でピーク幅は倍増(分解能は半減)する。±0.1°の精度で調整することで、分解能の低下をほとんど防止することが可能である。
【0036】
なお、上記3因子は、検出器3で検出される光量および像を観察しながら、調整することが可能である。ミラー5は、角度調整後に固定する。
【0037】
レイトレースによる分解能計算の結果を図6に示す。図6において、(a)は、ミラー5を備えたときと備えないときの、スポットサイズを10μm,5μmおよび1μmとした場合のエネルギ分解能を示しており、(b)は、ミラー5を備えスポットサイズを1μmとしたとき((a)の曲線Bの条件)の、検出器3上での距離と強度分布の関係を表している。図6(a)から明らかなように、分解能を特に高くする場合を除いて、ミラー5を備えることに起因する分解能の大きな低下はない。また、図6(b)から明らかなように、収差が現れるものの、充分な分解能が達成される。
【0038】
水を試料Sとした場合の、検出器3上の軟X線の像を図7に示す。図7において、(a)はミラー5を備える場合、(b)はミラー5を備えない場合を表している。領域Aに、水分子の酸素原子の1s軌道の発光が現れている。領域Bに現れているのは、試料の容器の窓の構成材料であるSiの窒素原子の1s軌道の発光である。図7(a)の直線C付近の強度が高くなっており、ここにミラー5によって反射された軟X線が集中していることが判る。
【0039】
図7の領域Aの強度分布を図8に示す。図8において、曲線(a)がミラー5を備えた図7(a)に対応し、曲線(b)がミラー5を備えない図7(b)に対応する。曲線下の面積で表した強度は(a)の方が約4倍高く、ミラー5を備えることの効果が顕著に現れている。
【符号の説明】
【0040】
1 軟X線分光装置
2 回折格子
3 検出器
5 ミラー
S 試料
X0 中心光線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
入射する軟X線を回折する回折格子と、前記回折格子によって回折された軟X線を検出する検出器とを備える軟X線分光装置であって、
前記回折格子に入射する軟X線の中心光線を挟み、前記回折格子に垂直で前記中心光線を含む平面に平行かつ前記中心光線に垂直な方向の曲率が0の一対のミラーを備えることを特徴とする軟X線分光装置。
【請求項2】
前記一対のミラーが、前記平面に平行かつ前記中心光線に垂直な方向に軸を有する円筒凹面ミラーであることを特徴とする請求項1記載の軟X線分光装置。
【請求項3】
前記一対のミラーが前記平面に関して対称であることを特徴とする請求項1または2記載の軟X線分光装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図8】
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【図9】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−160034(P2010−160034A)
【公開日】平成22年7月22日(2010.7.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−2068(P2009−2068)
【出願日】平成21年1月7日(2009.1.7)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】