説明

金属酸化物および圧電材料

【課題】鉛とアルカリ金属を含まない化合物からなる、圧電性の良い圧電材料を提供する。
【解決手段】鉛とアルカリ金属を含まないA1030とA’x’B’1030で表されるタングステンブロンズ構造酸化物を組み合わせて、組成相境界を形成した、圧電性の良い圧電材料。前記A1030はBaBi2/3Nb1030で、前記A’x’B’1030はSrBaNb1030であるタングステンブロンズ構造酸化物からなる圧電材料。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規組成からなる圧電特性を有する金属酸化物および圧電材料に関するものである。特に、鉛とアルカリ金属を含有せず、タングステンブロンズ構造を有する圧電材料に関する。
【背景技術】
【0002】
圧電体は、アクチュエータ、超音波振動子、超音波モーター、表面弾性波フィルター、高電圧発生装置などの用途で幅広く利用されている。これらに主に使用されている圧電体は、ペロブスカイト構造であるPZT[Pb(Zr,Ti)Oチタン酸ジルコン酸鉛]であり、鉛を含有している。そのため環境上の問題から、非鉛圧電体材料の開発が行われている。
【0003】
上記PZTが広く使用されている主な理由は、組成相境界(Morphotropic Phase Boundary,MPB)という圧電性が飛躍的に向上する組成が存在するためである。PZTの場合、ジルコニウムとチタンの割合によって結晶系が正方晶と菱面体晶のいずれかとなり、その結晶系の境界は一般にTi/(Zr+Ti)=0.48付近とされている。この組成相境界付近でPZTの圧電定数は数倍向上する。したがって、非鉛圧電材料の開発では、圧電性が向上する組成相境界を形成し得る材料系を如何に開発するかが重要である。
【0004】
タングステンブロンズ構造酸化物は、たとえ結晶系が同じでも、結晶の対称性が異なるタングステンブロンズ構造酸化物を相互に固溶させることで組成相境界を形成する可能性が示されている。
【0005】
非特許文献1によると、タングステンブロンズ構造で鉛を含まないMPB組成には、(1−X)BaNaNb15−XSrNaNb15が報告されているが、アルカリ金属を含んでいる。
【0006】
特許文献1では、鉛とアルカリ金属のいずれも含まないタングステンブロンズ構造酸化物について記載されているが、正方晶や斜方晶である結晶系に係る記載はなく、MPBに係る記載もない。
【0007】
このように鉛とアルカリ金属を同時に含まない組成のタングステンブロンズ構造圧電体で、MPBを有する圧電材料はこれまで知られていなかった。
また、特許文献1では、(Ba1−x−ySrCaAg1−dNb15−2/d(0.1≦x+y≦0.8、0≦d≦0.6)で表されるタングステンブロンズ型強誘電体が記載されている。この場合dが0<dの時に陽イオンのチャージが常に+30未満となるために、酸素が常に欠損しなければ、チャージバランスのとれない構造となっている。
【0008】
d=0の場合は(Ba1−x−ySrCaAgNb15となる。これはBaAgNb15のBaの一部を、同じ価数のSrもしくはCaのいずれか一つ以上で置換したものであり、0.1≦x+y≦0.8であるために、Baのモル量はAgの二倍よりも常に少ない組成となっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特WO05−075378号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Journal of American Ceramic Society,Volume 72,202から211頁(1989)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
従来の鉛やアルカリ金属を含有する圧電材料においては、鉛は蓄毒性の高い環境負荷を有する。また、アルカリ金属は、高い拡散係数と高い蒸気圧を有するため、デバイス作製時の障害となる。つまりアルカリ金属を含有することにより、圧電磁器作製時に組成を均一にすることや、高い密度を持った圧電セラミックを得ることは困難であった。
【0012】
本発明は、この様な背景技術に鑑みてなされたものであり、鉛とアルカリ金属元素を組成に含まないタングステンブロンズ構造酸化物からなり、組成相境界を有する、圧電特性が良好な金属酸化物を提供するものである。
また、本発明は、上記の金属酸化物からなる圧電材料を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記の課題を解決する金属酸化物は、下記一般式(1)で表されるタングステンブロンズ構造酸化物からなることを特徴とする。
【0014】
【化1】

【0015】
(式中、Aはアルカリ土類金属、ビスマス、銀から選択される少なくとも1種類以上の金属、A’元素は2族元素、3族(ランタノイドを含む)元素、ビスマス、銀から選択される少なくとも1種類以上の元素、B及びB’はマグネシウム、3族から11族の遷移元素、亜鉛、13族の典型金属元素、すずから選択される少なくとも1種類以上の元素を表す。aは0<a<1、xは4≦x≦6、x’は4≦x’≦6、4≦ax+(1−a)x’<6である。)
上記の課題を解決する圧電材料は、上記の金属酸化物からなることを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、鉛とアルカリ金属元素を組成に含まないタングステンブロンズ構造酸化物からなり、組成相境界を有する、圧電特性が良好な金属酸化物および圧電材料を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】(1−X)SrBaNb1030−X(BaBi2/3Nb1030)薄膜の室温での格子定数を示す図である。
【図2】(1−X)SrBaNb1030−X(BaBi2/3Nb1030)薄膜の80Kでの比誘電率を示す図である。
【図3】(1−X)SrBaNb1030−X(BaBi2/3Nb1030)薄膜の80Kでの圧電歪みを示す図である。
【図4】(1−X)SrBaNb1030−X(BaBi2/3Nb1030)焼結体の−100℃での比誘電率を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明を詳細に説明する。本発明は金属酸化物、および該金属酸化物からなる圧電材料に係るものである。
以下では本発明の金属酸化物を圧電材料として一貫して説明するが、本発明の金属酸化物は圧電材料のみならず、誘電体としての特性を活かしてコンデンサ材料など、他の用途に利用してもよい。
【0019】
(本発明のタングステンブロンズ構造酸化物)
本発明に係る圧電材料は、下記一般式(1)で表される(AA’)(BB’)1030型タングステンブロンズ構造酸化物からなり、前記タングステンブロンズ構造酸化物が組成相境界を形成することを特徴とする。
【0020】
【化2】

【0021】
(式中、Aはアルカリ土類金属、ビスマス、銀から選択される少なくとも1種類以上の金属、A’元素は2族元素、3族(ランタノイドを含む)元素、ビスマス、銀から選択される少なくとも1種類以上の元素、B及びB’はマグネシウム、3族から11族の遷移元素、亜鉛、13族の典型金属元素、すずから選択される少なくとも1種類以上の元素を表す。aは0<a<1、xは4≦x≦6、x’は4≦x’≦6、4≦ax+(1−a)x’<6である。)
【0022】
上記一般式(1)において、AとA’、BとB’は同時に等しくはならない。
a(A1030)−(1−a)(A’x’B’1030)において、4≦ax+(1−a)x’<6であることが好ましい。この組成範囲ではタングステンブロンズ構造単相が得られ易いからからである。また、ax+(1−a)x’=6である場合は、組成相境界付近の組成であっても、圧電性が他の組成よりも低い場合があり好ましくないためである。
【0023】
本発明は、上記A1030とA’x’B’1030を組み合わせたタングステンブロンズ構造酸化物であり、上記組み合わせにより、焼結条件のラチチュードが広がり、広い温度範囲で相対焼結密度90%以上のセラミックス体を得やすくなる。また、上記組み合わせの組成相境界領域では、さらに特性が向上し、より好ましい。
【0024】
一般に組成相境界とは、結晶系の異なる複数の材料を組み合わせて作製される固溶体において、組成によって固溶体の結晶系が変わる境界組成である。また、タングステンブロンズ構造においては、空間群の異なる複数の材料を組み合わせて作製される固溶体において、組成によって固溶体の空間群が変わる境界組成も含む。
【0025】
一般に組成相境界の近傍においては、格子定数はベガード則に従って変化しない。同様に、比誘電率、キュリー点、圧電性能、電界−分極のヒステリシスループの抗電界、ヤング率も、固溶系の端成分の物性を直線で結んだ関係に従わない挙動を示す。これらの物性の組成依存性は、該組成相境界近傍で、極大値、極小値、変曲点などを示す。
【0026】
以上のことから本発明では、組成相境界を以下のように定義する。タングステンブロンズ構造酸化物の固溶体において、組成によって空間群もしくは結晶系が変化するか、格子定数、比誘電率、キュリー点、圧電性、電界−分極のヒステリシスループの抗電界、ヤング率のいずれかが、極大値、極小値、変曲点のいずれかを示す組成領域を組成相境界と定義する。さらに厳密には、少なくとも2つ以上の複数の物性が、それぞれ極大、極小、変曲点のいずれかになる共通組成近傍を組成相境界と定義する。
【0027】
組成相境界では、常に結晶系が一方から他方に直ちに変化するわけではない。PZTに見られるように、組成相境界領域で端成分の結晶系が混在する場合や、組成相境界領域近辺で第三の結晶系が発生する場合もあることから、組成相境界には幅が存在する。
【0028】
組成相境界の位置や幅を含む組成範囲は、材料によって異なることが予想され、一義的に決定することはできない。
本発明における、タングステンブロンズ構造酸化物で組成相境界を形成する圧電材料とは、前述のような組成相境界を有する固溶体全般を指すが、好ましくは、例えば比誘電率の最大値を与える組成の前後20%である。例えば組成相境界がa=0.6(aは一般式(1)中のaを示す。)にある場合、その前後20%である0.4≦a≦0.8の組成範囲が好ましい。
【0029】
本発明の圧電材料は、基板材料と接している膜形態でもよいし、基板材料などに支持されていない焼結体でもかまわない。膜の場合は、基板と本発明の圧電材料間に電極層を設けるか、基板材料が電極を兼ねていても良い。焼結体も、素子化する場合は、電極を形成して用いる。これらの電極は、圧電材料の上下に設ける形態でも良いし、一方の面に櫛歯電極として有していても良い。
【0030】
圧電材料の膜は反応性高周波マグネトロンスパッタリング法で作製できる。その他には化学気相成長法(Chemical Vapor Deposition、CVD)、パルスレーザー堆積法(Pulsed Laser Deposition、PLD)、分子線エピタキシー法(Molecular Beam Epitaxy、MBE)、ゾルゲル法、化学溶液分解法(Chemical solution decomposition, CSD)などの手法で作製可能である。
【0031】
圧電材料の焼結体は従来行なわれている焼結法を使用することができる。炭酸塩、硝酸塩、酸化物などの原料粉末を秤量、混合した後に、700から1400℃で1から12時間仮焼する。仮焼粉を解砕、造粒、成型し800から1400℃で1から12時間本焼成する。本発明の圧電材料は、アルカリ金属を含まないため、再現性良く異相のない焼結体を得る事が出来る。
【0032】
本発明における組成相境界を形成するタングステンブロンズ構造酸化物の焼結体の形状は、粒状または板状である。焼結体の好ましい平均粒子径は100nmから500μmの範囲である。平均粒子径100nm未満では、サイズ効果により圧電性能が減少する恐れがあり、また平均粒子径500μmを超えると機械的強度が劣化する恐れがある。更に好ましくは、焼結体の平均粒子径は200nmから200μmであり、より好ましくは300nmから100μmである。
【0033】
本発明の圧電材料のタングステンブロンズ構造酸化物の相対焼結密度は85%以上である。相対焼結密度が高いと機械品質係数が増加するので、好ましくは相対焼結密度90%以上であり、さらに好ましくは相対焼結密度95%以上である。
【0034】
本発明の圧電材料のタングステンブロンズ構造酸化物のキュリー点は、液体窒素によって簡易に冷却できる77K(約−200℃)以上であった。さらに好ましくは産業上重要である−100℃から500℃である。
【0035】
本発明のタングステンブロンズ構造強誘電体の自発分極軸方向は[001]方向であり、[001]が印加電界と直行するような結晶配向では良好な圧電性が得られない。つまり、大きな圧電性を得るためには(100)もしくは(010)配向よりも、(001)配向に近い結晶配向が好ましい。焼結体及び膜の配向度は、例えばロットゲーリング法やX線極点図形の測定で評価することが可能である。本発明の圧電材料は、優先配向の無い多結晶体であっても良いが、特性を向上するためには、前記のように(001)結晶配向でも良い。
【0036】
また、タングステンブロンズ構造酸化物膜は、(100)SrTiO単結晶基板上にも成長する。正方晶表記で主に(001)配向をしているが、(310)配向が共存しやすい。(310)配向した結晶では、分極軸方向である[001]が水平方向を向いているため、表面垂直方向への圧電歪みへの寄与はきわめて低い。つまり、(100)SrTiO基板上に作成されたタングステンブロンズ構造酸化物膜の特性は(001)配向した部分と(310)配向した部分の体積比に依存し、得られる特性の再現性が低下する。これに対して、(111)SrTiO基板上では安定して(421)単配向が得られ、物性の再現性が向上する。
【0037】
(固溶系の端成分について)
前記の一般式(1)のa(A1030)−(1−a)(A’x’B’1030)(0<a<1、4≦x≦6、4≦x’≦6、4≦ax+(1−a)x’<6)で構成されるタングステンブロンズ構造酸化物は、特に、A1030で表されるタングステンブロンズ構造酸化物が斜方晶である圧電材料であるとより好ましい。その理由は、組成相境界を形成するためには、固溶系の端成分が、空間群の異なる斜方晶系であるか、もしくは斜方晶系と正方晶系のように、結晶系が異なる材料である必要があるからである。いずれの場合も、固溶系の端成分の一つが、斜方晶系であることが望ましい。
【0038】
また、前記A1030で表されるタングステンブロンズ構造酸化物とA’x’B’1030で表されるタングステンブロンズ構造酸化物の少なくともどちらか一方が室温で強誘電体であることを特徴とするタングステンブロンズ構造圧電材料である。
【0039】
組成相境界を形成する固溶系のすべての端成分が常誘電体の場合、得られる固溶体が強誘電体となる可能性はきわめて低い。したがって、端成分の少なくともどちらか一方が室温で強誘電体であることが望ましい。
【0040】
また、前記A1030と、A’x’B’1030で表されるタングステンブロンズ構造酸化物において、AサイトとBサイトを占有する陽イオンの形式電荷の合計が+60以上+75以下であるタングステンブロンズ構造圧電材料である。
【0041】
材料組成は、リーク電流の増加や自発分極のピニング源となり得る酸素欠陥を含む可能性の低いものが好ましい。A1030やA’x’B’1030の表記において、AサイトとBサイトを占有する陽イオンの価数の合計が+60を下回ると、酸素欠損が生じなければ物質内のチャージバランスが取れない。したがって、陽イオンの価数の合計が+60であることが望ましい。例えば、AサイトがBaAgやBaBi2/3で、BサイトがNb10の場合、陽イオンの総電荷は+60となり、酸素イオンの総電荷である−60とバランスがとれている。その他にも、Aサイトが(Ba,Sr,Ca)、BサイトがNb10の場合、陽イオンの総電荷は+60となる。
【0042】
一方で、陽イオンの組成が定比であっても本質的に酸素欠陥の生じやすい材料もある。そのような場合は、陽イオンを価数の高い元素で一部置換することにより、酸素欠陥を抑制する手法がある。つまり、陽イオンの価数の合計が前述の+60を超えた方が望ましい場合もある。
【0043】
また、ペロブスカイト構造強誘電体や、ビスマス層状強誘電体では、Aサイトイオンを過剰に加えた方が、焼結体密度や強誘電性が向上する例がある。
以上のことから、陽イオンの価数の合計が少なくとも+60以上であることが望ましい。
【0044】
しかしながら、例えば30%以上過剰に陽イオンを加えると異相が発生し、圧電性能が劣化する。よって、前記A1030とA’x’B’1030で表されるタングステンブロンズ構造酸化物において、AサイトとBサイトを占有する陽イオンの形式電荷の合計が+60以上+75以下、好ましくは+60以上+70以下であるタングステンブロンズ構造圧電材料が望ましい。
【0045】
前記A1030で表されるタングステンブロンズ構造酸化物が、b(Ba5−5αBi10α/3Nb1030)+(1−b)(BaAgNb1030)(0≦b≦1、0<α≦0.4)であり、前記A’x’B’1030で表されるタングステンブロンズ構造酸化物が、c(SrNb1030)+d(CaNb1030)+e(BaNb1030)(0≦c≦0.8、0≦d≦0.4、0.1≦e≦0.9、c+d+e=1)である圧電材料である。αは、α=0.2であることが好ましい。
【0046】
さらには、前記A1030で表されるタングステンブロンズ構造酸化物が、b(BaBi2/3Nb1030)+(1−b)(BaAgNb1030)(0<b≦1)であり、前記A’x’B’1030で表されるタングステンブロンズ構造酸化物が、c(SrNb1030)+d(CaNb1030)+e(BaNb1030)(0≦c≦0.8、0≦d≦0.4、0.1≦e≦0.9、c+d+e=1)である圧電材料である。
【0047】
さらには、前記A1030で表されるタングステンブロンズ構造酸化物が、b(Ba5−5αBi10α/3Nb1030)+(1−b)(BaAgNb1030)(0≦b≦1、0<α≦0.4)であり、前記A’x’B’1030で表されるタングステンブロンズ構造酸化物が、f{(Ba1−βSrβ(TiNb)O30}+(1−f){(Ba1−γCaγ(TiNb)O30}(0≦f≦1、0≦β≦1、0≦γ≦1)である圧電材料である。
【0048】
さらには、前記A1030で表されるタングステンブロンズ構造酸化物が、b(Ba5−5αBi10α/3Nb1030)+(1−b)(BaAgNb1030)(0≦b≦1、0<α≦0.4)であり、前記A’x’B’1030で表されるタングステンブロンズ構造酸化物において、A’はSr、Ba、Caより選択される1種類もしくは2種類の元素であり、B’はTi0.2Nb0.8であり、x’は6である圧電材料である。
【実施例1】
【0049】
以下、実施例を示して本発明を具体的に説明する。
(1−X)(SrBaNb1030)−X(BaBi2/3Nb1030)[以後、(1−X)SBN−XBBNと記す。(0≦X≦1)]で表されるタングステンブロンズ構造酸化物膜を高周波マグネトロンスパッタリング法で作成した。ターゲットには、炭酸バリウム、炭酸ストロンチウム、酸化バリウム、酸化ニオブ、酸化ビスマスの混合粉末を用いた。ガス雰囲気はAr/O=20/1、反応室圧力は0.5Pa、成長温度は約650℃から800℃、投入電力は約32W/inchであった。基板にはランタンがドープされた(111)SrTiO単結晶を用いた。
【0050】
約4時間の析出時間で膜厚約1μmの膜が成長した。
膜の組成は、同じ成長条件下でPt/Ti/SiO/Si基板上に析出させた膜の組成を、標準試料で校正した波長分散型蛍光X線で評価することによりモニターした。
【0051】
膜は結晶化した(1−X)SBN−XBBNであり、正方晶の表記方法で(421)配向していることがわかった。他に不純物相はなく、(421)以外の結晶配向は検出されなかった。また、X線曲点図形測定から(421)配向エピタキシャル成長していることもわかった。
【0052】
次に、正方晶から斜方晶への結晶系の変化をX線逆格子空間マッピングにより評価した。具体的には、斜方晶の表記で1800/0180の回折が現れる領域を詳細に測定した。
図1に示すように、室温では、X=0から0.06ではa,b軸長が等しい正方晶であるが、0.17≦Xではa,b軸長が異なる斜方晶であることがわかった。つまり、X=0.06から0.17間に組成相境界があることが示された。
【0053】
成長した膜の上面に直径100μmの穴があいたシャドウマスクを被せ、上部電極となるPtを作成した。作成にはDCスパッタ装置を用いた。そのとき試料は意図的に加熱されていない。Pt上部電極を作成後は、膜と上部電極の密着性を向上させるために400℃大気圧、酸素雰囲気下で30分アニールをおこなった。
【0054】
上記の試料を真空チャンバー内に配置し、80Kまで冷却した。その真空チャンバー内には可動式のプローブがあり、インピーダンスアナライザを用いて静電容量を測定した。印加した小振幅交流電界の周波数は1MHzで大きさは20mVであった。さらに試料を破断し、その断面を走査型電子顕微鏡で観察して膜厚を算出した。観察は一つの試料につき、3点以上の複数点で測定し、その平均値をとった。以上のようにして得られた静電容量と膜厚から、比誘電率を算出した。図2に示すように、80Kでの比誘電率は、X=0.17で極大値を持つことがわかった。この組成は、構造解析から求められた組成相境界組成X=0.06から0.17にほぼ一致する。
【0055】
同じく80Kで、上部電極の上面でプローブが接触していない部分にレーザーを照射し、電界を印加した際の試料の上下変位をレーザードップラー振動計で評価した。印加した電圧の周波数は100kHzであった。圧電歪みは、図3に示すように、X=0.17〜0.3の範囲で極大値を示す圧電材料であった。この組成は、構造解析から求められた組成相境界組成X=0.06〜0.17にほぼ一致する。
【0056】
本測定では、レーザードップラー振動計による変位測定に加えて、強誘電体分極反転も同時に測定している。この測定では、経験的に、耐圧性の低い試料では分極−電界(P−E)のヒステリシスカーブの抗電界と、ひずみ−電界(S−E)のヒステリシスカーブの抗電界が異なる値を示すことが分かっており、その現象がX=0,1の両端成分材料で顕著に見られた。つまり、図3からx=1.0での歪み量も実用的に高い値を示しているが、耐圧性が低く、好ましくない領域である事が判っている。これは以下の実施例2で説明されるx=0及び1の試料の焼結密度が0<x<1の試料に比べて低いことに符合すると考えられる。
【0057】
得られた焼結体の−100℃での比誘電率を図4に示す。用いられた試料のキュリー点は全て−100℃よりも高いことは確認してある。X=0.1で他の組成よりも比誘電率が高くなっており、X=0.1付近に組成相境界が存在することを示している。図2の薄膜試料の80Kでの比誘電率測定結果ではX=0.17で比誘電率が最大となっており、この結果と符合する。
【実施例2】
【0058】
タングステンブロンズ構造(1−X)SBN−XBBN(0≦X≦1)焼結体を作成した。原料には、炭酸バリウム、炭酸ストロンチウム、酸化バリウム、酸化ニオブ、酸化ビスマス粉末を用い、所定の混合比で乾式混合を行った。仮焼は、大気中、950から1100℃、5h(時間)の条件で行なった。
【0059】
成形には、仮焼で得た粉を乳鉢で粉砕した後、バインダとしてポリビニルブチラール(PVB)を3wt%添加、攪拌混合した後、乾燥して得られた粉末をペレット成形機を用い、70MPa、3minの条件で加圧を行い、Φ17mmのペレットの成型を行なった。また更に、ペレットを等方加圧成形機を用い、200MPa、5minの条件で加圧処理を施した。
【0060】
本焼成は、ペレットを電気炉を用いて、大気中、1300から1350℃、2hの条件で焼成を行なった。また、得られた焼結体ペレットは、厚さ1mmまで研磨の後、Au電極をスパッタ装置を用い形成し、切断装置を用いて2.5mm×10mmに切断し、電気特性評価試料とした。
【0061】
得られた焼結体の密度をアルキメデス法で測定し、相対焼結密度を評価したところ、X=0,1では75〜90%であったがそれ以外の組成では90%以上の相対焼結密度が得られた。
【0062】
得られた(1−X)SBN−XBBN(0≦X≦1)焼結体はいずれもタングステンブロンズ構造単相であった。しかし、Nbを30%より多く過剰に加えた試料では本焼成後にNbなどの異相が観察された。
【0063】
タングステンブロンズ構造(1−X)SBN−XBBN(0≦X≦1)焼結体の組成Xと相対焼結密度の関係を表1に示す。
【0064】
【表1】

【0065】
バルクセラミックス試料の共振反共振法による圧電特性の評価のためには、事前に試料に高電界を印加して、試料内の分極をそろえる分極処理を行う必要がある。しかし、経験的に、高電界を印加することにより、密度の低い試料は容易に絶縁破壊してしまい、分極処理できないことが分かっている。本実施例のX=0,1の試料は、密度が低いことから耐圧性が低く、分極処理を完了するための十分大きな電界を印加することができなかった。
【0066】
本固溶系の端成分であるSBNとBBNは室温で強誘電体であった。焼結体の粒径は約0.3ミクロンから500ミクロンであった。焼結条件を変更し、結晶粒径が500ミクロンを越える場合は、切断加工及び研磨加工時に強度に劣るものであった。
【実施例3】
【0067】
炭酸バリウム、酸化ビスマス、酸化ニオブを原料として、粒子Aとして(BaBi2/3)Nb1030を作成し、炭酸バリウム、炭酸ストロンチウム、炭酸カルシウム、酸化ニオブを原料として、粒子Bとしてc(SrNb1030)+d(CaNb1030)+e(BaNb1030)を作製した。次に粒子Aと粒子Bを混合することで、さまざまな組成の焼結体を作製した。密度が95%以上の焼結体が焼結温度1250°Cから1400°Cで得られた。これらの試料は、高い比誘電率と良好な圧電性を有することが確認された。
【0068】
さらに、硝酸銀を原料紛に用いてBaAgNb1030を作製し、粒子Aの一部をBaAgNb1030で置換した0.8{(BaBi2/3)Nb1030}−0.2(BaAgNb1030)とした。粒子Bとして(Ba0.5Sr0.2Ca0.3Nb1030を作製した。粒子Aと粒子Bを混合して焼結体を作製したところ、焼成温度を1150℃程度にまで低減できることが確認され、より生産コストも低減できることが確認された。
【実施例4】
【0069】
炭酸バリウム、酸化ビスマス、硝酸銀、酸化ニオブを原料として、0.8{(BaBi2/3)Nb1030}−0.2(BaAgNb1030)の組成で粒子Cを作製した。炭酸バリウム、酸化チタン、酸化ニオブを原料として、Ba(TiNb)O30の組成で粒子Dを作製した。
【0070】
前記粒子Cと前記粒子Dを各種混合し、組成の異なる焼結体を作製した。焼結温度1150℃から1400℃の間で焼結密度が95%以上の良好な焼結体を得る事が出来た。組成を変更することにより比誘電率及び圧電性が上昇する組成領域がある事を確認した。
【0071】
[比較例1]
炭酸ストロンチウム、酸化チタン、酸化ニオブを原料として、SrTiNb30の組成で粒子Eを作成した。炭酸バリウム、酸化チタン、酸化ニオブを原料として、BaTiNb30の組成の粒子Fを作成した。
【0072】
前記粒子Eと前記粒子Fを各種混合し、組成の異なる焼結体(Ba、Sr)TiNb30を作製した。焼結温度1150℃から1400℃の間で焼結密度が95%以上の良好な焼結体を得る事が出来た。組成(Ba1/3Sr2/3TiNb30付近で比誘電率が極大値となることを確認した。しかし、BaとSrの二種類の元素で、6つのAサイトを全て占有する(Ba1/3Sr2/3TiNb30の圧電性は、BaTiNb30の圧電性に劣るものであった。
本発明は上記実施例により限定されるものではない。
【0073】
実施例のうち、複数のデータは絶対温度80度にて測定されたものであるが、本発明内の元素の組み合わせで、室温でも同様の効果を得ることができる。
前記、A1030に斜方晶(疑正方晶を含む)材料を用いる場合、例えば、
Ba5−5αBi10α/3Nb1030(0<α≦0.4)BaAgNb1030から選ばれる。
【0074】
前記、A’x’B’1030に正方晶材料を用いる場合、例えば、
(Sr1+3zBa4−3z)B1030(0≦z≦1)(B=Nb,Ta等)(Ca1+zBa4−z)B1030、(Sr,Ca,Ba)1030
、AAg1030(A=Sr,Ca,Ba等)、AII2/328/330(BII=Co,Ni,Cu,Mg,Fe等)、AIII30(BIII=Sc,Cr,Mn,Fe,Ga,In等)、AIV30(BIV=Fe,Zr,Sn,Hf,Ti等)、ALnIII30(Ln=La,Nd,Sm,Bi,Gd,Ce,Yb等)、
LnIII30、ALnBIV30、ALnIV30,LnIII30,Ag30
LnIV30などから選ばれる。
【0075】
上記化学式に含まれるA、BII,III,IV,V及びLnは、タングステンブロンズ構造に適当なチャージバランスとイオン半径を有する元素を代表しており好ましい元素である。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明の圧電材料は、圧電特性が良好で鉛、アルカリ金属を含まないので、インクジェットプリンターや超音波モーターなどに利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表されるタングステンブロンズ構造酸化物からなることを特徴とする金属酸化物。
【化1】

(式中、Aはアルカリ土類金属、ビスマス、銀から選択される少なくとも1種類以上の金属、A’元素は2族元素、3族(ランタノイドを含む)元素、ビスマス、銀から選択される少なくとも1種類以上の元素、B及びB’はマグネシウム、3族から11族の遷移元素、亜鉛、13族の典型金属元素、すずから選択される少なくとも1種類以上の元素を表す。aは0<a<1、xは4≦x≦6、x’は4≦x’≦6、4≦ax+(1−a)x’<6である。)
【請求項2】
前記A1030で表されるタングステンブロンズ構造酸化物が斜方晶である請求項1記載の金属酸化物。
【請求項3】
前記A1030で表されるタングステンブロンズ構造酸化物と、A’x’B’1030で表されるタングステンブロンズ構造酸化物の少なくともどちらか一方が室温で強誘電体である請求項1または2記載の金属酸化物。
【請求項4】
前記A1030で表されるタングステンブロンズ構造酸化物と、A’x’B’1030で表されるタングステンブロンズ構造酸化物において、AサイトとBサイトを占有する陽イオンの形式電荷の合計が+60以上+75以下である請求項1乃至3のいずれかの項に記載の金属酸化物。
【請求項5】
前記A1030はBaBi2/3Nb1030で、前記A’x’B’1030はSrBaNb1030である請求項1乃至4のいずれかの項に記載の金属酸化物。
【請求項6】
前記金属酸化物は、組成相境界を形成する請求項1乃至5のいずれかの項に記載の金属酸化物。
【請求項7】
前記A1030は、b(Ba5−5αBi10α/3Nb1030)+(1−b)(BaAgNb1030)(0≦b≦1、0<α≦0.4)であり、前記A’x’B’1030は、c(SrNb1030)+d(CaNb1030)+e(BaNb1030)(0≦c≦0.8、0≦d≦0.4、0.1≦e≦0.9、c+d+e=1)である請求項1乃至4のいずれかの項に記載の金属酸化物。
【請求項8】
前記金属酸化物は、α=0.2である請求項7記載の金属酸化物。
【請求項9】
前記A1030で表されるタングステンブロンズ構造酸化物が、b(Ba5−5αBi10α/3Nb1030)+(1−b)(BaAgNb1030)(0≦b≦1、0<α≦0.4)であり、前記A’x’B’1030で表されるタングステンブロンズ構造酸化物において、A’はSr、Ba、Caより選択される1種類もしくは2種類の元素であり、B’はTi0.2Nb0.8であり、x’は6である請求項1乃至4のいずれかの項に記載の金属酸化物。
【請求項10】
請求項1乃至9のいずれかに記載の金属酸化物からなることを特徴とする圧電材料。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−53028(P2010−53028A)
【公開日】平成22年3月11日(2010.3.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−175789(P2009−175789)
【出願日】平成21年7月28日(2009.7.28)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度文部科学省元素戦略プロジェクトの委託研究の平成20年度の成果で、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【出願人】(304023994)国立大学法人山梨大学 (223)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】