説明

防汚性光学物品の製造装置

【課題】 真空蒸着法によって、膜厚のばらつきの少ない防汚膜を光学物品に形成できる防汚性光学物品の製造装置を提供すること。
【解決手段】 円形ドーム形状の支持装置20に対し、複数の排気口111が支持装置20の回転軸に対して回転対称な配置で設けられているため、排気の流れを支持装置20の回転軸に対して等方的にできる。排気が等方的に行われることによって、反射防止膜12等の表面処理が施された基板15が支持された支持装置20の異なる位置において、蒸着物質の濃度分布を回転軸に対して等方的にでき、かつ均一にできる。したがって、各プラスチックレンズ1の表面に形成される防汚膜13の膜厚のばらつきを少なくできる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、防汚性光学物品の製造装置に関する。
【背景技術】
【0002】
光学物品の基板上には、反射防止膜、各種フィルタ、ミラー等の光学多層膜が用途に応じて設けられる。光学多層膜は、各層の層厚の制御が容易な真空蒸着法、スパッタ法等の乾式の製造方法によって形成される。これら光学多層膜の表面には、付加価値を高めるために、皮脂等の汚れが付着しにくく、かつ汚れを拭取り易くするための防汚膜が形成される。
防汚膜は、製造工程を簡略化するために、光学多層膜の形成と同様に乾式の真空蒸着法で形成される。防汚膜を形成する材料には、フッ素含有有機ケイ素化合物等の高分子化合物が用いられる。これらの高分子化合物を真空蒸着することによって光学多層膜表面に防汚膜が形成される。
【0003】
ここで、真空蒸着法により防汚膜の形成を行うと、真空蒸着の蒸発源と光学物品までの距離の差および蒸着角度によって防汚膜の膜厚にばらつきを生じる。また、蒸着を行うチャンバの排気口の配置によっては、チャンバ中の蒸着物質の濃度分布に偏りが生じ、光学物品に形成される防汚膜の膜厚が不均一になる。
蒸発源と光学物品までの距離の差等による防汚膜の膜厚のばらつきは、補正板の使用によって、ある程度少なくできるが、チャンバ内の蒸着物質の濃度分布の偏りに起因する膜厚のばらつきは、補正板では少なくできない。
チャンバ内のガス濃度分布を制御する方法として、排気口を試料(基板)の中心上に配置して、試料周辺のガス流を均一化する方法が知られている(例えば、特許文献1)。
【0004】
【特許文献1】特開平5−269362号公報(5〜10頁、図3〜図5)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1は、導入されたガスのガス流を均一化する方法である。したがって、ガスを導入しない真空蒸着法において、チャンバの排気口の配置を決めてチャンバ内の蒸着物質の濃度分布を制御する方法は示唆されていない。
本発明の目的は、真空蒸着法によって、膜厚のばらつきの少ない防汚膜を光学物品に形成できる防汚性光学物品の製造装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の防汚性光学物品の製造装置は、光学物品の表面に真空蒸着法により、フッ素含有有機ケイ素化合物を含む防汚膜を形成するチャンバを備えた防汚性光学物品の製造装置であって、前記光学物品を支持し、前記チャンバ内で回転可能な回転軸を有する支持装置を備え、前記チャンバ内を排気する複数の排気口が、前記回転軸に対して回転対称に配置されていることを特徴とする。
ここで、回転軸に対し回転対称に配置するとは、n個の排気口を回転軸に対し(360/n)度回転しても、もとの排気口の配置と同じになるように排気口を配置することである。
【0007】
この発明によれば、支持装置に対して、複数の排気口が支持装置の回転軸に対して回転対称な配置で設けられているため、排気の流れが支持装置の回転軸に対して等方的になる。排気が等方的に行われることによって、光学物品が支持された支持装置の異なる位置において、蒸着物質の濃度分布が回転軸に対して等方的となり、かつ均一になる。したがって、光学物品の表面に形成される防汚膜の膜厚のばらつきが少なくなる。
【0008】
本発明の防汚性光学物品の製造装置は、光学物品の表面に真空蒸着法により、フッ素含有有機ケイ素化合物を含む防汚膜を形成するチャンバを備えた防汚性光学物品の製造装置であって、前記光学物品を支持し、前記チャンバ内で回転可能な回転軸を有する支持装置を備え、前記チャンバを構成する上下面の少なくとも一方に、前記回転軸に対して回転対称となる形状を有している排気口が設けられていることを特徴とする。
【0009】
この発明によれば、支持装置の回転軸に対して回転対称となる形状の排気口で排気するため、排気の流れが支持装置の回転軸に対して等方的になる。排気が等方的に行われることによって、光学物品が支持された支持装置の異なる位置において、蒸着物質の濃度分布が回転軸に対して等方的となり、かつ均一になる。したがって、光学物品の表面に形成される防汚膜の膜厚のばらつきが少なくなる。
【0010】
本発明の防汚性光学物品の製造装置は、光学物品の表面に真空蒸着法により、フッ素含有有機ケイ素化合物を含む防汚膜を形成するチャンバを備えた防汚性光学物品の製造装置であって、前記光学物品を支持し、前記チャンバ内で回転可能な回転軸を有する支持装置を備え、前記回転軸に対し回転対称となる形状を有している排気口が、前記チャンバを構成する側壁の全周に渡って設けられていることを特徴とする。
【0011】
この発明によれば、支持装置の外周方向にあたる側壁全周に渡って排気口が設けられているので、排気の流れが支持装置の回転軸に対して等方的になる。排気が等方的に行われることによって、光学物品が支持された支持装置の異なる位置において、蒸着物質の濃度分布が回転軸に対して等方的となり、かつ均一になる。したがって、光学物品の表面に形成される防汚膜の膜厚のばらつきが少なくなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下に、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
図1には、本実施形態の防汚性光学物品であるプラスチックレンズ1の断面図が示されている。また、図2には、本実施形態の防汚性光学物品の製造装置である真空蒸着装置100の概略図が示されている。
図1において、プラスチックレンズ1の基板10の両面には、耐擦傷性を高めるためのハードコート層11が設けられている。ハードコート層11上には、反射防止膜12が設けられ、その表面にはフッ素含有有機ケイ素化合物を含む膜である防汚膜13が設けられている。
【0013】
図2において、真空蒸着装置100は、基板10への乾式の表面処理を行う製造装置である。ここで、ハードコート層11は、真空蒸着装置100で形成してもよいし、予め他の方法、例えば湿式であるゾルゲル法等で形成してもよい。本実施形態では、予め湿式法によってハードコート層11まで設けられた基板10を基板15として説明する(図1参照)。基板15は、支持装置20に複数支持されている。
【0014】
以下に、真空蒸着装置100を図面に基づいてより具体的に説明し、続いて基板15への表面処理工程を説明する。
真空蒸着装置100は、支持装置20が内部を通過可能な三つのチャンバ30,40および50を備えている。これらのチャンバ30,40,および50は互いに連結され、その内部を支持装置20が通過可能となっている。つまり、支持装置20は、真空蒸着装置100の内部を工程ごとに移動して、基板15への表面処理が行われる。また、支持装置20は、それぞれの基板15に対して均一に表面処理が行えるように、図示しない回転機構によって回転させられている。
【0015】
チャンバ30,40および50は、チャンバ間に設けられた図示しないシャッタによって相互に密封されるようになっている。そして、チャンバ30,40および50の内圧は、真空生成装置31,41および51によってそれぞれ制御されている。
【0016】
チャンバ30は、エントランスまたはゲートチャンバである。支持装置20は、外部からチャンバ30の内部に導入され、一定時間、一定の圧力下で加熱される。このとき、基板15および支持装置20に吸着したガスの脱ガスが行われる。チャンバ30の真空生成装置31は、ロータリーポンプ32、ルーツポンプ33およびクライオポンプ34を備えている。
【0017】
チャンバ40は、真空蒸着による薄膜の形成、プラズマ等による表面処理を行なうチャンバである。チャンバ40の真空生成装置41もチャンバ30の真空生成装置31と同様に、ロータリーポンプ42、ルーツポンプ43およびクライオポンプ44を備えている。
【0018】
チャンバ40の内部には、屈折率の異なる蒸着物質を組み合わせて反射防止膜12を効率よく形成するために、蒸発源61および蒸発源62が設けられている。そして、これらの蒸発源61,62に配置された蒸着物質63,64を蒸発させる電子銃65,66および蒸着量を調整するシャッタ67,68が設けられている。
屈折率の異なる蒸着物質の例として、低屈折率物質として酸化ケイ素が、高屈折率物質としては、酸化チタン、酸化ニオブ、酸化タンタル、酸化ジルコニウムが挙げられる。
【0019】
また、チャンバ40には、プラズマ処理を行うために、高周波プラズマ発生装置70が設置されている。高周波プラズマ発生装置70は、チャンバ40の内部に設置されたRFコイル71と、チャンバ40の外部でこれに接続されているマッチングボックス72と、高周波発信器73とから構成されている。
プラズマ処理に使用されるガスである酸素とアルゴンは、酸素供給手段74およびアルゴン供給手段75から、マスフローコントローラ78で流量が制御されて導入される。流量は、オートプレシャーコントローラ77でチャンバ40の内部が所定の圧力になるように制御されている。
【0020】
さらに、チャンバ40には、イオンアシスト蒸着および表面処理を行うためのイオンガン80が設置されている。イオンガン80には、導入ガスをプラズマ化し、正イオンを発生するためのRF電源81と、正イオンを加速するためのDC電源82とが接続されている。
イオンガン80に使用する酸素とアルゴンは、酸素供給手段74およびアルゴン供給手段75から、マスフローコントローラ83で流量が制御されて導入される。
【0021】
チャンバ50は、反射防止膜12等の表面処理が施された表面に、蒸着により防汚膜13を形成するチャンバである。反射防止膜12等の表面処理が施された基板15は、支持装置20とともにチャンバ40からチャンバ50に移動する。
チャンバ50の内部には、フッ素含有有機ケイ素化合物を含む蒸発源90と、加熱ヒータ91と、補正板92とが設置されている。補正板92は、補正板支持部材93によって加熱ヒータ91に固定されている。支持装置20の異なる位置に支持された基板15に対する蒸着量は、補正板92の開度を調整する事により調整できるようになっている。
チャンバ50の内部は、排気口111から排気管110を通じて真空生成装置51によって排気されている。ここで、支持装置20に支持された各基板15の位置でのフッ素含有有機ケイ素化合物の濃度をより均一にするために、複数の排気口111が所定の位置に設けられている。真空生成装置51は、ロータリーポンプ52、ルーツポンプ53およびターボ分子ポンプ54を備えている。
【0022】
以下に、補正板92の配置等について詳しく説明する。
図3には、支持装置20および蒸発源90の概略断面図が示されている。また、図4には、支持装置20、蒸発源90、加熱ヒータ91、および補正板92の上面図が示されている。支持装置20は、円形ドーム形状を有している。
図3において、反射防止膜12等の表面処理が施された基板15は、同心円状に四つの段にわたって支持装置20に支持されている。各段の呼び名は、中心から順に1段、2段、3段、外周側を4段とする。また、支持装置20は、蒸着が行われている間、図3中の1点鎖線で示されている回転軸を中心に回転させられている。
蒸発源90は、各基板15に形成される防汚膜13の膜厚を均一にするために、各基板15との距離ができるだけ等しく、蒸着角度ができるだけ狭い範囲になる位置に設置するのが好ましい。しかし、図中の矢印で示すように、蒸着距離と蒸着角度が支持装置20の各段の位置によって大きく異なる。したがって、支持装置20の異なる位置における蒸着量は大きく異なることになるが、補正板92によって蒸着量を調整できる。
【0023】
図4において、加熱ヒータ91と補正板92とは、支持装置20の中心と外周との間に配置されている。また、二つの補正板92は、蒸発源90を挟むように配置され、かつ蒸発源90と支持装置20の間に配置されている(図2参照)。
支持装置20は回転しているが、中心部と外周部では、蒸発源90に対する移動速度が異なる。中心部は移動速度が遅く、外周部は早い。したがって、中心部ほど蒸着物質が多く蒸着される。
そこで、二つの補正板92は、これらの間隔が中心部に向かっては狭く、外周部に向かって広く開口するように、ハの字型に配置、固定されている。
【0024】
次に、排気口111の設けられている位置をより具体的に説明する。
図5には、図2で示された排気口111の配置が詳しく示されている。
図5(a)には、チャンバ50の上面の壁55から見た排気口111の配置図が示されている。図5(b)は、真空蒸着装置100の概略斜視図である。
本実施形態では、チャンバ50は、互いに対向する上面の壁55および下面の壁56が正方形の直方体である。上面の壁55と下面の壁56とは、回転対称点112を有している。これら二つの回転対称点112を通る二点鎖線で示されている線は、チャンバ50の回転対称軸であり、チャンバ50は、二点鎖線で示されている回転対称軸に対し、回転対称な形状を有している。
支持装置20は、チャンバ50の回転対称軸と支持装置20の回転軸が一致する位置で、回転させられている(図2参照)。したがって、回転対称点112は、支持装置20の回転軸上に存在する。
【0025】
排気口111は、上面の壁55の4辺の中央付近に設けられている。つまり、4ヶ所の排気口111は、チャンバ50の上面の壁55にある回転対称点112に対して、回転対称に配置されている。これらの排気口111は、チャンバ50の上面の壁55または下面の壁56のうち少なくとも一方に設けられていればよい。
【0026】
排気口111のその他の配置例を図6〜図13に示した。
図6および図7は、回転対称点112つまり回転軸に対して回転対称となる形状を有している排気口111を設けた場合を示した図である。
図6には、チャンバ50の上面の壁55および下面の壁56に排気口111を配置した例を示した。
図6(a)には、チャンバ50の上面から見た排気口111の配置図が示されている。図6(b)は、チャンバ50の概略斜視図である。
排気口111は、回転対称点112に対し回転対称な形状である円形で、チャンバ50の上面の壁55および下面の壁56の回転対称点112の位置に設けられている。排気口111は、少なくとも一方の壁に設けられていればよい。
【0027】
図7には、排気口111をチャンバ50の上面の壁55に配置した例が示されている。
図7(a)には、チャンバ50の上面の壁55から眺めた排気口111の配置図が示されている。図7(b)には、チャンバ50の概略斜視図が示されており、図7(c)には、チャンバ50の概略断面図が示されている。
図7(a)において、排気口111の形状は、回転対称点112を中心としたリング状である。図7(a)では、排気口111は上面の壁55の縁まで設けられているが、排気口111の大きさは、どのような大きさであってもよい。
図7(b)および(c)において、排気管110の形状は、片側の開口部が広がり、他方の開口部が絞られた漏斗状である。排気管110の広い開口部は、排気口111を覆うように上面の壁55に接合されている。またリングの内側にあたる上面の壁55は、チャンバ50の内部に設けられた支持部材113によって支えられている。
【0028】
図8〜図12には、排気口111がチャンバ50の側壁57またはチャンバ50内部に配置された例が示されている。
図8には、チャンバ50の側壁57上方に排気口111が4ヵ所配置された例が示されている。
図8(a)には、チャンバ50の上面の壁55から見た排気口111の配置図が示されている。図8(b)には、真空蒸着装置100の概略斜視図が示されている。
排気口111は、チャンバ50の上面の壁55から見て、壁55の各辺の中心付近の側壁57の上部4ヶ所に配置されている。つまり、複数の排気口111は、支持装置20の回転軸に対し回転対称に配置されている。
図8(b)に示されているように、チャンバ50の側壁57に排気口111を設ける場合、チャンバ50とチャンバ40との間には、段差が設けられている。特にチャンバ50のチャンバ40側の側壁57に排気口111を設ける場合には、段差が必要である。
【0029】
図9および図10には、チャンバ50に、排気口111を3ヶ所および5ヶ所に設けた例が示されている。
図9は、排気口111を3ヶ所に設けた配置図である。排気口111を3ヶ所に設ける場合、1ヶ所を側壁57に設けると、支持装置20の回転軸に対して回転対称となる他の二つの排気口111の配置は、チャンバ50の内部になる。
したがって、他の二つの排気口111は、排気管110をチャンバ50の内部まで延長して設けられる。
図10は、排気口111をチャンバ50に5ヶ所に設けた配置図である。3ヶ所設ける場合と同様に、1ヶ所を側壁57に設けると、回転軸に対して回転対称となる他の四つの排気口111の配置位置は、チャンバ50の内部になる。他の四つの排気口111は、排気管110をチャンバ50の内部まで延長して設けられる。
【0030】
図11には、チャンバ50の側壁57の上方全周に排気口111が設けられた例が示されている。
図11(a)は、チャンバ50の上面の壁55から見た排気口111の配置図である。図11(b)は、チャンバ50の概略斜視図で、図11(c)は、チャンバ50の概略断面図である。
図11(a)および図11(b)において、排気口111は、チャンバ50の側壁全周に設けられている。排気口111の形状は、側壁57から見て帯状であり、支持装置20の回転軸に対して回転対称な形状である。
図11(b)および図11(c)に示されているように、排気口111は、チャンバ50の側壁57上方の全周に設けられている。二つに分けられたチャンバ50は、支持部材113によって4ヶ所で結合されている。
排気管110は、ほぼ漏斗状の形状を有しており、開口部の広い側が排気口111を包み込むように配置され、開口部の縁は、チャンバ50の側壁57に接合されている。他方の絞られた開口部は、真空生成装置51に接続されている。
【0031】
図12には、図11で示された排気口111の他に、下面の壁56の回転対称点112に排気口111が設けられた例が示されている。
図12(a)は、チャンバ50の上面の壁55から見た排気口111の配置図である。図12(b)は、チャンバ50の概略斜視図である。
【0032】
図13には、従来の排気口111の配置例が示されている。
図13(a)は、チャンバ50の上面の壁55から見た排気口111の配置図である。図13(b)は、チャンバ50の概略斜視図である。
排気口111は、側壁57の上方の隅に1ヶ所設けられている。
【0033】
チャンバ50の上面の壁55および下面の壁56は長方形であってもよい。この場合でも支持装置20の回転軸に対して回転対称に排気口111を配置すればよい。また、排気口111が増えるほど、チャンバ50内の排気の流れが等方的になるが、装置の構成が複雑になるため、排気口111は1〜5ヶ所が好ましい。
【0034】
排気口111の片側は、真空生成装置51に接続されている。各排気口111は、それぞれに同一排気量の真空生成装置51を接続してもよい。つまり、各排気口111の排気量が、すべて等しくなるようにコンダクタンスを等しくして接続すればよい。
【0035】
以下に真空蒸着装置100による表面処理工程について説明する。
基板10には、ハードコート層11が形成されている。ハードコート層11は、無機微粒子を有するゾルゲルを硬化する湿式法等によって得ることができる。この方法によれば、無機微粒子を基板10の屈折率に合わせて選択することが可能で、基板10とハードコート層11との界面の反射が抑えられる。ハードコート層11は、必要に応じて、片面および両面に形成される。基板10の場合は、両面に形成する。
【0036】
次に、反射防止膜12を形成する。支持装置20に支持された基板15は、チャンバ30に導入され脱ガスされる。次に支持装置20を、チャンバ40に移動し、ハードコート層11の表面に反射防止膜12を形成する。この工程では、高屈折率と低屈折率の複数の薄膜が交互に積層し、反射防止膜12の最上層には、二酸化ケイ素を主成分とする薄膜を形成する。
【0037】
次に、反射防止膜12の最上層である二酸化ケイ素を含む薄膜とフッ素含有有機ケイ素化合物との反応性を高めるため、表面にシラノール基を生成するための処理を行う。
チャンバ40に酸素またはアルゴンを導入し、オートプレシャーコントローラ77とマスフローコントローラ78によって、チャンバ40内を一定圧力に制御する。高周波プラズマはおよそ10-3から103Paで発生可能であるが、1×10-2Pa〜1×10-1Paが好適である。高周波周波数は、13.56MHzである。処理時間は、0.5〜3分で、この工程で二酸化ケイ素の表面にシラノール基を生成する。
【0038】
その他、シラノール基を生成するための処理として、イオンガン80を使用することもできる。
イオンガン80に、酸素またはアルゴンがマスフローコントローラ83で一定流量に制御して導入する。導入されたガスは、イオンガン80内部でプラズマ化される。プラズマは高周波プラズマであり、RF電源81の周波数は通常13.56MHZである。生成した正イオンは、DC電源82で電圧印加された加速電極によって引き出され、二酸化ケイ素の表面に照射される。なお、基板10上で絶縁破壊が起き、異常放電が発生するのを防止するため、内蔵されたニュートライザーから電子を供給し中和している。処理時間は、0.5〜3分間で、この工程で、二酸化ケイ素の表面にシラノール基を生成する。
【0039】
次に、蒸着によって、反射防止膜12の表面に防汚膜13を形成する。防汚膜13が形成された後、チャンバ50は徐々に大気圧に戻され、片面の表面処理の終了した基板15を支持装置20ごと取り出す。
【0040】
その後、片面の表面処理の終了した基板15は、表裏反転して再度支持装置20にセットされ、同様な処理を行う。以上の工程によって、基板15の両面に反射防止膜12および防汚膜13を形成する。
両面の表面処理の終了した基板15を、チャンバ50から取り出した後、図示しない恒温恒湿槽に投入し、適当な湿度と温度の雰囲気でアニールする。または、室内に所定時間放置してエージングを行う。その後、防汚膜13の厚みを調整する必要があれば、過剰分を拭き取るなどの除去作業を行う。
以上の工程により、プラスチックレンズ1が得られる。
【0041】
このような本実施形態によれば、以下の効果がある。
(1)円形ドーム形状の支持装置20に対し、複数の排気口111が支持装置20の回転軸に対して回転対称な配置で設けられているため、排気の流れを支持装置20の回転軸に対して等方的にできる。排気が等方的に行われることによって、反射防止膜12等の表面処理が施された基板15が支持された支持装置20の異なる位置において、蒸着物質の濃度分布を回転軸に対して等方的にでき、かつ均一にできる。したがって、各プラスチックレンズ1の表面に形成される防汚膜13の膜厚のばらつきを少なくできる。
【0042】
(2)真空蒸着を行うチャンバ50が円形ドーム形状の支持装置20の回転軸に対して回転対称な形状を有しているので、排気口111による排気の流れをチャンバ50内部に対しても等方的にできる。排気の流れが、支持装置20およびチャンバ50内部に対して等方的になることによって、反射防止膜12等の表面処理が施された基板15が支持された支持装置20の異なる位置において、蒸着物質の濃度分布を回転軸に対してより等方的にでき、かつより均一にできる。したがって、各プラスチックレンズ1の表面に形成される防汚膜13の膜厚のばらつきをより少なくできる。
【0043】
(3)上面の壁55、下面の壁56、側壁57に排気口111を設けるので、チャンバ内に排気口を設ける必要がなく、チャンバの構造を簡単にできる。したがって、前述の効果を容易に達成できる。
【0044】
(4)真空蒸着を行うチャンバ50の回転対称軸と円形ドーム形状の支持装置20の回転軸が一致し、支持装置20の回転軸に対して回転対称となる形状の排気口111で排気するため、排気の流れを支持装置20の回転軸に対して等方的にできる。排気が等方的に行われることによって、反射防止膜12等の表面処理が施された基板15が支持された支持装置20の異なる位置において、蒸着物質の濃度分布を回転軸に対して等方的にでき、かつ均一にできる。したがって、各プラスチックレンズ1の表面に形成される防汚膜13の膜厚のばらつきを少なくできる。
【0045】
(5)支持装置20の外周方向にあたる側壁57全周に渡って排気口111が設けられているので、排気の流れを支持装置20の回転軸に対して等方的にできる。排気が等方的に行われることによって、反射防止膜12等の表面処理が施された基板15が支持された支持装置20の異なる位置において、蒸着物質の濃度分布を回転軸に対して等方的にでき、かつ均一にできる。したがって、各プラスチックレンズ1の表面に形成される防汚膜13の膜厚のばらつきを少なくできる。
【0046】
(6)従来の真空蒸着装置では、チャンバ50の排気口111が側壁57の上方の隅の1ヶ所のみであるため、排気の流れが支持装置20の回転軸に対して偏っており、補正板92による膜厚調整は困難であった。
チャンバ50内の排気の流れが支持装置20の回転軸に対して等方的になるように排気口111を設けることによって、蒸着物質の濃度分布を回転軸に対して等方的にできる。したがって、補正板92の調整を、支持装置20の中心(回転軸)から外周にかけての濃度分布に対して行うことができ、防汚膜13の膜厚のばらつきを少なくできる。
【0047】
以下、実施例に基づき本発明を詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0048】
[実施例1]
プラスチック製の基板10の上にハードコート層11が形成された眼鏡用プラスチックレンズ(セイコーエプソン株式会社製:セイコースーパーソブリン)を凸面を下にして、支持装置20の各段にセットした。
次に、チャンバ30で脱ガスした後、チャンバ40に移動し、SiO2とZrO2の層を交互に蒸着し、これらの層からなる反射防止膜12を成形した。この反射防止膜12の最上層は、SiO2層である。
その後、チャンバ50に支持装置20を移動して、真空蒸着法により防汚膜13を形成した。真空蒸着には、チャンバ50上面の壁に、4辺それぞれの中央部付近に排気口111を設けた真空蒸着装置100を用いた(図5参照)。四つの排気口111は、それぞれのコンダクタンスが等しくなるように配管されて、真空生成装置51に接続されている。
フッ素含有有機ケイ素化合物として、信越化学工業株式会社製の化合物(製品名KY−130、一般式(1))を用いた。
【0049】
【化1】

ここで、KY−130を、フッ素系溶剤(住友スリーエム株式会社製:ノベックHFE−7200)に希釈して固形分濃度3%溶液を調製し、これを多孔質セラミックス製のペレットに1g含浸させ乾燥させたものを蒸発源90としてチャンバ50にセットした。
防汚膜13形成中は、ハロゲンランプを加熱ヒータ91として使用し、蒸発源90のペレットを600℃に加熱して、フッ素含有有機ケイ素化合物を蒸発させた。蒸着時間は3分であった。
蒸着中は、四つの排気口111から絶えず排気を行った。防汚膜13形成後、支持装置20をチャンバ50から取り出し、凹面にも同様の処理を施してプラスチックレンズ1を得た。
【0050】
[実施例2]
フッ素含有有機ケイ素化合物として、ダイキン工業株式会社製の化合物(オプツールDSX、一般式(2))を用いた。
【0051】
【化2】

オプツールDSXを、フッ素系溶剤(ダイキン工業株式会社製:デムナムソルベント)に希釈して固形分濃度3%溶液を調製し、これを多孔質セラミックス製のペレットに1g含浸させ乾燥させたものを蒸発源90としてチャンバ50にセットした。その他は、実施例1と同様であった。
【0052】
[実施例3]
真空蒸着装置100として、チャンバ50の上面の壁55中央に1つの円形の排気口111が設けられた装置を用いた。図6(b)に示された概略斜視図において、下面の壁56の排気口111が設けられていない装置に相当する。その他は、実施例1と同様であった。
【0053】
[実施例4]
真空蒸着装置100として、チャンバ50の上面の壁55の回転対称点112と、下面の壁56の回転対称点112とにそれぞれ1つの排気口111が設けられた装置を用いた(図6参照)。その他は、実施例1と同様であった。
【0054】
[実施例5]
真空蒸着装置100として、チャンバ50の上面の壁55の周辺にわたって排気口111が設けられた装置を用いた(図7参照)。その他は、実施例1と同様であった。
【0055】
[実施例6]
真空蒸着装置100として、チャンバ50の対向する側壁57の上部にそれぞれ1つの排気口が設けられた装置を用いた(図8参照)。その他は、実施例1と同様であった。
【0056】
[実施例7]
真空蒸着装置100として、チャンバ50に3つの排気口111が設けられた装置を用いた(図9参照)。その他は、実施例1と同様であった。
【0057】
[実施例8]
真空蒸着装置100として、チャンバ50に5つの排気口111が設けられた装置を用いた(図10参照)。その他は、実施例1と同様であった。
【0058】
[実施例9]
真空蒸着装置100として、チャンバ50の側壁57の全周にわたって排気口111が設けられた装置を用いた(図11参照)。その他は、実施例1と同様であった。
【0059】
[実施例10]
真空蒸着装置100として、チャンバ50の側壁57の上部全周にわたって排気口111が設けられ、さらに下面の壁56の回転対称点112に1つの排気口111が設けられた装置を用いた(図12参照)。その他は、実施例1と同様であった。
【0060】
[比較例]
真空蒸着装置100として、チャンバ50の側壁57の上端部に1ヶ所のみ排気口111が設けられた装置を用いた(図13参照)。その他は、実施例1と同様であった。
【0061】
各実施例および比較例で得られたプラスチックレンズ1の評価を以下のように行った。
(1)接触角の測定
支持装置20の各段で得られたプラスチックレンズ1の表面の接触角を、接触角計(「CA−D型」)協和株式会社製)を使用し、液適法によって純水の接触角を測定した。
(2)インク拭取り性
プラスチックレンズ1の凸面に、黒色油性マーカー(「ハイマッキーケア」ゼブラ株式会社製)で約4cmの直線を引き5分放置した。その後、ワイプ紙で拭取りを行い、インクが完全に拭取れるまでに要する往復の拭取り回数を調べた。
【0062】
接触角の測定およびインク拭取り性の評価を、初期段階と、1kg/cm2の圧力を加えた木綿布で3000、5000、および10000回払拭した後に行った。
各実施例と比較例で得られたプラスチックレンズ1における接触角およびインク拭取り性の結果を各段ごとに、払拭回数に対して図14に表として示した。
防汚膜13に膜厚のばらつきが少ない場合には、払拭回数が増すにつれ、同じ割合で接触角およびインク拭取り性が低下する。そこで、初期の接触角を基準にして10000回払拭後の接触角を規格化し相対的な膜厚を求めた。初期の接触角として、KY−130の場合は108°を、オプツールDSXの場合は112°を用いた。
図15に、求めた相対膜厚を支持装置20の各段に対してグラフ化して示した。
図15(a)は実施例1、(b)は実施例2、(c)は実施例3、(d)は実施例4、(e)は実施例5、(f)は実施例6、(g)は実施例7、(h)は実施例8、(i)は実施例9、(j)は実施例10、(k)は比較例の結果を示している。
これらの評価結果から、排気口111による排気の流れが支持装置20の回転軸に対して等方的になるように、排気口111を配置した各実施例では、比較例に対して各段間での膜厚のばらつきが少なくなることが確認できた。
【0063】
また、本発明を実施するための最良の方法などは、以上の記載で開示されているが、本発明は、これに限定されるものではない。すなわち、本発明は、主に特定の実施形態に関して説明されているが、本発明の技術的思想および目的の範囲から逸脱することなく、以上述べた実施形態に対し、排気口の数、排気口の形状、排気口の設けられる位置、使用する材料、処理時間、濃度、その他の詳細な事項において、当業者が様々な変形を加えることができるものである。
したがって、上記に開示した排気口の数、排気口の形状、排気口の設けられる位置、使用する材料、処理時間、濃度などを限定した記載は、本発明の理解を容易にするために例示的に記載したものであり、本発明を限定するものではないから、排気口の数、排気口の形状、排気口の設けられる位置、それらの材料、処理時間、濃度などの限定の一部もしくは全部の限定を外した記載は、本発明に含まれるものである。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】本発明の実施形態にかかるプラスチックレンズの断面図。
【図2】本発明の実施形態にかかる真空蒸着装置の概略図。
【図3】本発明の実施形態にかかる支持装置および蒸発源の概略断面図。
【図4】本発明の実施形態にかかる支持装置、蒸発源、加熱ヒータ、および補正板の上面図。
【図5】(a)は、本実施形態の排気口の配置例を示した図。(b)は、本実施形態の真空蒸着装置の一例を示した概略斜視図。
【図6】(a)は、本実施形態の排気口の配置例を示した図。(b)は、本実施形態のチャンバの一例を示した概略斜視図。
【図7】(a)は、本実施形態の排気口の配置例を示した図。(b)は、本実施形態のチャンバの一例を示した概略斜視図。(c)は、チャンバの一例を示した概略断面図。
【図8】(a)は、本実施形態の排気口の配置例を示した図。(b)は、本実施形態の真空蒸着装置の一例を示した概略斜視図。
【図9】本実施形態の排気口の配置例を示した図。
【図10】本実施形態の排気口の配置例を示した図。
【図11】(a)は、本実施形態の排気口の配置例を示した図。(b)は、本実施形態のチャンバの一例を示した概略斜視図。(c)は、チャンバの一例を示した概略断面図。
【図12】(a)は、本実施形態の排気口の配置例を示した図。(b)は、本実施形態のチャンバの一例を示した概略斜視図。
【図13】(a)は、比較例の排気口の配置を示した図。(b)は、比較例のチャンバを示した概略斜視図。
【図14】本発明の実施例と比較例との評価結果を表す図表。
【図15】本発明の実施例と比較例との評価結果を表すグラフ。
【符号の説明】
【0065】
1…防汚性光学物品であるプラスチックレンズ、13…防汚膜、20…支持装置、30,40,50…チャンバ、55…上面の壁,56…下面の壁、57…側壁、100…防汚性光学物品の製造装置である真空蒸着装置、111…排気口。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
光学物品の表面に真空蒸着法により、フッ素含有有機ケイ素化合物を含む防汚膜を形成するチャンバを備えた防汚性光学物品の製造装置であって、
前記光学物品を支持し、前記チャンバ内で回転可能な回転軸を有する支持装置を備え、
前記チャンバ内を排気する複数の排気口が、前記回転軸に対して回転対称に配置されている
ことを特徴とする防汚性光学物品の製造装置。
【請求項2】
光学物品の表面に真空蒸着法により、フッ素含有有機ケイ素化合物を含む防汚膜を形成するチャンバを備えた防汚性光学物品の製造装置であって、
前記光学物品を支持し、前記チャンバ内で回転可能な回転軸を有する支持装置を備え、
前記チャンバを構成する上下面の少なくとも一方に、
前記回転軸に対して回転対称となる形状を有している排気口が設けられている
ことを特徴とする防汚性光学物品の製造装置。
【請求項3】
光学物品の表面に真空蒸着法により、フッ素含有有機ケイ素化合物を含む防汚膜を形成するチャンバを備えた防汚性光学物品の製造装置であって、
前記光学物品を支持し、前記チャンバ内で回転可能な回転軸を有する支持装置を備え、
前記回転軸に対し回転対称となる形状を有している排気口が、前記チャンバ側壁の全周に渡って設けられている
ことを特徴とする防汚性光学物品の製造装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2007−70657(P2007−70657A)
【公開日】平成19年3月22日(2007.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−256019(P2005−256019)
【出願日】平成17年9月5日(2005.9.5)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】