説明

電動パワーステアリング装置

【課題】 樹脂製ギア歯の摩耗を抑えて長寿命化を図り、更には減速歯車機構及びラック・ピニオン式運動変換機構の摩擦損失を低減して装置全体をコンパクトに維持したままで高出力化を図る。
【解決手段】 減速歯車機構の従動歯車が、金属製芯管の外周に、樹脂組成物からなり外周面にギア歯が形成された樹脂部を一体に設けてなり、駆動歯車が金属製で、ギア歯の歯面の表面粗さが算術平均粗さRaで0.15μm以下であり、かつ、少なくとも従動歯車と駆動歯車との間に、ポリαオレフィン油及び鉱油から選ばれる少なくとも1種を80質量%以上の割合で含有する基油と、添加剤として特定の油性剤と特定の無極性固体潤滑剤とを含むグリース組成物を介在させた電動パワーステアリング装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電動モータによる補助出力を、減速歯車機構を介して車両のステアリング機構に伝達する電動パワーステアリング装置に関し、特に金属製芯金の外周に、樹脂組成物からなり外周面にギア歯が形成された樹脂部を一体に形成した従動歯車と、ラック・ピニオン式運動変換機構とを兼ね備えた電動パワーステアリング装置の高出力化に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車に組み込まれる電動パワーステアリング装置は、例えば図1及び図2に示すように構成される。図示されるように、中空のステアリングコラム50にステアリングシャフト70が挿通され、ハウジング120に収納された転がり軸受90、91により回転自在に支承されている。ステアリングシャフト70は中空軸であり、トーションバー80が収容されている。また、出力軸60側において、ステアリングシャフト70の外周面にウォームホイール11が設けてあり、このウォームホイール11にウォーム12が噛合してある。これらウォームホイール11とウォーム12とで構成される減速歯車機構は、電動モータに連結し、ハウジング120に収納される。ここで、ウォーム12は電動モータ100の回転軸に連結しており、駆動歯車に相当し、一方ウォームホイール11は従動歯車に相当する。
【0003】
また、ウォーム12は、一対の玉軸受等の転がり軸受110で支持されて電動モータ100と連結しており、ハウジング120の一対の転がり軸受110の間の空間には、通常、ウォーム12とウォームホイール11との両ギア歯間の潤滑のためにグリースが充填されている。更に、転がり軸受110に予圧をかけるとともに、タイヤ側からの微小なキックバック入力が入ってきたときに、ウォーム12を軸方向に動かして電動モータ100が回転しないようにし、ハンドル側にキックバックのみの情報を伝えるために、転がり軸受110のウォーム側にゴム製のダンパー130を取り付けている。
【0004】
上記減速歯車機構では、ウォームホイール11とウォーム12の両方を金属製にすると、ハンドル操作時に歯打ち音や振動音等の不快音が発生するという不具合を生じていた。そこで、図3に示すように、ウォーム12を金属製として、ウォームホイール11に、金属製の芯管1の外周に、樹脂製で外周面にギア歯10を形成してなる樹脂部3を接着剤8を用いて一体化させたものを使用して騒音対策を行っている。
【0005】
上記樹脂部3には、例えば、ポリアミド6、ポリアミド66、ポリアセタール、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリフェニレンサルファイド(PPS)等のベース樹脂に、ガラス繊維や炭素繊維等の強化材を配合した材料の他、強化材を含有しないMC(モノマーキャスト)ナイロン、ポリアミド6、ポリアミド66等が使用されている。中でも、寸法安定性やコストを考慮して、強化材を含有しないMCナイロン、ガラス繊維を含有したポリアミド6、ポリアミド66、ポリアミド46等が主流となっている。
【0006】
また、減速歯車機構では、ウォームホイール11のギア歯10の歯面及びウォーム12の歯面にグリースを塗布して摩耗を抑えることが行なわれており、本出願人も先に、樹脂の摩耗を抑えることを目的として、ポリオレフィンワックスを配合したグリース組成物を提案している(特許文献1参照)。しかし、近年、電動パワーステアリング装置では、大型車への適用、あるいは車内の居住空間確保を目的とした装置小型化に対応するために、ウォーム12とウォームホイール11との接触面圧の増大が避けられなくなってきており、更なる摩耗低減が要求されている。それと同時に、入力動力の摩擦損失を抑える要求も高まってきている。
【0007】
更に、ラック・ピニオン式運動変換機構(図示せず)を備える電動パワーステアリング装置では、グリース潤滑されるのが一般的であるが、装置の小型化や高効率化のために、このラック・ピニオン式運動変換機構用の潤滑グリースにも同様に入力動力の摩擦損失を抑える要求が高まってきている。
【特許文献1】特開平9−194867号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、このような状況に艦みてなされたものであり、樹脂製のウォームホイールを備え、更にはラック・ピニオン式運動変換機構を兼備する電動パワーステアリング装置において、ウォームホイールの樹脂製ギア歯の摩耗を抑えて長寿命化を図り、更には減速歯車機構及びラック・ピニオン式運動変換機構の摩擦損失を低減して装置全体をコンパクトに維持したままで高出力化を図ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、本発明は下記に示す電動パワーステアリング装置を提供する。
(1)電動モータによる補助出力を、減速歯車機構を介して車両のステアリング機構に伝達する電動パワーステアリング装置であって、
前記減速歯車機構の従動歯車が、金属製芯管の外周に、樹脂組成物からなり外周面にギア歯が形成された樹脂部を一体に設けてなり、
駆動歯車が金属製で、ギア歯の従動歯車のギア歯との摺動面の表面粗さが算術平均粗さRaで0.15μm以下であり、かつ、
少なくとも前記従動歯車と前記駆動歯車との間に、ポリαオレフィン油及び鉱油から選ばれる少なくとも1種を80質量%以上の割合で含有する基油と、添加剤として(a)モンタン酸の誘導体のワックス、脂肪酸アマイドワックス、エステルワックス、ケトンワックス、酸化ポリオレフィンワックスから選ばれる少なくとも1種と(b)ポリテトラフルオロエチレン、ポリフッ化ビニリデン、四フッ化エチレン−六フッ化プロピレン共重合樹脂、四フッ化エチレン−エチレン共重合樹脂、ポリビニルフルオライド、ポリエチレン、ポリスチレン、ポリメタクリル酸メチル、ポリエチレンテレフタレートから選ばれる少なくとも1種とを含むグリース組成物を介在させたことを特徴とする電動パワーステアリング装置。
(2)前記(a)成分及び前記(b)成分の含有量の和がグリース全量に対して8質量%以下であり、かつ、前記(a)成分の含有量がグリース全量に対して1.4〜3.5質量%で、前記(b)成分の含有量が前記(a)成分の含有量と同量以上で、かつ、グリース全量に対して3質量%以上であることを特徴とする上記(1)記載の電動パワーステアリング装置。
(3)前記駆動歯車がパルソナイト処理が施され、かつ、前記従動歯車の樹脂部がポリアミド樹脂に直径5〜9μmのガラス繊維を樹脂全量に対して25〜35質量%含有することを特徴とする上記(1)または(2)記載の電動パワーステアリング装置。
(4)前記グリース組成物の増ちょう剤がリチウム石けん、バリウム複合石けん、化学式(I)または化学式(II)で表されるジウレア化合物から選ばれる少なくとも1種であり、かつ、基油動粘度が40℃において30〜150mm2/sであることを特徴とする上記(1)〜(3)の何れか1項に記載の電動パワーステアリング装置。
【0010】
【化2】

【0011】
(式中、R1、R2は炭素数が8〜16の直鎖状のアルキル基であり、同一でも異なっていても良い。)
(5)ラック・ピニオン式運動変換機構を含み、かつ、40℃における動粘度が30〜150mm2/sで、かつ、鉱油及びポリαオレフィン油から選ばれる少なくとも1種を80質量%以上の割合で含有する基油、増ちょう剤としてリチウム石けん、摩擦低減剤としてモリブデンジチオカーバイド及びモリブデンジチオフォスフェートから選ばれる少なくとも1種をグリース全量に対して0.5〜6.5質量%の割合で含むグリース組成物で潤滑されていることを特徴とする上記(1)〜(4)の何れか1項に記載の電動パワーステアリング装置。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、ウォームホイールのギア歯の摩耗が少なく長寿命であり、更に減速歯車機構及びラック・ピニオン式運動変換機構の摩擦損失が少なくコンパクトで、高出力の電動パワーステアリング装置が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、図面を参照しながら、本発明の実施形態を説明する。
【0014】
本発明において、電動パワーステアリング装置自体の構成には制限がなく、例えば図1及び図2に示す電動パワーステアリング装置を例示することができる。また、減速歯車機構は、図3に示すように、樹脂部3を備えるウォームホイール11と金属製のウォーム12とから構成される。
【0015】
ウォーム12は、例えばS45C材やSUJ2材等の金属製であり、高い動力伝達効率を確保するために、ギア歯のウォームホイール11のギア歯10との摺動面(以下、「歯面」ともいう)が算術平均粗さRaで0.15μm以下、好ましくは0.12μm以下となるように加工されている。本発明では、後述されるように、(a)成分及び(b)成分を添加して摩耗低減を図るが、算術平均粗さRaが0.15μmを越えると、これら成分による摩耗低減効果よりも、ウォーム12の歯面の凹凸の引掛りによる摩擦力の増大が顕在化してくる。
【0016】
また、ウォームホイール11の樹脂部3に含有されるガラス繊維による損傷を抑えるために、ウォーム12は熱処理や窒化処理等を施して表面硬度を高めることが好ましく、パルソナイト処理が施されていることが特に好ましい。
【0017】
ウォームホイール11は、樹脂部3を備えること以外に制限はないが、好ましい実施形態を説明すると、樹脂部3は、MCナイロン、あるいはポリアミド6、ポリアミド66、ポリアミド46にガラス繊維を含有させたポリアミド樹脂組成物から形成されることが好ましい。ポリアミド樹脂の分子量は、ガラス繊維を含有した状態で射出成形できる範囲、具体的には数平均分子量で13000〜28000であり、耐疲労性や成形性を考慮すると、数平均分子量で18000〜26000がより好ましい。数平均分子量が13000未満では分子量が低すぎて耐疲労性が悪く、実用性が低い。一方、数平均分子量が28000を越えると、後述する含有量でガラス繊維を含有させると、溶融粘度が高すぎて精度良く樹脂部3を成形するのが困難になり、好ましくない。
【0018】
ポリアミド樹脂組成物において、ガラス繊維は直径5〜13μmのものが好ましく、その含有量は該樹脂組成物全量の10〜40質量%が好ましい。樹脂部3の耐摩耗性や寸法安定性を考慮すると、直径5〜9μmのガラス繊維を25〜35質量%含有することが特に好ましい。これは、ガラス繊維が樹脂部3の全体に細かく均一に分散していることが、樹脂部3の耐摩耗性や寸法安定性を高度に維持する上で不可欠であることに由来する。直径5μm未満のガラス繊維を使用すると、樹脂部3の耐衝撃性等の機械的強度が低下する傾向があるとともに、製造コストが高くなり実用性が低くなる。一方、ガラス繊維の直径が9μmを越えると、耐摩耗性に劣るようになり、特に直径13μmを越えると顕著となる。また、直径5〜9μmのガラス繊維を使用することは、これよりも太いガラス繊維を使用した場合と比べて、同一の含有量でもより多数本のガラス繊維が樹脂中に分散することになり、樹脂部3の耐荷重性が増してより高面圧での使用に耐え得るようになる。ガラス繊維の含有量が25質量%未満であると、樹脂部3の機械的強度及び吸水による寸法変化の抑制効果が少なくなり、特に10質量%未満で顕著となる。一方、ガラス繊維の含有量が35質量%を越えると、ウォーム12を損傷しやすくなり、ウォーム12の摩耗が促進されて減速歯車機構20としての耐久性が不足するおそれがあり、特に40質量%を越えると顕著になる。
【0019】
尚、ガラス繊維の繊維長は100〜900μmが好ましく、300〜600μmが特に好ましい。繊維長が100μm未満では短すぎて補強効果及び吸水による寸法変化の抑制効果が少なく、900μmを越えると補強効果及び吸水による寸法変化の抑制効果は高まるものの、樹脂部3を成形する際に破断したり、配向性の低下による成形精度の悪化が想定されるようになり、何れも好ましくない。
【0020】
また、ガラス繊維の一部を、炭素繊維等の繊維状物や、チタン酸カリウムウィスカー等のウィスカー状物等の他の補強材に代えてもよく、着色剤等を添加してもよい。
【0021】
更に、MCナイロンやポリアミド樹脂組成物には、成形時及び使用時の熱による劣化を防止するために、ヨウ化物系熱安定化剤やアミン系酸化防止剤を、それぞれ単独あるいは併用して添加してもよい。
【0022】
樹脂部3を形成するには、上記のMCナイロンまたはポリアミド樹脂組成物の溶融物を、芯管1を配置した金型に充填して硬化させればよい。そして、切削加工により、樹脂部3の外周面にギア歯10を形成してウォームホイール11が得られる。
【0023】
芯管1と樹脂部3とをより強固に接合する目的で、更にはポリアミド樹脂は吸水性が高いことから、吸水による寸法変化を更に抑制する目的で、接着層8を設けることも好ましい。接着層8を形成するには、例えば芯管外周面にシランカップリング剤を塗布してから樹脂部3を加熱圧入し、その後高周波加熱を行なう方法が挙げられる。シランカップリングは、分子構造の一端に加水分解性基であるアルコキシ基を有しており、このアルコキシ基が加水分解して水酸基に変化し、この水酸基が金属表面の水酸基と脱水縮合を起こして強固な結合力を有する共有結合を形成する。また、他端には有機官能基を有しており、この有機官能基がポリアミド樹脂の分子構造中のアミド結合と結合する。そして、これらの結合により、芯金1と樹脂部3とが強固に接合する。尚、シランカップリング剤の有機官能基としてはアミド基との反応性からアミノ基、エポキシ基が好適であり、このような有機官能基を有するシランカップリング剤としてはγ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、β(3,4−エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン、γ−アミノプロピルトリエトキシシラン、N−β−(アミノエチル)−γ−アミノプロピルトリエトキシシラン、γ−ウレイドプロピルトリエトキシシラン等が挙げられる。特に、有機官能基としてエポキシ基を持つものは、アミド結合との反応性が高く、より好ましい。
【0024】
また、高周波加熱を行なうと、強固な接着層8が形成されるとともに、芯管外周面と接触する樹脂部3の内周面(界面)のみが溶融し、圧入によって発生した残留応力の除去を併せて行なうことができる。尚、高周波加熱時の芯管温度を200〜450℃とすることにより、接着力がより高まる。また、加熱雰囲気は大気中でもよいが、アルゴンガス等の不活性ガス雰囲気中で行なうと樹脂部3の酸化劣化が抑制され、好ましい。
【0025】
尚、減速歯車機構としては、図3に示す構成の他にも、例えば図4に示す平歯車、図5に示すはすば歯車、図6に示すかさ歯車、図7に示すハイポイドギア等が可能である。そして、上記と同様に、それぞれの駆動歯車は金属製で、好ましくはパルソナイト処理が施され、更に歯面が算術平均粗さRa0.15μmに加工され、従動歯車は芯管1に接着層8を介して同様の樹脂組成物からなる樹脂部3が一体化され、更に樹脂部3の外周にギア歯10が形成される。
【0026】
上記の如く構成されるウォームホイール11とウォーム12の両ギア間に、潤滑のためのグリース組成物を介在させる。グリース組成物の基油は、樹脂部3を形成するMCナイロンやポリアミド樹脂、更にはダンパー130を形成するゴム材料に対する化学的作用を考慮して、極性の低いポリαオレフィン油及び鉱油から選ばれる少なくとも1種を80質量%以上の割合で含有する。鉱油は、減圧蒸留、油剤脱れき、溶剤抽出、水素化分解、溶剤脱ろう、硫酸洗浄、白土精製、水素化精製等を適宜組み合わせて精製したものが好ましい。併用可能な潤滑油には制限がないが、例えば、鉱油やポリαオレフィン油は無極性でポリアミド樹脂に対する濡れ性が低いため、これを改善するために極性のある潤滑油を用いることができる。
【0027】
また、基油は、40℃における動粘度が30〜150mm2/sであることが好ましい。動粘度が30mm2/s(40℃)未満では、油膜形成能力に劣り、ウォームホイール11の樹脂製ギア歯10の耐久性が低下するおそれがある。一方、動粘度が150mm2/s(40℃)を越えると、低温特性が悪化し、低温環境下で粘度上昇や固化が起こり減速歯車機構の動力伝達効率が低下するおそれがある。
【0028】
増ちょう剤としては、リチウム石けんやリチウム複合石けん等に代表される金属石けん系増ちょう剤、ジウレア等に代表される無機系増ちょう剤、ポリテトラフルオロエチレン等に代表される有機系増ちょう剤が挙げられるが、低摩擦という観点からはリチウム石けん、バリウム複合石けん、化学式(I)または化学式(II)で表されるジウレア化合物が好ましい。
【0029】
【化3】

【0030】
尚、化学式(I)または化学式(II)において、R1、R2は炭素数が8〜16の直鎖状のアルキル基であり、同一でも異なっていても良い。
【0031】
また、グリース組成物には、必須添加剤として(a)モンタン酸の誘導体のワックス、脂肪酸アマイドワックス、エステルワックス、ケトンワックス、酸化ポリオレフィンワックスから選ばれる少なくとも1種と、(b)ポリテトラフルオロエチレン、ポリフッ化ビニリデン、四フッ化エチレン−六フッ化プロピレン共重合樹脂、四フッ化エチレン−エチレン共重合樹脂、ポリビニルフルオライド、ポリエチレン、ポリスチレン、ポリメタクリル酸メチル、ポリエチレンテレフタレートから選ばれる少なくとも1種とが併用して添加される。(b)成分の中では、ポリテトラフルオロエチレン及びポリエチレンが好ましい。
【0032】
(b)成分は無極性の固体潤滑剤であり、これをグリースに混合することによりウォームホイール11の樹脂製ギア歯10と、金属製のウォーム12のギア歯との摺動面における発熱が抑えられ、樹脂製ギア歯10の耐久寿命を延長する効果が得られる。このような効果を得るためには、(b)成分をグリース全量の3質量%以上添加することが好ましい。但し、(b)成分は増ちょう作用を有するため、添加量が多すぎると低温環境下においてグリースを硬化させて摺動性を悪化させるきらいがあり、例えば−40℃下で動力伝達効率が大きく低下することから、上限を8質量%とすることが好ましい。
【0033】
また、(b)成分は摺動表面と何らかの強い結合力で結び付いているわけではないため、高荷重下や高速で摺動した場合にはその摩擦低減能を発揮しにくい。電動パワーステアリング装置の減速歯車機構では、ギア歯が複雑な形状を持ち、かつ、自動車の運転状態によって様々な条件で駆動されるため、しばしばスティックスリップと呼ばれる、瞬時に摩擦抵抗が上昇する現象が起こり、結果として摺動面の摩擦抵抗が激しく上下する。このスティックスリップの発生機構は定かではないが、ウォーム12の金属製ギア歯とウォームホイール11の樹脂製ギア歯10との摺動面の一部もしくは全域において、両ギア歯が断続的に直接接触することが原因と考えられている。
【0034】
(a)成分である油性剤は、このスティックスリップの発生を抑制する作用を有する。油性剤は摺動部の金属表面に吸着することで単分子〜数分子の層状の薄膜を形成して金属表面の表面張力を減少させ、金属の油に対する濡れ性を増大させ、油膜の破断確率を減少させる。そのため、仮に(b)成分の耐荷重能を超える潤滑条件下において潤滑油膜が破断した場合においても、ウォーム12の金属製ギア歯とウォームホイール11の樹脂製ギア歯10との間に、この(a)成分による薄膜によって2面間の直接接触が防止されて摩擦抵抗の上昇が抑えられる。
【0035】
また、減速歯車機構20の周辺にはゴム製のダンパー130をはじめ、各種の樹脂・ゴム材が使用されている。そのため、油性剤として従来から使用されているものの中でも、アルコールや脂肪酸誘導体は樹脂・ゴム材の物性に影響を与えることが多い。これに対して、上記に挙げた(a)成分は高分子構造上の一部に極性基が存在するので、樹脂・ゴム材への影響が少ない。また、(a)成分は、(b)成分ほどではないが小さい表面張力を持ち、固体潤滑剤としての機能(摺動面において低摩擦でへき開する)も有するので好ましい。
【0036】
更に、図8に模式的に示すように、ウォームホイール11の樹脂製ギア歯10とウォーム12の金属製ギア歯との摺動面では、(a)成分と(b)成分とがせん断されるが、それらの存在比率によって摩擦の程度が変化してくる。従って、(a)成分の添加量としてはスティックスリップを抑制するのに十分な量であるのと同時に、(b)成分の低摩擦能を阻害しない量とすべきであり、本発明ではグリース全量に対して1.4〜3.5質量%とすることが好ましい。
【0037】
上記の理由から、本発明では、(a)成分及び(b)成分は、その合計量でグリース全量に対して8質量%以下であり、かつ、(a)成分の含有量がグリース全量に対して1.4〜3.5質量%で、(b)成分の含有量が(a)成分の含有量と同量以上で、かつ、グリース全量に対して3質量%以上となるように添加することが好ましい。
【0038】
また、グリース組成物には、必要に応じて他の添加剤を添加してもよい。例えば、何れも公知の酸化防止剤、錆止め剤、金属腐食防止剤、油性剤、耐摩耗剤、極圧剤、固体潤滑剤等を適用添加することができる。
【0039】
また、本発明の電動パワーステアリング装置は、ラック・ピニオン式運動変換機構を具備していてもよい。ラック・ピニオン式運動変換機構の構成、構造には制限がないが、40℃における動粘度が30〜150mm2/sで、鉱油及びポリαオレフィン油から選ばれる少なくとも1種を80質量%以上の割合で含有する基油、増ちょう剤としてリチウム石けん、摩擦低減剤としてモリブデンジチオカーバイド及びモリブデンジチオフォスフェートから選ばれる少なくとも1種をグリース全量に対して0.5〜6.5質量%の割合で含むグリース組成物で潤滑される。
【0040】
鉱油は、上記と同様の精製鉱油が好ましい。基油の動粘度が30mm2/s(40℃)未満では、油膜形成能力に劣り耐久性が低下するおそれがあり、150mm2/s(40℃)を越えると、低温特性が悪化して低温環境下で粘度上昇や固化が起こり動力伝達効率が低下するおそれがある。リチウム石けんは、低摩擦という観点から好ましい増ちょう剤であり、モリブデンジチオカーバイドやモリブデンジチオフォスフェートとの併用により、低摩擦が更に向上する。従って、モリブデンジチオカーバイド及びモリブデンジチオフォスフェートの含有量がグリース全量の0.5質量%未満では、低摩擦の向上に十分に寄与しない。また、6.5質量%を越えて添加しても、増分に見合う効果の向上が得られず、不経済となるばかりでなく、環境によっては腐食を引き起こす可能性がある。
【0041】
また、グリース組成物には、必要に応じて他の添加剤を添加してもよい。例えば、何れも公知の酸化防止剤、錆止め剤、金属腐食防止剤、油性剤、耐摩耗剤、極圧剤、固体潤滑剤等を適用添加することができる。
【0042】
本発明の電動パワーステアリング装置は上記のように構成されるが、減速歯車機構におけるウォーム12の歯面の表面粗さを算術平均粗さRaで0.15μm以下とし、更に摩擦低減効果の高いグリース組成物で潤滑することにより、後述する実施例にも示すように、低摩耗で長寿命となるとともに、85%を超える動力伝達効率が得られ、装置のコンパクト化を維持しつつ高出力となる。
【実施例】
【0043】
以下に試験例を挙げて本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれにより何ら制限されるものではない。
【0044】
(試験−1:算術平均粗さの検証)
クロスローレット加工を施し、脱脂した外径45mm、幅13mmのS45C製の芯管を、スプルー及びディスクゲートを装着した金型に配置し、ガラス繊維を30質量%含有するポリアミド6を射出成形して外径60mm、幅13mmのウォームホイールプランク材とし、次いで樹脂部の外周を切削加工してギア歯を形成して図3に示すウォームホイールを作製した。また、ウォームとして、S45C材製で、パルソナイト処理を施し、更に歯面の算術平均粗さRaが異なるものを用意した。尚、算術平均粗さRaは、歯面の摺動部分の値であり、摺動方向に沿って測定した。
【0045】
また、40℃における基油動粘度が60mm2/sのポリαオレフィン油を基油とし、化学式(I)で示されるジウレア化合物(炭素数8と18のアミンを重量比で1:1で混合し、イソシアネートと反応させたもの)を増ちょう剤とするベースグリースに、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)の添加量を変えて添加して試験グリースを調製した。尚、何れの試験グリースも、混和ちょう度280に統一した。
【0046】
そして、上記のウォームホイール及びウォームを実際の電動パワーステアリング装置の減速歯車機構に組み込み、更に試験グリースをウォームホイールのギア歯表面及びウォームのギア歯表面に満遍なく塗布し、雰囲気温度80℃に維持して50min-1の回転速度で操舵を行い、入力動力に対する出力動力を測定し、減速歯車機構における動力伝達効率を求めた。
【0047】
結果を図9にグラフ化して示すが、PTFEの添加量は3質量%以上が好ましいと判断できる。また、ウォームの歯面の算術平均粗さRaは0.15μm以下であると、効率85%以上を実現でき好ましいと判断できる。歯面の算術平均粗さRaが0.12μm以下であると効率90%以上を達成でき、より好ましい。
【0048】
(試験−2:(b)成分の種類の検証)
試験−1と同一のベースグリースに、PTFE、ポリエチレン(PE)、ポリメタクリル酸メチル(PMM)をそれぞれ3質量%の割合で添加し、試験グリースを調製した。混和ちょう度も280で統一した。また、ウォームには、パルソナイト処理を施したS45C材製で、歯面の算術平均粗さRa0.12μmのギア歯のものを用意した。そして、同様にして動力伝達効率を求めた。
【0049】
結果を図10にグラフ化して示すが、(b)成分としてはポリエチレン、PTFEが特に好ましく、両者はほぼ同等の性能を有することがわかる。
【0050】
(試験−3:(a)成分及び(b)成分の添加量の検証)
試験−1と同一のベースグリースに、ポリエチレンと、モンタン酸部分ケン化エステルワックス(クラリアント社製「リコワックス OP」)とを、合計は7質量%一定とし、その混合比率を変えて添加して試験グリースを調製した。また、ウォームには、パルソナイト処理を施したS45C材製で、算術平均粗さRa0.12μmのギア歯のものを用意した。そして、同様にして動力伝達効率を求めた。結果を図11にグラフ化して示す。
【0051】
また、ステアリングの入力軸を左右360度ずつ交互に回転させ続け、継続的に入力軸の作動トルクを測定し、異常な変動が認められた場合にスティックスリップが発生したと判断し、それまでの摺動回数を求めた。結果を図12にグラフ化して示すが、横軸にはモンタン酸部分ケン化エステルワックスの添加量をとり、縦軸にはモンタン酸部分ケン化エステルワックス無添加(即ち、ポリエチレン100%)の場合に対する相対値(摺動回数比)を示した。
【0052】
図11及び図12から、スティックスリップが発生せずに、動力伝達効率を高くするには、(a)成分をグリース全量に対して1.4〜3.5質量%含有し、かつ、(b)成分を(a)成分と同量以上とすればよいことがわかる。
【0053】
(試験−4:基油組成の検証)
ポリオールエステル油(30mm2/s@40℃)とポリαオレフィン油(30mm2/s@40℃)とを、両者の混合比を変えて混合し、そこへ上記ジウレアを配合して試験グリースを調製した。そして、試験グリースにエチレンアクリルゴム製の円筒板(直径10mm、厚さ5mm)を浸漬し、100℃の恒温槽内に100時間放置した。その後、円筒板を取り出し、厚さの寸法変化を測定した。
【0054】
結果を図13にグラフ化して示すが、ポリαオレフィン油が基油全量に対して80質量%以上であれば、寸法変化率は0.3%以下であり、ほぼ無視できる程度であるといえる。
【0055】
(試験−5:ラック・ピニオン式運動変換機構用グリースの検証)
ジウレア−鉱油系グリースまたはリチウム石けん−鉱油系グリースについて、図14に示す構造のラック・ピニオン機構を利用して入力動力及び出力動力を測定し、動力伝達効率を測定した。尚、混和ちょう度は共に250とし、基油動粘度は40℃において65mm2/sであるものを採用した。結果を図15に示すが、リチウム石けん−鉱油系グリースの方が動力伝達効率上有利であることがわかる。
【0056】
そこで、上記のリチウム石けん−鉱油系グリースに、添加剤としてモリブデンジチオカーバイド(MoDTC)またはモリブデンジチオフォスフェート(MoDTP)をグリース全量に対して3質量%添加し、同様の測定を行なった。結果を同じく図15に示すが、これら2種の添加剤が動力伝達効率の向上に有効であることがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】電動パワーステアリング装置の一例を示す一部断面構成図である。
【図2】図1のAA断面図であり、電動モータと減速機構との連結部周辺を示す概略構成図である。
【図3】ウォームホイール及びウォームの一例を示す斜視図である。
【図4】減速歯車機構の他の例(平歯車)を示す斜視図である。
【図5】減速歯車機構の更に他の例(はすば歯車)を示す斜視図である。
【図6】減速歯車機構の更に他の例(かさ歯車)を示す斜視図である。
【図7】減速歯車機構の更に他の例(ハイボイドギア)を示す斜視図である。
【図8】ウォームホイールとウォームとの摺動面における(a)成分及び(b)成分の状態を説明するための模式図である。
【図9】試験−1で得られた結果を示すグラフである。
【図10】試験−2で得られた結果を示すグラフである
【図11】試験−3で得られた結果を示すグラフである。
【図12】試験−3で得られた結果を示すグラフである。
【図13】試験−4で得られた結果を示すグラフである。
【図14】試験−5で用いたラック・ピニオン式運動変換機構を示す部分拡大図である。
【図15】試験−5で得られた結果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0058】
1 芯管
3 樹脂部
8 接着剤
10 ギア歯
11 ウォームホイール
12 ウォーム
13 歯部
14 凹部
15 潤滑剤含有ポリマー
50 ステリングコラム
70 ステアリングシャフト
80 トーションバー
90 軸受
91 軸受
100 電動モータ
110 転がり軸受
120 ハウジング
130 ダンパー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電動モータによる補助出力を、減速歯車機構を介して車両のステアリング機構に伝達する電動パワーステアリング装置であって、
前記減速歯車機構の従動歯車が、金属製芯管の外周に、樹脂組成物からなり外周面にギア歯が形成された樹脂部を一体に設けてなり、
駆動歯車が金属製で、ギア歯の従動歯車のギア歯との摺動面の表面粗さが算術平均粗さRaで0.15μm以下であり、かつ、
少なくとも前記従動歯車と前記駆動歯車との間に、ポリαオレフィン油及び鉱油から選ばれる少なくとも1種を80質量%以上の割合で含有する基油と、添加剤として(a)モンタン酸の誘導体のワックス、脂肪酸アマイドワックス、エステルワックス、ケトンワックス、酸化ポリオレフィンワックスから選ばれる少なくとも1種と(b)ポリテトラフルオロエチレン、ポリフッ化ビニリデン、四フッ化エチレン−六フッ化プロピレン共重合樹脂、四フッ化エチレン−エチレン共重合樹脂、ポリビニルフルオライド、ポリエチレン、ポリスチレン、ポリメタクリル酸メチル、ポリエチレンテレフタレートから選ばれる少なくとも1種とを含むグリース組成物を介在させたことを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項2】
前記(a)成分及び前記(b)成分の含有量の和がグリース全量に対して8質量%以下であり、かつ、前記(a)成分の含有量がグリース全量に対して1.4〜3.5質量%で、前記(b)成分の含有量が前記(a)成分の含有量と同量以上で、かつ、グリース全量に対して3質量%以上であることを特徴とする請求項1記載の電動パワーステアリング装置。
【請求項3】
前記駆動歯車がパルソナイト処理が施され、かつ、前記従動歯車の樹脂部がポリアミド樹脂に直径5〜9μmのガラス繊維を樹脂全量に対して25〜35質量%含有することを特徴とする請求項1または2記載の電動パワーステアリング装置。
【請求項4】
前記グリース組成物の増ちょう剤がリチウム石けん、バリウム複合石けん、化学式(I)または化学式(II)で表されるジウレア化合物から選ばれる少なくとも1種であり、かつ、基油動粘度が40℃において30〜150mm2/sであることを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載の電動パワーステアリング装置。
【化1】

(式中、R1、R2は炭素数が8〜16の直鎖状のアルキル基であり、同一でも異なっていても良い。)
【請求項5】
ラック・ピニオン式運動変換機構を含み、かつ、40℃における動粘度が30〜150mm2/sで、かつ、鉱油及びポリαオレフィン油から選ばれる少なくとも1種を80質量%以上の割合で含有する基油、増ちょう剤としてリチウム石けん、摩擦低減剤としてモリブデンジチオカーバイド及びモリブデンジチオフォスフェートから選ばれる少なくとも1種をグリース全量に対して0.5〜6.5質量%の割合で含むグリース組成物で潤滑されていることを特徴とする請求項1〜4の何れか1項に記載の電動パワーステアリング装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2006−44306(P2006−44306A)
【公開日】平成18年2月16日(2006.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−224159(P2004−224159)
【出願日】平成16年7月30日(2004.7.30)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】