説明

電極、電池およびその処理方法

【課題】有価物の回収に適した非水系電池用電極、該電極を備えた電池、ならびに該電池から有価物を効率よく回収する処理方法を提供する。
【解決手段】本発明により提供される電極32は、金属製の集電部材322と、その表面に設けられた導電性中間膜323と、該中間膜を介して上記集電部材に保持された活物質層324とを備える。中間膜323は、導電材粉末と、以下の水溶性セルロース誘導体:置換度が2以上のカルボキシメチルセルロース;置換モル数が2以上のヒドロキシエチルセルロース;置換モル数が2以上のヒドロキシプロピルセルロース;から選択される一種または二種以上とを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非水系電池(非水系電解質を備えた電池、例えばリチウムイオン電池)から有価物を回収する技術に関する。より具体的には、有価物の回収に適した構成を有する電極、該電極を用いて構築された非水系電池、ならびに該電池から有価物を回収する際の処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電荷担体として機能する化学種を放出し得る材料を集電体(典型的にはシート状)に保持した構成の電極が知られている。この種の電極の一例として、該化学種を可逆的に吸蔵および放出し得る材料(活物質)を金属部材に保持した構成の二次電池用電極が挙げられる。かかる電極は、対極との間に介在された電解質(典型的には非水電解質)を通じてリチウムイオンが行き来することにより充放電するリチウムイオン電池の構成要素として好ましく使用され得る。集電体に活物質を保持させる代表的な方法として、該活物質の粉末を適当な液状媒体に分散させたペーストまたはスラリー状の組成物(活物質組成物)を集電体に付与して活物質主体の層(活物質層)を形成する方法が挙げられる。ここで使用する活物質組成物としては、環境負荷の軽減、材料費の低減、設備の簡略化、廃棄物の減量、取扱性の向上等の観点から、上記媒体(活物質粉末等の分散媒)を構成する溶媒が水系溶媒であるものが好ましい。水系の活物質組成物を用いた非水系電池に関連する従来技術文献として特許文献1および2が例示される。
【0003】
しかし、活物質の内容によっては、水系組成物の使用により電池容量の低下あるいは初期内部抵抗の増大による放電特性の低下といった問題が生じ得る。これらは組成物中に含まれる活物質と水との反応に起因し得る。例えば、正極活物質としてリチウムニッケル系酸化物等のリチウム遷移金属酸化物(リチウムと一種または二種以上の遷移金属元素とを構成金属元素として含む酸化物をいう。以下同じ。)を用いる場合、水系溶媒に分散した正極活物質の表面でプロトンとリチウムイオンの交換反応が生じ、その結果として水系活物質組成物のpHが高い値(すなわちアルカリ性)となり得る。かかる高pHの水系活物質組成物を正極集電体(例えばアルミニウム製)に付与すると、該集電体の表面に高電気抵抗性を示す化合物(例えば酸化物、水酸化物)が生成しやすくなることがある。このような高電気抵抗性化合物(以下、高抵抗物質ともいう。)の生成は、電池の初期内部抵抗増大の要因(ひいては、高出力化を妨げる要因)となり得る。この点に関し、特許文献1に記載の技術では、金属製集電体の表面にポリフッ化ビニリデン等の有機溶剤可溶性ポリマー(結着材)と導電材とを含む層(導電層)を設け、該層の上から水系活物質組成物を付与することにより該組成物と金属製集電体との直接接触を阻止し、これにより上記高抵抗物質が生成する事象を回避して電池特性の向上を図っている。
【0004】
【特許文献1】特開2006−4739号公報
【特許文献2】特開2006−196205号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
一方、資源の有効利用や原料コスト低減等のために、使用済みの電池から有価物を回収する技術が種々検討されている。例えば、金属製の集電部材(金属部材)に活物質層が保持された構成の電極から該部材を単独で(すなわち、他の電極構成材料と分別された状態で)回収するにあたり、この回収操作をより効率よく、あるいは環境負荷を抑えて行う技術が望まれている。車両の動力源として用いられる二次電池(例えばリチウムイオン電池)は、一般に大面積の電極を備え、且つ典型的には複数の電池を接続した組電池の形態で使用されるため電池の使用個数が多いことから、上記技術に対する要請が特に大きい。一般に、水系の活物質組成物から形成された活物質層が金属製集電部材に保持されたタイプの電極は、水を利用した処理によって該部材の表面から付着物(ここでは活物質層)を離れさせ、該金属部材を単独で回収するのに適している。したがって、水系の活物質組成物は、電極の製造時のみならず、該電極から有価物を回収する際にも環境負荷が少なく好ましい。
【0006】
ところが、水系組成物を用いてなる活物質層を備えた電極において、電池性能の向上を目指して活物質層と金属製集電部材との間に導電層(高抵抗物質生成防止用の中間膜)を介在させた構成を採用すると、水を利用して集電部材表面から付着物を離れさせるという上記処理が十分に機能し難くなる場合があった。その結果、かかる構成の電極を備える電池では有価物(集電部材として用いられた金属部材、活物質の構成元素である遷移金属元素等)の回収操作が煩雑になることがあった。
【0007】
本発明の目的は、金属製集電部材の表面に設けられた導電性中間膜を介して該部材に活物質層が保持された構成の電極であって、有価物の回収に適した電極を提供することである。本発明の他の目的は、かかる電極を備えた電池を提供することである。さらに他の目的は、上記電池から有価物を効率よく回収するための処理方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、金属製集電部材と活物質層との間に導電性中間膜が介在された電極において、該中間膜の構成成分として特定の水溶性有機高分子材料を用いることにより上記課題を解決し得ることを見出して本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明によると、電池用の電極が提供される。その電極は、金属製の集電部材と、該部材の表面に設けられた導電性中間膜と、該中間膜を介して前記集電部材に保持された活物質層とを備える。前記中間膜は、導電材粉末(例えばカーボン粉末)を含む。また、該中間膜は、以下の水溶性セルロース誘導体:
(1)置換度(DS)が2以上のカルボキシメチルセルロース;
(2)置換モル数(MS)が2以上のヒドロキシエチルセルロース;および、
(3)置換モル数(MS)が2以上のヒドロキシプロピルセルロース;
から選択される一種または二種以上をさらに含む。
【0010】
かかる構成の電極は、中間膜の結着剤として水溶性の材料(すなわち、上記水溶性セルロース誘導体)が用いられているので、該電極を水で処理する(例えば、水に漬けて超音波振動を加える)ことにより、上記水溶性セルロース誘導体の親水性を利用して上記中間膜と集電基材との接着強度を低減させ、前記中間膜および該膜を介して設けられた活物質層を集電部材(典型的にはシート状の金属部材、例えばアルミニウム箔)の表面から効果的に離れさせることができる。このことは、環境負荷を抑えつつ該電極から有価物を効率よく回収するのに好適である。すなわち、上記電極は、有価物の回収性(該電極のリサイクル性としても把握され得る。)に優れる。また、上記(1)〜(3)の水溶性セルロース誘導体は比較的良好な耐アルカリ性を示し、例えば、DSまたはMSの値がより低いセルロース誘導体に比べてアルカリ性(特にpH12以上の高pH)の水への溶解速度がより遅い。したがって、上記活物質層が例えば上記中間膜の上からアルカリ性の水系活物質組成物を塗布・乾燥して形成されたものであっても、上記中間膜により該組成物と集電部材との直接接触が適切に阻止され得るので、上記高抵抗物質の生成が高度に抑制された電極であり得る。かかる高抵抗物質の生成抑制効果および電池性能を考慮して、上記中間膜の厚みは例えば凡そ3μm〜10μm程度であることが好ましい。また、前記導電性粉末と前記セルロース誘導体との合計量に占める前記セルロース誘導体の割合が固形分基準で凡そ1.5〜15質量%である中間膜が好ましい。
【0011】
なお、本明細書において「電池」とは、電気エネルギーを取り出し可能な蓄電デバイス一般を指す用語であって、二次電池(リチウムイオン電池、金属リチウム二次電池、ニッケル水素電池、ニッケルカドミウム電池等のいわゆる蓄電池ならびに電気二重層キャパシタ等の蓄電素子を包含する。)および一次電池を含む概念である。
【0012】
好ましい一態様では、前記活物質層が、前記中間膜の上から前記集電部材に水系活物質形成用組成物(典型的には、活物質粉末と、結着剤として機能し得る水溶性ポリマーと、必要に応じて添加される導電材粉末とを含む。)を付与してなる活物質層である。かかる組成物から形成された活物質層を備える電極は、水による処理を利用して有価物を回収するのに適しているので好ましい。例えば、上記電極を水に浸漬して超音波振動を加えることにより、活物質層構成材料を水中に分散させることができる。このことは、例えば、活物質層構成材料を集電部材から分別し、必要に応じてさらに精製等の処理を加えるにあたって都合がよい。また、水系の活物質組成物の使用は、該組成物の原料コストの低減、該組成物の取り扱い(製造、搬送、使用等)を行う設備に係る費用の低減、組成物の製造および活物質層の形成に伴う環境負荷の低減等の観点からも好ましい。
【0013】
ここに開示される技術の好ましい一態様は、上記活物質としてリチウム遷移金属酸化物が用いてなる電極である。例えば、該酸化物を構成する主たる遷移金属元素がニッケル、コバルトおよびマンガンのいずれかであるリチウム遷移金属酸化物を活物質に用いた電極(典型的には正極)に好ましく適用され得る。このような化合物は、リチウムイオン電池の電極活物質として優れた特性を発揮し得る一方、水系の活物質組成物を調製した場合に該組成物の液性をアルカリ性にシフトさせやすい。したがって、中間膜を介して活物質層を形成する上記構成の採用が特に有意義である。
【0014】
かかる構成の電極は、リチウムイオン電池その他の非水系電池(典型的には二次電池)の構成要素として好ましく使用され得る。特に、自動車等の車両に搭載されるモーター(電動機)の電源として利用されるリチウムイオン電池用の正極として好適である。したがって、本発明によると、ここに開示されるいずれかの電極を備えた非水系電池(例えば、上記電極を正極に用いて構築されたリチウムイオン電池)が提供される。また、かかる非水系電池を動力源として備えた車両が提供される。
【0015】
ここに開示される発明は、他の観点として、ここに開示されるいずれかの電極を製造する方法を提供する。その方法は:
表面に導電性中間膜を有する金属製集電部材を用意(作製、購入等)すること、ここで、前記中間膜は、導電材粉末と、上記(1)〜(3)から選択される一種または二種以上の水溶性セルロース誘導体とを含む;
該中間膜の上から上記集電部材に水系活物質組成物を付与(典型的には塗布)すること;および、
その付与された組成物を乾燥させて活物質層を形成すること;
を包含する。かかる方法により製造された電極は、集電部材等の有価物の回収性(リサイクル性)に優れるので好ましい。上記方法は、活物質としてリチウム遷移金属酸化物を用いた電極(典型的には、リチウムイオン電池用正極)の製造方法として好適である。集電部材としては、シート状のアルミニウム材(アルミニウム箔)を好ましく使用し得る。
【0016】
本発明によると、また、非水系電池を処理する方法が提供される。その方法は、金属製集電部材と、該集電部材の表面に設けられた導電性中間膜と、該中間膜を介して前記集電部材に保持された活物質層と、を備えた電極を有する非水系電池を用意することを包含する。ここで、前記中間膜は、導電材粉末(例えばカーボン粉末)と、水溶性セルロース誘導体とを含有する。上記方法は、また、前記電極に水を接触させることを包含する。また、前記集電部材の表面から前記中間膜を離れさせることを包含する。この方法は、例えば、上記(1)〜(3)から選択される一種または二種以上の水溶性セルロース誘導体を含む中間膜を備えた電極または該電極を備えた電池の処理に好ましく適用され得る。
かかる方法によると、水を利用した処理によって、前記中間膜および該膜を介して設けられた活物質層を、集電部材の表面から効果的に離れさせることができる。したがって、環境負荷を抑えつつ上記電極から有価物を効率よく回収し得る。
【0017】
なお、上記電極は、他の電池構成部材から分別した状態で水に接触させることが好ましい。本発明は、他の観点として、上記非水系電池を構成する電極を処理する方法を提供する。また、ここに開示されるいずれかの処理方法は、非水系電池または該電池用の電極から有価物を回収する過程の少なくとも一部として好適に利用され得る。したがって、上記処理方法は、非水系電池または該電池用電極のリサイクル方法として把握され得る。
【0018】
前記集電部材の表面から前記中間膜を離れさせるには、例えば、前記電極を水に浸漬した状態で該電極に超音波振動を付与するとよい。水溶性ポリマーを結着剤に用いてなる活物質層を備えた電極が処理対象である場合には、上記超音波振動を利用して活物質層構成材料を水中に分散させ得ることから、かかる態様を採用することが特に好ましい。
【0019】
ここに開示される方法は、前記中間膜が表面から離れた集電部材を前記中間膜構成材料および前記活物質層構成材料から分別して回収することをさらに含む態様で好ましく実施され得る。回収された集電部材は、取扱性のよい固体状の金属部材として、そのまま、あるいは必要に応じて簡単な後処理を施して、有効に再利用され得る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明の好適な実施形態を説明する。なお、本明細書において特に言及している事項以外の事柄であって本発明の実施に必要な事柄は、当該分野における従来技術に基づく当業者の設計事項として把握され得る。本発明は、本明細書に開示されている内容と当該分野における技術常識とに基づいて実施することができる。
【0021】
ここに開示される技術は、例えば、集電部材に活物質層が保持された構成の電極であって該活物質層の形成に水系の活物質組成物を用いる場合に該組成物の液性がアルカリ性となりやすい活物質(典型的には、水と接触してその液性をアルカリ側にシフトさせ得る活物質)を備えた各種の電極、該電極を備えた電池およびその処理に好ましく適用され得る。上記活物質の代表例として、リチウムニッケル系酸化物、リチウムコバルト系酸化物、リチウムマンガン系酸化物等のリチウム遷移金属酸化物が挙げられる。
電極を構成する集電体のうち金属部(集電基材)の材質が、アルカリ性の水系組成物と接触することにより表面に高電気抵抗性を示す化合物を生成し得る材質である場合には、ここに開示される技術を適用することによる効果が特によく発揮され得る。かかる材質の代表例として、アルミニウム(Al)、アルミニウムを主成分とする合金(Al合金)等のAl材料が挙げられる。他の例として、亜鉛(Zn)、スズ(Sn)等の両性金属およびこれらの金属のいずれかを主成分とする合金が挙げられる。
【0022】
電極を構成する集電部材の形状は、該電極を用いて構築される電池(典型的には二次電池)の形状等に応じて異なり得るため特に制限はなく、棒状、板状、シート状、箔状、メッシュ状等の種々の形状であり得る。ここに開示される技術は、例えばシート状もしくは箔状の集電部材を用いた電極に好ましく適用することができる。かかる電極を用いて構築される電池の好ましい一態様として、シート状の正極および負極を典型的にはシート状のセパレータとともに捲回してなる電極体(捲回電極体)を備える電池が挙げられる。該電池の外形は特に限定されず、例えば直方体状、扁平形状、円筒状等の外形であり得る。
【0023】
ここに開示される技術が好ましく適用される電極の典型例として、リチウム遷移金属酸化物を活物質とし、該活物質を主成分とする活物質層が導電性中間膜を介してAl材料製の集電部材に保持された構成のリチウムイオン電池用正極が挙げられる。以下、主としてリチウムイオン電池用正極、該正極を用いてなるリチウムイオン電池およびその処理に適用する場合を例として本発明をより詳しく説明するが、本発明の適用対象をかかる電極または電池に限定する意図ではない。
【0024】
リチウムイオン電池用正極の活物質(活物質層の主成分)たるリチウム遷移金属酸化物(典型的には粒子状)としては、この種のリチウムイオン電池の正極活物質として機能し得る層状構造の酸化物あるいはスピネル構造の酸化物を適宜選択して使用することができる。例えば、リチウムニッケル系酸化物、リチウムコバルト系酸化物およびリチウムマンガン系酸化物から選択される一種または二種以上のリチウム遷移金属酸化物の使用が好ましい。ここに開示される技術の特に好ましい適用対象は、正極活物質としてリチウムニッケル系酸化物を用いてなる(典型的には、正極活物質が実質的にリチウムニッケル系酸化物からなる)正極である。リチウムニッケル系酸化物は、リチウムコバルト系酸化物やリチウムマンガン系酸化物に比べて、水系溶媒に分散された場合にLiがより溶出しやすい(したがって水性活物質組成物の液性をアルカリ側にシフトさせる作用が強い)傾向にある。したがって、正極活物質としてリチウムニッケル系酸化物を用いる電極の製造においては、ここに開示される方法を適用することによる効果が特によく発揮され得る。
【0025】
ここで「リチウムニッケル系酸化物」とは、LiとNiとを構成金属元素とする酸化物の他、LiおよびNi以外に他の一種または二種以上の金属元素(すなわち、LiおよびNi以外の遷移金属元素および/または典型金属元素)をNiよりも少ない割合(原子数換算。LiおよびNi以外の金属元素を二種以上含む場合にはそれらのいずれについてもNiよりも少ない割合)で含む複合酸化物をも包含する意味である。かかる金属元素は、例えば、Co,Al,Mn,Cr,Fe,V,Mg,Ti,Zr,Nb,Mo,W,銅,Zn,Ga,In,Sn,LaおよびCeからなる群から選択される一種または二種以上の元素であり得る。同様に、「リチウムコバルト系酸化物」とはLiおよびCo以外に他の一種または二種以上の金属元素をCoよりも少ない割合で含む複合酸化物をも包含する意味であり、「リチウムマンガン系酸化物」とはLiおよびMn以外に他の一種または二種以上の金属元素をMnよりも少ない割合で含む複合酸化物をも包含する意味である。
【0026】
このようなリチウム遷移金属酸化物(典型的には粒子状)としては、例えば、従来公知の方法で調製・提供されるリチウム遷移金属酸化物粉末(以下、活物質粉末ということもある。)をそのまま使用することができる。例えば、平均粒径が凡そ1μm〜30μm(典型的には凡そ2μm〜20μm)の範囲にある二次粒子によって実質的に構成されたリチウム遷移金属酸化物粉末を好ましく採用することができる。
【0027】
ここに開示される方法に使用される活物質組成物は、このような活物質が水系溶媒に分散した形態の水系組成物であり得る。また、ここに開示される電極の活物質層は、かかる水系組成物を用いて形成されたものであり得る。ここで「水系溶媒」とは、水または水を主体とする混合溶媒を指す概念である。該混合溶媒を構成する水以外の溶媒としては、水と均一に混合し得る有機溶剤(低級アルコール、低級ケトン等)の一種または二種以上を適宜選択して用いることができる。例えば、該水系溶媒の凡そ80質量%以上(より好ましくは凡そ90質量%以上、さらに好ましくは凡そ95質量%以上)が水である水系溶媒の使用が好ましい。特に好ましい例として、実質的に水からなる水系溶媒が挙げられる。特に限定するものではないが、活物質組成物の固形分濃度(不揮発分、すなわち活物質層形成成分の割合)は、例えば凡そ40〜60質量%程度であり得る。
【0028】
上記活物質組成物は、典型的には、活物質および水系溶媒の他に、該組成物から形成される活物質層の導電性を高めるための導電材を含有する。かかる導電材としては、例えばカーボン粉末やカーボンファイバー等のカーボン材料が好ましく用いられる。カーボン粉末の例としては、アセチレンブラック、ファーネスブラック、ケッチェンブラック等のような種々のカーボンブラック、鱗状黒鉛等のグラファイト粉末、等が挙げられる。例えば、構成粒子(典型的には一次粒子)の平均粒径が凡そ10nm〜200nm(例えば凡そ20nm〜100nm)の範囲にあるカーボン材料(例えば、アセチレンブラック等の粒状カーボン材料)を好ましく使用することができる。あるいは、ニッケル粉末等の導電性金属粉末等を用いてもよい。このような導電材は、一種を単独で使用してもよく、二種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0029】
その他、活物質組成物は、一般的な電池用電極の製造において活物質層の形成に用いられる組成物(典型的には水系組成物)に配合され得る一種または二種以上の材料を必要に応じて含有することができる。そのような材料の例として、活物質の結着剤(バインダ)として機能し得る各種のポリマー材料が挙げられる。水に溶解または分散するポリマー材料の使用が好ましい。例えば、水溶性のポリマー材料として、カルボキシメチルセルロース(CMC;典型的にはナトリウム塩。)、ヒドロキシエチルセルロース(HEC)、ヒドロキシプロピルセルロース(HPC)、メチルセルロース(MC)、酢酸フタル酸セルロース(CAP)、ヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)、ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート(HPMCP)等のセルロース誘導体;ポリビニルアルコール(PVA);等が挙げられる。これらのうちセルロース誘導体(例えばCMC)を好ましく採用し得る。また、水分散性のポリマー材料としては、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重含体(PFA)、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)等のフッ素系樹脂、酢酸ビニル共重合体、スチレンブタジエンブロック共重合体(SBR)、アクリル酸変性SBR樹脂(SBR系ラテックス)、アラビアゴム等のゴム類が例示される。なかでもPTFE等のフッ素系樹脂を好ましく使用し得る。このようなポリマー材料は、一種を単独で用いてもよく、二種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0030】
活物質層全体に占める活物質の割合は、凡そ50質量%以上(典型的には50〜95質量%)であることが好ましく、凡そ75〜90質量%であることがより好ましい。導電材を含む組成の活物質層では、該活物質層に占める導電材の割合を例えば凡そ3〜25質量%とすることができ、凡そ3〜15質量%とすることが好ましい。この場合において、該活物質層に占める活物質の割合は凡そ80〜95質量%(例えば85〜95質量%)とすることが適当である。また、活物質および導電材以外の活物質層形成成分(例えばポリマー材料)を含有する組成物では、それら任意成分(二種以上の任意成分を含む場合にはそれらの合計量)が活物質層形成成分全体に占める割合を凡そ7質量%以下とすることが好ましく、凡そ5質量%以下(例えば凡そ1〜5質量%)とすることがより好ましい。上記任意成分として少なくとも水溶性ポリマー(セルロース誘導体等)を含有する組成の活物質層が好ましい。
【0031】
ここに開示される技術は、活物質が主としてリチウムニッケル系酸化物である電極および該電極を備える電池に対して好ましく適用され得る。車両(例えばハイブリッド車)の動力源として用いられる電池用の活物質では、その使用量が多いため、材料コスト、供給安定性、リサイクル性等の観点から、かかるリチウム遷移金属酸化物を採用することが特に有意義である。リチウムニッケル系酸化物としては、一般式LiNiO,LiNi(1−x)Co,LiNi(1−x−y)CoAl等で表わされるものを用いることができる。このようなリチウムニッケル系酸化物は、例えば、目的物の組成に対応するリチウム遷移金属水酸化物、すなわちLiNi(OH),LiNi(1−x)Co(OH),LiNi(1−x−y)CoAl(OH)等と、水酸化リチウム(LiOHまたはLiOH・HO)とを混合して前駆体を調製し、この前駆体を酸化性雰囲気の高温熱処理炉中で加熱反応させることにより合成することができる。
【0032】
かかるリチウム遷移金属酸化物前駆体を調製する際、Li以外の金属元素の合計量に対し、Liを理論反応比よりもやや過剰に(例えば、Li以外の金属元素の合計量(モル数)を1としてLiの量が1.02〜1.15程度となるように)混合するとよい。このことによって、例えば上記前駆体を粒子状に調製(造粒)した場合において、該粒子の表面から芯部までLi元素をより均一に拡散させることができる。好ましい一態様では、上記前駆体を酸化性雰囲気下にて合成条件を制御しつつ加熱してリチウム遷移金属酸化物を合成した後、これを乾燥雰囲気下において解砕し、適当なサイズに(例えば、平均粒子径5〜30μm程度に)整粒して活物質粉末を得る。得られた活物質粉末は密封して保管することが好ましい。このようにLiを過剰に使用して合成されたリチウム遷移金属酸化物は、理論反応比のLiを使用して得られた酸化物に比べて、より良好な電池特性(例えば、低温出力特性、放電容量、高率充電特性等の充放電特性)を示すものとなり得る。
【0033】
一方、上述したように、リチウム遷移金属酸化物(例えばニッケル系酸化物)が水系溶媒に分散した水系活物質組成物はアルカリ性となりやすい。かかる組成物をAl製の集電部材に直接塗布すると、該集電部材を構成するAlが水酸化物イオン(OH)および水に接触することにより、下記式(I)で示す反応が進行し得る。
2Al+LiOH+4HO→Al(OH)+LiAlO+3H↑ (I)
上記反応が進行すると、該反応により生じた高抵抗物質(ここではAl(OH)、LiAlO)によって集電部材の表面に抵抗層が形成され得る。また、上記反応により生じた水素ガスは、活物質層中に気泡跡を残して該活物質層の密度を低下させることにより、電池特性を低下させる要因となり得る。
【0034】
上記のようにLiリッチの条件で合成されたリチウム遷移金属酸化物は、理論反応比で合成されたリチウム遷移金属酸化物に比べて、該酸化物を用いて調製された水系活物質層形成用組成物のpHが高くなりがちである。これは、過剰に使用されたLiが水に溶出することによるものと考えられる。例えば、Liリッチの条件で合成したリチウムニッケル系酸化物を用いて調製した水系組成物のpHは10以上となることが多い。特に、理論反応比の1.05倍量またはそれ以上(例えば1.05〜1.15倍程度)のLiを使用して合成された酸化物では、上記水系組成物がpH12以上の強アルカリ性となりやすい。したがって、水系の活物質組成物を用いてなる電極を備えた電池の製造においてLiリッチの条件で合成されたリチウム遷移金属酸化物を用いると、上記(I)の反応が特に起こりやすくなること等により、所望の電池性能向上効果が実現され難くなる傾向にあった。換言すれば、Liリッチの条件で合成されたリチウム遷移金属酸化物は、水系の活物質組成物を用いた電極の製造に適用することが困難であった。
【0035】
ここに開示される電極は、かかる事象を防止するために、集電部材と活物質層との間に導電性中間膜(集電部材表面を覆う導電性皮膜)が介在された構成を有する。この中間膜は、集電部材と活物質層との間の導通を確保する導電性粉末と、該粉末を結着して皮膜を形成する結着剤とを含み、集電部材と水との直接接触を少なくともある程度の時間に亘って阻み得る機能を有する。このような構成の電極は、例えば、集電基材の表面に上記導電性中間膜を形成し、該中間膜の上から水系の活物質組成物を付与して活物質層を形成することにより好ましく製造され得る。
【0036】
上記中間膜を構成する導電性粉末としては、例えばカーボン粉末やカーボンファイバー等のカーボン材料が好ましく用いられる。あるいは、ニッケル粉末等の導電性金属粉末等を用いてもよい。これらのうち一種のみを用いてもよく二種以上を併用してもよい。カーボン粉末の例としては、アセチレンブラック、ファーネスブラック、ケッチェンブラック等のような種々のカーボンブラック、鱗状黒鉛等のグラファイト粉末、等が挙げられる。これらのうちアセチレンブラックを好ましく採用し得る。例えば、構成粒子(典型的には一次粒子)の平均粒径が凡そ10nm〜200nm(例えば凡そ20nm〜100nm)の範囲にあるカーボン材料(例えば、アセチレンブラック等の粒状カーボン材料)の使用が好ましい。
【0037】
ここに開示される技術では、上記中間膜を構成する結着剤として、水溶性のセルロース誘導体を使用する。かかるセルロース誘導体としては、CMC(典型的にはナトリウム塩。以下同じ。)、HEC、HPC、MC、CAP、HPMC、HPMCP等が例示され、好適例としてCMC、HECおよびHPCが挙げられる。アルカリに対する耐性(安定性)の高い水溶性セルロース誘導体を用いることが好ましい。例えば、pH10以上(さらにはpH12以上)の水に対して比較的高い耐性を示す皮膜を形成するのに適した水溶性セルロース誘導体を好ましく採用し得る。上述のようにLiリッチの条件で合成されたリチウム遷移金属酸化物を活物質とする水系活物質組成物を用いた電極の製造においては、耐アルカリ性の高いセルロース誘導体を用いる意義が特に大きい。例えば、以下に挙げるセルロース誘導体の一種または二種以上を結着剤として好ましく採用することができる。
【0038】
(1)置換度が2以上のCMC。ここで「置換度(Degree of Substitution;DS)」とは、セルロースのグルコース環上にある3つのOH基のうちカルボキシルメチル化されたOH基の数をいう。これをエーテル化度と称することもある。DSが2以上(例えば2.2〜2.6)のCMCは、親水性に優れるとともに、よりDSの小さいCMCに比べて耐アルカリ性が高いので好ましい。例えば、pH12以上(例えばpH13程度)の強アルカリ性の水に対しても良好な耐性を示す。なお、一般に市販されているCMCは大多数がDS0.6〜1.0の範囲にあり、高DSグレードと称されるものでも1.6程度である。DSが2以上であるCMCの市販品としては、ダイセル化学工業株式会社製の商品名「アーネストガム」が挙げられる。
【0039】
(2)置換モル数が2以上のHEC。ここで「置換モル数(Molar Substitution;MS)」とは、セルロースのグルコース単位当りに付加したヒドロキシエチル基の平均モル数をいう。このようにセルロースのグルコース単位当りに2モル以上のヒドロキシエチル基が付加したHECは、親水性に優れるとともに、よりMSの小さいHECに比べて耐アルカリ性が高いので好ましい。例えば、pH12以上(例えばpH13程度)の強アルカリ性の水に対しても良好な耐性を示す。MSの上限は特に限定されないが、入手容易性等の観点から、通常はMSが3以下(例えば2〜2.5)のHECを好ましく採用し得る。MSが2以上であるHECの市販品としては、日本製紙ケミカル社製の商品名(グレード名)「LDPR」、ダイセル化学工業製の商品名(グレード名)「SP600」等が挙げられる。
【0040】
(3)置換モル数が2以上のHPC。ここで「置換モル数(MS)」とは、セルロースのグルコース単位当りに付加したヒドロキシプロピル基の平均モル数をいう。このようにセルロースのグルコース単位当りに2モル以上のヒドロキシプロピル基が付加したHPCは、親水性に優れるとともに、よりMSの小さいHPCに比べて耐アルカリ性が高いので好ましい。例えば、pH12以上(例えばpH13程度)の強アルカリ性の水に対しても良好な耐性を示す。MSの上限は特に限定されないが、入手容易性等の観点から、通常はMSが3以下(例えば2〜2.5)のHPCを好ましく採用し得る。MSが2以上であるHPCの市販品としては、米国ハーキュリーズ社製の商品名「Kluces Nutra」、同「Aero Whip」、日本曹達株式会社製の商品名「セルニーH」等が挙げられる。
【0041】
このように耐アルカリ性の高い水溶性セルロース誘導体は、アルカリ性(例えばpH10以上、さらにはpH12以上の強アルカリ性)の水系活物質組成物と集電部材との接触をより長時間に亘って阻止し得る中間膜を形成するのに適している。このことは、該中間膜の上から集電部材に水系活物質組成物を付与して電極を製造する場合の生産性やライン設計の自由度の点において有利である。
【0042】
なお、上記耐アルカリ性の高い水溶性セルロース誘導体は、アルカリ性(例えばpH10以上、さらにはpH12以上の強アルカリ性)の水系活物質組成物および該組成物から形成される活物質層の結着剤としても好ましく採用され得る。かかるセルロース誘導体は水系活物質組成物を構成する溶媒に溶解して該組成物の粘度に影響し得るところ、上記(1)〜(3)のセルロース誘導体は、よりDSまたはMSの低いセルロース誘導体に比べて、該セルロース誘導体の水溶液の粘度がpHの影響を受けにくい(すなわち、粘度のpH依存性が小さい)。より具体的には、高pH域(特にpH12以上の強アルカリ性条件下)における粘度低下の程度が少ない。したがって、かかるセルロース誘導体を用いることにより、水系活物質組成物の粘度をより適切にコントロールすることができる。
【0043】
CMCのDS値(エーテル化度)は、例えば以下のようにして測定することができる。すなわち、測定対象たるCMCサンプル(固形物)1.0gを精密に秤量し、濾紙に包んで磁性坩堝に入れ、電気炉等の加熱手段を用いて空気中にて600℃で灰化する。その灰化残渣に含まれるナトリウム化合物を水に溶かし、フェノールフタレインを指示薬として0.1Nの硫酸溶液により滴定する。その結果から、以下の計算式を用いてエーテル度を算出することができる。この計算式中、Aは中和に要した0.1N硫酸溶液の量(mL)を、fは0.1N硫酸の力価を示している。
エーテル化度=(162×A×f)/(1000−80×A×f)
【0044】
電極の導電性中間膜や活物質層に一成分として含まれるCMCのエーテル化度を求める場合には、まず測定対象たるCMCを他の材料から分離する。例えば、電極を水に浸漬してCMCを抽出する。このとき超音波エネルギーを印加することによりCMCを効率よく抽出することができる。そして、CMCが溶解した水を回収して蒸発乾固することにより固形のCMCが得られる。このCMCサンプルについて上記と同様にDS値を測定すればよい。電池の状態から出発する場合には、例えば、後述のような手順で容器から電極を取り出して電解液を洗浄除去し、測定対象たるCMCを有する電極を他の電池構成要素から分離する。この電極を水に浸漬してCMCを抽出するとよい。
【0045】
ここに開示される技術における導電性中間膜は、導電材粉末と水溶性セルロース誘導体とを、例えば凡そ85/15〜98.5/1.5の質量比(固形分基準)で含有するものであり得る。通常は、上記質量比(導電材粉末/水溶性セルロース誘導体)を凡そ90/10〜97/3とすることが好ましい。この質量比が上記範囲よりも小さすぎると、上記中間膜において十分な導電経路(導電パス)を確保することが困難となり、電極の導電性が低下傾向となることがある。一方、導電材粉末/水溶性セルロース誘導体の質量比が上記範囲よりも大きすぎると、上記中間膜の耐水性(換言すれば、集電基材と水との直接接触を阻止する性能)が低下傾向となることがある。
【0046】
上記中間膜は、本発明の効果を顕著に損なわない限りにおいて、導電材粉末および水溶性セルロース誘導体以外の材料成分を必要に応じて含有することができる。そのような材料の例として、上記セルロース誘導体以外のポリマー材料が挙げられる。水に溶解または分散するポリマー材料の使用が好ましい。例えば、活物質組成物の任意成分として例示したポリマー材料の一種または二種以上を用いることができる。これら任意成分(二種以上の任意成分を含む場合にはそれらの合計量)が中間膜全体に占める割合は、通常、凡そ10質量%以下(例えば5質量%以下)とすることが好ましい。かかる任意成分を実質的に含有しない組成の中間膜であってもよい。
【0047】
ここに開示される技術における中間膜は、典型的には、上記導電材粉末と水溶性セルロース誘導体および必要に応じて使用される任意成分を適当な(上記セルロース誘導体を溶解可能な)水系溶媒に添加混合して中間膜形成用組成物を調製し、該組成物を集電基材の表面に付与することにより形成され得る。ここで「水系溶媒」とは、水または水を主体とする混合溶媒を指す概念である。該混合溶媒を構成する水以外の溶媒は、水と均一に混合し得る有機溶剤(低級アルコール、低級ケトン等)の一種または二種以上であり得る。例えば、該水系溶媒の凡そ80質量%以上(より好ましくは凡そ90質量%以上、さらに好ましくは凡そ95質量%以上)が水である水系溶媒の使用が好ましい。特に好ましい例として、実質的に水からなる水系溶媒が挙げられる。
【0048】
中間膜形成用組成物の固形分濃度(不揮発分、すなわち中間膜形成成分の割合。以下「NV」と表記する。)は特に限定されないが、例えば凡そ1〜30質量%(好ましくは凡そ1.5〜15質量%)程度であり得る。また、該組成物の粘度は例えば凡そ500〜1500mPa・sであり得る。NVまたは粘度が上記範囲よりも高すぎると、中間膜形成用組成物の取扱性(例えば、該組成物を集電基材(特に、箔状の集電基材)に付与する際の塗工性等)が低下しやすくなることがある。
【0049】
中間膜形成用組成物を集電基材に付与する操作は、従来公知の適当な塗布装置(例えば、スリットコーター、ダイコーター、コンマコーター、グラビアコーター等の薄膜形成機械)を使用して好適に行うことができる。上記組成物の塗布量は特に限定されないが、少なすぎると中間膜の耐水性が低下しやすく、多すぎると中間膜(ひいては電極)の導電性が低下しがちとなることがある。これら耐水性と導電性との兼ね合いから、通常は、上記塗布量を集電基材の片面当たり固形分基準で凡そ0.1〜15g/mとすることが適当であり、例えば凡そ1〜10g/mとすることが好ましい。また、最終的に形成される中間膜の厚みが凡そ1μm〜20μm(より好ましくは凡そ2μm〜15μm、例えば3μm〜10μm)程度となるように上記塗布量を設定することが好ましい。
【0050】
かかる構成のリチウムイオン電池用正極を製造する好ましい態様の一例につき、図3に示す断面図および図4に示すフローチャートを参照しつつ説明する。
導電材粉末としてのカーボン粉末と、DSが2以上(例えば2.4)のCMCの2質量%水溶液とを用意する(ステップS11,S12)。これらを、カーボン粉末/CMC水溶液の質量比が20/80〜40/60となる分量でプラネタリーミキサーに入れて混合する。これにより、例えば、粘度800〜1000mPa・sの均一なペースト状またはスラリー状の中間膜形成用組成物を得る(ステップS14)。一方、正極集電部材として、厚さ5μm〜20μm(例えば15μm)程度の長尺状Al箔322を用意する(ステップS20)。このAl箔322の一方の面、次いで他方の面に、上記中間膜形成用組成物を例えばダイコーターを用いて塗布し(ステップS22)、その塗布物を乾燥させる(ステップS23)このようにして、Al箔322の両面にそれぞれ例えば厚み10μmの導電性中間膜323が形成された正極集電体321を得る。かかる中間膜323が形成されたAl箔322を必要に応じて厚み方向にプレスしてもよい。プレス後における中間膜323の厚みは、例えば6±2μm程度であり得る。このようなプレス処理を行うことにより、中間膜323の導電性を向上させ得る。プレス方法としては、従来公知のロールプレス法、平板プレス法等を適宜採用することができる。
【0051】
正極活物質としてのリチウム遷移金属酸化物粉末と、導電材と、結着剤と、水系溶媒とを含む水系活物質組成物を用意する(ステップS16)。例えば、リチウム遷移金属酸化物粉末としては、Li以外の金属元素の合計モル数1に対してその1.08倍のモル数のLiを用いて(すなわち、Liリッチの条件で)合成されたリチウムニッケル系酸化物を使用する。導電材としてはカーボン粉末を使用する。結着剤としては、DSが2〜3のCMCと、PTFEとを使用する。上記CMCは例えば1質量%水溶液の形態で、上記PTFEは水分散液(ディスパージョン)の形態で、他の材料と混合するとよい。上記リチウム遷移金属酸化物粉末90質量部と、カーボン粉末10質量部と、CMCの1質量%水溶液1質量部(固形分基準)と、PTFEのディスパージョン1質量部(固形分基準)とを、これらの正極活物質層形成成分100質量部に対して水75質量部を含む組成となるようにプラネタリーミキサーに入れて混合することにより、均一なペースト状またはスラリー状の活物質組成物を得ることができる。
【0052】
この水系活物質組成物を用いて、表面に中間膜323を有するAl箔322(すなわち正極集電体321)に、中間膜323の上から正極活物質層324を形成する。例えば、ダイコーターを用いて正極集電体321の両面に活物質組成物を塗布し(ステップS26)、その塗布物を乾燥させることにより(ステップS27)各50μm厚の正極活物質層324を形成する。このようにして、集電部材322の両面に中間膜323を介して正極活物質層324が保持されたシート状正極(正極シート)32を得る(ステップS30)。好ましくは、活物質組成物を塗布して乾燥させた後、正極活物質層324を有する集電体321を厚み方向にプレスする。これにより集電部材322、中間膜323および活物質層324をより強固に圧着し、正極シート32の耐久性を高めることができる。例えば、プレス後における正極シート32の厚み(集電基材322、中間膜323および正極活物質層324の合計厚み)が100μm程度となるようにプレスするとよい。上記プレスを行う方法としては、従来公知のロールプレス法、平板プレス法等を適宜採用することができる。
【0053】
ここで、集電体321に水系活物質組成物を塗布してから該塗布物を乾燥させるまでの時間は、その活物質組成物に対する中間膜323の耐水性の程度を考慮して、該組成物と集電部材322との直接接触を中間膜323により阻止し得る時間内に乾燥が終了するように設定することが好ましい。このことによって、高性能な(例えば、上記高抵抗物質の生成がよりよく防止された、すなわち高出力の電池を構築するのに適した)電極を安定的に製造することができる。例えば、塗布から乾燥終了までに要する時間を3分以内とすることが好ましく、2分以内とすることがより好ましい。
【0054】
なお、水溶性セルロース誘導体を結着剤に用いた中間膜323に水系の活物質組成物を付与して活物質層324を形成すると、水系組成物に接した中間膜323の表面(活物質層側)部分が若干溶解することにより、中間膜323と活物質層324との界面に両者の構成成分が相互に溶け合った層(フュージョン層)325が形成され得る。このフュージョン層325は、中間層323と活物質層324との密着性向上に寄与し得る。
すなわち、非水溶性(典型的には疎水性)の結着剤とカーボン粉末とを含む溶剤系組成物を用いて中間膜を形成し、該中間膜の上から水性の活物質組成物を付与して活物質層を形成した電極では、中間膜と活物質層との界面がはっきりと分離して観察され得る。このような電極では、電池の長期使用により中間膜と活物質層との界面部分の密着強度が徐々に低下し、接触抵抗の増加に伴う内部抵抗の上昇が起こりやすくなる場合がある。
これに対して、水溶性セルロース誘導体を結着剤に用いた中間膜323に水系組成物を付与して活物質層324を形成した電極(正極シート32)では、中間膜323と活物質層324との界面がはっきりせず、フュージョン層325を介して両者がよく一体化している。このような電極は、電池の長期使用(例えば充放電の繰り返し)によっても中間膜323と活物質層324との接触抵抗の上昇が少ないものとなり得る。すなわち、かかる電極を備えた電池は耐久性に優れる。このことは、車両電源用の二次電池(リチウムイオン電池等)のように長寿命化が重視される用途において特に有意義である。
【0055】
以下、本発明により提供される電極および該電極を正極に用いてなるリチウムイオン電池の一実施形態につき、図1,2に示す模式図を加えて参照しつつ説明する。
図示されるように、本実施形態に係るリチウムイオン電池10は、金属製(樹脂製またはラミネートフィルム製も好適である。)の筐体12を備えており、この筐体12の中には、長尺シート状の正極シート32および負極シート34を2枚のセパレータシート35とともに扁平形状に捲回して構成された捲回電極体30が収容される。
【0056】
正極シート32は、ここに開示されるいずれかの方法を適用して製造されたものであって、長尺シート状の集電部材322の片面または両面(典型的には両面)に上述した方法で導電性中間膜323を形成してなる正極集電体321(図3参照)と、中間膜323上に形成された正極活物質層324とを備える。中間膜323と活物質層324とは、例えば集電部材322の略同一範囲に(互いに略完全に重なり合うように)形成することができる。あるいは、活物質層324よりも広範囲に(例えば、中間膜323の形成範囲が活物質層324の形成範囲よりも若干広くなるように)中間膜323が設けられていてもよい。少なくとも活物質層324が形成される範囲の全体に広がって中間膜323が設けられていることが好ましい。
【0057】
他方、負極シート34は、長尺シート状の負極集電体341とその表面に形成された負極活物質層344とを備える。負極集電体341としては、銅等の金属から成るシート材(典型的には銅箔等の金属箔)を好ましく使用し得る。負極活物質としては、少なくとも一部にグラファイト構造(層状構造)を含む炭素材料(例えば天然黒鉛)を好適に使用することができる。このような負極活物質を結着剤(正極側の活物質層と同様のもの等を使用することができる。)および必要に応じて用いられる導電材(正極側の活物質層と同様のもの等を使用することができる。)と混合して調製した負極活物質組成物(好ましくは水系組成物)を負極集電体341の片面または両面に塗布する。次いで該塗布物を乾燥させることにより、集電体341の所望する部位に負極活物質層344を形成することができる(図4)。特に限定するものではないが、負極活物質100質量部に対する結着剤の使用量は例えば0.5〜10質量部の範囲とすることができる。
また、正負極シートと重ね合わせて使用されるセパレータシート35としては、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン等のポリオレフィン系樹脂から成る多孔質フィルムを好適に使用し得る。
【0058】
図1に示すように、正極シート32および負極シート34の長手方向に沿う一方の端部には、上記活物質組成物を塗布せず、よって活物質層324,344が形成されない部分を設けておく。正負極シート32,34を二枚のセパレータシート35と重ね合わせる際には、両活物質層324,344を重ね合わせるとともに正極シートの活物質層非形成部分と負極シートの活物質層非形成部分とが長手方向に沿う一方の端部と他方の端部に別々に配置されるように、正負の電極シート32,34をややずらして重ね合わせる。この状態で計四枚のシート32,35,34,35を捲回し、次いで得られた捲回体を側面方向から押しつぶして拉げさせることによって扁平形状の捲回電極体30が得られる。
【0059】
次いで、得られた捲回電極体30を筐体12に収容するとともに(図2)、上記正極および負極の活物質層非形成部分を、一部が筐体12の外部に配置される正極端子14および負極端子16の各々と電気的に接続する。そして、適当な非水電解液(例えば、エチレンカーボネート(EC)とジエチルカーボネート(DEC)との混合溶媒にLiPF等のリチウム塩(支持塩)を適当量溶解させたもの)を筐体12内に配置(注液)し、筐体12の開口部を当該筐体とそれに対応する蓋部材13との溶接等により封止して、リチウムイオン電池10の構築(組み立て)が完了する。なお、筐体12の封止プロセスや電解液の配置(注液)プロセスは、従来のリチウムイオン電池の製造で行われている手法と同様にして行うことができ、本発明を特徴付けるものではない。
【0060】
本発明に係る電極(典型的には正極)は、活物質層の形成に水系組成物を用いた場合にも、特に、Liリッチの条件で合成されたリチウム遷移金属酸化物(例えばリチウムニッケル系酸化物)を活物質に用いた水系組成物により活物質層を形成した場合にも、上記中間膜により高抵抗物質の生成を抑制し得るので、良好な導電性を示すものとなり得る。かかる電極を用いて構築されたリチウムイオン電池は、優れた性能(出力性能、耐久性等)を発揮するものとなり得る。したがって、例えば、自動車等の車両に搭載されるモータ(電動機)用電源として好適に使用され得る。かかるリチウムイオン電池は、それらの複数個を直列および/または並列に接続してなる組電池の形態で使用されてもよい。したがって本発明は、図9に模式的に示すように、かかるリチウムイオン電池(組電池の形態であり得る。)10を電源として備える車両(典型的には自動車、特にハイブリッド自動車、電気自動車、燃料電池自動車のような電動機を備える自動車)1を提供する。
【0061】
次に、集電部材上に中間膜を介して活物質層が保持された電極および該電極を用いて構築された電池のリサイクル方法の一態様について、図1〜3に示す構成のリチウムイオン電池10を例として説明する。
【0062】
まず、使用済みのリチウムイオン電池10を用意し、これをほぼ完全に放電させる。あるいは、この電池10が既にほぼ完全に放電した状態にあることが明らかである場合には、上記放電処理を省略してもよい。
次いで、放電済みの電池10を開口して(例えば、筐体12から蓋部材13を取り外して)捲回電極体30を取り出す。これを有機溶媒に浸漬し、電極体30に含浸している電解液を有機溶媒で抽出する。すなわち、電極体30を有機溶媒で洗浄して電解液を除去する。上記抽出に使用する有機溶媒は、電解液の組成に応じて適当なものを選択することができる。中間膜323に含まれる水溶性セルロース誘導体を実質的に溶解しない有機溶媒の使用が好ましい。かかる有機溶媒として、エチルメチルカーボネート(EMC)、ジメチルカーボネート(DMC)等のカーボネート系溶媒が提示される。電解液の抽出に使用する有機溶媒の他の例として、環状または鎖状の低分子量エーテル(テトラヒドロフラン、1,2−ジメトキシエタン等)、低分子量ケトン(アセトン、メチルエチルケトン等)、低分子量エステル(酢酸エチル、プロピオン酸エチル等)が挙げられる。これらのうち一種のみを使用してもよく、二種以上を含む混合溶媒をして使用してもよい。
【0063】
その後、電解液の抽出に用いた有機溶媒を真空乾燥等によって電極体30から除去し、電極体30の巻きをほどいて構成シート(すなわち、正極シート32、負極シート34およびセパレータシート35)毎に分離する。あるいは、まず電極体30の巻きをほどいた後に各構成シートを乾燥させて上記有機溶媒を除去してもよい。このようにして他の電池構成材料から分離された正極シート32を水で処理して、該シート32を構成する集電部材322を単独で回収する。より詳しくは、正極シート32に水を接触させることにより集電部材322からその付着物(すなわち、集電部材322の表面に設けられた中間膜323および該中間膜323を介して集電部材322に保持された活物質層324)を離れさせる。以下、かかる回収を可能とする正極シート32の処理方法および処理装置の好適例を説明する。
【0064】
本実施形態に係る処理装置の概略構成を図5に模式的に示す。この処理装置40は、大まかにいって、剥離処理液としての水442を貯留する剥離処理槽44と、処理対象たる正極シート32を剥離処理液中に通過させる移動手段43と、その剥離処理液中の正極シート32に振動エネルギーを付与する手段としての超音波発信機46とを備える。移動手段43は、搬送ネット432,434および駆動モータ45を含み、好ましい一態様としてさらにテンション調節器532,534を含み得る。
【0065】
処理装置40の作動を説明する。処理槽44の一端側に、他の電池構成材料から分離した正極シート32がロール状に巻き取られた被処理電極ロール41をセットする。この処理前の正極シート32は、図3に模式的に示す断面構造を有する。供給機42によってロール41から送出された正極シート32は、一対の搬送ネット432,434に挟持されて処理槽44に導かれる。これらの搬送ネット432,434は、処理槽44内において水442中を移動する部分を含みつつ循環している。搬送ネット432,434としては、ポリオレフィン樹脂(例えばポリエチレン、ポリプロピレン)等の樹脂材料から形成された長尺な網目形状の開口ネットを好ましく用いることができる。その網目形状は、該ネットの引張強度等を考慮して適宜設定することができる。本実施形態では、網目の開口形状が10mm×10mmであって降伏点強度が1560N/mのポリプロピレン製搬送ネットを使用した。装置40は、一方の搬送ネット432を駆動モータ45で移動させることにより、他方の搬送ネット434も同期して移動させ得るように構成されている。この装置40には、搬送ネット432,434の張り具合を適正に維持するテンション調節器532,534が具備されている。
【0066】
処理槽44に導かれた正極シート32は、搬送ネット432,434の間に保持されて、水442に浸漬されつつ移動する。この水中移動の間に、導電性中間膜323に含まれる水溶性セルロース誘導体(例えば、DS値2.0以上の高エーテル化度CMC)が水で膨潤する。これによりAl箔322と中間膜323との密着性(接着強度)が低下し、Al箔322の表面から中間膜323が浮き上がりやすくなる。さらに、この水中において正極シート32に超音波エネルギーを付与することにより、中間膜323および活物質層324をAl箔322から離し、さらに水442中に分散させることができる。本実施形態の構成では、処理槽44の底部に一つまたは二つ以上の超音波発振機46(図5には二つの超音波発信機46を示している。)を設置し、正極シート32が水中を移動する時間が約3分となるように搬送ネット432,434の移動速度を調整し、超音波発振機46を用いて上記3分間の移動中に1kwの振動エネルギーを印加することにより、活物質層324および中間膜323の構成成分をほぼ100%水中に分散させ、図6に示すように、金属光沢のあるAl箔322単体とすることができた。
【0067】
このAl箔322を搬送ネット432,434に狭持したまま水442から引き上げ、水洗機47に導入して両面に洗浄水を噴射することで残留した付着物を流し落す。処理槽44から出てきた搬送ネット432,434は、上下に分かれて被処理電極ロール41側に戻る。搬送ネット432,434の間に保持されて搬送されてきたAl箔322は送風乾燥機48を通って乾燥された後、回収箱49に集められる。このようにして回収されたAl箔322は、必要に応じてさらに洗浄処理(水洗等)を行った後、例えば、加圧圧縮してAl材として再利用することができる。
【0068】
一方、Al箔322から剥離した中間膜323および活物質層324の構成材料は、水に不溶性または難溶性の物質(例えばカーボン粉末、活物質粉末)を含む。これらの固形物が処理槽44に適当量溜まってきたら、水442の一部とともに上記固形物を取出口54から適宜排出し、その排出液に固液分離操作を行って(たとえば濾過により)上記固形物を回収する。このとき、必要に応じてフロック剤(ポリ塩化アルミニウム、高分子凝集剤等)を添加することにより、上記難溶性物質を凝集させて固液分離性を向上させることができる。この固形物には、活物質の組成に対応した有価金属元素(例えば、Ni,Co等の遷移金属元素、Li)が含まれている。本実施形態によると、金属製集電部材(ここではAl箔322)を溶解させるような強酸(例えばHCl,HSO等の鉱酸)や強アルカリを使用することなく、該集電部材と活物質層構成成分とを効果的に分別することができる。したがって、上記有価金属元素を含む固形物を、集電部材に由来する余分な金属元素が混じらない状態で回収することができる。このことは、上記有価金属元素を再利用に適した形態とする上で有利である。例えば、有価金属元素を余分な金属元素から分離・精製する煩雑な処理を省略または簡略化することができる。なお、回収した固形物に含まれる有機成分(カーボン粉末等)は、例えば該固形物を酸化性雰囲気中で加熱することにより、有価金属元素を含む無機成分から容易に分離することができる。上記のように集電部材の溶解を伴わない処理方法は、該集電部材の再利用にも適している。すなわち、ここに開示される処理方法によると、よりリサイクル性のよい有価物を回収することができる。上記処理に強酸や強アルカリを使用しないことは環境衛生の観点からも好ましい。
【0069】
なお、ロール41から送出された正極シート32を水442に浸漬する前に、水溶性セルロース誘導体を溶解させ得る親水性有機溶剤をシート32に接触させる前処理を行ってもよい。例えば、シート32の両面に上記親水性有機溶剤を噴霧してから水442中に導入することにより、さらに容易に中間膜323および活物質層324を剥離させることができる。かかる前処理に用いられる好ましい有機溶剤として、エチレンジアミン、ジエチレントリアミン等のアミン類;メタノール、エタノール等の低級アルコール;アセトン等の低級ケトン;等を例示することができる。他の例として、ギ酸、ジメチルスルホキシド等が挙げられる。このような有機溶剤は、一種を単独で用いてもよく、二種以上を組み合わせて用いてもよい。また、一種または二種以上の有機溶剤を含水溶液の形態で正極シート32に供給してもよい。例えば、エタノール水(好ましくは、エタノールを30体積%以下含む水溶液)、アセトン水(好ましくは、アセトンを30体積%以下含む水溶液)等を使用することができる。
【0070】
<耐アルカリ性>
置換基の種類および置換の程度の異なる種々のセルロース誘導体を用意し、水素イオン濃度(pH)1〜14の水に対する溶解性を評価した。すなわち、表1に示すセルロース誘導体サンプルA,C,D,E各8g(乾燥品)を各pHの水392gに攪拌下で溶解して2%水溶液を調製し、このときサンプルが完全に溶解するまでの時間を測定した。なお、pHの調整は、塩酸、水酸化リチウムまたは水酸化ナトリウムを添加することにより行った。得られた結果を図8に示す。
【0071】
図示するように、いずれのセルロース誘導体サンプルも、pH4付近で溶解時間が最も大となり、このときの溶解時間はCMCよりもHEC,HPCのほうが短かった。また、pH3〜9の範囲では、置換の程度(CMCのDS値)による溶解時間の違いはほとんどみられなかった。一方、pH10以上(特にpH11以上)の範囲では、置換基の種類による溶解時間の差異は小さくなり、むしろ置換の程度による影響のほうが目立つようになった。具体的には、上述した(1)〜(3)のいずれかの水溶性セルロース誘導体に該当するサンプルA,D,Eに比べて、これらに該当しないサンプルCの溶解時間が明らかに短く(概ね1/2またはそれ以下に)なる傾向がみられた。この結果は、pH12以上の水に対して、サンプルA,D,Eを用いて形成された皮膜はサンプルCを用いて形成された皮膜よりも長時間耐え得ることを意味している。
【0072】
本発明者の知見によれば、理論反応比の1.05〜1.15倍のモル数のLiを用いて合成されたリチウムニッケル系酸化物を活物質に用いて調製された水系活物質組成物のpHは、概ね12〜13(例えばLiNiOの場合、典型的にはpH12.4〜12.8)程度となる。上記実験結果によれば、各サンプルを用いて形成された皮膜がpH12.4〜12.8の水に耐え得る時間(平均値)は、サンプルAでは4.5分、サンプルDでは6.1分、サンプルEでは5.0分である。この結果は、結着剤としてサンプルA,DまたはEを用いた導電性中間膜に上記pHの水系活物質組成物を塗布・乾燥して活物質層を形成する場合、該組成物が中間膜に接触してから乾燥終了までの時間を3分以下、好ましくは2分以下とすれば、上記中間膜が溶解し切る前に(換言すれば、活物質組成物中の高pH水が集電部材に到達しないうちに)活物質層を形成し得ることを支持するものである。一方、結着剤としてサンプルCを用いた導電性中間膜に上記pHの水系活物質組成物を塗布・乾燥して活物質層を形成する場合には、該組成物が中間膜に接触してから乾燥終了までの時間を1分以下、好ましくは30秒以下に抑えることが望ましい。かかる高pHの活物質組成物がAl製の集電部材に直接接触すると、Al(OH)等の高抵抗物質の生成やHガスの発生により電極性能が低下するためである。したがって、生産性やライン設計の自由度等の観点から、実用上は、上記(1)〜(3)から選択される一種または二種以上の水溶性セルロース誘導体を中間膜の結着剤に用いることが好ましい。
【0073】
【表1】

【0074】
サンプルA:DS値2.4のカルボキシメチルセルロース(ダイセル化学工業製、商品名「アーネストガム」)
サンプルB:DS値1.2のカルボキシメチルセルロース(第一工業製薬製、商品名「HE−1500F」)
サンプルC:DS値0.8のカルボキシメチルセルロース(第一工業製薬製、商品名「BSH−6」)
サンプルD:MS値2.2のヒドロキシエチルセルロース(ダイセル化学工業製、商品名「SP600」)
サンプルE:MS値2.0のヒドロキシプロピルセルロース(日本曹達製、商品名「セルニーH」)
【0075】
<粘度安定性>
表1に示すセルロース誘導体サンプルの水溶液につき、該水溶液のpHと粘度との関係を調べた。水に水酸化リチウムを添加してpHを8〜14に調整し、これに各サンプルを溶解させて所定濃度の水溶液を調製し、調製から1時間後における粘度を測定した。pH依存性の程度を比較しやすくするため、pH8の水溶液の粘度が揃うように各サンプルの濃度を調節した。すなわち、サンプルAについては3.7質量%、サンプルBは2.2質量%、サンプルCは1.9質量%、サンプルDは2.1質量%、そしてサンプルEは2.5質量%濃度の水溶液について、各pHにおける粘度を測定した。粘度の測定は、東機産業から入手可能なB型粘度計を用いて、25℃、20rpmの条件で行った。得られた結果を図7に示す。
【0076】
図示するように、サンプルB,C(一般的なDS値を有するCMC)の水溶液は、pH12以上の強アルカリ条件において粘度が顕著に低下した。かかる粘度低下は、セルロース誘導体がアルカリ条件下で解重合を起こしたことによるものと推察される。一方、上記(1)〜(3)のいずれかに該当するサンプルA,D,Eの水溶液は、pH12以上(例えば、pH12.4〜12.8)の領域における粘度低下が明らかに少なかった。このように、サンプルA,D,Eは、強アルカリ性の水系組成物に対する安定性がサンプルB,Cに比べて格段に高いことが確認された。この結果は、上記(1)〜(3)の水溶性セルロース誘導体を用いて形成された皮膜はpH12以上の水に対する耐性(安定性)に優れるという上記耐アルカリ性評価試験の結果を支持するとともに、かかるセルロース誘導体が活物質組成物の構成成分としても好適であることを示すものである。すなわち、上記(1)〜(3)に該当する水溶性セルロース誘導体は、中間膜の結着剤としても、活物質組成物(例えば、活物質としてLiリッチの条件で合成されたリチウムニッケル系酸化物を用いた水系活物質組成物)の結着剤としても好適である。
【0077】
<水処理による剥離性>
(例1)
サンプルAの2質量%水溶液とカーボン粉末とを、カーボン粉末/サンプルAの質量比(固形分基準)が95.5/4.5となる分量でプラネタリーミキサーに入れて混合し、粘度800〜1000mPa・sの均一なペースト状の中間膜形成用組成物を調製した。この組成物を長尺状Al箔の両面に塗布して乾燥させることにより、該Al箔の表面に厚さ約6±2μmの導電性中間膜を形成した。
一方、Li以外の金属元素の合計モル数1に対してその1.08倍のモル数のLiを用いて合成されたリチウムニッケル系酸化物90質量部と、カーボン粉末10質量部と、サンプルAの1質量%水溶液1質量部(固形分基準)と、PTFEのディスパージョン1質量部(固形分基準)とを、これらの正極活物質層形成成分100質量部に対して水75質量部を含む組成となるようにプラネタリーミキサーに入れて混合し、均一なペースト状の水系活物質組成物を調製した。上記中間膜が設けられたAl箔の両面に、該中間膜の上から上記活物質組成物を塗布し、塗布から2分以内に乾燥させて正極活物質層を形成した。このようにして、リチウムイオン電池用の正極等として利用可能な、幅8cm、長さ1mのシート状電極を作製した。
【0078】
(例2,3)
中間膜形成用組成物の調製において、サンプルAの水溶液に代えてサンプルDまたはサンプルEの2質量%水溶液を使用した。その他の点については例1と同様にして、例2および例3に係るシート状電極を作製した。
【0079】
(例4)
本例では、中間膜形成用組成物の調製において、サンプルAの水溶液に代えてポリフッ化ビニリデン(PVDF)のN−メチル−2−ピロリドン(NMP)溶液を、カーボン粉末95.5質量部に対してPVDF4.5質量部(固形分基準)の分量で使用した。その他の点については例1と同様にして、例4に係るシート状電極を作製した。この例4に係る電極の構造を図10に模式的に示す。本例に係る電極132は、PVDFを結着剤とする中間膜123がAl箔322の両面に設けられ、その中間膜123の上に正極活物質層324が保持された構成を有する。
【0080】
なお、例1〜4に係るシート状電極の質量はいずれも11.60gであった。その内訳は、Al箔4.50g、導電性中間膜(両面の合計)0.25g、活物質層(両面の合計)6.85gであった。
【0081】
例1〜4に係るシート状電極のリサイクル性を評価するため、各電極を常温(ここでは約25℃)でほぼ中性の水(ここでは水道水を使用した。)に浸漬し、1kwの超音波エネルギーを5分間連続して印加した。すると、例1〜3に係る電極では導電性中間膜およびその上に形成された活物質層がきれいに剥離し、該電極のほぼ全面において金属光沢を有するAl箔表面があらわれた。超音波印加後の電極(Al箔)を水から引き上げ、乾燥させて質量を測定したところ、表2に示すように、いずれの例においても質量基準でほぼ100%(99.5%以上)の剥離率が実現された。
【0082】
一方、例4に係る電極では上記処理によっては導電性中間膜が剥がれず、その上に形成された活物質層の剥離も不十分であった。超音波印加後の電極を水から引き上げ、乾燥させて質量を測定したところ、表2に示すように、処理前の電極が有する活物質層の質量6.85gのうち44.7%程度(3.06g)しか剥離せず、約半量はAl箔に固着したまま残っていた。また、電極表面の外観から(カーボン粉末を含む中間膜は黒く着色している。)、図11に示すように、電極のほぼ全面においてAl箔322上に中間123膜が残留していることが確認された。
【0083】
【表2】

【0084】
以上、本発明を詳細に説明したが、上記実施形態は例示にすぎず、ここで開示される発明には上述の具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。
【図面の簡単な説明】
【0085】
【図1】一実施形態に係る電池を構成する正負極およびセパレータを示す模式的平面図である。一実施形態に係る電池を示す模式的斜視図である。
【図2】一実施形態に係る電池の構造を示す模式的断面図である。
【図3】一実施形態に係る電極の構造を示す模式的断面図であって、図5のIII−III線断面に対応する。
【図4】一実施形態に係る電極の製造方法を示すフローチャートである。
【図5】非水系電池処理装置の概略構成例を模式的に示す説明図である。
【図6】一実施形態に係る電極を水で処理した場合における、図5のVI−VI線断面図である。
【図7】各種セルロース誘導体の粘度安定性とpHとの関係を示すグラフである。
【図8】各種セルロース誘導体の溶解性とpHとの関係を示すグラフである。
【図9】一実施形態に係るリチウムイオン電池を備えた車両(自動車)を示す模式的側面図である。
【図10】例4に係る電極の構造を示す模式的断面図であって、図5のIII−III線断面に対応する。
【図11】例4に係る電極を水で処理した場合における、図5のVI−VI線断面図である。
【符号の説明】
【0086】
1 車両(自動車)
10 リチウムイオン電池(電池)
30 捲回電極体
32 正極シート(電極)
322 Al箔(集電部材)
323 導電性中間膜
324 正極活物質層
34 負極シート(負極)
40 処理装置
42 供給機
43 移動手段
432,434 搬送ネット
44 剥離処理槽
442 水(剥離処理液)
45 駆動モータ
46 超音波発信機
47 水洗機
48 送風乾燥機(乾燥機)
49 回収箱
532,534 テンション調節器
54 取出口

【特許請求の範囲】
【請求項1】
非水系電池用の電極であって、
金属製の集電部材と、該集電部材の表面に設けられた導電性中間膜と、該中間膜を介して前記集電部材に保持された活物質層とを備え、
前記中間膜は、導電材粉末と、以下の水溶性セルロース誘導体:
(1)置換度(DS)が2以上のカルボキシメチルセルロース;
(2)置換モル数(MS)が2以上のヒドロキシエチルセルロース;および、
(3)置換モル数(MS)が2以上のヒドロキシプロピルセルロース;
から選択される一種または二種以上とを含む、電極。
【請求項2】
前記活物質層は、前記中間膜の上から前記集電部材に水系の活物質形成用組成物を付与してなる、請求項1に記載の電極。
【請求項3】
前記活物質はリチウム遷移金属酸化物である、請求項1または2に記載の電極。
【請求項4】
前記中間膜の厚みが3μm〜10μmである、請求項1から3のいずれか一項に記載の電極。
【請求項5】
前記中間膜において、前記導電性粉末および前記セルロース誘導体の合計量に占める前記セルロース誘導体の割合が固形分基準で1.5〜15質量%である、請求項1から4のいずれか一項に記載の電極。
【請求項6】
請求項1から5のいずれか一項に記載の電極を備える、非水系電池。
【請求項7】
請求項6に記載の非水系電池を動力源として備える車両。
【請求項8】
非水系電池を処理する方法であって、
金属製集電部材と該集電部材の表面に設けられた導電性中間膜と該中間膜を介して前記集電部材に保持された活物質層とを備えた電極を有する非水系電池を用意すること、ここで、前記中間膜は、導電材粉末と水溶性セルロース誘導体とを含む;
前記電極に水を接触させること;および、
前記集電部材の表面から前記中間膜を離れさせること;
を包含する、処理方法。
【請求項9】
前記セルロース誘導体は:
(1)置換度(DS)が2以上のカルボキシメチルセルロース;
(2)置換モル数(MS)が2以上のヒドロキシエチルセルロース;および、
(3)置換モル数(MS)が2以上のヒドロキシプロピルセルロース;
から選択される一種または二種以上を含む、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記電極を水に浸漬した状態で該電極に超音波振動を付与することにより前記集電部材の表面から前記中間膜を離れさせる、請求項8または9に記載の方法。
【請求項11】
前記中間膜が表面から離れた集電部材を、前記中間膜構成材料および前記活物質層構成材料から分別して回収することをさらに含む、請求項8から10のいずれか一項に記載の方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate


【公開番号】特開2010−108716(P2010−108716A)
【公開日】平成22年5月13日(2010.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−278635(P2008−278635)
【出願日】平成20年10月29日(2008.10.29)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】