説明

高圧水素輸送用オーステナイト系ステンレス鋼溶接管およびその製造方法

【目的】耐水素脆化性および常温での耐塩害腐食性に優れ,大幅な厚肉大径化に頼ることなく,例えば40MPa程度の高圧水素の輸送に好適なオーステナイト系ステンレス鋼溶接管を提供する。
【構成】質量%で,C:0.15%以下,Si:4.0%以下,Mn:3.0%以下,P:0.10%以下,S:0.03%以下,Ni:6〜20%,Cr:14〜28%,N:0.25%以下を含有し,残部がFeおよび不可避的不純物からなり,(1)式で示されるM値が−100以下,(2)式で示されるD値が6〜10に調整されている高圧水素輸送用オーステナイト系ステンレス鋼溶接管を提供する。
M=551−462(C+N)−9.2Si−8.1Mn−29(Ni+Cu)−13.7Cr−18.5Mo・・・(1)
D=(Cr+1.5Si+0.5Nb+Mo)−(Ni+0.5Mn+30C+30N)・・・(2)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,0.1MPa以上の高圧水素ガスに対して優れた耐水素脆化性を有し,かつ優れた耐食性を有する高圧水素輸送用オーステナイト系ステンレス鋼溶接管およびその製 造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年,地球環境保全の問題から,クリーンなエネルギー源として水素が注目されるとともに,化石燃料枯渇の問題から,高効率発電として燃料電池の研究が盛んに行われている。燃料電池は,定置型と可搬型に大別される。燃料となる水素は,定置型では利用する直前に化石燃料を改質して使用し,可搬型では水素を高圧容器に加圧,低温容器に液化,水素吸蔵合金に吸蔵する他,シクロヘキサンなどの水素含有物質を水素源として使用することが主流となりつつある。
【0003】
可搬型の代表例として,燃料電池自動車が挙げられるが,貯蔵または充填した水素を効率よく電池に輸送するには,1MPa以上の高圧で取り扱うことが好ましい。水素を扱うプラントにおいては,配管にはCr−Mo鋼,Mn鋼などの厚肉大径管が使用されてきた。これらの鋼は強度が低いため肉厚を厚くする必要があるが,車載用としては省スペース化,軽量化の観点から必ずしも最適な材料とはいえない。
【0004】
高圧水素ガスに適用する配管の薄肉化・軽量化を図るためには,耐水素脆性に優れ,かつ高強度を有する材料が求められる。高圧の水素ガスに触れる配管には,結晶構造が体心立方構造である普通鋼,フェライト系ステンレス鋼,マルテンサイト系ステンレス鋼は,水素の拡散係数が大きく,水素の溶解度が小さいので不向きであり,面心立方構造のオーステナイト系ステンレス鋼の採用が有利となる。そこで,前記のCr−Mo鋼,Mn鋼より高強度化が可能で,なおかつ耐水素脆化性に有利とされるオーステナイト系鋼を水素貯蔵用のタンク等に用いることが検討された。特許文献1および2には高Mnオーステナイト鋼を使用する手法が示されている。特許文献3にはMn,V,Nを添加したオーステナイト系ステンレス鋼が示されている。特許文献4には集合組織の制御を行う手法が示されている。特許文献5には水素と接する部分にアルミニウムを被覆する手法が示されている。
【0005】
【特許文献1】国際特公開第2004/83477号パンフレット
【特許文献2】特開2007−126688号公報
【特許文献3】国際特公開第2004/83476号パンフレット
【特許文献4】国際特公開第2004/111285号パンフレット
【特許文献5】特開2004−324800号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
一方,自動車用途を考慮した場合,高圧タンクから減圧された後の部分の配管は,従来の排気ガス経路の部位に搭載される可能性があり,この場合には融雪塩に対する塩害腐食に対しても十分な耐久性を有することが好ましい。しかし,耐水索脆性を改善した既存のオーステナイト系ステンレス鋼は,塩害腐食に起出した耐応力腐食割れ性の観点からは必ずしも満足できる特性を有していない。また,溶接部を有さないシームレス管を用いるとコスト高を招くため,安価な溶接管を使用することが好ましい。前記特許文献1〜5の方法は,パイプの製造方法は明記されていないが,最高で70〜120MPaもの高圧を想定しているものであるため,その手法そのものがコスト増大を招きやすく,さらに簡単な手法で優れた耐水素脆化性を付与する技術の確立が望まれている。
【0007】
耐応力腐食割れ感受性を改善したオーステナイト系ステンレス鋼は,これまで多くの鋼が開発されており,JISでは,SUS315JlやSUS315J2が制定されている。しかし,これらのオーステナイト系ステンレス鋼の耐水素脆化性は,発明者らの検討によれば合金成分によっては必ずしも十分でなく,とくに溶接管の耐水素脆化性は必ずしも満足できるものではないことが判った。このため,これらの溶接管を例えば車載用の部材にそのまま適用することには困難といえる。
【0008】
本発明は,耐水素脆化性および常温での耐塩害腐食性に優れ,大幅な厚肉大径化に頼ることなく,例えば40MPa程度の高圧水素の輸送に好適なオーステナイト系ステンレス鋼溶接管を提供しようというものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者らは種々検討の結果、特定範囲に厳しく成分調整されたオーステナイト系ステンレス鋼を用い,溶接管の組織形態を厳しく制限することによって,コスト上昇を極力抑制し,耐水素脆化性および耐塩害腐食性に優れた溶接管を提供できることを見出した。
【0010】
すなわち本発明では,質量%で,C:0.15%以下,Si:4.0%以下,Mn:3.0%以下,P:0.10%以下,S:0.03%以下,Ni:6〜20%,Cr:14〜28%,N:0.25%以下を含有し,残部がFeおよび不可避的不純物からなり,(1)式で示されるM値が−100以下,(2)式で示されるD値が6〜10に調整されている高圧水素輸送用オーステナイト系ステンレス鋼溶接管を提供する。
M=551−462(C+N)−9.2Si−8.1Mn−29(Ni+Cu)−13.7Cr−18.5Mo・・・(1)
D=(Cr+1.5Si+0.5Nb+Mo)−(Ni+0.5Mn+30C+30N)・・・(2)。
【0011】
組成において、上記元素の他、さらに以下の元素のいずれかを単独または複合で選択的に含有するものが採用できる。(i)Nb≦1.0%,Ti≦1.0%,Mo≦4.0%,Cu≦4.0%を1種以上,(ii)Al≦1.0%,希土類およびアルカリ土類金属≦0.10%,B≦0.010%を1種以上。
【0012】
上記(1)式および(2)式の元素記号の箇所には質量%で表された各元素の含有量の値が代入される。「残部実質的にFe」とは本発明の効果を阻害しない範囲でその他の元素の混入が許容されることを意味し,「残部がFeおよび不可避的不純物からなる」ものが含まれる。C,Si,Mn,Nが無添加の場合には不可避的に含有された量を質量%で代入し,Nb,Mo,Cuが無添加の場合には0(ゼロ)を代入する。
【0013】
また,その溶接管の製造法として、造管後に1050℃〜1150℃の範囲で均熱時間5分以下の焼きなまし熱処理を施す製造方法,さらに焼きなまし熱処理を施す前に,減面率10%〜50%で引き抜き加工を行う製造方法が提供される。
【0014】
発明者らの検討によれば,上記のオーステナイト系ステンレス鋼溶接管において,溶接部のδフェライト相を面積%で0.5%以下としたとき,耐水素脆化性を顕著に改善することが可能になる。δフェライト相は,例えばフィッシャーインストルメンツ社製のフェライト含量計を用いて測定すれば簡易的に特定される。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば,オーステナイト系ステンレス鋼溶接管を用い溶接管の組織形態を厳しく制限することによって,コスト上昇を極力抑制し,耐水素脆化性および耐塩害腐食性に優れた溶接管を得ることが可能となった。この溶接管には,大幅な厚肉大径化に頼ることなく,例えば40MPa程度の高圧水素の輸送に好適な強度を具備させることができ,高圧水素輸送部位の小型・軽量化に適している。また,耐塩害腐食性を起点とする応力腐食割れ感受性にも優れる。したがって本発明は,自動車用の燃料電池システムの普及に大きく寄与できるものと期待される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
発明者らは、詳細な検討の結果,溶接部のδフェライト相を厳しく制限することによってオーステナイト系ステンレス鋼溶接管の耐水素脆化性を改善することが可能なことを見出した。一方,常温での塩害特性に対しては,Mnの含有量を低減するとともに,CrとNを適量含有させることが有効であることが判明した。以下,本発明を特定するための事項についてより詳しく説明する。
【0017】
[溶接管のδフェライト量]
本発明では,後述の化学組成に調整されたオーステナイト系ステンレス銅において,溶接部のδフェライト相の面積%を0.5%以下とする必要がある。なお面積%は,前述したフェライト含量計で測定すれば体積%を簡易的に求められるが,溶接部では測定誤差を生じる。そこで,あらかじめ溶接部断面を切断,研磨したのち,水酸化ナトリウム水溶液にて電解エッチングし,δフェライト相を現出させ,面積%を求めればよい。
【0018】
体心立方構造を有するδフェライト相の面積%を減らすことにより,耐水素脆化性を改善することが可能となるが,化学組成においては,前記(2)式のD値をあらかじめ調整しておく必要がある。D値が10を超えると溶接部のδフェライト相が面積%で1.0%を超え,このままでは耐水素脆化性に劣る。熱処理によりδフェライト相を減少させることは可能であるが,δフェライト相を0.5%以下とした場合でも,σ相が生成している可能性があり,その後の加工性を著しく低下させる。D値を6以下とすれば溶接ままでもδフェライト相が存在しない反面,造管時に溶接高温割れを生じる可能性がある。割れが内在すると,その後の加工で破断する可能性および高圧水素輸送中に強度不足を生じ不具合をきたす可能性がある。
【0019】
なお,前記(1)式のM値は,溶接管を加工する際に加工誘起マルテンサイト相を生成させないために調整しておく必要があり,−100以下に調整すれば通常の曲げ加工(曲げ半径が溶接管の直径と同程度)ではマルテンサイト相が生成せず,優れた耐水素脆性を維持することが可能となる。また,M値の値が小さいほどCとNを除いて耐食性に有効な元素が多く含有されることになるため,おおまかな目安として−50以下,好ましくは加工誘起マルテンサイト相の抑制条件である−100以下を満足すれば,良好な耐食性は確保できる。
【0020】
〔鋼の化学組成〕
本発明の溶接管は,成分元素の含有量が以下のように調整されたオーステナイト系ステンレス鋼で作られる。なお,鋼組成における「%」は,とくに断らない限り「質量%」を意味する。
C:0.15%以下
Cはオーステナイト形成元素であり,強度上昇に有効であるとともに,D値やM値の調整に利用することが可能である。しかし,過剰な添加は,熱処理条件によっては鋭敏化起因の粒界腐食を生じる原因となるため,上記範囲で含有させる。C含有量は,0.10%以下に管理しても構わない。
【0021】
Si:4.0%以下
Siは耐応力腐食割れ性を改善するとともに鋼の成形性を改善する元素である。しかし,過剰に添加すると,溶接管を造管する際に溶接高温割れが起こり易くなるとともに,加工時に積層欠陥が導入され易くなり,結果として耐水素脆化性を低下させる。また,σ相を生成し易くなり,溶接管の加工性に支障をきたす。したがって,鋼中のSi含有量は上記の範囲に規定される。
【0022】
Mn:3.0%以下
Mnは,オーステナイト形成元素として耐水素脆性の改善に有効に作用する。しかし,過剰な添加は却って鋼の不動態皮膜を不安定化させる。また,MnSなどの介在物が形成 し易くなり,結果として応力腐食割れの起点となる孔食の発生を助長する。したがって,鋼中のMn含有量は,常温での耐塩害腐食性に対し悪影響を及ぼさないよう,上記範囲に限定される。Mn含有量は,2.0%以下,あるいは1.0%以下に管理しても構わない。
【0023】
P:0.10%以下
Pは溶接管を製造する際に溶接高温割れを助長するため,P含有量は低い方が好ましい。しかし,Crを含むステンレス鋼の精錬において脱Pは困難であることから,Pの低減には原料を厳選する必要を生じ,結果として鋼の高コスト化を招く。本発明では,D値を規定の範囲に調整すれば,溶接高温割れ感受性の観点から上記範囲でP含有量が許容される。
【0024】
S:0.03%以下
Sは前記のとおり,孔食の起点となりやすいMnSを形成し易いため,応力腐食割れを助長する。また,溶接管を製造する際に溶接高温割れを助長するため,S含有量は低い方が好ましい。このためS含有量は上記の範囲に制限される。
【0025】
Ni:6〜20%
Niはオーステナイト形成元素として不可欠である。Mnの添加量を制限する場合,NiはD値およびM値の調整に必要となり,6%以上は必要となる。後述するNやCuなどのオーステナイト形成で成分調整する場合でも,8%以上のNi量を確保することがより好ましい。一方,Niは高価な元素であるため,過剰な添加は好ましくなく,上限は20%あるいは15%に管理しても構わない。
【0026】
Cr:14〜28%
Crは不動態皮膜を構成する主要元素であり,その含有量が多くなるほど孔食の発生を抑制し,結果として耐応力腐食割れ性を改善する。一方,Crはフェライト形成元素であるため,過剰な添加はδフェライト相やσ相を生成し易くなり,溶接管の耐水素脆化性や加工性に支障をきたす。十分な耐孔食性を有し,なおかつ耐水素脆化性や加工性に悪影響を及ぼさぬよう,Cr含有量は上記範囲に規定される。十分な耐応力腐食割れ性と耐水素脆化性を確保するために,Cr含有量の範囲は,16〜25%あるいは18〜22%に管理しても構わない。
【0027】
N:0.25%以下
Nはオーステナイト形成元素として耐水素脆化性の改善に有効であるとともに,鋼の高強度化に非常に有効な元素である。ただし,過剰なN含有は,溶接管の造管時にブローホールを発生させるとともに,溶接管の延性を損なうため,Nの含有量は上記範囲に規定される。より高い延性を確保するためには,Nの含有量は0.20%以下に管理しても構わない。
【0028】
Nb,Ti:1.0%以下
Cu,Mo:4.0%以下
NbおよびTiは,強力な炭化物生成元素であり,Cと結合することにより,耐粒界腐食性を改善するとともに,炭化物を微細分散させれば強度上昇にも有効に作用する。
MoおよびCuは,耐応力腐食割れ性を向上させるとともに,固溶強化元素として強度上昇に有効に作用する。このため,本発明ではこれらの元素の1種以上を必要に応じて添加することができる。
ただし,これらの元素を過剰に添加すると,溶接高温割れ感受性を増大させ,溶接管の造管時に割れが発生し易くなるとともに,製造コストの増大を招く。
したがって,Nb,Ti,Mo,Cuの1種以上を添加する場合には,それぞれの含有量を上記範囲とする。
【0029】
Al:1.0%以下
希土類またはアルカリ土類金属の1種以上:0.10%以下
B:0.010%以下
Al,希土類およびアルカリ土類金属は,孔食の起点となりやすいMnSの形成を抑制し,耐応力腐食割れ性を改善する。また,Bは溶接高温割れを改善し溶接管の製造性を改善する。このため,本発明ではこれらの元素の1種以上を必要に応じて添加することできる。ただし,これらの元素を過剰に添加すると,却って溶接高温割れ感受性を増大させ,溶接管の造管時に割れが発生し易くなるとともに,製造コストの増大を招く。したがって,Al,希土類およびアルカリ土類金属,Bの1種以上を添加する場合には,それぞれの含有量を上記範囲とする。
【0030】
その他の合金元素は,母材の耐塩害腐食性および溶接部の溶接高温割れ感受性を損なわない範囲で必要に応じて含有させることができる。具体的には,固溶強化に有効なWは4.0%以下,あるいは炭化物生成に有効なZrやVはそれぞれ1.0%以下,耐食性に有効なSnは0.1%以下,溶接高温割れ感受性に有効なY,Caはそれぞれ0.1%以下の範囲でこれらの元素を含有することができる。
【0031】
[溶接管の製造]
本発明の溶接管は,溶接部のδフェライト相が面積%で0.5%以下を満たすものである限り,造管における溶接方法は限定されるものではない。一般的には通常のオーステナイト系ステンレス鋼管の製造ラインにて鋼板素材を製造し,それをTIG溶接またはレーザー溶接によって造管することによって製造される。
【0032】
造管後に焼きなまし熱処理を行う場合には,造管で生成した加工ひずみの除去,δフェライト相の減少,ならびにσ相の生成抑制を目的として,1050〜1150℃の範囲で均熱5分以下にて行う。1050℃未満ではσ相が生成し易くなり,1150℃を超えるとδフェライト相の減少に対する顕著な効果が現れない。また均熱時間が5分を超えると,結晶粒の粗大化を生じ易くなり,結果として強度の低下を招く。焼きなまし熱処理を行うときの加熱および冷却速度はとくに規定しないが,炭化物の生成による鋭敏化を避けるため,500〜800℃の温度範囲を100℃/分以上の冷却速度で冷却するのが好ましい。焼きなまし熱処理の雰囲気もとくに規定しないが,焼鈍スケールが形成されない還元雰囲気,例えば水素100%や,水素75%と窒素25%の混合雰囲気にて実施するか,大気焼鈍雰囲気にて実施するのが好ましい。なお大気雰囲気にて焼きなまし処理を施す場合には,酸化スケールが形成されるため,その後に混酸,例えばフッ酸と硝酸の混合液で比率1:9の液にて酸洗処理を施すことが好ましい。
【0033】
本特許では,焼きなまし熱処理にて造管時に生成したδフェライト相の減少させる場合,焼きなまし熱処理の前に減面率で10〜50%の引抜加工を行うことも可能である。ここで,減面率とは,引き抜き前後の断面積の減少率をあらわしており,複数回の引き抜きの間に焼きなまし熱処理を施しても構わない。引き抜き加工での減面率が小さすぎるとδフェライト相の減少に顕著な効果が現れなくなり,減面率が大きすぎると引き抜き加工時に溶接管が破断し易くなるため,上記範囲の減面率で引き抜き加工を行う。
【実施例】
【0034】
表1に示す化学成分の鋼を溶製し,熱間圧延にて板厚4.0mmとし,焼鈍,冷間圧延,焼鈍を経て,板厚1.5mmの冷延焼鈍材を得た。その後,溶接管の溶接部を模擬するために,平板2枚をTIG溶接にて突き合わせ溶接を行った。一部の冷延焼鈍板は,各素材鋼板をロール成形により管状にしていきTIGにより突き合わせ溶接を行う設備を備えた連続造管ラインに通して,外径12.7mmの溶接管を製造した。さらにその一部をロール成形により減面率約40%で引き抜き,外径9.35mm,板厚1.2mmの管とした。溶接板および管の一部は,大気雰囲気中にて焼きなまし熱処理を施し水冷したのち,フッ酸濃度5%,硝酸濃度95%の液温60℃の混酸液にて2分間浸漬し,酸化スケールを除去した。以上の種々の条件にて試作した試験片を供試材とした。
【0035】
【表1】

【0036】
各供試材の金属組織を顕微鏡観察したところ,いずれもオーステナイト単相組織を呈しており,δフェライト相は0.1面積%未満であった。各供試材について,以下の方法でδフェライト相の面積%,溶接部の曲げ性,水素脆化絞り低下率,水素脆化強度低下率,ならびに耐食性評価を実施した。
【0037】
[δフェライト相の面積%]
溶接板および溶接管のいずれも図1に示すように溶接線に垂直に切断し,5断面分を切り出す。研磨したのち,30%水酸化ナトリウム水溶液にて6V10秒で電解エッチングし,δフェライト相を現出させる。溶接部全体の面積に対するδフェライト相の面積%が目視にて5%以下のときは,JISG0565(鋼の非金属介在物の銀微鏡試験方法)に準じ,点算法により面積%を算出する。 目視にて5%以上のときは,5%とする。
【0038】
[溶接部の曲げ性]
溶接板は,JISZ3122(突き合わせ溶接継手の曲げ試験方法)に記載の縦表曲げ試験片(長さ150mm,幅40mm,長手方向が溶接線と並行)を用い,JISZ2248(金属材料曲げ試験方法)に記載の押し曲げ法にて180°曲げを実施した。溶接高温割れ起因のクラックが発生しなかったものを○(良好),それ以外を×(不良)とした。溶接管は,JISG3459(配管用ステンレス鋼管)に記載のへん平試験にて曲げ性を評価した。へん平試験における平板間の距離Hは,5mmとした。溶接高温割れ起因のクラックが発生しなかったものを○(良好),それ以外を×(不良)とした。
【0039】
[水素脆化絞り低下率]
溶接板より,試験片の長手方向が溶接線と垂直になるよう切り出し,平行部長さ30mm,幅3mm,肩部半径10mm,掴み部の幅25mm試験片を作製した。試験は,−40℃の常圧大気中および40MPa水素中にて,クロスヘッド速度0.05mm/minでの引張試験を行った。それぞれの破断絞りをJISZ2241(金属材料引張試験法)にて求め,下記(3)式により水素脆化絞り低下率(%)を算出した。各供試材において,水素脆化絞り低下率が80%以上のものを○(良好),それ以外を×(不良)とした。 [水素脆化絞り低下率]=[高圧水素中での破断絞り]/[常圧大気中での破断絞り]×100・・・・・・(3)
【0040】
[水素脆化強度低下率]
溶接管よりJISZ2201(金属材料引張試験片)に記載の12C号試験片を採取し,あらかじめ30%の公称引張ひずみを付与し試験に供した。評価は,40℃の温水中でのJISZ2241(金属材料引張試験方法)による引張試験,ならびに40℃で水素チャージを行いながら定応力を付加するレバー式定荷重試験にて行った。水素チャージは,温度40℃の1規定硫酸中にて,陽極を白金,陰極を溶接管とし,電流密度0.5A/cm2の条件にて行った。溶接管に付与する応力を種々変動させ,それぞれの破断時間を求めた。下記(4)式によりそれぞれの条件下での耐力比を算出し,破断時間が1000時間となるときの耐力比を水素脆化強度低下率と定義し,これを求めた。各供試材において,水素脆化強度低下率が100%以上のものを○(良好),それ以外を×(不良〉 とした。 [耐力比]=[定荷重試験での負荷応力]/[0.2%耐力]×100・・・・・・(4)
【0041】
[耐食性評価]
溶接板から30mm各の大片,冷延焼鈍板から15mm角の小片をそれぞれ切り出し,それらを重ねてスポット溶接により接合し,図2に示す形状のスポット溶接試験片を作製した。各試験片に「塩水噴霧(5%ナトリウム水溶液,35℃×15分)→乾燥(60℃,30%RH×1時間)→湿潤(50℃,90%RH×3時間)」を1サイクルとする塩乾湿試験を600サイクル施し,試験後のスポット溶接試験片から大片と小片を分離して,大片,小片それぞれについて腐食状況を目視にて観察した。各供試材とも試験数n=3にて実施し,3個のスポット溶接試験片の大片および小片いずれにも応力腐食割れが認められなかったものを○(良好),それ以外を×(不良)とした。
表2には溶接板の結果を,表3には溶接管の結果をそれぞれまとめて示す。
【0042】
【表2】

【0043】
【表3】

【0044】
表2からわかるように,所定の化学組成を有するオーステナイト系ステンレス鋼において,溶接部のδフェライト相の面積%を0.5%以下とした本発明例のものは,溶接部の加工性(曲げ性またはへん平性)に優れ,かつ水素脆化により絞りまたは強度の低下も認められず,塩乾湿環境下での耐応力腐食割れ性に優れていた。したがって,これらのオーステナイト系ステンレス鋼を用いて,溶接部の耐水素脆化性と耐食性(常温での塩害腐食を起点とした応力腐食割れ)に優れる高圧水素輸送用の溶接管を構築することができる。
【0045】
これに対し,溶接板の比較例であるNo.13,16,18は,鋼No.I,L,NのM値が本発明で規定する値よりも大きいため,引張試験中に加工誘起マルテンサイト相が生成し,水素脆化絞り低下率が低く,耐水素脆化性に劣った。とくにNo.13,18は,鋼No.l,NのM値が−50以上であるため,耐食性評価で応力腐食割れが発生した。No.14,17は,鋼No.J,MのD値が本範囲で規定する範囲よりも小さいため,溶接中に溶接高温割れが発生したと考えられ,結果として曲げ性に劣った。No.15は鋼No.KのD値が本範囲で規定する範囲よりも大きいため,溶接部にδフェライト相が生成し,結果として耐水素脆化性に劣った。
【0046】
一方,溶接管の比較例であるNo.26,27は,本発明で対象とする化学組成は有しているが,本発明の範囲よりもδフェライト相が多く発生した。これは,溶接管の焼きなまし熱処理条件が本発明で規定する範囲よりも長時間側(No.26)または高温側(No.27)であっため,δフェライト相が増加し,結果として溶接部の耐水素脆化性に劣った。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】溶接管の外観および溶接部断面における溶接金属の形状を模式的に示した図
【図2】スポット溶接試験片の形状を模式的に示した図
【符号の説明】
【0048】
1 母材
2 溶接ビード
3 溶接部断面
4 溶接金属
5 母材溶接界面
6 裏ビード
7 管外面
8 管内面
9 肉厚中心
10 大片
11 小片
12 TIG溶接部
13 スポット溶接部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で,C:0.15%以下,Si:4.0%以下,Mn:3.0%以下,P:0.10%以下,S:0.03%以下,Ni:6〜20%,Cr:14〜28%,N:0.25%以下を含有し,残部がFeおよび不可避的不純物からなり,(1)式で示されるM値が−100以下,(2)式で示されるD値が6〜10に調整されているオーステナイト系ステンレス鋼溶接管において,溶接部のδフェライト相が面積%で0.5%以下に調整されていることを特徴とする高圧水素輸送用オーステナイト系ステンレス鋼溶接管。
M=551−462(C+N)−9.2Si−8.1Mn−29(Ni+Cu)−13.7Cr−18.5Mo ・・・(1)
D=(Cr+1.5Si+0.5Nb+Mo)−(Ni+0.5Mn+0.3Cu+30C+30N) ・・・(2)
ここで,(1)式および(2)式において,各元素記号の箇所にはその元素の含有量を質量%で代入する。Nb,Mo,Cuについては0(ゼロ)を代入する。C,Si,Mn,Nが無添加の場合には不可避的に含有された量を質量%で代入する。
【請求項2】
質量%で,Nb≦1.0%,Ti≦1.0%,Mo:≦4.0%,Cu≦4.0%を1種以上含む請求項1に記載の高圧水素輸送用オーステナイト系ステンレス鋼溶接管。
ここで,(1)式および(2)式において,Nb,Mo,Cuが無添加の場合には0(ゼロ)を代入する。
【請求項3】
質量%で,Al≦1.0%,希土類またはアルカリ土類金属の一種以上≦0.10%,B≦0.010%を1種以上含む請求項1,2に記載の高圧水素輸送用オーステナイト系ステンレス鋼溶接管。
【請求項4】
造管後に1050℃〜1150℃の範囲で均熱時間5分以下の焼きなまし熱処理を施すことを特徴とする請求項1,2,3に記載の高圧水素輸送用オーステナイト系ステンレス鋼溶接管の製造方法。
【請求項5】
請求項4に記載の焼きなまし熱処理を施す前に,減面率10%〜50%で引き抜き加工を行うことを特徴とする請求項1,2,3に記戟の高圧水素輸送用オーステナイト系ステンレス鋼溶接管の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−121190(P2010−121190A)
【公開日】平成22年6月3日(2010.6.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−297792(P2008−297792)
【出願日】平成20年11月21日(2008.11.21)
【出願人】(000004581)日新製鋼株式会社 (1,178)
【Fターム(参考)】