説明

転がり軸受

【課題】黒染処理後においても表面粗さ、真円度等が悪化せず、かつ、水素脆化に起因する早期剥離を効果的に抑制できる転がり軸受を提供する。
【解決手段】同心に配置された内輪2および外輪3と、これら内外輪の転走面2a、3a間に介在する複数の転動体4とを備え、内輪転走面2a、外輪転走面3aおよび転動体表面4aから選ばれた少なくとも一つの面に絶縁性酸化被膜を有する転がり軸受であって、この絶縁性酸化被膜は、亜硝酸ナトリウムと水酸化ナトリウムとを少なくとも含む処理剤を水で希釈した塩基性処理液を用いて、該処理液の温度を 125℃以上 150℃未満で、かつ、5分をこえて40分未満の処理時間で形成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は転がり軸受に関し、特に軸受内外輪の転走面および転動体表面に生じる特異性のある剥離現象を防止した転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車の小型化・軽量化・高効率化に伴い、電装部品や補機にも例外なく高性能・高出力化が求められている。例えばオルタネータに関しては小型化による出力低下を補うために高速回転条件下での使用が求められている。このため、用いるプーリを小径化し、それによる伝達効率低下を防ぐためベルトのテンション(張力)を高くして使用されている。すなわち、プーリに用いられる軸受には高速回転・高荷重という厳しい条件でも耐えられる性能が求められている。
このような厳しい条件下で使用することで転走面に生じる剥離によって軸受が早期に寿命に至る事例が報告されている。これは電磁誘導によって生じる電位やプーリとベルト間の摩擦によって生じる静電気によって電流が軸受に流れ、グリース(潤滑剤)を電気分解し、この分解によって生じる水素が鋼に侵入することで金属組織が脆化され、早期剥離に至るという機構が考えられている。
従来、この特異な早期剥離に対して化学的に安定な絶縁性酸化被膜を表面に形成する(黒染処理)ことで、軸受寿命の向上に成功した事例が報告されている(特許文献1参照)。
【0003】
しかしながら、絶縁性酸化被膜は上記の特異な早期剥離に対して効果的に機能するものの、これまでに使用してきたような処理液を用いると、軌道輪および転動体の真円度、表面粗さが悪化することが問題であった。処理後の酸化被膜は約 1〜2μm 程度であり、非常に薄いため、処理後に研磨などの仕上げ処理を行なうとその被膜を失ってしまう。このため、仕上げ後に黒染処理することが必要条件となる。黒染処理を行なう場合では表面粗さ等が悪化する、特に膜厚を 1μm以上にすると悪化しやすいので、処理後の状態で金属表面物性(表面粗さ、真円度等)を悪化させない処理液や、その処理条件が求められている。
【特許文献1】特開平4−160225号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明はかかる問題に対処するためになされたものであり、黒染処理後においても表面粗さ、真円度等が悪化せず、かつ、水素脆化に起因する早期剥離を効果的に抑制できる転がり軸受の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の転がり軸受は、同心に配置された内輪および外輪と、これら内外輪の転走面間に介在する複数の転動体とを備え、内輪転走面、外輪転走面および転動体表面から選ばれた少なくとも一つの面に絶縁性酸化被膜を有する転がり軸受であって、上記絶縁性酸化被膜は、亜硝酸ナトリウムと水酸化ナトリウムとを少なくとも含む処理剤を水で希釈した塩基性処理液を用いて形成されることを特徴とする。
また、上記亜硝酸ナトリウムは、前記処理剤 100 重量部に対して 10〜30 重量部配合されることを特徴とする。
【0006】
上記絶縁性酸化被膜は、上記塩基性処理液の温度を 125℃以上 150℃未満で、かつ、5分をこえて40分未満の処理時間で形成されることを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明の転がり軸受は、内輪転走面、外輪転走面および転動体表面から選ばれた少なくとも一つの面に絶縁性酸化被膜を有する転がり軸受であって、上記絶縁性酸化被膜は亜硝酸ナトリウムと水酸化ナトリウムとを少なくとも含む処理剤を水で希釈した塩基性処理液を用いて形成されるので、表面粗さが粗大化しない酸化被膜として形成される。
特に処理条件として、塩基性処理液の温度を 125℃以上 150℃未満で、かつ、処理時間を 5分をこえて40分未満とすることで、絶縁性酸化被膜の厚みを 1μm以上に厚くした場合でも、表面粗さの粗大化を抑制できる。
このため、従来酸化被膜の表面粗さ仕上げのために行なっていた研削処理が不要となり、形成された酸化被膜の厚みのままで使用することができるので、水素脆化による軸受摺動面の表面剥離を防止する効果を有する。
この結果、表面剥離から生じる軸受の早期破損を防止して、軸受本来の寿命を保つことができる。したがって、この発明の軸受を高速回転と高荷重をともに受けるオルタネータ等の軸受に用いることにより、寿命のばらつきの少ない安定した軸受性能を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明の転がり軸受は、同心に配置された内輪および外輪と、これら内外輪の転走面間に介在する複数の転動体とを備え、内輪転走面、外輪転走面および転動体表面から選ばれた少なくとも一つの面に絶縁性酸化被膜を有する転がり軸受であって、上記絶縁性酸化被膜は亜硝酸ナトリウムと水酸化ナトリウムとを少なくとも含む処理剤を水で希釈した塩基性処理液を用いて形成される。
この絶縁性酸化被膜は、化学的に安定な四酸化三鉄の被膜であり、新生面の発生に伴うグリース触媒的分解作用を防ぎ、水素による鋼の脆化を防ぐためのものである。四酸化三鉄は絶縁性が高く、オルタネータなど発電機からの通電防止の効果を有し、水素の発生の要因となる潤滑剤・グリースの分解を防ぐことができる。また、四酸化三鉄の被膜自身が発生した水素の侵入を防ぐことにより、無処理の軸受と比較して軸受寿命を向上させることができる。
【0009】
本発明の転がり軸受の実施例について図面にしたがって説明する。図1は本発明の一実施例を示す深溝玉軸受の断面図である。図2〜図4は本発明の他の実施例を示す深溝玉軸受の断面図である。
図1に示す転がり軸受1は、同心に配置された内輪2および外輪3と、内輪転走面2a、外輪転走面3a間に介在する転動体4と、この転動体4を保持する保持器5と、内、外輪の軸方向両端開口部をシールするシール部材6と、軸受空間に封入された潤滑グリース7とからなり、転動体表面4aに四酸化三鉄の絶縁性酸化被膜4bが形成されている。
【0010】
図2に示す転がり軸受11は、同心に配置された内輪12および外輪13と、内輪転走面12a、外輪転走面13a間に介在する転動体14と、この転動体14を保持する保持器15と、内、外輪の軸方向両端開口部をシールするシール部材16と、軸受空間に封入された潤滑グリース17とからなり、内輪転走面12aに四酸化三鉄の絶縁性酸化被膜12bが形成されている。
図3に示す転がり軸受21は、同心に配置された内輪22および外輪23と、内輪転走面22a、外輪転走面23a間に介在する転動体24と、この転動体24を保持する保持器25と、内、外輪の軸方向両端開口部をシールするシール部材26と、軸受空間に封入された潤滑グリース27とからなり、外輪転走面23aに四酸化三鉄の絶縁性酸化被膜23bが形成されている。
図4に示す転がり軸受31は、同心に配置された内輪32および外輪33と、内輪転走面32a、外輪転走面33a間に介在する転動体34と、この転動体34を保持する保持器35と、内、外輪の軸方向両端開口部をシールするシール部材36と、軸受空間に封入された潤滑グリース37とからなる。内輪転走面32a、外輪転走面33aおよび転動体表面34aに、それぞれ四酸化三鉄の絶縁性酸化被膜32b、33b、34bが形成されている。
【0011】
本発明において転がり軸受の内輪転走面、外輪転走面および転動体表面から選ばれた少なくとも一つの面に絶縁性酸化被膜を形成する方法としては、絶縁性酸化被膜を形成する内輪、外輪および転動体から選ばれた少なくとも一つの基材を、亜硝酸ナトリウムを含む水酸化ナトリウム水溶液(塩基性処理液)に浸漬して被膜形成処理を行なう。
具体的な処理方法としては高濃度の水酸化ナトリウム水溶液を加熱し、あらかじめ脱脂・洗浄処理・調温しておいた上記基材を投入する。所定の処理時間経過後、基材を取り出し、中和処理および湯洗浄を行なう。
本発明においては、高濃度の水酸化ナトリウム水溶液に、亜硝酸ナトリウムを必須成分として、また酸化促進剤として硝酸ナトリウムを配合する。この処理により基材表面に黒色の四酸化三鉄 Fe3O4 である絶縁性酸化被膜が形成される。
【0012】
このときの代表的な反応機構は以下の3段階で進むと考えられている(金属表面技術便覧(新版) 金属表面技術協会編 日刊工業新聞社発行 p818 参照)。

4 Fe + 3 O2 → 2 Fe2O3--(1)
2 Fe2O3 + 8 NaOH + O2 → 4 Na2FeO4 + 4 H2--(2)
3 Na2FeO4 + 5 H2 → Fe3O4 + 6 NaOH + 2 H2O--(3)

硝酸ナトリウムは(1)および(2)式において酸化助剤として作用する。亜硝酸ナトリウムは還元剤として作用し、(1)および(2)式の反応速度の調整および(2)式にて生成する Na2FeO4 を(3)式にて速やかに還元し、四酸化三鉄 Fe3O4を生成させることで、三酸化二鉄 Fe2O3 の生成を抑制し、形成された酸化被膜の表面粗さの粗大化を防止する。この結果、処理後の表面粗さ、真円度を悪化させることなく、軸受軌道輪または転動体表面の処理を行なうことが可能であることがわかった。
【0013】
ここで、処理条件として処理液の温度は 125℃以上 150℃未満が望ましく、さらに望ましくは 130℃以上 145℃未満である。処理温度が 125℃未満のときには反応の進行が遅く、処理により形成される酸化被膜が薄くなるおそれや、三酸化二鉄の生成により表面粗さが粗大化するおそれがある。また、処理温度が 150℃以上のときには反応の進行が著しく、表面粗さを粗大化させる主原因となり、軸受寿命の低下を引き起こす。
また、処理時間は 5分をこえて 40分未満が望ましい。処理時間が 5分以下のときには処理により形成される酸化被膜が非常に薄く(0.5μm以下)、水素脆化を防ぐのに十分な厚さの絶縁性酸化被膜を形成できない可能性がある。また、40分以上のときには表面粗さが粗大化し、転がり軸受として用いた場合に寿命を低下させる可能性が生じる。
【実施例】
【0014】
実施例1〜実施例2、比較例1
表1に示す配合割合で和光純薬社製試薬を混合して処理剤とし、1.0 kg/1.0 L の濃度になるように水で希釈した後、処理液とした。NTN社製、鋼球(サイズ:11/32、鋼種:SUJ2、表面粗さ:Ra=0.006μm )を試験片として用い、140℃で加熱処理を行ない、表面粗さおよび色相の時間変化を精査した。処理結果を表1に併記する。
本発明において絶縁性酸化被膜の表面粗さの測定は、JIS B0651:2001に基づき測定した数値である。
【0015】
【表1】

【0016】
亜硝酸ナトリウムを含まない比較例1は、表面処理の早期から表面粗さ未処理品よりも表面粗さが粗大化する。45分間の処理後でも色相の変化はなかった。
亜硝酸ナトリウムを比較的高い濃度で含む実施例1を用いた場合、処理時間を長くしても表面粗さの粗大化は見られなかった。また、色相は処理時間によらず黒色であり、実施例1、2、および比較例1の3種類の液の中では非常に反応の進行が早かった。
亜硝酸ナトリウム 5 重量部を含む実施例2では、実施例1と比較して、色相の変化は遅く、被膜形成速度が遅いことが分かる。
このように亜硝酸ナトリウムの濃度が、形成された酸化被膜の状態に大きな影響を与えていることがわかった。
【0017】
実施例1において処理した表面は超仕上げ加工後の表面状態と比較して粗大化しないため、転動体・内輪・外輪いずれかの部材に処理を施し、転がり軸受に組み込んで使用することが可能であり、また処理時間が短くても処理状態は良好であるため、軸受部材および軸受を安価に提供することが可能である。
このように実施例1の配合処理液を用いて酸化被膜を形成することによって安価でかつ水素脆化に対して長寿命化された軸受を提供することが可能となる。
【0018】
実施例3〜実施例18
処理時間と処理温度の相違による表面粗さの違いを調べた。水酸化ナトリウム(和光純薬社製) 60 重量部、亜硝酸ナトリウム(和光純薬社製) 25 重量部、硝酸ナトリウム(和光純薬社製) 15 重量部の各試薬を市販のジューサミキサーで混合して処理剤とし、これを 1.0 kg/1.0 L の濃度になるように水で希釈し塩基性処理液とした。NTN社製、鋼球(サイズ:11/32、鋼種:SUJ2、表面粗さ:Ra=0.006μm )を試験片として用い、この試験片を、上記塩基性処理液により表2に示す条件で処理を施し、処理後の試験片の表面粗さを測定した。結果を表2に併記する。なお、参考評価は、被膜厚さが 1.0 μm以上で、かつ、表面粗さ Raが 0.100 μm未満のものを「○」、それ以外を「‐」とした。
【0019】
被膜厚さの測定は、処理後の11/32(直径8.73125mm)の鋼球を任意の位置で水平方向に切断および研磨加工し、走査型電子顕微鏡(SEM)および光学顕微鏡を用いて被膜厚さの測定を行った。
被膜厚さ a(mm)は、鋼球半径 R(mm)(実測値)、切断面半径 L(mm)(実測値)、顕微鏡による見かけの被膜厚さ b(mm)(実測値)、内部球の半径 r(mm)(計算値)より以下の式を用いて求めることができる(図5参照)。
a=R−r=R−(R2−2bL+b21/2
【0020】
【表2】

【0021】
表2に示すように、処理液の温度を 125℃以上 150℃未満で、かつ、処理時間を 5分をこえて40分未満とした実施例4、5、8および9では、十分な被膜厚さ(1.0μm以上)を確保でき、かつ、表面粗さが非常に小さかった。
実施例11〜14のように処理温度を低くしたものでは表面粗さが大きくなった。これは、酸化被膜を形成する酸化反応の速度が遅く、鋼中の鉄が酸化鉄(II)として腐食され、表面粗さを粗大化させたためと推測される。これにより処理した転動体を用いた軸受は異音や振動の原因となる。
実施例15〜18のように処理温度を高くしたものでも同様に表面粗さが粗大化した。高温により酸化反応の速度が速くなり、表面における酸化反応が終了した後も高濃度の水酸化ナトリウム水溶液に浸漬されることで、表面が局所的に腐食され、結果として表面粗さが粗大化したためと推測される。
実施例6および実施例10は、所定の温度(125℃以上 150℃未満)で処理したものの処理時間が長いために表面が腐食され表面粗さは大きくなった。
以上の結果より、表面処理において処理温度と処理時間とが、特に表面粗さの粗大化を防ぐために重要な要素となることが明らかになった。特に実施例4、5、8および9の処理方法をもって処理した軸受は、水素脆化に起因する早期剥離に対する十分な膜厚で、処理後もその表面粗さがほとんど粗大化しない絶縁性酸化被膜を、転走面または転動体表面に容易に形成することができた。
【産業上の利用可能性】
【0022】
本発明の転がり軸受は、内輪転走面、外輪転走面および転動体表面から選ばれた少なくとも一つの面に絶縁性酸化被膜を有するので、水素脆化による軸受摺動面の表面剥離を防止する効果を有する。このため高速回転と高荷重をともに受ける各種産業機械に用いられる軸受、特にオルタネータ等、電気絶縁性を要求される自動車電装・補機に用いられる軸受として好適に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の一実施例を示す深溝玉軸受の断面図である。
【図2】本発明の他の実施例を示す深溝玉軸受の断面図である。
【図3】本発明の他の実施例を示す深溝玉軸受の断面図である。
【図4】本発明の他の実施例を示す深溝玉軸受の断面図である。
【図5】被膜厚さの測定方法を示す図である。
【符号の説明】
【0024】
1、11、21、31 転がり軸受
2、12、22、32 内輪
2a、12a、22a、32a 内輪転走面
3、13、23、33 外輪
3a、13a、23a、33a 外輪転走面
4、14、24、34 転動体
4a、34a 転動体表面
4b、34b 絶縁性酸化被膜
5、15、25、35 保持器
6、16、26、36 シール部材
7、17、27、37 潤滑グリース
12b、32b 絶縁性酸化被膜
23b、33b 絶縁性酸化被膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
同心に配置された内輪および外輪と、これら内外輪の転走面間に介在する複数の転動体とを備え、内輪転走面、外輪転走面および転動体表面から選ばれた少なくとも一つの面に絶縁性酸化被膜を有する転がり軸受であって、
前記絶縁性酸化被膜は、少なくとも亜硝酸ナトリウムと水酸化ナトリウムとを含む処理剤を水で希釈した塩基性処理液を用いて形成されることを特徴とする転がり軸受。
【請求項2】
前記亜硝酸ナトリウムは、前記処理剤 100 重量部に対して 10〜30 重量部配合されることを特徴とする請求項1記載の転がり軸受。
【請求項3】
前記絶縁性酸化被膜は、前記塩基性処理液の温度を 125℃以上 150℃未満で、かつ、5分をこえて40分未満の処理時間で形成されることを特徴とする請求項1または請求項2記載の転がり軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−39158(P2008−39158A)
【公開日】平成20年2月21日(2008.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−218022(P2006−218022)
【出願日】平成18年8月10日(2006.8.10)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】