説明

電動車両

【課題】 電動車両において、インバータのスイッチング素子の温度上昇を抑制する。
【解決手段】 フロント側駆動輪またはリア側駆動輪にトルクが出力されており、かつ、車速Vがゼロ近傍である場合には、フロント側駆動輪を駆動する同期電動機の出力トルクをリア側駆動輪を駆動する誘導電動機の出力トルクよりも小さくし、フロント側駆動輪またはリア側駆動輪にトルクが出力されており、かつ、各駆動輪に出力されたトルクによって車両が移動しようとする方向と逆方向に車両が所定の速度V2で移動している場合には、同期電動機の出力トルクを誘導電動機の出力トルクよりも大きくする出力トルク変更手段を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電動車両の構造に関する。
【背景技術】
【0002】
エンジンと電動機によって車両を駆動するハイブリッド車両や、電動機によって車両を駆動する電気自動車などの電動車両が多く用いられるようになってきている。このような電動車両では、前輪または後輪のいずれかを駆動輪とする構成がとられている。一方、このような電動車両でも、前輪、後輪の両方を駆動輪とする4輪駆動の車両も用いられている。4輪駆動の電動車両では、前輪、後輪のいずれか一方を主駆動輪とし、他方を副駆動輪としている。主駆動輪は、永久磁石をロータに用いた同期電動機により駆動される場合が多いが、副駆動輪は、車両を駆動する駆動輪となる場合と車両の駆動力を出力しない従動輪となる場合とがあるので、従動輪となった場合に永久磁石の用いられた同期電動機のロータの振れ回りによるコギングトルクが発生したり走行抵抗が増加したりして車両の燃費の向上が図れなくなるのを抑制するために、永久磁石をロータに用いない誘導電動機により駆動する構成がとられることが多い(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
また、永久磁石を用いない誘導電動機は低トルクの出力範囲ではエネルギ損失が大きくなってしまうという特性があることから、上記のように永久磁石をロータに用いた同期電動機と永久磁石を用いない誘導電動機とを搭載した電動車両では、副駆動輪に出力される動力が低出力範囲内である場合に、副駆動輪の機械的損失を補填するだけのトルクを主駆動輪から出力して車両のエネルギ効率を高めることが提案されている(例えば、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−325352号公報
【特許文献2】特開2008−254677号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、主駆動輪を駆動する同期電動機は、直流電力をインバータによって交流電力に変換し、その交流電力によって固定子に発生する回転磁界の回転速度に同期した速度で永久磁石が用いられたロータが回転する。このため、車両の速度が遅い場合には、回転磁界の回転速度あるいは交流電力の周波数が低くなる。一方、ロータからの出力トルクは電動機に流れる電流の大きさによるので、急な上り坂を低速で登坂している場合のように、同期電動機に流れる交流電力の周波数が低く、大きなトルクのために大きな電流が流れる場合、インバータの各相のスイッチング素子のオンオフの周期が長くなり、一つの相のスイッチング素子に大きな電流が流れている時間が長くなり、スイッチング素子の温度が上昇してしまう場合がある。特に、アクセルを踏み込むことによって登坂の途中で車両が停止状態(アクセルホールド状態)となると、同期電動機に流れる交流電力の周波数はゼロとなってしまうので、一相のスイッチング素子が連続通電状態となり、スイッチング素子の温度が上昇してしまうという問題があった。しかし、特許文献1、2には低車速あるいはアクセルホールド状態の際に、スイッチング素子の温度が上昇することについては記載も示唆もない。
【0006】
そこで、本発明は、電動車両において、インバータのスイッチング素子の温度上昇を抑制することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の電動車両は、第1の駆動輪にトルクを出力する同期電動機と、第2の駆動輪にトルクを出力する誘導電動機と、第1の直流電力を前記同期電動機駆動用の交流電力に変換する第1のインバータと、第2の直流電力を前記誘導電動機駆動用の交流電力に変換する第2のインバータと、車両の速度を検出する速度センサと、前記同期電動機と前記誘導電動機から出力されるトルクを変化させる制御部と、を備える電動車両であって、前記制御部は、前記第1の駆動輪または前記第2の駆動輪にトルクが出力されており、かつ、車速がゼロ近傍である場合には、前記同期電動機の出力トルクを前記誘導電動機の出力トルクよりも小さくし、前記第1の駆動輪または前記第2の駆動輪にトルクが出力されており、かつ、前記各駆動輪に出力されたトルクによって前記車両が移動しようとする方向と逆方向に前記車両が所定の速度で移動している場合には、前記同期電動機の出力トルクを前記誘導電動機の出力トルクよりも大きくする出力トルク変更手段を備えること、を特徴とする。
【0008】
本発明の電動車両において、前記所定の速度は、前記誘導電動機の固定子に発生する回転磁界の回転速度がゼロ近傍となる速度であり、前記制御部の前記トルク変更手段は、車両の速度がゼロ近傍から前記所定の速度に向かって前記車両の速度が変化するに応じて、同期電動機の出力トルクを増加させるとともに、誘導電動機の出力トルクを減少されること、としても好適である。
【0009】
本発明の電動車両において、前記制御部の前記トルク変更手段は、前記第1の直流電力の第1の電圧と前記第2の直流電力の第2の電圧との比率に応じて前記同期電動機の出力トルクと前記誘導電動機の出力トルクとの比率を変化させること、としても好適である。
【0010】
本発明の電動車両において、前記第1のインバータは第1のスイッチング素子を含み、前記第2のインバータは第2のスイッチング素子を含み、前記制御部の前記トルク変更手段は、前記第1のスイッチング素子の温度と、前記第2のスイッチング素子の温度に応じて前記同期電動機の出力トルクと前記誘導電動機の出力トルクとの比率を変化させること、としても好適である。
【0011】
本発明の電動車両において、前記制御部の前記トルク変更手段は、車両速度に対する前記同期電動機の出力トルクと前記誘導電動機の出力トルクとの比率を予め定めたマップに基づいて各電動機の目標出力トルクを設定した後、前記第1の直流電力の前記第1の電圧と前記第2の直流電力の前記第2の電圧との比率、または、前記第1のスイッチング素子の温度と前記第2のスイッチング素子の温度に応じて前記各電動機の出力トルクを補正し、補正した後の前記各電動機の目標出力トルクを再設定すること、としても好適である。
【発明の効果】
【0012】
本発明は、電動車両において、インバータのスイッチング素子の温度上昇を抑制することができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の実施形態におけるハイブリッド車両の構成を示す系統図である。
【図2】本発明の実施形態におけるハイブリッド車両の車速に対するトルクと電動機の回転磁界の回転速度の関係を示す説明図である。
【図3】同期電動機と誘導電動機の固定子の回転磁界の回転速度と回転子の回転速度との関係を示す説明図である。
【図4】本発明の実施形態におけるハイブリッド車両の制御ロジック図である。
【図5】本発明の他の実施形態におけるハイブリッド車両の制御ロジック図である。
【図6】本発明の他の実施形態におけるハイブリッド車両の車速に対するトルクの関係を示す説明図である。
【図7】本発明の他の実施形態におけるハイブリッド車両の制御ロジック図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、電動車両の一つであるハイブリッド車両に本発明を適用した実施形態について説明する。図1に示すように、本実施形態のハイブリッド車両100は、エンジン22と、エンジン22の出力軸としてのクランクシャフト26にダンパ28を介して接続された3軸式の遊星歯車装置30と、遊星歯車装置30に接続された発電機51と、遊星歯車装置30に接続されたフロント側駆動輪63a,63bの駆動軸であるリングギヤ軸32aに取り付けられた減速ギヤ35と、この減速ギヤ35に接続された同期電動機52と、リア側駆動輪66a,66bを駆動する誘導電動機53と、充放電可能な二次電池であるバッテリ50と、制御部70と、を備えている。
【0015】
遊星歯車装置30は、外歯歯車のサンギヤ31と、このサンギヤ31と同心円上に配置された内歯歯車のリングギヤ32と、サンギヤ31に噛合すると共にリングギヤ32に噛合する複数のピニオンギヤ33と、複数のピニオンギヤ33を自転かつ公転自在に保持するキャリア34とを備え、サンギヤ31とリングギヤ32とキャリア34とを回転要素として差動作用を行なうよう構成されている。遊星歯車装置30は、キャリア34にはエンジン22のクランクシャフト26が、サンギヤ31には発電機51が、リングギヤ32には車両駆動用動力出力軸であるリングギヤ軸32aを介して減速ギヤ35がそれぞれ連結されており、キャリア34から入力されるエンジン22からの動力をサンギヤ31側とリングギヤ32側にそのギヤ比に応じて分配する。リングギヤ32に出力された動力は、リングギヤ軸32aからフロント側ギヤ機構60およびフロント側ディファレンシャルギヤ62を介して、第1の駆動輪である車両のフロント側駆動輪63a,63bに出力される。
【0016】
減速ギヤ35は、同期電動機52の回転軸48の回転数を減速してリングギヤ軸32aに伝達可能に構成されている。減速ギヤ35は、外歯歯車のサンギヤ36と、このサンギヤ36と同心円上に配置された内歯歯車のリングギヤ37と、サンギヤ36に噛合すると共にリングギヤ37に噛合する複数のピニオンギヤ38と、複数のピニオンギヤ38を自転かつ公転自在に保持するキャリア39とを備える遊星歯車機構として構成されている。減速ギヤ35のサンギヤ36には同期電動機52の回転軸48が、リングギヤ37にはリングギヤ軸32aが接続されている。また、キャリア39はケースに固定されており、その回転が禁止されている。
【0017】
また、ハイブリッド車両100のリア側駆動輪66a,66bを駆動する誘導電動機53の回転軸49はリア側ギヤ機構65及びびリア側ディファレンシャルギヤ67を介して第2の駆動輪であるリア側駆動輪66a,66bに動力を出力するよう構成されている。
【0018】
発電機51,同期電動機52は、ロータに永久磁石が組み込まれた構成となっており、誘導電動機53はロータに永久磁石を用いない構成となっている。同期電動機52は、バッテリ50の電圧を昇圧コンバータ54で昇圧した高圧の電圧VHが入力される第1インバータ41から駆動用電力が供給され、発電機51によって発電された高圧電力は第3インバータ43によって降圧されてバッテリ50に蓄電される。バッテリ50の出力端にはバッテリ50の電圧VBを検出する電圧センサ55が設けられ、昇圧コンバータ54の出力端には昇圧後の電圧VHを検出する電圧センサ56が設けられている。また、誘導電動機53は、バッテリ50の電圧VBがそのまま供給される第2インバータ42から駆動用の電力が供給される。各インバータ41,42,43は内部にそれぞれスイッチング素子を含んでおり、スイッチング素子のオンオフ動作によって直流電力を三相交流電力に変換したり、三相交流電力を直流電力に変換したりする。
【0019】
制御部70は、信号の処理を行うCPU71と、処理プログラムを記憶するROM72と、データを一時的に記憶するRAM73と、トルク変更手段74とを含むコンピュータである。制御部70には、イグニッションスイッチ80からのイグニッション信号,シフトレバー81の操作位置を検出するシフトポジションセンサ82からのシフトポジションSP,アクセルペダル83の踏み込み量を検出するアクセルペダルポジションセンサ84からのアクセル開度Acc,ブレーキペダル85の踏み込み量を検出するブレーキペダルポジションセンサ86からのブレーキペダルポジションBP,車速センサ88からの車速Vなどが入力ポートを介して入力されている。また、エンジン22、各インバータ41,42、43、昇圧コンバータ54はそれぞれ制御部70に接続され、制御部70の指令で駆動されるとともに、各インバータ41,42,43の各スイッチング素子の各温度が制御部70に入力されるよう構成されている。エンジン22に取り付けられているエンジン22のクランクシャフト26の回転位置を検出するクランクシャフト回転位置センサ24、発電機51、同期電動機52、誘導電動機53にそれぞれ取り付けられている回転子位置検出センサ44,45,46は制御部70に接続され、エンジン22の回転数、発電機51、同期電動機52、誘導電動機53の回転子の位置の各信号はそれぞれ制御部70に入力されるよう構成されている。バッテリ50は制御部70に接続され、バッテリ50の温度等のデータが制御部70に入力されるよう構成されている。バッテリ50の出力端の電圧センサ55と昇圧コンバータ54の出力端の電圧センサ56は共に制御部70に接続され、電圧VB、電圧VHが制御部70に入力されるように構成されている。
【0020】
以上のように構成されたハイブリッド車両100の動作について図2〜図4を参照しながら説明する。ハイブリッド車両100は、極低速走行の際にはエンジン22を停止させ、フロント側駆動輪63a,63bは同期電動機52によって駆動され、リア側駆動輪66a,66bは誘導電動機53によって駆動される。図2(a)は、ハイブリッド車両100の車速がゼロ近傍で車両駆動用の要求トルクがTreqである運転状態を示している。この状態は、登坂中にアクセルを踏み込むことによってハイブリッド車両100に加わる後ろ向きの力と各電動機52、53の各出力による前進方向の力とをバランスさせて坂道の途中で停止しているアクセルホールドの状態を示している。また、図中で車速Vがゼロよりも右側の領域は要求トルクTreqがハイブリッド車両100を前進させる方向に加わっているにも関わらず、ハイブリッド車両100が低速で後退している状態、すなわち坂道でアクセルを踏んでいるにも関わらず、ハイブリッド車両100が後ろにずり下がっている状態を示している。また、車速Vがゼロより左側の領域は、要求トルクTreqが加わっているにも関わらず、車速が非常に低い場合、例えば、アクセルを踏みながら急坂をゆっくりと登坂走行している状態を示している。
【0021】
図3(a)に示すように、同期電動機52では、永久磁石が取り付けられた回転子52rは交流電力によって固定子52sに発生する回転磁界の回転速度Rs2と同じ回転速度Rr2で回転する。図1に示すように同期電動機52の回転軸48は減速ギヤ35、リングギヤ軸32a、フロント側ギヤ機構60、フロント側ディファレンシャルギヤ62を介して、ハイブリッド車両100のフロント側駆動輪63a,63bに出力されるので、図2(b)の実線fに示すように、同期電動機52の固定子52sに発生する回転磁界の回転速度Rs2とハイブリッド車両100の速度は比例関係となる。そして、ハイブリッド車両100の車速Vがゼロとなる場合には、同期電動機52の回転磁界の回転速度Rs2も略ゼロとなる。このため、同期電動機52に供給される三相交流電力の周波数がゼロとなり、同期電動機52に三相交流電力を供給する第1インバータ41では、ある一相のスイッチング素子がオンの状態に保持され、そのスイッチング素子の温度が上昇する。しかし、ハイブリッド車両100がずり下る場合には、同期電動機52の回転軸48が後進方向に回転するので、固定子52sの回転磁界も後進方向に向かって回転し、車速Vがゼロの場合にように、第1インバータ41のある一つの相のスイッチング素子がオンの状態に保持され、そのスイッチング素子の温度が上昇することはなくなる。
【0022】
一方、図3(b)に示すように、誘導電動機53では、回転子53rは交流電力によって固定子53sに発生する回転磁界の回転速度Rs3よりも遅い回転速度Rr3で回転する。固定子53sの回転磁界の回転速度Rs3と回転子53rの回転速度Rr3との差はすべり速度Sとなる。図1に示すように誘導電動機53の回転軸49はリア側ギヤ機構65、リア側ディファレンシャルギヤ67を介して、ハイブリッド車両100のリア側駆動輪66a,66bに出力されるので、図2(b)の一点鎖線rに示すように、誘導電動機53の固定子53sに発生する回転磁界の回転速度Rs3はハイブリッド車両100の速度に対応する回転子53rの回転速度Rr3にすべり速度S分だけ早い回転数となる。従って、ハイブリッド車両100の車速Vがゼロの場合でも、誘導電動機53の固定子53sに供給される三相交流電力の周波数はすべり速度Sの分だけ高いのでゼロにはならず、誘導電動機53に三相交流電力を供給する第2インバータ42では、第1インバータ41のように一つの相のスイッチング素子がオンの状態に保持され、そのスイッチング素子の温度が上昇する事はない。ところが、ハイブリッド車両がずり下り、誘導電動機53の回転軸49が後進方向に回転し始めると、固定子53sの回転磁界の速度が次第に遅くなる。そして、回転子53rの回転速度がすべり速度Sで後進方向に回転すると、固定子53sの回転磁界の回転速度Rs3がゼロとなる。このため、図2(b)に示す一点鎖線rのように、車速Vが回転子53rの後進方向への回転速度Rs3がすべり速度Sとなる車速V2になると、誘導電動機53に供給される三相交流電力の周波数がゼロとなり、誘導電動機53に三相交流電力を供給する第2インバータ42では、ある一相のスイッチング素子がオンの状態に保持され、そのスイッチング素子の温度が上昇する。
【0023】
以上説明したように、本実施形態のハイブリッド車両100では、アクセルホールドの状態では同期電動機52に三相交流電力を供給する第1インバータ41の一相のスイッチング素子がオンの状態に保持され、そのスイッチング素子の温度が上昇し、車速Vが誘導電動機53の回転子53rの回転速度Rs3がすべり速度Sとなる車速V2になると、誘導電動機53に三相交流電力を供給する第2インバータ42の一相のスイッチング素子がオンの状態に保持され、そのスイッチング素子の温度が上昇する。そこで、本実施形態のハイブリッド車両100では、図2(a)に示すように、車速Vに応じてフロント側駆動輪63a,63bを駆動する同期電動機52の出力トルク、即ち、フロント側出力トルクTfとリア側駆動輪66a,66bを駆動する誘導電動機53の出力トルク、即ちリア側出力トルクTrの割合を変更して、各インバータ41,42のスイッチング素子の温度上昇を抑制するようにしている。
【0024】
以下に、制御部70の制御動作の一例を示す。制御部70は、シフトポジションセンサ82からのシフトポジションSPが前進になっているか後進になっているかを取得する。そして、シフトポジションSPが前進となっている場合、制御部70は、図4のブロック201に示すように、アクセルペダルポジションセンサ84からのアクセル開度Acc等からハイブリッド車両100の駆動に必要な要求トルクTreqを計算する。また、制御部70は、図4のブロック202に示すように、車速センサ88から車速Vを取得する。そして、制御部70は、図4のブロック203に示すように、ROM72に格納しているマップを参照して、フロント側目標出力トルクTf´、リア側目標出力トルクTr´を設定する。マップは、図2(a)に示すように、車速Vがゼロの場合に要求トルクTreqをリア側目標出力トルクTr´がフロント側目標出力トルクTf´よりも大きい比率、Tr0:Tf0に分割し、車速Vが誘導電動機53の回転子53rの後進方向への回転速度Rs3がすべり速度Sとなる車速V2の場合に要求トルクTreqをリア側目標出力トルクTr´がフロント側目標出力トルクTf´よりも小さい比率、Tr2:Tf2に分割し、車速Vがゼロと車速V2との間にある場合には、リア側目標出力トルクTr´とフロント側目標出力トルクTf´との比率をTr0:Tf0からTr2:Tf2に向かって車速Vに比例して連続的に変化させるものである。図2(a)に示すように、要求トルクTreqが一定の場合、車速Vがゼロの場合にはフロント側目標出力トルクTf´は最小値Tf0となり、リア側目標出力トルクTr´は最大値Tr0となる。逆に、車速V2の場合にはフロント側目標出力トルクTf´は最大値Tf2となり、リア側目標出力トルクTr´は最小値Tr2となる。そして、制御部70は、フロント側目標出力トルクTf´、リア側目標出力トルクTr´に応じて、第1、第2インバータ41,42から同期電動機52、誘導電動機53に出力する電流を増減させる。
【0025】
このため、フロント側駆動輪63a,63bを駆動する同期電動機52に供給する交流電力の周波数がゼロとなる車速ゼロの場合には、第1インバータ41のスイッチング素子に流れる電流を少なくして、その温度上昇を抑制し、リア側駆動輪66a,66bを駆動する誘導電動機53に供給する交流電力の周波数がゼロとなる車速V2の場合には、第2インバータ42のスイッチング素子に流れる電流を少なくして、その温度上昇を抑制するので、ハイブリッド車両100がアクセルホールド状態やずり下がり状態となっても各インバータ41,42のスイッチング素子の温度の上昇を効果的に抑制することができる。
【0026】
本実施形態において、速度ゼロの際のフロント側目標出力トルクTf´は、リア側目標出力トルクTr´より小さければよく、フロント側目標出力トルクTf´をゼロとしてもよい。この場合には、アクセルホールド状態では、第1インバータ41からの出力電流はゼロとなって同期電動機52は駆動されず、リア側駆動輪66a,66bのみが誘導電動機53によって駆動される。また、逆に速度V2の際のリア側目標出力トルクTr´は、フロント側目標出力トルクTf´より小さければよく、リア側目標出力トルクTr´をゼロとしてもよい。この場合には、ずり下がり状態では第2インバータ42からの出力電流はゼロとなって誘導電動機53は駆動されず、フロント側駆動輪63a,63bのみが同期電動機52によって駆動される。
【0027】
本実施形態において、車速Vが図2に示すV1以上の場合には、制御部70はアクセルホールド状態ではなく、第1インバータ41のスイッチング素子の温度上昇は許容範囲内となるものと判断してフロント側目標出力トルクTf´とリア側目標出力トルクTr´との比率を設定する制御から運転者の運転操作に基づいて燃費が最適となるような制御に移行する。また、同様にずり下がりの車速がV2以上となった場合も同様である。
【0028】
また、以上説明した本実施形態では、車速Vに応じて要求トルクTreqをリア側目標出力トルクTr´とフロント側目標出力トルクTf´に分割するマップを用いることとして説明したが、車速Vではなく、同期電動機52、誘導電動機53の回転子位置検出センサ45,46によって、同期電動機52あるいは誘導電動機53の回転数を検出し、この回転数に応じて要求トルクTreqをリア側目標出力トルクTr´とフロント側目標出力トルクTf´に分割するマップを用いることとしてもよい。
【0029】
次に図6、図7を参照して本発明の他の実施形態について説明する。本実施形態は、先に説明した実施形態と同様に車速Vに応じて設定したフロント側目標出力トルクTf´とリア側目標出力トルクTr´を第1インバータ41、第2インバータ42への入力電圧によって補正して再設定し、その再設定したフロント側目標出力トルクTf´とリア側目標出力トルクTr´に応じて第1インバータ41,第2インバータ42からの各出力電流を増減させるものである。
【0030】
制御部70は、先に説明した実施形態と同様、図5のブロック301からブロック303に示すように、要求トルクTreqと車速Vとマップとに基づいてフロント側目標出力トルクTf´とリア側目標出力トルクTr´とを設定する。例えば、図6(a)に示すように、車速VがV3である場合、フロント側目標出力トルクTf´をTf3´、リア側目標出力トルクTr´をTr3´に設定する。次に、制御部70は、図5のブロック306に示すように、図1に示す電圧センサ56から第1インバータ41に入力される昇圧後の電圧VHを取得し、図5のブロック307に示すように、図1に示す電圧センサ55から第2インバータ42に入力される電圧VBを取得する。図6(b)に示すように、制御部70は、電圧VHと電圧VBとからフロント側目標出力トルクTf3´の補正係数Kfを、
Kf=VB/(VH+VB) ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ (式1)
によって計算し、リア側目標出力トルクTr3´の補正係数Krを、
Kr=VH/(VH+VB) ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ (式2)
によって計算する。そして、図5に示すように、各補正係数Kf、Krを設定したフロント側目標出力トルクTf3´、リア側目標出力トルクTr3´にかけて各目標トルクを補正する。この補正によって、フロント側目標出力トルクTf3´は当初設定したフロント側目標出力トルクTf3´よりも小さくなり、リア側目標出力トルクTr3´は当初設定したリア側目標出力トルクTr3´よりも大きくなり、図6(a)に示すフロント側目標出力トルクTf3´とリア側目標出力トルクTr3´との分割点P3は図6(c)に示すフロント側目標出力トルクTf3´とリア側目標出力トルクTr3´との分割点P3´のように変化する。そして、制御部70は、補正後のフロント側目標出力トルクTf3´、リア側目標出力トルクTr3´によって第1インバータ41、第2インバータ42の出力電流を増減する。
【0031】
これによって、入力電圧が低圧の電圧VBでスイッチング素子のスイッチング損失の小さい第2インバータ42の出力電流の割合をより大きくし、入力電圧が昇圧後の電圧VHでスイッチング素子のスイッチング損失が大きい第1インバータ41の出力電流の割合を小さくすることによって、より効果的にスイッチング素子の温度上昇を抑制することができる。
【0032】
本実施形態では補正係数Kf,Krは上記の式1、式2によって計算するものとして説明したが、ROM72の中に各補正係数のマップを格納しておき、そのマップから補正係数Kf,Krを設定するようにしてもよい。
【0033】
図7を参照して本発明の他の実施形態について説明する。本実施形態は、先に図1から図4を参照して説明した実施形態と同様に車速Vに応じて設定したフロント側目標出力トルクTf´とリア側目標出力トルクTr´を第1インバータ41、第2インバータ42のスイッチング素子の温度によって補正して再設定し、その再設定したフロント側目標出力トルクTf´とリア側目標出力トルクTr´に応じて第1インバータ41,第2インバータ42からの各出力電流を増減させるものである。
【0034】
制御部70は、先に説明した実施形態と同様、図7ブロック401からブロック403に示すように、要求トルクTreqと車速Vとマップに基づいてフロント側目標出力トルクTf´とリア側目標出力トルクTr´とを設定する。次に、制御部70は、図7のブロック407に示すように、第1インバータ41のスイッチング素子の温度を取得し、ブロック406に示す第1インバータ41のスイッチング素子の上限温度との温度差ΔTfを計算し、ブロック408に入力する。また、制御部70は、図7のブロック410に示すように、第2インバータ42のスイッチング素子の温度を取得し、ブロック409に示す第2インバータ42のスイッチング素子の上限温度との温度差ΔTrを計算し、ブロック411に入力する。また、制御部は計算した各温度差ΔTfとΔTrとの和(ΔTf+ΔTr)を計算してブロック408,411に入力する。制御部70はブロック408に示すように、温度差ΔTfと(ΔTf+ΔTr)とからフロント側目標出力トルクTf3´の補正係数Kfを、
Kf=ΔTf/(ΔTf+ΔTr) ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ (式3)
によって計算し、リア側目標出力トルクTr3´の補正係数Krを、
Kr=ΔTr/(ΔTf+ΔTr) ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ (式4)
によって計算する。そして、図7に示すように、各補正係数Kf、Krを設定したフロント側目標出力トルクTf3´、リア側目標出力トルクTr3´にかけて各目標トルクを補正する。この補正によって、スイッチング素子の温度と素子の上限温度の差が小さい方の目標出力トルクを小さくし、スイッチング素子の温度と素子の上限温度の差が大きい方の目標出力トルクを大きくすることができる。従って、本実施形態は、スイッチング素子の温度の上昇を抑制すると共に、スイッチング素子の温度が上限温度近くまで高くなっている方のインバータから出力する電流を小さくし、スイッチング素子の温度が上限温度に対して余裕のある方のインバータから出力する電流を大きくし、各スイッチング素子の温度上昇を均等化して一方のインバータのスイッチング素子の温度が上昇してしまわないようにすることができる。
【0035】
本実施形態では、車速Vに応じて設定したフロント側目標出力トルクTf´とリア側目標出力トルクTr´を第1インバータ41、第2インバータ42のスイッチング素子の温度によって補正して再設定することとして説明したが、先に図5、図6を参照して説明した実施形態のように各インバータ41,42の入力電圧に基づいて計算した補正係数を更に掛け合わせて補正するようにしてもよい。
【符号の説明】
【0036】
22 エンジン、24 クランクシャフト回転位置センサ、26 クランクシャフト、28 ダンパ、30 遊星歯車装置、31 サンギヤ、32 リングギヤ、32a リングギヤ軸、33 ピニオンギヤ、34 キャリア、35 減速ギヤ、36 サンギヤ、37 リングギヤ、38 ピニオンギヤ、39 キャリア、41 第1インバータ、42 第2インバータ、43 第3インバータ、44,45,46 回転子位置検出センサ、48,49 回転軸、50 バッテリ、51 発電機、52 同期電動機、52r,53r 回転子, 52s,53s 固定子、53 誘導電動機、54 昇圧コンバータ、55,56 電圧センサ、60 フロント側ギヤ機構、62 フロント側ディファレンシャルギヤ、63a,63b フロント側駆動輪、65 リア側ギヤ機構、66a,66b リア側駆動輪、67 リア側ディファレンシャルギヤ、70 制御部、74 トルク変更手段、80 イグニッションスイッチ、81 シフトレバー、82 シフトポジションセンサ、83 アクセルペダル、84 アクセルペダルポジションセンサ、85 ブレーキペダル、86 ブレーキペダルポジションセンサ、88 車速センサ、100 ハイブリッド車両、Kf,Kr 補正係数、S すべり速度、Tf フロント側出力トルク、Tf´ フロント側目標出力トルク、Tr リア側出力トルク、Tr´ リア側目標出力トルク、Treq 要求トルク、V 車速、VB,VH 電圧、ΔTf,ΔTr 温度差。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の駆動輪にトルクを出力する同期電動機と、
第2の駆動輪にトルクを出力する誘導電動機と、
第1の直流電力を前記同期電動機駆動用の交流電力に変換する第1のインバータと、
第2の直流電力を前記誘導電動機駆動用の交流電力に変換する第2のインバータと、
車両の速度を検出する速度センサと、
前記同期電動機と前記誘導電動機から出力されるトルクを変化させる制御部と、
を備える電動車両であって、
前記制御部は、
前記第1の駆動輪または前記第2の駆動輪にトルクが出力されており、かつ、車速がゼロ近傍である場合には、前記同期電動機の出力トルクを前記誘導電動機の出力トルクよりも小さくし、
前記第1の駆動輪または前記第2の駆動輪にトルクが出力されており、かつ、前記各駆動輪に出力されたトルクによって前記車両が移動しようとする方向と逆方向に前記車両が所定の速度で移動している場合には、前記同期電動機の出力トルクを前記誘導電動機の出力トルクよりも大きくする出力トルク変更手段を備えること、
を特徴とする電動車両。
【請求項2】
請求項1に記載の電動車両であって、
前記所定の速度は、前記誘導電動機の固定子に発生する回転磁界の回転速度がゼロ近傍となる速度であり、
前記制御部の前記トルク変更手段は、
車両の速度がゼロ近傍から前記所定の速度に向かって前記車両の速度が変化するに応じて、同期電動機の出力トルクを増加させるとともに、誘導電動機の出力トルクを減少されること、
を特徴とする電動車両。
【請求項3】
請求項2に記載の電動車両であって、
前記制御部の前記トルク変更手段は、
前記第1の直流電力の第1の電圧と前記第2の直流電力の第2の電圧との比率に応じて前記同期電動機の出力トルクと前記誘導電動機の出力トルクとの比率を変化させること、
を特徴とする電動車両。
【請求項4】
請求項2または3に記載の電動車両であって、
前記第1のインバータは第1のスイッチング素子を含み、
前記第2のインバータは第2のスイッチング素子を含み、
前記制御部の前記トルク変更手段は、
前記第1のスイッチング素子の温度と前記第2のスイッチング素子の温度に応じて前記同期電動機の出力トルクと前記誘導電動機の出力トルクとの比率を変化させること、
を特徴とする電動車両。
【請求項5】
請求項2に記載の電動車両であって、
前記制御部の前記トルク変更手段は、
車両速度に対する前記同期電動機の出力トルクと前記誘導電動機の出力トルクとの比率を予め定めたマップに基づいて各電動機の目標出力トルクを設定した後、
前記第1の直流電力の前記第1の電圧と前記第2の直流電力の前記第2の電圧との比率、または、前記第1のスイッチング素子の温度と前記第2のスイッチング素子の温度に応じて前記各電動機の出力トルクを補正し、補正した後の前記各電動機の目標出力トルクを再設定すること、
を特徴とする電動車両。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2011−250499(P2011−250499A)
【公開日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−118012(P2010−118012)
【出願日】平成22年5月24日(2010.5.24)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】